2013年08月16日

等ブログの代替について






 等ブログは今後は更新の予定はありません。

 にもかかわらず、連日、数十のユニークユーザー閲覧されているようすです。その大半が、ギター製作関連の記事であると憶測すれば、斯様な状況を恐縮するほかありません。

 現在、滞ってはいるものの、ギター製作専門サイトを製作中です。完成しましたら等ブログトップから案内させていただく予定です。皆様のご愛顧を不意にしないよう勤め上げていくつもりですので、何卒、よろしくお願いいたします。




t_i_g at 13:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年03月11日

俺のコメントが拒否される件について




 どうしても以下のコメントが何かかしらの弊害によって不適切と判断されてしまったので、ここで書きます。







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 本当に伝えたいことだけにすれば、一行で終わってしまう。

 こんなこと言いたくないんだけど、伝えることを第一として書いていないから。
 なあ、バンドと文章はちゃうの? 違うって言うんだろうなあ。これからは伝えたい内容と対象とを考えてメールを打つことにするわ。

 誰のせいでもない、俺がみんな悪い。いつかこういう日がくると思ってた。今回をもって、このブログは終了する。



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サンキュー!!

t_i_g at 01:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年03月09日

企画について





 ご存知のとおり、我々DEVZは故郷である五所川原のバンドシーンの盛栄のため定期的に自主企画を行っている。その都度、観客や出演者たちに「継続は力なり」みたいな旨を声高に叫んでいたのだが、どうやら単純に継続していても発展には繋がらないようだ。むしろ、継続しているのは我々熟練バンドばかりであり、肝心な地元バンドはと言うと、二度続けてライブのお誘いをしても結実したことがない、鯔の詰まり、一回こっきりで解散してしまうバンドが大概を占めているということだ。前回、古くからの友人を企画に誘ったのだが、そのバンドも自然消滅してしまったようである。


 五所川原市のバンドの低迷振りは、もはや絶滅と言い換えてもなんら誤謬がないくらいだ。

 何がそうさせてしまったのか。青森市や弘前市も規模を縮小しながらも有力なバンドが産まれているし、また、聴衆の積極度に関しては、以前の糊口を凌ぐほどにもなっている。客が少ないならノらない前進しないという大衆性が失せてきた。

 ではなぜ、あの地域だけがこうもズクズクぐだぐだなのだろうか。


 まず一つ目に挙げるべきは環境の問題だろう。

 以前はベースウェーブ、ラブポーション、ホンキートンク等のライブスタジオがあり、最上、新星堂、その他小さな楽器店があった。俺が高校生の時分はラブポーションでライブをしていて、ちょっとしたイベントでも5、6組、大きなものとなると10数物バンドが出演し確かに当時はオリジナル曲での参加は希薄だったものの、それなりの集客はあった。何よりも勢いがあった。

 野呂洋平(EX.PUS)が率いる空手倶楽部というバンドはベースウェーブにて連日満員御礼、音源として出したカセットテープは即日完売、というほどだった。五所川原市はイケイケだった。特にメロコア、メタル、ミクスチャーなどが敷衍し、周りにも優秀なプレイヤーが多かった。北五地区として考えれば、俺とか浪打とか、以前のドラマーである副士隆弘、前ドラマーの塚本も木造出身であったし、マカーブルの面々、元グラウンドのよっちゃん、工藤三兄弟、など多数、個性のある珠玉プレイヤーが犇いていたことからもわかるだろう(ちゃっかり自分たちの名を連ねているところが高邁不遜だが)。


 それが現在はというと、スタジオとして空間を提供しているのところが皆無といっていい。山ほにしても飲食ホールの一部を練習場所として貸しているもののスタジオと呼べる環境(プライベート空間がないという意)だし、かつ、だからこそか認知度が低いし、ホンキートンクは爆音を出すと音量の制限を強いられる叱られる、といった有様でバンドマンが満足に練習できる場所とはとても言えない。

 楽器屋に関してはもっと酷薄だ。先日、ELMの街のテナントから新星堂が撤退したことにより、遂に、五所川原市には、オフィシャルな楽器店が一つも存在しなくなってしまった。これではバンドが衰退してしまうのも無理はない。


