二〇一七年葉月廿九日

おはようございます。


もうすぐ葉月も終わりを迎えますね。

この時期、小学生の頃の物哀しさを思い出します。


あの頃の世界は広かったんですが、私もすっかりトシをとりまして、今では狭い世界に住んでおります。

子供の頃には、世界がこんなに小さいものだとは思いませんでしたな。

一方、生物学の世界がこんなにも広く深い領域だとは、まったく考えもしませんでした。


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私が子供の頃の世の中とは、

 ・地震予知
 ・癌の制圧
 ・化石燃料の枯渇に伴う代替新エネルギーの普及

などなど、まるで「あとは時間が解決するだけ」などという空想状態でした。


結果としてどうなったかといいますと・・・

 ・「地震の予知は難しい」ことがわかった
 ・「癌の制圧は難しい」ことがわかった
 ・「原子力エネルギーへの移行」は政治的問題であることがわかった

といった状態であります。


日本がこれほど経済的に衰退したのは、たぶんこれが原因です。

もっと夢を語らないと。


実際のところ、

 「子供や若者が夢を語っていたら、それを潰すのが大人の役割」

などと考えている人が世の中の多数派となったのも事実でして・・・・・

世も末ですな。


当ブログをお読みになった方には、ぜひとも

 ・子供たちと一緒に夢を語ることのできる人
 ・未来は明るいものだと若者たちに示せる人
 ・困難は克服できることを実践して証明できる人

になってほしいと願っております。


そのためには、まずは自らそのような人に「なる」必要があります。


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土曜日に播種したアブラナ科秋冬野菜(大根・白菜など)が三日目にして一斉に芽吹きました。

 「今年は土壌水分が多いので、畝の高さを〇〇に設定し、鎮圧の程度を▽▽に・・・」

といった運営管理を行った結果、ひとまず成功しました。


この辺りの栽培運営管理技術については皆さんの方が詳しいので、当校では紹介しません。

また、そのような技術を学びたい方は農業学校に通学していただくか、農家への弟子入りが最適です。


というわけで、次項テーマの「各種情報システム」へと移ります。


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この「各種情報システム」ですが、当カリキュラムの中では、最も進化と変化と陳腐化の早い領域であります。


例えば当ブログにて、

 「□□というシステムがありまして・・・」

などとご紹介しましても、記事を皆さまがご覧になる頃には古い技術となっている可能性があります。


あるいは、

 「※※という通信機器をご紹介します」

などという記事を書きましても、まったく営農に役立たない技術であったり、コスト的に見合わず絵に描いた餅に終わってしまうようなものになりそうです。


なので、当テーマにつきましては「自由研究」といたします。

9月1日に始まる2学期までに、各自で仕上げていただければと存じます。


では皆さま、ごきげんよう。


二〇一七年葉月廿八日

こんばんは。

南関東地方では、とても爽やかで涼しい夜を過ごしております。


この感じは・・・


あっ!

「秋の夜長」だ。


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当ブログをお読みになる方には、優秀な方が多いです。

どのように優秀な方かと申しますと・・・


 ・学校を卒業した後も勉強や研究に熱心な方
 ・辛く厳しい仕事を抱えている職場を、黙々と定年まで勤め上げた方
 ・自分のことだけでなく、日頃から地域社会や公共行事に貢献する時間を作れる方

などです。


もうご自分の人生で幾多の困難を乗り越えてきたので、独自の「仕事のやり方」や「問題解決パターン」を有していらっしゃるケースがほとんどです。


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何か物事に取り組んでいると、「壁にぶつかる」という経験をします。

この表現を聞いて私など、「上手いこと言うなあ」と思います。


そして、この壁を上から乗り越えられた人もいらっしゃいますし、自分専用の穴を開けてスルリと通り抜ける人もいらっしゃいますね。

どちらにしても、「壁」という障害を克服するわけです。


ところが、誰しも「どうしても乗り越えられない壁」「穴が開かない壁」というものにも遭遇することがあるんですよ。


事情は様々だと思います。

でも、私が思うところ、「過去の成功体験が邪魔をしている」場合がございます。


例えば、夜中の駅でスーツ着た身なりのよろしいオジサンが、若い駅員さんを怒鳴りつけている状況に遭遇することがございます。

この身なりのよろしいオジサンは、若く希望を持って鉄道会社で働いている駅員さんを怒鳴りつけることによって、一体何の問題を解決しようとしているのでしょうか。


客という強い立場で、年上という圧倒的優位に立つ状況で、人前で相手を怒鳴りつけるという行為によって解決する問題っていうのは、この世に何があるんでしょうか。


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あのオジサンたちも、たぶん普段からとても優秀な人たちじゃないかと思います。

