それでも、何とかやってます~by尚古堂~

電車で酔っ払いに絡まれていたOLさんを助けるような事もなく、中国でお見合いをするようなこともなく、ただただ平凡な毎日・・・でも、それでもいいやと思えるようになった今日この頃。

久しぶりのお休みなので醸造について調べ物。

その中で、今更ながら

『(要旨)日本酒に使う米は30%まで精米する。
必要なのはでんぷんで外側のタンパク質などは不要だから。』

という記述を再発見。

・・・ここで疑問。

Q:だったら、最初から片栗粉やコーンスターチなどの純粋澱粉で
仕込みをするとどうなるのだろう?


実際、蒸留酒ではキアービットやマルビットアクアビットという、
ジャガイモから作るものがあるので出来ないわけではないと思う。

ただし、アクアビットは蒸留酒で日本酒のような醸造酒ではなく、
その辺の違いには留意が必要なのはこちらも承知済み。

日本酒では諸味を絞るとすぐに飲めるけど蒸留酒は「蒸留」という
工程が加わることになり蒸留用の道具が必要になるので少し面倒だけど
蒸留のための道具はいずれ必要になるので機会を見て製作し
次の段階に進めてみたいものです。

話を元に戻し、日本酒の味を決める要素は何?
という根本に立ち戻ると、単に澱粉をぬるま湯に溶かして麹をいれ
糖化を促し、それにより生じた糖を酵母が分解する際に酒精・・・
アルコールが生じるというだけでは複雑な「味」が形成されない、
ということなのだろう。
(実際、戦時中から終戦直後の混乱期に多く作られた密造酒の味を決めるのに
味のm・・・ おや、こんな時間に誰だろう?)

余談をふたつ。

1、私と同じ考えの人が
  『澱粉を糖化・・・つまり「糖分」にするのなら、最初から砂糖を
  入れておけば(砂糖水にしておけば)「糖化」の段階を省略でき
  早くお酒になるのでは?』
  と思い実際にそれを実行したところ、
  『米を糖化して作るのとほとんど変わらない時間がかかった。』
  との事でした。この原因は分からなかったそうです。
  なお、鹿児島の奄美地方では黒糖で作る「黒糖焼酎」があり、
  名産品として扱われています。

2、魚柄仁之助さんの著書『明るい食品偽装入門』で、ウイスキーの偽造を
  紹介していたのですが飲用アルコール(注:現在では一般の人はまず購入
  出来ないものですが。)をウイスキーのアルコール濃度に調整し、
  飴やオーク材のチップ、着色のために紅茶の葉などを入れてしばらく置いて
  おくとあら不思議、見た目はもちろん味もそれなりにウイスキーっぽく
  なる、との由。ただし、先述の通り飲用アルコールは現在、一般向けには 
  販売していないばかりかこの本の中でも実際の手口・・・と言うか
  各材料の分量については触れていないので相当な試行錯誤が必要に
  なるのは仕方のない話ではあります。



とりあえずメモ書き程度の話として。








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ラジオを聴いていたら衝撃的な曲が。
その名も

『ニートな午後3時』

・・・

・・・

・・・

タイトルもそうだがサビの部分が何とも凄まじく

『♪ニート ニート エブリデイ・・・』

毎日ニート・・・

うーん、何とも身につまされるような曲だと思った次第。



もちろん、これは曲解と言うもので実際の歌詞は

『♪Neat,Neat Everyday・・・』

と、働かない人=NEET、ではなくNeatという単語で
Neatとは『整頓された、整った、こざっぱりした 等』という
意味を示した単語で現代の言葉に変換すると『Cool』といった感じ
になり『Neat』という表現は死語のような扱いとか。

ちなみにこの曲が発売されたのは1981年2月で、
やはりと言うか何と言うか、『NEET』という言葉が市民権を得てきた時期に
この曲が一部で『NEET』のテーマ曲のような扱いをされていた、と言われて
いたそうだが私の記憶にはこの曲はなかったのでそれが本当かどうかについては
保証の限りにはないので念のため。






またぞろ新任の閣僚から教育勅語という亡霊の信奉者が。

今度は

『教育勅語にもいい所はあるのだからその部分だけを教えることは
あってもいいのではないのか?』

との言い分だが、教育勅語自体、昭和23年の衆参両院による

「教育勅語等排除に関する決議」と「教育勅語等の失効確認に関する決議」

によりすでに失効が確認されている過去の遺物。
どうやらこの大臣は自身の立場(国会議員)を失念しているようだ。

教育勅語そのものを扱う場合、「夫婦仲良く」とかいう徳目の他に

『いざという時は国のため天皇のため戦わなければならない』

という項目まで教えないと都合のいいことしか言っていないという批判に
さらされることになり、だったらと「いざという時は国のため・・・」
まで教えることになったら

『子供の頃から「国のために死ね」と刷り込む気か!』

と、世の親・・・とりわけ母親から総スカンを食らうのは必定。

だからと言って先述の

『勅語の中にはいいことも書いているのだからその部分だけでも・・・』

と言うと、

『畏れ多くも天皇陛下より賜りし勅語を都合のいいように改竄するとは・・・』
(注:実際に個々の徳目を教える際に勅語の一部を抜き取ったり現代語訳にすること
自体「不敬だ!」との批判があり、勅語の一部を解説する際には謹んで解釈する、という
意味の「謹解」という言葉まであった程神聖化されていた。)

