奨学生
2009年12月30日
新聞奨学生懐古記.1257
以前とは異なり、畳ではなくフローリングの床。
壁も台所も、まだまだ真新しい雰囲気で、何よりも、以前より、部屋が大きい。
全ての面において、格段に向上している部屋が、何やら逆に、後ろめたい気もしていた。
「新しい部屋か、新しい部屋なんだな…」
私は更に呟くと、段ボール箱の横に、ぱたん…と倒れ込んだ。
両腕両脚を目一杯に広げ、大の字を表現してみる。
こうすると、あたかも子供の感情に戻った様に、自分の所有物…と言う実感が出てくるのだから、不思議な限りである。
「はぁ…。新しい部屋か」
私は同じ事を呟きながら、床に圧迫され始める背中も全く気にせず、暫く、その体勢を保ったままだった。
「これからまた一年、宜しくお願いします」
誰に言うでもなく、天井に向かって呟くと、私は、何だか愉快になり、ふっ…と鼻を鳴らしていた。
窓から差し込む陽光が妙に暖かく、部屋全体を、まるでシャボン玉の中の様に、ふんわり包み込んでいる。
「すっかり、春の季節になったんだな…」
私は、両手を枕にそう呟くなり、ふと目を瞑ると、暫くの間、色々な感傷に浸り始めていた。
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壁も台所も、まだまだ真新しい雰囲気で、何よりも、以前より、部屋が大きい。
全ての面において、格段に向上している部屋が、何やら逆に、後ろめたい気もしていた。
「新しい部屋か、新しい部屋なんだな…」
私は更に呟くと、段ボール箱の横に、ぱたん…と倒れ込んだ。
両腕両脚を目一杯に広げ、大の字を表現してみる。
こうすると、あたかも子供の感情に戻った様に、自分の所有物…と言う実感が出てくるのだから、不思議な限りである。
「はぁ…。新しい部屋か」
私は同じ事を呟きながら、床に圧迫され始める背中も全く気にせず、暫く、その体勢を保ったままだった。
「これからまた一年、宜しくお願いします」
誰に言うでもなく、天井に向かって呟くと、私は、何だか愉快になり、ふっ…と鼻を鳴らしていた。
窓から差し込む陽光が妙に暖かく、部屋全体を、まるでシャボン玉の中の様に、ふんわり包み込んでいる。
「すっかり、春の季節になったんだな…」
私は、両手を枕にそう呟くなり、ふと目を瞑ると、暫くの間、色々な感傷に浸り始めていた。
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2009年12月29日
新聞奨学生懐古記.1256
なにせ、私の荷物は、昭和の貧乏学生並に、極端に少ないのだ。
その為、「引っ越しで、トラック借りようか?」と言ってくれるオオタキさんの行為を、丁重に断り、
ひとり、『月見荘』の間近にある販売所へ、カブを往復させる引っ越しを敢行したのである。
しかしながら、テレビであったり、ラジカセであったり、その程度であれば、カブの荷台に載るのであるが、
流石に、長さのある炬燵だけは、縦に積もうが、横に積もうが、やはり運べない。
これだけは、ひぃひぃ…と言いながら、背負う様に持って、販売所の二階へ運び入れていた。
「いやぁ…。取り敢えず、引っ越しは終わったか。妙に簡単だったけど…」
私は、販売所の二階にあるワンルームの玄関に、最後の段ボールを起きながら、ぼそり、そう呟いていた。
結局、五往復もしない内に、全ての引っ越しが完了していたのだが、
古巣(?)から、新しい場所への移動である。
馴染む意味合いもあったのか、引っ越しの片付けもせずに、
暫し、フローリングの床に座り、新たな住まいを、くるり眺めていた。
「新しい場所…か」
ぼそぼそり、感傷に浸る様に、そう呟いていた。
その為、「引っ越しで、トラック借りようか?」と言ってくれるオオタキさんの行為を、丁重に断り、
ひとり、『月見荘』の間近にある販売所へ、カブを往復させる引っ越しを敢行したのである。
しかしながら、テレビであったり、ラジカセであったり、その程度であれば、カブの荷台に載るのであるが、
流石に、長さのある炬燵だけは、縦に積もうが、横に積もうが、やはり運べない。
