June 26, 2007

イルージョンは今も昔も映画の基本である

「エッ、本当に動いてるよ!」

目の前で起こった現象に、私は我が目を疑った。それは、同行したカメラマンも同様であったようだ。

かれこれ10数年前の話である。私は週刊誌の取材で、カメラマンと共に都内某所にあるホテルの一室を訪れていた。そこにはディナーショーを終えたばかりの、ひとりの小柄な男が待っていた。

当時、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気急上昇中のマジシャンだった彼は、私のインタビューに答えた後、実際にやって見せましょうと言って1本のスプーンを取り出した。そして、私に本物であることを確認させると、スプーンの柄を片手に持ち、念の込めるようなジェスチャーをして見せた。

「来てますよ、来てます。いいですか?」

そう言うと彼はおもむろに、スプーンの頭の部分に指を添えて軽く押した。するとどうだろう、金属製のスプーンが柔らかい飴細工のように、ほぼ直角に曲がったではないか。さらに彼が力を加えると、スプーンの頭はいとも簡単にくるりと一回転してしまったのである。

「これ、差し上げますよ。記念に持って帰ってください」

私は曲がったスプーンを受け取り、ループしている柄の部分を押したり引いたりして調べたが、やはり本物である。もっともスプーン曲げについては、それまでに何度か霊能者と呼ばれる方々からも見せられていたので、さほど驚きはしなかったが。

「よく見ていてくださいよ」

続いて彼は、5僂曚匹両さなスプーンを用意してテーブル上に置いた。そして握った拳をスプーンにかざすと、ゆっくりと牽くような動作をした。

次の瞬間である。冒頭に書いた通り、彼の拳の動きにあわせて、スプーンはズルズルと這うように移動し始めたのだ。やがてそれはテーブルの縁からポトリと床に落ちた。

正直、これには驚いた。テーブルはホテルに備え付けのものであり、スプーンに釣糸の類などは付いていない。いくら私が近眼であっても、50cmと離れていない至近距離から観察していたのだから、それ位は確認できる。

もちろん、これは超能力などではなく、マジックだ。何らかのトリックがあるはずであろう。彼もそれが「超能力」だとは言ってない。しかし、私はともかく、「真実」を「写し撮る」ことのプロであるカメラマンでさえ、トリックを見抜くことはできなかった。

「トリックだとか、超能力だとか、そんなことは関係ありません。単純に驚いて、楽しめればいいんです」

取材を終えた我々は、ジャーナリズムの視点から考えれば失格かもしれないが、彼の言葉に共感した。まさしくその通りである。マジックとは、そういうモノなのだ。イリュージョンの正体が判ってしまってはつまらない。判らないからこそ楽しめるのである。 


「月世界旅行」などで知られるジョルジュ・メリエスは世界初の商業映画製作者として有名だが、本来の職業はマジシャンであった。シアターの経営者でもあった彼は、1895年に公開されたリュミエール兄弟のシネマトグラフを観て、映画の可能性にいち早く気づき、映画製作に乗り出したのであった。

マジシャンとして観客をイリュージョンで楽しませる術を心得ていたメリエスは、オーバーラップやストップモーション撮影など、現在のSFXの基礎となるテクニックを考案した。それらの映像は当時の観客をさぞや驚かせたことであろう。

そんなメリエスが1903年に製作した作品に「怪物(Le Monster)」という短編がある。これはスフィンクスの像をバックに、魔術師がファラオに魔法を見せるという内容で、多分メリエスがステージで行っていたマジックを再現したものだと思う。

ちなみにマジックをテーマにした映画は、世紀の大マジシャンであったハリー・フーディニをトニー・カーチスが演じた「魔術の恋」(ジョージ・マーシャル監督・1954年)や、最近ではヒュー・ジャックマン主演の「プレステージ」(クリストファー・ノーラン監督・2006年)など。かつては奇術と呼ばれたマジックはいまやイルージョンと称されるようになった。しかし、これらの作品を観ると、その本質はまったく変わっていないことに気づく。マジックはトリックがどうのではなく、その不思議な世界を楽しめればそれでいいのだ。


