二〇一七年卯月四日

おはようございます。

昨日よりも元気な朝陽に照らされまして、ますます輝いている私であります。


 「ますます輝いてるだと?世の中のハゲをバカにしてんのか?」

とのことでございますが・・・


かっこいいハゲを目指して、日々自分を磨き続ける私であります。


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さて、農家の皆さんの多くは、

 「よーし!俺は明日から農家になるぞ!」

という意気込みを持って、ある日を境として農家になった方は少数派だと思います。


と申しましょうか、この日本国内にはあまりいらっしゃいません。

農家の多くは世襲制だからであります。


どちらかといえば、「いつの間にか農家になってた」みたいな方が多そうです。

強いて申しますと、農家の次男坊・三男坊あたりが予期せず農家になったところくらいかもしれません。


それでも農家の皆さんには、

 「いずれは俺も農業やらなきゃなあ」

などと思いながら育ち、大人になっていった方の方がはるかに多いでしょう。


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ここで大きな問題が発生するわけです。


世の中で事業をなさっている方というのは、どちらかといえば、

 「よーし、俺も今日から商売人だぜ!」

といった決意をする瞬間があったわけです。


農家と同様、そのような決意もなく事業主となる方もいらっしゃいますが、大抵は前任者(当人の直系尊属であることが多い)による後継者教育期間(または修行期間)が置かれます。

しかし、農家の場合には前任者自体に確たるヴィジョンが設定されていない場合も多く、その他事業主と比べますと、スタートラインに立った時の認識が異なる場合がございます。


よって、敢えて当記事のタイトルとなったような設定をすることが有用であるわけです。


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ここで、

 「第一歩とは何か」

という議論に移ります。


事業のスタートラインに立ったとき、事業主は「あること」を決めなければなりません。


例えば、

 「誰に何を提供するか。どうやって提供するか。何が喜んでもらえるか。」

といったことであります。


これらのことを、経営学では

 ・経営理念
 ・経営戦略

などと申します。


さらに具体的には、

 ・行動指針
 ・活動目的
 ・理想の姿
 ・価値観

といった事象を具体化し、文章や図形に落とし込んでいく一連の行動であります。


なお、前記直系尊属などから日夜OJTによる指導だけを受けて、無形の経営理念や経営戦略が存在し受け継がれるケースもございます。

こちらのことを、「社風(農家の心意気)」「組織文化(農家のやり方)」などと申します。


しかし当ブログでは、敢えてこれらを明文化したり図形化することの重要性を説いてまいります。


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経営学理論におきましても先は長いので、ここで一旦区切ります。


つきましては、立ち止まって

 ・経営理念
 ・経営戦略

を描いてみましょう。


これは文章でもよろしいですし、図形でも構いません。

また、新しく作る必要はなく、今まで営んできたご自身の信念や価値観を書くだけでよろしいかと存じます。


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ここで、

 「おいおい、すでに存在する経営理念てのは、書き換えても構わねえのか?」

という疑問が生じたと仮定します。


このケースですが、まったく問題ありません。

ただし、一つだけ注意点がございます。


経営理念とは、あくまでも「スタートライン」に立ったとき設定するためのものであります。

ですから、経営理念を書き換えるというのは、

 「もう一度スタートラインに立ち返ること」

になります。


スタートラインに立ち返って経営理念を書き換えたのに、もしも従来走ってきたのと同じルートを走っていたらヘンですよね。

これからは全く違う道や時間を歩んでいくことになります。


経営理念を更新するというのは、それくらい重要な意味を持っています。


二〇一七年卯月三日

おはようございます。

数日ぶりに東方面からの朝陽を浴びる夜明けを迎えております。

清々しいですなあ。


しかしながら、毎朝の服装選びだけはめんどくさい日々が続きます。

春物じゃ寒い陽気ですし、着すぎれば汗かいちゃいますし。


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さて。

農家も事業家であります。

事業を営む領域が、たまたま農というだけのことです。


ここで、事業経営の目的とはなんでしょうか。

ちょっと考えてみましょう。


もしも利益が常にマイナスだったなら、その事業に永続性はありますか?