これだけは、ひぃひぃ…と言いながら、背負う様に持って、販売所の二階へ運び入れていた。
「いやぁ…。取り敢えず、引っ越しは終わったか。妙に簡単だったけど…」
私は、販売所の二階にあるワンルームの玄関に、最後の段ボールを起きながら、ぼそり、そう呟いていた。
結局、五往復もしない内に、全ての引っ越しが完了していたのだが、
古巣(?)から、新しい場所への移動である。
馴染む意味合いもあったのか、引っ越しの片付けもせずに、
暫し、フローリングの床に座り、新たな住まいを、くるり眺めていた。
「新しい場所…か」
ぼそぼそり、感傷に浸る様に、そう呟いていた。
t01664060654 at 07:26|Permalink│Comments(0)│
2009年12月28日
新聞奨学生懐古記.1255
さて…。
そんな状況で、睡眠不足を引っ提げながら、それでも新聞配達を終えて、再び、眠りに就いた後の話である。
私は、ただでさえ何も無い部屋が、更に、がらん…と広がっているのを、ぽんやりと玄関口で眺めていた。
ふと、背後を振り返ると、段ボールが、みっつ、よっつ、積み上げられている。
この部屋に納められていた荷物が、そこに全て、集約されているのである。
「相変わらず、荷物が少ないよなぁ…」
私はそう呟くと、思わず、苦笑いを浮かべていた。
去年もそうだが、今年も、さっぱり荷物が増えていないのだから、何だか、それが滑稽に思えてしまう。
一年間、ここで過ごしていた証…とでも言うのか、
記憶としての思い出は多いものの、荷物としての思い出が少ないのが、私らしくもあった。
ただ、引っ越しという状況に至っては、この極度に少ない荷物は好都合である。
「さて…。そろそろ引っ越しでも始めようかな」
私はそう言うと、段ボールのひとつを持ち上げて、廊下を歩いていった。
そして、そのまま階段を下ると、青空が輝く外へと出ていく。
『月見荘』の傍らに停めてあるカブの荷台へ、段ボールを括り付けていた。
そんな状況で、睡眠不足を引っ提げながら、それでも新聞配達を終えて、再び、眠りに就いた後の話である。
私は、ただでさえ何も無い部屋が、更に、がらん…と広がっているのを、ぽんやりと玄関口で眺めていた。
ふと、背後を振り返ると、段ボールが、みっつ、よっつ、積み上げられている。
この部屋に納められていた荷物が、そこに全て、集約されているのである。
「相変わらず、荷物が少ないよなぁ…」
私はそう呟くと、思わず、苦笑いを浮かべていた。
去年もそうだが、今年も、さっぱり荷物が増えていないのだから、何だか、それが滑稽に思えてしまう。
一年間、ここで過ごしていた証…とでも言うのか、
記憶としての思い出は多いものの、荷物としての思い出が少ないのが、私らしくもあった。
ただ、引っ越しという状況に至っては、この極度に少ない荷物は好都合である。
「さて…。そろそろ引っ越しでも始めようかな」
私はそう言うと、段ボールのひとつを持ち上げて、廊下を歩いていった。
そして、そのまま階段を下ると、青空が輝く外へと出ていく。
『月見荘』の傍らに停めてあるカブの荷台へ、段ボールを括り付けていた。
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2009年12月27日
新聞奨学生懐古記.1254
勿論、私以外、誰も住んでいない状態である。
ただでさえ、静かな『この空間』が、より一層、静まり返ってしまう。
しかも、夜を迎えるにつれ、風が強くなり、びゅうびゅう…と廊下を駆け抜けていくのだから、堪らない。
「いやぁ…。なんか、妙な雰囲気になってきたなぁ。なんか、本当に嫌だよ。なんか出てこないだろうなぁ」
私はひとり、部屋でテレビを見ながら、ぼそり、そう呟いていた。
この建物には今、私だけしかいない…という事実が、いつも以上、過剰な意識を生み出していたのかも知れない。
明日も仕事があるので、そろそろ眠ろうか…と布団に入るものの、
臆病風に吹かれてしまい、なかなか、眠りに就く事が出来なかった。
しかも、こんな状況の時は何故、ふっ…と忘れ果てていた怪談話を思い出してしまうのだろうか?