きっと現役時代にはたくさんの部下を抱え、組織の管理者として毎年の目標を達成し、日常では家庭内で指導力を発揮して、自信に溢れているんでしょう。


ひょっとしたら、鉄道会社の業務内容や制約事項、その特質などを自分がすべて理解したつもりになっていて、

 「この状況ならば駅員はこのように振る舞うべき

といった、勝手な妄想に行動を支配されているかもしれませんね。


こういうオジサンというのは、意外にも家庭菜園にハマる方が多いです。

そして、栽培のトラブルで泥沼にハマります。


でも植物相手の場合、畑で相手を怒鳴り散らしても物事は改善しませんよね?

優秀な方々が、いよいよここで壁にぶつかります。

この壁は、今まで成功してきたような方法だけでは乗り越えることはできません。

また、すでに自分が持っているドリルを当てても、傷ひとつ付けることができません。


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農夫の運営管理におきましては、

 「素直になること」
 「正直になること」

が大切であります。


どういうことかと申しますと、「ありのままを受け入れる」ということです。


人間というのは、経験を重ねて成功体験が残っていると、目や耳や鼻や指先に「見えないフィルター」が被さっています。

このフィルターを通した情報というのは、「ありのまま」ではない状態です。


駅員さんを怒鳴り散らした時の優秀なオジサンたちは、本人たちが気づかないうちに「見えないフィルター」を通した情報を処理していたんです。

この状態で畑の問題解決を試みても、たぶん何も解決しません。

つまり、農業というのは理不尽な世界だからです。


運営管理がうまくいかないのは、人間に問題があるわけじゃないんですよ。

もともと理不尽な農業という世界に、社会性ある人間が適合できていないわけです。


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私は素晴らしい農夫・農婦たちをたくさん存じ上げております。


この方々と接して気付くことは、

 「皆さん素直で正直」

ということです。


たとえ外見や会話のやり取りが偏屈なジジイであっても、作物に対しては素直で正直です。

だから容易に壁を乗り越え、新しい次の壁に突き当たることができます。


前に進むスピードが早いということです。

この点でも、農夫は理系の考え方を持っていることがわかります。


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 「理系の考え方だと?」

とのことでございます。


理系の学問とは、

 ・ピラミッドのように積み上げていくもの
 ・立ち止まるとズリ下がってしまう繊細なもの

であります。


この点で、例えば英語学習などの語学は理系学問です。


反対に、

 ・法律学(法学)
 ・地理学
 ・文学

などは、積み重ね学習は必要ありません。

いきなり新しい領域を勉強しても、そのまま理解することができますね。


地理学であれば、

 「アメリカの地理を学習した後でなければ、カナダの地理を理解できない」

なんてことはないはずです。


これがもし算数ならば、まずは足し算引き算ができなければ先に進むことができませんね。

国語でも、まずは平仮名の読み書きをできなければ、漢字に進むこともできません。


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これが、ですね・・・

優秀なオジサンが文系の場合、概念を理解できない恐れがあるんです。


農業は理系の領域なので、いきなりピラミッドの中段を組み立てるのは無理でしょうね。

まだ基礎や下段を積み上げてませんし。


そういう意味では、農業はとても参入障壁の高い業界です。

脱サラした人が、いきなり自動車メーカーを作れないのと似ています。


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なお、当記事表題の答えは・・・

 「素直に考えられる人が少なくなるから」

です。


もしも農家の運営管理論におきまして、

 ・栽培マニュアルはこれ
 ・水管理マニュアルはこれ
 ・肥料管理ツールはこれ

といった内容を期待していた方には残念な内容だったかもしれません。


いや、実は私も「〇〇マニュアル」みたいなものを一冊5万円でネット販売することもできます。

でも、そんなマニュアルにはたった5万円の価値しかないことを知っているので、しないです。


もしもそのようなマニュアルを探している方がいらっしゃれば、ネットで探してそちらを買ってください。

5万円程度の価値はあると思います。


私が提供しようとしているものは、少なくとも数千万円の価値があると考えているものです。


二〇一七年葉月廿七日

おはようございます。

久々によく晴れた週末となりまして、仕事の捗る週末農家であります。


昨日の神奈川県内では熱中症症状を訴える方が多発しまして、35℃近くの外気温に加えて高い湿度が、野良仕事での体温維持を難しいものにしたのでございます。

今日の関東地方には、少し秋風が入るんでしょうか。


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アイスコーヒーを飲んで下痢をするようになった皆さまは、トラブルを引き起こす原因というのは単独ではなく、複数の要因が絡み合ったものであることを学習してまいりました。

