2012年01月28日

何かと周りで話題の映画・山本五十六に出かけてきた。

感想は・・・・・・驚いた。

唖然、ともちがう。
絶賛、とも違う。

まったく、こんな映画を見たのは初めてだ。
俺が今までレビューってきた映画とは質がまるで違う。

リアルでもない、ドラマチックでも無い、
五十六はドライではなく、ホットでも無い、
我々の代弁者的存在がひとりもいない、そして登場しなくてよい、
最高傑作かもしれないし、そうでないかもしれない。

映画は最後に問いかける。
なぜ、開戦にもっとも反対した山本長官が戦争をはじめる役になって、
どこでどうして日本はこうなった(焦土と化した)のか・・・
それすら自分の中では整理できない。
(伊武雅人が甘かったとか、そういう簡単なことではない)

これが戦記映画というものか、とか、
ゼロ戦のCGアップだけは軽かった、とか、
軍人も家族も皆、いたわりあって生きていたんだとか、
矮小化されたキャラクターがないのがすごいとか、
感想の端々が浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・。


いやあ、繰り返すが、こんな映画は初めてである。

これはもう一度劇場に足を運ぶしかあるまい。


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作品 

2011年11月26日

しょっぱいエントリーですいません!
前回のアジョシ感想を少し追記


アジア映画の謎の答えはたった1つ。
日本映画の謎の答えは数多い。

前者は単式、後者は複式というわけだ。

今は、輸出を前提にした単式コンテンツが非常に勢いがある時代である。
だけど、複式解答コンテンツにも、もちろんいい面もあると思うのだ。

その好例がプロレス。
韓国にも一応プロレス団体はあるのだが、あいかわらず火が付かない。
逆に、日本では日進月歩で団体が増えるばかり。もちろん利益も細分化されちゃうが、それでもなんとか成立するような体制(例えば使用料が安い会場、USTREAMの活用)と結びついて、飛び出してくるのがスゴイ。
なによりファンの世代交代が進んでいる。これは健全な証拠だ。

プロレスって、あれほど想像力で観るエンターテインメントもないと思う。
なぜあそこで殴る?技を受ける?
プロレスの答えは、見た人の数だけ存在する。
喫茶店や居酒屋で語れるエンターテインメントの極地がプロレスってわけだな。
俺に言わせりゃ、そりゃ、古来からある「お能」や「庭」に結びついているんじゃないかと言いたくなるんだが。


ガラパゴスと経済新聞が揶揄する日本のコンテンツ産業だが、
なにかこう地の下にうねるマグマのように、どろどろしたエネルギッシュな
それでいて日本からしか発信できないようなコンテンツの形というものがあるような気がするね。
これが噴火したら、ものすごい勢いで天を焦がすと思うんだ。


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2011年10月31日

みんな集まれ〜予告していた予告編集再現コーナー、はっじまるよ〜(カータンの声で)

まずこれ。エセロリータ物の「ザ・ロリータ<<姦通>>」の登場だ。

「異常行為」のタイポグラフィの妙を堪能しよう。

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(この項続く)



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2011年10月06日

R.I.P.
http://www.apple.com/stevejobs/

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2011年10月04日

前エントリーからの続き)
で、肝心のアジョシの感想はどうだったか。

R15ということで人体破壊のバイオレンス度も高かったのだが、悲壮な主人公ほどに心を引き裂かれる思いには至らず、心地よいエンディングと相まって、まあ多少微妙な部分は残った。
ただ、これが大切なのだが、ハっとさせられるような素晴らしい演出が2つあり、別腹を含めてごちそうさまを献上したい映画と言えた。満腹以上に満足できることが、メタボな今の時代には健全じゃないだろうか。