毎年10億円の損失を出し続ける農家さんは、何十年も農業を続けられるんでしょうか。


私がブログでいちいち書くまでもなく、それは無理なことです。


ということは、裏を返しますと

 「事業経営とは、利益を生み続けなければならない」

という事実が証明されることになります。


これを否定すると議論になりません。


ただ、悪事を働いて利益を稼ぎ出しても、社会全体として豊かになることはありません。

例えば世の中全員がドロボーだったなら、ドロボーどうしがドロボーし合って終わりです。


ですから、利益を生み出し続ける根拠として、

 「付加価値を生む」

という要素が必要であることがわかります。


つまり、「事業経営とはどういうことか」について真正面からぶつかっても、唯一の答えにたどり着くことはありません。

しかし、「これでは事業経営にならない」という観点から反証していくと結論が見えてきます。


すなわち、

 「事業経営とは、資源を元手にして付加価値を生み、適正な利益を獲得すること」

であることがわかります。


この国では、適正な利益を獲得すること自体を卑しいとする方もいらっしゃいますが、それは資本主義経済という仕組みそのものを否定することになります。

それはそれでよろしいのですが、このニッポンという国家に産み落とされた我々は、現行の憲法や法規制を遵守し、地域社会の取り決めを尊重し、社会の一員として貢献してゆくのでございます。



二〇一七年卯月二日

皆さまおはようございます。

新年度初日の4月1日はいかがお過ごしだったでしょうか。


私の周囲ではお二人の入社式がございまして、それぞれめでたい門出となったようであります。

業種にもよるんでしょうか、たまたま4/1が土曜日でも入社式が行われるんですね。


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さて、当ブログでも「農家のための経済学」というセクションを無事に終了いたしました。

 「ナニ?あれで講義のつもりかよ」
 「中身ねえな、一体何様のつもりだよ?」
 「おいおい、こちとら貴重な時間使って見てやってるんだぜ?成績表くらい出せよ」

とのことでございますが・・・


経済学の勉強など、誰でもどこでも可能ですからね、これからも各自で勉強を進めてください。

そもそも私は講義を執り行う能力など持ち合わせていないんですよ。

ですから、経済学の講師や教授にお願いして教えてもらってください。


いま、経済学の勉強が流行ってるんでしょうか、書店のゴールデンゾーン(注:のちに学ぶ予定)では経済学を学ぶための書籍が多数並んでおります。

 「経済学を学ぶ」

などと語る時点で頭痛が痛いわけですが、著者の皆さんも常用してるので、まあ頭痛が痛くても特に構わないんでしょうなあ。


今年紹介する7つの極意におきまして、経済学というのは最も独学する環境が整っているとともに、独学者の努力が如実に成果となる科目でございます。

各種ビジネス系の国家試験には必ず登場する経済学ですから、10日くらいかけて真剣に学んでおくと後でいろいろ得する学問領域と言えるでしょう。


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さて・・・

もう一度、当ブログにおける本年度のカリキュラムを確認いたしますと、

 \治学・経済学と農業(弥生)
 経営理論を考慮した農業(卯月)
 2餬從澄財務論からみる農業
 こ銅鑠ゝ制と農業
 ド堝飴困版清
 κ狆譟η清筏ヽN爐留娠調浜技術と農業
 С銅鐓霾鵐轡好謄爐版清


となっております。


まさに4月に入りましてから、まるで予め計画してあったかのように新テーマへと移ります。

当ブログ当年記事が、皆さまにおける「オトナ再学習」のきっかけになれば幸いでございます。


二〇一七年弥生三十日

おはようございます。

肌寒い朝が続いておりますが、皆さまお健やかにお過ごしでしょうか。


この時期になりますと、先代のことを思い出します。


ちょうど今頃の陽気の時、室内廊下や道路を歩いていて履物が一歩ごとに脱げてしまったり、通路脇の壁にぶつかってしまったりと・・・町医者からは脳梗塞の疑いとのことで大病院を紹介されたのでございます。

実際には脳梗塞ではありませんで、そのまま治癒することもなく闘病の末に亡くなりました。


まだ若造だった私には修羅場でしたなあ。

世の中では、それぞれ人の数だけ様々な人生を皆さまが背負っていらっしゃるわけでして、何とも物悲しくなったりいたします。


それでも新年度入りすればまた世の中の空気も変わるんでしょう。


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さて。

昨日はA、Bという2財を考えた時に、「余分なお金が入ったらA、Bの売上はそれぞれどうなるの?」といった内容でしたが、もう一つの概念は、

 ・AとBしかない市場のうち、Aだけが値上げ(または値下げ)されたら、売上数量はどうなるの?

