それでも、何とかやってます~by尚古堂~

電車で酔っ払いに絡まれていたOLさんを助けるような事もなく、中国でお見合いをするようなこともなく、ただただ平凡な毎日・・・でも、それでもいいやと思えるようになった今日この頃。

おもらいさんは俺たちを小屋に招き入れ、そこで
サキュのインタビューが始まった。

『何から話したらいい?』

おもらいさんが水を向けるとサキュは

『そうですね・・・
まずは以前伺ったことの繰り返しになるのですが
現在の暮らし向きについてお聞かせ頂けないでしょうか。』

なるほど、まずは話しやすい所から聞いていくつもりか。
定石通りのやり方だな。
さすがはプロのアナウンサー・・・

『相変わらず行乞と野菜の栽培で食いつないでいるよ。
麓に下りるのは週に一度程度、なので稼ぎは月換算で2~4千円程度。
生きていくにはかつかつだ。
それ以外は晴耕雨読。
こんな形で望んでいた生活を送れるようになるとは正直、意外だったよ。』

『他人との関わりを絶った生活は淋しくないですか?』

『元々俺は他人と交わるのは苦手だったんだ。
それに、完全に他人との関わりを絶つのは不可能なはずだろう。』

『確かにそう思います。』

ここからはサキュの力量が問われる展開になるな。

『ところで君は「おせったい」という言葉を知ってるかい?』

おもらいさんはサキュにそう聞いてきた。

サキュが

『そう言えば、四国霊場を歩いた際に地元の人からお菓子やパン、
場合によっては現金までもらいましたがその際に「おせったい」だと言われて
渡されました。』

と言うと、おもらいさんは満足そうに頷いて

『そうだな、お四国は本場だから普通に「おせったい」があったな。』

と言い、話を続けた。

『実は、お大師様の信仰のある所ではお大師様の入定の日の前後に
「おせったい」を行っていて、俺も昔、子供の頃に近所を歩き回って
お菓子などをもらっていたよ。
ジェロニモもそうだろう?』

・・・確かにそうだ。
俺も子供の頃、母に小銭を渡されて「今日は「おせったい」じゃけん、
お菓子をもろうて来い。」と言われて近所を回りお菓子をもらっていたな。

『そうですね。
確かに俺も、子供の頃に「おせったい」でお菓子などをもらっていましたね。』

『それって、今で言う「ハロウィン」のようなものですか?』

『残念ながら違うな。
「ハロウィン」は「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」と脅すものだが
「おせったい」はお参りに来てくれたお礼に菓子などを渡すものだ。
大体、「おせったい」にコスプレして行ったら失笑ものだぞ。』

『あぶなかった・・・』

『おいおい。』

『そういえば昔、某大型ショッピングセンターに買い物に行ったんだが
ちょうどハロウィンフェアーをやっていて、店員のお姉さんに
「トリック・オア・トリート!
お姉さんの携帯の番号を教えてくれなきゃいたずらするぞ!」
って言ったら警備員を呼ばれたことがあったよ。
なんでこの俺が不審人物扱いされなきゃいけないんだ。』

『おもらいさんは冗談がお上手ですね。』

『結構マジで言ったつもりだが。』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『・・・つまり、おもらいさんは20歳過ぎ位から旅人生活を
始めたんですね。』

『ああ。それまでは親に気を遣って大人しく働いていたんだが
親が死んだのをいい機会と思い旅に出たんだ。
当時はLCCなんてなかったから海外までは行かなかったがそれでも、
パスポートを作って沖縄に行ったんだ。』

『沖縄に行くのにパスポートなんて要るんですか?』

『俺が行った当時はそうだった。
君は歴史で沖縄がアメリカに占領されて1972年5月に日本に返還された、
って習わなかったのかい?』

『そう言えば、たしかにそう習っています。』

『俺は1970年の12月に初めて沖縄に渡ったんだ。
少し前まで東京から那覇に向けてフェリーが出ていたんだがそれに乗ってな。
まるまる4日間、海の上だ。当時は飛行機より船の方が主要な交通機関で
客も多かったぞ。しかも、ほとんどが沖縄方言だから会話の中身がほとんど
わからず往生したが同席した人から泡盛を飲ませてもらえたりして
結構楽しかったよ。』

