事業 承継義塾 メニュー
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2008年12月09日

株式会社宇治香園 小嶋宏一さんを訪ねて 第4話

 こんにちは!

 

 東野りつ子です。

 

 100年企業を研究しています。

 http://www.syoukei.jp/

 

 100年繁栄する会社を創っていきたいと

 株式会社 承継義塾という会社を経営しています。

 

 100年会社がつづくには

 創業者から2代目へ、そして3代目、4代目へと

 事業承継はかかせません。

 

 せっかく創業者が苦労して築き上げた会社なのに

 事業承継に失敗してしまうと

 会社の存続そのものが危うくなってしまいます。

 

 事業承継に成功するためには

 何が必要なのか、そしてどんな準備をしなければならないのか?

 そんな内容のセミナーを2月に開催します。

 

 http://www.syoukei.jp/seminar/0902.html

 このHPから申し込みができます。

 

 100年つづく強い会社にしたい方

 ぜひ、ご参加くださいね!

 

 あなたにお会いできるのを楽しみにしています。

 

 

 さてさて、宇治香園の小嶋宏一さんのシリーズも

 第4話です。

 

 100年つづく会社というのは

 ずっと守り続けている大切なこともあるけれど

 

 時代とともにダイナミックに変化しているものだな〜

 そして、その変化のときには、それにふさわしい人が

 顕れてくる・・・

 

 そんな深い実感を得たのが、今回の第4話のお話です。

 

 金融危機の嵐が吹き荒れる現状を

 どう乗り切るか?

 

 いくつもの戦争を乗り越え

 時代とともに進化を遂げてきた宇治香園さんの物語は

 現代に生きる私たちに大きなヒントをもたらせてくれそうです。 

 

 

宇治香園の第二創業

 

三代目の清七さん。

 

本名は昭典さんとおっしゃるそうですが、

宇治香園の歴代当主の中でも、

「ととやん」が一番似ている、と言われている人物だそうです。

 

この方はとても先見の明のある方でした。

 

日本国民も日常的にお茶が飲める時代になり

宇治香園の「清風」は、関西のお茶屋さんの中では、品質の「指標」とされるまでになりました。

 

高い品質を誇っていたのですね。

 

また、清七さんは京都府出身の日本画家、利倉群青(としくら ぐんじょう)の絵をこよなく愛し、掛け軸を月替わりで変えていたとか、絵とお茶を交換したとか、いろいろな逸話が残されています。

 

日本画とお茶。

日本が誇るこの2つの文化の交流をはかっておられたのではないか・・・

と、そんな気がしてなりません。

 

そして・・・

 

清七さんは心斎橋にお店を出されました。

 

実は、これは大変画期的なことです。

 

それまで、宇治香園はすべて「卸売り」だったのです。

清七さんが、はじめて「小売り」をはじめたのです。

 

つまり、それまでB→Bだけだった宇治香園が、B→Cへの大転換を果たしたということです。

 

この心斎橋のお店の名が高まり、やがて、4代目である行雄さんが百貨店やスーパーにも進出するきっかけになりました。

 

つまり、三代目清七さんは、拡大の種をまいた人。

宇治香園に新たな「礎」を築きました。

 

そして、これこそ宇治香園の第二創業だったのです。

 

 

                  ・・・つづく




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2008年11月15日

株式会社宇治香園 小嶋宏一さんを訪ねて 第3話

 こんにちは!

 

 東野りつ子です。

 100年企業を研究しています。

 http://www.syoukei.jp/

 

早いもので、今年ももう2ヶ月をきりました。

 

「シモジマ」という文房具やさんがあるのですが

その前を通り過ぎたとき、クリスマスの飾り付けに使う

オーナメントがきらびやかに光っていました。

 

「もう、そんな季節なの?!」と

とっても驚いてしまいました。

 

だって、クリスマスを感じるほど

まだ寒くありませんものね・・・

 

やっぱり、地球温暖化なのかな〜

 

 

さてさて、100年企業探訪記

小嶋宏一さんのシリーズも第3話です。

 

宇治香園に未曾有の危機が訪れます。

 

それをどうやって乗り越えたのでしょうか?

 

100年企業探訪記、宇治香園の第3話のはじまりです! 

 

 

未曾有の危機!

 

明治の終わりごろから、大正はじめにかけて訪れた未曾有の危機とは?

いったい何がおこったのでしょうか?