というものであります。


経済学では、前者を「所得効果」、後者を「代替効果」と呼ぶそうです。

本来、これらは見かけ上区別することができないのですが、旧ソビエトのスルツキーさんという学者が所得効果と代替効果とを分解して解析する「スルツキー分解」という経済分析手法を提唱したのでございます。


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スルツキーさんのおかげで、ミクロ経済学はまた一つ大きく進歩したのであります。

スルツキー分解によりまして、

 ・上級財
 ・下級材
 ・下級材における下位概念のうち、ギッフェン財

という財が見つかりました。

と申しましょうか、財を新しい分類で区別することができました。


当ブログでもかねがね申し上げていることですが、知識とは

 「物事を区別し、それぞれの特徴を説明することができる能力」

であります。


この観点から申しますと、上記上級財をさらに分析することで、知識が向上していくわけです。


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ところで・・・

本日まで、マクロ経済からミクロ経済までの流れで進んでまいりました。


しかしながら、

 「おいおい、農家の経済学がテーマだろ?何でこれやってんのか意味わかんねえ」

とのことでございます。


実は、世の中とは

 「どうなるかわからない」

ものだと私は考えております。


だから、

 「この先、日本経済は良くなるのか?国民所得は増えるのか?」

について、どうなるかは誰にもわかりません。


ただし、例えば中央銀行政策である金融緩和の結果としてどうなるかは、確率論としての「確からしさ」が一方向へ収束する方向で動くことになりますので、見通しが効くようになります。

また、政府がどれくらいどの方面に財政出動するか、その結果としてどうなるかも同様であります。


ですから、かつての民主党政権さんのように「何を考えているかわからない政府」「コロコロと何をするのか予想がつかない政府」のようなケースだと、社会が混乱する結果として経済指標が悪化しやすくなります。


でありますから、これらの時に自分が世の中に提供している財(またはサービス)が上級財なのか下級材なのかによって、対応がそれぞれ変わってくるわけです。


また、市況が上向く状況であれば、

 「本来は下級材であるけれど、売り方や商品形態を少し改変することで上級財を目指してみよう」

といった戦略を組み合わせることが可能となりますね。


経済学自体は農業を含む商売全般に直接の利得をもたらすわけではないです。

しかし、その知識を得ることで、戦略の選択肢は格段に広がってくるわけですね。


手っ取り早く儲ける方法をネットで拾いたい、というニーズが多いんですが、実はそういったノウハウというものは、そのままスライドして活かせるわけでもないです。

だから、まずは知識を増やして進む道の選択肢を広げておき、その中から知識による「将来の確からしさ」を懐中電灯として進むべき道を明るく照らし、最短距離で目的地に辿り着くというのが「ともぞう的農業経営理論」であります。


二〇一七年弥生廿九日

おはようございます。

いやあ、今朝も肌寒いですなあ。


そういえば、普段から地球温暖化で盛り上がってた方々はこの時期何やってるんです?

こういう異常低温の時期にこそ熱心に活動しないと、いかにも嘘くさい話でしょ。


実は・・・

 NASA.gov

March 23, 2017 NASA’s SDO Sees a Stretch of Spotless Sun

For 15 days starting on March 7, 2017, NASA’s Solar Dynamics Observatory, or SDO, returned visible light images of a yolk-like spotless sun. This is the longest stretch of spotlessness since the last solar minimum in April 2010, indicating the solar cycle is marching on toward the next minimum, which scientists predict will occur between 2019—2020.

The sun goes through a natural 11-year cycle marked by two extremes: solar maximum and solar minimum. Sunspots are dark regions of complex magnetic activity on the sun’s surface, so the number of sunspots at any given time is used as an index for solar activity. Solar maximum is characterized by intense solar activity and the greatest sunspot number. Conversely, during solar minimum, the sun is least active and sunspot number is at its lowest. Solar activity, however, does not end as sunspot number decreases toward minimum. There are other sources of solar activity such as high-speed streams of solar material from coronal holes, which spark aurora and other space weather effects.