『フェリーで4日かけて沖縄に・・・
昔は大変だったんですね。』

『まあな。
船の中ではお湯をもらって「チキンラーメン」を作って食べていた。
もちろん、「チキンラーメン」は持込みだ。当時はまだ「カップヌードル」
は出てなかったからな。そしたら、沖縄の人も同じ様にラーメンを作っていたが
そちらは「オキコラーメン」という、沖縄のメーカーが作った同じ様な
ラーメンだったよ。お湯をもらいに行ったときに鉢合わせをしたけど
お互い、にやっ、と笑ったね。もちろん、帰りは「オキコラーメン」を買って
船で食べていたよ。』

『これぞ貧乏旅行、って感じですね。』

『まあな。でも、時の流れは酷いもので稼ぎは変わらないのに
物の値段だけは上がっていく・・・
舞鶴から小樽に行くのに昔は2等で5千円ほどだったが
今では大方1万円かかる。新潟からでもほぼ7千円だ。
俺が旅を諦めたのもその辺の事情が少なからず絡んでいるよ。』

『世知辛い世の中になりましたね。』

『まあ、これも資本主義の宿命って奴だ。
世の中が便利になると貨幣の価値は下がるからね。』

『・・・』

『沖縄での話を続けよう。
那覇の港で入国審査を受けてから俺は、客引きに引っ張られて那覇ではなく
「コザ」って町に行ったんだ。そこにある安宿に投宿したところ宿の親父が
「にぃにぃ、コザの町にはヤンキー相手の飲み屋とかがあるからそこに行けば
「そういう女」にあえるさぁ。」って唆されて、冷やかし半分で行ってみたら
たまたま会った女性とアバンチュール、って奴を楽しむことになったんだ。』

『いきなりの急展開!』

『まだまだ、もっと急展開するぞ。
売春宿に2人で入り、シャワーを浴びて

『いつもはヤンキーが相手だけど「やまとんちゅ」は初めて。
少し興味があるな・・・』

って言われてさあ、これから・・・って時に
急に外が騒がしくなったと思ったらガラスの割れる音が聞こえてふたりで
「何があったんだろう・・・ ?」
って言い合ってたらドアが激しくノックされ、売春宿の親父が何か喚いたんだ。
どうも沖縄言葉だったみたいで女の方がそれに反応して何か言い合っていたが
俺の方に来ると「にいにい、外で騒ぎが起きてるけど絶対外に出たり窓から
覗いたりしたらだめ。にいにいの泊りはどこかい?」って聞かれたんで
○○荘です、って言ったら「○○荘にはわたしが連絡しとく。にいにいは
ここの親父がいいと言うまで絶対、外に出ないで。」って言って部屋を
出ようとしたんで「おねえさんはどうするの?」って聞いたら「子供が心配
だから家に帰る。」って。さすがに引き止める訳には行かなかったんで
「おねえさんも気をつけて。」って声をかけたらいきなりキスをして
「ありがと。にいにいはやさしいね。」
って言って部屋を出たんだ。』

『ほんとに衝撃の展開、って奴ですね。』

『その後、どうなったんですか?』

『結局、翌朝騒ぎが治まったんで親父も外に出てもいいと言ったことから
俺は宿に帰ったんだ。道には焼け焦げた車が放置されていて、その周辺を
警察が走り回ったいたのを見て、昨日の騒ぎがかなりの規模だったって
気がついたんだ。』

『おもらいさん、それってもしかして、いわゆる「コザ暴動」の事なのでは?』

『ジェロニモは察しがいいな。
そうだ、この時の騒動が後に教科書に載るほどの事件になっていたとは
当時はさすがに気付かなかったがな。』

『じぇろさん、「コザ暴動」ってなんですか?』

『詳しく説明するには時代背景にまで踏み込まないといけないから概要だけ
説明すると、アメリカ兵が交通事故を起こして怪我人が出たにも拘らず日本の
警察は逮捕することができず、米軍のMP・・・憲兵が犯人の米兵を連れて行こうと
したことに住民たちが怒り、それを阻止する為にMPの車をひっくり返したことを
きっかけに大規模な騒ぎになったんだ。』

