2009年12月03日

減量


 血圧が高いと医者に注意されました

 というか、高すぎると警告されました

 という以前に、「死ぬぞ」と脅されました


 なぜ、こうなったのかというと、よく漢方を調合してもらう薬局で、いつものように血圧計で血圧を測っていました

 自分でも、これは高いな〜なんて思っていましたが、夜勤明けの時の血圧に比べれば大丈夫だろうと思っていた矢先、処方してくれている先生が


 
 「ちょ、ちょっとこれ血圧高いよ、最低血圧が高すぎる、今すぐ病院にいきなさい」



 と言われてしまった

 そのときの血圧は。上が169、下が132くらいだったように思う

 不眠が続いた後の夜勤明けの午後だったので、これくらいだろうと思っていたのだが、それは、俺の感覚がおかしいだけのことだったようである


 夜勤明けの時は、最高値が210、最低値が160くらいあるときが多いですからね、ははは



 さてさて、本当に笑い事ではなくなってしまったのが、このあいだ

 その次の日に病院に行き、先生に診て貰った


 「ちょっと血圧高すぎるね」


 第一声がそれだった


 もともと、不規則な生活、睡眠不足、過剰なストレス、食生活の乱れ、などと忙しさにかまけて、最悪な生活を送っていたツケである


 その上、魂にも身体にも脂肪はつくものである

 もともと、鍛えているので、筋肉が多いのであるが、気がついたら、体重も増えていた


 先生のところで体重計に乗ったのが一年半年ぶりというから、その間に増えたのだろう

 俺も驚いた


 先生は、こう言った



 「ストレスがなくならない生活なら、もう、体重を落とすしかないね。とりあえず血圧下げる薬を出すから。2週間、その間に体重を落として来るように」




 減量の日々が始まった

 いろいろとやった

 
 こうして修行のような日々を過ごしてみると、過去の自分の生活の改善点が分かるから面白い


 以前は、疲れて、空腹で帰ってきたときに、食べるだけ食べて、次の用事までの数時間を仮眠して、また次の場所に行って・・・という生活だった

 食べて寝る、これ以上に悪いことはない


 おまけに、ストレスやら何やらで、あまり噛んでいた記憶もない


 どうりで、一年半で太るわけである

 
 まあ、ちゃんと3食は必ず食べながらも、改善してゆき、秘密の特訓も加えて2週間後









 約8キロ落としました









 先生に診て貰ったとき

 「ほんまに落としたんか!そりゃたまげた」

 といわれました



 ヲイ


 
 落とせって言ったのあんたでしょうが・・・


 「いやぁ、言っても実行しない人ばっかりだからね、素晴らしい、えらい」


 褒められました


 その後、血圧も正常に戻り、血液検査の結果も、すべて基準範囲内に入っていることがこの間わかりました

 
 ただ、ストレスの多い生活は変わらないので、肝臓にダメージがあるらしく、それは、小手先のことでは治らないとの事でした


 最近、休息は出来るときに取るようにしていますが、少し、予定を空けて、意識的に休息を取るようにもしています




 というのが最近の出来事でした



 
 今年のクリスマスが血のクリスマスにならない事を祈って・・・

 では失礼します










PS

 蟻巣お嬢様へ


素晴らしい作品でした。

至福のひと時をありがとうございました! 

syoumikigen_zero at 09:17|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2009年09月26日

