2011年03月01日

「幾たびか雛祭り」

<下駄箱の上の立ち雛>
幾たびの雛祭り来て朧なり『幾たびか雛祭り』

  季節は3月弥生となった。この呼称は、「弥生(いやおい)」が変化したとされる。
  「弥(いや)」とは、「いよいよ」「ますます」などの意味」である。
  また、「生(おい)」は「生い茂る」と言う如く、草木が芽吹くことを意味する。草木が徐々に芽吹く月、とのことである。
  そして、この3月弥生の初めに思い浮かべるのは、やはり雛祭りである。私は男性だし女の姉妹も居なかったから、子供の頃から雛祭りの経験も関心も無かった。
  まして、同級生やその他の女性から雛祭りに招待された実績も、全く皆無である。近所の同級生が陽の当たる縁側で、折り紙の雛人形で遊んでいるのを見たことはある。懐かしい幻の様な光景だが、果たして雛壇を飾っていた家はあったのかどうか。
  ただ、現物には無縁でも、一般常識として3月3日が雛祭りだと言うことは知っていた(知らない者は居ないだろうが)。それが、娘を2人を持つ身になってから、雛祭りと縁があるようになった。

紙雛の睦まじかりし遠き日よ  書物によると、雛祭りの歴史は平安時代に遡るそうである。
  当時は、紙の人形や玩具の所帯道具を使った子供達の遊びがあった。これが「雛(ひいな)遊び」の端緒らしい。
  その一方では、古代の中国から渡来した風習で、3月の初めに、紙で作った人形に人間の穢れを移して水に流す行事があった。
  この日は、「上巳(じょうし)の節句」とも呼ばれた。旧暦3月の最初の巳(み)の日に行われたからである。
  この行事に日本の宮中の「ひいな遊び」とが同一化して、「流し雛」の厄払い行事が生まれた、と解説は続く。
  やがて室町時代になって、紙の流し雛が、豪華な雛人形飾りへと変化した。厄払いから、女の子の健やかな(+素直な!)成長を願う雛祭りとなった、とされている。
<下鴨神社流し雛>
下鴨の流し雛こそ愛しくて  現在ではこの3日に、下鴨神社で藁に乗せた紙製の人形を境内の御手洗に流して、厄払いの行事をする「流し雛」が見られる。
  また、同日に河原町五条の市比賣(いちひめ)神社で、「ひいなまつり」が営まれる。
  十二単の着付け実演や、雛壇で人が内裏に扮する「ひと雛」が勢揃いする。
  そして、五人囃子の雅楽に合わせ、三人官女の舞が披露される。加えて、投扇興など平安貴族の優雅な遊びも紹介されるらしい。                      
  ちなみに、京都の雛飾りは一般的な並び方とは逆だそうだ。京都御所の天皇の立ち位置に習って、向かって右が男雛、左が女雛であるのが特徴と言われている。
  さらに付加すれば、本来「内裏雛」とは雛人形の「男雛」と「女雛」の一対を指すが、男雛を「お内裏様」、女雛を「お雛様」と呼ぶ誤りは、童謡の「うれしいひなまつり」(サトウハチロー作詞)の歌詞から一般化してしまった、とのことだ。
  この雛祭りはまた「桃の節句」とも呼ばれるが、桃の実には邪気を払い百鬼を制する魔除けの信仰があることからの謂われである。鬼退治の主人公が桃太郎なのも、この流れらかららしい。
  ただ、旧暦の3月3日は新暦では4月6日に該当するから、桃の花にはまだ早い。現に今は梅の花の季節で、新聞の梅便りが賑わっている。