さて、2つの素晴らしい演出とは何か?結局そのすばらしさを語りたいがためのエントリーだったりする。


”未体験な映像体験”と言えばマトリックスを思い出すが、ひとつはそれに近いかもしれない。
主人公が追われて窓をぶち破るシーンがあるのだが、ぬわんと、主人公を追うカメラマンもその後を追ってガラスのぶち抜きをくぐり、路上に着地するのである。
だから一体感がはんぱない。うぉ!と腰を抜かさずにはいられなかった。
これ、CGなら簡単だろうが、アジョシは全編CGとは無縁のアクション映画。手持ちカメラで有名な深作映像のハードコア版を見た思いで魂がゆさぶられた。

一方、プロデューサー的視点でさらに感心させられたのが次の点。
あまり言うとネタバレになってしまうが、このブログを見に来るカオルコさんファンとは客層が違うだろうから、さしさわりない程度で解説する。

終盤、この映画のヒロインが最大の危機を迎え、生死不明におちいる場面がある。
もちろん、観客はこの映画の流れからして、最後はハッピーエンドが待っていることには感づいてはいるのだが、まったく逃げ道が見えない展開に、はて、どのようなマジックで切り抜けるのか?と気になってしかたがない。
そしてオーラス、いよいよその種明かしがなされるのだが、待ちに待っていたその種明かしが、まるで答えになっていないのだ。

「じゃーん、こういうわけだったんです〜」
「・・・・・・はあ?」
そんな感じ。
だから、たいてい首をかしげたまま劇場を後にすることになる。

そして、喫茶店やレストランで、一緒に見た人達とに「彼女はどうやって助かったの?」「あれってどういうわけ?」と語りあわずにはいられなくなるのだ。
で、よーく考えてみれば、彼女を救った意外な人物の姿がうかびあがってくることがわかる。いわば状況証拠の一本道。答えこそ示されなかったが、彼女を救ったのはあの男以外に考えられない筋だてなのだ。なるほど!してやられたあ!と、皆が笑顔で興奮している様は想像に難くない。結果的に、アジョシという映画への思いはますます深まるという仕組み。うまいよねえ。すごいねえ。

これは、エヴァやSPECのような、和物で一世を風靡した答えが何通りにも解釈できる謎解きとは似て異なる。SPECの謎にはしかめっつらしか残らないが、アジョシの答えは必ず笑顔を呼ぶだろう。この明快さこそ、BSで中高年の心を捕らえて放さない「トンイ」などに通じる、昨今の亜細亜演出の強さではないか。


最後に月並みではあるが、予算が無い、天気が悪い、役者のスケジュールが合わいなどというエクスキューズがTwitterなど電子メディアでばらまかれ、劇場で不満足に終わるも「まあ、ああいう事情じゃしかたないよなあ」と帰路につかせる日本映画の現状を、俺らは振り返って心配してしまうわけである。
アジョシは昨年の韓国動員数no.1だという話だが、俺たちにはそんなことは関係ないし興味も無い。逆にくだらん予備知識がなかっただけに、よけいに楽しめたのではないかとさえ思う。

過剰な事前情報など今の時代に逆風なんじゃ無いか。
え?興業でその考えはだめかね? やっぱり?

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作品 

2011年10月01日

セレクトイマージュ予告編をひとまず置いて、ここで1本映画レビューを上梓させていただく。


「アジョシ」という映画を見てきた。
東宝と比べて海外物に弱い東映が、良質な国際映画の買い付けと配給を目的に8月に発足させた新レーベル「東映トライアングル」、その第一弾がこのアジョシというわけである。
映画人口が回復してきたとはいえ、T-JOYの増築やら映画村の改築などでまだまだ懐具合が苦しい東映。金のかかるハリウッド超大作ではなく、それなりのお値段でそれなりに集客が見込る映画はないもんかのう?おっさん。おおそれならここはやっぱり韓流やで。ってな感じで、「トライアングル」配給の第二弾もジャッキーチェン主演の大作らしい。