核なき世界



 「核なき世界」


 国連安全保障理事会首脳級会合で全会一致で採決された決議、宣言である

 歴史的瞬間であったと思う



 まさしく平和のための、そして安全のための宣言であった



 例え、それが嘘まみれで、歪曲したもので、存在しないもののための愚かな欺瞞であったとしても、こうして、大々的にこういったことが表明されるのが大事なのである


 これで、シナリオはまた一つ最終段階へと進んだと言える


 
 今回のこの決議で、一番損害を被るのはどの組織であろうかと考える

 もちろん、核を用いてテロを行いたい組織にとっては、アメリカとロシアがこのような議決に賛成したことは晴天の霹靂だと思う

 ましてや、一番可能性の無かったはずのアメリカが議長国として今回の会議に参加しているのだ


 驚きは隠せないだろう




 しかし、911の自作自演のテロも、その後の戦争も、これに繋げるための一環だというのであれば話は別である

 となれば、アメリカ以上に、今回の役者は務まる者はいない




 話を戻そうと思う




 今回の決議で一番損害を受けるのはどの連中であるか、という話であった

 旧ソ連の統治下の元で、核が流れてきて、違法に所持しているすべての者、国、組織にとって、今回の打撃は大きい



 しかし、その中でも、バチカンが被った打撃は一番大きいのではないかと思う



 バチカン



 言わずと知れたカトリック教の総本山のあるところである

 ローマで名高いその場所は、バチカン市国として、ひとつの国を形成している

 宗教なのに国なのである


 世界各国の政治機構、商業界に絶大な権力を持つ、まさに、裏のボスといった存在である


 カトリックの名の下に戦争をし、人々を殺し、モラルを破壊し、人類を狂気へと誘ってきたこの組織は、腐敗しきって血で汚れているのは誰の目にも明らかである


 現代でも、武器密輸、麻薬取引、金融問題、あれゆる面で黒い組織である




 いつごろからか、核を所有しているという報告まであがるようになっている




 宗教組織が国をつくり

 宗教組織が核を持つ




 これほどまでに恐ろしい話はないように思う

 これが、本当の話であれば・・・とは一応言っておくが・・・




 もし、そうであるなら

 今回の国連の動きは最悪なものになっただろうと思う


 アメリカもロシアも、自分のためなら核を削減するなんて事を言わない国である

 言わない国であった、今までは


 だからこそ、たかをくくっていた組織や国はあっただろうと思う

 自分たちが削減できないのに、人のことまで手出しできないだろうと



 しかし、そのアメリカが、ロシアが、かつて表面上のフェイクとはいえ、核による冷戦をおこした張本人たちが、今回の決議を採択したのである



 予想をはるかに超えたことだっただろうと推察できる



 もし

 もし、そうであると仮定するなら



 水面下で、かの組織にもう圧力はかかっているはずである

 だいぶ昔から、国連内部での解決すべき問題のひとつに、宗教問題がある



 宗教があるから戦争が起きる


 宗教があるから憎しみあう


 宗教があるから政治がうまくいかない


 宗教があるから人々を支配できない


 宗教があるから・・・・



 寄って立つものに対する警戒と

 それに対する嫌悪が永きにわたって国連内部で実を結びつつあった


 もはや、国連にとって、世界にとって宗教は害悪の部類まできてしまっている

 
 ならば

 それ自体を無くしてしまえばいい



 その動きが、国連内部でずっとあった



 今回の議決が、その動きに一石を投じるなら、それはいつだろうか?と考える


 10月くらいがちょうど良いのではないだろうか?

 もしかしたら10月の4〜6日くらいが怪しいだろうか?


 はたまた、もっと先になるだろうか?

 

 いずれにせよ

 我々は、この歴史的な決議に続いて


 ローマ・カトリックが滅びる歴史的な瞬間を近々見ることになるかもしれない


 軍に包囲されるのか

 吹っ飛ぶのか

 それはわからない



 ただ、これからの宗教情勢に目をむけておくのは興味深いことだと思う

syoumikigen_zero at 20:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)考察 | 日記

2009年07月21日

世界崩壊の序曲


 長らく放置しすぎていました


 自分のブログを一年近くも見ていないと、トップページとか、コメントとか、メールがきていたりして、本当に驚きました

 コメントしてくださった皆さん、メールくださった方々ありがとうございます



 最近、政治家を見なくなって久しいですね


 政治家ならぬ、政治屋ならたくさんいるのですが、本当の意味での政治家を見ることは本当に少なくなりました



 そういえば、今日は解散の日ともなっています



 この場をお借りして、麻生総理には、本当にお疲れ様でした、と言いたい



 私の知る中では、彼は、本当の意味での政治家だったように思う

 周りの批判では最低の烙印を押されている彼だが、麻生総理だからこそここまで踏ん張れたといっても過言ではない



 前総理は、世界的経済危機の情報を前に、総理の座から逃げた

 そのすべての尻拭いを押し付けられ

 さらに相次ぐ党の中の問題、片腕とも呼ばれた男の失脚、党内の分裂、降ろそうとする企み、そして、どこぞの国の諜報員の影・・・



 この全世界の混乱の直前に、ここまでの圧力と妨害がありながら、日本を守るために全力を尽くされた総理には、本当に頭が下がる思いである

 よって私は、彼を日本でもトップクラスの政治家だったと評価したいと思う



 もうすぐ、世界は大混乱に陥る



 唐突な話だが、物事とは唐突に起きるものではない

 確かな下準備と、計画と、手回しがあってはじめて、物事は成るのである


 それは、今回のパンデミックの件も例外ではない

 だれかが撒かなければ、世界中に広がるはずはない

 もっとも、その件を明らかにしようとしたオバマ大統領は衆人環視の中、暗殺されかけましたけどね


 
 もうすぐ始まろうとする不穏な影の前に、麻生総理がわざわざこの40日間を政治上の空白にしたのは、本当に英断だったと思う


 麻生降ろしに加わっていた与謝野大臣の突然の方向転換も、顔のこわばりから察するに、総理から、これから全世界でおきるであろう最悪のシナリオを聞かされたのではないかと感じる