つまり、アイスコーヒーを飲んで下痢をする人としない人がいる現実として、何か隠された別の要因が併せて存在していることを示唆しております。


大雨が降れば、作物は湿害によってダメージを受けます。

じゃあ、大雨が降った畑では、すべての作物がダメージを受けるんでしょうか。


違いますよね。

 「大雨が降っても作物がダメージを受けない畑」

というものが存在します。


ここで、

大雨が降る ⇨ 作物がダメージを受ける


を考えますと、因果関係がはっきりしないことがわかります。

つまり、これだけだと文系の世界観です。


24時間テレビを見て思考回路が麻痺し、よくわからないけど感動しちゃうのと同じです。


実際の作物とは、大雨が葉っぱに当たることによって物理的にダメージを受けるのか、大雨の重みで構造上のダメージを受けるのか、そもそも水に触れると生物学的・化学的にダメージを受けるのかも、この記述からはわかりません。


したがって我々農夫は、

 「大雨が降ったら、その結果として作物がダメージを受けたようだ」

という「気づき」を得て、理系の世界観でこれを解決していくことになります。


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大雨が降ったとき、作物がダメージを受けたとします。

じゃあ、作物は大雨が降ると必ずダメージを受けるんでしょうか。


もしもこれが成り立つとき、因果がとてもはっきりしています。

だから、これで話は終わりです。


このような状態を「必要条件」といいます。

必要条件・十分条件とは高校数学で学習する内容ですが、ちゃんと農夫の運営管理にも役立ちます。


なお、「必要条件、十分条件」について、ブリタニカ

命題Pが真であれば命題Qも必ず真であるとき,命題Pは命題Qを導くといって P→Q と書き,QをPであるための必要条件 (PであるためにQで「なければならない」) ,PをQであるための十分条件 (QであるためにPで「あればよい」) という。もし P→Q と同時に Q→P も成り立てば,PはQであるための必要条件であり,QはPであるための十分条件である。したがってこの場合には,PはQであるための必要条件であると同時に十分条件でもある。このような場合,PはQであるための必要十分条件であるといい P⇔Q と書く。

と説明しています。


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農夫は大雨をコントロールすることができません。

とても悲しい事実ですが、これを受け入れて、自分の力で階段を登っていく生き物です。


もしも大雨が作物のダメージに対する必要条件であれば、農夫は手出しもできませんね。

しかし、これは必要条件ではないと考えたとき、農夫の力は倍増します。


農夫の運営管理におきましては、このような考え方をベースに据えます。

二〇一七年葉月廿六日

おはようございます。

朝陽が家の外壁を焦がすかのような朝を迎えております。


いやあ、厳しい残暑の朝ですな。

この時期、だんだんと陽が傾き始めてますからね、壁やら窓やらへの日光進入角度が厳しくなってまいります。


最近10年くらいで新築住宅を買った若い方ってのは、住宅の外壁に修繕が必要なことをご存知でないんでしょうかね?

ご近所さんは3割くらいが窯業系サイディング外壁、5割は現場塗装系外壁だと思いますが、あまり手入れなさっている様子がありません。


いずれも外部環境面は塗装が施されておりますが、もう禿げて 剥げてしまっているようであります。

特に窯業系サイディングは塗膜が破れると劣化が急速に進みますんで、膨らみや雨漏りなどの症状が出てからの対応ですと、大変なことになります。


この時期、外壁の劣化が最も進みます。

一度チェックなさってみてはいかがでしょうか。


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私の知る限り、トラブルは単独の原因から生じることはありません。

つまり、「A」といった単独の要因ではなく、「B」や「C」などの要因が組み合わさったときにトラブルが顕在化します。


例えば、真夏よりもこの時期に外壁が傷む状況を考えましょう。


もともと、この時期よりも真夏の方が太陽光線が強く、紫外線等の影響が大きいはずです。

でも、真夏は太陽光の角度が高い位置から降り注ぎますので、日中、屋根や軒で遮られた日光が外壁を強い角度で攻撃するのは容易ではありません。


しかしこの時期は、地表から見た太陽の位置が低くなっておりますので、外壁にも強く日光が当たるようになります。

一方で、太陽光のエネルギーは角度の変化ほどには減っていませんから、外壁へのダメージが大きくなります。


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次に、このときの対処について考えてみましょう。

皆さんは、地表に降り注ぐ日光の光源である太陽の高さを変えることができますか?