「怪物(Le Monster)」動画

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February 11, 2007

真冬の夕暮れに凍てついた老人の微笑を思い出す

2年程前の冬のある日。私は名古屋駅前の某大型カメラ店で買い物をするため、夕暮れの歩道をやや俯き加減に早足で歩いていた。あたりはすっかり暗くなり、歩道沿いのパチンコ店のネオンがそろそろ騒々しく輝き始める時刻である。
「おい、大丈夫か? おい、おい」
不意に歩道の脇にある、地下街へと続く入口の方から男性の声が聞こえてきた。私は反射的に顔をあげると、声が聞こえた辺りへ視線を向けた。
「おや、急病人かな?」
コンクリートで囲まれた入口の脇にホームレスらしき白髪の人が、座った状態のまま、うつ伏せになっているのが見えた。路上にはその人の持ち物らしき紙袋などが散乱しており、作業服姿の中年男性が背中を擦りながら声をかけている。どうやら、歩道上にしゃがんでそのまま倒れこんだらしい。
作業服の男性は知人らしく、盛んに声をかけたり、身体を擦ったりしている。しかし、老人はうずくまったまま、動かない。意識を失っているようだ。救急車は呼んだのだろうか? 少々気にはなったが、早く買い物を済ませたかったので、私はひとまずその場を離れた。
…30分ほどが過ぎた後、買い物を済ませた私が再びその場所を通ると、ちょうど中年男性が老人の身体をひき起こしている最中だった。すると、その身体はあぐらをかいた状態で起き上がり、そのまま木像が倒れるように仰向けにひっくり返ったのである。どうやら、すでに事切れているようだ。ギュッと固く閉じられた瞳とは対照的に、まるで微笑むかのような口元。苦痛と安らぎの入り混じった何とも奇妙な笑顔が、黒く汚れた老人の顔に貼り付いていた。
作業服の男性は、老人に声をかけたり、身体を揺り動かしたりしている。私は遠巻きにしばらく様子を窺っていたが、係わり合いになる気は毛頭なかったので、そそくさとその場を立ち去った…。



この出来事で思い出したのが、スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(1980年/アメリカ)だ。雪に閉ざされた山中のホテルで冬季管理人を任された男が、そこに棲む魔界の住人たちにとり憑かれ、徐々に精神を病んでいく様子を描いたホラー映画だ。キューブリック監督独特の映像表現と難解さ故か、失敗作との風評(原作者のスティーブン・キングも納得していないようで、後に自らリメイクしている)もあるが、個人的には映画史に残る一本に推したい傑作だと思う。
そして映画のラスト、氷壁の迷路で主人公が凍死するシーン。雪に埋もれたジャック・ニコルソンの歪んだ微笑は路上の老人の奇妙な表情とそっくりであった。



「シャイニング」予告編動画


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January 06, 2007

平凡な予備校生がレザーフェイスを凌駕する時代に憂う

「何かあったのかな?」

その日、私は友人と池袋でランチする約束をしていた。東口のイケフウロウ像の前で1130分に待ち合わせをして、サンシャインシティのレストランで食事をした後、映画を観る予定だった。

ところが、たまたま午前中に急用が入り、待ち合わせの時間に10分ほど遅れてしまった。そのため、これからサンシャインまで移動していると店が混むだろうということになり、予定を変更して池袋駅ビルのパルコ・レストラン街で済ませることにした。

そろそろ午後1時になろうかという頃、私たちはレストランを出てサンシャインシティの方へと向かったのだが、平日の昼間だというのに人通りが多い。三越の脇を通り抜け、ビックカメラの脇からサンシャイン通りへと向かうと、何やら人だかりができている。

「イベントか、ドラマの撮影でもやってるんだろ」

そんな呑気なことを話しながら、私たちは人ごみを避けながら歩道を進んだ。すると路上に奇妙な囲いが置かれ、その辺りからサンシャインの入口にかけては大変な混雑ぶりであった。そして、警察官や警備員らしき制服を着た人の姿も見える。私は制服姿の男性を呼び止めて、何事かと尋ねた…。

そう、その日こそ1999年9月8日。おかしくなった若い男がサンシャインシティ方面から池袋駅へと向かって走りながら通行人に次々と襲いかかった、かの「池袋通り魔擦人事権」の当日であり、まさしくその現場だったのである。

事件が起こったのは1140分頃、もし私が時間に遅れることなく予定通りにサンシャインシティへ移動していたら、我々も被害者となっていたかもしれない。東急ハンズの前に置かれた立ち入り禁止のテープや血糊の跡らしき黒い染みは、現在でも忘れられない凄惨な光景だ。 


