4月16日、川崎球場でオープン戦を見た。専修大−防衛大、法政大−山学大のカードだった。カレッジボウルの後、もう二度とくることは無いと思っていたのだが、まだ試合をやるとは思わなかった。川崎市が解体費用を稼ぐために貸し出しているのだろうか(笑)。
 スタンドが使用禁止のため、フィールドでの観戦となった。フォーメーションなどを見るにはどうしても高いところから見たほうが見やすいが、間近で選手がぶつかり合うのを見るのもまたいいものである。シーズンの開幕ゲームを見ながら、この球場の思い出にひたった。
 初めて生でフットボールを見たのも、初めてフィールドにおりたのもこのスタジアムである。その後取材という名目でさまざまなスタジアムのフィールドに立ったが、川崎のフィールドにはじめて足を踏み入れたときの柔らかい感触を忘れることはできない。

 本塁側のエンドゾーンがフェンスで微妙に欠けていたり、20ヤード近くにマウンドがあって土が剥き出しになっていたり、プレーする人間にとって必ずしもベストな球場ではなかったのかもしれない。取材する側にしてもエアコン(効きはもちろん悪い)やスピーカーからの場内放送(スタンドと同じ音量で流れ、しかも切ることができない)といった騒音で監督のコメントを聞くにも困るような記者席や狭い会議室、見えにくいゲームクロックなど今一つな球場ではあった。

 にもかかわらずこの球場での試合には思い出深いものが多い。94年のリーグ最終戦、法政が前年の屈辱を晴らした日体戦。95年、プレーオフ制が採用され東大が後一歩で東海に屈した一戦。翌年の同じカードでは東大が前年の無念を晴らしプレーオフへ駒を進めた。97年には慶応が東海の前に苦杯をなめた。98年には専修が古豪日大を倒しながら最終戦の筑波戦に苦戦。最後の最後で同点に追いつきプレーオフに滑り込んだ…。関東大学1部リーグのメイン会場だけに数々の名勝負が生まれた。
 リーグ戦以外にも春のオープン戦『川崎シリーズ』や日大-法大の定期戦も主にこの球場で行われた。94年の法政の大勝や97年に日大が高橋→藤縄のロングパスでサヨナラ勝ちを収めた試合などが印象深い。

 試合以外で思い出深いのはエンドゾーンの盛り塩。シーズンが深まってくると欠けているエンドゾーンの隅に盛り塩がされていたことがある。どこのチームの誰がやっているのかは知らないが、何事もなく試合が終わってほしいという想いが伝わってくる行為である。

 フィールドにいる人間のほうが観客より多そうな、隣の競輪場の打鐘が聞こえるような試合。どこからわいてきたのかと思うような大勢の人たちがつめかけた試合。さまざまな試合が行われ、それぞれに思い出を残した。6月からスタンドの取り壊し作業にかかるため、今の状態で試合が行われるのは5月20日の法政大−東工大、専修大−帝京大戦が最後となる。

その後川崎球場は'01春現在、内野スタンド部分に盛り土をした草野球場のような形で残っています。新球場の計画もあるようですがしばらくはこのままかと。この状態も趣があってなかなか良いです(フットボールを見るのには向きませんが)。


ブログへ転載にあたり追記:まさかこの会場でワールドカップをやることになるとは、これを書いた時点では思いもよりませんでした。本場アメリカの選手たちがどう思ったかは知りませんが、スタンドを増設し、ダグアウトをなくして角が欠けることもなくなった今のフィールドは、フットボールのフィールドとしての見やすさはかなり上位にランクされると思います。増設されたスタンドはあくまでも仮設とのことで、撤去されてしまう可能性もあるそうなのですができるだけ残して欲しいものです。('07.10/10)