あれやこれや…と、古いモノから新しいモノまで、様々な記憶が脳裏を過っていく。
その度、私の眠気は恐怖心に打ち消され、いつまで経っても眠れない。
非常に情けない話、殆んど、眠りに落ちる事無く、目覚まし時計に起こされる羽目になってしまっていた。
ただでさえ、静かな『この空間』が、より一層、静まり返ってしまう。
しかも、夜を迎えるにつれ、風が強くなり、びゅうびゅう…と廊下を駆け抜けていくのだから、堪らない。
「いやぁ…。なんか、妙な雰囲気になってきたなぁ。なんか、本当に嫌だよ。なんか出てこないだろうなぁ」
私はひとり、部屋でテレビを見ながら、ぼそり、そう呟いていた。
この建物には今、私だけしかいない…という事実が、いつも以上、過剰な意識を生み出していたのかも知れない。
明日も仕事があるので、そろそろ眠ろうか…と布団に入るものの、
臆病風に吹かれてしまい、なかなか、眠りに就く事が出来なかった。
しかも、こんな状況の時は何故、ふっ…と忘れ果てていた怪談話を思い出してしまうのだろうか?
あれやこれや…と、古いモノから新しいモノまで、様々な記憶が脳裏を過っていく。
その度、私の眠気は恐怖心に打ち消され、いつまで経っても眠れない。
非常に情けない話、殆んど、眠りに落ちる事無く、目覚まし時計に起こされる羽目になってしまっていた。
t01664060654 at 00:00|Permalink│Comments(0)│
2009年12月26日
新聞奨学生懐古記.1253
ただ、そんな厚遇にも拘らず、私の表情は勝れなかった様に思われる。
なにせ、一年間、ムラちゃんやカキオさんと、なんやかんやと言いながら、生活を送ってきた住まいである。
まだ、建物が残っていて、私の住居が変わるのであればまだしも、
その『思い出』とまではいかないものの、思い入れの詰まったモノが、影も形もなくなり、
来年には、違うモノに変容している光景を思い浮べてしまうと、やはり淋しい。
暑かった、寒かった、古臭かった…などと、住心地については、良い思い出はないのだが、
それはそれとして、何やら、感慨が襲ってきていた。
「俺もそろそろ、引っ越しの準備をしないとな…」
私はそう呟くと、溜息混じりに、『月見荘』の自室へ戻っていった。
さて…。
これは直前になるまで、全く気が付かなかった話ではあるのだが、
『月見荘』の住人で、最後の最後まで、この建物に残っていたのは、私だったらしい。
日を追う毎に、他の住人も、一人、二人…と引っ越しを始めてしまい、
いざ、私が『明日、販売所の二階へ引っ越し!』となった時分には、
誰も他には居ない状態にまで、建物が過疎化(?)してしまっていた。
なにせ、一年間、ムラちゃんやカキオさんと、なんやかんやと言いながら、生活を送ってきた住まいである。
まだ、建物が残っていて、私の住居が変わるのであればまだしも、
その『思い出』とまではいかないものの、思い入れの詰まったモノが、影も形もなくなり、
来年には、違うモノに変容している光景を思い浮べてしまうと、やはり淋しい。
暑かった、寒かった、古臭かった…などと、住心地については、良い思い出はないのだが、
それはそれとして、何やら、感慨が襲ってきていた。
「俺もそろそろ、引っ越しの準備をしないとな…」
私はそう呟くと、溜息混じりに、『月見荘』の自室へ戻っていった。
さて…。
これは直前になるまで、全く気が付かなかった話ではあるのだが、
『月見荘』の住人で、最後の最後まで、この建物に残っていたのは、私だったらしい。
日を追う毎に、他の住人も、一人、二人…と引っ越しを始めてしまい、
いざ、私が『明日、販売所の二階へ引っ越し!』となった時分には、
誰も他には居ない状態にまで、建物が過疎化(?)してしまっていた。
t01664060654 at 07:46|Permalink│Comments(1)│
2009年12月25日
新聞奨学生懐古記.1252