さて、この事件の犯人のように、罪もない人々を次々と襲う狂気の殺人鬼で連想するのは、トビー・フーパー監督の「悪魔のいけにえ」(1974年/アメリカ)に登場するレザーフェイスだ。ダンスを踊るようにチェーンソーを振り回す怪人の不気味な映像で終わるこの映画、実在の連続殺人犯人をモデルにしており、公開当初はアメリカ各地で上映禁止処分を受けている。にもかかわらず、なんとニューヨーク近代美術館に永久保存(殺人を扱った映画として唯一だとか)されているという。数本の続編やリメイク、そして数え切れない亜流作品を生んだホラー映画の金字塔は、21世紀を迎えた現代でもやはりセンセーショナルな存在であることは疑う余地もない。

このところ、予備校生が自分の妹を殺害してバラバラにするという「短大生殺人事件」がマスコミを賑している。現代社会はフィクションの世界をも凌駕する狂気が日常に蔓延しつつあるようだ。「世界で最も安全な国家」であった、かつての日本に戻る日が一日も早く訪れることを切に願う次第である。


「悪魔のいけにえ」予告編動画


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January 02, 2007

サム・ライミのスパイダーマンは邪悪な死霊の夢を見るか?

輸入VIDEO(最近はもっぱらDVDだが)扱っているショップを見つけると、条件反射的に突入してしまうという悪癖がある。きっかけは学生時代に新宿の某カメラ店のショーケースにディスプレイされていたVIDEOだった。
「おお、洋画のノーカット版がこんな価格で手に入るのか!」
現在ではノーカットで字幕付き洋画のビデオソフトなど珍しくもないが、私の学生時代はレンタルどころか市販さえもされていなかった。もっとも、VTR自体が高級品でほとんど普及していなかった時代であるから、当然といえば当然である。当時は洋画といえば、予告編やダイジェスト版を収録した人気映画の8ミリFILMが発売されていた程度で、それも数千円〜数万円という価格。それでもお年玉や小遣い、バイト代をかき集め、8ミリFILMを購入しては上映会を開催するのが楽しみだった。
最初に購入した洋画はチャップリンの短編映画で、僅か25分ほどのサイレント作品。それを初めて「自分の映写機」で上演した時の嬉しさはいまでも忘れられない。高校生であった私は、それで「病みつき」となり、現在に至るのである。
その後、輸入品の8ミリなどにも手を出すようになったが、どうしても不満があった。それは8ミリでは長編洋画の「ノーカット版」が入手困難なことであった。発売タイトルが少ないうえ、べらぼうに高価なのだ。サークルとかで購入して有料上映でもするならいざ知らず、とてもじゃないが庶民が買える代物ではない。そんな折に、「比較的安価」でノーカットの洋画が手に入るのだから、まさしく居ても立ってもいられない気分だった。
そして私は、アパートの家賃分として確保していたバイト代を、迷わず輸入VIDEOの購入につぎ込んだ…。それから当分の間、大家さんから逃げ回る日々が続いたのは言うまでもないだろう。


こうして輸入VIDEOにどっぷりはまったワケだが、購入した作品はやはりホラーとSFが中心で未公開も少なくない。が、このジャンルは当たり外れが大きい、というより未公開の場合はほとんどが駄作といっても過言ではない。そうとわかっていながらも、ついつい手を伸ばしては「ああ、やっぱりな」と嘆くのは悲しい性である(笑)。
そんななかで巡りあったのがサム・ライミ監督の「EVIL DEAD」(1983年/アメリカ)だ。いまをときめく「スパーダーマン」シリーズの監督のデビュー作となるこの作品、素人チームによる自主制作FILMなのだが、とても傑作と呼べる映画ではなかった。ストーリーは意味不明だし、主人公は性格破綻者だし、ひたすらグロいし…画質も色調も酷かった。だけど、妙に面白い。メジャー系の映画では有り得ないようなアイデアに満ちた映像のパワーに圧倒されるのだ。まさにサム・ライミ恐るべしである。
実はこの作品、日本では輸入VIDEOでブレイクして劇場公開されたという経緯がある。その際に付けられた邦題が「死霊のはらわた」。まさに日本の配給会社らしいハイセンスなネーミング(爆笑)であった。もっとも、色調などが修正された鮮明な映像でソフト化されたのだから、文句は言うまい。