つまり、

 「窓からの陽射しが眩しいな。どれ、ちょっと太陽を上に動かすか。」

が可能かどうかということです。


あるいは、

 「ちょっと太陽、頑張りすぎだぞ。このスイッチでパワー弱くしてやる。」

といったことが可能なんでしょうか。


つまり我々は、複数の要因が組み合わさって顕在化しているトラブルに対して、対処できる部分と対処できない部分を認識し、切り分ける必要があることを認識する必要があります。


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今年から、一定割合の皆さんはアイスコーヒーで下痢をするようになります。

これは何故でしょう?


ちょっと切り口を変えてみます。

実は、アイスコーヒーを飲んだ人の全員が下痢をするわけではありません。


日本中でアイスコーヒーを飲んでいる人はたくさんいらっしゃいますが、現に皆さんが下痢しているわけじゃないですよね。

(実は、私の調査結果では「アイスコーヒーを飲むと下痢をする」層を確定している)。


これは何故でしょう。


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ここから、原因の探求や要因解析をするときのヒントになります。


皆さんがアイスコーヒーを飲んで下痢をするとき、おそらくその原因は一つではないです。


つまり、

 「アイスコーヒーを飲んだとき、併せて〇〇だったときに下痢をする」

ということです。


この〇〇を探し出すのが、「気づきノート」を活用するという工程になります。

そして、この〇〇探しとは、気づきノートを書いた人が考え「予想する」ことが必要なんです。


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皆さんは、何か偉大な発明や発見、優れた製品が生み出されるとき、どのようなプロセスが裏にあると思われますか?

研究者が実験して、「たまたま」「場当たり的に」生み出されるんでしょうか。


実は、研究者の能力の大小というのは、

 「〇〇を想像する力をどれくらい持っているか」
 「〇〇を検証する方法を見つけることができるか」

によって、だいたい決まってしまいます。


 「おいおい、嘘つけ。研究者ってのは天才だろ?ピーンと閃いて突然湧き上がるもんだろ。」

とのことでございます。


実は、世の中の偉大な発明や発見というのは、辛く長く苦しい思考プロセスと検証作業を経て、階段を一つ一つ登っていく頂点のようなものであります。

この「登るべき階段」を明確にする役割を担うのが「気づきノート」です。


続きます。


二〇一七年葉月廿五日

おはようございます。

今ひとつスッキリとは晴れない朝を迎えた南関東地方であります。


いやあ、少しだけ朝晩が涼しく感じますな。

8月下旬にもなりますとね、昼間は暑くても朝晩が楽になってきます。


この「楽になってきた」というのも気づきでして・・・

人間には感情がございます。


もちろん動物たちにも感情があるのですが、サルを除きますと、はたして人間ほどの感情の種類を持っているのかどうかは疑問であります。


この感情こそ気づきの原点でして、我々農夫は感情を大切にすべき人間の分類となります。


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例えば、ですね。


下痢状態となったとき、何も感情が湧きませんか?

誰しもが、朝から晩までお尻から下痢を垂れ流してりゃ、それで平穏に過ごせるんでしょうか。


私は下痢を垂れ流しながら歩くのは嫌です。

下痢を垂れ流さないようにトイレの場所を気にしながら生活するのも嫌です。


トイレが汚れやすくて掃除をする頻度が上がるのも嫌です。

排泄の回数を重ねるほどお尻が痛くなるのも・・・嫌です。


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次は、そんな下痢を症状面から考察です・・・


我々の身体というのは、「何らかの原因・理由があった」とき、「何らかの意図」をもって下痢をするはずです。

わざわざ脳が能動的に下痢をしようと意図しなくても、自働的に下痢します。


なぜ、あなたは嫌な下痢をするのですか?

あなたが下痢をすることで、他に喜ぶ人がいらっしゃるからですか?


繰り返しますが、人体は何らかの意図をもって下痢をするはずです。


その意図とは何ですか?