 

アメリカ向け輸出に専念するようになった徳松さんでしたが、

その肝心の日本茶(煎茶)が、国際市場でインド紅茶や中国茶に負けて、輸出量が急落してしまったのです。

 

なぜ、日本茶(煎茶)が国際市場で負けたのか?

諸説あるようですが、日本茶(煎茶)のもつ独特のにおいと味が欧米人の口にはあわなかったというのが一番の理由のようです。

 

欧米人には、日本茶(煎茶)は「生臭く」感じられたらしいのです。

今よりももっと食文化も違っていましたし、

好みばかりはどうしようもありませんものね・・・

 

政府の奨励のもと、生産はそのまま続行されていたのに、輸出量は急落。

倉庫は在庫の山です。

 

それでは、日本国内で売ろう!としても

当時の日本では、日本茶(煎茶)は、

まだまだ貴族や僧侶や武士たちだけの飲み物で、

庶民の飲み物ではありませんでした。

 

庶民は飲むとしても、やかんに大きな茶葉をいれて

ぐらぐら煮立てていれる「京番茶」だけでした。

その京番茶をいれてつくった茶がゆに

「ぶぶづけ」というお漬け物を添えて食べていました。

「ぶぶづけ」の「ぶぶ」ってお茶(京番茶)のことなんですね。

 

輸出も急落で、日本国内でも買う人がほとんどいない。

倉庫は在庫の山。

 

徳松さんは、宇治香園歴代当主の中でも一番苦労された方でした。

その苦労のせいか、54歳の若さで亡くなっています。

 

とにかく「一般の人々にも日本茶(煎茶)を飲んでもらおう!」と

大阪・船津橋や心斎橋に行商に出かけて、

細々とですが、努力を重ねていかれました。

 

今まで日本茶(煎茶)を飲んでいなかった一般の人々(庶民)に

日本茶(煎茶)を飲む習慣をつけてもらおうとするのですから、

それはもう、ちょっとやそっとの苦労ではなかったはずです。

 

日本茶(煎茶)を飲む文化を新しく創るのですから・・・

 

やがて、日清・日露戦争や第一次世界大戦などによる軍需景気により、

経済的基盤が上昇し、日本国民も日常的に日本茶(煎茶)を飲めるようにようやくなっていきました。

 

徳松さんの苦労がやっと実を結んできたのですね。

 

 

 

            ・・・つづく

 



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2008年10月14日

株式会社宇治香園 小嶋宏一さんを訪ねて 第2話

 こんにちは! 東野りつ子です。

 

100年企業を研究しています。

http://www.syoukei.jp/

 

お待たせしてしまって、ごめんなさい!

 

すっかり秋の気配も深まる今日このごろです。

 

こんな季節は、縁側でほっこりとお茶を飲みたいですね。

この癒しのひとときが、明日への活力に繋がる・・・

そんな気がします。

 

それでは、100年企業探訪記、

京都のお茶屋さん、宇治香園の小嶋宏一さんのシリーズの第2話です。

 

 

 

日本の茶の発祥地・京都山城

 

現在の京都府木津川市山城町。

京都と奈良の境目に位置しています。

 

この山城町は、日本の茶の発祥地と言われていて、現在も品質随一を誇る日本茶の産地です。「宇治茶」として有名ですね。

 

初代の小嶋清七さんは、ここ京・山城宇治にて慶応元年(1865年)に創業しました。

 

ただ、当初は、お茶だけでなく、生糸や綿、たばこなども取り扱っていて、木津川に舟を浮かべて、大阪・神戸へ行商に出かけていました。

 

余談になりますが、実は私、宇治香園のお茶の中でも「清風」というお茶が一番好きなのですが、この「清風」という名は初代の清七さんが名前の由来になっているそうです。

http://www.ujikoen.co.jp/sale/sencha.html

 

「夏目漱石の時代から変わらない味」と紹介されていますが、そのきりっとしているのに、まろやかな味わいは格別です。

 

前出の藤村正宏さんのセミナーのときに、「ととやとや」の店長さんが煎れてくださった「清風」が、「今までの人生の中で一番美味しい!!!」と衝撃的だったことを今でも覚えています。

 

ただ、そのときと同じ「清風」なのに、自分で煎れると、あのときほど美味しくないのです。もちろん、自分で煎れても美味しいことには違いないのですが、あのときが衝撃的に美味しすぎた(!?)と言うべきでしょうか?