イケメンと銃撃戦と家族愛、そうそう忘れちゃならない携帯電話。男たちの挽歌(2010)&総指揮ジョン・ウーでいちやくトップに躍り出た韓流ノワールは、過激な暴力描写に加え、起承転結がまとまり安定度が高く、老青男女にも受けが良いという印象だ。
何より、トランスフォーマー的なハリウッドの放つCGや世界感に飽いてきた俺たちに、新しい空気感を見せてくれるのが大きな魅力ではないだろうか。新しい体験。そう、俺たちはテレビの続きを見たいわけじゃないのだ。木戸銭における木戸とは、昔っから非日常の扉を示していたはず。読者を異世界に誘う必要がある作劇者ならなおさらのことだ。


ところで、韓国という日本と同じような顔立ちや都市が舞台では泥臭すぎて、やっぱりハリウッドの方がトリップできるんじゃね?といぶかる人もいるかもしれない。俺も恋愛映画ならそうかもしれない。
でも、この手のバイオレンス映画における、人身&臓器売買、麻薬密売、組織抗争といった身近な生活のすぐ隣に位置する地獄に対して、観客は究極のリアリティと同時にフィクションであってほしいというパラドックスを深層で持ち合わせているのではないか。その矛盾にほどよく対応できるのが亜細亜系ノワールかと思うわけである。
いわばズレを欲する感覚。骨格のまるで違うハリウッド映画では最初からズレなど生じないものね。

ヤクザ映画じゃ泥臭すぎる、ハリウッドやイタリア映画じゃバタ臭すぎる。そんな東映のNEO任侠路線というべきクラスタに合致したのが、昨年韓国興業収入no.1でもあった「アジョシ」というわけだ。

(続く)

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作品 

2011年09月18日

予告編1
「1秒間に4ストローク!」「肉にしみいる このうまみ!」

え〜、お騒がせしております。
セレクトイマージュビデオの巻末に、たまに(※運がよければ)ついている予告編の”あおり”でございまする。


セレクト・イマージュの予告編は、ビデオ化に際して新規に作られたものではなく、劇場用予告編を少しだけ修正して収録したものでとなっている。
通常アダルトビデオの予告編なんて、100円ショップの袋に勝手に入れられている広告がごとく用無しなんだけど、こちらは「おお、今回は当たりか!」と胸ワクになるのだ。


全体的に低予算ポルノのくせに、オールスター大娯楽活劇のノリであおってくるのが見どころ。
大時代的コピー。消化できていないカタカナ英語。チープなアニメ処理(これはいずれ静止画で再現してみようと思っている)と、ギャップに因するへんてこさの連打がとにかく愉しい。

このはずしっぷりは、真っ暗な劇場で見る分には空気をあわせるしかないんだけど、家の明るい個室、特に男同士で酒飲みながらだと別の回路でガッチリはまる。バッファロー吾郎やケンコバの”男受けお笑い”ファンにはおすすめだ。


もちろん、昭和期風俗をバカにしているわけではありません。
インターネットはおろか、アダルトビデオさえも世になじみがなかった時代、
想像力をかき立てる大上段なあおりこそが、観客を興奮させ来場させる最強武器だったわけですな。
(続く)


※画像はビデオのキャプチャではなく、俺が手書きでトレースしたものです

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作品 

2011年06月22日

・・・をやろうと思うんだが、録画しておいたDVDが無い!
いつも必要な時どこかへ行くなあ。誰か見ているのか?

