2009年11月21日

「無料」だからこそ「最高品質」になりえる<無料>の逆説 【書評】フリー <無料からお金を生み出す新戦略>

「安かろう。悪かろう」という言葉がある。一般人の生活実感に深く根ざした言葉である。

「値段が安い」ものは「品質が悪い」、(あるいは、悪くても仕方がない)という、身も蓋もない、当たり前の事象を切り取った言い回しであり、「安かろう。悪かろう」については、いろんな場面で「ま、そりゃ、そうだよな。安かろう・悪かろうだよなぁ」という経験を皆さんも、味わったことがあるだろう。

しかし、今現在「安かろう。悪かろう」が全く当てはまらない「経済圏」がどんどん広がっている。どこの世界の話なのか、私のブログの読者の方なら、言わずもがなだろう。それは、インターネットを主な舞台にしたメディア、ITサービスの領域である。

free

しかも、そこに広がっているのは、単に「安い」どころではない。究極の「安かろう」である「無料」の世界なのだ。世界最高レベルの検索エンジンや、容量無制限のメールサービス、最も項目数の多い百科事典などが、いまや全て「無料」なわけである。

この無料経済の王者といえば、グーグルだ。グーグルを批判する声は、色々あるのだろうが、不思議とグーグルの検索結果について、「タダだから、(その品質)が悪かろう」という声は聞いたことがない。これは、旧来の常識に照らして考えると、けっこう奇妙なことにも思える。

特にネット上に顕著だが、現在では、世界で、「最高レベル」の品質のサービスを受けるのに必要なコストが「無料」になっている、という、一昔前には考えられなかった状況が広がりつつある。

この「無料なのに、かえって高品質という逆説」が成立するナゾを解き明かす本こそが、ネット業界人マストのバズワードとなった「ロングテール」理論の提唱者であるクリス・アンダーソンの新著である「フリー <無料からお金を生み出す新戦略>」だ。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
著者:クリス・アンダーソン
販売元:日本放送出版協会
発売日:2009-11-21
クチコミを見る


内容紹介
「世界的ベストセラー『ロングテール』の著者が描く21世紀の経済モデル」
「〈フリーミアム〉という新しいビジネスモデルを提唱し、ビット世界の無料経済に正面から取り組んだニューヨーク・タイムズ・ベストセラー」

なぜ、一番人気のあるコンテンツを有料にしてはいけないのか?
なぜ、ビット経済では95パーセントをタダにしてもビジネスが可能なのか?

あなたがどの業界にいようとも、〈無料〉との競争が待っている。
それは可能性の問題ではなく、時間の問題だ。
そのときあなたは、創造的にも破壊的にもなり得る
このフリーという過激な価格を味方につけることができるだろうか?

●無料のルール
1.デジタルのものは、遅かれ早かれ無料になる
2.アトムも無料になりたがるが、力強い足取りではない
3.フリーは止まらない
4.フリーからもお金儲けはできる
5.市場を再評価する
6.ゼロにする
7.遅かれ早かれフリーと競いあうことになる
8.ムダを受け入れよう
9.フリーは別のものの価値を高める
10.稀少なものではなく、潤沢なものを管理しよう


ワイアード誌編集長が放つ最新作。世界25か国で刊行!


昨晩、この本の出版記念イベントにスピーカーとして呼んで頂いたので、私なりに、思っていたことを語らせて頂いたのだが、私が一番言いたかったことをまとめると、こうなる。
「無料」なのに「高品質」ではない。
 「無料」だからこそ「高品質」になり得るのだ。

このパラドックスが成り立つ理由が、今すぐ、理解できた人は、こんな分厚い本は、別に読まなくてもいいだろう。理解できない諸君は、ぜひ読むべきだ。(特に「無料」の競合と直面しつつあって、競合のことを、「無料」だから、という理由で批判している人こそは!)

<フリー>の書中には、なんと、航空座席を「無料」で提供する格安航空会社であるライアンエアーの事例など、どれもが興味深いケーススタディが幾つも登場するのだが、そこに触発されて、私なりに設定したケーススタディを紹介して、さっきのパラドックスが、なぜ成り立つのか理解するヒントにして貰えればと思う。

(これから紹介するモデルのキモの部分は、今から、もう7年ほど前、私は「R25」の源流となるプロジェクトで、そのフリーマガジン事業のビジネスコンセプトを固めていたときに思いついたものだ。核となるアイデア・示唆は全く同じだが、パラメータや売上規模などは「R25」とは違う。あくまでモデル事例と受け取ってほしい。)

2002年末当時、フリーペーパーといえば、貧相な記事内容を、安っぽいザラ紙に印刷し、「これじゃあ、ケツを拭く紙にもならねえ・・」というようなものか、チラシ広告・クーポンをホッチキスで束ねたみたいなものしかなかった。

私は、中高生時代にマガジンハウスの出版物やスタジオボイスなどにかぶれて育ったような雑誌大好きっ子だったものなので、既存のフリーペーパーのようなpoorでtastelessなメディアは決して作りたくないと思っていた・・・。

