2010年02月19日

日本語は当分、滅びないが、縦書き文化は、近いうちに滅びる

今日は、コンテナや運搬手段が変化することは、その積荷であるコンテンツに対して、決してニュートラルではないぞ、という話です。

昼に岩瀬さんのTwitterで紹介されていたので、GREEの田中さんが書かれた「ウェブ時代5つの定理」の文庫版への解説を読みに行ったのだが、そのページを開いた瞬間に、「わ!縦書きかよ!?」とすごいアレルギーを出してしまっている自分がいたのである。ある意味、そんな自分の心の動きに、驚くと同時に、興味深くも思った。(文章の内容自体は、非常に素直に共感できるもの。)

というのも、今朝の通勤電車で、昨晩、購入した小飼弾さんの新著「決弾」をiPhone版で初めて読み、生まれて初めて、「内容」と「インターフェース」の両面から、まともに楽しめる電子書籍に巡りあった〜!と思っていたからだ。

余談だが、電子書籍?はぁ?と思っている人で、iPhone持ってる人は是非、「決弾」を読んでほしい。とくにページを「スクロール」ではなく「パラパラとめくり」ながら「要点だけ拾っていく」というような、紙での自然な読書感覚が、iPhone上でも再現されているのが特筆すべき点だと思う。(これまでの私はといえば、内容が、青空文庫のように良くも悪くも「枯れて」しまっているものか、MAGASTOREでの雑誌のように、有り得ないくらいに読みにくい電子書籍しか知らなかった。)

そんなタイミングだったこともあり、上記のPDFでの「縦書き」での英数字混在の文章に対して、過剰な拒否反応が出てしまったのかもしれない。

でも、これが私だけの特異体質ではなさそうなところに本エントリーの本旨がある。

ちょっと前に「日本語が滅びるとき」という、なかなかに面白い本があり、梅田望夫氏が「全ての日本人が今読むべき本」と絶賛したこともあって、ネット上では、その内容も含めて、賛否両論の議論が巻き起こったものだ。

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
著者:水村 美苗
販売元:筑摩書房
発売日:2008-11-05
おすすめ度:3.5
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だが、今日の私に言わせれば、「日本語が滅びるとき」は当面、来ないのだろうし、もしいつかは来てしまうにしても、「日本語が滅びるとき」よりも、ずっとずっと遥か先に「縦書きが滅びるとき」が到来するのだろうと思う。しかも、その時は、結構、近い将来で実現してしまうのないだろうか、とも感じたのである。

紙の朝日新聞を読んでいた人、というのは当然に段組された縦書きの文章を読んでいたのである。ところが、その記事がネットに流されて、PC上のブラウザでアサヒ・コムで読むようになると、当然に横書きになる。これは携帯で朝日新聞のサイトを読もうが、同じことだ。

iPad対Kindleの血みどろのド付き合いで幕を開けた今年は、電子出版の元年になるのだそうだが、現状では、「情報のデジタル化・電子出版化が進む」ということは、つまり「縦書きが絶滅していく」ということに他ならない。きっと電子出版の普及は、この傾向をますます、推し進めるだろう。

私なんかは、既に日常で読む文章の99%以上は、横書きになっている気がする。そんな環境で、突然に「縦書き」を文書を読まされると、これは「目の動き」が追いつかないというか、IT音痴のオジサンが、「長い文書をモニタで読む気がしない」と同じように、どうにも、こうにも、「縦書きである」というだけで、読む気がしなくなってしまうのだ。(特にモニタ上での縦書きは最悪だ!)

面白いのは、「縦書き」であって、「縦読み」とは言わない点だ。つまり、縦か横かの決定権は、書く側、コンテンツの供給者の側にあるのだ。

「縦書き」or「横書き」問題というのは、読者に選択権がなく、しかも、読者は通常は、どちらかを選択した」とすら、思わないうちに、出版・配信のアーキテクチャーを通じて、自分の「読書の仕方」、もっと言うと「目の動き方」という極めて物理的な次元で、読書の流儀、情報INPUTの方法、を叩き込んでしまうのだ。そして、縦か横かは文章の中身にも影響を及ぼしていくかもしれない。

かつて、音楽の視聴方法は、アナログレコードからCDでの視聴に大きくシフトした。そのときに、何が起こったかというと、曲単位でのスキップがCDでは、レコードに比べて、極めて容易になったせいで、曲の頭から、盛り上げないと、すぐ次の曲へ飛ばされてしまうがために
、結果的に、ポップミュージックの曲構成が大きく変わったのだ。(もちろん、こんなことはCDという技術の開発者は意図したことではないだろう。)

具体的には、レコード時代では「Aメロ⇒Bメロ⇒サビ」と徐々に盛り上げる手法がとれたのだが、CD時代になってしばらくすると、大概の曲で、サビ⇒Aメロ⇒Bメロ⇒サビという、サビ頭の構成になったのだ。

サビ頭に慣れ、それを当たり前として育った音楽リスナーにとっては、「Aメロ⇒Bメロ⇒サビ」という曲構成は、とても、まだるっこしく、ダルイものに感じられるんだろう。

コンテナや輸送手段の変化は、その積荷に対して、決してニュートラルではない。

書籍や雑誌の電子出版化でも、CD時代にサビ頭構成になったのと同じような不可逆の変化が、必ずもたらされるだろう、と僕は思っている。


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コメント一覧

1. Posted by 大西宏   2010年02月20日 19:51
たしかに「決弾」は読みやすかったですね。iPhoneでもPCでも、俄然横書きがいい。しかし、慣れでしょうか。歳でしょうか。書籍になると縦書きのほうが早く読めるような気がします。ネットのニュースの横書きに慣れているのに、産経エキスプレスの横書きはもうひとつしっくりこない。
とはいえ、電子書籍の普及で縦書き文化がなくなっていくのは間違いないでしょうね。はやくみんな電子書籍で読める時代がこないかな。あれどの本に書いてあったのかなんて悩むこともなく、検索で一発ですから、人生充実します。
2. Posted by 4430516   2010年02月21日 12:42
日本語がなぜ「縦組み」だと読みやすい(可読性が高い)のかは、かな文字の白場(ホワイトスペース)がタテ長に取られているところにあると考えられます。欧文はヨコに白場が取られています。雑誌の売れ行きも、縦組みの方が売れるということを以前聞いた事があります。ただ、今は雑誌そのものの売れ行きに問題があるため、なんともいえませんが‥
3. Posted by せい   2010年02月27日 21:47
縦読み用のブックビュアーとか出たらまた変わるかも知れませんね。心臓があるのは左で右にはないですし、左から右へのページ移動と右から左へのページ移動だと受ける感じが違うと思います。
4. Posted by ちー@CMONOS   2010年05月22日 16:09
実際に縦書きにしてみるとまた印象が違うかも知れません。
http://taketori.org/taketori.cgi/blog.livedoor.jp/tabbata/archives/50821654.html
どうでしょう??

いろいろ縦書きにして楽しんでいただければ幸いです。
http://taketori.org/

むしろ iPad 等の登場は、横書き前提縦スクロールから解放され、縦書きが見直されるきっかけとなりそうにも思います。
http://ipn.sakura.ne.jp/blog/?p=330
↑すばらしく美しい表示!!!!

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