探していたら、出るわ出るわおもしろい番組が。
関西テレビでやっていた、鉄筋BASEスペシャル、モンスターエンジンってのも出てきた。
震災以後、お笑い番組が減って久しい今日この頃。
だがあまりさびしくないのはなぜだろう。



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2011年03月21日

東北・関東大震災で日本全体を深い悲しみが襲った。
俺の知人も大きなダメージを受けてしまい、共に悲しみと憤りの連続だったが、発生から10日も経ち、ほんの少し明るい兆しも見えてきた気がする
(もちろん彼と俺にとってはってだけで、未だ被害の真っ只中で苦しまれている方々を思うと胸が痛む)。


そんな俺がこの10日間注目してきたのは、メディアと震災の向き合い方。特に未曾有の大災害の中にあって、人の心を動かす手法は何なのか?をクールに探ることが、作劇者としての宿題だったように思う。

テレビ?大衆紙?ソーシャルメディア?ブログ?ラジオ?エリアフリー化したradiko?タレント?ミュージシャン?活動家?政治家?各スポーツ選手?各所属組織?宿泊所・ホテル?身近な人?家族?友人?知人?

そんな中、昨日もっとも俺の心を揺さぶったのが、サンボマスターなるロックバンドが、レコード会社やライブ主催者の自粛要請をふりきって「けど、俺たちはロックンロールバンドだから」と観客の前で熱唱し、大喝采を浴びたことだった。

勇気。信念。愛情。信頼。
そして冷静に解析するならば、人の心を揺さぶりたいと思うならば、ルールという一線はぶちぬけというわけ。これ、昔から色んな人が言ってきた。俺も教わったはずなのにすっかり抜け落ちていた。まったく腑抜けだぜ。

とにかく、これはロックンロールの持つ本質というよりはサンボマスターという個の愛だよな、などとまとめるようとしていたところ、これを蹴散らすような衝撃が、今ラジオから飛び込んできたので、ちょっとそれを書いてみることにする。

番組はNHK「ラジオ深夜便」である。もちろん全国放送だ。
上品なアナウンサーが投稿者のお便りをこんな風に紹介している。

『そろそろ被災地の方も癒しの音楽が聞きたいことだと思います』では、この曲をお送りしましょう。
日向敏文さんのピアノで『やさしく歌って』


・・・で、美しいピアノの旋律が流れてきたのだが、

おいおい、その曲の原題は「やさしく殺して」じゃねーか!!


ピアノソロだからわかんないのだろうが、これ、原曲では、ボーカルがサビで「キリング・ミー、ソフトリ〜(Killing me softly)♪」って連呼するんだぜ

いやあ、ぶっとんだ。
もっと違う癒しの曲はなかったのかよ。

まあ、ルールという一線は、こういう角度からもぶち抜けるってことだ。







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作劇日記 

2011年03月11日


ポニーキャニオン公式ムービーより。
エクスペンダブルズってR15なんだそうだ。

あら、この中央で、毒のないコメントを発していらっしゃるのは・・・。


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アクトレス | 作品

2011年03月08日

hara

やたら黒率が高いひと。

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アクトレス 

2011年01月30日

1/31(月)、いよいよ決戦日が近づいてきた。
詳細は言えんが、まあ、俺のアジアカップ決勝戦とでも考えておいてくれ。
目指せ初勝利。


2月からはまた絵を披露する予定。

実際、前回のエントリーから、プライベートですら絵を描けていない。
たまに人の作品に手直しはしているが・・・
それって、作曲者じゃなくリミキサーだよなあ。
細野さんが言ってた。「リミックスアルバムは楽そうだって」。
いけません、いけません。


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その他 

2011年01月24日

21日(金)、寛平師匠、いや、寛平ちゃんが遂にゴールした。

書きたいことは尽きないが、一番身にしみたことがこれ。
本物はすごい、違う、素晴らしい!ということ。

一方、提供番組のCFは、元気のない日本の大衆に迎合した、CG全盛のやさい演出やコピーばかりが並んでいた。

いや、わかる。みんな金が無いんだ。
苦笑いでつくろった上っ面が、寛平ちゃんのスケールの大きさに透けて見える夜だった。

そうとも、誰がこんな状況に満足なんかしているものか。

もうすぐ日が昇る。
明けない夜は無い。
(♪RUN 寛平 RUN)


体内には寛平ちゃんからもらったリアルが満タンだ!
みんながんばれ!
塗り固められたウソを吹き飛ばせ!
ロックンロールの大逆襲はこれからだ!


