間もなく、2010年が終わろうとしています。例年にも増して、今年はいろんな音楽と、そこに関わる人たちとの出会いがたくさんありました。この場を借りて、音楽と友人に感謝したいと思います。
さて、そんな2010年は、僕にとって"静かなる音楽"元年でした。つまり、ジャンル問わず、静けさを感じさせる音楽をよく聴いたということです。このことは、個人的な嗜好だけでなく、一部の音楽ファンにとっても同じだったようで、その空気感のようなものを「ミュージック・マガジン」誌に書かせていただきました。

字数の問題もあって、個々のアーティストについて深く書けなかったので、この日記で少しだけ補足しておこうと思います。

◎Carlos Aguirre Grupo 『Carlos Aguirre Grupo (Crema)』
最初の小さな波は、カルロス・アギーレの一連のムーヴメントだったと思います。アルゼンチンの地方都市でひっそりと活動している彼の音楽が、自然発生的に日本で話題になり、有志の熱意で来日公演が実現し、しかも全会場ソールドアウトという快挙は、何か目に見えない大きな力が動いているような気がしました。自然を切り取ったような静謐で美しい音楽が、今の日本で受け入れられたことは、なんだかとても重要なことだと思うのです。何度も彼のことは書いているので、いくつかの過去日記をご参照ください。また、アルゼンチンは、アギーレ以外にも、”静かなる音楽"がたくさんあるので、少しでも興味を持ってもらえる状況になったことが本当に嬉しいです。
【参考】
アギーレの直後に来日したヘナート・モタ&パトリシア・ロバートもちょっとした衝撃でした。ブラジル・ミナスの夫婦デュオがインドのマントラにメロディを付けて歌うという、一見色モノにも捉えられかねないアルバムとライヴは、何にも変えがたい天上の音楽でした。けっして現実離れするわけでなく、日常にじんわり染み込んでいく感覚がとても心地よく、二人の美しいハーモニーには気が遠くなるような、そして幼い頃に戻ったような気分にさせられました。「ラティーナ」誌のベスト・アルバム企画にも書きましたが、彼らのアルバムは僕の中では今年の第一位です。
【参考】

◎ワールドスタンダード 『シレンシオ(静寂)』
この一連のムーヴメントは、日本のミュージシャンたちにも間接的に飛び火します。なかでも、鈴木惣一朗さん率いるワールドスタンダードの新作は、タイトルもずばり"シレンシオ(静寂)"。ブラジルやアルゼンチンなどに影響を受けつつも、日本的な味わいを持つ傑作でした。合唱コンクールなどでもお馴染みの「雪の降る街を」は、原曲とはまた違った雰囲気の魅力的なヴァージョンです。
【参考】

◎中島ノブユキ 『メランコリア』
中島ノブユキさんの新作も、この動きになんらかの影響を受けたものと思われます。特にラストのマーラーのカヴァーは何度もリピートして聴きたくなります。メランコリックなピアノの響きは、アギーレと共振する音色だし、この作品に参加したバンドネオン奏者の北村聡さんはアギーレと共演を果たしました。ちなみに、鈴木惣一朗さんも中島ノブユキさんも、カルロス・アギーレのライヴでお見かけしました。
【参考】

◎伊藤ゴロー 『Cloud Happiness』
ナオミ&ゴローやムースヒルの活動で知られる伊藤ゴローさんのソロ・アルバムも、この静謐な感覚が宿った傑作でした。ビートルズやジョン・レノンがテーマだそうですが、ジョン・レノンが持っていた切なさを抽出したセンスは、いわゆるビートルズ・フォロワー的なイメージともまたひと味違います。ショーン・オヘイガン(ハイラマズ)なども参加した味わい深い作品です。
【参考】