 

お茶って奥が深いんですね。煎れ方ひとつで、こんなに違うなんで・・・

 

大好きな「清風」の名前の由来になっている初代の清七さんに、勝手に親近感をもっている私です。(笑)

さて、お話をもどしますと・・・

 

やがて、時代は明治維新(1867年)となり、神戸港も開港されました。

 

そんな時代の流れの中、清七さんは日本茶をアメリカに輸出するようになります。

 

というのも、当時の日本政府は、日本茶を重要な輸出品のひとつととらえ、大いに生産・輸出を奨励していたのでした。

 

そういえば、国土地理院の地図記号でも、茶畑と桑畑は通常の畑とは違う記号がつけられていますものね。これも重要視していた証拠かな?(真相は定かではありません。笑)

 

そんな政策のもと、明治11年、2代目の徳松さんはアメリカ向け輸出に専念するようになりました。

 

はじめは好調だったアメリカ向け輸出ですが、ここで宇治香園は創業以来、未曾有の危機を迎えることになります。

 

 

                 つづく・・・

 

 

 

 



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2008年08月01日

株式会社宇治香園 小嶋宏一さんを訪ねて 第1話

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 こんにちは! 東野りつ子です。

 

 100年企業を研究しています。

 http://www.syoukei.jp/

 

またまた少し間があいてしまいました。

 

せっかくいいお話をお聞きしているのに・・・

もったいな〜い!

 

社労士の仕事も一段落してきましたので

まじめに書いていきますね!!!

 

 

さてさて、100年企業探訪記に3人目の承継者の方が登場です。

 

株式会社宇治香園 専務取締役 小嶋宏一(こじま こういち)さんです。

 http://www.ujikoen.co.jp/

 

小嶋宏一さんとも、前回のシリーズの岡本昇さん同様、藤村正宏さんのエクスペリエンスマーケティング実践塾(略してエクスマ塾)で知り合いました。

http://www.ex-ma.com/

 

なので、やはりお互いをニックネームで呼び合っていて、小嶋さんは私のことを「りっちゃん」と呼びますし、私は小嶋さんを「ととやん」と呼んでいます。

 

写真は、ちょっとおすましした「ととやん」です! 笑

 

でも、なんで「ととやん」なんだろうと、最初、思ったんですよね。

本名は「こじま こういち」なのに・・・

どこにも「とと」がない!(笑)

 

でも、これには深い意味があったんです。

 

宇治香園というのは、実は創業143年の老舗のお茶屋さんです。

 

そして、「茶」をいう字をよ〜く見てみると・・・

 

「草かんむり」は「十十」に

その下は「八十八」に見えませんか?

 

お茶という字を分解すると「十十八十八」

そう! 「ととやとや」と読めますね。

 

宇治香園さんでは、心斎橋に「ととやとや」という店舗も出しておられます。

 http://www.ujikoen.co.jp/tenpo/tenpo.html

 

「ととやん」というニックネームは、茶一筋で生きていくという「ととやん」の心意気の顕れだったのです。

 

そんな、「ととやん」こと宏一さん、まだまだ30代半の若き6代目です。

これから、お父さまから会社を引き継いで、宇治香園を盛り立てていかなければなりません。

 

そんな「ととやん」の心意気を中心に聞いてみました。

 

これから、会社を承継しようという方々には、とっても参考になるお話が満載です。

 

それでは、「100年企業探訪記」宇治香園 小嶋宏一さんのシリーズのはじまりです!

 

 

新撰組が活躍していた慶応元年

 

宇治香園さんの創業は「慶応元年」(1865年)です。

 

慶応元年は、リンカーン大統領が暗殺された年、南北戦争が事実上終結した年です。

 

日本では、幕末の動乱期。京都では「新撰組」が活躍していました。

 

数年前に「新撰組!」という大河ドラマが放映されていましたが、香取慎吾や山本耕史、オダギリジョーなど、イケメン俳優がたくさん出演していて、毎週楽しみに見ていました。(笑)

 

時代劇だと思って見ていた、「その慶応元年」に創業し、現在まで脈々と引き継がれているなんて・・・

 

いったいどんな秘密が隠されているのだろう・・・

 

今年で創業143年。

 

まずは、宇治香園の歴史を聞いてみました。

 

 

         つづく・・・

 

 

 



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2008年06月20日

株式会社岡本スタジオ 岡本昇さんを訪ねて 第7話

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 こんにちは! 

