Tabijournal

つれづれなるままに旅のメモと画像を書きたい

12.03金 パリ

どこでしょうか

師走のパリ・アムステルダム・ブリュッセル2010

xmas

本当に久しぶりにパリに行きたいと思った。
今年は台湾、モンゴル、ロシアのブリヤート共和国とアジアを回った。
無性に花のパリの師走を味わいたくなった。

はじめてパリに行ったのは1971年、
留学先の西海岸にバークレーから夫と長男の3人で
チャーター機でロンドンへ、それから、パリ、アムステルダム、ウィーン、フィレンツエと一月旅した。
それからコンダクターとしてパリは数十回行っているが、最近は10年ほどご無沙汰である。

ウェブで航空券を探すと、KLMがキャンペイン中、アムステルダム往復88500円プラス
5000円相当のオランダパス(数々の入場券が入った割安クーポン集)がおまけにつく。
アムスにおりたつのなら、そのまま特急Thalys でブリュッセルで一泊、それからまたThalysでパリに行こうと計画した。パリに7泊、最後はパリからアムスやはりThalysで直行、3泊ほどする予定。
I padを携帯して、毎日ブログを更新できればと思うが、今までも、いつも3日坊主になってしまった。
今度こそはインターネットの接続のよい西欧の旅なので、なんとか、毎日書いてみたい。

日程は
http://www.shejapan.com/tours/2010Paris/link.html

リンク集でバーチャルツアーを楽しんでください。

http://www.shejapan.com/tours/2010Paris/link.html

heavenly blue

ヘブンリーブルーは大好きな花。曾野綾子の「天上の青」にもでてくる
一日中咲いている朝顔の一種。長野は東北などで、庭や垣根代わりに何本も
竹竿を支えにして、咲いているのは見事。低温を好むのかも知れない。
今年も苗を買い大切の育てたが、葉ばかり勢いよく育ったが、一向に咲かない。
秋になり、その葉も枯れ出して見苦しい。そろそろ根こそぎ抜こうと思っていた矢先に
花が咲き出した。11月も半ばから、そして11月も終わろうとする今日も
数輪さいている。
hevenlyblue

6.23 成田ーウランバートルMIATair OM502


まず空港のビザラウンジでwifiでi padが使えました。速度も速い。
飛行機は1時半発、5時半ウランバートル着、
そのまま2時間半かけて、ランドローバーで
テレルジサランツーリストキャンプへ行きます。

明日から29日夜まで、毎日25−35キロ草原、森、山、ゴビを
乗馬トレッキングです。
ご自慢のi padは29日のウランバートルのホテルまで
インターネットにはつなげません。

MIATairのチェックインはANAの若い女性職員がしていましたが、飛行時間をきいても、時差を聞いても知らない。これが今様の働く若者なのでしょうか。

私が内蒙古の草原にいったのは、ほぼ20年前。北京経由でした。
草原を強く勧めてくれたのは北京国際旅行社の全線随行員の何幼文でした。
日本にきて、修士号を取り帰国しましたが、「渡辺さん、実は私は学士号を
もっていません。」、もう一人世話をした中国人も学士号を持っていず、アメリカで修士を取りました。たくましい人たち、何でもします。
「渡辺さん、今、中国では
犬の糞でも箱に入れてラップすれば売れます。」などと20年前に言っていたのを
思い出す。

脱線です。内蒙古草原を書いた私の文章を大学用の英語テキストが第一学習社の
高校検定教科書に使われ、20万以上の学生が読みました。

件の内蒙古草原のエッセーは下記です。
http://www.shejapan.com/sketch/tabi/tabi_7.html
http://www.shejapan.com/sketch/tabi/tabi_8.html

さて外蒙古の草原は果たしてどんなでしょうか。楽しみです。

蒙古草原とバイカル湖畔6.23-7.12,2010

明日2010年6月23日から7月12日までの旅を綴ります。
蒙古草原とバイカル湖畔という、草原、ゴビ、最果てのツンドラを歩くので、
インターネット接続がどうなるかわからないが、楽しみです。
I padを道ずれに旅します。
まずは蒙古の地図です。

mongolia_map

9.24 バフチサライ、 穴居都市など

ガイドのLjudmilaさんが8時半にあらわれた。5月から、メール、skype, 電話で打ち合わせ
をしているので、初めて会ったような気がしなかった。思った通りの可愛いお嬢さん。

まず80キロ離れたバフチサライでカーンの宮殿を見学。途中の海沿いのドライブコースも印象的。クルーズで来たアメリカ人観光客が大勢見学にきていて、大変な混みよう。
http://www.hansaray.org.ua/e_geray_ist.html
宮廷は簡素は木造で、豪華なアルハンブラに比べようもないが、イベリア半島の突端のアルハンブラが1492年に陥落した後に、クリミヤ半島の突端にイスラムの王国が栄えたのが、
不思議な気がした。

プーシキンの「バフチサライの泉」の詩で一躍有名になった涙の泉は部屋の片隅に
プーシキンの胸像と並んで配置。エカテリーナ二世が1787年に訪れ、墓のある裏庭から、室内に噴水を移してしまったそうだ。同時代のポーランドの詩人Adam Mickiewicz  もバフチサライの泉を歌っている。

