October 21, 201112:09因縁の対決 ニュージーランドVSフランス
Comments(0) ニュージーランドの魅力 
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こんにちは、Dr. Kです。
オークランドは10月も半ばというの、
朝晩は肌寒い日が続いています
また、雨模様の天気が多く、早く温かくなってくれることを待ち望む今日この頃です

さて、今週の日曜日に行われるラグビーワールドカップの決勝戦は、
ニュージーランドとフランスの因縁の対決になりそうです

この両国が決勝で対決するの
1987年、第一回ワールドカップ ニュージーランドーオーストラリア共同開催の時以来で、
その時はニュージーランドが29−9でフランスを破り、
記念すべき第一回ラグビーワールドカップの優勝国になりました

ただ、その時代のニュージーランドーフランスは険悪な関係だったのです

当時フランスは、南太平洋の自国領内タヒチ海域で核実験を繰り返していました

1985年、自然保護団体グリーンピースの船レインボーウォーリア―号(虹の戦士号)は、
直接核実験の現地に行って実験を中止させるため、
他の抗議船と共に平和船団を組み、
実験場のある南太平洋のモルロア環礁へと向かいました
レインボーウォーリア―号

7月10日、レインボーウォーリア―号(虹の戦士号)は、
ニュージーランドのオークランド港に停泊し、核実験阻止行動の準備をしていました。
このとき、フランス政府はレインボーウォーリア―号(虹の戦士号)の活動を阻止するため、
工作員を送り込み、虹の戦士号を爆破、沈没させました。

最初の爆発が起きたのは夜11時38分でした。
最初に小さな爆発を起こして、
船のクルーを避難させて、
その後で、大きな爆発で船を大破させようと目論んだフランス政府でしたが、
運悪く数名の人が、最初の爆発の後に船に持ち物を取りに戻ったところで、
爆発は起きてしまい、一人のニュージーランド人カメラマンが犠牲になったのです

その事件の後のニュージーランド国内における反フランス運動は大変なもので、
オークランド市内のフランス人所有の商店が放火にあったり、
市内の至る所でフランス人排斥運動がおこったりして、
フランスの人にとって大変つらい時期だったと記憶しています

その2年後の第一回ワールドカップ決勝でニュージーランドが勝利し、
国民は歓喜にわきました

そして、その時に国民的ヒーローになったのが、
今回のワールドカップで日本代表チームを率いた
監督ジョン・カーワン氏だったのです
オールブラックス

それから24年が経ち、
ニュージーランドとフランスの関係悪化は緩和され、
ニュージーランド人もやっと平常心でフランスの方たちを受け入れていますね。
歴史の因縁を感じる今回の決勝、
もちろん、今回もすべての国民が注目しています。
ガンバレ、オールブラックス!!


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