最近、再び弁証法関連のが売れているらしいですね。田坂広志あたりの「使える弁証法」とか。どちらかというとだいぶ哲学あたりの領域だと思うのですが、似た話というのが結構多いというのが今回のテーマ。


これらの「弁証法」について、2年ほどまえに創発と弁証法という記事で取り上げていた。


 正直あまり弁証法自体は、詳しくないですが、原形はソクラテスあたりからずっとあって、ヘーゲルが結構有名でその後マルクスあたりにつながっていったり、アドルノが否定弁証法などの本をかいてたり100年前にはやっていたみたい。それで、その考えかたが、昨今でいうところの創発というものとの関連があるんじゃないか(いわゆる概念が生まれたり、時間が導入するって話と、否定の否定とか運動あたりの話が。)というのが上記の記事。
 これらに加えてアブダクション(発想推論)もどうも関連しているみたい。個人的には、弁証法の形式的な表現(記号化)というか、そのあたりをちゃんとしてるひといないのかなと思っていたら、パース自身がどうもそこに着想を得ていたらしい。


http://blog.everfield.co.jp/?eid=8375


上記は、KJ法で有名な川喜田次郎の本の引用だが、どうもパースのアブダクションも関連しているとのこと。


以下、引用

「それでは最近に、アブダクションという言葉を使った学者がいるか。これも上山氏の著作から教えられたことだが、哲学者パースがそれを唱えている。パースはアメリカのプラグマティズム哲学の元祖のような人であった。その後半生において、彼はとくにこの言葉を使った。彼ははじめヘーゲルの弁証法を軽蔑し、あれは厳密な論理学ではないといっていた。ところが、後半生にだんだん考え方が変わって、事実上、弁証法に共感を覚え、それに関連して彼流の表現でアブダクションという言葉を使った。」

もとは上山春平さんあたりの研究みたいですが、そもそもパースのいう、アブダクションがどれほど形式化されていたかというと疑問もあるのだけど(実際に、その後20世紀には人工知能における研究も含めて多くの流派がいたり、たしかオッカムの剃刀的な話をしているひともいたような。いわゆる発見学とも関連している。)。

こうした厳密性はないが、人間が行う推論や思考の形式という、いわゆる形式論理学にとどまらない「広い意味での論理学」についてもどうにか形式化してこようと思ってきた足跡だと思う。

個人的な印象では、具体的なメカニズムの解明はあまり進んでないようにおもうが、位置づけというのを勝手に考えてみた。
大枠として「問題」があり、その「仮説」そのものを作るにはどうしたらいいかというのがあって、そのために既存のルールつかったり、類推つかったり、評価したりといろんなのがある、この辺がアブダクション。ところで、その「問題」ってのはそもそも何かというときに、実は現在の体系では語れない、矛盾というのが発生していることがある。
まとめると、矛盾があってその解消のためにどうにか仮説を探索する様々な技術という感じで、これら「発想」に関するものを位置づけできないだろうかと思った。

似たようなのを、たしかTRIZという発想支援システムでも言っていた気がするのだけど、こうしたものをきちんと記号で形式化させていけば、科学(数学?)になるような気はしている。おそらく厳密な形式論理からははずれるものにはなりそうだけど。


補:
こちらも参考に
http://blog.livedoor.jp/t01307kk/archives/50395307.html