家族

2013年07月26日

今朝見た夢

今朝もまた奇妙な夢を見た。ペコちゃんのおうちでご馳走になっているのだ。建物は二棟に分かれていて四世代が暮らしている。右の一棟にペコちゃん夫婦と子供がいて、二つの棟は二階からの渡り廊下でつながっているという構成です。
昨日、ペコちゃんが四十路になったのを知ったせいかどうかはわからないけど、両足義足の曽祖父がいたりするがお年寄りを大切にする明るい家族だった。お子さんは男の子で小三ぐらい、一緒に連れて行ったうちの長女も小三で意気投合していた。帰り際に改修相談まで頼まれてしまった。ペコちゃんって結婚してたっけ??? 兎に角、支離滅裂で奇想天外な夢だった。
生前の本田さんがこよなく愛したペコちゃん。彼の魂が少し乗り移ってきたのかも知れません。

(S.Tomita)



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2013年07月16日

生まれ育った町で

生まれ育った旧相生町で設計コンペがあり、

一等案に選ばれ建築出来ることになった。

敷地は小学生のとき通った旧雄小学校跡地。

完成後、

少ない予算なのにいいものを造ってくれたと

多くの方が声を掛けてくれたくれたのが、

何よりも嬉しかった。




.......夢から目覚めた.。

時計の針はまだ夜中の3時を指していた。


(S.Tomita)

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2012年10月21日

ご褒美のスパゲッティーニ

紺屋の白袴とはよく言ったもので、築四十数年の自宅はボロボロ状態。
家内に「いつになったら交換してくれるん」と言われていた流し元灯と玄関灯を
今日やっと取り換えた。

ご褒美だろうか。ランチのスパゲッティーが格別うまかった。

121021-1

上に載っているのはイタリアンパセリだそうだがこれも庭に植えていたもの。

121021-2

でも、ちょっと褒めると、出てくる出てくる能書きの山々。
教えてもらったイタリアンシェフのマリオがいい男だったことまで。
そんなこと聞いてへん。あ〜あ、聞き疲れた〜

(s.tomita)

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2012年10月16日

秋桜を聴いて・・・

秋になると無性に聴きたくなる歌がある。

山口百恵の秋桜だ。

嫁いだ経験は一度もないが(笑
母のやさしさがこころに染みる。



会話は通じなくとも元気でさえいてくれればそれでいい。
秋の夜長、幼かった頃の母を思い出す。

(S.Tomita)

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2012年05月07日

初めて見たミツバチの分封

国内で唯一動いていた泊原発3号機が止まり、原発稼働ゼロになったその日、
穏やかな休日の朝を迎えられると思ったら、庭で家内がやたら騒がしい。

何事かと思って出てみたら、フェイジョアの幹で何か黒い大きな固まりが動いている。

120504-1

近づいてよく見てみると、ミツバシの大群だった。

120504-4

こんな時に思い浮かぶのはやっぱり造園家の品川さん。早速電話で訊ねてみると、
それは分封と言って、新しい巣をつくる場所を探しているとのこと。

早くも白い服に身をまとい蜜を採集している自分の姿が頭をよぎりました。
いかん、いかん、欲を出しては・・・(笑

(S.Tomita)

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2012年01月06日

母とのお正月

母が倒れて8年になるが、5年前から大阪に居る姉のマンションから車で
5分程のところにある「ちくりんの里」という施設でお世話になっている。
日々自転車で施設と家とを行き来する姉(昨夏、電動自転車に乗り換え
楽になったと喜んでいる)のお陰で症状も悪い方に進まずにいる。

たまにしか見られない母の顔。
今年は年末から5日間、お正月を目一杯母と過ごしてきました。

ちくりんの里のスタッフはやさしい人ばかりです。
みんな心から面倒を見てくれています。
120102-1ちくりんの里
正月飾りの前で大好きなリーダーの寺田さんとの記念写真。
120102-2ちくりんの里
スタッフのみなさん、今年もどうぞよろしくお願いします。

(S.Tomita)



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2011年07月10日

巣立ちpart.2

突然ですが、先月の18日に下の娘が結婚式を挙げました。

110710-1

110710-2

3日後に満一歳の誕生日を迎えるharukiを抱えての挙式でした。

110710-3

これは17年前に日土小学校を観に行った時の娘たちです。

940521-01八幡浜・日土小学校にて

家族の写真の大切さ、尊さ。
いま東北で被災され苦しんでいる方々の気持が少し分かったように感じています。
久し振りの家族報告でした。

(S.Tomita)



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2011年01月06日

「ラウンドハウスへの思い」再び!

