2012年03月24日

『雀巣作りを始める日』

なにやらさみしく雀どものおしやべり―種田山頭火

春浅き雀の巣作り思案顔



















   この21日から25日頃までは、「二十四節気七十二候」の「雀始巣」(すずはじめてすくう)である。
  なお、「雀始巣」は『略本暦』に於ける呼び名であり、元となった中国の宣明暦では「玄鳥至」と呼ばれ、牘蹐南からやって来る瓩覆匹琉嫐である。

  それはさて置き、雀は言うまでもなく、小鳥の中では最も人間の生活に身近な存在である。ただ昨今の状況からは、身近な存在であった、と表現するのが当たっている様にも思われる。
  冬の枯れ草や藁を啄(は)み咥えて、屋根の上からまるで茶色の石礫の様に下りて来る姿は、何か懐かしいものになってしまった。
  そして、瞬時は戸惑う様子を見せることはあっても、右に左に忙しなく跳び歩き、瞬時もじっとしていない。そんな可憐気な様子が、随分と遠い日の出来事の様に思えてしまう。
  人間などをまるで警戒せず、チュンチュンと際限もなく囀る姿は、時には煩(うるさ)く時には可愛い。何処かへ飛び去るのかと思えば、直ぐにまた戻って来る。雀は、実に愛すべき存在ではある。

飛びあがり宙にためらふ雀の子羽たたきて見居りその揺るる枝を―北原白秋

地上へとすべり降り来る雀たち軽からむ今年生まれたる身の―横山未来子


雀の子親を探して日が暮れて


















  
奈良時代は、「すずめ」または「すずみ」と呼ばれていたそうである。「すず」は爛轡絅鵐轡絅鶚瓩噺世μ弔声で、「め」は狆鳥瓩琉嫐もしくは犒欧讚瓩琉嫐の接尾語と言われている。そして「すず」は、小さいを意味する「ささ」が語源とも考えられている。

宙にひらく一瞬にして群すずめ投網のごとく野面にしづむ―坪井早苗

  漢字を分析すると、「雀」の隹(すい)は鳥の意味で、小さな隹で「雀」である。連雀(レンジャク)・四十雀(シジュウカラ)・金糸雀(カナリヤ)などにも雀の文字が付いている。
  そもそも、雀の由来は、「踊るように進む」である。スズメの「メ」も前述の如く狡鮫瓩琉嫐で、燕(ツバメ)・鴎(カモメ)などにも付けられている。ちなみに、お喋りな人(男女を問わず?)を「すずめ」とも呼ぶ。

どれからといふわけでなく次々に石を離れて雀舞ひ立つ―坪野哲久


子雀は案山子と友と親しみて

  



















  
春先の雀は畑の苗の害虫を食べてくれるが、秋になれば実った稻の樅を食べる。そもそも案山子(かかし)は、雀を追う目的で作られたものである。「雀威(おど)し」とも呼ぶ。
  昔の案山子は、藁を束ねて着物を着せ、手拭いで頬冠りをして麦藁帽子を被った人間が立っている様に見せ掛けた。顔は爐悗里悗里發悗劉瓩定番だった。
  しかし、効果は余り長続きしなかった。案山子の頭や肩に止まっている雀をよく見掛けたものだ。

  子供の頃、一握りの籾殻を地面に撒いて突っ支(か)い棒した笊を被せる。その棒に結んだ紐の端っこを持って、小屋の裏に隠れて待機する。
  その内に雀が籾殻を啄みにやって来る・・・筈だったが、一度もその罠に雀が引っ掛かったことはなかった。
  小さい頭なのに、雀は意外に知能が高いのかも知れない。それとも、人間の私が低かったのか。

雀子が人の軒端に住み馴れて囀る声のその喧しさ―良寛(蓮の露)