『そんな大事件をおもらいさんは目撃していただなんて・・・』

『その2日後に俺は那覇に向かったが那覇行きのバスを待っていた時、
俺の隣を家族連れが通ったのだがお母さんは見たことがある人・・・
そう、あの時のおねえさんだったんだ。』

『えっ・・・
でも、子供がいたなんで。』

『さっき「子供が心配だから家に帰る」って言ったはずだぞ。
むしろ俺は無事だったんだと安心したよ。
ああ、すれ違う際にさすがに声を掛けるようなことはしなかったが
彼女は家族に分からない様に俺にウインクしてきたよ。
女は強い、って本当に思ったね。』


ここまで話したところで俺たちは昼食を取ることにした。







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おもらいさんの家は隠し畑にある。

そこまでは歩いていくしかなく俺たちは麓に車を停め、
各々荷物を背負って歩いて行くのだ。

背負い子は木製で当然、自作したものだ。
作っているうちに面白くなって5つも作ってしまい、
美紅があきれていたのはいい思い出だ。

俺とズリは背負い子を用いて水が20リットル入ったポリタンクを
ひとつずつ、その他に日持ちしそうな食品・・・米やパスタ、それに
俺が作った乾燥野菜や調味料を蓋付き一斗缶に入れて運ぶ他、自分たちが
食べるものとしてラム肉にタマネギ、キャベツ・・・
そう、「ジンギスカン鍋」の材料を持参した。
もちろん、タレは「ベル」のものだ。

サキュにはさすがに「歩荷」・・・“ぼっか”はさせないが
それでも取材用にタブレットパソコンやデジタルカメラが必要になるので
それらを入れたザックを背負っていた。
それに加えてまだザックに余裕があったので自分たちの「飲み代」として
「男山」と「八海山」の四合瓶を運んだ。

ちなみに「男山」は「一合」が、「八海山」は以前、沖縄で出会ったチャリダー
の「二等兵」という男が送ってくれたものだ。
何でも、近い内に立ち寄りたいとの事らしく、その挨拶も兼ねて送ってくれた
ようだ。


隠し畑に至る細い山道はよく整備されていてそんなに歩くのに苦労はなかったが
それでも20分近く歩かされると到着する頃には息が上がってしまったのは
仕方のないことだ。

集落から離れた所に隠し畑はあった。
広さは幅が5メートル、奥行きは6から7メートル程か。
思ったより広くて驚いた。

おもらいさんは「野菜を育てている」と言っていたが
なるほど、畑には白菜がまだ若干、残されていた。

奥まった所に小屋が建てられている。
そこがおもらいさんの家だろう。

小屋からはラジオの音が聞こえていてどうやら外出はしていないようだ。

俺たちは小屋に向かい、入り口の前で声を掛けた。

『こんにちわ。』

すると、障子が開いて懐かしい人が顔を覗かせた。

『誰かと思ったらじぇろにもか。
こんな所によく来たな。』

思った以上に元気そうで安心した。


俺たちは持参したものをおもらいさんに渡した。

20リットルの水が入ったポリタンクがふたつに
食料の入った一斗缶がふたつ。

おもらいさんは

『いいのか?
・・・ここまで運ぶのが大変だったろうに。』

と、ありがたく受け取ってくれた。

ここでサキュが来意を告げる。

『先日はお話を聞かせて頂きありがとうございました。
実は、あの話を雑誌に掲載したところ予想外に好評で
出来れば、今度はおもらいさん自身にフォーカスを当てて
お話をお聞きしたいのですがお願いできませんか?』

と言い、話が掲載された雑誌をおもらいさんに渡した。

記事のタイトルは

「四国遍路最新事情
 遍路道を支える人達と巡礼者の微妙な関係」

というもので、おもらいさんの話を基調にしてサキュ自身も実際に
途中まで歩いて地元の人と巡礼者、双方に話を聞いて構成されていて
それぞれが抱える問題を文章化していた。

記事の最後でサキュは

『確かに弘法大師が歩いた修行の道を自ら追体験する行為は崇高だが
それを以って増長するのは文字通り「修行が足りない」のではないのか。
修行をする者は謙虚であるべきで地元の人に甘えるのは論外。
これらの人達がよりよき修行をされることを祈って止まない。』