正月明けに下の娘夫婦が6ヵ月になる初孫を連れて帰ってきた。

二人の娘が通っていた川内南幼稚園に当時担任だった南東先生が
園長先生になって帰って来ていると聞きみんなで会いに行った。
子育てに力を注いだ幼稚園時代の先生方との楽しい思い出は
語り尽くせないぐらい沢山あるが、
上の娘が卒園する時に父兄たちがお金を出し合って、
木の遊具「ラウンドハウス」をつくり贈ったことが一番の思い出だ。

人が生まれてきて最初にする遊びは何かの周りをグルグル回ることだという。
そのことをよりどころに夢多き人になって欲しいと、
行き止まりのない木のおうちを考えた。

『住宅建築』1991年08月号・ラウンドハウス-1
『住宅建築』1991年08月号・ラウンドハウス-2

出来上がったあと園児たちが楽しそうに遊ぶのを観て、
南東先生がこんな嬉しい文を投稿してくれていた。

『住宅建築』1991年08月号・ラウンドハウス-3


そんな南東先生も来春で長い園児との生活にピリオドを打つという。
その最後に大好きなこの園に帰って来られて幸せだとおっしゃってくれた。

ラウンドハウスを背に記念撮影です。
110106南東先生と

園児を通していいお付き合いをさせてもらった住友先生、森先生、赤澤先生、
そして父兄の森口さん、岡田さん、松本さんら当時の仲間に
無性に会いたくなりました。

夢多き子に育つ家、
今年は「ラウンドハウスへの思い」再びで取り組みたい!


(S.Tomita)



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2010年11月06日

小黒三郎の『組み木』3

「十二支」の次に気に入ったのが「帽子をかぶった男と女」です。

111103-マグリット1

小黒三郎『マグリッドの帽子の女』小黒三郎『マグリッドの帽子の男』














画家ルネ・マグリッドの絵の中に出てくる帽子をかぶった男をモデルに、
12匹の動物を入れ込んでいます。
この男が作られた3年後に女ができて一対になった作品です。
女の方は11匹の動物でできていて、
その中に男と同じ動物が2匹いるんですがわかりますか。


これも仏壇職人Ikawaさんの手に掛かるとこうなります。

111103-マグリット3

20年振り?に挑戦してみたが、虎の巻なしでは何もできません。
娘と楽しんだこのパズルも、孫に引き継がれる年になってしまいました。
人生、早過ぎます(苦笑


(S.Tomita)

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2010年11月05日

小黒三郎の『組み木』2

娘のために最初に買ってきた組み木の玩具はこのライオンでした。

111103-ライオン01

111103-ライオン04

その後、『小黒三郎の組み木』の本と出会ってからは、
組み木パズルの奥深さに魅せられて、のめり込んで行きました。

小黒作品の中で取り分けて好きだったのがこの「十二支」です。
111103-十二支6
小黒三郎の『十二支』

タテ6×ヨコ10(比率)の長方形の中に十二支が納まっています。
図形やパズル好きの人ならもうお気付きだと思いますが、
ソロモン・ゴルムのペントミノの図形を使った作品で、
形の違う12の木片を見事に操って十二支を描き込んでいるのです。

ソロモン・ゴルムのペントミノ図形

どの図形がどの動物に合うのか。こうして出来上がったものを見てみると、
余りにも自然体なのでスンナリと湧いて来たようにも思えるのだが、
タツやイノシシなどに苦労したことが本の中で語られています。
それぞれの特徴を捉えたユーモラスで愛おしくなるデザインの動物たち。
もうここまで来ると玩具の枠を超え美術品のようです。


嬉しいことに、家の隣りのIkawaさんは糸ノコを手先のように操る仏壇職人でした。
この話を持ちかけると一つ返事で作ってくれたのがこれです。
台座の細工にも職人の味が滲み出ています。材料は地場杉です。
木箱保管のお陰だろうか、25年も経っているのにきれいにいてくれました。

111103-十二支4

作者小黒さんの「私の作品が親や教師の手で作られ、子どもたちに使われ、
遊ばれることは私の願うところでもあるのだ」という大きな懐がなかったら、
子育て時代の組み木の思い出はこんな風にはならなかった。
図面公開に今更ながら感謝する次第です。

次の年、この図形が我が家の賀状を飾ったのは言うまでもありません。 つづく!