春は軒の雀が宿の巣藁にも紅き毛糸の垂れて見えけり―北原白秋

窓近く撒きたる餌に雀らが天より降り来五羽七羽十羽―
古明地 実



草伸びて雀隠れの春うらら





















  「雀隠れ」は、早春に萌え出た草々が、雀の身が隠れる程に伸びた様子を指す。地上で食べ物を探すことの多い雀には、これは好都合の状態である。
  その雀は、人間の近くで暮らす鳥である。繁殖期には屋根瓦や石垣の隙間にも、枯れ草や藁で巣を作る。

  反面、繁殖期以外には群れで生活することが多い。夕暮れ時、塒(ねぐら)に帰る前に、多くの雀が群がって鳴き騒ぎ、時には争う様子は「雀合戦」と言う。

浅茅生もすずめがくれに成りにけりむべこの本はこぐらかりけり―曽禰好忠(夫木和)

萌えいでし野辺の若草けさ見ればすずめがくれにはやなりにけり―日野俊光(新選六帖題和歌)



春の日の夕暮れのお洒落れ雀色




















  また、「雀色時」との呼称がある。雀色は雀の羽の様な茶褐色である。太陽が落ちて間もない暮れ泥(なず)むそんな夕暮れのひと時を「雀色時」と表現する。

十歩ほど互みに過ぎて気づき合ふ秋の半ばのすずめいろどき―高旨清美

  もともと「雀色」とは、雀の頭の様な灰色がかった褐色を言う。「雀色」と江戸時代に流行した「雀茶」とは同じ色だとの説がある。
  そして、「雀茶」の方が雀の背の色なので、灰色が強いとの説の2つがある。江戸中期頃の褐色系の流行色を総称して「雀の羽色」と呼ぶ例もある。

一枚の冬田より湧く雀らよ土色の羽を嘆くことなきや―志垣澄幸

  ついでながら、「夕轟き」と呼ぶ言葉がある。黄昏時になれば人恋しさが募るもの。
  恋する気持ちが、夕暮れ時には一際心を騒がせる(そうである)。それを表現した言葉である。
  また、夕方の物騒がしい状況を言う場合もあるが、これはやや艶消しではないか(と思うが)

したひ来る恋のやつこの旅にても身のくせなれや夕とゞろきは―源 俊頼(千載和歌集)


日脚伸びふくら雀も所在なく




















  「脹雀(ふくらすずめ)」とは、寒さのために羽毛を膨らませた雀や、冬に脂肪を蓄えてふっくら太った雀の表現である。また、和装の帯の結び方や髪形、紋所の名称でもある。

より高き桜花の枝をのぼりゆき雀ふっくら天に出でたり―冬道麻子

濡れて跳ぶすずめの胸のふくらみは琵琶湖弁天妃頬の曲線―
牛山ゆう子



  「初雀・寒雀」は、元旦の朝の雀は初雀である。寒い時期の雀は寒雀と呼ぶ。ただ、後者は冬に食べる雀が美味なための呼び名てもある。

一の鳥居の高さが好きで初雀―長谷川秋子 / 寒雀一羽来て二羽三羽来ぬ―山崎ひさを 


春の日に入内雀澄まし顔


















  いつか何かで読んだ記憶がある本に、入内雀(ニュウナイスズメ)と呼ぶ珍しい種類の雀があった。主として明るい林に棲息する小形の雀で、雌雄で色彩が異なる。 
  江戸時代から「にうないすずめ」「やますずめ」「きすずめ」等と呼ばれるようになった。平安時代の枕草子(四十一段)では「頭(かしら)赤き雀」として登場する。
  
  「にふない」は、にいなめ(新嘗=新しい穀物)の変化とされている。この新嘗雀(ニイナメスズメ)が、未熟な稻を好んで食べる事からの命名らしい。

  また、伝説によると、歌人の藤原実方が奥州に左遷され、帰朝を果たせずに死んだ。その魂が雀に化けて都に舞い戻り、殿上の供え物を食べた、とも言う。
  入内とは内裏に上がる事であるから、この呼び名の根拠としては首肯出来るものがある。
  さらに一説では、「にふ」は黒子(ほくろ)の事を指し、頬の黒斑が無い雀の意味、との謂れもある。方言では「渡り雀」「深山雀」などとも呼ばれる。