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2011年01月08日

正月には必ず映画を見る俺。
今年はリドリー・スコット監督、ラッセル・クロウ主演の「ロビンフッド」目当てに劇場へ行く。
公開後すでに一月。チケット待ちの列のお目当ては、もっぱら話題作「バーレスク」で、レジで座席確認画面を見たら、案の定、中規模スクリーンに観客は7、8人ほど。

難しい映画だ。
確かにおもしろかったのだが、どこがおもしろかったと指摘するのが非常に難しい映画だ。
ストーリーが凝っていたのか? いや、さして山谷があるものではなかった。まして、ラスト寸前のあれは完全に蛇足というものだった。

では迫力があったのか? 確かにすごい迫力だったが、今時の洋画は最低あれくらいやってもらわないと困る。
ならば、リアリティが圧倒的だったのか? いや、子供たちだけが森で生きている世界などありえないし、マイクもない時代に、群集の中であんなにひとりひとりの会話が通るわけがない。勝新ならいちゃもんつけるはずだ。


どんなもんか。いろいろ考えた。
真っ先に思ったのが、日本の観客が感情移入できるキャラクターが劇中誰もいないということ。
少なくとも、正統派美男子、美女というのがここには登場しない。
ラッセルのひん曲がった表情や、ケイト・ブランシェットのお后キャラは、ロビンフッドの世界よろしく、文字通りアウトローの集まりといった感じだった。

主演のラッセル・クロウはじめ、どのキャラクターも実に抑えた演技である。
渋い。
つまりわかりやすくない。
”わかりにくい”のではなく、お子様に受ける登場人物がいないということ。
いまどきの萌えの感覚、または、日本人におなじみのお約束的作劇の香りがまるでしない。

たぶん・・・。どうやら、そこが俺が今回一番おもしろかったところなんだと思う。
そもそも、バーレスクにしろ、ヤマトや相棒などをチョイスしたくなかった理由は、わざわざ劇場に足を運んでまで、日常で見かける起承転結が約束された作品など御免こうむりたかったからだ。


いまさらロビンフッドなんて見たくない。ふつうの人ならそう思うだろう(だから観客7人なんだが)。
だけど、ブレードランナーのリドリースコット監督ならは、そこに新しいものを出してくれるに違いない。ポイントはそこだ。そんな期待にチケット代を支払ったのだ。
はたして今回それにあたったのは、21世紀のロビンフッドという映画よりも、むしろ、全体を流れる役者たちの抑えた演技に育まれた、不思議な説得力だった。
物語のリアリティというより、役者が生み出すリアリティの豊かさ、骨太なキャラクター感覚とでもいうべきものかな。
一通りの美男美女がいない理由もたぶん底でつながっているんだろう。

で、その夜、たまたま流れていた「只野仁スペシャル」を見て、よりそのことを強く感じざるを得なかった。
美男美女のキャスティング。「冥土の土産に聞かせてやろう」から始まる、えんえんと自分の悪さを語る敵ボスに代表されるような、昭和仮面ライダー的な、大江戸捜査網的なお約束の世界。
只野仁がどうというのではない。テレビドラマの映画版だって、ヤマトにしろ相棒にしろ、今度公開されるグリーンホーネットだって、今の大衆が求めているのは、結局そういう安全パイってことだってことなんだろう。テレビの延長を劇場でみたいのだ。安心だから。

でもそれなら、劇場じゃなく、エコポイントで買った液晶大型テレビで見りゃいいじゃん。
発奮を求めて、俺は毎年正月に映画を見る。
映画とはそういうもんじゃなかったかね。




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作劇日記 
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朱 猿比(しゅ えんぴ)
卑猥じゃないポルノ系web。そんなのが作りたかった俺。作劇塾もよろしくね。
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