と、歩き遍路に自省を促す言葉で記事を締め括っていた。

おもらいさんは頷きながら記事を読んでいたが読み終わると、

『なかなかよく書けてるな。
なにより、人の話を鵜呑みにせずにきちんと自分の目で見てきたのは
いいことだ。』

と、感想を言った。


結局おもらいさんは、前回同様「身バレをする可能性がある情報は
記事にしない」事を条件にサキュの取材に応じることにしてくれた。

まず、おもらいさんは自分で作った小屋を紹介してくれた。

小屋の大きさは3メートル角位で入母屋作り。
廃材を集めて3ヶ月あまりで建てたそうで

『廃材を集めるのはもちろん、それをここまで持ってくるのが
大変だった。』

と、当時を振り返っていた。

屋根はトタン板で葺かれ、内部は畳敷きになっている。

屋根を留める釘には黒い塊がついている。
「おもらいさん」に聞いてみると

『釘打ちした所から雨漏りするのを防ぐ為にファンベルトを切って
それを通してから釘打ちした。
夏場になってトタン板が焼けるとファンベルトのゴムが熱で溶けて
雨漏りを防いでくれるんだ。』

『理に叶ったすごいアイデアですね。』

サキュが感心したようにつぶやくと「おもらいさん」は

『南の島で地元の人たちと家を建てるのを手伝ったことがあるんだが
その際、「トタン釘」がなくなって買いに行こうとしたら「おじい」が
「そんな無駄金を使かわなくてもいいさぁ。」
って言って、このやり方を教えてくれたんだ。』

と、昔を懐かしむように言った。


小屋の屋根にはそれほど大きくはないがソーラーパネルが数枚、載せられている。

『電力確保もそうだけど夏場の直射日光で屋根のトタンが焼かれるのを
少しでも防ぎたかったからな。』

室内には折り畳み式の文机が置いてあり、そこには急須と湯呑みが置かれていた。
それに加えて「長火鉢」も置かれていて、冬場の暖房はこれで賄っているようだ。

『長火鉢も作ったぞ。断熱材の石膏ボードは流石に買ったが
他の部分は廃材を集めて作ったからな。』

さすがは「おもらいさん」、
「南」でも流木や廃材で家具や食器を作り、結構気前よく
他の旅人とかにあげていたからな・・・

サキュは小屋やその室内の写真を必死になって撮影している。


壁には掛け軸が掛けられている。
どうやら、四国霊場を巡礼した際の納経軸のようだ。

その下には例の「かんから三線」がきちんとした台に立て掛けられて
飾られていた。

置き床には数珠と持鈴、それに「仏前勤行次第」と書かれた
物が置かれていた。
恐らく、お勤めの際の経文などが書かれているのだろう。

そう言えば、おもらいさんが言っていたな。

『お経は暗記するものではなく読んで理解をするものだ。』

と。

小屋の隣には1メートルほど下屋が張り出していてそこには竈と
煉瓦を積み上げて作ったロケットストーブ、そして焼き物の甕が置かれている。

『甕には飲み水を入れている。』

蓋を開けてみたら中には半分ほどの水と木炭が入っていた。
水質をよくするために木炭を水の容器に入れることはよくある事だ。


小屋の壁側に引き戸付きの棚が設けられていて開けてみたところ
鍋や食器が整理して置かれていた。

その隣は「蝿帳」・・・“はいちょう”が作られている。
簡単に言うと「網戸の付いた棚」で、食料を保管するのに用いられる
ものだ。
昔、俺の家にも有ったので懐かしくなった。

蝿帳の中にはうどんの乾麺とマカロニ、それに使いかけのマヨネーズが
あった。どうやらあまり食事情はよくなかったみたいだ。

屋根の周囲には樋が巡らされ、対角線にふたつ下向きの管が伸びていて
それぞれの下にプラスチックのペール缶が置かれていた。

『大雨の時はすぐに満タンになるから別の容器に移し替えるのが
大変だぞ。』

どうやらおもらいさんは俺以上に不便を楽しんでいるようだ。








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結局この日はぐだぐだなまま終わり、翌日改めて
正式に名前を発表した。

『遙』(はるか)

