2008年01月26日

「木馬(きんま)滑り

初雪降るも淡し『木馬(きんま)滑り』 
 
 年が明け小正月も過ぎた17日になって雪が降った。我が家の周辺では、暦の上で冬になった初めての雪である。しかし、折角の初雪なのに1時間も持たなかった。昼前に降って止んだ後は、また小春日和の穏やかな陽射しが戻った。子供らが小さい頃は、数センチも積もることが1年に何度かあった。これほど雪が降らなくなったのはいつの頃からだろう。
 京都府には以前は4個所のスキー場があった。その内の、越畑と花背のスキー場は既に廃業している。越畑は愛宕山の麓になり、花背は鞍馬山の奥になる。私の記憶によれば、昭和30年代は京都でも積雪が多く、4個所ともかなり賑わっていた。それが今では、残っているのは大江山と広河原の2個所になった。しかし、どちらもやはり雪不足で満足に滑れる日が少ない。そして、25日の朝に、我が家の周辺では、かきね屋根瓦や門扉の上に、うっすらと雪が積もった。陽が昇ると忽ち消えてしまったが、それでもこの冬初めての狎兩祗瓩世辰拭
 翌朝の1月26日の新聞によれは、広河原は55センチの積雪とあった。宮津市の大江山スキー場では60センチとあり、どちらも今冬の最高記録である。広河原は花背よりまだ奥地になり、左京区とはいえ滋賀県との境に位置する山村である。1月も終わり近くなってやっと本格的なスキーが可能となったのだ。
 大江山は、学生時代に予約無しで行った思い出のスキー場である。そして、広河原は更に懐かしい地名である。かつては北桑田郡の一部であり、私の母校の周山中学の分校があった。現在は北桑田郡は消滅して、私の住んで居た京北町も京都市の右京区へ編入された。しかし、行政区がどう統合されようと、市内から遠く離れた山村であることに変わりはない。たった2個所のスキー場でも、私にはそれぞれの感懐が篭もっている場所である。

北山の里にも根雪  最近でこそ雪は余り降らなくなったものの、私の小学生から中学生時代は年が明ければ裏山には根雪があった。そして、その上に何度も新雪が積もった。雪の多い当時の子供の遊びに、木馬(きんま)滑りがあった。古里の宇津村には、雪は積もってもスキーの出来るゲレンデなどは全く無かった。福井県との境になる美山地区辺りでは竹スキーで遊んだと聞いたことがあるが、近隣の在所は同じ様相の迫った山ばかりだった。
 木馬は1メートルばかりの短い橇に座席用の板を打ち付けた、雪滑りの遊び道具である。道具というより玩具と呼ぶのがふさわしいかもしれない。その木馬は、樫の木で作った物が最高とされていた。樫の木は固くて木刀を思わせるように滑らかだった。そのうえ、座席用の箱が付けてあった。しかし、加工するのに手間が掛かるのだろう。樫の木馬を持っている者は、上級生でも僅かに3〜4人しか居なかった。
 非農家の我が家に樫の木などあるはずもない。私の木馬は橡(くぬぎ)で作ったお粗末な代物(しろもの)だった。村では橡をセンバと呼んでいて、上木(じょうき)は建材として売られ、中木(ちゅうき)は自宅の作業材料として使われていた。使い物にならない下木(げき)は薪に回され、我が家でも近所の農家から下木を購入したいた。
 私は庭先に積んだ薪用のセンバから適当な木を見つけて削り、見よう見真似で木馬を作った。座席の箱は有り合わせの杉板を打ち付けた。木馬の先には、足を乗せる小型の舵取り木馬を紐で繋ぐ。カーブなどではその舵取り木馬を足で操作すると、本体の木馬も続けて曲がるはずであった。しかし、あくまでそれは理論上(!)のことであり、私は一度も上手く曲がれたことがない。急なカーブへ差し掛かると、必ず横転して雪まみれになっていた。もっとも、私の舵取り木馬は、杉材の端切れで作った貧相な物であり、ただ体裁上付けているだけの感があったから止むを得ないともいえた。樫の木馬を所有している上級生の舵取り木馬は、やはり同じ材料で作った立派な物で、理論通りの機能を発揮しているようだった。
「木馬(きんま)」(イメージ)木馬(きんま)滑りの日々 
 木馬滑りの場所は、私が住んで居た八幡宮の裏山にあった。上り口はセンバ林になっていて、標高200メートルばかりの名も無い山である。その中腹辺りは松の木が主体で、落ち松葉が敷き詰めた地面はなだらかだった。入り口の掛かりからは、熊笹の細い道をおよそ5分程度で到着する。休日になれば、昼食を済ませて仲間達が集まる。全員で新雪を足で踏んで固め、木馬の滑走路を作るのである。
 下の道路脇までの約150メートルを上手に滑る者は少なく、やはり樫製木馬の所有者に限られた。私達初心者は30メートルも滑ると転倒して、また上の出発点へ戻ってやり直すのだった。子供達の歓声が、向こう岸の山へ谺して返って来る。たとえ上手く滑れなくても、木馬滑りは、雪の下の古里で最高に楽しい遊びだった。
 やがて早い冬の陽が落ちて、空気が一段と冷える頃に私達は山を降りた。四方を山に囲まれた村の日没は早く、もう夕暮れが忍び寄っている。手袋をしていても指先が冷たい。吐く息が白く凍った。今下りて来た裏山の方角で、鋭い鳥の鳴き声がした。あれは鵯(ひよどり)だったのだろう。