エカテリーナ二世はクリミアで行幸するところ一マイルおきに エカテリーナのマイル
Ekatherina's mileと称して石柱をたてたが、宮廷の門の前にもセバストポルの目抜きの通りにも
たっていた。宮廷の外壁をしっかりと樹齢数百年の桑の木がからんで、崩壊を食い止めている。
カーンの宮殿壁を守る桑の木カテリーナ マイル

昼食はキャラバンサライをまねたタタールレストラン Salachikの中庭で、カバブー、タタールの魚の
スープ等をいただく。食後 ウスペンスキー洞窟寺院とChufut-Kale 空中穴居都市(
別名ユダヤ人の要塞)を
見学。ブナ、かえで、かばの林をかなり登って穴居空中都市にたどりつくのだが、ガイドが勧めるだけのことはある。必見。入場料を払わないで、抜け道を通り、多くの人々が週末には
穴居都市に集い、音響効果のよい穴居の中で楽器の練習をしたり、コンサートをするそうだ。
穴居都市には、深い地下水路がある。シルクロードのカレーズのようなものか。
コンスタンチノーブルのように、いくつもの門があり、外敵から見を守れたせいか、紀元前5世紀から19世紀半ばまで、人間が住み続けたそうだ。

ウクライナ・ハンガリーの旅 2008年9月23日−10月12日

ウクライナ・ハンガリーの旅を企画集客し、実行する運びになった。 個人できままに行く旅と違い、大変に神経を使う。事前に「ウクライナは観光地ではない。 近代化が著しく遅れている。サービスなど全く期待できない。異文化体験の旅だから」 と何度も参加者に知らせはしたが、理解しないで参加してしまう人もいそう。 さて、アイロフロートでモスクワに行くのは本当に久しぶり。相変わらずうすくらいが、中が迷路のようで、ますますわかりにくい。ソ連崩壊で今まで国内線で行けた地域が それぞれ独立した国になってしまったので、パスポートをチェックして通関する関所が沢山できてしまって、こんなになったのだろう。アイロフロートで唯一大好きな酸っぱくて、固い黒パンも。分厚いサーモンも、どっとでてくるキャビアも機内食になく、失望。 夜10時にクリミアのシンフェロポール空港につき、無事に迎えのバスにのれ、2時間近く、黒海沿いや山沿いの真っ暗な道を疾走して ヤルタのホテルにチェックインできたのはほとんど24日の朝でした。機内食

ウクライナ・ハンガリーの旅 2008年9月23日−10月12日

8a67716c.gif
ウクライナ・ハンガリーの旅を作ろうと思ったのは昨年から。ところが、ハンガリーはいくらでも情報は
あるのですが、ウクライナの情報は少ない。こおtにカルパッチアを抜けてハンガリー大草原プスタに
行く国境越えの情報などは皆無です。浮く藍那大使館に足を運んだり、日本ウクライナ交流会に入会したりして
ウクライナに親しみだしました。未開でいい加減、でも何か憎めず、深みにはまってしまいました。
人情味がある、素朴だなどと言う国の旅の多灰は困難を極めるのが常。
今回もインフレ、政局、グルジアとロシアの争いなどに翻弄さんれながら、出発が近づきました。
23日にモスコー経由でシンフェロオールに降り立ち、ヤルタの行きます。
リアルタイムでブログがかければいいなあと思っています。

アルザスとウィーンのクリスマス

コルマール旧市街
アルザス、ウィーンでクリスマス、年末を過ごそうと思い立った。 オーストリア航空でウィーン経由で、ストラスブルグへ、 空港からホテルへのバス、トラムの中の人々、周囲のイルミネイション、すべてがクリスマス気分、 バス停であった中年夫婦は、ドイツからクリスマスマーケットを見に来た由、三菱自動車で働いている労働者。 さて翌日、さっそく電車でコルマールへ、電車賃往復8ユーロ位、15分おきくらいに電車の便があり、 30−40分でコルマール着、車窓の風景は平地、農地、ぶどう畑。アルザスのシンボルである コウノトリの巣が高い木に点在。 コルマールの街は人口6.5万人。2回の世界大戦に破壊されたわりには、木造の家並みが見事に残っている。3つの川にはさまれ、山、渓谷、ぶどう畑に囲まれたかわいい街。駅から大通りを歩くと、根つきのもみの木を路上で売るクリスマスマーケットを見かける。 とリあえず一服と入ったベーカリー兼カフェは。地元で評判の店らしく、9時ちょっとすぎなのに活気あがあり満員。ダブルでコーヒーを注文(カップが2つ来る)それに大きな好みのパンが、4切れくに好みのジャム、チーズ、ハムなどでトッピングしたものがついたセットを頼み、ゆっくり新聞を読んでいる人多し。4切れペロリと食べてしまうのです。コーヒーカップを4つくらい目の前に並べている人には、おどろいた。このセットが8ユーロ位。隣の女性にメニューを相談して頼んだ。それでも大きいすぎる パンと多すぎるブルーベリージャムとバターがきたが、おいしかった。 ストラスブルグ生まれだが、小さなコルマールが好きで、20年も住んでいるよし。彼女と店の女主人がおくから、粋な日本人ケーキ職人を連れてきた。まささんといって、この店でケーキ作りの見習いをしているよし。彼の作ったチョコレートはおいしかった。 続きを読む

ブログを作ってみました。

9be527cf.JPG
リトアニアの首都ビルニスでシニアーのダンスクラブと交流会をしました。2005年7月末のことでした。
QRコード
QRコード
最新コメント
最新トラックバック
  • ライブドアブログ