「EVIL DEAD(死霊のはらわた)」予告編動画


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December 31, 2006

深夜の山中で満天の星空に摩訶不思議を想うこと

数年前の晩秋、友人と深夜のドライブを楽しんでいた時の事だ。時刻は午前2時を過ぎた頃だったと思う。友人の運転するレンタカーは、川越街道から国道16号へ入り、高尾方面から山梨経由で長野へと向かっていた。私の荒っぽい運転とは対照的に、常に安全を心がける友人のハンドルさばきに、私は半ばウトウトしながら、シートを倒した助手席にもたれて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「あれ? ちょっと停めてくれよ」「おいおい、対向車が来たらどうするんだ!」
そこは山梨と長野を結ぶ県境の峠道。舗装はされているものの、道幅はかなり狭く、対向車が来ると擦違うためには離合エリアまでバックしなければならない。そんな場所でいきなり停めろなんて言われて困惑するのは当然である。しかし、私は強引に車を道の中央に停めさせると、ドアを開けて車外へ出た。
深夜の山中はシーンと静まり返り、身を切るような冷気が肌を刺す。雲ひとつない空には満天の星が煌いていた。私は濃紺の夜空を見上げながら、友人に聞いた。
「お前、見えるよね? 何だと思う?」「流れ星…じゃないよな?」
友人は驚いたような表情で私の問いに応えた。我々が目にした光景…それは瞬く星たちの合間を縫うように、不可解な光点が明滅しながら移動する様だった。さらに観察すると、それらの光点はひときわ際立って大きな細長い光を中心として動いているようだ。
「あれって、UFOなのか…?」
私は以前にも不可解な飛行物体を目撃した経験はあったが、友人は初めてだったらしい。私はそうかも知れないと答え、その奇妙な星空のショーをぼんやりと眺め続けた。
やがて寒さに耐えられなくなった私たちは、暖を求めて車内へと戻ると再び山道を走り始めた。20分ほど暗い山道を走ると道幅はさらに狭くなった。そして、やや急なカーブに差し掛かった途端、不意に眩しい光がフロントガラスを照らした。対向車だ! 友人は速度を落とし、カーブの途中でその車と擦違った。
ちょうどカーブで道幅が広がっていたから良かったが、もしタイミングが悪ければ、どちらかが延々とバックしなければならなかっただろう。なぜならば、カーブの先は延々と狭い山道が続いていたのである。こうして想い起こせば、あの「UFOらしき」光は、我々をあの場所に停車させるために出現したのではと思う次第である。いずれにせよ、不思議な思い出だ。


というワケ(何がだ?)で、今回のネタとはまったく関係ないが、ジュール・ヴェルヌの原作をジョルジュ・メリエス監督が映像化した「月世界旅行」(1902年/フランス)をご覧頂きたい。これは世界初のSF映画と称されているフィルムで、当時としてはまさしく画期的な作品であった。もちろん、近年のVFXを駆使したリアルなSF映画と比較にはならないが、奇抜なイマジネーションに彩られた映像は一見の価値ありと思うのだが、いかがであろうか?


「月世界旅行」動画


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December 29, 2006

結局、ダニエル・ベラスコは何をしたかったのか?

数年前に渋谷の某住宅地を訪れた時のことだ。そこはドラマなどの撮影でスタジオとして使用されている豪邸で、友人のディレクターからVTRでの撮影中に奇妙な出来事が続発したという情報を得て、管理者の方に許可をもらい、邸内の取材をすることにした。
当日、管理人の不動産業者と現地で待ち合わせして、邸宅の鍵を受け取ることになっていた。担当の編集者とレポーターの女子大生を連れて、現場に到着したのが約束の時間の20分前。閑静な住宅地に建つその屋敷からは、確かにただならぬ雰囲気が漂っている。私たちは屋敷の周辺や外観を一通り撮影し、管理人が到着するのを待った。
ところが奇妙なことに、約束の時間を過ぎても管理人は来ない。私たちは閉ざされた門の前でひたすら待った。しかし、待てど暮らせど管理人は来ない。事務所に電話しても留守電が応対するだけだ。
「取材許可はもらってるんだから、中に入っちゃおうか?」
次の現場へ移動する時間と女子大生たちのスケジュールとバイト代の関係で、ここでの取材時間はもう残り僅かだ。私と編集者は女子大生たちを門の前で待機させ、入り口の門をくぐって裏庭へと入っていった。
「本当のここ、撮影に使ってるの?」「そういえば、すごい荒れ方だね」
屋敷の庭は雑草が生い茂り、庭木も手入れされていない。いくら無人の住居とはいえ、ロケで使用されているとは思えない状態だ。庭から見える室内はきれいに整理されていたが、撮影スタッフが出入りした様子は窺えなかった。どうやら私たちは待ち合わせの場所を間違えていたようだ。
私たちは図らずも不法侵入してしまった邸宅から慌てて退出し、次の現場へと移動した。通常、取材場所については、前日にも管理会社へ電話で住所を確認しているし、地図で場所もチェックしていた。ところが当日、なぜか違う場所へ行ってしまったのである。実はこの取材で思いがけない収穫があったのだが、その話はまたの機会に。