The SDO images here compare the sun on March 20, 2017, and February 27, 2014, during the last solar maximum when the sun sported numerous spots.


byともぞう
NASA機関のSolar Dynamics Observatory(いわゆるSDO)は、2017年3月7日からの15日間にわたり卵黄状に可視光撮影した太陽について回答した。それは2010年4月以来の長期極少の黒点状態を示唆しており、太陽活動の周期が次の極少に向かっていると考えられる。科学者たちは、それが2019-2020年に起こると予測している・・・・・以下省略(英語ならびに天体に関する知識を有していないので、誤訳の可能性があります)


とのことでございます。

もうすぐ同じメンバーによる地球寒冷化ビジネスが来そうです。


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さて、例えば追加の100万円を手にしたとき、皆さんなら何に使います?

 「おいおい、金なぞ使えるわけねえだろ!もちろん老後のためにとっておくんだよ」


・・・とまあ、80才代の方々が井戸端会議で申し合わせる時代でございます。

そりゃ、デフレ脱却も景気回復も遅れるでしょうな。


昔の若者ならば「酒を飲むか麻雀するか」程度だったと思うんですが、これがバブル期になりますと

 「ドンペリ開けるかハワイ行くか」

みたいになりまして・・・


今の若者たちは、

 「貯蓄するか奨学金繰上げ返済するか」

などという噂もございます。


え?

オススメなカネの使いかた、ですか?


そりゃ、「自分への先行投資」ですよ。


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で、いろいろと目移りしても困るので、ミクロ経済学では「2財モデル」を使います。


つまり例えば、

 「追加の100万円があったとき、今年はAとBのどちらをどれだけ買うか」

という考え方をするそうです。


このとき、「貯蓄」という選択肢もあるんですが、これは「来年以降に繰り越して、将来AとBのどちらを買うか」というのと同じ意味になります。

お金というのは、もしも永遠に使わないのならば何の価値もありませんから、死ぬその瞬間まで貯蓄してあるのは最も無駄な(愚かな)お金の使い方であります。


この辺りの細かい内容は、書籍で勉強するのがよろしいでしょう。




そうそう、

 「本を買うのに数千円出すのは勿体無い」

という方に出会うことがあるんですが、例えば身銭を切って1,000円出して増やした知識というのは、将来数万倍くらいになって返ってくるんじゃないかと思います。

ダメダメな本も出回っているので注意は必要なんですが、インターネット情報と異なって出版コストという篩い分けが入るので、信頼性は書籍の方がはるかに高いです。


というわけで、以下、上記書籍程度の経済学知識をベースとして話を進めます。


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当カテゴリでご紹介しているのは「農家の経済学」ですから、AとBに何を持ってくるのかが経営戦略を考える上でのノウハウとなります。


例えば、米農家さんの場合だと

 A:米
 B:ハワイ旅行

といった検討をするならば、ちょっと経済学的思考をする場合にはトンチンカンです。


ならば、

 A:米
 B:大根

だとどうでしょう。


これも少し意味不明じゃないでしょうか。


え?

何言ってるのかわからない?


いやあ、困りましたな。


例えば、

 A:贈答用の米
 B:贈答用のジュース

ならどうでしょう。


あるいは、

 A:ハレの日に食べる米
 B:ハレの日に食べるピザ

ではどうです?


少しづつ経営戦略が見えてくる気がしませんか?



二〇一七年弥生廿八日

おはようございます。

あたり一面、霜で真っ白な朝を迎えた神奈川県であります。


 「ナニ?俺も神奈川県民だが、霜なんか見ねえぞ?」

とのことでございますが・・・


霜柱は大地にできるということをすっかり忘れちゃってるんじゃないですかね。


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今日は3月28日(火)、すっかり年度末モードに入っております。

工場や店舗の現場担当者などなさっている方々は、恒例の「棚卸し」が眼前に迫っていて憂鬱なんじゃないでしょうか。


上場企業などですとキッチリ在庫監査が入りますからね、一時も心が休まりません。

公認会計士さんとしましても、もし見逃しでもあれば社運にかかりますから必死です。


そうそう、経理担当者さんもこれから試算表作ったり原価計算したり大変でしょうね。


うちの近くのドラッグストアさんでは陳列棚の売り切れが目立ってましてね、その脇では山積み在庫品のセールやってました。


え?

私、ですか?