いつ、どれだけ贔屓目に見ても、青々とした空が上に広がっていたとしても、
やはり、この古さは別格であり、住宅街においては異質の佇まいでもある。
ただ、この『月見荘』も、三月末で取り壊され、新しいアパートを立てるのだと言う。
建設から何年の月日が経っているのか、それは全く知らないのだが、新しい建物を作るくらいである。
相当に古く、元を上回る収入も得たのだろう。
ここにきて、ついに御役御免と言った感じだった。
「ここに住めるのも、あと、数日しかないんだな…。なんだかなぁ…」
私は、『月見荘』を見上げたまま、ぼそぼそり、そう呟いていた。
私の行き先は、販売所の二階にある、今までワタベさんが住んでいたワンルームである。
彼が専業を止める事になった為、急遽、私の入居が決まったのだ。
勿論、ワンルームである。
台所や風呂もトイレも併設されており、
トイレが共同であったり、風呂が無い為、近くの銭湯に行ったり…などなど、
原始的(?)な住居から比べれば、まさに、急転直下の飛躍。
小踊りでもしてしまいそうな程、待遇が上昇する展開だった。
やはり、この古さは別格であり、住宅街においては異質の佇まいでもある。
ただ、この『月見荘』も、三月末で取り壊され、新しいアパートを立てるのだと言う。
建設から何年の月日が経っているのか、それは全く知らないのだが、新しい建物を作るくらいである。
相当に古く、元を上回る収入も得たのだろう。
ここにきて、ついに御役御免と言った感じだった。
「ここに住めるのも、あと、数日しかないんだな…。なんだかなぁ…」
私は、『月見荘』を見上げたまま、ぼそぼそり、そう呟いていた。
私の行き先は、販売所の二階にある、今までワタベさんが住んでいたワンルームである。
彼が専業を止める事になった為、急遽、私の入居が決まったのだ。
勿論、ワンルームである。
台所や風呂もトイレも併設されており、
トイレが共同であったり、風呂が無い為、近くの銭湯に行ったり…などなど、
原始的(?)な住居から比べれば、まさに、急転直下の飛躍。
小踊りでもしてしまいそうな程、待遇が上昇する展開だった。
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2009年12月24日
新聞奨学生懐古記.1251
そして、直ぐ様、車は走り出した。
それでも、狭い道である。
ゆっくりと、まるで周りの景色を吟味するかの様に、のろのろ車は前へ前へと進んでいく。
車に乗り切れず、トラックの後方に結び着けられたカキオさんの自転車が、
不安を覚えてしまう程、かたかた揺れ動きながら、付き従っている。
何だか、それが滑稽で、私は思わず、くすり…と笑ってしまっていた。
「カキオさんとも、これでお別れか…。あの人の事だから、次はいつ逢えるのやら…」
私は、ぼそり、そんな事を呟くと、角を曲がってしまい、見えなくなったトラックの残影を探しながら、暫し、その場に立ち尽くしていた。
別に、悲愴感は無かった。
多分、ムラちゃんの時とは異なり、さばさば…と状況が動いた為、わさわさ…と心に触る部分が少なかったのだろう。
『カキオさんが去った』という事実だけ頭を駆け巡り、他の感情は余り生まれては来なかった。
「やれやれ…」
私は、がりがり…と頭部に爪を立てながら、一度、小さく伸びをした。
そして、そこでやっと道路から視線を剥がすと、
なんの気なしに、一年間、住み馴れた『月見荘』を見上げてみた。
それでも、狭い道である。
ゆっくりと、まるで周りの景色を吟味するかの様に、のろのろ車は前へ前へと進んでいく。
車に乗り切れず、トラックの後方に結び着けられたカキオさんの自転車が、
不安を覚えてしまう程、かたかた揺れ動きながら、付き従っている。
何だか、それが滑稽で、私は思わず、くすり…と笑ってしまっていた。
「カキオさんとも、これでお別れか…。あの人の事だから、次はいつ逢えるのやら…」