だそうで、いい名前だと思った。

どうやらロリの希望らしく、エージは別の名前を考えていたらしい。

『やっぱり「アジャ」とか「ダンプ」とか、強そうな名前にしたかったのか?』

『いいかげん格闘技から離れろ。』

『じゃあ、なんて付けたかったんだ。』

『「由美子」だ。』

『「由美子」・・・派手さはないが落ち着いた感じの名前だな。
でもなんで?』

『俺には妹が居たんだが3歳の時、交通事故で死んだんだ。
名前は「由美子」・・・』

『そうか・・・
済まない、嫌な事を思い出させてしまって。』

『いいよ、
お前も悪気があって言ったんじゃないだろう。』

『ありがとう。』

ここでエージは

『ジェロニモ、頼みがある。』

と、改まった口調で言って来た。

『どうした、何か問題でも発生したのか?』

エージが困っているのなら助けてやりたい。
それが友人というものだろう。

だが、エージは俺の予想の斜め上の事を言い出したのだ。

『そうじゃないんだが・・・
実は、遥をお前の子供の許婚にしたいんだ。』

許婚?
ちょっと待て!

『おい、俺には美紅が居るんだぞ。
大体、お前の娘とはン十歳も離れているのにどうやって俺の
許婚にするつもりなんだ!』

するとエージは怒った口調で

『誰がお前に遥をやると言った!
俺が言ったのはお前の子供と遥を許婚にしたいという事だ。』

と俺に言ってきた。

ちょっと待て・・・

『おい、俺に隠し子なんて居ないし美紅もそんな心当たりはないはずだ。
一体、誰と許婚にしたいんだ?』

『だからいちいちボケるな。
お前ら、早く子供を作れ。その子と遥を許婚にするんだ。』

『なあ、こんな小噺を知ってるか?
その昔、共産ソビエトで子供も計画的に「生産」しようとしたが出来なかった。
何故かと言うと、「生産装置」が私有だったからだ。』

『その心は?』

『美紅の了解も必要だ、ということだ。』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『いやよ!』

『美紅ちゃん・・・』

『だって、わたしが居るのになんで遥ちゃんを直也の
許婚にしなければならないの?』

『人の話をちゃんと聞いてよ。
わたしは美紅ちゃんの子供と遥を許婚にしたい、って言ってるのよ。』

『わたしに隠し子が居るとでも?』

『あぁ、もう面倒くさい!
あんたたちに子供が出来たらその子を許婚にしよう、
って言ってんのよ。』

『それはいいんだけど・・・
でも、わたしたちはもう、2年も頑張ってるんだけどまだ出来ないのよ。
瑠璃ちゃんは待てるの?』

『たしかにがんばってたわね。』

『瑠璃ちゃん、何が言いたいの?』

『いいえ、別に。
・・・実際のところ、できる時は簡単にできるものよ。
うちだって、一緒に暮らし始めて1年もしないうちに出来たんだから
正直びっくりよ。』

『経験者の言葉は重いわね。』

『美紅ちゃん、言いたいことがあるのならはっきり言ってよ。』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


こうしてわが子は(男の子の場合)、
生まれる前から「売約済」の札が貼られる事となったのだった。

なお後日、この件で直之さんに割とガッツリ叱られることになるのだが
それは別の話・・・


3月になってズリとサキュが再び我が家を訪れた。

何でも、「おもらいさん」の話を纏めて雑誌のコラムに掲載したところ
思った以上の反響があり、改めて取材をしたいらしい。

正直俺は、おもらいさんがそんな取材に応じるとはとても思えなかったが
会うだけ会ってみよう、とふたりに提案した。

俺もおもらいさんに会いたいしね。

俺たちはおもらいさんに会いに行く事になったのだが
問題は美紅。

ズリと俺の都合が合うのが平日だったため美紅は休みを取ることができず
今回は同行しないことになったせいで機嫌が悪く、サキュはもとより
ロリまでとばっちりを受け俺がロリに八つ当たりされる破目になってしまった。

『ロリちゃんに叱られる、って奴だな。』

『ぼーっと生きてんじゃねぇーっ!』


フェリーで移動している最中もメッセの着信音がそれこそ数分おきに鳴り
面倒なので無視していたら今度は電話の着信音が鳴ったので出てみたら

『なんで無視するの・・・』

美紅さん、あなた仕事中なんじゃないんですか?

