2011年11月04日

「TVCMはウェブの存在で効果が高まった」を書く前に・・

東京に来て10月で半年が過ぎました。
最初はいろんな戸惑いもありましたが、
心境はとても落ち着いてきています。

41歳になり、転勤でもないのに、住み慣れた名古屋を離れ、
住む場所を変えるのは、多少なりとも勇気が必要でしたが、
今はその判断をして良かったと思っています。

このブログもつい最近までは、もう止めようと思っていましたが、
落ち着いてきたのでまた書き始めたいと思います。

繰り返し書いてきましたが、僕は1996年終わりぐらいから、
ネット広告に携わりウェブを中心に15年間仕事をしてきています。

ここ7年ぐらいはウェブの領域にとどまることなく、
アカウントプランニングを軸にあらゆる企業のコミュニケーション
活動のお手伝いをさせてもらっています。

その中でここ数年、力を入れてきたことは
「TVCM+ウェブ」の流れです。

「そんなのみんなやってる!」

と思うかもしれませんが、僕が特に手がけてきたことは、

「TVCMを実施したことがない」

TVCMを以前やっていたけど、(無駄だから)止めている」

というクライアントさんが中心です。

私も1990年初頭、まだウェブやネットに携わってなかった頃、
TVCMに携わっていた時期がありました。それ以来、雑誌媒体の
立ち上げ、広告営業。しばらく、広告を離れ、ウェブの出現で
この世界へ戻ってきたわけですが、ウェブが出現したことで
僕はTVCMはもっと活かされると思っていたわけです。

それがなぜか、ウェブやネット広告の出現でTVCMはダメ。
そんな論調が言われるようになってきました。

特にウェブサイドにいる方々から。

僕はその論調は正直、おかしいと心の中では思っていました。
でも、ウェブ周りの人がそういうのも理解はしていました。
「TV vs ネット」。まあ、特にネット側はその構図を出した方が
予算はとりやすかったのは事実でしょうし・・ 

話は少しそれましたが、それから少し経った2006年に
1冊の本が発売されました。

(邦題)「テレビCM崩壊」

僕はこのタイトルを見た時、自分が再度TVCMに携わり、
ウェブで培ってきたノウハウを合わせもつことで、
TVCMのさらなる可能性を見いだせるはずだと強く思ったのです。

(つづく)














  

2011年10月04日

「一見関係なさそうな事柄を結びつける思考」

10月2日の日経新聞にハーバード軽大学院教授のクレイストン・クリステンセン氏が「トップ先導で新事業を」の記事の1センテンスにこんなことが書かれていました。

「調査の結果、革新的企業のリーダーに共通するスキルが見つかった。最も大事なのは一見関係なさそうな事柄を結びつける思考だ」

実はこの「一見関係なさそうな・・・」のフレーズはアカウントプランニングにおいて重要な話となってよく出てきます。例えば企業側や生活者側を理解するためのデプスインタビューでも大事だと言われていますし、アカウントプランニングそのものにも必要な要素です。

僕はアカウントプランニングをさらに進化させるべく、いろいろ実践しているわけですが、このフレーズに関連したことは今まで読んだ本にも似たことが書かれており、それを昨日、まとめてみたので、ここに残しておきたいと思います。

ちょっと難しい言葉が並びますが、それでも比較的わかりやすいと思います。

以下

・10/2 日経 クリステン氏
「最も大事なのは一見関係なさそうな事柄を結びつける思考

・ゲシタルト心理学(ギョーム) 八木氏訳
206P 「進歩は知覚の再体制化において成立。そこに現れる知能=洞察(Einsicht)

・心脳マーケティング(ザルトマン)
37P 「深い考察を得ることで、一見したところ異なるターゲット市場に属する消費者の間にも、消費行動上の共通項を発見することができる」

・アカウントプランニング思考 小林保彦編著
48P「事実を認識する方法・・直観認識:規制の概念(言葉)を取り払って、動態的全体としての対象物そのものに入り込み、共感によって対象を把握する」

・アイデアのつくり方(J・W・ヤング)
6P 「知識はよく消化されて、最終的な新鮮な組み合わせと関連性をもった姿となって心に浮かび出てこなければ意味がない。・・(略)アインシュタインはこれを直観と呼び、直観だけが新しい洞察に到達する唯一つの道だと言っている」(ウィリアム・バンバック)