私は、ぼそり、そんな事を呟くと、角を曲がってしまい、見えなくなったトラックの残影を探しながら、暫し、その場に立ち尽くしていた。
別に、悲愴感は無かった。
多分、ムラちゃんの時とは異なり、さばさば…と状況が動いた為、わさわさ…と心に触る部分が少なかったのだろう。
『カキオさんが去った』という事実だけ頭を駆け巡り、他の感情は余り生まれては来なかった。
「やれやれ…」
私は、がりがり…と頭部に爪を立てながら、一度、小さく伸びをした。
そして、そこでやっと道路から視線を剥がすと、
なんの気なしに、一年間、住み馴れた『月見荘』を見上げてみた。
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2009年12月23日
新聞奨学生懐古記.1250
さて…。
そんな風にして、ムラちゃんと別れてより、数日後。
彼に続く様に、カキオさんの引っ越し当日となっていた。
ただ、カキオさんの場合、就職先のアニメ関連会社が、然程、遠い場所にある訳ではなかったので、
手近な『赤帽』に引っ越しを依頼し、自分自身も一緒に新天地まで運んで貰う算段を組んだらしい。
独り暮らし慣れした彼らしく、低予算で最大限の効果を発揮した方法だった。
「それじゃ、今度は、なかなか逢えなくなるけど、元気でね」
「あ、はい…。カキオさんも、仕事、頑張って下さいね。大変とは思いますが…」
「うん、分かった。取り敢えず、またね…」
「はい…。カキオさんも、また、何処かで…」
「うん…。何処かで、ね」
カキオさんはそう言うと、『赤帽』の助手席に、そそくさと乗り込んだ。
特に、名残惜しさも後ろ髪が引かれている雰囲気も皆無である。
何だかなぁ…。
なんて言うのか、本当に、カキオさんらしい去り方だな…。
私は、車へ乗り込む彼の背中を見つめながら、ふと、苦笑いが零れていた。
ある意味、冷淡な態度に、彼の決意の堅さを感じ取った気がしてもいた。
そんな風にして、ムラちゃんと別れてより、数日後。
彼に続く様に、カキオさんの引っ越し当日となっていた。
ただ、カキオさんの場合、就職先のアニメ関連会社が、然程、遠い場所にある訳ではなかったので、
手近な『赤帽』に引っ越しを依頼し、自分自身も一緒に新天地まで運んで貰う算段を組んだらしい。
独り暮らし慣れした彼らしく、低予算で最大限の効果を発揮した方法だった。
「それじゃ、今度は、なかなか逢えなくなるけど、元気でね」
「あ、はい…。カキオさんも、仕事、頑張って下さいね。大変とは思いますが…」
「うん、分かった。取り敢えず、またね…」
「はい…。カキオさんも、また、何処かで…」
「うん…。何処かで、ね」
カキオさんはそう言うと、『赤帽』の助手席に、そそくさと乗り込んだ。
特に、名残惜しさも後ろ髪が引かれている雰囲気も皆無である。
何だかなぁ…。
なんて言うのか、本当に、カキオさんらしい去り方だな…。
私は、車へ乗り込む彼の背中を見つめながら、ふと、苦笑いが零れていた。
ある意味、冷淡な態度に、彼の決意の堅さを感じ取った気がしてもいた。
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2009年12月22日
新聞奨学生懐古記.1249
小さな身体を無理矢理に、くいっ…と背伸びでもする様に上げるなり、
私の目線と同じ高さに、さささ…っと、彼の目を持ってきた。
もう、双眸には、涙が満ち満ちていた。
「ほんま…。ほんまにそうやな。ハナヤマ君の言う通りやわ。また、何処かで…やな」
「うん、そうだね…」
私は、なるたけ笑顔を努めながら、詰まる言葉を無理に吐き出す様に言うと、小さく頷いて見せた。
もしかしたら、相手の感情に流され、私自身の瞳も潤んでいたかも知れない。
不明瞭な視界が、何だか妙に焦れったかった。
「それじゃ、また…」
「うん、それじゃ、またね」
私は、名残惜しそうに歩き出したムラちゃんの背中を眺めながら、
彼に聞こえないくらい小さな声で、そう呟いていた。