七段の雛の飾りは華やいで  そしてまた、今年も雛祭りの季節が巡って来た。ただ、もう何年も我が家の雛祭りは密やかなものである。娘らがそれぞれ独立して、十数年の歳月が流れた。
  もちろん、成人してからは七段飾りで祝うことはなくなっていたものの、それでも2人が在宅している時は、ささやかながら雛祭りの祝いをしたものだった。段飾りに代えて、飾る人形は二対の立ち雛になっていたが。
  今年も玄関の下駄箱の上に、妻がお内裏様とお雛様を飾った。下駄箱の上とは言え、おっとりと静かな表情でお2人は立っている。
  暫し眺めていると、男の私でも何となく気持ちが落ち着くように思えるから不思議だ。雛人形には、昔からひんな雰囲気がある。
  毎年その表情は、当然のことながらいつもと変わらない。変わらない筈、である。しかし、年が経つに連れ、2人の表情は淋しくなる様に思えるのは、気のせいだろうか。
  このところ、毎年3月3日に鴬の初鳴きが聞かれる。鴬が、淋しい雛祭りを慰めに来てくれているのだろう。
  今年の冬は記録的に雪が多かった。そんな雪を喜んでいた私を、鴬はどう思っているだろう。今年は、果たして雛祭りの日に鳴いてくれるだろうか。


雛祭り想い出の中夢の中『遠き雛祭り』     (京都新聞「窓」03.03.03)  

  三月の声を聞くと、さすがに日差しも柔らかく感じられる。三日は桃の節句。鉢植えの梅が満開である。
  椿のつぼみもふくらんで紅をさし始めた。昔は陰暦だったから、実際の桃の花にはまだ少し早い。
  五月五日の端午の節句が祝日になったのは昭和二十三年で、私が小学校五年生のときである。
  山村の初夏のまぶしい休日を、朝から夕方まで雑魚(じゃこ)釣りで過ごした。桃の節句が祝日でないことを、女の子はどうして黙っているのだろう。
  娘たちが小さいころは毎年ひな人形を飾った。三色のひしもちやジュースの白酒を並べて、姉妹はひな壇の前で一日中飽きずに遊んでいた。
  「うれしいひな祭り」のレコードが鳴っていた。それとも妻が歌ってやっていたのか…。二人が成人して家を出た今、ひな人形を飾ることもなくなった。
  ずっと昔、同級生の女の子が画用紙に描いたひな人形を縁側に飾っていた。丹波の山里の桃の節句は、少し肌寒かった。
  心持ち和らぎ始めた日差しの中で、時おり風花が舞っていた。わが家で桃の節句を祝うことはもうない。あの同級生は、孫たちにひな人形を飾ってやっているのだろうか。


お内裏とお雛のふたり睦まじき  「弥生(やよい)」の呼称は、木草弥生い茂る月(きくさいやおいしげるつき)からとは、上述した。
  さらに、水に浸したる稻の実いよいよ生ひ延ぶる意味の「いやおい」の変化したとの説もある。「弥」の字には「渡る」「満ちはびこる」などと共に「いよいよ」の意味がある。木々が芽吹き生気が漲る春の山を「弥生山」と呼ぶように、弾む季節を表現するのには「弥」の文字は不可欠なのである。
 

雛菓子を頂きますと涙汲み「雛菓子」    山田英子

お顔おおった薄紙はがし「よおこそ」
母が飾るお雛さんを見まもるわたし
丹波の里から五色の菱もち
蒔絵の雛膳には若狭のササ鰈
竹籠には有平糖の桃の花
「どうぞ おあがりやしとくれやす
お相伴さしてもらいまひょう」
ぼんぼりの灯に頬てらして
「おひなさん なまめかしおす
ほんまに ええお顔しといやすなあ」


流し雛流れ流れて何処へ行く「ひなの日は」
    堀内幸枝

春になると小川の水がとけましょう
長く長くつづきましょう
ひなの日は やわらかい日ざしに 真白い蝶がまいましょう
わたしは小川のふちで 長い髪をゆいましょう
ひな酒に赤くほおを染めましょう
それから 髪に桜かざして 平安朝の 乙女みたいに
あなたに合いに 行きましょう