★小黒三郎の組み木のウェブサイトはこちら → 遊プラン
  ●十二支 (立体にも組めるポリキューブパズルです

  

(S.Tomita)

taa2003 at 18:04|PermalinkComments(0)

2010年11月03日

小黒三郎の『組み木』1

学生時代に住居学を学ばれていたご夫妻といま楽しく家づくりを進めているが、
モンゴルのパオ住居(モンゴル語ではゲル)を体験されたという奥さんの価値観は
やはり普通の人とはかなり違っていて、
初めて生まれてきたお子さんのために選んだ五月人形は組み木だった。

モンゴルの遊牧民はものが増えると移動に支障をきたすから、
最小限のもので生活するのが身に染みついている。
言い換えれば世界一ものを持たない民族ということになる訳だが、
逆に世界で一番家の中にものを溜め込んでいるのが日本人だと言われている。

そんな訳で?何の訳(笑) このご夫妻の物欲の少なさに強く惹かれたが、
選んだ組み木が小黒三郎さんのものというのがそれにも増して嬉しいことだった。
というのは、もう25年も前に遡るが、私も子育て時代に
この組み木の虜になっていたからだ。
当時買った小黒三郎の『組み木』の本を急に読みたくなって探していたら、
家内にとっても大切な一冊だったようで、「ここよ」と言うなりすぐに出てきた。

小黒三郎の組み木

あとがきに絵描きになりたかった小黒さんが目の見えない子供たちとのふれあいから、
蝕察教具作りへと駆り立てられていったことや、
『グラフィックデザイン』の創刊者である勝見勝さんとの劇的な出会いのこと。
そして、本の中に組み木のデザイン図面を公開したことについての説明がなされていた。
子供を愛し動物好きのやさしい心情がジーンと伝わってくる文章だった。
何かしら段々と子育て時代を思い出してきた。 つづく!


(S.Tomita)



taa2003 at 23:55|PermalinkComments(0)

2010年09月02日

ばあさんからのお膳

ばあさんの時代から使ってきたお膳、もう70年ぐらい経つのだろうか。
今もハレの日などにはこれで食事のひとときを楽しませてもらっているが、
使わない時はこうしてダブルにスタッキングして置いておくから、
場所を取らない。

お膳のダブルスタッキング

何の変哲もない普段の光景だが、何故か今日はきれいに見えた。


(S.Tomita)

taa2003 at 14:12|PermalinkComments(2)

2010年05月28日

iPad を母に!

ネットを見ると「iPad 欲しさに全国各地で長蛇の列」。
そんなニュースばかりが目に飛び込んでくる。

今日はiPad の発売日だったんだ。

iPad


画面をタッチするだけで大きな画像をより大きくして見ることができる。
どんなに目が薄くても新聞や書物を読むことができそうだ。
家族の写真をいっぱい詰めて、施設にいる母に送ってやりたい。


(S.Tomita)

taa2003 at 17:00|PermalinkComments(0)

2009年09月09日

Metis の母賛歌

9月6日のuchブログに書かれていた「 人しずくコンサート”秋”
聴きに行けなかったが、そこに初めて目にする「母賛歌」という歌。
少し気になって調べてみたら・・・・・・ YouTubeにありました。

  泣ける歌 Metis 1  泣ける歌 Metis 2

脳梗塞で左半身不随になっている母のことを思い出したり、
もう泣けて泣けて・・・・・・
なかなか言えない母への感謝の言葉。
言える勇気を一杯もらったような気がします。

こんないい歌に巡り合えたのは、uchのお陰です。
いつの日か、ゆかりさんの声で聴かせてもらうのを楽しみにしています。

  母賛歌の歌詞

(S.Tomita)

taa2003 at 22:11|PermalinkComments(2)

2009年05月14日

巣立ち

この5月の連休に上の娘が結婚しました。
二人が選んだ軽井沢の小さな教会で、親族だけの挙式でした。

090503彩・結婚式






























娘の笑顔にまさる喜びはありません。


(S.Tomita)



taa2003 at 21:28|PermalinkComments(18)

2008年11月17日

懐古 part3

このごろ回りのお陰で若返ってきました。
こころはすっかり青春です(笑

岩船寺(京都府加茂町)














さあ、幾つのときでしょう?