サキュの携帯もメッセの着信音が鳴り続け

『どうしよう、美紅さんガチで怒ってらっしゃる・・・』

少し見せてもらったところ・・・

“いいなぁ・・・
 わたしもいきたかったなぁ・・・ ”

“ふね、
 しずまなきゃいいんだけど。”

“サキュさん、島のイノシシは凶暴だから
 きをつけてね。”

・・・

うわぁ、失敗だったか。

すると、今度は“さきてぃ”からメッセが来た。

“塚原さん、
 みくみくが全然仕事をしてくれないんだけど
 なにかあったの?”

あぁ、ついに実害が出たか。
仕方がない、”さきてぃ”に謝ろう。

“実は今日、友人と連れ立って古い友人を訪問してるんだけど
 美紅はどうしても仕事を休めなかったらしくて拗ねているんだ。
 迷惑をかけて申し訳ない。”

すると“さきてぃ”は

“そうなの、わかった。”

と短く返信してきた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『みくみく、拗ねてばかりいないで仕事をしてちょうだい。』

『さきてぃ、ごめんね。<(・v-)』

『ふ・ざ・け・ん・なっ!』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








俺たちは美和子さんの件で気まずい時間を過ごしていたがそんな中、
俺の携帯電話が鳴り出した。

着メロはよもやの「東都セキュリティーの歌」。
実は東都セキュリティーのHP上でMP3音源が公開されていて
自由にダウンロード出来る様になっているのだが変に人気があり
年に2回ある総合訓練の際、支店から全員に確認電話が掛かってくるのだが
次から次に「東都セキュリティーの歌」が携帯から流れることになり
「考えることは同じだ」と、みんなで顔を見合わせて笑うのだった。

電話をかけてきたのはエージだった。

どうやら赤ちゃんもロリも容態が安定してきたそうですでに一般病室に
移動したらしい。

そしてエージは、

『「あれ」はお前の差し金か!』

と、咎めるように言って来た。

『なんのことだ・・・』

俺がそう聞くとエージは

『ひとり頭10万円の出産祝いなんてどうかしてるぞ。
しかも、お前の義父も同額を送ってくるし・・・
瑠璃なんか「こんな大金持ったの生まれて初めて・・・」って
マジでビビってたぞ!』

そうだった。

この件を聞いた俺たちはエージたちの生活を支援することを目的に
ひとり頭10万円の出産祝いを送る事で合意し、実行したのだ。

俺、まんまん、ズリ、一合、いっきゅう、エロ。
それに加えてそれぞれの配偶者・・・
美紅、八号さん、サキュ、ガンコさん、久美子さんもこれに加わり
これだけで110万円になっていた。

パオパオは現在求職中で免除したがそれでも「できるだけの事は」
と言い、2万円を包んで送ったそうだ。

意外だったのは直之さんも出産祝いを贈っていたことで
後で電話をして聞いたところ、

『婿殿の命の恩人が子供を授かったんだ。
祝わない訳にもいくまい。』

と、当たり前のように言っていた。

もっとも後に、

『出産祝いなんか贈るんじゃなかった。』

と、子供染みた事を俺に言ってきたのだが
その件については改めて話すことにする。

『余計なことを・・・』

エージの声は上ずっていた。

『もちろん、出世払いな。』

俺も照れ隠しにそう茶化した。


子供の名前も決めたそうだ。


“キャロライン・チャロンプロップ・キャリーぱみゅぱみゅ、か?”


“ちげーよ、なんでそんな長い名前を付けなきゃいけないのか!”


“エージさん、「神取忍」でしょう。”


“いっきゅう、御木「神取忍」・・・って、それフルネームだろ!”


“わかった。エージさん、「アンドレ」でしょう。
 大きく育つように願いを込めたんですね。”

“エロ、御木「アンドレ」・・・確かに大きく育ちそうだが大きく育ちすぎだ。
 それに女の子に男の名前を付ける気はない。”

“なら、「蛇網」ってのはどうですか?”

“「蛇網」・・・何なんだ、まんまん。”

“音読みして下さい。”

“じゃ・・・あみ?”

“「あみ」を英語で言うと?”

“ネット、だろ?”