お雛様ひとり面伏せ何思ふ「雛まつり」   金子みすゞ

雛のお節句来たけれど、
私はなんにも持たないの。

となりの雛はうつくしい、
けれどもあれはひとのもの。

私はちひさなお人形と、
ふたりでお菱をたべませう。


日もすがら雛歌うたう幼子や「五人ばやしに」    サトウハチロー

五人ばやしに
泣きぼくろをつけたのはだぁれ……

官女の髪の毛を
ないしょではさんでしまったのはだぁれ

いりあられを
少しずつ つまんだのはだぁれ……

おひなさまをならべる度(たび)に
よみがえる思い出……

それではもうひとつ
ひな段の前で たもとの先で
涙をふいたのはだぁれ……


雛祭り過ぎて私はお姉さま「桃の節句に次女に訓示」
    辻 征夫

なくときは
くちあいて
はんかちもって
なきなさい
こどもながらによういがいいと

ほめるおじさん
いるかもしれない
ぼくはべつだん
ほめないけどね

ねむるときは
めをとじて
ちゃんといきして
ねむりなさい
こどもながらによくねていると

ほめるおじさん
いるわけないけど
とにかくよるは
ねむりなさい   


いにしえの紙のひいなは哀しくて「老婆と雛祭」    太田玉茗

たゞに一人の稚兒も
    此世にあらずなりしより、
あれたる宿に哀れなる
    老媼ぞひとり住まひける、
雛の祭のとしどしに
     ひとり雛をばかざりつゝ。

あれたる宿は年々に
    あれはまされど年々に
老媼の樣もかはれども、
    ふり行く雛をとしどしに
飾らぬ年はなかりけり、
    今は見る子もなけれども。 


雛祭り白酒召しませお雛様「うれしいひな祭り」    サトウハチロー作詞・河村光陽作曲

あかりをつけましょ ぼんぼりに
お花をあげましょ 桃の花
五人ばやしの 笛太鼓
今日はたのしい ひな祭り

お内裏様と おひな様
二人ならんで すまし顔
お嫁にいらした 姉(ねえ)様に
よく似た官女の 白い顔

金のびょうぶに うつる灯を
かすかにゆする 春の風
すこし白酒めされたか
あかいお顔の 右大臣

着物をきかえて 帯しめて
今日はわたしも はれ姿
春のやよいの このよき日
なによりうれしい ひな祭り


雛あられお姉様と一緒に食べたいナ「たのしいひなまつり」
     吉岡 治作詞・越部信義作曲

ふっくらまるい もものはな
つぼみをかぞえ まちました
きょうはたのしい ひなまつり
きょうはうれしい ひなまつり

なかよくならんだ だいりさま
みんなでおどり みせましょう
きょうはたのしい ひなまつり
きょうはうれしい ひなまつり

みんなであそぶ まるいわに
にこにこはるも あそんでる
きょうはたのしい ひなまつり
きょうはうれしい ひなまつり


雛壇で内緒話に日が暮れて「おひなまつり」
    斎藤信夫作詞・海沼実作曲

あかいひなだん 金びょうぶ
おだいりさまや 官女さま
五人ばやしの おはやしに
キューピーさんも なかまいり

赤白青の ひしもちや
あられきんとん お白酒
おすしのお重(じゅう)も できました
ごちそうたくさん あげましょう

ふたつ並んだ ぼんぼりも
よるはほんのり ともります
桃のお花も 笑ってる
美代ちゃんおうたを うたいましょう

花のリボンに おふりそで
あかいかのこの おびしめて
おいわいしましょう おひなさま
きょうはうれしい ひなまつり


吊し雛ゆらり揺られて春の日に「雛祭り」
 永井花水作詞 ・ 藤井 清水作曲

一、
 今日は樂しい雛祭り
 きれいに並んだお雛様
 ほんのり赤い雪洞に
 ほんのり赤い桃の花
二、
 今日は樂しい雛祭り
 きれいに並んだお雛様
 甘い白酒たんとあがれ
 赤いお菓子をたんとあがれ


