2009年04月05日

10年前のとある新入社員が初めての転職を決意するまで

この春から新入社員の方も読んでくれているかもしれないから、少し、私の新入社員時代の、思い出話を書いてみることにする。私事で恐縮だが、この春に丁度、私は社会人10周年を迎えたところだ。

私の社会人としてのスタートは、NTTデータのSI営業職として、3ヶ月近くに及ぶダルい新川崎での研修所生活から始まった。(今は駒場にリッパな研修所があるが、アレのちょうど建設工事の期間にあたり、私の年度だけ新川崎だった)

毎日、新川崎の研修所に集められたうえでに、各自1人1台のPCで、eラーニング教材をやらされたことを思い出す。(eラーニング、意味ないな〜と皮肉ってた)。400人近い新入社員は10ほどのクラスに分けられ、チューターという名前で、課長クラスの方が担任のように付く、といった感じで、さながら雰囲気的には、大学というよりも高校生活に戻ったようだった。

プログラミング研修では、javaのコーディングもやった。自作PCにLinuxをインストールしたり、ウェブ制作の仕事を業務委託でやっていたからHTMLは知っていたが、コンパイルのいるプログラミング言語を書いたのは、先にも後にもあの時だけだった・・・。

初夏になって、実際の配属先へ行った。メディア企画営業担当という部署だった。仕事は猛烈に忙しく、会社の椅子を並べて眠り、三食ともコンビニのサンドイッチということも、しばしば、といった丁稚修行の時代が始まった。毎晩、深夜までの仕事のうえに、稟議書や社内での投資承認のための書類作りなど、当時の自分には、あまり興味の持てない仕事に忙殺された。

昼間は、打ち合わせに駆け回って、夜はエクセル、パワーポイントでの企画書や見積もり書、議事録作成などが目白押し・・・。終電で帰れたらラッキーという感じで、職場という名の「塹壕」に立てこもるような気分の生活だった。

案の定、入社してすぐの秋には、会社を辞めたくなった。しかし、入社1年も経たずに止めることは、履歴書的によくないだろう、と思うくらいの小賢しさがあった私は、慶應SFCの政策・メディア研究科を受験した。
そしたら、なぜか合格してしまった・・・。

意を決して、当時の上司であったO課長に退職の旨と、大学院への進学のことを伝えると、「オマエはまだ、社内でも勉強することが沢山あるだろう。カネを払って勉強するのと、カネを貰いながら、勉強できるのと、どっちが、オマエにとっていい環境なのか、よく考えてみろ」と言われた。

これは、今、思い返しても、本当に金言であった。

「辛いか?辛くないか?」の観点だけで判断し、「辛いから、ココは嫌だ」という発想に囚われていた私だったが、「どちらが、より学ぶことが多いか?」の観点から見てみると、毎日、自分が深夜まで過ごしている職場にも、大いに魅力があるような気になったものだ。

それ以降は、単に目の前の仕事を片付けるだけでなく、例えば事業収支をDCFに基づいて評価することが必要な社内の投資承認規定にブチあたったときには、目の前の仕事をとにかく片付けることだけでなく、「そもそも、割引率って、なんで決まるんだっけ?」ということを疑問に持ちながら、コーポレート・ファイナンスの入門本を読むようになったりした。

先日、NTTデータ批判のエントリーを書いた後に、有り難くも、わざわざ対面やコメント欄などで、「ああいうことは、あまりブログに書かないほうがいいのでないか」と忠告してくれた人がいる。

そう言われたから、こう書くわけではないが、私は「法人としてのNTTデータ」は余り好きではないが、私が一緒に仕事をさせて頂いた人たち、特にO課長をはじめとする上司、新人トレーナーとしてついていただいたKさんをはじめとする先輩の皆さん、個人個人には本当に深く感謝させて頂いている。

なんせ、粗利益と営業利益の違い、売上とキャッシュフローの違いすら分からない、ド素人の段階から、よく鍛えて頂いた。2年目の半ばには、パワーポイントやエクセルを使った提案書や事業企画書の作成なら、自分はかなり早く手が動かせるほうだ、という自信が付いてきた。何事も、集中的に「量」をこなさないと、身につかないものがあるのだな、と思った。

特にファイナンス系の本を沢山読むようになっていた。いささか、瑣末な議論で恐縮だが、当時のささやかな成功体験として私の記憶に残っているエピソードを紹介しよう。二年目の後半ごろのことだったと思う。

当時、NTTグループ各社や在京のテレビ局各社が、共同出資して新たに事業会社を作ろう、というプロジェクトをノースウェスタン大でMBAを取得して戻ってきたばかりで、課長代理クラスだったAさんのヘルプを仰ぎながら、3年先輩で私のマンツーマン・トレーナー役であるKさんたちと進めていた。収支分析が複雑な仕事だから、MBA帰りで、そこらへんに強そうな人をつけて、サポートしてやろう、という会社からの配慮があったのだと思う。

