2012年03月31日

『春雷の鳴るや目覚めの』

春雷や刻来り去り遠ざかり―星野立子

春雷は春呼ぶ兆し遠くあり




















  今日で3月も最終日。二十四節気七十二候では「雷乃発声」(らいすなわちこえをはっす)となる。
  雷は四季を通じて発生する自然現象ではあるが、立春を過ぎてから起きる雷は「春雷」(しゅんらい)と呼ぶ。

鳴り伝ふ春いかづちの音さえや心燃えたたむおとにもあらじ―斎藤茂吉

  その立春の後に初めて鳴る雷は、「初雷」(はつらい・はつかみなり)とか「雷の初声」と名付けられている。

初雷のごろごろと二度鳴りしかな―河東碧梧桐 / 初雷の鳴り足す如く間遠なり―高田蝶衣

  そして、特に啓蟄(けいちつ)の頃(3月6日〜)に鳴る雷を「蟄雷」や「虫出し(の雷)」と言う。
  これは、虫達を冬眠から目覚めさせる意味がある。「残る物とて松の風さびしく、虫出し響き渡り」(浮世草子・好色五人女)

虫出しの雷奔る草千里―野中春艸 / 虫出しやささくれだちし水の面―岸田稚魚


春暁に雷の音轟や


















  古代中国にも、「蟄虫(冬篭りをしていた虫)達は、その音で一斉に戸を啓(ひら)いて這い出す」(史記)とある。
  ちなみに、秋分の頃の雷は「虫入れの雷」と称する。また七十二候で秋分の初侯は「雷乃収声」(らいすなわちこえをおさむ)である。

春雷のあと昆虫もいづこにかひそみて石に藤の花冴ゆ―大野誠夫

  春眠暁を覚えずとばかりに朝寝を楽しんでいる夜明けや、逆に物皆が寝静まった深夜に、その雷鳴は僅か数声で止むことが多い。春雷は、どこか控え目で優しい雷なのだ。

  ただ、昔から「春雷は不作」との格言がある。早春から仲春に寒冷前線が通過する時に、その付近の暖かい空気の下に冷たい空気が潜り込み、積乱雲が発生して雷が発生する現象がある。
  これを「界雷」(かいらい) または「前線雷」と呼ぶが、時には雹(ひょう)を降らすこともある。それが、農作物に被害を与える事からの言い伝えである。

春雷や雹降らす谷したがへて―中村汀女 / 春雷や水仙の芽の足らぬなり―金田咲子

  それでも、その規模は通常は小さくて、雷鳴は二声か三声で止む場合が殆どである。
  ただ、穿った見方をすれば、立春の後の陽気に一喝するかの感がなくもない。雹が降る以外に稲妻が光ることもある。
  いずれにしても、そんな天を恨みながら待つ程に、あっさり鳴り止むのが春雷らしい(!)ところではある。

  雷は普通は夏に起きる印象であるものの、春の「春雷」の他にも冬の「寒雷」があり、また秋に「秋雷」もある。四季を通じての現象と言える。
  春の雷は、夏の雷の如く激しさや怖さは無く、どこか優しい。そんな春の雷は、遥か遠くに聞く夏の足音なのかも知れない。

よく晴れし山国の湖春雷のあてどもあらずその響き止む―岡部 桂一郎

  過去30年間に於いて、年間雷日数の全国平均は19.4日とのことである。その日数が最も多いのは石川県の42.4日で、全国平均の2倍以上になる。
  2位以下は、福井県35.0日・新潟県34.8日・富山県32.2日と北陸各県が上位を占めている。北陸で雷が多いのは冬季の雷が原因らしい。
  京都府は20.3日で18位となっている。滋賀県18.1日24位大阪府は16.2日の28位と低い。
  また、東京都は12.9日で41位、岡山県は11.9日で44位である。最も少ないのは北海道で年間8.8日に過ぎない。


稲妻に春の光の滲みいて




















  ところで、「稲妻」は大空を走るまさに凄まじいばかりの電光であるが、なぜその電光を牋陲虜吻瓩覆匹噺討屬里。
  「いなづま」と言う言葉は、古今集に出てくる。また、さらに古い「日本書紀」では「稲交接」(いなつるび)とある。これは、雷と稲が交わるとの寓意である。他に「稲光」「稲魂」とも呼ばれる。