38P 「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」

・アカウントプランニングが広告を変える(ジョン・スティール)
31P 「根底に流れているのは、全体論を志向する動き。つまり、一見関係ない部分と部分の間に存在する関係性に最も高い価値を与えようとする動き」【新しい科学 マーガレット・ウィトリー】

ここまで書いて河野さんが似た記事として、ほぼ日のインタビューの中でもあるよと教えてくれたのでそれも加筆させてもらいます。

任天堂 宮本さんの言葉
「アイデアというのは 複数の問題を一気に解決するものである」
参照 ほぼ日の記事  

2011年09月21日

9/18日経新聞「インタビューの極意」梯久美子さん

まずは今回の豪雨。長年住んでいた名古屋が
ひどいことになっていて、心配しています。

僕は2000年の東海豪雨を経験していて、それ以来の凄さで。
ただ、あの経験が活きているのか、避難勧告や指示もスムース
だったように思います。何もないことを祈ります。

さて、先日の日経の記事。とても心に響きました。
僕も数多くのインタビューをしますが、日頃、
感じてはいるけれども言葉にできなかったことが
多く書かれていました。

梯さん曰く「出たとこ勝負」「インタビューのノウハウはない」と
言いながらも、いつも取材に向かうときに、いつも思い浮かべる光景、
その話が興味をひきました。

ランチタイムのざわざわした店内の中、1組のカップルがいて、
ほかのお客や店の人がテーブルの側をしょっちゅう通るのに、
彼女は向かいの男性だけ見てる。それも、幅のある、ゆったりした視線で。

梯さんは「こういうカップルは意外と少ない」と話しています。

「周囲の動きに気を取られたり、頭の隅で別のことを考えていたりする」。

「そして人は、相手の気持ちが散っていることを、敏感に見抜く」

ここ、「確かに!」って痛切に思うんです。

僕も何回もこの経験があって、その時、相手は少し寂しそうな顔をします。
だから、インタビューの際、そうならないように、誰が遮ろうと、仮に
相手が気をそらしても、僕はそうならないよう努めて来ました。

それって、簡単そうで難しいんです。「幅のある、ゆったりした視線で」
その空間を保つっていうのは極意なんですよね。

それを梯さんは

取材相手とひとつの繭の中に入ることをイメージする」

と言っています。

ここで繭とは、言い得て妙で、

「周囲と完全に遮断するのではなく、やわらかで隔てる薄い膜」

を指しています。

「短い時間の中で相手の人生が垣間見えることがあるのがインタビューの醍醐味」

「そしてそのときインタビュアーも、また自分自身を隠しようもなく、
 相手をさらすことになる」

「インタビューに極意があるとすれば、そのときの自分の全部を惜しみなく
 差し出すこと
なのかもしれない」

全く同感で、これ以上のアドバイスは他にないと思いました。
今年一番の良記事です。これを読み終えたとき、幸せな気分でした。






  

2011年09月15日

DSPがネット広告代理店にもたらす変化

ちょっと強引なタイトルだと思いながら
久しぶりにこちらのブログを書きます。

先日、こんなニュースが舞い込んできました。

「「マイクロアド、Googleの運営する
『DoubleClick Ad Exchange』と 『MicroAd BLADE』の
RTB接続を完了 国内DSP業者としては初」


いまさら、アドエクスチェンジって?DSPって?RTBって?SSPって?
という説明をするつもりはありません。検索すれば分かると思うので
割愛します。

※詳しく知りたい人は野口さんのブログ(Defining the Future)
数年前から遡って読んでください。

実はこの考え方や技術、市場は随分前からあるわけで
真新しさは全く感じられないのですが、日本はここに来て
にわかに話が盛り上がっているのは周知の事実です。

簡単に言うと、ネット広告代理店において
検索連動広告の市場が飽和してきて、ディスプレイも
力を入れないとなあというのが本音かもしれません。

それに伴いアトリビューションなんて言葉も良く耳にします。
(僕にとっては何を今さら・・・ってな感じの話ばかりですが)

僕は数年前にブログの紹介をした野口さんに直接、
会わせてもらう機会がありました。

当時、ネット広告の可能性を拡げていきたい僕にとって
彼の話は大いに刺激的で現実味を帯びたものでした。

ただその時に感じたのは、いわゆるそれって
「ネット代理店って必要なの?」という疑問でした。

僕はその時、既にネットだけでご飯を食べている
アカウントプランナーではなかったのですが、
さらにポジションをシフトさせていこうと考えていた時期なので
なおさら強くそう感じました。

