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2009年08月06日

クロスメディアでの広告媒体配分はゴルフ場でのクラブ選択だ! はてなブックマーク - クロスメディアでの広告媒体配分はゴルフ場でのクラブ選択だ!

adtech tokyoに向け、夏の復習エントリーを載せたいと思います。

アホなことばかり、Twitetrで書いていると、Speakerとしての適格性が疑われても困りますから(笑)

ちなみに、私のスピーカーコードは「SP100359」です。このコードでadtech tokyoに登録を申し込むと、参加料が20%割引になりますから、ぜひお使いください。)


さて、最近、「クロスメディア」という言葉が、広告キャンペーンの手法として、持て囃されるようになって久しいです。

でも、単に売れなくなったマス広告を売るための「抱き合わせ販売」を「クロスメディア」と称し、目新しさのパウダーを振りかけて、陳腐な提案内容を正当化するだけ・・・みたいなプランニングも多いように思います。

広告会社や、広告宣伝部にお勤めのアナタは、なぜ、そもそも、複数の広告ビークルやタッチポイントをポートフォリオ的にMixすることが、キャンペーンの費用対効果を向上させるのか、そもそも論から説明できますか?

たとえば、トータルで、3億円のキャンペーン予算があるとします。2億円をテレビに配分し、5000万円を新聞に、5000万円をネットに配分、というような予算配分が、何ゆえ、そのような比率で、その金額での予算配分に決定されるべきなのか?その必然性をロジカルに説明できますか?

私なりに、脳内で組み立てたモデルに基づく説明をご紹介したいと思います。長文ですが、どうぞよろしく。

(__ここ以下は、以前のエントリーの再掲載です。____)

グーグルやヤフーのような検索連動広告は、費用対効果がいいため急激に伸びている。その逆に、新聞や雑誌は、費用対効果が悪い、と最近、よく言われています。

しかし、ちょっと待ってください。そんなに検索連動広告の費用対効果がいいなら、何ゆえ、広告主は、自社の広告予算の全額を検索連動に割り当てたりしないのでしょうか?

例えば、トヨタは、なぜ、全広告予算を、グーグルのアドワーズに割り当てないのでしょうか?

テレビ局や、広告代理店とのこれまでの付き合いが云々、みたいなことを抜きにして、上記の問いに、ロジカルに答えることは、案外カンタンではないように思います。

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2009年04月11日

加速する休刊ラッシュ 男性向けファッション誌は絶滅寸前の珍獣? はてなブックマーク - 加速する休刊ラッシュ 男性向けファッション誌は絶滅寸前の珍獣?

男性月刊誌『BRIO』、6月発売号で休刊 −4月6日16時42分配信 オリコン
 男性月刊誌『BRIO』を発行している光文社は6日(月)までに、6月24日発売の8月号をもって同誌を休刊することを発表した。光文社広報室によると「販売部数と広告収入の減少など」が主な休刊理由だという。
brio_20090324BRIOも休刊、Esquireも休刊。Invitationも休刊・・。雑誌の休刊ラッシュが加速度的に進んでいるようだ。このままだと、男性ファッション誌、カルチャー誌は絶滅してしまう勢いだ。(あとはLEONとGQくらい?この2誌ももかなりヤバそう。ここらへんマジメに「伝統芸能」として保護しないと、経済合理性では、生き残れないかも・・・。)

電通発表の3月売上高によると、雑誌広告のセグメントは前年比で▲32%と新聞以上に落ち込んでいる「最悪」の広告セグメントになっている。

私も以前は、筋金入りの雑誌好きだった。しかし、最近は、ほとんど読まなくなった。作り手の相対的なレベル低下が著しく感じられるからだ。

結局のところ、こういう系の雑誌って、メディアの作り手のほうが、いかにも「トレンドの先導者」みたいな顔しているのだが、とっくの昔に、世の中の変化に置いてかれた「情報弱者」になっていた・・・ということだろう。

世の中の変化に目をくれず、茹でガエルになってた人たちが、「今シーズンのVゾーンのトレンドは?」とか、読者に煽っていたのだから、「片腹痛いわ」という感じもする。今、休刊すれば不況のせいで、OBへの言い訳&説明がラクチンだから、駆け込み的に「休刊」が増えているのかもしれない。

だが、決して不景気のせいではない。男性ファッション誌というジャンル全体が、人に例えれば草刈正雄のような「時代遅れのハンサム」になっていたのだ。

いつもスミマセンが私のお約束なので、あえて新撰組!風に説明すれば、とっくの昔に「刀ではなく鉄砲の時代」になっていたのに、実際に戦場に出て「負け戦」を戦ってみて、やっと「これは、もう、刀の時代じゃないな・・・」と気が付いた出版業界の近藤勇的な「愚鈍」さを、白日の下に明らかにしたのが、今回の不況である。

剣術の達人集団としての新撰組にとっての「鳥羽伏見の戦い」「甲州勝沼の戦い」的な、ラストサムライ的な、壮大な負け戦が、この不況のさなかに、雑誌業界では、進行しているのだと思う。

「素人ブロガーやネットの連中に、面白いコンテンツなんて、作れるはずないよ。トレンドや文化を作るのは俺らだよ。」という一流出版社の雑誌編集者の頑迷な考えは、「百姓に鉄砲持たせたくらいじゃ、武士にかなうはずななんてないだろ。俺ら、戦のプロだよ」みたいに威張っていた幕末の武士の姿に重なって見える。実際は、鉄砲というテクノロジーで武装した農民が、あっさりと「戦のプロ」であった武士を打ち負かすのだ。

テクノロジーというのは、素晴らしく残酷だ。

新撰組を見てからというのも、ずっと、この「これは、もう刀の時代じゃないな」と内発的に確信する瞬間というのが、当時の武士たち一人ひとりの間で、いつ、どのように訪れたのか?問題がボンヤリと頭の片隅に居座り続けている。

例えば、坂本竜馬は北辰一刀流で免許皆伝まで修行したのに、さっさと刀に見切りをつけ、拳銃を携行していたようだ。この割り切りのよさは何故だろう?それに引き換え、近藤勇は?という問題だ。

言い換えれば、さっさと剣術に見切りをつけた武士と、見切りをつけられなかった武士との間を分かつものは、何だったのだろうか。

「ラブレター」が受け取ってもらえた、古き良き時代に思いを馳せつつ 2008年11月21日掲載のエントリより抜粋

GQやVOGUE、かってはブルータスで名を馳せた齋藤和弘さんや、「チョイ悪オヤジ」という言葉を生み出し、LEON/NIKITAで活躍した、岸田一郎さんのような、いわゆる「名物スター編集長」「カリスマ編集長」というものは、この2人の世代で、おそらく最後の世代になっていくのだろうなぁ、と(無根拠に)感じます。


『新選組!』withほぼ日テレビガイド 〜略〜
だから、後世から歴史を俯瞰している糸井さんみたいな人は、龍馬が鉄砲を撃ちながら逃げた時点で「刀の時代は終わった」と思ってて、現場感覚のにしもっちゃんは前々回で「刀の時代は終わった」と。

土方はそのつぎの週で「終わった」と。

で、今週は、新選組のトップの人がようやく「刀の時代は終わった」と。

そりゃ、勝てないですよね。
〜略〜


それにしても、
「BRIOオンライン」がOPENして二週間後に、本誌丸ごとで休刊とは・・・ね。

ちなみに、イナカの高校生だったころの私の憧れの就職先は、マガジンハウスでした。

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