2009年05月31日

「ゲームのルール」を理解するということ。【書評】芸術起業論 by 村上隆

村上隆というアーティストの作った、このフィギュア、オークションで幾らの値段が付いたか、ご存知だろうか?

amr0805151520009-p1

なんと16億円で落札されたのだ。
2008年5月15日:競売大手サザビーズによると、日本の現代美術作家、村上隆氏のフィギュア「マイ・ロンサム・カウボーイ」が14日夜、ニューヨークでオークションに掛けられ、1516万1000ドル(約15億9200万円、手数料込み)で落札された。予想落札価格は300万〜400万ドルだったが、大きく上回った。

 同作品は1998年制作で、アニメの登場人物のような頭部を持つ男性のフィギュア。素材はグラスファイバーなどで高さ254センチ。

 村上氏はアニメ・フィギュアなどのポップアートで知られ、米誌「タイム」の2008年の「世界で最も影響力のある100人」の1人に選ばれた。(共同)
なぜ、こんなフィギュアに16億円もの値段が付いてしまうのだろうか。(しかも、私はこれは、偶然ではないと、考える。)

上のフィギュアが16億円で売れてしまった、という事柄の意味を理解するために、本人である村上隆が書いた「芸術起業論」という本が、最高のテキストになる。
この本は本当に凄い本だ。
これだけ、ギラリと光るドス黒い迫力のある言葉が詰まった本も珍しい。

芸術起業論芸術起業論
著者:村上 隆
販売元:幻冬舎
発売日:2006-06
おすすめ度:3.5
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内容(「MARC」データベースより)
すべての人(=アーティスト)は起業家である! 芸術には、世界基準の戦略が必要である。「光を見る瞬間」をどう作るか!? サザビーズオークションで1作品1億円で落札された村上隆が説く、超ビジネス書。
身もフタも無く「リアリティのあること」を正面から、書き過ぎているがゆえに、一部のエスタブリッシュメントから嫌われてしまう、という意味で、この「芸術起業論」という本は、堀江さんの本である「稼ぐが勝ち」と、同じようなベクトルの魅力を持っている。(芸術品がオークションの市場に晒されたときに付けられる値付けのメカニズムは、株式市場において、会社に値段が付くのと、非常に似ている・・。そのとき、アーティストはCEOとなり、CEOはアーティストとなる。)

NHKの番組か何かで、村上隆のアトリエでの創作風景を取材したドキュメンタリーを見たことがある。若いアーティスト見習いみたいな連中が、住み込み状態に近いような感じで、何人も働いている合宿所みたいな環境だ。

その若い連中が、当番制で村上隆の部屋を掃除するのだが、そのうちの1人に掃除が、行き届いていない不手際があった。

村上隆の部屋の中は、掃除する手順が決まっているようなのだが、その掃除する手順を間違えて掃除してしまった、というような、僕にしてみれば、些細なことだ。

そのときに、村上は、「これ以上にイヤな感じで、人を叱る態度を、あなたは想像できるだろうか?」というくらいに、物凄くイヤーな感じで、その若者をテレビカメラの前で、しつこく、ネチっこく、厳しく叱り付けていてた。

そのシーンを目撃して以来、私は何となく「あのすっげーイヤな奴」だな、という感じで、彼の作品を六本木ヒルズとかで見かけるたびに、悪感情を呼び起こしていた。

しかし、この本を読んで、その印象は、ガラリと変わった。

正確にいうと、「イヤな奴だ」という印象は、あまり変わらない。しかし「そのイヤな感じ」とは、とても彼なりに経済合理性があって、彼を取り巻く現実の環境が否応なく彼に要請してきたとも言える「イヤさ」なのだ、ということがよくよく分かった。

ここで、経済合理性という言葉を使ってみたが、アーティストにとって経済合理性に対する理解がある、ということはどういう意味を持つのだろうか?。

私が思うに、この本は、「芸術書」ではない。
ましてや、功成り名を遂げたアーティストの自慢本などでは決してない。

この「芸術起業論」は、つまりは、純度100%のビジネス書である。
芸術というニッチ・マーケットにおいて起業し、先頭にたって組織を引っ張り続けてきた人間の血肉からひねり出るような言葉と経験が詰まった本である。

自分のアイデアと才覚だけで、世界を向こうに回して、カネを稼ぎ続けるにはどうすればよいか?

言語化することが困難な「仕事の芯」のような部分を、自分の後輩・部下たちに伝えるにはどうすればよいか?