風わたる浅茅が末の露にだに宿りも果てぬ宵の稲妻―藤原有家(新古今集)

  正確には、天帝が落雷によって地上の神と交わり、結果として豊穣が齎される、との思想である。
  例え天子であっても、雷鳴の轟く時には性を慎まなければならない掟があった。

>ところが、日本の古い文献には、雷鳴の中で皇后と交わっている天皇の寝所へ入ってしまった間抜けな男が「雷を捉えて来い」と難題を与えられて、神にリを捉えた所が、飛鳥の雷の丘だったとの説話もある(日本霊異記)<

大君(おほきみ)は神にしませば天雲(あまくも)の上にいほらせるかも―柿本人麻呂(万葉集)

  そもそも、夫を「つま」と呼ぶが、本来は「つま」は相手と言う意味であり、昔は夫も妻も「つま」と言った。つまり、夫婦や恋人達が、相手を呼ぶ言葉である。
  雷の電光が稲の夫であるのは、「いなづま」が走ると空中の窒素が分解されて、地中の窒素肥料となる。                                     
   だから、地上の稲を妊娠させる。つまり稲の夫なのである、との意味になる。また、稲妻と雷の違いは、稲妻は「光」で、雷は「音」である。

  すなわち、「雷」は雲と雲との間、または雲と地面の間に起こる放電現象の全てを指し、「稲妻」はその放電によって起こる光のみを指す。
  いずれにしても、古代人は正確に自然を観察して、それに敏感に対応していたらしい。その知恵の一つが「いなづま」なのだとされている。

いとかくて止みぬるよりはいなづまの光の間にも君をみてしか―大輔(後選和歌集)

夜の森は夜の樹木に満ちたりと思ほえぬまで稲妻を吐く―岡井 隆


  太古から雷は天の怒りと考えられ、「神鳴」とされていた。爐呂燭み甅爐蕕い気洵甅爐みなりさま瓩箸盡討个譴董恐怖の対象でもあった。
  雷は光もさりながら、むしろ音によってその存在が知れる。尤も、春雷は僅か二声か三声にしか過ぎないものの、「ドロドロ」と鳴る音は「ドンドロ」と言う方言になっている程である(広島・香川)。犢譴瓩慮豸擦詫詭弔痢屮肇疋蹇廚任△襦△噺世錣譴討い襦

相触れて帰りきたりし日のまひる天の怒りの春雷ふるふ―川田 順


稲妻の光て春の朝明ける


















  また雷を「神立」(かんだち)とも呼び、神が現われる意味になっている。「いかづち」は「厳つ霊」で、恐ろしい神との意味である。別に、「猛つき鳴り」が転じたとの説もある。
  雷鳴のことを古くは「猛(いか)めしき鳴り」と言い、早い言葉で発音すると「かみなり」さらに省略して「かみ(雷)」となった。

  「晴天の霹靂」とは、晴れているのに突如として響き渡る雷鳴のことである。何か思い掛けない事が急に起こるとの意味なのは、誰しも知っている通りである。
  まさに、風雲急を告げる瞬間である。事実、霹靂(へきれき)や霹靂神(はたたがみ)は、雷の別名でもある。

霹靂や華鬘より鏡餅下ろす―今井可童 / 大内裏寒霹靂や昇天す―斎藤竹水

  晴天に起こる雷は「日雷(ひがみなり)」で、これは日照りの前兆となる。前述した「稲妻」は閃く光で、古代人は雷光によって稲が霊的なものと結合して実る、と信じたのだろう。

日雷祭支度のひと集ふ―川村文恵 / 地団駄の子のこゑぴたり日雷―若山千恵子

  ついでながら、怖いものを避ける「桑原桑原(くわばらくわばら)」は、元は雷を避ける呪いの言葉だった。これは、高い木より低い木(桑)の方が落雷を避けられるとの根拠から来ている。