最近の横山さんのブログ(業界人間ベム)には、また違った
角度でDSPのことも書かれていますが、要はここに書かれているとおり、
純広も「手売り」はなくなっていくだろうと、野口さんと話をしたときに
漠然と感じたのです。

確かに「枠売り」というのは、どこのネット代理店も少なくなっては
来ていたと思います。だから、DSPの存在でどうのこうのと慌てている
ことはないでしょう。

ただ、ディスプレイ広告におけるCPCやCPAの管理を
DSPが可能にしてくれるということはそこの間に入る
「人」はどうやって存在できるのでしょうか?

言い換えれば、ネット広告代理店の「人」に求められる
質、その内容が変化することを意味するのだと思います。

つまり、ネット広告代理店に求められるものそれ自体が
大きく変化するということです。求められることは
CPC,CPAそんな次元の領域ではなくなっていくはずですし、
そもそも既にその動きはとうに始まっています。

枠をとること、CPAを管理すること、都合の良い狭義のROI、
KPIという言葉を盾にしてきたネット広告代理店は
変化できなければ、淘汰されると思います。
また淘汰された方がこの業界にとっては良いことでしょう。

いまこそ、本来のアカウントプランニングに戻り、
「人しかできないこと」にフォーカスをあて、
あるべき姿に再設計されることを大いに期待していますし、
私もその一員でありたいと思います。  

2011年08月22日

改めて考える「Insight」という言葉

アカウントプランニングには欠かせないInsight(インサイト)。

これを僕の友人は「なんだか怪しいもの」と言っていて(笑)
その言っている意味合いが、なんとなくわかります。

インサイトもアカウントプランニングと同じく言葉の意味合いが
多様で、どうにでも解釈できてしまう所にその怪しさが
感じられるのかもしれません。

その言葉にも僕の中には明確な定義があります。
それは小林保彦氏編著の「アカウントプランニング思考」に
書かれたそのまんまを僕のこの言葉の定義としています。

以下 引用

「インサイト」(insight)とは辞書によれば、「洞察、見識、
識見、見抜く力」とあり、鋭い観察力で物事を見通す力を
指している。

見通すとは、新しい事態に直面した時、過去の経験に
よるものではなく、課題と関連させて全体の状況を
把握し直すことにより
、自己の行動パターンを意識化し、
その原因や意味を理解することを言う。

以上 引用終わり

特に大事な所を太字にしてみました。

「新しい事態に直面した時、過去の経験によるものではなく、
課題と関連させて全体の状況を把握し直す」


これが僕にとってのインサイトです。

ひと言でいえば、直観力ですね。本質を見抜く力。それがインサイト。
ループさせるようですが、本質を見抜くためには、

「課題と関連させて全体の状況を把握し直す」

ことが重要なのです。

アカウントプランニングのインサイトとは正にこれを指し、
全体の状況を把握し直すことができるからこそ、
多様で複雑な社会にも適応できるのだと思っています。

昨日、アカウントプランニングは進化していると書きましたが
それも今日、書いたことに関連しています。

アカウントプランニングが進化できているのは
この「課題と関連させて全体の状況を把握し直す」という
工程がどの時代にもあるからです。

もうちょっと詳しく、時間のあるときにまた書きます。



  

2011年08月21日

アカウントプランニングは進化している

最近、確実に感じていることは

「アカウントプランニングは進化している」

ということです。

それを感じるために、僕は、以前から
アカウントプランナーなりアカウントプラナーなり
その職種の意味を理解し誇りにしている人たちと会う
必要があると感じていました。

名古屋にいたときは、なかなかそれが叶わなかったのですが、
折角、東京に来たのだから、積極的に会いに行こうと思い、
1番会いたいと思った人に会ってきました。

たった数時間ですが、さらに広い深い領域で
アカウントプランニングを進化させて
実現している姿を目の当たりにし、
とても刺激を受けました。

またこちらの考えていることも話を聴いてもらい
それがずれていないことも実感できました。

「これからもっともっと必要とされますよ」

この力強い言葉は特に嬉しかったですね。

アカウントプランニングは進化しているし、
さらに進化させていきたいと思います。

次回、もう少し今回の話を深めて書きますね。







  

2011年07月19日

なぜ「アナログなWEBアカウントプランナー」なのか?(二)

