内弟子に入って二週間。
 家事ばかりしている喜代美はなぜ落語の稽古を付けてくれないのか
 分からない。
 
 まあ、あの年では分かりませんな。
 私も19歳頃にあの状況に置かれていたとしたら同じように思ったことでしょう。
 最後の方の草原さんの台詞は今の私にはよく分かります。
 
 では、何故落語家の修行に家事などの雑用が大切なのか?
 落語家さんは分かりませんが最近ドラマを観ていて私が気が付いたことを書きましょう。

 ドラマ『歌姫』の中で、相武紗季ちゃん演じる鈴が動揺の余り切っていた沢庵を繋げたまま食卓に出してしまうシーンがあります。
 台所で包丁を切る動作が確かに繋がってしまうような動作をしていたのです。
 包丁で食材を切る時、上から下へ刃を下ろす時は斜め下に前へ移動し更に後ろへ引くと見事に食材は分離する訳です。
 しかし、動揺して上の空の鈴は単に包丁を上下して次々と切っていました。
 こうした手の動きは実際料理をしていないと分かりません。
 私は包丁を動かしている仕草を観た時点から、この沢庵は繋がったままだなと分かりました。
 つまり演じている相武紗季ちゃんは実際に家事をやっているので観客にも本物であるが伝わります。

 落語は限られた小道具を使って江戸時代の庶民の生活を描写しながら演じていく伝統芸能です。
 酒を飲む動作にしても、型だけでなく実際にどう飲んでいるかを見てみないと分からないかもしれない。

 うっかりA子が華やかな舞台に上がっているのを見て慌てる喜代美。
 
 しかしねえ、私が学んだライターズスクールでも。
 ちゃんとした文章が書ける様になるのは3年かかると言われましたから
 まだまだ序の口。