集まって雀踊るや浅き春




















―雀の故事(ことわざ)

「雀ありき(歩き)
古語では、雀がまるで跳ね歩く様に、ピョンピョンと歩く様子を指してこう呼んだ。

「雀の小躍り」
雀の歩き方が、まさに踊る様に見える事から出た言葉。漢語では「雀躍」とか「欣喜雀躍」と言う。

ひとにぎりの体温燃やし雀らが田に飛びかへり汗ばみゐむか―志垣澄幸

「雀百まで踊り忘れず(忘れぬ)
雀は死ぬまで踊る様な歩き方をする事から、人も幼い時期からの習慣や身に付いた癖は、年をとっても改める事は出来ないとの意味。

「雀の涙」
雀は小ささの象徴でもある。小さな雀の小さな目の涙は極めて小さい(筈だ)から、ごく僅かな事の喩え。

>うつくしきもの …雀の子の、ねず鳴きするにをどり来る―清少納言(枕草子)
小さいからこそ、その姿が愛される雀ではある。しかし、駒鳥を殺したのは雀だった(マザーグース)

「雀の千声」
有象無象が寄ってたかって、がやがや言う事の喩え。「朝雀夕烏」は鳴き声が煩くて喧しい事の喩えである。

この路地の一番起きにわれと雀たのしき声は雀がまさる―坪野哲久


竹藪に雀憩うか風緩む


















「竹に雀」
竹と雀の取り合わせは昔から絵になった。「竹雀図」など絵画の題材と共に、伊達家の家紋にもなっている。実際、群れて行動することの多い若い雀はしばしば竹藪を塒(ねぐら)にする。絵になる「梅に鴬」も同じである。

そぼ濡れて竹に雀がとまりたり二羽になりたりまた一羽きて―北原白秋

鳴き交わすこゑ聴きをれば雀らの一つ一つが別のこと言ふ―明石海人

竹に雀は仙台さんの御文 相馬六万石九曜の星(相馬二遍返し)

「雀に鞠」
雀に鞠を与えても反応がない。価値の分からない人間には、何事も役に立たないとの喩え。「猫に小判」と同じ。

「楽屋雀(江戸雀・京雀・吉原雀)
芝居に通じていて、楽屋に出入りして喋り歩く人のこと。ただ、やたらに詳しいものの、余り敬服はされない人物ではある。ちなみに「朝雀に夕烏」は、喧しいものの喩えである。最近は、朝から烏が騒がしいが・・・。

「雀の酒盛り」
ささやかな宴会を喩えた言葉。または、騒がしくて煩い状態を言う場合もある。

「雀の巣も構(く)うに溜まる」
雀が僅かな物を少しずつ運んで来て、遂には棲める巣を作り上げる様に、僅かずつでも蓄えを続ければ、やがては巨額になるとの喩え。

「雀角鼠牙(じゃっかくそが)
訴訟を構える事の意味。雀角は雀の嘴(くちばし)で鼠牙は鼠の歯。「詩経」から出た喩えとのことである。。

「門外(前)雀羅を設く」
門の外に網を張ることが出来るほど脚(客)が来ない状態を言う(史記)

「雀海中(大水・うみ)に入りて蛤となる」
秋に海辺で騒いでいる雀が、冬になると何処かへ姿を消してしまう事から、海に入って蛤になると考えられていた。
雀の羽の色と蛤の色が似ているのが、そもそもの由来である。古代中国の俗信。