裏山の熊笹に雪重く古里の山雪に眠る




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コメント一覧

1. Posted by 硯水亭    2008年01月26日 09:29
道草先生が放つ周山時代のお話は大好きです。子供の頃の、稀に見る正直な述懐はやがてほろ苦い思い出となり、更に時を経て純化し、何時の間にか自然醗酵して馥郁とした古酒にも似た素敵な思い出になっています。質素で心豊かに、そんな時代を経た方だけが到達するご心境がおありなのでしょう。どんなにか咽喉越しがいいのでしょう。木馬とは素晴らしい作為のある遊び道具でしたね。初めて伺いました。秋田・山形などでは竹三本張ったポンポン下駄で女の子は滑り、男の子はやはり手製のスキーを長靴で履いてするそうです。スキー場が櫻の山になるとしたら、果たして京都の方は許せるのでしょうか。

2. Posted by 道草   2008年01月26日 09:48
*硯水亭兇気
古里の口丹波の山には、スキーをする程の広いスペースはありませんでした。松や杉の木の間に細い道を作り、雪を踏み固めて木馬(きんま)滑りました。更に奥の豪雪地域では竹スキーで遊ぶ風習もあったようです。私達の雪遊びは、せいぜい木馬で滑って転んぶ子供の遊びでした。
かつては京都にも4個所のスキー場がありましたのに、今では2個所だけ。それも1年で滑れる日は僅かなものです。時移り、山里では木馬で遊ぶ子供は居なくなりました。また、雪が降らなくなって廃れたスキー場が、桜の山に変貌するのは大歓迎されることでしょう。私でさえ、とても待ち遠しい気持ちであります。

3. Posted by ちひろ   2008年01月26日 13:46
道草さま 今日もこちらは吹雪いて居ります。ようやく冬らしい気分になりました。あの頃はみんなあかぎれやしもやけの手足で遊んでいました。私なんか手も足もしもやけでくずれておりました。それでも冬は雪遊びが毎日の日課、手作りのそりで坂道を滑っておりました。雪が降らなくなると雪合戦やそり遊びが消えてしまうのですね。

4. Posted by 道草   2008年01月26日 14:06
*ちひろさん
山里の雪の日は女の子はどんな遊びをしたのでしょうか。橇で滑った大きい子がいたかも知れません。小さい子は雪兎を作って遊んだのでしょうか。あの頃は、皆んな霜焼けをつくっていました。先日のテレビ番組で放映していましたが、最近は霜焼けを知らない医者が居るそうです。雪遊びが出来れば霜焼けなんか・・・。