流し雛流れ行く先夢の先「ひなまつり」
    林 柳波作詞・平井康三郎作曲

赤いもうせん しきつめて
おだいり様は 上のだん
金のびょうぶに 銀の台

五人ばやしや 官女たち
そろって並ぶ 下の段
どれもきれいな おひなさま

あられひしもち お白酒
ぼんぼりかざる 面白さ
きょうは三月 ひなまつり


雛祭り今も昔も母様と「ひなまつり」
    水谷まさる作詞・小松 清作曲

赤い雛壇金やうぶ
咲いてにほふは桃の花
あれあれにつこりお雛さま

甘い白酒お豆いり
見るも綺麗な雛料理
あれあれにつこりお雛さま

今日はたのしい雛祭
昔ながらのお祝ひ日
あれあれにつこりお雛さま


雛壇に心を寄せたはいつの日か「ひなまつり」
    海野 厚作詞・三宅延齢作曲

ひももの花に お白酒 あられ 草餅 緋毛氈 おひなさまの お祭りに 皆様おまねき いたしましょう
五人囃子の おはやしに 官女の舞の 美くしさ 前ぢゃ みんなで 賑やかに お琴をひいたり 歌ったり
遊んで やがて 日が暮れりゃ お内裏様も おさみしい  早く おあかり 点しましょう おぼろおぼろの 雛段に
楽しいたのしい 夜が更けて 外はほんのり お月さま 薄桃色の ぼんぼりに ねむりゃ きれいな 夢ばかり


「おひなさま」
    作詞・作曲不詳(絵本唱歌)

だいりさまやら かんじょやら
ごにんばやしも にぎやかに
あられひしもち もものはな
ぼんぼりつけて ひなまつり


白酒を召されて雛様ほんのりと「雛祭」
    作者不明(文部省唱歌)

お行儀正しい内裏さま  赤い袴の官女たち  五人ばやしが次次と  きれいに並ぶ壇の上  雪洞つけて 坐つて見れば  金の屏風がきらきらと  夢のお國の御殿のように
赤い毛氈美しく  菱のお餅にお白酒 お菓子・豆いり  いろいろと  きれいに並ぶ壇の上  花瓶にさした緋桃の花も  半ば開いて  にこにこと  お伽噺のお家のように


遠き日の雛祭りこそ嬉しくて「雛祭(ひな)の宵」  作者不明・長谷川良夫作曲

ぼんぼりに灯を 入るるとて 電灯殊更 消すもよし 瓔珞(ようらく)ゆれて きらめきて 
語めく 雛祭(ひな)の宵
十二一重の 姫君の 冠少しく 曲がれるを 直すとのべし 手の触れて 桃の花散る 
祭の宵
官女三人(みたり)の まねすとて 妹まじめの 振舞に 加わりたまう 母上の えまいうれ
き 雛祭の宵



古き雛今も変わらぬふたり連れ「月令十二態」
    泉 鏡花

三月

   いたいけなる幼兒に、優しき姉の言ひけるは、緋の氈の奧深く、雪洞(ぼんぼり)の影幽なれば、雛の瞬き給ふとよ。
  いかで見むとて寢もやらず、美しき懷より、かしこくも密(そ)と見參らすれば、其の上に尚ほ女夫(めをと)雛の微笑み給へる。それも夢か、胡蝶の翼を櫂にして、桃と花菜の乘合船。
  うつゝに漕げば、うつゝに聞こえて、柳の土手に、とんと當るや鼓の調、鼓草(たんぽぽ)の、鼓の調。


雛祭り姉妹仲良く日もすがら


syoukaibu at 04:01コメント(16)随筆 | 随想 この記事をクリップ!