いやあ、セール品をゴッソリと買い込みましてね、部屋の中がお菓子やらラーメンやら賑わってますよ。

Win-Winでいいじゃないですか。


先週は、楽器屋さんの店頭で売れ残っていたドラムセット(現品限り)も買っちゃいました。

実は生まれてこのかたドラムやったことは一度もないんですが・・・


ま、いっか。


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かねがね当ブログでも申し上げていることなんですが、私は、生まれてからずぅっと貧乏人でした。

こんなことを書きますと、まるで今は貧乏人じゃないみたいなんですが、基本は今でも貧乏人です。


私、いろいろな方々とお付き合いしてまいりましたが・・・

この世の中で、「持っているお金の量」と「金持ちそうに見える外見の度合い(特に所持品)」との相関性は、子供の頃に想像していたよりも小さいです。


あの頃、金持ちってのを想像しましてね、

 ・毎日ナイフとフォークで分厚い高級ステーキ食ってる
 ・庭で大型犬を飼ってる
 ・自家用車はベンツの大きいやつ
 ・いつも仕事してて、あまり家にいない

だと思ってました。実際には、

 ・毎日、貰い物の野菜や自然食材を食ってる
 ・娘が小型座敷犬飼ってる
 ・自家用車はカローラ
 ・いつも先行投資していて、大抵は家にいる

といった印象もございます。


しかし、一部ではお金持ちの生活が子供の頃のイメージ通りだと感じることもありまして・・・

例えば、

 ・お手伝いさんが家にいる
 ・子供の教育に十分な時間とお金をかけている
 ・家周りが綺麗

などがございます。


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私は生まれてからずっとバブル期も含めて貧乏人でしたから、スーツ着てキラキラした外車を乗り回してバリバリ仕事して週末になると軽井沢の別荘へドライブ、みたいなのがカッコいい大人の生活だと思ってました。

いや、今でも十分に憧れてます。


でも、世の中に存在するお金持ちの中で実はそういう生活をなさっている方が少ないということを知ったのは、それほど昔のことではありません。

もしも私のような貧乏人がカネを手にすれば、恐らくは散財して一文無しに逆戻りしそうです。


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ちょっと長くなったので区切りますが、経済学ではこういった嗜好についても説明されるようです。

徐々にこのような話へと入っていきます。


二〇一七年弥生廿六日

うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおーっ、キセ殿ぉ!横綱、日本一ぃ!

大相撲大阪場所にて目出度く横綱稀勢の里が優勝であります。


いやあ・・・

今晩の酒は旨いですなあ。

こんな気合入った日本出身力士は貴乃花親方以来見てませんよ。


え?勉強?

そんなの、また気が向いたらやればいいでしょ。


今日は祝杯ですよ。


二〇一七年弥生廿四日

おはようございます。


昨日は19時からのNHKニュースを冒頭から視聴しました。

なにしろ、敬愛なる武田アナウンサーが今月をもって番組キャスターから外れるからであります。


いやあ、武田アナといえば絶大なる安定感に加え、東日本大震災の時も冷静沈着なアナウンスをNHKの顔として伝え続けた逸材であります。

もはや「この人はいつ休み取ってるんだ?」といった印象もございまして、まあ、大きな組織というのは武田アナのような方が支えているというお手本であります。


彼は管理職としての経験も長く、これからは高井アナ・瀧川アナ・高瀬アナなど、将来期待の後進育成にも更に時間をお使いいただきたいと存じます。


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一方、その頃・・・

 民進党謝蓮舫 「昭恵夫人の証人喚問を政府に求めていく」蓮舫代表

とのことでございます。


まあ、仮に総理大臣夫人が選挙区外の私学へ100万円を寄付していたとして何ら問題もない事案ですし(というか、私学など経済界多方面からの寄付金がなければ成り立たない)、なぜこんなワイドショーネタで国会も電波も独占しなきゃならんねん、といった状況でございます。


そうそう、謝蓮舫といえば・・・


中華人民共和国と日本国との二重国籍疑惑が渦巻いておりまして、未だに

 「日本国の野党第一党党首が実は未だに第一仮想敵国の国籍保有者である」

という、あのゴルゴ13でもネタとしてバカらしすぎてありえないような疑惑設定であります。


もちろん行政府は蓮舫の二重国籍疑惑の真偽を把握しておりますが、ここまで温存しているわけです。

まあ、幾度となく事情を説明している一私人を次々と証人喚問させるなら、まずは疑惑を何も説明することなく逃げ回ってる自分が進んで証人喚問を受けるよう、設定すべきでしょうなあ。