 本当に、今は、それどころではないのである



 バチカンの破壊

 カリフォルニアの経済破綻をトリガーとする人為的世界恐慌

 第二次パンデミック

 アメロ計画枢軸国による合同軍事演習


 さらに、ほかにもいろいろある


 
 それらが、日蝕を基点とする、この40日間に集中すること自体が、本当に異常事態なのである


 
 そして、その40日間を空白とした、麻生総理の行動も偶然とは思えない

 

 聖書を読んでみると、滅びとは40日で起こることが多い

 かつて神は40日で世界を洪水で滅ぼしたという

 
 また、占星術をしている人なら誰でも知っていることだが、今回の日蝕は、アメリカの崩壊を指している

 

 これから、何が起きるかを予想するのは難しい話ではない

 常人なら、笑って一蹴する話であろうとも思う


 だが、事実は小説よりも奇なりであり、人の悪意は、常人の想像をはるかに上回るものなのである


 
 久々の再開がこんな内容で始まって申し訳ないが、これだけは綴っておきたかった



 これからの人類に幸あることを祈るのみである

syoumikigen_zero at 08:04|PermalinkComments(6)TrackBack(0)考察 

2008年09月03日

退陣と考察

 

 福田首相が突然辞任した

 

 誰もが周知の事実である

 しかし、今回の出来事に、何か政治的なもの以外の思惑も見え隠れしてならない

 

 なぜなら、一年前、麻生さんに卑劣な戦いを仕掛け、国民の期待もないにも関わらず、強引に首相になった彼である

 その後も、支持率は低下の一方で、「無能」とも言われ、、閣僚の様々な問題が出たにも関わらず、これまた強引に居座り続けた彼である

 

 そんな男が、行き詰った、などという理由だけであっさり退陣するだろうか?

 確かに、次の選挙に関しての思惑もあるだろう

 しかし、今回の件は、それだけではないような気がするのである

 

 あえて例えて言うならば

 

 沈没することがわかった、大型客船にのっていた上層部の連中が、乗組員がその事実を知る前に、自分だけで救命ボートで逃げ出した・・・

 

 という感じなのである

 

 では、何が起こったというのだろうか?という当然の疑問が生じる

 首相の座をほっぽり捨ててまで逃げ出したいもの

 

 逆に考えると答えは見えてくるかもしれない

 

 首相でいるなら厄介なことになることが何かあるのだろう

 

 では、それは何か?

 先ほども述べたように、ここまで厚顔で、あつかましくも居座り続けた男である

 政治的な問題ではないだろう

 

 では有事であろうか?

 

 下衆の勘ぐりであるが、いろいろ考えざるを得ない

 人為的に引き起こされた四川の大地震同様、青島の疫病騒ぎも、おそらく、人為的なものであろう

 

 今回、H5N1型のトリインフルエンザが、パンデミックに発展する、という懸念が世界中で起こっている

 

 致死率が高く、感染した385人のうち、243人が死亡しているウイルスである

 これを考えるに当たって、過去を考えたい

 第一次世界大戦後、1918年から1919年に世界で蔓延したスペイン風邪(トリインフルエンザH1N1型)も、全世界で5000万人を超える死者を出している

 

 しかし、事実は悲しいことに、望んで行ったことではないにしろ、当時のパンデミックは、人為的なミスなのである

 

 ウイルス学もなく、発展途上のワクチン技術に、多種多様なワクチンを混合して全世界でこぞって打ったから、打たれた人間は抵抗力や生命力が著しく減退し、かかる必要のないウイルスが感染したのである

 

 たしかに、殺傷能力があったから、これだけの人数が死んだのであるが、もともとスペイン風邪は罹患率がかなり低い

 隠された事実であるが、これは人災なのである

 

 しかし、ある国はそこから学んだ

 

 人工的に、免疫を低下させる処置と、生命力を減退させれば、今回合成成功したH5N1型トリインフルエンザを蔓延させることが出来るのではないか?と

 SARSもしかり、ウイルス兵器の出番である

 

 しかし、アフリカ大陸で、天然痘のワクチンだと偽って、エイズウイルスを大量の黒人に意図的に感染させたときのようなことはもうできない

 

 では、どうすればいいか?

 そこで登場してくるのが、悪魔のような計画である、ケムトレイル計画である

 人為的に、人間の体力と免疫を低下させるだけでなく、破壊も促して、人為的にパンデミックを作り出す前準備も、その計画の中に含まれている

 

 では、それで何がしたいのか?

 

 いろいろある

 まず人口の削減

 10億人くらいまで減らしたい、というのが目的である

 そうすれば、食料問題も、二酸化炭素問題も、土地問題も、資源も、解決である

 次に、世界政府の樹立、そして支配だろうか?