青き芽が稲妻の洗礼喜々と受け

















  一方、外国に目を転じれば、アメリカに「3月はライオンの様にやって来て、小羊の様に去る」(March comes in like a lion and goes out like a lamb)との諺がある。
  ライオンの咆哮は雷に似ているのか。いずれにしても、雷の音は熱帯性低気圧による「春の嵐」であり、小羊は移動性低気圧による「麗らかな天候」の事である

  尤も、この諺は「小羊の様にやってきて、ライオンの様に去る」とか「ライオンの様にやって来て、いつまでも暴れる」(Came in like a lion, rage forever)。などの言い換えもあるらしい。要するに、春の天候は洋の東西を問わず定まらないのだろう。
  古い英語でも、3月は「風騒がしい嵐の月」(Mon noisy wind storm)と言われている。

  中国では「春風の狂うは虎に似たり」(春風的中文翻譯發瘋或類似虎)となる。
  イギリスでは「風の3月と雨の4月が美しい5月を作る」(March winds and April showers bring forth May flowers)などとある。

  3月も今日で終わる。今年の3月は寒い日が多かったし、雨もよく降った。しかし、雷が鳴ったり嵐が吹いた日は余り無かった、と思われる。
  
「たとひ春も大風吹、大雨降ども、雨も風も物しづかなるやうに仕候事に候」(蓮歌至宝抄)の如く、春風や春雨は穏やかであるのが本意とされて来た。
  単に春風と言えば「そよ吹く」であり、春雨は「烟(けぶ)る」である。そして春雷は「響く」だろうか。いよいよ春本番。

  今年は、桜も恐らく例年より長く咲き続けることだろう。穏やかな春をうらうらと満喫したいものである。

学友の語れる恋はみな淡し遠く春雷の鳴る空のした―春日井建

 
春雷の遠ざかりつつ春を呼ぶ





















「雷とひよつ子」    伊東静雄

あけがた野に雷鳴がとどろいた
野にちらばる家々はにぶく振動し
北から南へ
かと思ふと又東から西へ
冬を追ひやる雷鳴が
繰返しあけがたの野にとどろいた
ただ童子だけが
その寝床に目ざめなんだ

朝それで童子が一等はやく起出した
鳥屋(とや)では丁度そのとき
十三匹のひよつ子が
卵から嘴を突きだすところだつた
金いろのちつちやな春が
チチチチチと誕生してゐた
ただ童子のほかは
だあれもそれを見なんだ


山茱萸の黄色き色の目に痛く




















「壷」    
小畠貞一

いくらやさしく呼んでも
をんなはかがみのなかからやう出て来ない。

むら竹をひびかせて鳴るは一つの春雷
女のほそい手は一ぴきの雷獣をつかんで
臙脂の壺に封ずる。
わたしは篁のかげで白鶴となる。


「深くくらい庇の下から」    
右原 尨

   ――大和三山

遠雷がして
網目ただしい蜂の巣孔(すあな)から
腰をほそくして這い出てくる蜂の子
ああ 誕生とは かくもものしずかな発動のことばであろうか
脚長蜂の子のうす翅の濡れもかなしく
つり鐘型の巣がゆれる

畝傍 耳成の兩尾根は晴れ
香久山はなお雲にしずみ
ニッポンの深くくらい庇の下 雷とおざかる



稲妻に誘われるごと春立ちぬ


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コメント一覧

1. Posted by mfujino   2012年03月31日 22:59
道草さん、春雷は何回か聞いた様に思います。寒冷前線が通るときに大気が乱れるからでしょうか。昔の田舎の真夏に合う雷、その稲妻を少年時代は恐かったものです。雷鳴の後家が揺さぶられる様に感じたことを思い出します。あの稲妻の表情は昔の人にとっては神を想像させるに十分だと思います。

先日またもや明日香村を訪れました。雷の丘の傍を通りましたが、寄らずじまいでした。日本霊異記の話を読ませて頂き、その後ネットで検索をしたら面白いですね。こんな話を詰め込んで飛鳥の里を歩いてみるともっと楽しい訪問になるでしょうね。でも明日香村をちょっと歩けばこれはそこに眠る歴史がいっぱいで、とても一回訪れるだけではだめですね。余程本を読んでからでないとという気持ちにさせられました。