 バンドに興味をもつ若者が減ってしまった。ロックが死んでしまった。それは兎角五所川原市でのみ起こっていることではない。世襲・流行は早いか遅いかの問題で遍く全国水準なものだし、だからといってサッカーとスマホを好む世代とは限らず、そんな中でも、興味を夢へと発展させた者もたくさんいる。五所川原だけが特別なのではない。

 バンドに興味を持つ若者は、減りはしているものの、確実に存在する。
 問題なのは、その若者が、以下の”箇条書き”のどこに分布・該当するかではないか。(動機は人によって異なるだろうが、ここはあくまでも断層的にまとめてみた)


1・バンドをしてみたいからギターを買う。
2・ギターが上手くなってきたらメンバーが欲しくなる。
3・とりあえずメンバーが決まったら練習したくなる。
4・練習をしてバンドとして形になり、人に見てほしくなる。
5・ライブをする。もっと上手くなろうと思う。

 3から1へ、または、2から1へ発展する者も多いかもしれない。五所川原においては”5”に到るバンドがほんの一握り。その前に解散しているか、向上心のないオッサンがセッションするだけのいずれかだろう。
 緩くも懊悩しながら活動できているバンドや明確な信念をもっているバンドもいないだろう。この”5”に関しては環境が大きく作用しないので今回は除外する。

 1から3に該当する人は意外に多いのではないかしらん。

 自宅で独り楽器を弾いてるものはいるだろう。”1”は環境に影響しない。最近は通信販売で楽器が安く買えるからだ。好きなアーティストをコピーして楽しみ、かつ、腕のよいプレイヤーは案外いるのではないかと思惟できる。


 問題は”2”と”3”。これも結構数存在するのではないか。
 ここに該当する若きバンドマンの数が当論の主となる人材だ。やろうと思った事柄に対し環境がついていけていない、つまり、形だけでもバンドを組んだものの、練習する場所がない。周りに先導・先達がいず、発展していけない。ゆえに消極的になっていく。不遇のロックマンだ。

 PARKのコンボアンプでギターを鳴らし、ドラムは膝を叩き、ボーカルは全体の音量を配慮し控えめに裏声を駆使したり、歌うふりをしたり歌詞を考えるふりをしたりする。でもなんか、好きなアーティストに近づいた気がまるでしない。じゃあミーティングでもしますか、って切り出してみたものの、こんな状態で打ち合わせる要目など少ない。ギタリストが一人で鼻をふんふんさせて意気込む。ベーシストだって違う話題をしたくなる。これを二度三度繰り返すうちに自然消滅し、楽器は埃まみれになる。

 という、なだけのロックマンが一番多いのではないだろうか。こういう者たちをどうにかしてスタジオやライブハウス、あるいは活動しているバンドマンと近づけてやらぬ限り、音楽に対し退嬰的な街というレッテルを払拭することはできない。


 ”五所川原市 ライブハウス”または貸しスタジオ、でググってみよう。
 ヒットするのはラブポーションという建物が一件ヒットするだけで、あとは皆無か。仄聞によれば、このラブポーションというライブハウス、近年ライブを積極的に催してないし、ずいぶんと排他的になったそうである。もちろんイベントは更新されていない。

 毎回の企画で利用している”山ほ”は検索でヒットしない。ホンキートンクもヒットしない。次項に及ぶのは、今や廃業してしまったベースウェーブについての雑駁な内容であり、これは誰が見ても「ああ、五所川原にはライブハウスやスタジオがないんだなあ、呻吟呻吟」となるのが当然だ。

 五所川原市のバンド事情が衰退している理由の一つは、ライブハウス側にある。たとえ平日はオッサンに酒を呑ます意図があろうとも、爆音を出せる環境下にある限り、「ここはライブ出来るんです、練習大歓迎!!」みたいな意図をもっとアピールする必要があると思う。めっちゃくちゃ普通の提案で申し訳ないが。
「別にいらないよ、うちらこんな感じでやっていくんで」と反駁するかもしれない。その営業方針を兎角言うつもりはないが、その辺は呑み客に甘んじる保守・退嬰一直線からの変革を頭を下げてでもお願いしたいくらいである。ハイパータイプテキストプリコトルを用いるなり肉弾戦で仕掛けるなり、箇条書きの1から4の人間に遍く認知させてほしい。こんなにも佳いライブハウスがあるのだから。