と申しましょうか、毎日のように鬼の形相で他人批判に明け暮れていて、日本人として恥ずかしくないのかちょっと心配です。


それはさておき武田アナ・・・

あと一週間ですが、がんばってください。


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昨日、限界費用のお話をしました。

限界費用とは、「追加で1単位を生産するための追加で発生する費用」ですから、ある費用関数を「ある生産量で微分したもの」が接線の傾きを示し、それが限界費用となります。


この「接線の傾き具合」をプロットしたものが、いわゆるU字型の限界費用曲線となります。

U字の一番下側のところが、上記接線の傾きが一番小さい点でして、すなわち限界費用がもっとも小さくなる生産量でございます。


 「おいおい、それじゃ企業は限界費用が一番小さいところで生産すればいいんじゃねえか?」

とのことでございますが・・・

結論から申しますと、経済学の説明では違うそうです。


なお、経済学者らは・・・

 「(財の)価格=限界費用となるように生産量を決める」

と説明します。


つまり、米農家さんの事例ですと・・・

 「お米の値段が500円/kgであれば、限界費用が500円/kgとなるような生産量を選択する」

ということです。

これを経済学では、「利潤最大化行動」と呼ぶそうです。


いやあ・・・

 「何じゃそりゃ?」

ですなあ。


この辺り、もう少し深掘りしたいと存じます。


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ところで、経済学とは理系の学問であります。

微分や方程式や作図など、数学理論が頻繁に登場することからも明らかです。


どういうわけか日本国内では経済学が文系に分類されておりまして、私としましては非常に違和感がございます。


二〇一七年弥生廿三日

皆さまおはようございます。

清々しい朝であります。


我が家の猫は熱帯〜亜熱帯性の黒猫でして、日本国関東地方の冬を暮らすのはツラいそうです。

本人に訊いたわけでもありませんが、その行動や体調を見れば私にもわかります。


先日まではほとんど私の布団の中で私に寄りかかって寝ていたんですが、どうにも布団の内外を頻繁に出入りするようになりまして、「ちょうどいい」寝ぐらを見つけられない状態であります。

私としましてはどこで寝てもらってもよろしいですが、一晩中私の周りをウロウロされるのが寝不足に繋がりまして、連日、13:30ごろから15分ほど居眠りする日々が続いております。


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一方、東京都内ではソメイヨシノの開花が始まりまして、

 「なに、桜だと?まだ早いんじゃねえか?」

との印象も当然であります。


なにしろ東京都心部の樹木はコンクリートジャングル+反射光に包まれておりまして、本州でも異様に開花時期が早くなっております。

真面目で礼儀正しく几帳面とされる植物でさえこの調子ですから、我々人間様が多少季節感に乏しくても仕方のないことでしょうなあ。


これがまた、箱根の山へ行きますと5月上旬がソメイヨシノの開花時期でして、実は彼らもテキトーに行きているのだと思えば気が楽になります。


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私も以前は真面目で礼儀正しく几帳面な性格だったのですが、あまりにも他人から嫌われるので、もうやめました。

今では反対側に振れつつありますので、どちらかといえばいい加減でテキトーでズボラな性格であります。


すると不思議なものでして、これはこれで嫌われるんですなあ。

ですから、もう一度、真面目で礼儀正しく几帳面な方向へ修正しつつございます。


自分の立ち位置を認識したり修正したりするのは難しいものであります。


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昨日、可変費用関数のお話をしました。


その補足となりますが、例えば新婚さん(でなくとも、「一人暮らしを始める人」でもよい)の場合、

 「最初の食事を一食分だけ作るためのコスト」

は、それなりに高くつくような気がしませんか?