奥飛鳥の雄綱・女綱、飛鳥坐神社の陰陽石などを見たり、このブログの雷や稲妻の考察を読ませて頂き、またまた明日香村へ足を運ぶ機会が増えそうです。

一つ気になります;Make a May April March wind and rain beautiful
この英語どうも通じませんが、、

2. Posted by 道草   2012年04月01日 05:33
*mfujinoさん
3月最期の日は雨となりました。夜半来から、細かい雨がずっと降り続いていました。暖かい雨でした。ただ、期待した春雷は鳴ってくれませんでした。雷神も、春眠暁を覚えずだったのかも知れません。
雨の止んだ昼過ぎに近くの山科川の堤防へ行きましたら、桜(染井吉野)の蕾の先端が紅味を帯びてかなり膨らんでいました。枝一杯に溢れて開くのも、もう時間の問題と思います。

明日香村は、日本で最も神秘美性を秘めた場所でしょうか。汲めども尽きない伝説や歴史や、謎や真実や、それに日本人の夢や憧憬が隠されているのでしょう。
元祖歴男のmfujinoさんには、まさに垂涎の魅惑的な土地だと思います。もう少し近ければ休み毎に行けるのでしょうけど。いっそ、仕事など辞めて(もう十分働かれた筈ですし)元気な間にもっと頻繁に探索されては如何ですか。
それに、愛する地元での様々な村興しの活動にも専念出来るでしょうし・・・。

イギリスの諺の英訳不足をご指摘下さいまして、有難うございました。何を勘違いしていたのでしょう。英語から遠ざかって半世紀。すっかりボケました。まだまだ現役の、mfujinoさんの仏語訳を期待したいところです。

今日から4月。梅もまだ満開の所がありますし、桃も桜も咲いて、3花の競演が見られそうです。時には、春雷が優しく祝福してくれることでしょう。
3. Posted by 徘徊堂   2012年04月02日 13:48
 先日、春雷がものすごい音を立てていたときは山の麓で「登るべきか登らざるべきか」悩んでいました(結局登りました)。小生は稲妻も雷も大好きです。大昔はカミナリが鳴ると自転車にハリガネ立てて肝試しー、とかやっていましたが、今思い出すと冷や汗が流れます。
 自宅の猫は雷が大嫌い、ゴロゴロと音がし始めると納戸に逃げ込みます。そのため、家では納戸の戸が閉まっていることはありません。何時も少し開けてあります。
 日本霊異記を初めて読んだ時も小子部栖軽に捕らえられた雷神が可哀想でなりませんでした。明日香の雷丘、野に置くべきですが周りが住宅や道路になってやはり可哀想な姿になっています。
 
4. Posted by 道草   2012年04月02日 15:25
*徘徊堂さん
3月の最終日に雨が降り、4月に入って好天気に恵まれています。大阪の桜が、昨日に開花宣言されたとか。
例年より5日遅く、それも4月になったのは平成5年以来とのことです。
先月はよく雨が降りましたけど、雷は鳴った記憶がありません。もしかして、夜中に鳴っていても熟睡(半死状態?)していたのかも知れませんが。

徘徊堂さんは、そんなに大音響の春雷を聴かれたのですか。雷(稲妻も)大好き人間を、きっと雷神もよく知っているのでしょう。
猫は昔から雷が嫌いなようです。子供の頃に飼っていた猫も、やんちゃなくせに雷が鳴ると急におとなしくなったものです。
徘徊堂本家では、猫最優先の暮らしなのですネ。まさに猫冥利に尽きるご家庭と申せましょうか。
別宅ではどうしているのでしょう。ご不在が多いとなれば、猫達は自衛隊を組織しているのかも。

mfujinoさんも書いておられますが、明日香は魅惑の土地の様です。それでも、侵食されつつあるとの由。面影がすこしでも残っている間に訪れねばなりません。
5. Posted by ささ舟   2012年04月03日 14:42
春雷、こちらでは今夕方のような空から雨とともに三度ばかり大きいのが鳴りました。パソコンを切らなくては・・・
先月28日の午後に続いて2度目です。
雷の怖いのは子どものころから変わりませんが、割りに予測ができますので戸外に出なければまあまあって感じ。それに夏のそれと比べれば何とやさしいことでしょう。春の花園の戸を開けるそんな温かさすら感じます。
土手のサクラも目が覚めたのかしら・・・紅色のおちょぼ口が見え初めてきて・・・
今年は近くの花の下で、また来週は絵の先輩のお庭でお花見コンサートが開かれ、お洒落しておよばれに行かせて頂きます。
はや春雷の音も静まってきました。