 この二つに切っても切り離せないのが金である

 

 パンデミックを人為的に起こし、HAARPのような装置を用いて、人為的に大地震や巨大ハリケーンをつくり、人口を削減する

 そして、頃合を見計らって、あらかじめ用意していたパンデミック用のワクチンを、開発成功した、などと言って売り出す

 もちろん、その国の関連企業が売り出すだろう

 

 すると全世界は、そのワクチンを求めて殺到し、収益と株価が天文学的に跳ね上がる

 

 それを足台に、次の世界の覇権を狙う

 まあ、簡単にいうとこういうシナリオであろうか?

 

 まあ、ありもしない月面着陸をライブで世界に放送し、水爆を用いてビルを吹っ飛ばした事を、911のテロだ、なんて平気でぬかせるような国である

 

 今後の、その国の選挙もこの情勢に大きく関係しているであろうことは予測できることである

 これらの黒い計画には、まだまだ膨大な秘密が隠されているが、それは今回は置いておく

 

 まあ、今述べたことは、事実に基づく推測だということは理解してほしい

 

 これから

 偶然にも、世界でパンデミックがおきるであろう

 そして

 偶然にも、巨大ハリケーンや台風がピンポイントで襲うこともあるだろう

 また

 偶然にも、大地震が重なることがあるだろう

 

 約4年前

 偶然にも、ハリケーン・カトリーナが、黒人が多く、貧困で、生活保護を受けている人数が多く、国庫の負担になっていたルイジアナを襲ったこと

 偶然にも、その直前に、軍人は逃げていたこと

 偶然にも、町を守るはずの堤防が、ハリケーン直撃の時に爆破されたこと

 偶然にも、そのときに、人々を無気力にする周波数の電波が一体に送信されていたこと

 

 偶然にも、核関連の施設がある四川で、その施設を狙ったかのようなピンポイントな地震があったこと

 偶然にも、オリンピック開催の一部である青島で、トリインフルエンザと疑うような疫病が、オリンピック直前に大流行したこと

 

 偶然にも、インドネシア政府とアメリカが油田関連で手を結んだときに、邪魔だった、反政府組織、イスラム原理主義者を、スマトラ沖地震できれいさっぱり流し去ったこと

 偶然にも、このときもまた、アメリカ軍は事前に避難していたこと

 

 偶然にも、911ビルの崩壊の時に、純粋水爆の核反応が起こったときにしか出ない、大量の放射能や、在り得ない原子サイズの金属粒子が周りを覆いつくしたこと

 偶然にも、ビルの落下速度が、物を落とした速度と同じ速さで崩壊したこと

 偶然にも、中にいた行方不明者1600人ほどと、大型機材、そして鉄骨が跡形もなく蒸発したこと

 偶然にも、核が炸裂したときに出る電子パルスで、周辺の電子機器がショートしたこと

 偶然にも、ビルの地下では3ヶ月間も固まらない、融けた鉄のプールが存在していたこと

 偶然にも、あと、核をつかったであろう20個くらいの証拠があること

 

 偶然にも・・・あの時、その地震も、あの事件も、この出来事も・・・・・・・

 

 

 話がそれてしまったが、首相を退陣した彼は「何か」をしってしまったのではないか?

 なんて事を考えてしまう

 

 逃げ足だけは早そうである

 

 もし、偶然にも、何かが起きる時期も知ってしまったのではないか?

 なんて、とっぴなことさえ想像してしまう

 

 それで、もし、偶然にも、そうした有事が起きるなら、首相として、行動と責任を問われることになる

 首相なんだから当然である

 

 俺の見方が穿っているのかもしれない

 だが、この時期、この世界情勢、そして、このタイミングである

 

 なにかを感じざるを得ないのが本心である



syoumikigen_zero at 09:22|PermalinkComments(2)TrackBack(0)考察 | 日記

2008年07月08日

授け物

 

 それは、深夜の出来事だった

 

 いろいろな仕事をしている俺は、その日は、ある客商売の夜勤をやっていた

 朝方、客の少ない時間に荷物がやってきて、いつもどおり仕分けをしていたのだが、こんな事があった

 

 

 

 『○○さん!!』

 

 俺の名前を呼ばれたので、振り返った

 すると、そこには、肩まで白髪を伸ばし、ヒゲも伸ばした老人が立っていた

 

 『お主にこれを授けよう、何かの時に役に立つはずじゃ』

 

なぞのじいさん

 

 

 

 

 (こんな感じ? マウスで書いたんで下手ですみません)

 

 いきなりそういって荷物を渡された

 中身を見てみると、アンティークな小物?みたいなものが入っていた

 

 どうしたらいいんだ?こんなもの

 

 まず最初の感想でした

 え?