蛤に雀の斑(ふ)あり哀れかな―村上鬼城 / 蛤に雀の記憶ありにけり―斎藤隆顕

  日本古来の植物や動物が減りつつあるのは、時代の流れとは言え寂しい現象である。
  私達のほんの身近な生き物として、雀はずっと人間と極めて親しい存在であった。
    
   時には多過ぎて稻作の害になったりもしたが、今は電線に止まっている姿さえ見掛けるのが少くなった。何とか復活してほしい、と願うばかりである。

雀らは残り時間を思はねばみちみちて覚めみちみちて寝む―竹山 宏


電線に群れて雀の懇親会



















「春が来た」     与謝野晶子

春が来た。
せまい庭にも日があたり、
張物板の紅絹(もみ)のきれ、
立つ陽炎も身をそそる。

春が来た。
亜鉛(とたん)の屋根に、ちよちよと、
妻に焦がれてまっまろな
ふくらすずめもよい形。

春が来た。
遠い旅路の良人から
使(つかひ)に来たか、見に来たか、
わたしを泣かせに唯来たか。

春が来た。
朝の汁(スウプ)にきりきざむ
蕗の薹にも春が来た、
青いうれしい春が来た。



「さくらと雀」    
水谷まさる 

三月さくらの
花ざかり
枝をくぐつて
花のなか
ちよんちよん雀が
ちよんと飛ぶ。

飛べば小枝が
ゆすぶれて
惜しやさくらの
花びらが
ぱらぱらぱらり
散るけれど、

三月さくらの
花ざかり
花にうかれて
うれしいか
ちよんちよん雀は
ちよんと飛ぶ。


水飲みに雀来たりて春日永



















「春の寺」    
萩原朔太郎
   
うつくしきみ寺なり
み寺にさくられうらんたれば
うぐひすしたたり
さくら樹にすずめら交(さか)り
かんかんと鐘鳴りてすずろなり。
かんかんと鐘鳴りてさかんなれば
わとめらひそかやかに
ちちははのなすことをして遊ぶなり。
門もくれなゐ炎炎と
うつくしき春のみ寺なり。


「雀の家」    
野口雨情

雀のお家(うち)
どこでせう

雀に聞いても
かくしてる

子雀 だまして
聞きませう

学校のうしろの篠籔は
わたしのお家と
云ひました。


子雀も餌を探つつ日向ぼこて





















「雀のかあさん」    
金子みすゞ

子供が
小雀
つかまえた。

その子の
かあさん笑つてた。

雀の
かあさん
それ見てた。

お屋根で
鳴かずに
それ見てた。


「野の雀」    
三好達治

武蔵野の 野の雀
高槻のてっぺんに
鈴なりになりこぼれ
こぼれて空に散らひたり
名にこそ負へれ群雀のさんざめきつつ
裾ながのひとははき
水錆田の朝の日なたをかすめゆく
影なきを まさぬとや
ましますといはばますなり
朝の神いますところに点々と
かの畔(くろ)に舌うちし 点頭す
点頭し 傾聴し
耳語(じご)拮抗し
何ごとの鞘あてか 戦ごっこや カドリール
さすがにね 歌謡曲とやらはうたはざりしか
神々の胸の数だけ また朝をさんざめきつつなか空にあがり散じぬ
武蔵野の 野の雀
さなりしか 何をかの
はるばると月の世界にゆくとても
なれにまされるものあらめやも



雀いて風穏やかに春日昏れ


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コメント一覧

1. Posted by 徘徊堂   2012年03月24日 14:00
 今頃からぼちぼちと巣作りを始めて、ひなが孵るのですね。人家近くの森では、小雀が嬉しそうに枝から枝へと飛び移るのを見ますが、明らかに生きていることを楽しんでいる感じです。
 近年は、新築の家の構造から雀も巣を作りにくくなっているとのこと、虫対策もそうですが、極端に他の生物たちを排除することは自分自身の首を絞めているようなものだと思います。屋根裏には蛇がいるほうがいい(爆)。
 昔泊まった吉野の民宿では、屋根裏にむささびが入り込んできてガサガサと音を立てていました。今の家は屋根の下の隙間をモルタルで固めてしまうからダメですね。明日はまた雀の酒盛り(笑)。
2. Posted by 道草   2012年03月24日 15:31
*徘徊堂さん
このところ、天気予報は一向に当たりません。晴れマークを信じて行動すれば曇ったり、雨との予報が逆に晴れたり。こんな世でも、ままならぬものは何とかだけでなく、春の天候には翻弄されます。
私は子供の時から、家の軒端に燕が巣を作ってくれることが最高の望みでした。しかし、一度も願いは叶ったことがありません。
せめて雀でも(雀には失礼ですが)と願っているものの、それもまるで無視されています。もう、可能性は遠のくばかりです。