 いくら認知されても蔓延らないのなら、それは、環境のせいだけではない。全てを人のせい物のせいにする者がいるが、そういった人間がバンドマンないし社会人として正しかったことは一度もないはずだ。いくら環境に恵まれようともそれに甘んじ、音楽をするということが自動的な事柄だと勘違いをしてはいけない。たしかに音楽者としてある程度の経験を重ねれば、付随するものが全て自動化されるように感じることがあるが、それは経験と才能が織り成す”勘”の領域であるからして、よほどそれを自負する者でなければあらゆる音楽的活動は能動的に行っていくのが懸命だ。斯く言う俺も企画のためにこうして必要ないと思われる長文を打っている。故郷である西北五がこういう態にあると知ってもらい、何か自分でも出来ることはないかと勘案した結果の訴えである。説明が遅れたが、能動的、というのは、自ら考え積極的に行動を起こす、という意味だ。


 五所川原市のバンド事情が衰退しているのは能動的なバンドマンが少ないから。これが第二の理由だ。



 能動的であれば、練習やライブをする手段や場所を見つけ、自ら門を叩くだろう。能動的であれば、自らのバンドをよい方向へと導くだろう。

 反して、自動的、とは自分が何をせずとも誰かがしてくれるだろう、という思考であり蓋し独り善がりである。閉鎖的、排他的思考へとも繋がっていく。真性の負の連鎖。

 以下は、必ずしも五所川原のバンドだけとして例を挙げるのではない。弘前でも青森でも、全国各地にもこういう奴らは、吐いて捨てるほどいる。


 こういう人がいる。
 曲を書いたとする。それを伝える工夫や技術なしに、メンバーが勝手に名曲にしてくれるのが当たり前だと思っている。ひたすら「頂戴、頂戴」とアイディアやアプローチを強請るだけで何もしない。「僕の作った曲をメンバーがいじってくれるのが快感」と、これからセックスをする段に、前後の脈略なしに真っ裸になりベッドに大の字になりフェラまたは騎乗位で果てるのキボンヌ、僕という材料を十分に味わっていただきたい、みたいな。そんなキボンヌ野郎がコードストロークのみで曲を拵え、その時点で自分の役割が終わったと勘違いしている。メンバーも自動的なら「いいんじゃない」としか言わない。業に詰まれば、それを解決するのが作曲者の役割だと思っている。バンドとして成長していけない、ということである。

 何かしらかのイベントで自分たちがライブをすることとなった折も同様で、企画者サイドが客を呼ぶ、機材を貸してくれる、バンギャにモテさせてくれるのが当たり前だと思っている。全てを賄われたレッドカーペットの上で歩む人がごとく表情で。ノルマなんて払いたくもない。ていうか、うちらがノルマを払うの? 何で? 俺たち呼ばれたんじゃないの? むしろギャラ貰いたいんだけど、なんて思っている。  

 これがメジャーでバリバリや富士やロラパルーザやワープド的バンドならそれでもよいかもしれないが、彼らは上がごとき自動的な輩である。ライブなんて上手くいくわけがない。演奏すれば聴衆が涙しモッシュピットが起こり2ステップが蔓延るとと思っているのだから、フロアに人がいなければMCも滑るし、おかしいな、上手くいかないのは全て企画者サイドが自分たちを推進する力が足りないからだ、と悲憤慷慨する。

 打ち上げがあっても、自分たちのライブが上手くいかなかったから参加したくない。じゃあ、ってメンバーだけでも反省会しますか、つってもノルマを払ったから金ないし、発泡酒とスナック菓子で宅呑みしますか、となり、酒精を増すも自動的な彼らだから、誰かが変革案を出してくるのを待つ。仮にバンドの改正・変革案があがったとしても自分の脳味噌で考える癖がない彼らだからどれも的を得ず、じゃあ新曲を書くことがバンドを佳くするメソッドだ、と、堂々巡りのコードストロークだけで一曲完成させて、佳いのか佳くないのかわからぬまま酩酊しそのまま三々五々寝てしまうのである。
 これは自分たちにとっても多少は身に覚えのある典型的な自動的バンドの例である。