前回のエントリーから約1ヶ月。ダメですね。
プライベートのことは、こちらに書き始めているので
なおさらこちらに書かない。そして極めつけはシリーズ化すると
準備しないと書けなくなる。これ悪循環です。

前回も書きましたが、現在、僕のアカウントプランナーとしての仕事は
何もWEBに限った話ではないのですが、なぜタイトルをこのままにして
ブログを書いているかといえば、それは15年ぐらいの前にWEBとの出合いの
インパクトが強かったから、その後、WEBに特化して仕事をしてきたからです。

「(ウェブの)インタラクションがアカウントプランニング(AP)の
基本となるダイアローグと結びついたとき、APはさらに進化する」。


そう思って僕はWEB黎明期から力を入れてきました。

まず、力を入れたのは「ログ解析」です。今では当たり前のこの作業も
1996年、97年あたりは結構、大変だったと記憶しています。

特に「何を指標としたらいいのか?」それ自体が議論の的でした。

僕はアカウントプランナーとしてやりたかったことは、
ユーザーがサイトに訪れ起こすインタラクションを可視化させる
=つまりユーザーとの対話を円滑にするためにどのようなデータをとっていけば
有効なのか?、それを指標化させたかったのです。

もちろん、どれだけの人数が訪れるのか?それも大事でしたが、
それ以上に、訪れたユーザーは次にどのサイトを訪れ、どれぐらい滞在してくれるのか?

僕はクリックというものが、ユーザーのインタラクションを示すものだと
感じていたので、それがどのように遷移していくことで、ユーザーが求めて
いるものが何か?ユーザーの行動理解につなげたかったのです。

今はもう日本にはないと思いますが、当時、とあるログ解析ツールは
アカウントプランナーの僕と、とある開発者でこういった議論を繰返しつくりあげ
それをオーストラリアの会社へ権利を一端、売却し、あちらの開発者と共に
さらに練り上げたりもしていました。

とにかく、ユーザーのクリック遷移(インタラクション)を知りたく、
またそれが可視化でき、仮説が立てやすくなったことで、ウェブというツールは
1997年以降、アカウントプランニングには欠かすことができないものに
なるだろうと、さらにのめり込んでいったのです。

つづく


  

2011年06月21日

なぜ「アナログなWEBアカウントプランナー」なのか?(一)

先日、とある人から僕に質問がありました。

「(堂森の)仕事はWEBだけじゃないのに、なんでブログのタイトルは
 アナログなWEBアカウントプランナーなのか?」と。

これ、とても鋭い質問なのですが、返答が長くなるのと
まとめるには難しい質問なので、今まで避けて通ってきたのですが、
ここで何回かに分けて、書いていきたいと思います。

僕がアカウントプランニングという言葉に出合ったのは
1991年ころ。学生の時でした。

広告に興味があった友人と英文を読んでいて
その言葉に接したのが最初の記憶だったと思います。

モノローグではなく、ダイアローグ(対話)、それも企業だけではなく、
消費者の意見も聞き、その共感部分を探って広告(コミュニケーション)を
創っていく過程はなんとも興味深かったのを覚えています。

大学時代にはメールの経験は既にありました。

当時はメールを送ったあと、相手に電話をして
「メールいった?」「いや来てないよ?」みたいな
今、考えればとんちんかんな会話をしていましたが、
漠然と、これがスムーズになれば、先の「対話」は
しやすくなるとも、ぼんやり考えていました。

その一方で、僕がWEBというものに出合ったのは、
1995年〜96年です。

翌年の1997年には、Yahooの広告を扱ったのですが、その前に
ShockWaveでガリガリ、ゲームを創るメンバーと仕事をし始めたのが
きっかけです。

まだ、ウェブはその頃、ニッパチ(28K)が多かったように
記憶しています。アナログ回線でも56Kですからその半分。
その後のISDNも64K。その後DSL ADSLが出てきて
ブロードバンドなんて言葉も出てくる前の話ですから
相当、環境的には厳しい時代です。

若い人には信じられないでしょうけど、とにかく転送量が
遅い時代で、ウェブサイトで動かす僕の最初の挑戦は
28Kでガリガリ画像を動かし、ユーザーにウェブ上で楽しみながら
インタラクションしてもらうことを考えていました。

そう、このインタラクションがアカウントプランニング(AP)の
基本となるダイアローグと結びついたとき、APはさらに進化する。

漠然とですが、そんなことを、考えるようになっていきました。

つづく





  