6. Posted by 夕ひばり   2012年04月03日 15:02
こんにちは。
春の嵐ですね。今日は寄り道せずに帰宅しました。
先程から雨風が急に激しくなってきましたが、京都はいかがでしょうか。
各地の被害が心配ですね。

春に雷を聞いたことは無いような気がします。東京は年間雷数41位ということ・・・たぶん夏場が圧倒的に多いと思いますので私の記憶違いではないはず。
母が新潟に疎開していた時には、冬でも時々雷が鳴ったと聞いています。確かに北陸方面は多いようですね。

春雷という言葉の響きの美しさ。どこかロマンティックなイメージ。
もともと雷を怖がるようなカワイイ所は無いのですが(笑)、春雷ならば尚更出会ってみたい気がします。
7. Posted by 道草   2012年04月03日 16:57
*ささ舟さん
昨日までは本当にうっとりする様な、暖かく穏やかな春日和でした。近くの山科川の桜が、しばらく見ない内にすっかり膨らんでいました。その横の病院の庭の桜も、ほんのり紅を差しているかの様に朧に霞んでいます。

ささ舟家の裏のお城の堀端も、もうすっかり春の装いを見せていることでしょう。鳥達は、もう北へ帰りましたか。
元祖旅女のささ舟さんですから、さぞ血湧き肉踊るこの頃ではないですか。大文字山登山の影響は如何でしょうか。オコナイの正しいささ舟さんですから、もうすっかり大丈夫なのでは、と思います。

今日は横殴りの雨が降り、二声三声かなり大きな雷が鳴りました。まさに、春の胎動でしょうか。桜には適度なお恵みになったかも知れません。もう陽が射しています。
近くでお花見コンサートがあるのですか。お友達には風流なお方が多いことでしょう。私はどちらかと言いますと、花より飲む方です。無風流で申し訳ありません。
8. Posted by 道草   2012年04月03日 17:14
*夕ひばりさん
今年の3月は全国的に寒い日が多かった様ですが、4月に入ってそれを取り戻すかの如く、まるで汗ばむばかりの暖かい日が続いています。
鉢植えの水仙が今や満開となり、遅咲きの枝垂れ梅も零れるばかりに馥郁と咲き誇っています。さぞ、春の息吹を待ち兼ねていたことでしょう。

ところが、今日はその天候が一変して、春嵐とでも表現するのでしょうか。強い風雨で大きな雷も鳴りました。
ただ、ほんの暫くの騒動で、雨も風も止みました。雷はほんの二声三声だけで、やはり春雷としての立場をわきまえて(!)いるかの様でした。もうすっかり晴れて、。眩しい太陽が出ています。

京都は未だですが(もしかして私が知らないだけかも)、大阪では一昨日に例年より5日遅れの桜の開花宣言がありました。
咲いた途端に、今日の春嵐にはさぞ驚いたことでしょう。でも、雷の音色は心地好く響いたかも分かりませんが・・・。
夕ひばりさんの近辺も、いよいよ春爛漫。時には優しい(!)春雷にも迎えられて、休日の散策がますます充実することでしょう。
今年は、3月が寒かっただけに、桜を始め春の花々はきっと長く満喫出来ることと思います。素敵な春を一杯に楽しんでください。
9. Posted by ねぎぼうず   2012年04月04日 11:40
こんにちわ!
春の台風?に驚き、どしゃ降りの雨音にきっちりと雨戸を閉め、雨風が通り過ぎるのを聞いていました。 遠くで小さくゴロゴロ鳴って一度きりでしたが、初春雷も聞けたし…。と満足。
雷にも楽しい言葉がたくさんあるのですね。雷の初声・虫出しの雷・初雷 等など、可愛いと言うか雷さんらしくなくて微笑ましいと言うのでしょうか。