「雪のふる晩」 北原白秋

大雪 小雪
雪のふる晩に
誰か ひとり
白い靴 はいて
白い帽子 かぶって

大雪 小雪
雪のふる街を
誰か ひとり
あっち行っちゃ「今晩は」
こっち行っちゃ「今晩は」

大雪 小雪
雪のふる中を
誰か ひとり
「泣く子を貰おう」
「寝ない子を貰おう」

大雪 小雪
雪のふる窓に
誰か ひとり
「生肝貰おう」
「その子を貰おう」

5. Posted by 夕ひばり   2008年01月26日 17:27
こんばんは♪「木馬」のお話、珍しくて面白く読ませていただきました。
東京でも、私が小さい頃は一冬に何回かは雪が降り、時にはかなり積もることもありました。とはいえ、橇遊びができるほどではありません。でも、一度は橇で滑ってみたい。兄と私は家の前に斜めに雪を積み上げて山に見立てて滑りました。橇の代わりにしたのはチリトリでした(笑)。
学校でも雪が積もると、算数や国語をやめて、雪合戦の時間になったりしました。今ではどうでしょう・・・昔はゆとりがあったのでしょうね。
こんなに楽しい雪の思い出をお持ちなので、雪が恋しい道草さんなのですね !

6. Posted by 道草   2008年01月26日 18:27
*夕ひばりさん
「チリトリ橇」はグッドアイデアですねぇ。練習すれば立派な橇になりそうです。雪合戦は何処の学校でも優先的にやっているようです。冬の日のささやかな楽しみでした。小学校の校門の前には上級生が作った、先生の背より高い雪だるまが登校する私達を出迎えてくれました。その雪だるまが溶けて、眉や目玉の炭と豆炭だけになった頃に上級生は卒業して行きました。
今は雪も少なくなりましたけれど、たとえ積もっても雪合戦をしたり木馬で遊ぶ子供はいなくなりました。我が母校は廃校になって10年目の冬を迎えました。

「雪降り小女郎」   野口雨情
 
泣く子は
帰れ
雀と帰れ

一軒家の
背戸に
雪五合降つて来た

山の 山の
奥の
雪降り小女郎

一里も 二里も
雪負(しよ)つて
飛んで来た。

7. Posted by mfujino   2008年01月27日 00:44
北桑田には鶴ヶ岡にもスキー場があったそうです。最近になってしりました。
道草様の木馬すべりはソリすべりの様な感じですね。私の木馬すべりの記憶はあの木材を運んだ木馬が山の坂道に立てかけてあるの失敬して、山の坂道の雪をみんなで踏んで固め、その木馬に数人が乗り、1人が先の棒を持って坂道を走って滑り降りるものでした。船頭役の子が足を滑らせて倒れたら木馬の下敷きになって大怪我をするかもしれない危ない遊びでしたが、幸いにもそういった事故は起きませんでした。
スキー炙って先を丸めた竹3枚で作ったもので遊びました。長靴を履き、それを止める分は古いタイヤを加工した者でした。
楽しくも懐かしい思い出です。

8. Posted by 道草   2008年01月27日 06:55
*mfujinoさん
今朝の新聞を見ますと大江山70センチ・広河原60センチの積雪となっています。今冬の最高記録です。我が家の周辺でもほんの少し雪がちらついていますので、この様子ではまだ積もるかも知れません。美山や京北地区はどうでしょうか。鶴ケ岡にスキー場があったのはいつ頃でしょうか。愛宕山には戦前(昭和の初め)にあったようですが、それと同じ時期なのでしょうか。
その辺りの子供が竹スキーで遊んだ話は聞いたことがあります。それにしてもmfujinoさんらの本物の木馬滑りは大胆ですねぇ。見つかれば叱られたでしようけど・・・。私の木馬はセンバの割り木で作った粗末な物でした。1年上のSさんが持っていた樫の木の木馬かせ羨ましくて仕方ありませんでした。箱の座席もあり橇に臘を塗った見事な物でした。今でも羨ましいくらいです。