2011年06月18日

2005年のMy Blog「アカウントプランナーとしての取材」

昨日、あることをきっかけに、良い意味でかなりヒートアップをしていて
テンションは沸点に達していました。最近、何か冷さめていたので、あの
感覚が戻ってきて少し嬉しかったのです。

その流れで自分の過去のブログを読みなおしていました。自分のブログを
読みなおすなんて、何か未熟な自分と向かい合う気がして、嫌なのですが、
これがイイこと書いている(自画自賛)。というか、昔の自分の方が自分の
言葉で伝えている気もしました。

今朝は2005年5月に書いたMy Blogを読んでいました。

いわゆる「アカウントプランナーの取材」についての個人的な見解ですが、
今にも通じることが多く書かれていました。

本文が長いので(笑)、抜粋要約すると

・自分自身の価値観だけでは相手をはかれない。

・自分とは違うからこそ、相手のことをわかりたくて、
 いろんなことを聴く。

・僕は(取材で)その人自身を探している。

などと書いています。

最後の「その人自身を探している」というのは今、デプスなどで取材する
際もそうで、相手を知る、理解することが前提でそのためには、「声なき声を
聴く」そのために「目で聴く」というような表現を当時の自分は使っています。

このブログを書いてから6年。これはずっと継続しているなぁと思うのです。

また、このブログの最後のフレーズを見て、そうだと再認識しました。
ある人が僕に言ってくれた言葉です。

「子供に私が人気があるのは、相手を子供って思っていないから」

この時の僕がこれで何を書きたかったかといえば、例え、相手が子供でも1人の
人間。子供にも心あり。1対1、対等に話す。話を聴くという姿勢をもつ。と
いうことです。

僕が未だに学生を取材するとき、敬語なのは、そんな気持ちからです。
彼らに合わせフレンドリーにすることではなく、彼らを大人として接する。
そうすると彼らの目が真剣な眼差しに変わっていくのがわかります。

長くなりましたが、今日はこれで。



  

2011年06月17日

アカウントプランナーは生活者を裏切らない

今日、書く内容はタイトルが全てを語っています。

先日、拙い英語で「My work is」にも書きましたが

Building communication relationships between client and
consumer is the work I do.

乱暴に言えば、これが僕の仕事です。
で、どうやってその関係をつくっていくのか?

そのアプローチがアカウントプランニングなのですが、
1つ心に決めていることがあります。

それは

「自分が良いと思えないサービスや商品を
世に出すお手伝いはしない」


ということです。

それが私と生活者との最低限の信頼関係だと思います。

「何を生意気言ってんだ、こいつは。」

そう思われるかもしれませんが、これは自分でも常に
言い聞かせていることです。

ただ、私は批評家ではありません。

必ずクライアントさんの商品やサービスを
使うことにしています。というより、とことん使い込みます。
もちろんご担当の方とも十分な話を聴きます。

自分が対象外の商品やサービスの場合は、
使っているお客様の声を聴きます。

買う前の心境、何を期待したか、
そして使って、今、どう思っているのか?

それを考慮してお手伝いできるかどうかを
考えます。

仕事ですから、上記の判断とは違う
誘惑にかられることもあります。僕も人間ですし。

でも、やっぱりできないんですよね。

「お前はこの商品を売ることさえ考えればいい」

それが徹底できたら、僕も、もう少し
楽になれるのかもしれませんね(笑)  

2011年06月16日

広告を創る前の領域「Refocus the organization」

ちょうど2年ほど前に拙ブログで

「アカウントプランナー4分類」ということを書きました。

改めて自分がどの領域にいるのか考えてみましたが、
3の戦略重視型が強く、それを軸にして
2のクリエイティブに流れているように思いました。

小林先生の『広告ビジネスの構造と展開』
(アカウントプランニング革新)の172Pに下記のように
書かれています。

「アカウントプランニングは社内の機能を密着させる
強い武器なる。広告主の目的に向かうという名目の下で、
皆をラインに導き、より良い方向に向かう(Butterfield 1982)』

以前、マーケティングisのwikiに僕が書いた「6つのR」のことを
書きましたが、僕はこの1番目の「Refocus the Organaization」は
常に意識をしています。

いわゆるキャンペーン1つを成功させるにも、
部署間を横断して相互協力のもと1つになってお客様に
愛対(あいたい)する必要があるように思います。

そのために共通のお客様をデプスインタビューなどで理解する。

そこからスタートしお客様とのコミュニケーションを考えていけば
自ずと結果は生まれるものです。

特に最初にこのプロセスを踏めば、それは短期のキャンペーンに
留まらず、中・長期の良好な関係にも良い影響を及ぼします。

その領域まで含めて、僕はクリエイティブと呼びたいですし
そこに関わるアカウントプランナーでありたいと思います。



  

2011年06月09日

My Work is

A year ago,I wrote about my work as follows .