たぶん、最初の一食ぶんを作るコストを考えれば、外食の方が安く上がります。

でも、いつか連日の食事を作ったり、家族4人分を作るようになる頃、一食あたりのコストが下がってきます。


これは、「追加で一人分の食事を作るとき、追加で必要となるコスト」が下がることを意味します。


この現象のことを経済学では、

 「規模の経済が働く」

と呼ぶそうです。


ここで、前記した奥様が「10食分の生産設備」を保有していると仮定します。

例えば、鍋のサイズやコンロの口数や食卓のサイズや食器の数や冷蔵庫の食材ストック量などが10食分の調理を許容するということです。


このとき、10食分の食事を作るまでは規模の経済が働くので、追加一食あたりの費用は下がっていきます。


この現象について経済学では、

 「限界費用が逓減していく」

と呼ぶそうです。


なお、限界費用(MC)とは英語の「marginal cost」を和訳したものであり、marginalが限界、costが費用と日本語に訳されました。

 「誰だよ!最初に和訳したやつは。センスねえなあ。」


・・・などと言っちゃダメですよ。

恐れ多くも経済学の権威たちが慣例で決めていったことですので、我々下々の者どもは黙っておとなしく限界費用という言葉をありがたく使用すればいいのであります。


ちなみに・・・

marginalは「margin」の形容詞でして、日本語でもよく使用する「マージン」のことであります。


 ・うちの会社にはもう黒字のマージンが残ってないよ、来月から赤字転落だ
 ・君はもう少しマージン取らないと崖から落ちるよ

なーんて使い方をする「マージン」がありますよね。

アレです。


私のイメージでmarginを日本語に訳しますと、たぶん「へり」のことです。

ヘリコプターじゃないですよ、テーブルの端っことか壁際の床位置とか、「へり」です。


さらに詳細には、「へり際」でしょうか。

限界費用曲線と書いてあるならば、「追加発生の費用を示すへり際の数字」を沿って進んでいくイメージでよろしいでしょう。


まあ、あんまり几帳面に細かいことばかり言ってると嫌われちゃいます。


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一方、先ほどの奥様が11食目を作るための追加費用は10食目を作るよりも大きくなります。


どうやって11食目を準備するのか知りませんが、最初に6食を作ってから2回目で5食を調理するのかもしれませんし、10食を大鍋で調理しながら焚き火と小鍋で追加の1食分を調理するかもしれません。

あるいは、お隣の奥さんに外注して1食分だけ作ってもらうという可能性もありますでしょうか。


この調子で同様に追加費用を考えますと、12食目を追加で作るための一食分の費用は、11食目を追加で作った一食分の費用よりもさらに大きくなるはずです。


このような状態を経済学では、

 「規模の不経済が働く」

と呼ぶそうです。


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 「おいおい、それなら『規模の経済が働かない』じゃねえのかよ?」

とのことですが・・・


いけませんよ、経済学の権威たちが慣例で使っていることばですからね、我々経済学者でもない末端の者どもが意見を挟む余地などございません

追加で生産するための追加で発生する費用が「増えていく」のですから、あえて「規模の経済が働く」と呼ばなければならないのであります。


なお、この状態を経済学では、

 「限界費用が逓増していく」

と呼ぶそうです。


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それじゃ、我々生産者は、いったいどれくらいの生産をするのが最適なんでしょうか。