このようなことについて、「イヤな奴」村上隆が凡百のビジネスマンや経営者には及びも付かないほど、ずっとずっと考え抜いてきたのだろう、ということが、この本を読むと、身にしみて(文字を追うから、目に染みて?)よく分かるのだ。

たとえば、日本人が典型的に持っている芸術のイメージ、芸術作品とは、「自由気ままで無垢な芸術家が、魂の赴くままに創造したものであればあるほど、尊い」というようなナイーブな芸術観を、村上隆は、もう木っ端微塵に粉砕し、破壊していく。
第一章「芸術で起業するということ」27Pより
現代社会の競争原理の中で生計を立てるのなら、芸術の世界であれ、戦略は欠かせません。

作品を作るための場所や資金の確保も必要です。

何があっても作品を作り続けたいなら、お金を儲けて生き残らなければならないのです。芸術家も一般社会を知るべきです。

若いアーティスト志望者がまず認識するべきは、アーティストも一人の社会人であり、実社会でタフに生き抜くべきだということです。タフネスこそが芸術家の勝つ秘訣です。
そのうえで、世界的に評価され、一作品が一億円で落札されるまでになった成功の原因をこう語るのだ。
第一章「芸術で起業するということ」24Pより
芸術には世界基準の戦略が必要である。

なぜ、これまで日本人アーティストは、片手で数えるほど世界で通用しなかったのでしょうか。

単純です。

「欧米の芸術の世界のルールを踏まえていなかったから」なのです。欧米の芸術の世界は、確固たる不文律が、存在しており、ガチガチに整備されております。

そのルールに沿わない作品は「評価の対象外」となり、芸術とは受け止められません。
ぼくは欧米のアーティストと互角に勝負するために欧米のアートの構造をしつこく分析しました。

〜中略〜

勉強や訓練や分析や実行や検証を重ねていき、ルールを踏まえた他人との競争の中で最高の芸を見せていくのがアーティストという存在なのです。

日本の美術の授業は、ただ「自由に作りなさい」と教えますが、この方針にしても、欧米の現代美術の世界で勝ち抜くためには、害になりかねません。
日本人アーティストも一握りしか、海外で通用していないのと同じように、日本人の起業家も、ほとんど海外では通用していない。

もしかしたら、村上隆のような、身もフタも無い現実に徹するタフさ、「ゲームのルール」をきちんと突いてカネを稼ぐある種のズルさ、が欠けているパズルの1ピースなのかもしれない、というような心境になった。

海外で起業し、一旗あげてやろうという人にとっては、これまでは、ロールモデルはイチローや中田ヒデといったスポーツ選手だったかもしれない。しかし、この本を読めば、村上隆の成功が、実は、今後の日本人起業家が海外に出て行くにあたって、たいへんに貴重な先行事例を残してくれていると言えることに、気が付くのではないだろうか。

この本を読んで、私なりに、最大の教訓を要約するとすれば、こうなる。

・ビジネスもアートも、「ゲーム」なのだ。

・ゲームで「勝つ」ためには、徹底して「ゲームのルール」を理解しろ。

・しかし、そんなにも重要な「ゲームのルール」は、スポーツのように明文化されているわけではないし、日々刻々と変わっていく。

・だから、プレイヤーとして、訓練や鍛錬をし、努力を続けることは当然すぎる大前提だが、それと同じくらいに「ゲームのルール」「ゲームの構造」を理解することに偏執的なまでに執着し続けよ。

・それ位までに、「ナイーブなロマン」など捨てて、「リアリスト」ぶりを発揮していかないと、世界のマーケットで、ライバルと伍して戦うことは出来ない。

ということになるだろう。
清清しいまでに、夢も希望もない会心の芸術論であった。
 
アマゾンのレビューが賛否両論真っ二つなのも頷ける。

日本の多数派の「自称アーティスト」は、村上隆の成功を死んでも受け入れられないだろう。そして、それは、中高年の経営者や官僚の多くが、ホリエモンを決して受け入れなかったことと似ている。

別角度から言おう。「アーティストが、オカネのことなど考えずに自由に創作したものこそが尊い芸術作品なのだ」という観念と、「額に汗して、モノ作りのために働くことこそが、尊い仕事なのだ」という観念とは、全くの相似形なのだ。

そして、冒頭に紹介したフィギュアに16億円の値が付いたことは、「オカネのことなど考えずに自由に創作したものこそが尊い芸術作品なのだ」と考える人にとっては、不愉快、極まりないことなのだろう。