(S.Tomita)

taa2003 at 01:30|PermalinkComments(3)

2008年11月13日

懐古 part2

パート2 は1974年まで遡ります(笑

学生街の喫茶店、旅の宿、神田川、なごり雪、22才の別れと・・・・・
フォークの全盛期やった。 たくろうの歌、よう歌うてたなぁ。

 ▼「人生を語らず」 よしだ たくろう



娘の次は家内編。 大阪生まれの大阪育ち、生粋の浪速の女どす。
当時のデートは専ら京都や奈良の古寺めぐり。
下の写真も奈良の長谷寺でのもの。 お気に入りのショットです。
あの日も手作りの弁当持って来てくれてたっけ、従順やったなぁ。

741013長谷寺(奈良)

































二人して徳島に帰って来ることになった時は
♪ 徳島にはようついていかん ♪ ・・・とか可愛いこと言ってたけど、
知らぬ間に、あのごっつい・・・大阪のおばちゃんになってしもうた。
いまはただ思い出の中にだけ生きてるような日々で負わしまします万年。

古くなっても美しい建築の見立てはできるようになったけど、
女性だけは未だにできましぇん!

ハラタク、聞こえてますか。


(S.Tomita)

taa2003 at 02:10|PermalinkComments(2)

2008年11月12日

懐古 part1

森兼夫妻との東北文化財めぐりの旅に引き続き、
今日も懐古の世界に浸ります(笑

それは東北文化財めぐりの3年前、
稲垣潤一の「クリスマスキャロルの頃には」が大ヒットした1992年のこと。






カムイ兄貴のワゴンを借りて、家族で信州へ。
夜明けとともに松本城に到着。その時の写真です。

921122-1信州・松本の朝
































翌年の年賀状にも使った思い出の一枚です。

あの時は現存する最古の神明造の仁科神明宮見学を第一の目的に行ったんだけど、
古いものばかり観に行く親父は子供たちには受けが悪くて、
そのあとは小遣いでつらないとついてきてくれなくなりました。
今年で25と23、二人とも未だに家にいます。


(S.Tomita)

taa2003 at 23:11|PermalinkComments(0)

2006年07月16日

「川の字」家族

いま設計する住まいで畳の間はあっても一室ぐらいで、
全く畳のない家を設計することも多くなってきた。

「子が出来て 川の字なりに 寝る夫婦」 という川柳があるが、
いまは洋室で二つのベッドを寄せて寝る家族が多くなったようだ。

しかし、この川柳にもオチがある。
「子が育ち 川の字崩れて 溝になる」

いま振り返ると、家族と呼べたのは、
子育ての時だけだったような気がする。

大王わさび園にて(1992年11月)
大王わさび園にて
1992年11月







(S.Tomita)

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2006年07月13日

HP開設一周年と母の誕生日

今日はホームページ開設一周年である。
徳大の土木部の学生だったT.Mさんのお陰で出来上がったのだが、
その彼女はいま建築家をめざしてS設計事務所で頑張っている。

7月13日は奇しくも母の誕生日でもある。
今年79歳になるが、ここ二年入退院の繰り返しで
いまは一人で歩くこともできず、
大阪の老人介護施設でお世話になっている。
毎日姉が施設に通って見てくれているので不安はないのだが、
目一杯元気そうに見える母の写真を
時々メールで送ってくれて、安心させてくれる。
本当に姉には頭が上がらない。
下の切り絵はまだ大分元気だった頃のもので、
病院の冊子の表紙になったと言って送ってくれた。
手先が少し不自由になっていた時期だが、
几帳面な母の性格がよく出ているなと思う。
もうこんな切り絵ができるほど元気になることは望めないが、
このままの状態でずっといて欲しいと願うのみだ。
この前、日本女性の健康寿命77.7歳と発表されていたのを思い出す。

母の切り絵








(S.Tomita)

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2006年05月26日

たまには家族のことも・・・

ちょっと気を許すと二三日ブログが途絶えている。
最近、アクセス数が増えて随分と励みになっているのだが、
逆にプレッシャーにもなっている。
小生のブログは内容や言葉尻がお堅いのだろうか、
余りコメントをいただけないのだが、
自分自身の考えの整理には確かになってきたように思う。
いつも建築のことばかり書いているけど、
結局、建築しか知らない「建築馬鹿」なのだからしょうがない。

たまには家族のことも書かないと独り身と間違えられてしまう。(笑)
うちはどこかの事務所と同じで、家には女しかいない。
家内に娘二人、そして三歳のメスのコーギーが待っている。
帰るのが遅いということもあるが、話題が違うから会話にも入れない。
娘とはたまの学校への送り迎えの時に車中で話すぐらいだったから、
日誌のネタになるようなものも浮かんでこない。
その娘たちも下が社会人三年目で上がやっと今春から社会人の仲間入り。
最近、親父に対して少し優しくなったような気がするのだが・・・
気のせいかな?