人体が下痢をする意図について正式な答えはないので、これも皆さん一人ひとりが考えることです。


考えて考えて考えぬいて、あなただけのたった一つの回答を生み出すんです。


もしかしたら、あなたがアイスコーヒーを飲んで下痢をすることを見越して繁殖活動する未確認生命体が存在しているのかもしれませんよね。


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ここで、あなたが生み出した「たった一つの回答」に至るメカニズムの考察に移ります。


「メカニズム」とは、理系の人間が何かの研究や開発をするケースにおいて、


その現象が発生するまでの仕組み


を解明したものです。


私の場合、アイスコーヒーを飲めば下痢をしますが、「アイスコーヒーを飲む」というのはテーマのスタートであり、メカニズムにおける「原因」・「理由」・「原材料」などにあたります。

そして、「下痢をする」というのはテーマの終点であり、「結果」・「効果」などにあたります。


では、「アイスコーヒーを飲む」と「下痢をする」の間には、何も無いんでしょうか。


理系の学問とは、ほとんどがコレを明らめることであり、探求することです。

文系の学問では、この部分を探求する必要はありません。


例えば、

 「私には霊感があります」

と主張する方がいらっしゃいます。


文系の方ならば、「そうなんですね」で終わっても問題ないです。

しかし、理系の人間ならそうはいきません。


 ・「霊感の定義とは何ですか?」
 ・「霊感があることの結果として、何が起こりますか?」
 ・「どのようなメカニズムで、霊感があるとその結果に繋がるのですか?」

などなど、厳しい追及が始まることになります。


文系の人は、テレビで芸人がバカやってるだけでもゲラゲラ笑えますが、理系の人間だと放送やテレビの仕組み、カネの流れがどこから始まって誰に流れるか、などが気になって、因果のはっきりしない低レベルの芸人ネタや煽り番組の内容だと笑えないわけです。


例えば・・・

理系の人間は、文系の人間よりも、概して「24時間テレビ」のような精神論・因果メチャクチャハッピーエンド番組に批判的な傾向があるように思います。

一方、同じ日テレ番組でも、理系の人間ほど「笑点」を楽しみにしてる人が多いように感じられます。


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昨日、私は皆さんと一緒にアイスコーヒーを飲んで下痢をしました。

では、皆さんはアイスコーヒーを飲んだら、なぜ下痢をしたんですか?


・・・というのが私の提案する「気づきノート」に書く内容です。


この「気づきノート」ですが、例えばトヨタ自動車さんの現場にも必ずあります。

名前は「改善提案書」だったり「ヒヤリハット集」だったりするんですが、「気づきを見出して、その結果に至ったメカニズムの検討をする」という点が共通しています。


今日から皆さんは、アイスコーヒーを飲んで下痢をしたら、その都度、「気づきノート」に書き込みするんです。


この「気づきノート」は自分だけの宝物になります。

でも、他人には全く価値の無いものです。


たとえ他人が欲しがっても、他人に与えたところで価値は無いです。

それが「気づきノート」です。


私の「気づきノート」を開くと、アイスコーヒーを飲んで下痢をするわけですが・・・

これ、何かあなたの役に立ちますか?


あなたは、あなたが作る「気づきノート」を使って、もっと大きな仕事をするんです。


もしもアイザック・ニュートンさんの「気づきノート」を拾って喜んだとき、木からリンゴが落ちるスケッチが書いてあるのを見て嬉しいですか?


ですから、「使い終わった気づきノート」は、あなたと一緒に棺に入れてもらうのがベストです。




二〇一七年葉月廿四日

おはようございます。


いやあ、暑いですなあ。

朝陽に照らされながら夜明けの道路を走るなど、何十日ぶりなんでしょう。


毎日が日照りでも大変ですが、日照りがないってのは農夫には辛いですな。


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近年、気づいたことがございます。

どうやらアイスコーヒーを飲むと下痢をするようなんです。


今まで夏場に何で下痢が多いのかちょっと不思議だったんですが、「どうせ寝冷えだろう」程度にしか思ってませんでした。


 「そういえば、こないだ下痢した時も暑い日にこのアイスコーヒーを飲んだっけ」

と気づいたのは最近であります。


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偉大な科学者や歴史に名を残した農夫たちは、みな

 「アイスコーヒーを飲むと下痢するような気がするなあ」

というような「気づき」から偉業を成し遂げています。


つまり、目の前の実験対象物や栽培作物を見たとき、「ちょっと変だな」だけで終わらないんです。

 ・なんかいつもと違うな
 ・実験に失敗したのかな?
 ・栽培が上手くいかない
 ・どうせ天候不順なんだろう
 ・青色に変わるはずなのに赤色に変化したな、何でだ?
 ・こいつだけ、他の仲間と比べて背丈が高いな