さて、この取材で思い出したのがジョン・ハフ監督の「ヘルハウス」(1973年/アメリカ)だ。これは怖ろしい伝説の残る幽霊屋敷を舞台に、真実を解明すべく乗り込んだ調査団を襲う恐怖を描いた心霊ドラマの大傑作である。原作はテレビの「ミステリー・ゾーン」や、スティーブン・スピルバーグ監督の「激突!」などの原作者としても知られる、リチャード・マシスンの恐怖小説「地獄の家」。ポルターガイストやエクトプラズム、憑依などといった心霊現象がリアルに再現されていた。
この作品に登場するのがダニエル・ベラスコである。この男、コンプレックスの塊のような人物で、ともかく他人を憎んでいる。財力に物を言わせ悪逆非道の限りを尽くし、挙句の果てには自らの霊魂を封印する技術を編み出し、悪霊となって屋敷を訪問した人々を殺しまくるという、とんでもない奴だ。
まさしく究極の引きこもりなのだが、結局この男、何を望んでいたのかさっぱりわからない。そこがこの映画の最も怖いところではなかろうか…。


「ヘルハウス」予告編動画


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December 26, 2006

ホラー映画のルーツを観たくないかい?

ホラー映画のルーツを観たくないか?

1833年に登場した「ゾエトロープ」の原理をもとに、発明王エディソンが1891年に完成させた覗き窓式活動写真「キネト・スコープ」を、1895年に映画の父リュミエール兄弟が改良して発表したのが上映式活動写真「シネマトグラフ」。これが映画の起源であることは疑う余地もない。

映画が発明されて百余年、動く風景写真はやがて物語を語るようになり、音楽を獲得し、言葉を発し、天然色で彩られ、立体音響で臨場感を増し、立体映像へと進化した。新しい技術の開発で今後も変貌し続けることだろう。

さて、ここは映画について語るブログではないので、堅苦しい薀蓄は他の方にお譲りし、本題に移るとしよう。


 ホラー映画に欠かせないのがSFXだが、そのルーツはなんと映画の誕生と同時期にまで遡る。エディソンが自らのプロダクションで製作し発表していた動画は1分にも満たない短いもの(世界初の「ディクソンの挨拶」は僅か2秒)である。最初は写真が動くというだけで驚いた人々も、それだけではすぐに飽きてしまう。そのため、舞台俳優を使ってコミカルな演技をさせたり、映像のトリック(卵を割ると雛が出てくるとか)を使ったりして、観客を楽しませるために様々な工夫がなされたようだ。短いフィルムであればこそ、アイデアで勝負というところか。

そして、1895年に発表されたのがアルフレッド・クラーク監督による「スコットランドの女王、メアリーの処刑」である。おそらくこの作品が世界初のホラー映画であろう。メアリーとは、数奇な運命に翻弄され、1587年にイングランドで処刑されたメアリー・スチュアート女王のことだ。民衆の見守る中で、処刑人によって斬首される王女の姿を再現したこのフィルム、キネト・スコープの小さな覗き穴から観た観客に与えた衝撃は半端ではなかったと想像できる。もしかしたら失神者も続出だったかっもしれない。


SFXとしては極めて単純。撮影途中で演技とカメラを止め、準備ができたら再び同じポジションで撮影を再開する。いまではトリック撮影の基本中の基本ともいえる撮影方法だが、当時としては画期的なテクニックであったのだろう。

様々なホラー作品に登場する首を切断される描写は、なんと映画が誕生した頃からの定番シーンだったのである。


「EXECUTION OF MARY QUEEN OF SCOTS」動画


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December 25, 2006

ダミアン・ソーンって、誰だか知ってるよね?