9. Posted by ささ舟   2008年01月27日 16:59
こんにちは♪雪は跡形もなく消えました。里の方も以外と少なく10臓15属未世修Δ任后L敘漏蠅蝓Α惜しいことしました!昔に道草さんとお知り合いだったら、父の傑作の木馬をお譲り出来ましたのに^^(後は箱型になっていたかも?)。
雪が積もれば女の子だってじっとなんかしてられません。近所のお稲荷さんに通じる道が木馬滑りに格好の場所で、S字になった緩やかな坂道に多少のアップダウンもあり小学生にはうってつけでした。最初2回ほどは同級生のお兄さんと二人乗りして、舵の取り方など教わり3回目位からひとりで乗ります。両足を前の舵きり棒にのせ左右に動かし、手は綱をしっかり握り操作します。大概はカーブが廻りきれず転んでいましたが、何回に一回位はそこをうまく抜けられる事もあった。「ヤッター!」さあゴールへ^^雪の日の最高の遊びでした。お転婆でしょ^^

10. Posted by 道草   2008年01月27日 17:29
*ささ舟さん
京北地域は40センチほど積もっているとのことですが、それも在所によってかなり差があるようです。やはり美山へ抜ける弓削の奥などは雪が深いようです。それにしてもささ舟さんは、昔から活発な女の子だったのですねぇ(今はとてもお上品でしょうけど)。私の村では、木馬滑りで遊ぶ女の子は見かけたことはありません。山の中で男の子ばかりで本格的に滑っていましたから、かも知れません。父上の作品は見事だった様ですが、惜しいことをしました。ささ舟さんのお里では、今でも木馬で遊ぶ子供は居るのでしょうか・・・。

11. Posted by 雪月花   2008年01月28日 09:55
道草さん、おはようございます。うぅぅ、寒い朝がつづいていて、お布団から出るのがつらい日々です。それでも、二年ぶりの雪はうれしかったです。日本海側では荒れ模様の吹雪だったようなので、大きな声では言えませんけれども‥。木馬そりは楽しそう。子どもはそりに見立てたものに乗って滑るのが好きですよね。子どものころ、廃材のダンボール(なんと、工夫のない‥)に乗って芝の土手を滑ってよく遊んだものです! そうそう、廃業した花背のスキー場といえば、いまはすすき野になっているとか。晩秋にはみごとなすすき野が広がってすばらしい眺めだと、写真家の水野克彦さんが語っておられました。箱根の仙石原は有名になってしまって、すすきの美しい季節はすごい人出なのですけど、花背のほうはひっそりしているのでしょうか。一度行ってみたいのです ^^

12. Posted by 道草   2008年01月28日 11:15
*雪月花さん
我が家の周辺では雪は全然駄目ですけれど、花背の奥の広河原スキー場で今朝は70センチの積雪になりました。このところ、日々記録を更新しているようです。この調子ですと、花背辺りでもかなり積もっていると思います。私は幼稚園児の頃に、父の仕事の都合で花背(中心部の大布施)へ行ったことがあります。戦時中のことですからバスの便が無くて、鞍馬から峠道を歩いて一家四人で越えました。まだ幼児だった弟は、母が背中に負っていました。
学生時代は廃村の八丁へ行くため、バスで花背を通り過ぎて終点の広河原まで何度か行きました。花背の元スキー場は芒原になっているのですか。地元に居ながら疎遠にしております。この秋には一度訪れて見ます。雪月花さんも是非ご主人とご一緒に、どうぞお越しください。



13. Posted by hiro   2008年01月29日 10:19
おはようございます。
木馬の想像が出来ず、勝手にクリスマスのトナカイが引いていたそりのようなものと。実家は道路から10メートルくらい引っ込んでいて坂になっています。小さい頃、兄は竹でスキーを作って滑っていましたがよく転んで痛そうでした。私はスコップにお尻を乗せて取っ手がハンドルで、足でスピードの調節をしました。初めてのスキーは苗場で、いまだにあの景色とその時スキー場でかかっていた”白い恋人たち”のメロディが忘れられません。今日から仕事先のバイトの子は、修学旅行で京都の方へ行くそうでスキーもするとか。雪が消えないことを祈っています。