First of all, I must say "pardon my poor English"

Now, I'd like to talk about my work.

My occupation is called "Account Planner",
but the interpretation is depends on the person.
(Especially in Japan)

Frankly speaking, building communication relationships
between client and consumer is the work I do.

We live in a society which different information is
overflowed.

In such an environment, to convey one-sided information
(monologue) to consumer is not good enough at all.

Therefore, we need to study consumer deeply.

Not just understanding consumer's thinking and behavior,
but it's necessary to study(understand) how consumer think
and why they behave through their background, context
and so on.

In order to understand consumers, we gain insight into
the perception of the consumer for products and brands.

In order to gain insight. I emphasize dialogue with consumers
most instead of interviewing with client.

After understanding of those,I organize creative-team which
I think it's the most appropriate for the project.

I think that without process doing like this,It is impossible to
communicate with consumer.

So I'd say that I am the bridge-builder between client's strategy
and consumer demand to make the communication of each other
more smoothly.

Account Planner is not defined easily,but this work that will be
needed more and more for diversified society in the future.

Thank you.





  

2011年05月29日

停滞の打破。アカウントプランニングの役割

以前、このブログでアカウントプランニング(以下AP)
そのものを振り返っていたわけですが、APには
停滞の打破という役割があるように思います。

そう考えると、APが1960年代、
イギリスから始まったのも理解できます。

産業革命以降、イギリスにあった覇権がアメリカに移り、
'60年代は不況に陥っていた。当然、広告業界も然り。
大きな変化が必要だった。

APがアメリカに移ったのは1980年代。
いわゆる3つ子の赤字に悩まされ、
レーガンがレガノミックスで再び強いアメリカを
目指したのがその時期です。

日本は、'92年のバブルがはじけてから
APは紹介され、その数年後に、
日本でも導入されていっています。

イギリス、アメリカ、日本とAPはそれぞれの国で
その解釈は大いに違いますが、時代の流れを変える
(停滞打破)の意味で生まれてきたのがAPと考える
ことができると思います。

今の時代に、本当の意味でのアカウントプランナーが
必要とされるのは、僕は至極当然のことだと感じています。

それはコミュニケーションプランナー(デザイナー)ではなく
またクリエイティブディレクターと同様でもない。

また日本式、アメリカ式のアカウントプランナーでもない。

1960年に英国で生まれたアカウントプランニングこそが
今、この日本で重要なんだと思っています。

また時間のあるときに、このことは書いていきたいと
思います。

参考 当ブログ
アカウントプランニングが生まれた背景1
アカウントプランニングが生まれた背景1の補足
アカウントプランニングが生まれた背景2(アメリカ編)
アカウントプランニングが生まれた背景3(アメリカChiat/Day編
日本のアカウントプランニング1
日本のアカウントプランニングを考える2 '50年代のAE制
日本のアカウントプランニングを考える3 ’50年代 AE制が導入された背景
日本のアカウントプランニングを考える4
日本のアカウントプランニングを考える5 日本広告会社史年表
日本のアカウントプランニングを考える6 AE制とAP制?












  

2011年05月27日

アカウントプランナーの役割を再度考える。

昨年のちょうど今頃、

アカウントプランナーは関係を円滑にする」

ということを書きました。

いわゆる、「企業の専門分化が生活者との
コミュニケーションの弊害になっている」

「アカウントプランナーはそのことを理解して
コミュニケーション設計しないといけない」

ということです。

最近、さらにそのことをを強く感じています。

そう考えていくと、以前にも増して、
アカウントプランナーは全体を俯瞰し
ホリスティックに物事を考えられないといけないし、
時には企業の組織を横断して取りまとめていく力が
必要とされます。

この力の差がアカウントプランナーとしての
能力の差になっていく気がしますし、
俯瞰する全体がどの範囲なのかで
アカウントプランナーの役割は大いに変わるでしょう。

単に営業だけと考えるのか。
広告におけるクリエイティブ領域と考えるのか。
企業の組織全体を包括して考えるのか?
さらに広く生活者と企業の関係を考えるのか?