「こんばんは、こんばんは」
7月の蒸し暑い深夜だった。0時を少し過ぎた頃だったと思う。突然、窓の外から少女の声が聞こえた。
学生だった私は当時、保谷市ひばりが丘という、東京と埼玉のちょうど県境の住宅地に建つ2階建てのアパートに住んでいた。部屋は2階の奥で窓の外は隣接する民家の壁と庭であった。そことの間に路地などはなく、もちろん人が立てるような塀などもない。

実はその時、私は部屋で友人たちと8mm映画の上映を楽しんでいた。自分たちで撮影したフィルムや市販されていた洋画のダイジェスト版などを観ているうちに、いつの間にかこんな時刻になっていたのだ。ご存知のように8mmを上映するには部屋を暗くする必要がある。しかし、エアコンもないアパートで真夏の昼間に、雨戸を閉め切っての上映会などやれたものではない。ただでさえ暑いうえ映写機の熱と我々の体温で、蒸し風呂状態になってしまう。そのため、上映会は夜でなければできないのである。
私たちは恐る恐る少女の声の聞こえた窓を開けた。その声の主は隣家の女子高生だった。ベランダから身を乗り出して、私たちの部屋へ呼びかけていたのであった。そう、映写機のスピーカーから響くフィルムの音声が、室内の熱気を逃がすために開けていた窓より、深夜の静寂に紛れて、彼女の部屋に忍び込んでいたのだ。とはいえ、豪勢な立体音響システムで派手な効果音を鳴らしていたワケではなく、お茶の間のテレビのボリューム程度。それでも深夜ともなれば、やはり騒がしかったのだろう。

「申し訳ありません、うるさかったですか?」
「いいえ、それほどではないのですけど。それより、ホームスティしている留学生が怖くて眠れないって…」
その時に上映していたのは輸入物のダイジェスト版「オーメン」であった。なんとその留学生は、映画の音がうるさくて迷惑というより、窓の外から聞こえてくる映画のセリフを怖がっていたのである。


リチャード・ドナー監督の「オーメン」(1976年/アメリカ)といえば、言わずと知れた「エクソシスト」と双璧をなすオカルト映画の代表作だ。悪魔の化身として誕生したダミアン・ソーンをめぐり、善と悪の攻防がリアルなタッチで描かれる。日本では派手なショックシーンを売り物にしていたが、クリスチャンにとっては破滅を予感させるストーリーの方が遥かに衝撃的だったらしい。
実際、最大の見せ場となる頭部切断やその他のSFXシーンは意外とあっさりとしていて、この程度なのかと肩透かしを食らうほど地味だ。しかし、それが逆にストーリーのリアル感を盛り上げている。そして、このジャンルの映画としては掟破りのラスト。ちなみにジェリーゴールド・スミスによるテーマ曲は「悪魔を讃える」曲である。つまり、すべてにおいて「エクソシスト」とは正反対の作品なのだ。

こんな映画のセリフが深夜に窓の外から聞こえてくれば、アメリカ人の留学生にしてみればこれ以上に迷惑な話はないだろう。えっ、その女子高生たちとはその後どうなったかって? それは…またの機会に(笑)。


「オーメン」予告編動画


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December 24, 2006

ジェイソンはジェイソンであってジェイソンではない

映画には数々のモンスターが登場する。往年の怪奇映画ならノスフェラトゥ、フランケンシュタインの怪物、狼男、ミイラ男など、近年のホラー映画ならマイケル・マイヤーズ、フレディ・クルーガー、ジェイソン・ボーヒーズあたりが代表格だ。日本の怪談映画なら、お岩さん、お菊さん、お露さん、化け猫、雪女が定番だろう。
これらの人気キャラクターたちは、出演した映画がヒットすると続編が作られたり、シリーズ化されたり、リメイクされたりして、どんどん増殖する。そして、観客を恐怖のどん底へ陥れるために、たとえワンパターンだ、マンネリだと言われようと、「キャラクター」としてのアイデンティティーを主張し続ける。