ただ、さすが屋根裏(今の家の)には、鼠はもちろん鼬が走り回ることがあります。おそらく蛇も這っているかも分かりません。
いつでしたか、鳥(おそらく土鳩)が作った巣の跡も見つかりました。近くには森や林がありますので、その影響でしょう。その意味では、むしろ喜ぶべきかも分かりません。

それにしましても、最近は雀を見掛けなくなりました。鳴き声すら余り聞かれません。鴬はたまに鳴いていますが、やはり烏が蔓延(はびこ)っている様です。
烏も、夕焼け空を帰る嘴細烏は可愛くて郷愁を覚えるのですが、憎たらしい嘴太烏ばかりで中々まゝなりません。
こうなれば、人間の方から野生の動物や植物に接近して住まなければ駄目な様です。
3. Posted by わんちゃん   2012年03月24日 21:12
道草さん こんばんわ〜〜

スズメの可愛いショットに見惚れてしまいました。

>いつか何かで読んだ記憶がある本に、入内雀(ニュウナイスズメ)と呼ぶ珍しい種類の雀があった。主として明るい林に棲息する小形の雀で、雌雄で色彩が異なる。

7枚目の小鳥がそのニュウナイスズメでしょうか?

今年の2月初めの寒いころ、奈良県の馬見丘陵公園にニュウナイスズメが飛来してるとの情報で撮りに行ったことがありましたが居ませんでした、そこそこの人数の人たちが来られてました。
やっぱり珍しい鳥のようですニュウナイスズメがどんな鳥なのかネットで検索してみましたら 

http://www.yachoo.org/book/view/nyuunaisuzume

その時一緒に行った友人は再度、馬見丘陵公園に行ったそうですが、その時と同じ人たちと出会ったそうです
けど、ニュウナイスズメはその日も居なかったそうです。

スズメはウチの近所ででも時々見かけます
以前より少なくなったように思います、
だいぶんと傍まで近づいても、なにやら一生懸命探し物をしているように見えます。
よっぽど近くに行かないと飛び立たないです。
フツー稲の籾殻などが好物と聞きましたが、今頃のスズメは何でもアリのようです。
4. Posted by 道草   2012年03月24日 21:52
*わんちゃんさん
昨日の振り続いていた雨がやんで、今日はかなり好く晴れた一日でした。気温は高いのか低いのか、太陽の出ている時間は春めいてほっこりした感じですが、陽が落ちるとかなり肌寒くなります。

春はまだまだ足踏み状態の様です。それでも、軽やかな鴬の鳴き声は時々聞こえて来ます。その反面、雀の姿は余り見掛けることがありません。
かつては最も身近な小鳥でしたのに、どうなってしまったのでしょうか。それでも、わんちゃん宅の近所ではかなり見掛けるとのこと。
それが当然の光景なのでしょうけど、自然界の変化は少しずつ進んでいる様です。

入内雀の生息地が奈良県にあるのですか。私は書物の記憶を頼りに、写真も無料掲載の所から拝借しました。
田舎に住んでいる子供の頃には、実際に見たことがあるかも知れませんけど、当時は鳥の名前などよく知りませんでした。
今から考えれば、色んな珍しい動植物に出会っていたことと思います。昆虫や川魚はよく捕りましたので名前も自然に覚えましたが、その他の生物は名も知らないままに過ぎてしまいました。
5. Posted by 夕ひばり   2012年03月25日 14:32
こんにちは♪

雀は身近な鳥でしたし、こちらでは、今でも幸いなことに身近な鳥でいてくれます。
そういえば2、3年前だったでしょうか、雀の大量死のニュースがあり、心を痛めたことを思い出しました。今はどうなったのでしょう・・・