(S.Tomita)

taa2003 at 23:55|PermalinkComments(4)

2006年02月14日

「一福」のそばと「めんやど」のこと

中華そばの「一福」中華そば(並)450円







事務所の隣が中華そば屋である。
一福」のそばは安くてうまいからよく通う。
今年に入ってからでも、もうすでに30杯は食べていると思うが、
それほど私にはドンピシャの味なのだ。

実は私の実家も20年ほど前まで
川口ダムの少し手前で飲食店をやっていた。
めんやど」という少し変わった屋号だったので、
今でもこの名を出すと覚えてくれている人がいる。
大正に祖母が始めたお店で、当時は食堂と旅館をやっていたので
「やど」という字が付いているが、
「めん」は「おんやど(御宿=男の宿)」に対してのもので、
女の人も泊まれる宿屋という洒落っ気で付けたらしい。

田舎のことだから和洋を問わず何でも作っていて、
うどんやおでんからオムライスやカレーやホルモン焼きまであった。
4年前に画家の橋本シャーンさんが、
めんやどの「鮎の姿ずし」のことを書いてくれていたが、
木頭の柚子を使って作るお袋の鮎ずしは、
私にとっても忘れられない味である。

橋本シャーンのふるさとスケッチ旅

←橋本シャーンのふるさとスケッチ旅
 「相生町・川口橋」

 徳島新聞(平成14年2月23日)









「一福」のそばは「めんやど」のそばと同じ匂いがする。


(S.Tomita)

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2005年10月23日

親友の親父さんの死

奈良にいる親友の親父さんが亡くなった。享年88歳だった。
昨日が葬儀で、久し振りに大和郡山市まで足を運んだ。
葬儀場には直接行かず、親友の自宅の方に寄り道をした。

懐かしい風景に思い出が蘇ってくる。
本当にこの道を何度通ったことだろうか。
小学6年から親元を離れて親類宅に預かってもらっていたので、
寂しくなるとよく友の家に自転車を走らせていた。
中学、高校、浪人時代と家族の一員のように大事にしてもらったお宅である。

当時、親父さんは奈良市役所の建築課長だった。
その影響からか、友と私は建築科を目指して受験勉強をしていた。
友は大阪工業大学の建築科に受かっていたが、
もう一つの同志社大学化学科の方を選んだので、
私が跡を取ったような形になってしまった。

学生時代の夏休みには、奈良市役所の建築課で授業の単位を取らせてもらったり、
独立してからは娘さん(友の4歳下の妹)の嫁ぎ先が始めるテニスクラブの設計を
たのんでくれたりもした。
いつ行っても、ほんの一言か二言しか話さない寡黙な人だったが、
心底優しい人だった。

娘さんは大のお父さんっ子で、いつも一緒の二人は恋人のように仲が良かった。
葬儀場の娘さんの顔は辛くて見られなかったが、
長女の映里ちゃんが建築学科の大学院を出たと聞かされた。
親父さんは生きている。こころの中に生き続ける。
そう思える嬉しい言葉だった。

(S.Tomita)


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2005年09月23日

墓参り

050923彼岸花050923墓地050923お供物






今日は彼岸の中日
道中、お供え物のお酒とおはぎを買って墓参りに行ってきた。

私の実家は田舎だから、町の平地にある墓地と違い、
山の斜面を利用した雛壇状の墓地である。
設計者的見方でいえば、
日当たりも眺望も永遠に保障された最高の立地で、
斜面を利用した形のイマジネーションも湧き易く、設計本能がうずく場所。

山間部に入ると、墓地はこのような斜面や山頂に多く見られるが、
死者に最高の日当たりと眺望を提供するのは当然のことであり、
先祖を敬う気持ちに他ならない。

目の前の損得や己のことしか考えなくなった我々現代人が惨めに見えてくる。

(S.Tomita)

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