 写真は?って

 

 それはですね

 

 

 なんだか写真を撮ったら呪われそうなのでやめました。はい

 

 

 それにしても困りました

 何が困ったかというと

 

 小物入れの中に、そのおっさんのとおぼしきカードが数枚はいっていたのです

 

 それを使って買い物をしろという事でしょうか?

 本当に厄介なものを託されたものです

 

 それで警察に捕まったとか洒落になりませんからね

 

 ということで、呪われていそうな感じもしたので、家の外のどこかに隠しておきました

 なんだか、疲れた夜でした



syoumikigen_zero at 09:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記 

2008年06月29日

敬意

 

 『お前には年長の者に対する敬意が抜け落ちているときがあるな』

 

 いきなり師匠にしみじみ言われた

 

 「はあ・・・でもちゃんと敬意は払っているつもりですが」

 

 『いつもとは言っていない。「ときがある」といったはずだ。またすべての年長者に対してとも言っていないので、勘違いしないようにな』

 

 「はあ、で、何をみてそう思ったのですか?」

 

 『お前の日々の言動だ』

 

 そういわれると実も蓋もない

 

 『いや、お前が努力しているのはわかっているんだ』

 

 いきなりクスクスと笑いながら師匠が追加した

 

 「・・・・・はあ」

 

 どうコメントしたらいいものかわからなくなった

 

 『何か理由でもあるのだろう?』

 

 師匠の問い

 そういえば、こんな事を訊いてくるのは珍しい、と思った

 

 「はい、幾つか理由がありますが・・・」

 

 『聞かせてくれ』

 

 ずるいと思った

 話してみろ、とか、何があった、とかいう言い方ならともかく、「聞かせてほしい」なんていわれたら、嫌とはいえない

 

 「基本的に、俺は、敬意を払える人間には、年は関係なく敬意を払います」

 

 『ほう、だから、あの小娘にも敬意を払った行動をしているのだな』

 

 「はい、でも、窮地に陥ったときに、年上であることを強調するような人間には嫌悪感しか感じませんね」

 

 『ふむ、例えば?』

 

 「そうですね、自分から人を陥れておいて、俺がそれを乗り越えて、対等以上の戦いをして、結局ケンカ売った相手のほうが追い詰められたとします」

 

 『ふん』

 

 「そういった時に、『俺は年上だぞ、何のつもりだ』とか、『敬意が足りない』とか『ちょっと試したら、本気になって牙をむいてきて、本当に信じられませんなぁ』なんて、年上連中とひそひそ噂するような奴らがいます。成功したら、俺を突き落とすつもり満々だったくせに、分が悪くなると、『ささいな事で怒る奴』とか『その役職にはふさわしくない』とかぬかすんですよ。そんな奴らには敬意なんか払えないのは当たり前ですね」

 

 『ははは、違いない。まだ、それに加えることがありそうだな』

 

 「はい、これは俺が社会人になったときに始まったことではありません。『組織』に属している俺には、子どもの頃から、大人に本気で攻撃されてきました。助けが必要な子どものときに、周りの大人たちは、本気で俺を亡き者にしようとしてきました。それも集団で。それを今になって対等に戦えるようになったときに、いきなり『敬意がない』だとか言われると本当に腹が立ちます。じゃあお前らは、俺が子どもの時に、有り余る大人の余裕をもってやさしく扱ってくれたのか?と。人が弱いときに本気で潰しにかかったくせに、何を今更・・・というのが俺の本音ですね」

 

 『なるほどなぁ、お前に時折漂う殺気の要因はそれなんだな』

 

 「漂っていますか?」

 

 『それはもう存分に、まるで抜き身の刀みたいだぞ』

 

 「そうですか、そうかもしれませんね」

 

 『何か連想するようなことや、思い出すような状況がそうさせるのだろうな。今はお前はだいぶ丸くなったが、お前と初めて逢ったときは、殺気の塊だったぞ。今言うのもおかしいが、敵は殺すのが当たり前みたいな感じだったな。いきなりお前の前に現れて圧力をかけた私を、躊躇なく殺そうと思っただろう。あれには笑ったよ』

 

 「・・・・・恥ずかしいんでその話はやめてくれません?あの時、俺が本気で師匠に攻撃しても、死ぬのは俺のほうでしたから。でしょう?」

 

 『無論だ、だが別に殺すつもりでお前の前に現れたわけではない。本気で殺すつもりなら、気配すらなくお前の命は終わっていただろう。無論、それは今とて同じだ』

 

 「はい」

 

 『わかるか?私の言いたい意味が』

 

 「少しは」

 

 『まあいい。お前の「敬意のなさ」とやらは、言い換えれば、「殺気」だ。その気持ちは良くわかる。いらつく気持ちも、お前の境遇も、お前の感情も、お前の苦しみも、お前の傷も、お前の辛さも、そしてお前の優しさもだ。全部わかった上で話すぞ、いいな?』