14. Posted by 道草   2008年01月29日 10:34
*hiroさん
私ら山の子の木馬(きんま)は一人乗りですから、トナカイの橇をはるかに小さくした物です。座って滑りますから、転倒してもスキーほどには危険ではありません。スコップの橇は中々のアイデアですネ。ずっと小さい頃だからこそ座れたのでしょうねぇ・・・。hiroさんの出逢いは苗場のスキー場ですか。「白い恋人たち」はスイスの映画でしたか?忘れられないのはメロディーだけではなさそうですが。
京都のスキー場は2個所とも、今のところ雪は70センチあり大丈夫です。ただ、距離的にも不便ですから、おそらく滋賀県のスキー場で滑られるのではないですか。関西は月末近くになって雪がたくさん積もりました。しばらくはこの寒さが続きそうです。

15. Posted by 花ちゃん   2008年01月29日 22:49
画像の雪景色どれも美しいですね。雪はそれぞれの思い出を連れて来るのですね。木馬(きんば)というものが、悲しいかな体験がありませんので、画像からも想像するのですが分かりません。
 私の子供の時は箱橇でした。また我が子の時はプラスチックの橇やスキー板があり、豪雪地帯?でしたので、家の前の道路や裏山で随分私も一緒になって遊びました。現在は孫がスノーボードです。昨年子供の玩具?にしては随分と高価な買い物でしたが奮発させられました。曲がる止まる逆かえり、いろいろもう出来るそうで話を聞いていると楽しいですよ。子供たちの遊びも変っていくのですね。先日は沢山の積雪があり、雪だるまを2ダースもつくり、通学帰りの子供たちに「あげよか」と言いましたが、だれも貰ってくれませんでした。雪遊びもしないようでした。そのときの雪だるまを冷凍室にいれています。ちよっと変ですかね。

16. Posted by 道草   2008年01月30日 06:27
*花ちゃんさん
私の家の周辺では雪は全く降りません。今年は日本各地でかなりの大雪なのに、どうして京都市内だけが降らないのか理由が分かりません。さりとて、雪の積もっている所へ出掛けるのも大層ですし、一杯やりながら雪景色を遠く思いやる不精をしております。最近の子供には、スキーよりスノボーが人気なのでしょうか。花さんが作られた雪だるまを要らない、と云う子供は可愛げがありませんねぇ。雪だるまは狭い冷凍室で泣いていますよ。融けても仕方ありませんから、窓辺へ出して並べて上げて下さい。
下記の歌はいつか所ジョージが歌っていたと思うのですが、私は曲を覚えていません。花さんなら演奏がお出来になられるのでは・・・。

「ユキダルマ」  所ジョージ

ユキダルマを作ったよ。
手が冷たくなるけど
気づいたら忘れてる☆

チリトリみたいな
ソリに乗った。

今日は雪がふか〜く積もっていて
ずぼって
弁慶あたりまで
埋まったよ。

17. Posted by ちひろ   2008年02月01日 07:08
道草さま お早うございます。
降りそうで降らず、積もりそうで積もらず、今朝もうっすらと白くなりましたが、この後降るの?降らないの?こうなれば雪のある所まで行かないと気が治まらなくなって来ました。余呉の方まで行くと雪に出会えるかしら・・・滋賀の北部はきっと銀世界ではないかと思います。先ほどから窓の外は粉雪が夢の世界を描いて居ります、綺麗ですよ。

18. Posted by 道草   2008年02月01日 07:19
*ちひろさん
今朝の新聞では、滋賀県下にある10箇所のスキー場総てが○印になっています。余呉など130センチの積雪とのことです。マキノでも30センチ、朽木で55センチ、びわ湖バレイは120センチとなっています。こうして見ますと、琵琶湖周辺の山々はかなりの積雪の様ですが、やはり滋賀県は広いようです。

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