よく見れば、とってもシックで素敵な羽色ですね。
雀色時という言葉は初めて知りました。
今日は見られるかしら・・・夕暮れ時の空を見る楽しみが広がりました。

何年か前、頭だけが白い雀を見かけ、雀に関する本を読みました。こんなに身近な鳥なのに、その生態はまだ謎の部分が多いそうです。
頭だけが白い雀は「綿帽子」と呼ばれ、たまに目撃されるとのこと。姿が少し違っているにもかかわらず、仲間はずれにすることもなく、また自分も気にすることなく、一緒に行動している雀たちの様子に胸があたたかくなりました。
6. Posted by 道草   2012年03月25日 21:54
*夕ひばりさん
このところ、気候の変動は本当に目まぐるしいものがあります。今朝方は2階の部屋で13℃もあって、暖房は不要の状態でした。
外へ出ますと明るい太陽が射して来て、色々な黄色い春の花達が眩しいばかりに輝いていました。
午後から例会で大阪へ行きまて、夕方に外へ出ましたら冷たい雨が降っていました。思わず、「春の空と女心」と口走って睨まれてしまいました。

3月も後1週間となりましたのに、一向に春の気配は安定しません。梅と桃と桜が゜一挙に一堂に同席しそうです。
こんな年は、いつもより遅れて咲く花はかなり長持ちしそうです。もしかして、梅と桃と桜の競演が見られるかも分かりません。

雀は本来は寒さにも強い(筈の)鳥ですのに、こちらでは何故かなかなか見掛けることはありません。
ただ、夕ひばりさんの近辺では、まだまだ健在とか。「綿帽子」ですか。もしかして、見掛けたことがあるかも知れませんが、名前は初めて聞きました。

これからは、動物でも植物でも、注意深く(心を込めて)見守る習慣を身につけなければいけません。
これまでにも、自然界の素晴らしい事物や現象を多々見逃して来たことと思います。本格的な春になれば、いっそう楽しみが増えそうです。
7. Posted by ねぎぼうず   2012年03月25日 21:54
こんばんは。
今日のお天気は気まぐれ天気!良い天気かなと思えば曇りはじめ、雨になり、突風迄吹いて… 雨は小雨でしたが春とは思えない寒さでした! 梅の花咲く天神さんでした。 ・     道草さんちのお庭の垂れ梅はきっと今満開でしょう。お庭の手入れを楽しんでられますね。

先週のテーマは、蝶でした。楽しく拝見いたしました。用がありお休みいたしました。今週は、かわいい雀が主人公。最近は姿を見ることがありません。近くに手入れのされていない竹林があるのですが、雀には会えません。
自然が少ない住宅街ですから雀の住む環境ではないのでしょうね。4〜5年前でしたでしょうか。迷子の子雀が我が家に舞い込んだことがあり貴重な経験をしました。人にはなつかないと言われている雀も、そうでもないのだなって思ったものでした。

なにやらさみしく雀どものおしゃべり 山頭火
山頭火って本当にこころやさしいお人だったのですね。この句も初めて知りました。教えていただいてありがとうございました。
8. Posted by 道草   2012年03月26日 06:24
*ねぎぼうずさん
3月も後1週間で終わりとなりましたのに、気候は一向に定まりません。昨日の午前中は太陽が顔を出していて、歩いていてもゆっくりと春の気配が楽しめました。
鉢植えの梅はほぼ散りましたけど、今は庭の隅の枝垂れ梅が満開になりつつあります。遅咲きの薄い桃色で、やはり春の使者を思わせます。