2日の月曜日は暖かくて桜もいくつか開いて嬉しく思い(二条城前の桜が咲いていましたよ)ました。散歩道には、すみれ・ポピー・薺・タンポポが花を付け、すっかり春の様子です。
少し肌寒くはありますが、コブシの蕾も膨らんで開くのが楽しみです。道草さん皆さんにとって素敵な春になりますように。
10. Posted by 道草   2012年04月04日 11:53
*ねぎぼうずさん
昨日は物凄い雨と風でした。背の高い岩南天の植木鉢が、風で倒れました。止んでから外へ出て見つけたのですが、こんな事は初めてです。
雷も鳴りました。春雷にしてはかなりの大声でしたけど、直ぐに鳴り止みましたので、やはり控えめな雷だったのかも知れません。

自然現象は時には脅威となりますが、上手に隣り合わせで仲良くしようとの気持ちがあれば、それなりに微笑まく愛らしいしいものです。
昨日は、京都の桜も開花宣言がありました。物凄い雨の洗礼を受けながら、それでも健気に花開いた様です。
これからが、いよいよ春本番。いつもより早く咲いた花。遅れていて気懸かりな花。花もそれぞれ思惑があるのでしょうか。

それでも、ちゃんと季節が来れば楽しませてくれますので、可愛いものです。庭の隅の、姫辛夷が一輪だけ咲きました。
なぜ一輪だけなのかわかりませんけど、申し訳ないと思ったのか、猊鵜瓩量召付く割には大柄な花です。
今日の暖かい光を一杯に受けて、真っ白に眩しく輝いています。
11. Posted by 春海   2012年04月04日 11:58
 この世に蛇と雷が無かったら〜〜と子供の頃は蚊帳の中でしっかり眼を閉じ汗びっしょりになってひらすら鳴り止むのを待ったものです。
 私の4月第一弾のお楽しみは春の嵐と同じに過ぎ去り春霞のようにボケーとしています。
 雷との縁は中学生の頃習った日舞 常磐津の「雷船頭」くらいかな?
粋でいなせな船頭が女の面を被って雷さんを引き留めるという奇想天外なはなし 男舞の中に女の振りもあり滑稽でとても難しい踊りでした。
ずーっと昔から人間と雷のお付きあいはあったんだ〜〜〜とふと思いだしています。
最近はめったに雷が来ませんのでしめしめ 鳴ればやっぱりパソコン テレビ みんな止めてボリュームいっぱいCDを聴きます。
12. Posted by 道草   2012年04月04日 12:50
*春海さん
大阪に次いで、京都も昨日に桜の開花宣言がありました。例年並みだった昨年より、6日も遅いとのことです。
4月に入って急激に暖かくなりましたので、眠っていて桜も一気に目覚めたのかも知れません。
ただ、昨日は希に見る強烈な春の嵐でしたので、咲き始めたばかりの花達も、さぞ驚いたことでしょう。
雷ま鳴りましたので、パソコンをどうしようかと思案していると直ぐに治まりました。謙虚で慎ましい春の雷でした。

春海さんにも、数々の雷の想い出がある様ですネ。さすがに、古文芸に出て來る雷さんとも既にお馴染みですか。
私の子供の頃の雷の想い出と言えば、真夏の俄か雨に結び付く強烈なものばかりです。目の眩む稲妻を見ると、本気で蚊帳の中へ逃げ込んだものです。真剣に「くわばらくわばら」と唱えたりしていました。

昨日は、各地で観測史上の記録的な雨と風が荒れた様ですが、今日はまるで打って変わって長閑な春日和となりました。
強風に驚いた桜も、慈雨とも思える水を一杯に吸って一挙に蕾が膨らんだ事でしょう。
今月から、新聞にも「桜だより」が掲載され始めました。「梅だより」があり、その前に「雪だより」があったのが、ついこの間の様に思えます。
いよいよ春も本物です。その名に相応しくこれからは春海さんの大活躍される季節となることでしょう。

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