“じゃあ、続けて言って下さい。”

“じゃネット・・・そうか、ジャネットか!”

“これなら国際化にも対応できるいい名前です。”

“性質の悪いキラキラネームでしかないだろ!”

“でしたら、ふたりまとめて「ホムンクルス」、ってのは
 どうでしょう?”

“八号さん、わたしの心配は不要・・・
 ってか、あんたも同類?”

“じゃあ、「碧(あおい)」とか「彩奈」とか「唯」とか・・・
 あ、「あすか」もいいかもね。”

“サキュさんは真面目に考えてくれたんですね。
 他の連中はネタに走っているのに・・・”

“サキュちゃん、それ、全部容姿ロリ系の声優さんだよね。”

“ちっ、バレたか。”

“あんただけはまともだと信じていたのに。”

“さーせん。”

“でしたらここは思い切って「炉里」、ってのはどうでしょう?”

“パオパオ、今度会う時がお前の命日だと思え。”

“なんでですか!”

“御木「炉里」・・・ なるほど、名は体をあらわすと言うからな。”

“じぇろにもぉ~~~~~っ!”

“あ、でも母親と同じ名前だと何かと不便なんじゃ・・・ ”

“じぇろにもさん、わたしの名前を言ってみて。”

“る、瑠璃さまぁ~~~~~っ・・・ ”

“それ何のネタ?”

“美紅さん、「鳥人戦隊ジェットマン」を知らないと分からないわね。”

“八号さんも元ネタを知ってたんだ。”

“ええ、相応に。
 ただ、わたしはサキュさんみたいに「コス」にまでは
 手を染めてはいないけど。”

“ちょっ、八号さん。
 何を暴露してるんですか!”

“あら、「フローラル」の制服コス、なかなか似合ってたわよ。”

“フローラル・・・
 まさか「ぴあきゃろ」?”

“じぇろにもさんはそちらの方面にもお詳しそうね。
 よかったら、その時の画像データのコピーがあるので
 後で送りましょうか。”

“ぜひぜひ。”

『直也はやっぱり、おっきなお胸のほうがお好みのようね・・・』

振り返るとそこには、表情をなくした美紅が立っていた。

しまった、忘れていた・・・


この後俺は小一時間、美紅の胸のマッサージをさせられた。

いや、別に嫌じゃないんだけどね。


“おーい、ジェロニモ~~~

 もどってこ~い・・・ ”







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美和子さんはしばらく美紅に取り縋って泣いていたが
やがて落ち着いたらしく、よろよろと立ち上がると