 

 「はい、お願いします」

 

 『お前は正面からバカ正直に戦いすぎなんだ』

 

 「・・・・はい」

 

 『年齢を重ねて、幾らか戦い方が変わったとはいえ、根本がまるで変わらん。敵とはすべてサシで決闘しているような感じだ、今のおまえは』

 

 「そうです・・・ね」

 

 『私は潔くて好きだ、お前のそういう戦い方は。だがな、疲れるだろう?』

 

 「はい、そうですね、かなり疲れます」

 

 『ならば、お前のその『決闘』は、本当に戦うべき価値のある奴のために取っておけ』

 

 「え?」

 

 衝撃的な言葉だった

 

 『戦う価値のないような雑魚や三下のために、正面きって戦う必要も、価値もない。そのような奴らは、だれも正面きって戦ってこないだろう?姑息な手や、罠や用意周到なエサを用いて、あるいは、誰かをけしかけて、など卑劣極まりない方法しか使わんはずだ。そんな奴らとは、本気で戦ってやる価値すらない』

 

 「・・・・・」

 

 『だから、もう一度言おう。そいつらは、お前が本気で戦ってあげるにも値しないんだ』

 

 「・・・・はい」

 

 『でも、どうやって戦うのだ?という顔だな』

 

 「そうです」

 

 『戦う必要はない。相手が何を目的をしているかを見極めて、その目的を外してやればいい。乱してやればいいんだ。それも何も気づかぬ顔で』

 

 「はい」

 

 『上っ面はニコニコしておいて、肝心要な所は見事に外す。自分の計画がうまくいかないときは、そいつらの顔は憎しみにゆがむだろう。それを楽しめ』

 

 「楽しむ、ですか?」

 

 『そうだ。よく思い出してみろ。お前を陥れようと近づいてくるとき、お前が窮地に立っているとき。奴らはどんな顔をしていた。まるで狸ではなかったかね?』

 

 「そうですね、はい、そうでした」

 

 『お前の余裕のなさを笑っていたんだ。ならば、今度はお前がその立場に立てばいい。奴らのゆがむ顔は、計画が成功していない証。それを喜ばずしてなんとする』

 

 「はい」

 

 『そうやって今までお前を怒らせてきたことすら、奴らには格好の餌食だったのだよ。そういう奴らは人を怒らせてしか罠にはめれない。だから言われたんじゃないのか?「すぐにムキになる」なんてことを』

 

 「・・・・・・」

 

 『お前が表面上怒っていないように振舞っていても、お前の「殺気」は相手に伝わる。それで揚げ足を取られる。だから笑ってやるんだ。相手のゆがむ顔を楽しんでニコニコ接してやれ』

 

 「はい」

 

 『自分の攻撃が効いているのかすらわからん状態にしてやれ、お前に「殺気」を感じないと、相手はお前が気づいてすらいないのではないかと不安になる。なのに自分の企みはうまくいかない。顔がゆがむ。人間とはな・・・」

 

 「はい」

 

 

 

 『本当に追い詰められたときの表情は隠せないものだ。そしてそんな自分の表情なんか永遠に気づけんのだよ』

 

 

 

 それはまるで脊髄反射みたいな呪いだ、と師匠は付け加えた

 

 『これからの戦い、余裕が持てそうか、本当の意味で』

 

 「時間はかかると思いますが、多分」

 

 『良し、お前は概念さえ理解できれば、やれるはずだ、力を抜いて頑張れ』

 

 そういって師匠は去っていった

 毎度の事だが、師匠の言葉には本当に救われると実感した



syoumikigen_zero at 12:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)師匠との会話 

2008年06月25日

興味深い話

 

 「・・・・・以上のことから、この世界は2007年10月をもって終焉したと定義する」

 

 それが告げられたのが、今年の初め

 一体何を?という話かもしれない

 

 内容は機密事項なので、詳しく論じることはできないが、そのような結論が出た会議に参加することになった

 

 しかし、去年の10月に終わったというのなら、なぜ、世界はいまだに存在しているのだろう?という疑問が生じるかもしれない

 会議の中でわかりやすい例えが用いられた

 

 「高速道路を走り続けている車が、走行途中で完全に壊れたとしよう。その瞬間に車はいきなり停止するかね?」

 「回転を続ける輪を、回すをやめたからといって、急に止まるかね?」

 「心臓が停止した瞬間に、すべての細胞はいきなり死滅するかね?」

 

 『同様に、この世界も、壊れて修復のしようがなくなったとはいえ、今すぐ崩壊する、というものでもないのだよ』

 

 

 そういう結論だった

 

 「結果に事実が追いつくまで、何年残されているかはわからない、ただ、ひとつ確かなことは、、、『もう遅い』ということだけだ」

 