どれが自分が俯瞰すべき「全体」なのか?

そしてアカウントプランナーとして、
どこに立っている、または立とうとしているのか?

改めて問われているように思えるのです。













  

2011年05月16日

「フェイスブックインパクト」感想まとめ

前3回の続きで今日でようやく感想を終えれます(笑顔)。

この本が世に出てから1ヶ月が経ちました。
その間、何度もこの本を読んで色々と考えています。

この本は6章構成です。
それぞれの章ごとに著者の特徴が出ています。

著者が違えど、1冊の本ですから
1章〜6章まで万遍なく読むのがいいのでしょうが、
僕が求めていたのは、3章や6章の内容です。

例題が知りたい人は4章、5章がいいでしょうし、
そもそも論を知りたい人は1章、2章から始めるのがいいでしょう。

別に創り手の要望にそわなくても、自分のわかる所、
興味のある所から読み始めればそれでいいんだと思います。

僕にとって、この本は「フェイスブック」そのものを考える
良い題材となりましたし、家族、世間、社会そのものを
考えるきっかけをつくってくれるものでした。
そういった意味では良かったと思います。

僕はこの1年の間、何度もこの本を読み返すでしょう。

恐らく、何か壁にぶつかったり、わからなかったりしたなら
なおさら。この本を開くと思います。

僕にとって良本とは、繰り返し読むことができる本。
そして読むたびに感じ取れることが違うものです。

フェイスブックインパクトは僕にとって
そういう本なんだと思います。

1年後にこの本を読んで、どう感じているのか?
それが今から楽しみでなりません。

これでフェイスブックインパクトのレビューは
一端、終えたいと思います。

次回からまたアカウントプランニングのことに
話を戻していきます。





  

2011年05月10日

「フェイスブックインパクト」を読んで考えたこと。

前2回のエントリーの続きです。

フェイスブックインパクトを読んでから
「世間」っていうものをよく考えます。

そういえば、幼少期のころ
「世間」って何だろう?って
考えていたことがあったことも思い出しました。

「世間様に申し訳がたたん」
「世間様に笑われる」

よく母からそんなことを言われたものでした。
その度に

「世間って誰?」
「世間って何?」
「なんで世間に様がつくの?」

なんだか巨大な固まりにギョロッとした目をもった
生き物がいるんじゃないかと思ったこともあります。

どんなにこちらが働きかけても、動かない何か。
僕の反動など全く気にすることなく、
でーんと構えていて、何かことを起こすたびに
立ちはだかるもの。

世間っていうのはそういうもんなんだと
その時は結論に至った記憶があります。

時は過ぎて僕は6章に書かれた「世間」を
2月の終わりに目を通せたわけですが、
3月11日を過ぎ、一層この世間というものを
痛感したことがありました。

それは後に起こる「自粛」です。

誰が何かを命じたのではない。
でも世間を気にして自粛する。

まさに社会の前に存在する世間というものを
垣間みた瞬間でした。

そして何よりもその世間を可視化し、
つくりあげているのが、メディア
特に僕の場合はSNSにそう感じました。
 (twitterは特にそう感じました)

表では正論を言いながら
一方では買い占めに走る人々。

世間がまだ自分の想像の世界の固まりだったものが
SNSの存在で可視化され、それも大きくなってる。
そんな感じがしたのです。

(次回で最後 「フェイスブックインパクト」の1章〜6章までを読んで)









  

2011年05月02日

「フェイスブックインパクト」を読んで得たこと

前回のエントリー

「フェイスブックインパクト」のレビューを書く前に・・

の続きです。

そもそも僕はfacebookをどう捉えていいのか
良くわかりませんでした。他のSNSとfacebookの
違いもはっきりわからない。

そんなことをぼんやりと感じていた頃、
facebookを通じて、第6章の著者である
高広さんから「原稿途中ですが・・」と
メールをもらいました。

その内容は僕の疑問を一気に解決してくれるものだったのです。

マーケティング/広告/メディアというのは
 単独で存在するものではなく、人々の生活や文化、
 社会経済的変化と密接に結びついている。

「社会」の定義を考えよう

・例えばフェースブックについて考える際に、
ソーシャル」という言葉はいったい何を意味するのか?