芸術起業論芸術起業論
著者:村上 隆
販売元:幻冬舎
発売日:2006-06
おすすめ度:3.5
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稼ぐが勝ち ゼロから100億、ボクのやり方稼ぐが勝ち ゼロから100億、ボクのやり方
著者:堀江 貴文
販売元:光文社
発売日:2004-08-07
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1. か弱きもの、汝の名は芸術 - 書評 - 芸術起業論  [ 404 Blog Not Found ]   2009年06月03日 18:22
このレビューを見て購入。 芸術起業論 村上隆 TABLOG:「ゲームのルール」を理解するということ。【書評】芸術起業論 by 村上隆 - livedoor Blog(ブログ) この「芸術起業論」は、つまりは、純度100%のビジネス書である。 芸術というニッチ・マーケットにおいて...

コメント一覧

1. Posted by 赤沼俊幸(にてる)   2009年06月01日 11:54
おもしろく読ませていただきました。「イヤな奴」と思っていると方の本を読む、という行為がまず、すごいなと思ってしまいました。(本を読む、というのはある程度の時間がかかるので、読む読まないを自然と取捨選択してしまうものだと思いますが)

2. Posted by 清音   2009年06月01日 15:23
彼は確かにビジネスマンとして秀逸で、ビジネス書として彼の本に書かれていることは正しい。

でもぼくは、アーティストと教師と医者にはビジネスマンになって欲しくない。

彼の、作品に16億の値段が付いたからといって、それが芸術作品としての正当な評価とは限らない。

ビジネスは世の中を理解するものだけど、アートは世の中に理解させるものだ。世の中の価値観を突き抜けるものであるべきだ。

彼の作品は単にビジネスとして今の世の中の価値観に寄せていった大衆娯楽的なものでしかない。ハリウッド映画のような。それは文化かもしれないけど、芸術としてのこるものではないと思う。
3. Posted by Ryo   2009年06月03日 19:18
>>清音さん
貴方はまず、現代美術のルールを理解すべきでしょう。現代美術というのは、何の変哲もない便器でも、「これが芸術だ」と言い張れば芸術と認められる、そういう世界です。作品そのものよりもむしろ、作品にまつわる物語の方が重視される。それが現代美術なのです。

そして、村上隆氏の作品は、「日本のオタクカルチャーを、西洋の美術の文脈に接続する」という物語に基づいていたからこそ、高い評価を得たのです。

葛飾北斎だって、生前は大衆娯楽的な作品を作るだけの人間で、芸術家としては認められなかった。それが西洋に「発見」されることで、はじめて美術史に登場することとなりました。

彼の作品が時の重みに耐えうる作品か否かは、時の審判を待つしかありません。ただ、現状、欧米のお金持ちを面白がらせるだけの魅力を備えていることは間違いないでしょう。
4. Posted by ろーりんぐそばっと   2009年06月05日 13:37
この作品見ると
村上春樹の1Q84思い出す。
というか逆。
1Q84読んだら
なんだかわからんが これが浮かんだ。
5. Posted by とおりすがり   2009年06月08日 14:13
>それは、中高年の経営者や官僚の多くが、ホリエモンを決して受け入れなかった

ホリエモンは当人がどう語ろうと決算書を粉飾して投資家からお金を吸い上げたという事実は変わらない
それが現在係争中ということに注視しないで何が受け入れられるというのだろうか?
勘違いも甚だしいと思う。
6. Posted by patapata   2009年06月12日 12:54
4 いつも関心しながら拝読しております。

以前から、このフィギュアは気になっておりました。16億払った人とは、一生理解し合えないと思っておりました。
が、このエントリーを読んで、買った人はおそらく、自分だけが理解できるゲームのルールがある、という優越感に16億払ったのではないかと思い至りました。

もしくはやっぱり変な人か。
7. Posted by さーふぁー   2010年08月23日 00:43
254センチはでかくないか?
8. Posted by WATERMAN   2010年09月13日 22:33
4 アメリカでは大作が受けるんですよ。
日本の豪邸など比較にならない程でかい家に住む富豪が家の空きスペースを埋めるために買うんですから。
ホームパーティを開いて知人を呼び、「どうだい?このフィギュアは、なかなかのものだろう(君達にこの良さがわかるかな〜?私には分かるんだ、へへっ)」なんて自慢するんです。
もちろん、富む人間は文化を保護する義務を負うという貴族気風的な点もあるんです。

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