 そのような話で会議は締めくくられた

 

 去年の10月、ここでは述べないが、その詳しい日付まで発表された

 

 ここのところ、あまり良い報告は受けていなかったが、これは格別だった

 いろんな意味で最高だったように思う(笑)

 笑い事でもないが・・・

 

 しかし、滅びるのにもプロセスというものがあるらしい

 

 戦争や、環境破壊、自然災害、食糧不足、疫病といったものである

 このプロセスのうち、疫病以外は始まってしまっている

 

 ということで、今年、それも秋からの時期以降、最後のプロセスとして疫病が台頭するだろう、という注釈もあった

 

 いずれにしても、この地球に生まれ、この地球でしか生きられぬ我々にとっていろんな結論を突きつけられたわけである

 

 長らく休んでいて復帰一発目がこれかい!といった内容でしたね



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2007年11月12日

復活?

 

 いやはや・・・

 

 働きすぎで、肝臓を壊して緊急に運ばれたのが数ヶ月前

 そのあと、寝たきり老人のような生活を送ることになった

 

 まさか、この歳で杖をつくことになろうとは思わなかった(笑)

 

 百円均一の杖って意外と使えるんですね

 今はもう必要なくなりましたが、部屋にはまだマイ杖が二本存在しています

 

 ということで、地獄のような日々からは少し抜け出せたと思います

 危うく死ぬかもしれないところでした

 

 しかし

 

 俺は、この夏の終わりに死ぬ。。。と7年前から告げられていましたが、それが実現することはありませんでした

 そう考えると、この程度で済んでよかったのでしょう、ははは

 

 それにしても、リハビリって大変ですね〜

 以前よりも体力とか筋力とかが低下しましたが、戻すのにかなり労力を要しました

 

 今も夕方にはウォーキングなどをやって体力を取り戻しているところです

 近々、走りこみに変えられる日を願っています

 

 神社の中で、ひとり刀を振って自己鍛錬したりと、いろいろやっていますが、完全復帰まではまだまだかかりそうですね

 

 師匠にはあきれ果てた顔をされました

 もともと、体が潰れる兆候があったわけなんですが、だからといって、おいそれと会社を調整することもできず、このザマになったわけです

 その時には、師匠からはやく辞めるように、連日のごとくどやされていましたが、私の若さだったのでしょう、自分の身体を過信しすぎましたね・・・

 反省です

 

 

 まあ、そんなこんなで、日記にも手を出す余裕が出来たので投稿してみました

 みなさんもお元気でしょうか?

 

 ではでは



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2007年06月19日

電子ブック

 

 先週くらいに、携帯を機種変更した

 

 俺が使っているのはソフトバンクなので、今回は912SHに機種変した

 といっても、もともとはJ−PHONEの時代から契約しているので、気が付いたらソフトバンクになっていたという、なんとも理解しがたい状況である

 

 912SHといえば、ワンセグやアクオスがどうのとか言われる携帯の三代目らしく、時代の流れに反して、前の機種より小さくなるどころか、でかくなってしまった

 正直テレビとかどうでもいいです

 

 前の携帯はボブルビーのフィリップタイプケースを使用していたのだが、今回の912SHは・・・・

 

 ギリギリで入らなかった(泣

 

 ということで、泣く泣く、違うケースを購入することになった

 といっても、何を買うかまだ考えていないけどね・・・

 

 それに追い討ちをかけるような出来事があった

 

 俺は、ヒマがあれば本を読んでいる

 以前の機種(V603SH)には、電子ブックを読めるアプリがついていて、zbf形式の電子ブック(XDMF)や、青空文庫形式のテキスト.txtを読むことができた

 これはとてもとても重宝した

 

 なんたって、一冊数百キロバイトなので、2メガのメモリーカードに、数百冊以上入れていたのです

 それを、電車の移動時、待ち時間などを利用して読みふけっていたのです

 

 今回の912SHも、電子ブックが読める、ということを事前に聞いていたので、その機種を選んだのですが

 いざ立ち上げてみると

 

 

 青空文庫形式のテキスト(TXT)が読めない

 

 

 というか、読める読めない以前に認識しない

 確かに、ZBF(XMDF)形式の本もいくらかはありますよ

 でもね

 

 

 のこり数百冊以上は青空文庫形式のテキストなんですよっ!!!