ところが、なかには変り種もいたりする。それが「13日の金曜日」シリーズのジェイソン君だ。ショーン・S・カニンガム監督による記念すべき第1作「13日の金曜日」(1980年/アメリカ)はスプラッターというホラー映画のジャンルを確立すると同時に、メジャー系ではない独立プロダクション製作の作品でも世界的ヒット作となりえることを証明した傑作だが、ここでのジェイソンは湖で溺れ死んだ少年の亡霊として登場。ホッケーマスクの殺人鬼ジェイソンは第2作目からの出演となる。

殺されては生き返り、ミイラ化しても蘇生して、肉体を失うと怨霊となって人々を襲い、挙句の果てはクローン人間となって復活するジェイソン。クリスタル湖で溺れ死んだと思われていたが、実は生存していて、母親の復讐のため殺人鬼となった…ハズなのだが、ちょっと待てっ! じゃあ、第1作で現れた亡霊ジェイソンは?
よし、百歩譲って実は「生存」していたのではなく、あの時に「復活」したのだとしよう。ふむふむ、まぁ納得できなくもないな…。しか〜し、第8作でジェイソン少年の亡霊が出現してるではないか! ということは、やっぱりクリスタル湖で??? なんと偽ジェイソンなんてのもいるらしい。いかん、混乱してきたぞ。こういう具合にジェイソンという奴、他のキャラクターと違って、その正体がはっきりしないのである。


田舎町の小さなキャンプ場から始まった13日の金曜日の恐怖譚、ついには舞台を宇宙空間にまで発展させたが、ストーリー展開は見事なまでのワンパターン。マンネリもここまでくれば芸術と呼べる…ワケないか。



「13日の金曜日」予告編動画  


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ウニョウニョがウジャウジャで、ゲロゲロがゾロゾロ

まず、ヌルヌルした生物がウニョウニョと蠢きながら、ウジャウジャと群がっている様子を想像していただきたい。次にグチャグチャに潰れた顔の人間が嘔吐物をゲロゲロ吐きまくりながら、ゾロゾロと歩いている姿を連想して欲しい。はっきり言って私は、そんな連中に想像したら、催して(もちろん、吐気をだが)してその場に卒倒するだろう。
今回ご紹介するジェームズ・ガン監督のSFホラーコメディ「スリザー」(2006年/アメリカ)は、そういう作品だ。それなりに面白い作品なので本国ではヒットしたようだが、日本では未公開(公開の予定はあるらしい)。しかしこの映画、怖いというより、ひたすらグロい。もっとも、そういうのが大好きな人には少々物足りないかも知れないが。


ストーリーを簡単にご紹介しよう。
とあるアメリカの田舎町を舞台に、宇宙から飛来した謎の生物に寄生された男が自分の仲間を増やすため、ナメクジ状の分身生物を使って住民を襲い始める…。とりわけストーリーが斬新なワケでもなく、VFXもまあまあのレベル。いわゆるローバジェットの見本のようなB級作品だ。こういう作品はサービス精神とアイデアが勝負の分かれ目となる。
そういう点ではこれほどサービス精神満点の作品も少ないだろう。謎の隕石の飛来、正体不明の寄生虫、怪物に変身する男、ナメクジ状の奇怪生物、ゾンビ、巨大モンスター、そしてお約束のエッチなシーンやスタッフのお遊びシーンなど、80分の上映時間によくもまぁこれだけの要素を詰め込んだなと感心してしまう。
さて、アイデアの部分はというと、ほとんどが「どこかで見たような場面」ばかり。早い話がパクリの集大成と言ったところ。もっともホラー映画のアイデアなど出尽くしている感もあるのだから、まぁ仕方ないか。
さて、この作品を観て思い出したのが、「寄生獣」(岩明均著/1990〜1995年)というコミックスだ。最初の寄生生物は尖ったミミズのような形状で、宿主となる人間の体内を通り脳を占拠する。怪物化した人間はいくつもの触手を持つようになり、その先端についた巨大な爪で犠牲者を一刀両断にする。ゾンビ化した人間は怪物と意識を共有し、怪物とゾンビによるコミューンを形成しようとする。そして、連中の食物は人間。「寄生獣」を読んだことのある方ならお分かりいただけると思う。
とはいえ、ストーリーもテーマもまったく別物だし、気にする必要もないだろう。この手のB級作品は面白ければいいのだから。

「スリザー」予告編&ビデオクリップ動画

 
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