などなど。


偉人と凡人との違いは、こういったケースでの対処やもう一歩の思考プロセスであります。


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 ・「なんか、アイスコーヒーを飲んだ後は下痢をするような気がする」


このケースのとき、

 「まあ、寝冷えだろう」
 「たまたまだな」
 「正露丸飲もう」

といった反応で終わりにするのか、もう一歩進んで「物事を明らめる」のかが運営管理のキモです。


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 「アイスコーヒーを飲んだ後に下痢をする」

という現象を明らめるために、次に何を考え、何をすれば良いでしょうか。


例えば、

 「これから五日連続でアイスコーヒーを飲み、5日間を開けたあと、繰り返す」

といった実験計画の提案がございます。


あるいは、ちょっと高度になると

 「アイスコーヒー以外のものしか飲まなかったら下痢しない」

という仮説を立てるという方法があります。


ここでは、

 ・ホットコーヒーを飲んでみる
 ・アイスウーロン茶を飲んでみる
 ・アイスヨーグルトを飲んでみる

などなど、アイスコーヒーとこれらを切り替えながら、仮説の正しさを検証する方法です。


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後者のように、「仮説を立てて確かめる」ことを検定といいます。


検定はとても高度な数学なので、当学校では取り扱いません。

と申しましょうか、私もよくわかりません。

勉強してもわかりません。


というわけで、「検定」という手法について言葉の意味を覚えてください。


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みなさんの生活やお仕事や家庭菜園や農業活動の中でも、アイスコーヒーを飲むと下痢をすることがたくさんあります。


アイスコーヒーを飲んで下痢をしたとき、それに気づくことができるか。

また、アイスコーヒーを飲んで下痢をしたとき、どのような対処をするか。


この「気づき」が運営管理のキモであり、その「対処」がオペレーションの本質となります。





二〇一七年葉月廿三日

おはようございます。

聞くところによりますと、今日から関東地方でも暑い残暑がやってくるそうでございます。


 「暑い残暑だと? 痛い激痛みたいなもんか?」

とのことであります。


いやあ、世知辛い世の中ですなあ。


は?

世知辛い世の中・・・


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皆さん、表計算ソフトは活用なさってますか?

昔の人なら「Lotus123」ですし、普段から着物を着こなす方なら「三四郎」でしょうし・・・


まあ、世の中で圧倒的多数派は「Excel」でしょうな。


農家が活用すべきアプリケーションソフトは「表計算ソフト」と「データベースソフト」になります。


別にこれらを活用しなくても手計算・手集計でもよろしいのですが、いまどきトラクターがあるのにわざわざクワで田んぼを耕す農夫のようなものであります。


え?

クワも使わない?


ということは・・・

さしづめ、「田畑を耕さない農家」といった意味合いになりますかね。


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 「おいおい、あんなもの何に使うんだよ。意味わかんねえし、めんどくせえ」

という方も多いかと存じます。


先ほども申し上げましたが、人によってはトラクターのことを、

 「おいおい、あんなもの何に使うんだよ。使い方わかんねえし、めんどくせえ」

というのと同じような意味合いになります。


道具箱にはたくさんのツールを詰め込むに限ります。

これらは、いくら詰め込んでも重くならない不思議な道具箱ですから。


「表計算ソフトを何に使うのか」につきましては、また機会があったらご紹介します。




二〇一七年葉月廿二日

おはようございます。

南関東地方では久しぶりに降雨のない日を過ごしつつありまして、8月の連勝記録が途絶えてしまったとの噂もございます。


まあ、もしも31連勝を記録してしまったら、そろそろ暦も変えなきゃなりませんからね。

ちょうど良い頃合いの気象転換ではないでしょうか。


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第二次産業における工場では、主に

 「品質・費用・納期」

について、優先して管理することを以前示しました。


つまりこれらは「管理することができる」ということです。


では、どのように管理するか。

この点につきまして、エンジニアの腕の見せ所になっています。


ただし、エンジニアが腕を見せるのは、かなり高い領域の話です。

低い領域では、すでにQCD管理手法が確立されております。


このQCD管理に用いられる「ツール」には、例えば「QC7つ道具」と呼ばれるものがございます。


詳しくは自習していただくとしまして・・・

これを第一次産業にも適用できないんでしょうか。


ところで、第一次産業と第二次産業とは、なぜ違う産業に分類されているんでしょう?