◎稲岡邦彌・編 『ECM catalog』
カルロス・アギーレに話を聞いたところ、キース・ジャレット、パット・メセニー、エグベルト・ジスモンチといったアーティストからの影響を公言していました。こういったアーティストを積極的にリリースしているレーベルが、ドイツに拠点を置くECMです。世界中にマニアがいるジャズとクラシック/現代音楽専門のレーベルの集大成的なカタログ本が出たのも、何かこの流れの中では必然だったような気がします。僕もこのレーベルは昔から大好きで、アルゼンチン音楽と出会ったときに真っ先に連想したのもやはりECMでした。この本を眺めていると、まだまだ聴いたことがない作品も多く、未知の"静かなる音楽"を追い求めたくなってしまいます。実際、今年はECMの作品を引っ張り出して聴く機会がしばしばありました。
【参考】

◎Balmorhea 『Constellations』
ECMなどにも通じる動きとして、ポスト・クラシカルなんて呼ばれるアーティストが急増しています。文字通りクラシックやアンビエント・ミュージックの影響を受けたアーティストで、アコースティックだったりエレクトロニカだったりと形態は様々ですが、静かな音楽であることはそれぞれ共通しています。テキサスで結成されたバルモレイはその代名詞ということで、彼らの新作をここで紹介させていただきます。静かでありながら、色彩感溢れるアレンジのバランスは絶妙。他にも、ゴールドムンドやヨハン・ヨハンソンなどたくさん活躍していて、こういったサウンドもじわじわと音楽ファンに浸透してきました。
【参考】

◎Rufus Wainwright 『All Days Are Nights: Songs For Lulu』
ここまでの話だと、インディペンデントの狭い世界だけのムーヴメントに思われるかもしれませんが、ルーファス・ウェインライトの新作がピアノ弾き語りというのには、どこか今の流れにつながる気がしました。もともと彼の音楽は内省的な作品が多いので、当然といえば当然なのかもしれませんが。バンド・サウンドのシアトリカルな仰々しさは一切省かれ、歌とピアノだけがなまめかしく響くこの作品には素の彼の世界観が投影されていて、個人的にも最も好きな作品となりました。
【参考】

◎大貫妙子&坂本龍一 『UTAU』
日本のビッグ・アーティストにも、同じような感覚の名作が生まれました。坂本龍一さんはもともとピアノ・ソロなどでその資質はあったのですが、長年の同士でもある大貫妙子さんとの完全ピアノ・デュオというありそうでなかった企画で、新しい世界を作り上げました。この作品に伴って行われたツアーを観させていただきましたが、まるで夢のような時間だったことを思い出します。
【参考】
こうやって並べてみると、今年は本当に"静かなる音楽"と対面し続けてきた一年だったんだなあと実感します。もちろん、ロックもブラック・ミュージックもダンス・ミュージックもJ-POPもたくさん聴きました(K-POPには乗り遅れましたが)。でも、仕事を離れたときについ聴いてしまうのは、こういった"静かなる音楽"ばかり。もともと静かな音楽が好きだったこともありますが、今年は特にこういう気分だったのでしょう。そこには、アギーレを通じて知り合った友人たち、とくに渋谷で定期的に行われていたイベント「bar buenos aires」での様々な出会いは大きな出来事でした。あと、もしかしたら23区内のマンションを離れて埼玉に移り住んだのも理由のひとつかもしれません。ただ、本当に意識するわけでなく、こういった音楽を選んでしまっていたのは、時代の空気のような何かを感じ取っていたからだと思ってしまうのです。
なんだかしんみりしてしまいましたが、けっしてダウナーなわけではありません。逆に、"静かなる音楽"を意識するようになって、さらに音楽に対してポジティヴな気持ちになりました。来年も素晴らしい音楽に出会いたいと強く願っています。
そして、いつもブログを読んでくださる皆さんに感謝。来年も地道に頑張っていきますので、何卒よろしくお願いいたします。それではよいお年をお迎えください。
そして、いつもブログを読んでくださる皆さんに感謝。来年も地道に頑張っていきますので、何卒よろしくお願いいたします。それではよいお年をお迎えください。