 

 

 それが読めないとなると、買った意味がありません

 まるで新車を買って、その日に大破して、ローンだけが残った気分ですよ

 

 荒れました

 

 夜勤の合間の休憩を、それで癒していた俺としては、それはいけません

 あってはならんことです

 

 説明書をみると

 

 『電子ブック』

 

 という項目のところに

 

 

 『ZBF形式やTEXT形式で作成された書籍が読めます』

 

 

 と書いてあります

 しかし

 

 

 どのフォルダに入れても、読むどころか認識しない

 

 

 ちょっと待てや、こら・・・

 携帯コンクリに叩きつけたろか、とか一瞬思いましたよ、はい

 

 こうなったら

 

 改造するしか・・・

 

 なんて思いましたが

 まずは作った会社に聞くのが一番です

 ショップの人に番号を教えてもらって、かけました

 聞きました

 たらいまわしにされたあとに、最後にこういわれました

 

 『マイアイテムのドキュメントフォルダに入れると認識するらしいです』

 

 らしいって・・・

 らしいって何ですか?

 まあ、いいとしましょう

 それで読めるのなら

 

 メモリーカードのブックフォルダの中身を移動しました

 起動しました

 

 

 認識しません

 

 

 ぶち

 ぶちぶち

 

 頭の血管が切れるような音がしましたね

 

 どうやったら、テキストを認識するんでしょうかね?

 

 もう一度、説明書を見ました

 そこにはこうありました

 

 『ZBF、ZBK、ZBSのファイルしか認識しません』

 

 なめとんのか、おのれは!!

 今さっき数行前に、テキスト読めるって書いてあったやんけ

 詐欺か、こら

 

 こうなったら一か八かです

 

 テキストファイルの拡張子(.txt)を

 

 

 無理やりZBK(.zbk)に変換してやりました

 

 

 これで読めたら儲けです

 そして携帯を起動

 Sアプリの中の『ケータイ書籍』というアプリを起動

 さっきフォルダしか認識せず、中身が表示されなかったフォルダをクリック・・・

 

 

 

 

 

 

 

 認識しました

 

 

 

 

 

 

 

 あけてみました

 もちろん

 

 

 

 読めました

 

 

 

 ルビもちゃんとつきました

 というか

 

 

 

 

 めちゃめちゃ綺麗な画面でした

 

 

 

 

 %表示もちゃんと出ました

 

 

 

 拡張子をただTXTからZBKに書き換えただけで認識したのです

 どういった基準なんでしょうか?

 なにはともあれ読めたのです

 

 これで以前のV603SHを小説用に持ち歩かなくてすむようになりました

 

 ほんとに、他の人からしたらどうでもいい機能なのかもしれませんが、俺には死活問題なのです

 これで救いの無い人生に、少しだけ光明が差したように感じました

 

 

 しかし

 

 

 疲れた

 マジで疲れた

 

 まっ、最後には報われましたけどね



syoumikigen_zero at 10:54|PermalinkComments(7)TrackBack(0)日記 

2007年06月18日

教訓

 

 

 『教訓から学べ』

 

 いつも師匠は言う

 それは頭では分かっていても、なかなか理解できないことでもある

 確かに痛い思いをしたら、次からはしなくなる

 良い思いをしたら、次も頑張ろうと思う

 

 しかし、師匠いわく

 

 『そう思うだけでは不十分だ』

 

 ということである

 

 何が不十分かという問いに師匠はこう言う

 

 『ではお前は何をもって、良かった悪かったと考えるのだ?』

 

 たしかに、そういわれると、「いつもより良かった」とか「いつもより悪かった」などというような陳腐な答えしかでてこない

 師匠に言われた趣旨はこうであった

 

 『それは普段のときの物事に対するお前の見方が足りないのだ』

 

 ということである

 

 『誰もが、良かったり悪かったりしたら、そのことには注目する。しかし、その良いも悪いも、その中間である普段の事が抜けている』

 

 と言われた

 

 『普段の平均を当たり前に与えられた事とみなすから、失敗する。成功しても、もう一度、と言われたら、できなくなる』

 

 たしかにそうかもしれない

 

 『普段の状態が何によって支えられているのかを常に分析しろ、そうすれば、良かったときにどの要素が良くて、失敗したときにどの要素が悪かったのかが分析できる』

 

 『だから前にも言ったように、何事も自動的に行うなという結論になる。人はとかく、普段の状況は考えたがらないところがある。慣れるという傾向だ』

 

 『しかし、普段が何の上に成り立っているかが分からないのに、良かったときに何が分かる?悪かったときに何を反省できる?』

 

 一理ある

 

 『だから、日頃を大切にしろ。そして今を分析しろ。人間関係も仕事も、趣味も、能力も、なにもかも応用できることだ』

 

 昔に師匠はそういった

 

 時折仕事をしていて、トラブルが発生すると、普段はどういった状態で動いていたんだと考えるが、そのときに考えてももう遅い

 だから、なかなか難しいことではあるが、普段の状態は、何に支えられているかを分析しようと考えることが多い

 

 今日は師匠のそんな言葉を思いだした



syoumikigen_zero at 17:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)師匠との会話