「実名制」が話題になる背景は?

 新しいメディアの誕生は人間関係をどのように変えるのか?

など、考えてもいなかったことが冒頭から出てくる。

サンデル教授の「正義とは何か?」ではないですが、
背景を深く考えることで見えてくることがあります。

僕は表面だけでfacebookを捉えていたので、
良くわからなかった。そのことをわずか
数行の文章で思い知らされました。

・ 日本には元々、社会という言葉はなかった。

・ 社会の最小単位=家族

・ 「世間」と「社会」
(自分の前に「世間」が先に存在する)


など日本的文脈を理解した上でこのfacebookで
起こっていることを考えてみると実にしっくりくる。

またそのことを理解した上で、後に展開される
facebook、twitter、mixiの違いを考えていくと
実にわかりやすかった。

さらには、これらを考えるということは
facebookやSNSの領域を超えて、今まで
わからなかったことを理解させてくれました。

なんだかこう書くと高広さんを褒めているばっかりで、
個人的には嫌なんだけど(苦笑)、事実は事実。

というか、先に書いたように僕はfacebookについては
とても悩んでいたので、高広さんの文章は本当に
ありがたかったのです。

もちろん逆にこの冒頭の文章を難しいと
感じられる人も少なくないかもしれません。

ただ、今後いかなる新しいサービスが生まれてきたとしても、
こうやって社会的背景そのものと照らし合わせる視点は、
玉石混交な情報が飛び交う世界だからこそ
本質を理解する上で、必要であると思うのです。

(つづきは次回)
  

2011年04月25日

「フェイスブックインパクト」のレビューを書く前に・・・

フェイスブックインパクトが世にでてしばらく経ちました。
発売間もないというのに3刷とのことで、まだまだ書店に
よっては品薄状態が続いているようです。

そんな中、僕は早い段階でこの本を手にすることができ、
現在までに3回、読み終えることができました。

これだけ売れているので僕みたいな人間がレビュー(書評ではない)など
書いても何の影響力もありませんが、僕がこの本を読んで感じたことを
何回かに分けて書きたいと思います。

ただレビューを書く前に、明確にしておきたいことがあります。
僕自身、いわゆるfacebook狂ではありません。

ユーザーとしてもアカウント開設は数年前でしたが
利用し始めたのがここ1年ぐらいのことです。

実際、半年ぐらい前までは、いろんな人に
「facebookってユーザー増えるの?」と質問していました。
どうも自分自身、facebookが実感できなかったのが事実です。

それがここ数ヶ月間、利用してみるとfacebookの存在が近く
感じるようになってきました。facebookにはmixiやtwitterでは
感じとれなかった何かがある。そう感じ始めたのは事実です。

話は少し横にそれますが2004年。僕はmixiを始めました。
会員はまだ2−3万人の頃だったと記憶しています。

greeやキヌガサなどのSNSもありましたが、mixiでは、
あの「あしあと」機能にはまってしまいました。
あしあとを追っかけ、どんどんマイミクが増え
コミュニケーションを楽しんでいました。

振り返るとmixiでは1ユーザーとしてのはまり感がありました。
そしてmixi自体のユーザー数の伸びが
自分自身の体感速度として感じとれていたのです。

僕にとってのfacebookは、mixiの時に感じた
その体感速度みたいなものが感じられていません。
先日、facebookも登録利用者が700万人になったと
twitterで知りました(間違っていたらすいません)。
ただ全くその実感がわきません。

それはfacebook自身に魅力を感じられないというより、
mixiで感じたこれから変化していくその期待感みたいなものが
感じとれていないからだと思います。

あの時はこれがSNSか!と思いましたし、
当時初めていたブログとはユーザーとの距離感が違い
そのインパクトたるもの凄く感じました。

まだまだブログもSNSも成熟していなかった
2004年当時だからこそ感じ取れたあの期待感は
当時しか味わえないものだったと思います。

ただ先に書いたようにfacebookに対しても
利用してみて多少なりとも今までとは違う期待感は
感じられるようになりました。それが何だかはまだまだ
わからなかったのですが・・・

そんな時、この本の6章を読む機会に恵まれました。
(実際は6章であることは知り得てなかったですが・・)。

まだ本が発売される前に、それもfacebookを通じて
その機会に出合えた。

その内容は僕にはとても刺激的だったのです。
(次回につづく)