『帰るわ。』

と言い、居間を出た。
俺は後を追おうとしたが美和子さんは

『見送りは結構。』

と言い、振り返ることなく去って行った。


『酷いこと言っちゃった・・・』

美紅は力なくそう呟き、俺は

『悪いのは俺だ。もう少しやり様があったのかもしれない。』

と、反省した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『しばらくひとりにして頂戴。』

美和子様は私にそう言うと自室に閉じ篭りました。

今日の美和子様は全てがおかしかった。

普段は私が運転手を務めるのですが今日に限って

『久しぶりに車を走らせたくなりました。
渡瀬は事務仕事をしているように。』

と仰り、軽自動車で出掛けたのです。

暗くなる頃に返って来たのですが美和子様の目は真っ赤になっていて
「しばらくひとりに・・・」
というお言葉も少し、震えているように聞こえたのです。

美和子様が自室に篭られて数十分後、直之様がお出でになられました。

直之様はノックもせずに美和子様のお部屋に入ろうとされましたが
さすがにそれを許す訳には参りません。

『申し訳ございません。
美和子様は「ひとりにさせてくれ」と申しておられます。
ですので例え、直之様でもお取次ぎする訳にはいきません。』

しかし、直之様は

『構わん、美和子は私の妻だ。
夫婦の間に何の遠慮が必要なのだ?』

と、構わず入ろうとします。

私は美和子様付きの執事である以上、可能である限りそれを阻止するのが
仕事ですが、

『渡瀬さん、少し私と話をしませんか。』

・・・私の直属の上司で尊敬する猪瀬さんからその様に言われたら
流石にこれ以上、拒むことは出来ません。

『・・・ 承知しました。』

私は猪瀬さんに連れられて、執事長室に行きました。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


直也君から電話を受けたとき、流石の私も驚かされた。

美和子が直也君の家を訪問したことではない、
直也君が美和子をよりにもよって「肌馬」呼ばわりした事にだ。

私は少なくとも美和子の事を愛している。
直也君が美紅の事を愛しているのと同等かそれ以上に・・・

恐らく美和子は聞くに堪えないことを直也君に言ったのだろう。
そうでなければ直也君が美和子をそこまで罵倒することはないだろうからな。

だが、私は美和子を愛している。
愛する人をそこまで腐されて黙って居られている程私は大人ではない。

『君は美紅が知らない誰かに「種付け用の牝馬」だと言われて
黙っていられるのかね?』

流石に直也君は自分が何を言ったのか分かっていたようだ。

『すいません、言葉を選ばずに美和子さんを非難したことについては
謝ります。
ですが、直之さんは美和子さんが「誰にでも簡単に股を開く緩い女」
だと言われて平静でいられますか?』

ちっ、痛いところを突いてくるな。

確かに美紅は一時期、それこそ誰とでも寝ていた時期があったこと位
知っている。

だが、君はそれを承知で美紅と一緒になったんじゃないのか?

『当たり前の事を聞くな。
だがな、父親が娘の男性遍歴をその交際相手の口から聞かされる屈辱を
君は理解できるのか?』

それは即ち、親の不出来を交際相手が責めている事に
他ならないのだからな。

『・・・直之さん、もうこの話は止めませんか?』

言われてみれば確かにそうだ。
この話を続けたら傷つくのは美和子と美紅だからな。

『そうだな、その方がいいだろう。』

とりあえずこの話はここまでだ。
私は美和子の部屋に向かった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


私が美和子の部屋に入ると美和子は、ベッドの上で布団を被って蹲っていた。
美和子のこんな姿を見るのは結婚当初、義父に叱責された時以来だな。

直也君、
美和子にもこんなかわいい一面があるんだよ。

私は美和子の横に座る。
すると美和子は、布団の中から弱々しい声で

『直之さん・・・
私、間違っていたのね。』

と言ってきた。

私を名前呼びするなんて美紅が産まれる前までだったな。
あの頃は初々しくてかわいかった。

私たちの結婚は佐原家の血統維持のためというふざけた理由で
私も美和子も正直、嫌々ながら結婚式に臨んだものだった。

そして初夜、寝室で2人きりになった時美和子はいきなり床に正座して

『直之さん、正直に申し上げます。
私には交際していた男性が居て処女はその人に捧げました。
ですがその男性とは無理矢理別れさせられ、彼は別の女性と
結婚「させられて」います。
綺麗な身体で嫁ぐことが出来なかった事をどうかお許し下さい。』

そう言うと、土下座をしたのだ。

そうか、この女性(ひと)も犠牲者だったのか・・・

私は美和子の肩に手を置き

『いいさ、私も相応に経験を積んでいるからお互い様だ。』

と言ってやった。
本当は嘘だけどな・・・

行為を終えた後、私は美和子を腕枕してやり、美和子はしばらく余韻を
味わっていたようだが突然はっ、となったかと思うと私の胸に取り縋り

『ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・』

と、泣きながら謝ったのだった。

流石に気づかれたか・・・

私は美和子を抱きしめて

『いいさ・・・
美和子、とてもよかったよ。』

と言いながら美和子の頭を撫でてやった・・・


そして今、私は布団越しに美和子の肩に手を回し抱き寄せる。

美和子は私に身体を預けて

『なんかあの頃に戻ったみたい・・・』

と、甘えた声で言ってきた。

そうだった。
結婚してしばらくは意識してスキンシップを取っていたな。
私の父がそうする様にレクチャーしてくれたのだが
正直他に、色々と大事なことを教えなければならなかったのでは
ないのか?

最初、美和子は照れや恥ずかしさで拒むことが多かったが私が諦めずに
スキンシップを取り続けたらやがて応じてくれる様になり、最後には
自分から頭を私に擦り付けて来るまでになったのだ。

もっとも、美紅が産まれると

『親の威厳を保つ為』

という理由でしなくなったのだが。


やがて美和子は布団から出ると、以前の様に私に頭を擦り付けてきた・・・





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