これからムラちゃんは、俺の知らない場所で、新しい生活を始めるんだな…。
ふと、そんな考えが頭を掠めていく。
それが少し淋しくて、少しばかり嬉しくも思えた。
「保護者面も、もう、これで終わりなんだな…」
私は、すでにムラちゃんが去ってしまった廊下に、一人、ぽつねん…と立ち尽くしながら、
溜息を吐き掛かった口を抑えながら、ぽつり、そんな事を呟いていた。
私の目線と同じ高さに、さささ…っと、彼の目を持ってきた。
もう、双眸には、涙が満ち満ちていた。
「ほんま…。ほんまにそうやな。ハナヤマ君の言う通りやわ。また、何処かで…やな」
「うん、そうだね…」
私は、なるたけ笑顔を努めながら、詰まる言葉を無理に吐き出す様に言うと、小さく頷いて見せた。
もしかしたら、相手の感情に流され、私自身の瞳も潤んでいたかも知れない。
不明瞭な視界が、何だか妙に焦れったかった。
「それじゃ、また…」
「うん、それじゃ、またね」
私は、名残惜しそうに歩き出したムラちゃんの背中を眺めながら、
彼に聞こえないくらい小さな声で、そう呟いていた。
これからムラちゃんは、俺の知らない場所で、新しい生活を始めるんだな…。
ふと、そんな考えが頭を掠めていく。
それが少し淋しくて、少しばかり嬉しくも思えた。
「保護者面も、もう、これで終わりなんだな…」
私は、すでにムラちゃんが去ってしまった廊下に、一人、ぽつねん…と立ち尽くしながら、
溜息を吐き掛かった口を抑えながら、ぽつり、そんな事を呟いていた。
t01664060654 at 00:00|Permalink│Comments(0)│
2009年12月21日
新聞奨学生懐古記.1248
そして、一度、私が離した両手を、再び、ぎゅっ…と握り締めてくる。
潤んでいる双眸を、こちらに向けながら、やおら、口を開いてきた。
「ほんま、ありがとな…。ほんま、ありがとな、ハナヤマ君」
「うん、うん…。こっちこそ、本当にありがとうね」
「うん、それじゃ、そろそろ行くわ…」
「うん…」
「それじゃ…」
ムラちゃんはそう言うと、名残惜しそうに、ゆっくりと手を離した。
そのまま、くるり…と横を向くと、廊下を歩いて去ろうとする。
「あ、ちょっと待って」
余り後味の良くない別れの挨拶に、私は思わず、靴も履かずに、廊下へ飛び出していた。
「どうしたん…? 急にどうしたんよ?」
きょとん…とした顔で振り返りながら、彼がそう問い返してくる。
「あ、いや、あのね…」
私は小さく息を吐くと、笑顔を浮かべながら続けた。
「それじゃ…って言葉は、ちょっと淋しいからさぁ」
「う、うん…」
「だから、またね…。また、何処かでね」
「あ…」
途端、ムラちゃんの表情が真顔に変わった。
ただ、それも余り長くは続かない。
直ぐ様、ととと…と、こちらへ近付いてくる。
潤んでいる双眸を、こちらに向けながら、やおら、口を開いてきた。
「ほんま、ありがとな…。ほんま、ありがとな、ハナヤマ君」
「うん、うん…。こっちこそ、本当にありがとうね」
「うん、それじゃ、そろそろ行くわ…」
「うん…」
「それじゃ…」
ムラちゃんはそう言うと、名残惜しそうに、ゆっくりと手を離した。
そのまま、くるり…と横を向くと、廊下を歩いて去ろうとする。
「あ、ちょっと待って」
余り後味の良くない別れの挨拶に、私は思わず、靴も履かずに、廊下へ飛び出していた。
「どうしたん…? 急にどうしたんよ?」
きょとん…とした顔で振り返りながら、彼がそう問い返してくる。
「あ、いや、あのね…」
私は小さく息を吐くと、笑顔を浮かべながら続けた。
「それじゃ…って言葉は、ちょっと淋しいからさぁ」
「う、うん…」
「だから、またね…。また、何処かでね」
「あ…」
途端、ムラちゃんの表情が真顔に変わった。
ただ、それも余り長くは続かない。
直ぐ様、ととと…と、こちらへ近付いてくる。
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