という批判が(主にガチな右翼の方々から)生じかねない。

どうしても、と言いたいのなら現状の国会勢力を利用して衆参両院で
『「教育勅語等のなんたらかんたら・・・」決議の失効決議』
を可決すれば合法的に復活できるのだがこんな事をすれば安倍晋三の悲願、
憲法改正は夢のまた夢になってしまうのもまた必定。

もっと言うなら、現在の教育現場では基本の法律たる「教育基本法」などが
すでに制定、施行されていて天皇の「おことば」たる「教育勅語」が教育現場に
入り込むには歴史背景などを無視して

『なんかいいこと言っていそうだからとりあえず教えとこう。』

程度の覚悟では到底無理だ、という事を知っておくべきだろう。






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久しぶりに不思議な裁判について記事にします。

まずは、埼玉で起こった秋祭りでのトラブルについて。

舞台は先述の通り埼玉で行われた秋祭りで、その市内(注:詳しい市名は
あえて記述しません)の施設にて行われた秋祭りに参加した9歳の女児が
輪投げが行われていたコーナーで景品の袋から勝手にお菓子を取り出したのを
ボランティアの高齢の男性が注意したところ、女児の父親が駆けつけてきて
この男性と口論になったのだが後に女児がPTSDになったとして市に対し
190万円の賠償を求め裁判に踏み切ったもの。

女児に注意する際、ボランティアの男性が大声で怒鳴ったという事もあり
1審では市に対し使用者責任を認め20万円の賠償を命じたのに対し
市は当然控訴。

2審では逆に、『景品の駄菓子を勝手に取ろうとしたのを注意したことは
社会通念上、全く正当』とされ、更に

『親として謝罪するべきなのに道理に反して謝罪せず、
(ボランティアの)男性を警察に通報するなどした』

と指摘し、訴えを棄却しました。

驚くべきことにこの親は、何と最高裁まで争うことを決断し上告しましたが
最高裁では上告を受理しないことになり、モンペの小遣い稼ぎの野望は
ここに途絶えたのでした。

気の毒だったのはこんなのに付き合わされた市と
(多分)自身の行為について気に病んだ(はずの)
ボランティアの男性だという事でした。


もうひとつは、意外・・・というか、
思わぬ落とし穴についてです。

ある男性が酒気帯び運転で検挙され、交通違反の累積点数により
免許取り消しの行政処分を受けたのですが、この男性が

『酒気帯び検査でアルコールの反応が出たのは、入れ歯安定剤の影響
によるもので、自分は飲酒運転はしていない』

と、処分の取り消しを求めて裁判に訴えたのです。

実は男性は、同じ年の3月と5月の2回、酒気帯び運転で検挙されていて
色々と調べた結果、入れ歯安定剤にアルコール成分が含まれていたことが分かり
これが検査に引っかかったのだと思い、訴訟に踏み切ったのでした。

1審では警察側の

『(要旨)男性は前夜に飲酒をしていたのでその残留アルコールが検出された。
また、実験の結果入れ歯安定剤を使っても検知されるアルコールは僅かだ』

という主張が認められ処分は取り消されませんでしたが2審では
男性が「入れ歯安定剤を使った20~30分後に車の運転をした」
という主張をもとに静岡地検が行った実験では、入れ歯を装着してから
27分後に検査を行った所、基準を超える量のアルコールが検知されたことにより

『(要旨)(違反になる程度の)アルコールが
体内になかった可能性が否定できない』

と、処分の取り消しを認める判決がなされました。

この裁判、現時点ではまだ判決が確定してませんが
この『酒気帯び運転』が元で起きた道路交通法違反の刑事裁判では
同様に1審では有罪、2審では今回の裁判と同じ理由で
無罪が言い渡されています。








三菱電機で裁量労働制を適用されて勤務していた社員が自殺した件で
労働基準監督署がこの自殺が「過剰な勤務」が原因による物として
労働災害と認定。

三菱電機ではこの他にもふたり、裁量労働制が原因と見られる
労災が認められたことにより裁量労働制の廃止を決断。

三菱電機全体で1/3の社員が裁量労働制を適用されていたらしく
この件に関する三菱電機の記者会見では

『(要旨)本件が裁量労働制が起因した物だとは思わないが
これからは労務管理を厳密にやっていく』

と、原因は認めないものの責任は認めるという
まるで鵺の如き態度。



ここで、森永卓郎氏の発言を改めて紹介したい。


『規制も何もない状態では資本家は労働者を地獄の底まで
働かせようとするのは(イギリスの)産業革命の時にすでに
明らかになったこと。』









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