午後から大阪へ例会で出向きましたら、夕方から冷たい雨になりました。ほんの暫くの通り雨でしたけど、また冬が舞い戻った感じで、縮こまりながら歩いていました。

ねぎぼうずさんの近辺でも、雀の姿は見られなくなりましたか。こんなに身近な小鳥が居なくなるのは、本当に寂しいものです。
一方では、烏や川鵜や土鳩が蔓延(はびこ)っていますのに、雀や鴬などの小鳥はどうなってしまったのか。ねぎぼうずさんに懐いた子雀が懐かしいですネ。
9. Posted by 春海   2012年03月26日 18:19
 道草さん 皆さん今日は。
毎日気紛れな空模様 男心なのか女なのか近頃流行のハーフなのか出掛けたら雨に遭う〜〜という日々が続いています。
山背古道の端っこにもやっと初音が届き今朝は馬酔木の花に雀があつまり一気に賑やかくなりました。
 足裏とお腹まるまるさらけ出し小雀 集う波板の上
毎朝洗濯干し場の上で繰り返される光景です。チイチイ ピイピイ休み間なし 私の頭の上をコとコトと歩き回っています。
 あまり思い出したくない雀物語りですが若い頃伏見稲荷の近くの幼稚園に勤めていました。
朝 京阪の駅を下りると食堂が軒を連ね閉じたお店の前に高さ一メートルもあるような竹籠にぎっしりと詰め込まれた雀がヒイヒイと悲鳴をあげていました。どうしても正視できず駆け足で通りすぎたのを覚えています。
 夕方駅へむかうと空腹には残酷な美味しそうな匂いが漂っていました。
あの時の複雑な気持ち今も忘れられない苦い思い出です。
 お稲荷さんにはご無沙汰してますが今もあのようなお店が残っているのか訪れてみたい気もします。

10. Posted by 道草   2012年03月26日 18:32
*春海さん
今日も気紛れな天気でした。晴れるでもなく曇るでもなく、風も冷たくて今だに春は逡巡しているのでしょうか。
春海さんのご指摘の如く狃佞療卦いNewHalf瓩任垢。それと
>足裏とお腹まるまるさらけ出し小雀 集う波板の上
は晴美さんのご詠草ですか。

本当に、愛嬌のある雀たちは何処へ行ってしまったのでしょう。かつては、田舎でも都会でも、雀は何処にでも居る愛嬌のある身近な小鳥でしたのに・・・。
日本の人口は減りつつあるそうですが、それより先に親しんだ様々な動物や植物が少くなっていくのは、本当に寂しい現象です。

伏見稲荷の周辺は、外観的には昔とほとんど変わっていません。もちろん、個々の小さな変化はあるでしょうけど、街並みや民家の佇まいは、古い時代の名残りを留めています。
全国的に有名なお稲荷さんの門前町ですから、その意味では懐かしくもあり且つ貴重な存在なのでしょう。

かつて、厄神祭や盆踊りで賑わった故郷の神社は、今は訪れる人も無く、ただ寂れるばかりです。そんな境内には、雀は遊びに来ているのでしょうか・・・。
11. Posted by mfujino   2012年03月26日 18:48
道草さん、雀見る機会が少なくなりましたね。今雀を語ることは少年時代を語る様な気になります。乱獲で問題になった霞網、田圃一杯に網を張って獲っていたおっちゃんを一度見た経験があります。でも獲った雀をどうしたんでしょうね?焼き鳥屋に売ったのでしょうか?今焼き鳥と言えば鶏ですが、本来の焼き鳥は雀などの姿焼きではなかったのかしら、と思ったのは、二十歳台出張からの帰りに焼き鳥を注文したら出てきたのがその姿丸ごと焼いたもので食べられなかったです。
これからは燕の季節ですね。琵琶湖近くのガソリンスタンドで網がはってあるので聞いたところ、燕を守る為とのことでした。燕は通れるがカラスなどは通れない大きさにしたと聞き、人の優しき心を感じたものです。
折角山里に住んでいるのですから、鳥の巣箱を作ったり、野鳥のハンドブックでも買って生き物に目を向けられたらいいのですが。昔は嫌でも目に入ったのですがね。カラスや鹿が生態系を崩しているようです。
12. Posted by 道草   2012年03月27日 06:38
*mfujinoさん
今朝は明るい陽射しの穏やかな気候です。昨日も午前中はそうでしたのに、午後から曇って冷たい風が吹き出しました。このところ、何だか思わせぶりな天候が続いております。
今年のこの様子では、動物も植物も困惑していることでしょう(人間も少なからずそんな気持ちですが)。今日はどうでしょうか。