コメント一覧

1. Posted by 徘徊堂   2011年03月01日 14:25
 御家族を慈しんでこられた日々のことがよく分かります。こちらは桃の節句には全く無縁の人生を送っておりますが、昔はあちらこちらで白酒を飲むのが楽しみでした。ただ、オッサンになってからはあの酒は飲めませんね。
 先だっての亀岡の料亭にも立派なお雛さんが飾られていました。あれは優雅でしたね。母の実家には高祖母が宇治の上林家から嫁いできたときに持ってきたひな人形がありますが、もう首がないやつやら手がないやつやら完全に妖怪図鑑です。けれども毎年飾るのは飾るんですね。
2. Posted by 道草   2011年03月01日 18:17
*徘徊堂さん
寒の戻りかどうか、3月の声を聞いてやや気温が下がりました。ただ、残念ながら我が家の近辺は雨模様で、雪の気配は一向に遠いままです。
桃の節句と言いますと、毎年もう少し暖かい感じですのに、今年はどうでしょうか。鴬は鳴いてくれそうな気がしません。それならせめて雪でも降ってほしいのに・・・などと申せば叱られそうです。
我が家は、たまたま女の子でしたから雛祭りをしました。私は男の子ですが、端午の節句で鯉幟りを立てて祝ってもらった記憶はありません。
宇治の上林家と言えば、記念館のある立派な家系ではないですか。茶業茶道の大家でしょうか。秀吉や利休に縁のある名家で、上林茶と言えば最高級のお茶と聞いております。
その玄孫は、茶道ではなくて酒道の大家となって、それもまた佳き哉。雛祭りには、濃密な濁り酒で献杯されるのでしょうか。
3. Posted by 風音   2011年03月01日 22:12
年が明けたと思ったら、もう雛祭りの季節。
何だか毎日が飛ぶように過ぎていきます。
私は、お雛様を実家に置いたままで…。
結婚してからは、小さな豆粒大のうさぎ雛を飾るくらいに…。
道草さん宅は、お嬢様ふたりですから、子供の頃、にぎやかだったでしょうね♪
私にも、雛祭りの思い出、いろいろあります。
季節の行事、いつまでも大切に残っていくといいですね。

さすがに雛祭りに関する詩・歌…、たくさんありますよね。
楽しませていただきました♪
 
4. Posted by 道草   2011年03月02日 05:12
*風音さん
やや寒が戻ったのか、3月に入ってから少し気温が下がりました。2月後半が4月並みの季候続きでしたから、これで正常なのかも知れません。北海道や日本海側など所によっては雪が降り、桃の節句はやはり旧暦の方が相応しい様です。
風音さんも、子どもの頃の雛祭りの想い出は沢山あることでしょう。我々男性の端午の節句となりますと、鯉幟りを立てるのは案外大層です。
最近はマンションのベランダなどにも、小さな鯉幟りが見られますが、私達の小さい頃はそんなミニサイズはありませんでした。ですから、本格的な鯉幟りを上げる家庭は少なかった様です。
それに比べますと、女の子の雛人形は種類も豊富で、変わり雛なども含めますと、気軽に楽しめる様です。今年は卯年ですから、風音家の兎雛も喜んでいることでしょう。ご実家では、母上が飾り雛で昔を忍んで居られるのではないでしょうか。
5. Posted by 夕ひばり   2011年03月02日 16:20
こんにちは。
雛祭りほど可愛らしく優しげなお祭りがあるでしょうか。
お雛様たちや、そのお着物、お道具・・・何をとっても美しく、見ていると幾つになっても心弾みます♪
ちらし寿司やお吸い物、お菓子までもが華やかで、本当に素敵な行事ですね。