しかし、「編集記事の内容が、有料媒体に勝るとも劣らないくらいリッチなフリーマガジンを作る」という個人的な「思い」に、どういう経済合理性を与えられるか?がキーポイントだった。

そこで考えたのが、下記のような有料一般紙と、フリーマガジンとを比較する収支モデルだ。(Twitterでも、好評を頂いたこともあってブログでも掲載)

フリーマガジンのビジネスモデル_田端資料


左側の想定は、有料での雑誌の収支モデルだ。
・総ページ数は150P (編集120P/広告30P)
・実売部数8万部×版元への部あたり収入200円(印刷部数:10万部)
・広告1P ネット80万円平均で満稿
・編集1Pあたり制作費15万円(全ての間接費込み)
・1部あたり原価 150円(用紙代・物流・印刷費)

号あたりの売上は約4000万円で、費用は編集制作費1800万円、印刷用紙への原価が1500万円で、粗利700万円だ。(これは、現状ではありえないくらい、物凄くうまく行っている月刊誌をモデルにしたイメージ)

これを、有料で本屋で売るのをヤメにして、フリーマガジン化した場合、右側のモデルになる。
・総ページ数は150P (編集120P/広告30P)
・配布部数50万部、印刷部数50万部 (無料なので50万部に増やす。無料なので印刷した媒体は、全て読者に持っていかれると想定)
・広告1P単価:506万円
(読者リーチ8万部→50万部と6.33倍になったため、正比例で値上げ)

・編集1Pあたり制作費15万円(全ての間接費込み)
・1部あたり原価 150円(用紙代・物流・印刷費)

太字にした印刷部数と広告単価以外は、ページ数や記事制作コストなど、全く変えていない。しかし、フリーマガジン化すると号あたりの売上は1億5000万円に、粗利は6000万円に増加し、有料の雑誌モデルでやっていたときよりも、ずっと高収益のメディアになるのだ。

この収益率なら、フリーマガジンになったにも関わらず、もっと記事制作に資金を投下して、品質を上げていく余地も生まれるだろう。

面白い特集内容を考え、文章を書き、きれいな写真を撮り、分かりやすく美しいレイアウトを組んで、ページを作る、という「頭脳労働」にかかる費用は、雑誌が、その後に、1万部印刷されようが、100万部印刷されようが、変化はしない。要するに、頭脳労働の成果物は、費用を気にせず、沢山コピーが出来るのだ。

なら、いっそのこと部数を思いっきり増やし、1部あたりに占める頭脳労働部分のコストを大きく薄めてしまう(つまり、読者同士での割り勘を効かせる)ことで、より「頭脳労働(=つまりは編集制作)」に投資できるようになるかも?というのが、当時のアイデアのキモの部分だった。
(なお、今の私は、実感を持って、このモデルの甘さを指摘できる。また、オフライン媒体の広告営業の実務経験のある方なら、すぐに気が付くだろうが、実際の「世の中」では、上記のようには、うまく運ばない可能性が、かなり高い。

なぜなら、実際に読んでくれる読者数が増えたら、増えただけ、そのリーチ量に比例して、広告料金を値上げ出来る、という前提が、まず成り立たないからだ。世の中は、摩擦係数ゼロではない。)

無料にすることで、圧倒的な量を確保し、その「スケールメリット」から、基本的に固定費である「頭脳労働」の部分に、より集中的に投資する費用を賄うことで、かえって有料でサービス提供する事業者よりも高品質なものが提供できてしまう、という逆説は、今日のウェブ上でネットメディアを展開するものにとっては、暗黙知ではあったかもしれないが、当たり前の常識でもあったのだ。

そして、この<無料>のパラドックスを「当たり前」に受け入れるかどうか、そういった感覚の有無、度胸の有無こそが、メディア企業を、新と旧の二つに分けるリトマス試験紙だったと思う。

しかし、今や、この『フリー <無料からお金を生み出す新戦略>』の刊行によって、それは暗黙知から、明確に整理された形式知へと変化したと言えるのではないだろうか。

<無料>の逆説を理解したい全メディア関係者に薦める。
これは、メディアに関する新しい「経済常識」に関する本なのだから。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
著者:クリス・アンダーソン
販売元:日本放送出版協会
発売日:2009-11-21
クチコミを見る


また、この本と、合わせて読むと含蓄が深いのは、下記の本。
無料バージョンと、有料バージョンの機能の差異をどのように設定することが、事業価値の最大化になるのか?という難問に関するバージョン戦略や、無料版で最大限にユーザーに慣れ親しんでもらっておいて、「スイッチングコスト」を上げておく方策など、無料でも<したたかに>儲けるためのヒントは、こちらの本にも満載されていると思う。合わせて読むと効果的。

「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針
著者:カール シャピロ
販売元:IDGコミュニケーションズ
発売日:1999-06
おすすめ度:4.5
クチコミを見る



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