昔は雀など余りにも身近過ぎてそれに幾らでもいましたから、姿は可愛いものの、どちらかと言えば敬遠されておりました。農家にとっては害鳥扱いだったのでしょう。
霞網は希少品種の益鳥も根刮ぎに捕獲するため、いつからか禁止になっています。雀もその捕獲でやられた場合もあるのかも知れません。

しかし何と言いましても、雀が減ったのはやはり農薬のせいではないでしょうか。それと、減反による休耕田の増加もあるかも知れません。稲も稲木で干すことも少くなっている様ですし・・・。
大阪の焼き鳥屋に犹兢討瓩鯒笋衒にしている店がありました。見た目もさりながら真っ黒焦げで、それほど美味とは思いませんでしたが、ファンも居るのでしょう(私は一度しか行っていません!)。今は、そんな店があるのかどうか知りませんが。

雀だけでなく、殿様蛙・泥鰌・田螺・赤蜻蛉・・・等々田園を賑わした小動物が、各地で絶滅傾向にあります。
昨年の大災害を契機として、日本人の価値観が変化しつつある、と言われております。可憐な生き物、小さな生命を大切に育む。日本人全体に、そんな心根の復活することを願うばかりです。
13. Posted by ささ舟   2012年03月27日 11:41
こんにちは。今日は輝くばかりのお天気です♪
わぁ、可愛い雀さん^^胸のふくらみが何ともいえないですね。触れるものなら手のひらに乗せてみたい^^ 

♪スズメの学校の先生は/むちをふりふりチイパッパ/
生徒のスズメはわになって/お口をそろえてチイパッパ/
チイチイパッパチイパッパ♪
って具合に我が家の周辺は水辺ですし、またお隣が喫茶店ですから、結構スズメが遊びにきます。それはそれは賑やかなことですよ(笑)近くに行っても知らぬ顔、でもたまに私を見てくれる子雀もいますからネ^^
何といってもお洒落な白い衿巻きがいいじゃないですか?

>「頭(かしら)赤き雀」ニュウナイスズメの名は知りませんでした。赤頭巾ちゃんですね(笑)

去年京都御苑へ何度かいきました。カワセミやスズメなど御苑に生息する何種類かの小鳥のバッチを売っていました。私は迷わずちっちゃなスズメと瑠璃色のカワセミを買いました。
そうですか、これから巣材をせっせと運び巣作りをするのですね。本格的な春ですね。
14. Posted by 道草   2012年03月27日 11:46
*ささ舟さん
今朝は、早くから好く晴れ渡ったうららかな春日和となりました。先程、蹴上の国際交流会館へ会場の申し込みに行って来ました(昨日も出かけたのですが、月曜日で休館でした。春呆けです)。疎水辺りの柳の芽が瑞々しい薄緑に彩られていました。
沢山ある桜はまだ蕾のままですが、よく見ますと先の方が微かに紅色に染まりつつあります。長かった冬をじっと耐えて、やがて一気に花開く。そんな気配に満ちていました。

それでも、今頃は人出も少く静かなものです。鴬はおろか鳥の囀りも余り聞かれません。注意して見ていたのに、雀の姿も見掛けませんでした。ささ舟さんの近辺には、雀は沢山いるとか。やはり、雀も人を選ぶのかも知れません。

私は子供の頃から、燕が軒端に巣を作ってくれるのが望みでした。今の家に移ってからもずっとその願いを持ち続けていました。移転の当初は近くに田圃もあって、燕の姿をよく見掛けましたのに、遂に願いは叶いませんでした。
もちろん、雀の姿も頻繁に見ていました。その雀でさえ、我が家の軒端に巣を作ってくれません。理由は不明ですが(向こうにはあるのでしょうけど)、ずっと悔しい思いを持ち続けております。

この先、何年ここに居るか分かりませんけど、一度くらいは巣を作ってほしいものです。それが無理なら、せめて前の電線にたまには止まってほしいものです。雀の鳴き声の聞こえない一日ほど、淋しいことはありませんから・・・。

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