これは、ですね・・・

 「コントロールできる範囲」

が明確に違います。


主に第一次産業とは、自然の恩恵にあずかって成り立ちます。

一方、第二次産業とは、第一次産業で生産されたものを利用して、インプット・アウトプットをコントロールすることで成り立ちます。


ただ、農業の場合なんですが、インプットとアウトプットをコントロールできる領域が多い傾向にございます。

例えば漁業ならそこに魚がいなければ成り立ちませんが、農業ではタネを蒔くことができますね。


魚を放流しても拡散してしまいますが、タネを蒔いたらそこで育ちます。


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皆さんは、例えば

 ・稲の株数、茎数、穂数、籾数
 ・トマトの種数、サイズ、個数、着果パターン

など、調査したことはありますか?


これね、いらいらする仕事ですが、一度やってみると人生が変わります。


物事を見定める時、「そのまま全体の姿を見る」ケースとは別に、

 ・細かいところから見る
 ・大きいところから見る

といった調査をすることで、見えなかったものが見えることもございます。


人生に於いて何かに行き詰まった時、「切り口を変えてみろ!」などのアドバイスをもらうことがあると思います。

縦に切って解らなければ横に切ってみるわけですよ。


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QC7つ道具にこだわる必要はありません。

かくいう私も、管理図と散布図以外、ほとんど使用しません。


しかし、道具箱の中に一つのペンチしか入っていない人と1,000のツールを備えている人では、できる仕事が全く違います。

QC7つ道具を知るというのは、例えばそういうことです。




二〇一七年葉月廿一日

こんばんは。

南関東地方では8月に入ってから全ての日で降雨が観測されているそうでして、やはり私の自宅でも夕方には20日目の雨天となりました。


いやあ・・・参りましたな。

報道などでは「今後は農作物への影響が懸念されます」などと呑気なこと言ってますけどね、すでにもうアウトです。


と申しましても全国的な視野で見れば好天の多い農村地帯も多数派でしょうから、江戸時代小氷河期や長雨期のような飢饉は到来しないと思います。


そうそう、「食料が尽きる」っていう経験を、一度くらいしておくとよろしいですよ。

金が無くてキュウリ一本で飢えをしのぐなどではなくて、

 「カネはあるけど食べ物を調達できない」

という状況のことです。


旧日本軍の方たちも連合軍に補給を断たれまして、結局は現地で食料調達することが多かったと思うんですが、さぞ辛かったでしょうなあ。

その状況でも進軍先で略奪行為などに堕ちなかったのは誉であります。


私が彷徨ったのは30年近く前の北海道内でしたが、事前知識としてエキノコックスとゴルフ場農薬流出の情報がありましたので(というか、現地のものを調達して食べる知識すら無かった)、空腹のまま弱っていきました。

そんな時、私を救ったのは「旅のお供、マヨネーズ」でして、それ以来、私は着々とマヨラー人生を歩んでおります。


マヨネーズとご飯さえ手元にあれば、まだまだ3日は耐えられそうですな。


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 日本経済新聞 迷走コメ先物、3度目の「仮免」延長 江戸の栄華遠く


 「江戸時代の農民たちは、米を年貢に納めてヒエとアワを食っていた」

という迷信がございます。


これがどこから生まれた話かわかりませんが、江戸時代には普通に米を食っていたようです。


飢饉の時は別ですよ。

なにしろ、作物が育たず収穫に至らないんですから。


そうそう、

 「恐竜は変温動物で、全身が鱗に覆われていた」

というのも何の根拠もない迷信でして、21世紀の現在では

 「恐竜は恒温動物で、全身が羽毛に覆われていた」

とする説が優勢になっております。


私の見解を申しあげますとね、なぜ

 「恐竜の皮膚は〇〇だった」

などと、たった一つの結論をその生態に求めるのかがわかりませんな。


鱗のやつもいたでしょうし、羽毛のやつもいたんでしょう。


ひょっとして恐竜の中には、

 「幼少期は全身が鱗に覆われていて、大人に成長すると羽毛になる」

などという、生物学的常識を覆す凄いやつがいたかもしれませんぜ?