実は、経済学というのは素晴らしい学問でして、これについてもちゃんと論理的に説明してくれます。


続きますね。



二〇一七年弥生廿二日

おはようございます。

昨夜までまとまった雨が降った神奈川県ですが、日付が変わりまして一転晴天の朝であります。


首都圏の通勤電車では雨が降りますと電車が遅れましてね、乗り降りに時間がかかるんでしょうかね、5分遅れくらいは想定するようにします。

ただ、もともと5分に1本は走ってる電車ですから、一周回って時刻表通りだったりします。


昨日は足を滑らせてホームから線路に転落なさった方もいらっしゃいまして、鉄道利用に限らず雨の日は特にご注意くださいませ。


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数年前、日本では深刻なデフレがありました。

その理由として供給過剰(=需要不足)があったわけです。


需要がないのに供給力を維持するのは無駄ですから、生産能力(=生産設備や労働力)を削減して需要量に合わせて適正化することで、企業は生き残りを図ります。

いわゆるリストラであります(ただし、本来のリストラとは意味が異なる)。


こうなりますと、また供給過剰(=需要不足)が解消されますので、デフレが収まってまいります。

デフレスパイラルとは、これが収まらずに継続してデフレが進行していくことです。


このような状況となったとき、先般確認した金融政策・財政政策(いわゆるIS-LM曲線操作)を行わないと国の経済が傾きます。

具体的には、この無策が民主党政権時代の失政ということになりますね。

 二〇一七年弥生十日 で、アベノミクスは農家に何をもたらすのかIS-LM曲線とは


であるから、いわゆるアベノミクスは「三本の矢」というものを掲げて遂行しているわけです。

しかし私が思いますところ、現在は2本目の矢(つまり積極財政政策であるところのIS曲線操作)が不足しております。


そりゃ、あちら方面のマスコミが財務省とつるんで

 ・国債発行で国が潰れる
 ・国債発行は悪

とまあ必死で妨害してますので、穏便に進めるのはなかなか難しい側面がございます。


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で、今は材とサービスの需要が増えている局面です。


ちょっと街へ出て、ファミリーレストランやコンビニ、牛丼屋さんなどを覗いてみてください。

 「アルバイト募集!夜間時給1,200円!」

などの求人案内が乱立してます(時給額は地域情勢によって異なる)。


サービス業の生産資本は労働力ですから、これを言い換えますと「生産力不足」となります。

松屋さんの場合、メニュー改定に伴いまして、この春から5〜20%くらい販売単価が上がったようです。

 (今まで安価が特徴で賑わっていた松屋さんが徐々に閑散としてきた気がする)


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サービス以外で世の中に存在する商品とは、「財」であります。

一般に、財は工場などの生産設備や物流・流通設備が必要となります。


いま、これが不足しつつありまして、なかなか生産力を上げることができません。

民主党政権時代の失政により生産力が想定以上に破壊されまして、現在では需要回復に合わせるレベルまで修復するのに手間取るような事態となっております。


本来、国会や都政都議会で取り上げるべき課題とは、こういったレベルの話であるべきだと考えます。


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それでは今日の本題に入ります。


本日は、「費用関数」というものを考えましょう。

もちろんミクロ経済学の領域です。


ウェブから拾ってきたpdfページがありますので貼ります。

 ダイヤモンド社 試験に出る経済学ミクロ


私が思うところ、上記数ページを習得するだけで大学における経済学講義の20%くらいは学ぶことができますね。


勉強するために、わざわざ大学へ入学する必要なんかありません。

学士(大学から授与される履修証明書)が欲しい人だけ、高額払って進学すればいいんです。


これからは就職活動のために大学資格が特段有利となるような時代じゃなくなります。

私の近辺では、中卒でも大卒より立派に生計を立てている方がたくさんいらっしゃいます。


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で、可変費用関数というものがあります。

これは、日本語で書きますと

 「追加の1単位を生産するために追加で発生する費用をプロットしたもの」

となります。


これじゃ、ちょっとイメージしにくいですよね。

ですから家庭の事例で考えます。


ここでは、4人家族の食事を作る奥様を想定してみます。

毎日、朝晩4人分の食事を作るために台所(生産設備)や食卓(店舗)があって、その食材はスーパーへ買いに行きます(原材料仕入れ)。

もちろん原材料を100%使い切ることは難しい(ロスの発生)ですし、食べ残し(売れ残り)も出ますから、生ゴミを廃棄します(廃棄物)。


この奥様が、「追加で一人分の食事を提供するコスト」ってどれくらいでしょうか?


まあ、どうせ食材も余ってるし、お皿もあるし、食卓にもう一人座れるし・・・

5人分(追加一人分)だけを作るならば、ほとんど追加の費用は発生しないんじゃないかと思います。


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この調子で、

 6人目はどうだろう
 7人目なら大丈夫かな?
 8人目は・・・

と進みながら、一食あたりの追加費用を考えていくのが費用関数であります。


結論としましては、最初のうちはあまり追加費用が発生しないけど、どこかで費用が激増してきますね。

例えば・・・

 ・食材増やさなきゃ
 ・食材を運ぶトラック買わなきゃ
 ・食材を入れる冷蔵庫を大きいのに買い換えなきゃ
 ・もう一人座れる食卓にしなきゃ
 ・家を建て替えなきゃ

・・・・。


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だから、一度生産設備を破壊しちゃうと回復には時間がかかるんです。

モノって、作るよりも壊す方が簡単でしょ?


これが民主党政権時代の失政で生じたことで、今はその尻拭いをしています。

これを世代で考えますと、お尻を拭っているのは主に若い方々となります。


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続きますね。