ハタチで旅立ちぐるり一周

20歳で大学を休学して世界一周旅行中の僕が、旅先で起きたあれこれを徒然と紹介します。

今まで辿ったルート

御無沙汰しています。長い間更新できず、また更新を忘れとしています。
ところで今までのルートとしては、

ルクソール(エジプト)→クウェート(クウェート)→ベイルート(レバノン)→ダマスカス(シリア)→パルミラ(シリア)→アンマン(ヨルダン)→イェルサレム(イスラエル)→マドリッド(スペイン)→サンチャゴ(チリ)→イースター島(チリ)→ビーニャ・デル・マール(チリ)→バルパライソ(チリ)→プエルト・モン(チリ)→バリローチェ(アルゼンチン)→エル・カラファテ(アルゼンチン)→プエルト・ナタレス(チリ)→プンタ・アレナス(チリ)→ウシュアイア(アルゼンチン)→ブエノス・アイレス(アルゼンチン)→コロニア・デル・サクラメント(ウルグアイ)→エンカルナシオン(パラグアイ)→イグアス居住区(パラグアイ)→イグアスの滝(ブラジル・アルゼンチン)→ボニート(ブラジル)→サンタ・クルス(ボリビア)→スクレ(ボリビア)→ポトシ(ボリビア)→ウユニ(ボリビア)→サン・ペドロ・アタカマ(チリ)→ラ・パス(ボリビア)→ルレナバケ(ボリビア)→ウユニ(ボリビア)→コパカバーナ(ボリビア)

という風に移動してきました。もう2か月南米です。
それではゆるりと更新をしてゆきます。 

復興と傷痕、旧約聖書の街を歩く

今日は午前中にベイルート市内観光。
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↑モスクとカフェ。
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↑ローマ時代の遺跡とスタバ。

先ずは近くの旧市街へ。といっても内戦・空爆で破壊されゴーストタウンと
化していたが、現在では再開発の元にヨーロッパ風の綺麗な町並みに変貌を遂げつつあるようで、H&MにZARAといったブランドが入るショッピングモールに、スターバックスやその他洒落たカフェが立ち並ぶ。
かと思えばそこにはモスクが建ち、教会が建つ。ローマ時代の建築物もわずかに残る。
通りには各ブロックごとに警官・兵士が立っており、治安維持に努めて
いる模様。しかしそこから少し歩くと、まだ内戦・空爆の跡が残っている建物を見つけることが出来る。
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↑廃墟と弾痕の残る建物。

ある建物は完全に廃墟となっており、またある建物は弾痕が残りつつも人々が生活を営んでいる。そんな街を歩く。

そして今日はこれからダマスカスへ向かう。
ダマスカスまではセルビスタクシーを利用。ベイルートからダマスカスまでの車窓もなかなか感慨深く、丘にびっしりと新興住宅街が形成され、高層マンションも建設されている。他国へ逃れていたレバノン人の帰国が相次いでいるそうだ。
そんな町並みを撮ろうとすると、
「ノー!」
と言ってドライバーに止められる。するとすぐに戦車と兵士の前を通過した。
その後「撮っていいよ」との事で写真を撮る。
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←レバノンの丘。



シリア側では簡単にビザを入手。一路ダマスカスへ。旧約聖書にも記されている古い街だが、意外と都会。中東の各都市は予想以上に発展している(サナア以外)。

ダマスカスでは早速旧市街へ。ここは世界遺産。
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↑スークとバース党の宣伝。

大きなスークを通り抜け、旧市街をそぞろ歩き。人々がシーシャを吸い、シャイを楽しむ。
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↑再度スーク、金を扱う店(財産として女性が身につける)
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↑旧市街の夕暮れ、アサド親子。

寒くなったので(ダマスカスは高地なので寒い)ハマームでも行こうと思ったけれど、最近体調が芳しくない(ルクソール以来)なので断念。明日はパルミラへ。

クウェート入国とレバノン入国

飛行機はいつの間にかクウェートに到着しており、飛行機からバスに乗ってターミナルへ。
当初の話通り日本人ならアライバルのビザがとれると聞いていたのでビザカウンターへ。すると、
「君はトランジットだから観光ビザを出せない」
と言う無慈悲なお言葉が。今日のベイルート行きのチケットをキャンセルしなければビザは取れないという事を言われる。普通なら出国のチケットを所持している事を求めるのに、ここでは出国のチケットを破棄するように求められている。ううむ。
僕は最大限に困った(眉間に皺が寄った、渋い表情)を浮かべ、
「どうしても観光したいんですけれど」、
「手紙を送らなければいけないんです」
と懇願。するとその上司らしき人が、
「明日の出発でしょ?ノープロブレム」
と言ってビザの発給手続きにかかる。
いや今日のフライトなんですけれど…とボスの勘違いに感謝をして6ディラハムを支払ビザを取得。
「川崎には良いサッカーチームと野球チームがあるよね」
と言われ、
「はて川崎に良い野球チーム?」
と思ってしまった。中東の人からベースボールの話が出るなんて意外。

それはそうとその場でパスポートにスタンプを押され、本来イミグレがある所では全くのノーチェック。
そしてターンテーブルは止まっており、床にぽつんと僕のバックパックが転がっていた。

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↑空港内とバス車内(出稼ぎ労働者率100%)

とにかくクウェート。といってもクウェートタワー位しか思いつく名所?が無い。
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←建設ラッシュ。



バスで市街地へと向かう。綺麗に並んで木が植えられており、次第に出稼ぎ者用の住宅地区、高級住宅地区(地元民)、石油の精製工場?的な建物、そして高層ビルと風景が変化してゆく。なるほど、ここが近年一度地図上から消えた国なのか。

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←クウェートタワーではありません。






体よくバスターミナルに到着し下車。先ずは手紙を送ろうと郵便局へ。郵便局では切手を購入するが、その絵柄が、「クウェート解放18年記念」とかなんとかいう切手で、当然湾岸戦争を意味しているものだった。この調子では16年、17年も発行しただろうし、19年、20年も当然の如く発行されるだろう。それともクウェート
では18という数字に何か特別な意味があるのだろうか。

それから葉書を購入するために文房具やへ。店員に「はがき」という意味のアラビア語を見せるが、「?」という反応。
「ポストカード下さい」
と英語で言うと、
「あー、ポストカードね」
といって葉書を出してくれる。湾岸諸国は教育水準が高いハズだから、店員は出稼ぎの人で、だからアラビア語が読めないのだろう。
でも英語も喋れる人は多いが読み書きできるとなると話は別なので、一応英語の読み書きを叩きこまれているはずの日本人は損をしているのか得をしているのか…

その後市内を散策する。
街中ではクウェート人を全く見かけない。昼食も大衆的なインド料理屋で。

そんなこんなでクウェート終了。
空港までのバスは多くのインド人、パキスタン人と思しき人々が乗っている。その中で兄が日本でプログラマーをしているというバングラデッシュ人がいて話をする。

飛行機に搭乗し、約2時間でベイルートの空港へ到着。
予想よりも遥かに設備の整った空港だけれど、2006年のイスラエルによる空爆時にはこの空港は閉鎖になっていたので驚くばかり。

もうすっかり日が暮れているが、宿までの車窓は
「こんなにベイルートは発展しているのか」
と思うほど道路がきちんとしている。

宿の近くに夕飯のサンドウィチを買いに行くと、そこにはビールやらウィスキーやら棚に酒が並べられていた。
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←レバノンのビール。








レバノン自体ムスリムとキリスト教徒(マロン派)が住んでいるけれど、それでもベイルートが比較的開放的な土地柄であることを確認した。
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