白酒は道草さんのお口に合うかどうか分かりませんが( 笑
私もお雛さまは実家に置いたまま。でも、懐かしい思い出とともに自分もそこにいるようで・・・それもいいかなと思っています。
6. Posted by 道草   2011年03月02日 16:39
*夕ひばりさん
日本には古来から様々なお祝い事やお祭りがありますが、やはり雛祭りが最高に優雅でかつ可愛らしく思えます。段飾り・立ち雛・吊り雛・流し雛・・・女性にとっては子供の頃にどれかを経験して、生涯忘れられない想い出となるのでしょう。
結婚して新所帯を持つ時は住居の加減もあって、段飾りなどは実家に置いて行く人が多い昨今です。風音さんもそうでしたけど、夕ひばりさんもご実家に置いて来られたのですか。
大体昔から、お雛様は祖母が孫に贈ることが多いように思います。夕ひ家でも、いずれはそうなるのでは・・・。我が家では、家内がちらし寿司を作って、東京の長女に宅急便で送っていました。
最近は、翌朝には到着するとのことです。次女は遠方ですから、泣いてもらうしかありません。私は白酒と言いますより、濁り酒と称する銘柄の方が口に合う様です。
7. Posted by ささ舟   2011年03月03日 11:01
ぴくっと寒いひな祭りのけさは、愛宕山も遊歩道も植木鉢の中もほんのりと淡雪が積もっています。速度の遅い雪がまいまいしながら落ちてきて池の中に消えていきます。
明日は公立高校の試験だそうです。私たちが受験する前日から雪降りでした。そのときの様子を思いでしていました。
凛としたお雛さま見ていたら雅やかで上品で美しく見飽きることがありません。それにこんなに沢山の歌があるのですね^^ >「桃の節句に次女に訓示」辻 征夫。ええっ!こんな滑稽な歌も^^。
うちは3娘とも結婚の時それぞれのお雛さまを持参しました。姉は段飾り、次女は対の市松人形、三女はケースに入ったちっちゃな木込み人形です。私は実家に置いたまま、今は孫の雛を飾って楽しみます。この10日に同級生数名でおばあちゃんのひな祭りをする予定で、今年はどんなご馳走を賞かなと、わくわくしているところです。
8. Posted by 道草   2011年03月03日 11:55
*ささ舟さん
2月はまるで春の陽気でしたのに、3月に入った途端に冬の季候に戻りました。我が家の周辺も、今朝は外に出て見ると、ほんの細かな雪片が舞っていました。
大体いつもは、3日の雛祭りの日に鴬の初鳴きが聞かれますのに、今年はその気配もありません。桃の節句に雪に出遭って、鴬は慌てて巣籠もりしてしまったのでしょう。
今年はかなり季候が変則的です。桜の季節に雪の降ることがありますから、梅の時期に降っても可笑しくはないのですけど、2月後半が暖か過ぎました。
ささ舟家は3人娘で、さぞ賑やかな雛の節句を祝われたことと思います。雛人形は、長女が一番トクをする様です。でも、大きさや価格に関係なく、両親の気持ちを込めた雛人形は、お嬢達の一生の宝物でしょう。
近々同級生で雛祭りをされるとか。ちょっとコワイ様な気もしますが(スミマせん。男はそれ以上です)、ご実家のお雛様にもたまに逢いに行ってください。
9. Posted by 春海   2011年03月03日 14:05
我が家の床の間にもひっそりとお二人お揃いです。
いくつになっても女の枯です。
真多呂人形の私の手製 お気に入りのお着物を着せて上げました。
手抜き上手なわりにお雛様は必ず 相手が逝ってしまった年も飾りました。
昨夜はイクラをたっぷりはりこんでちらし寿司をつくりおそなえしました。
 ひな祭り の歌 もう一つ