 たとえ環境が整っていてもこのような態ではシーンは盛り上がっていかない。

 ただ、他の地域と比べ、五所川原がこういった自動的バンドが数の割りに多いのではないか、と臆度しているのは、もちろん、俺の勘違いかもしれない。でも、こうして形として現れているのだから。電話口で何度「ノルマってありますか」「自分達の演奏終わったら帰ってもいいんですか」「プロならまだしも、そうじゃない彼方たちに言われて従う道理はない」「音量を上げると俺のギターの音質が悪くなるんですけど」と何度聞かれたことか。言われたことか。これが辛辣であろうと何処に責める者があろうか。もっとちゃんとやりやがれ馬鹿野郎。

 ただ、全て彼らが悪いのではない。バンド社会の佳し悪しを知らがぬゆえにおきた地域的事象だろう。


 このような五所川原市の衰退を盛り上げるべく、俺らは数度にわたって企画を催してきた。環境の薄さと自動バンドの多さはイベントを継続させることにより少しずつ右肩上がりになるだろうと踏んでいた。

 でもだめだった。ちっとも佳くなんてなってなかった。自動的バンドはバンバン解散するし、ライブハウスのイベントも増えていない。

 俺たちは一体、なにをやってきたんだ。

 何もしていないのである。

 今まで自分たちがやってきたやり方を只只五所川原にもってきて胡坐をかいていたのである。言わば、自分たちが演奏するためだけにやってきた、といってもよい。何から何まで雑だった。その場凌ぎの独善的行為だ。そいだばまいんでば。

 そう、これだばまいね。

 ライブイベントというものは、結婚式と似ている。どれだけの要素を当日まで綿密に積み上げてきたかどうかで決まる。「佳くしよう、自分が胸を張れるものにしよう」と試行錯誤しそうして消費した時間と比例する。佳いイベントは当日のリハーサルをする前からすでに成功しているのだ。企画者の熱意が周囲に披瀝し、対バンの人を佳いステージングへと導くのだ。たとえ、本番中に何かかしらのアクシデントに見舞われても、不思議と失敗には感じられない。


 今企画は浪内によるものであり、俺がイニシエイティブを持っているわけではないが、それでも、ムカつかれるのを承知であれこれ口を挟んでいる。弘前の朋輩先輩を只で帰してはならない。ずっと世話になっている皆木の連中にも佳いイベントで返したい。マカーブルだってずっと佳い企画ばかりして、いつも俺達を呼んでいる。ここで俺たちが以前と何も変わらなければギブ&テイクが成立しないことになる。昔からの縁だけでやっていくだなんて、そんな過去の栄光を餌にしたような実力も何もついてこないメソッドなんてそれこそ退嬰的であり、自動的だ。

 こういう切磋琢磨を、そして何より演奏の良さと楽しさを少しでも五所川原の人々に感じてもらえたら、と思っている。五所川原の聴衆は素直な視線でバンドを見れる美点がある。素晴らしいことじゃないか。奇を衒ったから佳いとか凄くないから逆に佳いとか、そういうアーティスト的感性で体を動かすのとは違う、未開の地の民だから出来る音楽への接し方。音楽はイノセンスで聴け。


 今回、俺が暗躍したものの影響は些細なもの。概ねが波内の努力と拘りによるものである。それが吉と作用するか凶と作用するかはわからないが、いずれにしてもそれを学び、次に生かして生きたい。

 そこで、対バンする方達へお願いがある。何かおかしな点、ムカつく点があったら遠慮せず抗議してほしい。罵倒してほしい。丁寧な言い方をすれば、御鞭撻を頂戴仕り候。俺らはそれをライブハウス側と一緒になって改変していかなければいけないのだから。それがこの五所川原市のバンド事情を救う第一歩なのだ。

 そしてこれからもこの熱意を忘れず絶やさず精進していきたい。結局、決定的となる善後策は見つからなかったが、それはそれでいい。向き合い、考え続けることにこそ意義があるのだと思う。無理やりに答えを出そうとする人間の浅墓さ。答えは詭弁を用いればいくらでも出せるのだ。己の正当化を答とを吐き違えてはならない。

 ご精読ありがとうございました。










t_i_g at 22:09|PermalinkComments(2)TrackBack(0)