そんな中で、新規に設立するJV会社の事業収支の採算性を判断するために使う割引率をどう決めるかが、議論になった。Aさんは、出資元である親会社各社の資本調達コストを、出資比率で加重平均したものを使うべきだと主張した。

それに対して私は「それはオカシイですよ。割引率は、そのビジネスの本来のリスクを反映すべきものだから、親会社や資本構成に関係なく、そのビジネス本来のリスクを反映して決めて、DCFを回すべきではないでしょうか」と発言した。

Aさんは「うーん、そうかなあ。後で調べてみますね。」と言いながら、その打ち合わせはお開きになった。その晩、Aさんから、メールが届いた。「MBA時代のファイナンスのテキストを開いて、確かめてみたけど、田端君の言ってたのが正解でした。」と書いてあった。

これには、ずっと付きっ切りで指導してくれていた先輩トレーナーのKさんも驚いたようだった。有り体にいって、この頃から自信が付き出した。そして、大組織固有のしがらみを気にせず、もっと自分の思うように仕事をしたい、と考えるようになっていった。

皮肉なことに、O課長の金言があった慰留から、ほぼ1年後に、退職の意思を再度、告げることになる。

日経新聞の日曜版に掲載されたリクルートの求人広告を見て、ネットベンチャーへの投資をテコに、リクルートのネットビジネスを加速させる、次世代事業開発室での仕事内容に強い興味を持った。さっそく応募し、面接を進めるにいたって「どちらが、より学ぶことが多いか?」というO課長の言われた観点で判断したときに、リクルートのほうが、良さそうだ、という自分の思いは、どんどん確信に近くなっていった。

2回目の退職の意思表示をし、次はリクルートです、と告げると、O課長は、もはや慰留をするつもりはないようだった。

そして、2001年の2月1日にリクルートに入社。本当なら、21世紀の始まりとともに新天地へ・・なんてことを考えていたのだが、退職の意志を告げた後でも、客先の某総合商社のメディア関連部署に常駐する新規プロジェクトに突っ込まれるなどしていたこともあって、21世紀の到来に1ヶ月遅れて入社することになった。

ちょうど2年に満たず、1年10ヶ月で止めた計算になる。

その後には、リクルートでは次世代事業開発室から、R25創刊の創刊プロジェクトを経て、ライブドアへ。ライブドアでは、ちょうど絶頂期の直前に入社し、事件の勃発を経て、その後のターンアラウンドを経て、単なる再生ではなく新生を目指す、という日々が待っていた。

「激動」とは言わないまでも、ずいぶん色んな風景を見ながら、遠くまで来たものだなあ、というのが正直な今の感想だ。

10年やってみて、心の底から確信し、新入社員の人に言いたいことは、
「ビジネスほど、面白いゲームはない。」
ということだ。(技術職の人でも、給料としてオカネを貰い、自分の携わったことが最終的には、製品としてオカネに変わるのだから、ビジネスをしている、という心構えを持つべきだと思う。)

どうせ、ゲームに参加するのなら、真剣勝負で、真摯に臨むことが、競合他社や上司・同僚も含めた周囲へのマナーだし、何より、ビジネスマンとしての自分への矜持になるだろう。

最後に新入社員や若いビジネスマンの方に読んで欲しい本を紹介しておこう。「入社したばかりで、もう転職の話かよ」という風に思うかもしれない。

僕はこうやって11回転職に成功した僕はこうやって11回転職に成功した
著者:山崎 元
販売元:文藝春秋
発売日:2002-05-28
おすすめ度:3.5
クチコミを見る


しかし
「自分にはいつでも、辞められる自由がある」
 がゆえに・・・
「会社と自分とは対等のビジネスパートナーだ」
と思いながら、仕事をすることは、精神衛生的にも、キャリア設計上でも、決定的に大事なことだと私は思う。

上にも書いたように「ビジネスほど、面白いゲームはない」のだけれども、あくまで「ビジネスは、ゲームなのだ」から、「嫌になったら、いつでも途中で辞めてよい」ということが、その前提としてセットになっている必要がある。

それによって、初めて、心から「ゲームとしてのビジネス」を楽しみながら、真剣に全力でプレーをすることができるようになる、と思うからだ。

もし、マラソンやラグビーに、途中棄権が許されないなら、それは、はっきりいってスポーツではなく、リンチやイジメだろう。

アップルでは、昔からこう言われているそうだ。
「ウチを辞めても、他社でやっていける、という人だけが、ウチでやっていける。」


このエントリーをこのエントリーを含むはてなブックマークはてなブックマーク - 10年前のとある新入社員が初めての転職を決意するまで

田端信太郎、初の単著が発売 MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体
MEDIA MAKERS
―社会が動く
「影響力」の正体~
メディアに踊らされずに、
メディアで人を踊らせる方法


Tabata Shintaro@facebook
記事検索
私のオススメ本 ベスト集


LDリーダー購読者数推移


ブックマーク数推移グラフ

  • ライブドアブログ