「 暗い小さな箱のなか

 一ねんじゅうを大人しく

 春を待ちまちねんねして

 淋しいでしょうおひなさま〜〜」


10. Posted by 道草   2011年03月03日 15:10
*春海さん
桃の節句の日に小雪が散らつきました。ほんの暫くして雪は消えましたけど、京北町(弓削)では屋根に10僂眄僂發辰燭修Δ任后あの辺りでも地域によってはかなりの差があって、私の住んで居ました宇津の在所は上桂川の下流で標高が低く、北桑地方としては雪は少ない方です。
車があれば、雪の情報をキャッチすれば直ぐに出られますのに、残念ながら足の便が不如意で迅速な行動が取れずに残念に思っております。
雪の雛祭りもまた佳きかな。春海家では、手造りの雛人形を飾られたのですか。丹精込めたお雛様は、何時までも傍に居て優しく微笑んでくれることでしょう。
この雛祭りの歌は、春海さんの作ではないですか。このところ詠草も好調ですし、今年は必ず素敵な春(その後の夏も秋も)になると思います。
11. Posted by mfujino   2011年03月04日 05:35
幼少の頃の雛祭りの記憶はありませんね。当たり前か、これでも男子でしたから。お雛さんで思い出すのは、和歌山の淡島神社で見た夥しい数のお姿、大阪時代、呑み仲間でゴルフに行って帰って来たらお母ちゃん連中が今日は雛祭りしてたんよと旦那連中の遊びに負けじと遊んでたこと、兄貴が2日生まれで女の節句の頃生まれだとからかわれていたこと位で、どうも風情がありません。しかし桃の節句事態は男女関係ないお祝いだったのでは?
12. Posted by 道草   2011年03月04日 05:54
*mfujinoさん
雛の祭りは平安時代から存在する歴史のある遊び事→祝い事の様です。日本各地に広まり、その土地の風土や風習に合致した様々なスタイルが形作られていったのでしょう。
京都市内はかつての宮廷の関係で、古式豊かな雛祭りが神社や各家庭でも見られた様です。ただ、北桑の里では桃の節句や端午の節句を大々的にしていた記憶は、私にもありません。
mfujinoさん宅は女性の姉妹が居られますから、雛祭りはどうだったのでしょう。端午の節句にしても、私は祝って貰った記憶はなく、「子供の日」として祝日になったのが嬉しかったものです。桃の節句はどうして祝日にならないのか。よく女性が黙っているナ、と不思議に思えます。
それにしても、今年は雛祭りの日に雪が降りました。京北では10儷瓩も積もったとか。そんな雪が積もった在所では、雪のお雛様を作っている女の子が居るかも分かりません。
13. Posted by mfujino   2011年03月05日 06:14
道草さま、私には二人姉がいますが10歳近く離れていますので、我が小学校に入る頃には姉達はもうお雛さんで遊ぶ歳ではないでしょうし。それに古いお雛さんを見た記憶がないんですよね。
仰る様に北桑では桃の節句や端午の節句にまつわる思い出はないですね。精々お金持ちの家にたなびく鯉のぼりぐらいでしょうか。
14. Posted by 道草   2011年03月05日 06:59
*mfujinoさん
今年は、雛祭りの当日に雪が舞いました。そして。その夜にはかなり降ったのか、翌朝は庭木や屋根瓦が薄化粧をしていました。mfujinoさんからのメールでそちらは10兩僂發辰討い襪畔垢い董朝食後にJRバスに飛び乗りました。
笠峠を越えた細野に入ると、まさに雪国でした。周山から上桂川沿いに魚ケ渕を通って、宇津の里へ出ました。標高の低いせいか、やはり雪は少な目でした。それでも、粉雪の舞う中を真っ白になって、久し振りで古里の雪の中を歩いて来ました。
mfujinoさんの居られる弓削や姉上がお住まいの黒田は、もっと雪は多いことでしょう。雪深い里では、雛祭りは旧暦で祝う所が多い様ですが、京北町はどうなのでしょう。女性も高校生になる頃は、雛祭りから遠ざかるのでしょう。
私もどは、小さい頃から鯉幟りを立ててもらった事は一度もありません。それでも、桃の節句も端午の節句も、余り華美でなければ長閑で佳き日本の風習だと思います。
15. Posted by わんちゃん   2011年03月09日 23:01
道草さん こんばんわ〜〜

読んでも読んでも、いつまでもいつまでも、
お雛祭りの歌が・・・・ビックリしました。
「うれしいひな祭り」はしっかりと歌えました。

子どもの頃、母方の田舎へ行くと、古〜いお雛様に出合うことが出来ました
不思議なことに遠い田舎なのに、
母がよく連れて帰ってくれてました。
いとこたちと集まって、雛段のお道具で遊んだ記憶があります。
それぞれのウチには段飾りのお雛様は無く
田舎のウチで祖母と母や叔母たちがささやかな雛の宵のご馳走を作ってくれてました。
今から思えば女のお祭りそのものだったようです。
16. Posted by 道草   2011年03月10日 04:54
*わんちゃんさん
今月になってから、気温はやや低めに推移しているようです。まだ、鴬の初鳴きも聞かれません。京都の梅の名所は、ようやく咲き揃い出した様ですが、まだ満開には少し間があるのでしょうか。お雛様も、今年は少し寒がっているかも知れません。
田舎の旧家には、立派な段飾りがあったことと思います。恐らく、旧暦で桃の節句をお祝いされたのではないですか。母上も里帰りを兼ねて、雛祭りに帰省するのが楽しみだったのでしょう。
遠く離れていますと、そう何度も還れないでしょうし、旧暦の桃の節句の頃なら季候も好くて、桃や桜が迎えてくれたのではないですか。それに未だ農繁期の前ですし、親族一同が集まってさぞ楽しいお祭りだった事と思います。
旧暦の3月3日は、新暦では4月6日に当たるそうです。その頃が、本当の桃の節句に思えます。

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