人間だって、

 「幼少期はフサフサ、大人になるとツルツル」

みたいなやつがいるじゃないですか。


将来、人間の化石を掘り出した生命体が、ですね・・・

 「こいつらの頭には毛があったはずだ!」
 「いや、こいつらの頭は鱗も羽毛もなくてツルツルだった!」

みたいな論争が始まるかもしれませんなあ。


フサフサだろうがツルツルだろうが、たいした違いはないと思いますけどね。

( ↑ まだ某代議士先生のハゲ野郎ペシペシ発言を根に持ってるらしい ↑ )


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えーと


江戸時代の農業技術は現在に比べれば限られたものでして、例えば化学肥料もありませんし化学農薬もありませんでした。

その代わり、

 「セレブの人糞」
 「町人の人糞」

などと、肥溜め内容物によって堆肥のグレードがあったようです。


それにしましても、江戸の人達ってのは何考えてたのかよくわかりませんな。

 「必要は発明の母である」

なんて表現がありますけど、鼠(🐀)は追い詰められると猫(🐈)を噛むそうでございます。


江戸ってのは当時世界最高の人口密度を誇ってましてね、普通の学者さんたちが計算すると「有り得ない混雑」らしいです。

今は石油燃やして電線引いて低いところのものを高いところに運んだり、化学薬品使って雑菌消毒など一瞬でできますけど、当時はニュートン力学に従って物を動かしたり、雑菌にまみれて衣食住をこなしてたわけでして、いわゆる「必要」の度合いが究極に高かったはずであります。


普通の国の民ですと、江戸くらい人口密度が増える前に伝染病で死に絶えてしまったり、食料争奪戦が勃発して治安を維持できなくなったりしたんです。

 「なぜ江戸だけが・・・」

とまあ、世界中の学者さんたちが不思議に思ったりするわけです。


こういった論争に結論なんかないんですけどね。


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えー・・・


前記した日本経済新聞社さんの記事ですが、そんな江戸時代に生まれた「商品先物取引」と言われる仕組みが瞬く間に世界中に広まりまして、あらゆる農産物には先物商品が誕生しております。

一方、この国では閑散相場となったため、閉じられた市場を再開できない状況でございます。


私にも言いたいことはたくさんありますが、この場で「農地解放すべきでなかった」などと喚いても何も解決しませんから、このようなブログを細々書いているわけであります。


農家は(主語)、もっと金融商品の勉強をして、それを活用すべきであります。

江戸時代の精神はどこへ無くなったんです?


もう「必要」という概念すら無くなりましたか。


二〇一七年葉月廿日

おはようございます。


いやあ、昨晩の南関東地方では、雷雨で荒れましたなあ。

もうね、日常生活内容なら電灯が要らないくらい明るかったですよ(やや誇張)。


ちなみに・・・

雷雨といえば北関東地方の名物(というか特産物)じゃなくて「生活リスク」なんですが、昨晩はこれが東京都内を中心部とする地域に移りましてね、だいたい150kmくらい南下しました。


夜の都心人口なんてね、雷の下で傘さしながら花火みて、途中中止になると運営側に文句いうようなやつもいるんですよ。


こいつらには、都会人の本質を勘違いした我ら勘違い神奈川県民や、生まれも育ちも千差万別で玉石混淆の千葉県民や、賢明な選択として埼玉県内に居を構えた者ら(つまり、あたかも遠方観光客と比較して比較優位に浸る自称都会人な奴ら)と、普通に遠方地域から泊まりがけで堂々と田舎者として都心観光を楽しむ方々が含まれております。

(これら都民以外を総称して「お上りさん」と呼び、都心からの遠近に優劣など存在しない)。


なお、東京に暮らしたことの無い方は、

 「東京の人は、隣近所の付き合いもなく冷たい」

と思っていらっしゃるかもしれませんが、そんなことはなく、平素よりたいへん濃密で緊密な住環境であります。

(ちなみに、「東京」とは旧東京市、つまり23区を指す狭義の用語)。


一方、想定通りに冷たい方も大勢いらっしゃるんですが、これらは昔から江戸に住んでいた方ではなくて、戦後以降に引っ越してきた「自称先祖代々都民」の方々でございます。

私が思いますところ、大江戸東京のイメージを冷たい人間の集まりだと誤認させたのはこれらの方々でして、そもそも江戸から住んでいる方々というのはとても礼儀正しく思いやりがあり、幅1m程度の狭い路地でも互いにヒラリと身体や手荷物の干渉をかわすことのできる俊敏な年寄りたちであります。


近年、都内には「本当のセレブ」が増えましてね、また江戸市民たちとは異なる上品な方々でして、例えば普段から10ヶ国語を操ったり経済界でネットワークを持っていたり、このような方々が再び東京都民のイメージ向上に寄与なさっています。


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さて。


ここまで抽象的な運営管理論が続きました。

今週より、やや実務的な農家の運営管理へと移っていきます(ただし、私の気分と体調次第であります)。


では皆さま、ごきげんよう。