 

 100年企業研究家の東野りつ子です。

 

 今日の大阪は雨でした。

 

 傘を持ち歩いていない私は、突然の雨にびしょぬれになってしまいました。

 

 教訓 梅雨の季節には傘を持とう!(笑)

 

 

さてさて、今回はお知らせがあります。

 

私は、100年続く強い会社を創るお手伝いをするため
株式会社承継義塾を立ち上げました。

 http://www.syoukei.jp/


会社が100年繁栄を続けるためには
「経営理念」や「経営者の志」を確立すること
そして、それを社員や家族やお客さまに「伝えていくこと」


この2つがとても大切だと、100年企業の経営者にインタビューして

このブログを書いているうちに、強く思うようになってきました。

なかでも、「伝える」ことはとても大切なことですが
本当の意味で伝わっていないことの方が多いのではないでしょうか?

「俺はいつも社員にこう言うてる!」と経営者は言っていますが
社員たちには全然伝わっていない・・・
こんな会社たくさん知っています。(笑)

そこで、「部下のやる気を引き出すコミュニケーション講座」を企画しました。
 
http://www.syoukei.jp/seminar/080627.html
 
来週の6月27日(金)午後6時30分〜8時30分
大阪産業創造館にてです。

講師は、私の同志、佐藤元相(さとうもとし)さんです。

 

 

今回の岡本昇さんの最終回でも

社員や家族やお客さまに自分の「思い」や「志」を

「伝える」ことの大切さを語ってくださっています。

 

 

ご興味をもってくださった方はぜひ!

下記のHPからお申し込みしてくださいね!

http://www.syoukei.jp/seminar/080627.html

 

お待ちしていま〜す!

 

 

それでは、100年企業探訪記

岡本昇さんの最終回です!

 

 

写真は岡本昇さんの作品です。

 

もうひとつ、大切なこと

 

 

そして、最後にもうひとつ・・・

感動したことがあります。

 

猛さんも昇さんも口をそろえておっしゃるのです。

 

「確かに一生懸命、この岡本スタジオを経営してきたけれど

 支えてくれる社員がいなければ、何もできなかった。

 自分ひとりの力だけでは、たかが知れている。

 社員たちといっしょだったからこそ、やってこれた。

ずっと支えてくれた社員たちには、本当に感謝している。」

 

 

実は、岡本スタジオにはもうひとり、

いっしょにマーケティングを学んだ仲間がいます。

 

私は、彼女を「あずみん」と呼んでいます。

 

あずみんは、どうすればお客さまに喜んでいただけるのか・・・

幸せを感じていただけるのか・・・

 

こちらが切なくなるほど、一生懸命です。

 

彼女を見ているだけで、わかります。

 

猛さんも、昇さんも、社員さんたちと一丸となって、

岡本スタジオを盛り立ててこられたんだと・・・

 

でも、どうしたら社員さんたちと一丸となることができるのでしょうね?

きっと経営者なら誰しも、そうありたいと願うものですが

なかなか一丸となれないのが実情ではないでしょうか?

 

昇さんのお話を聞いていて思ったのですが

社員さんたちは、昇さんの思いをきちんと理解しておられるのです。

昇さんの思いに「共鳴」して、それなら協力しよう!と

がんばっておられるのではないか、と感じました。

 

昇さんの思いはきちんと「伝わっている」のです。

 

第1回目の株式会社戸冨さんも、社員さんたちをとても大切にされて

社員さんたちと一丸になっておられました。

 

社員さんたちが、社長の思いに共鳴して、生き生きとがんばっておられるからこそ、お客さまにも喜んでいただけるし、幸せを感じていただけるのですよね。

 

100年続いている会社というのは、「伝える」ことの大切さを

きちんとわかっておられるのだな、と思いました。

 

会社が永続するための、大切な秘訣のひとつとして

社員さんや家族や、そしてお客さまに

自分の「思い」や「志」をきちんと「伝える」ということが必ずあるのだと

実感しました。

 

あなたの会社は、社員さんやお客さまに

あなたの「思い」を「志」を、きちんと伝えていますか?

 

社員さんたちは、生き生きと輝いていますか?

 

 

                             完

 

 

真剣に私のインタビューに答えてくださった岡本昇さん

 本当にありがとうございました。

 

 

次回からは京都のお茶屋さんの登場です!

 

お楽しみに〜♪

 

 

 



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