2009年01月26日

「無責任」のススメ

 前回のブログ「子供の遊び心と体力低下」には、いつになくたくさんのコメントが寄せられました。子供の教育というのは誰にとっても身近な話題ですからね。
 いつもの旅行記にも、もっとたくさんのコメントを寄せていただければ嬉しいです。旅先なので、すぐに返信はできないかもしれませんが、皆さんからいただいたコメントにはいつも励まされています。おもいのたけを綴った長いコメント、三井からの返信を希望される方はメールをお送りください。メールにはよほど変な内容でない限り返事を書いていますから。

 さて、「子供の遊び心と体力低下」に対するコメントには賛否両論ありましたが、ここでその中のひとつ(賛否でいえば「否」なのだと思いますが)を取り上げて、それに対する僕の意見を書いてみようと思います。コメント欄で返事をするにはいささか長くなりすぎたので。


2009/01/23 20:15 投稿者:ふじこ
子を持つ親の気持ちがあなたにどれほどわかるのか。
かっこいい事が書いてあるけど、大人が見てみぬ振りをする希薄な社会で自分の子供を安心して外で遊ばせられるというのでしょうか。


>ふじこさんへ

>子を持つ親の気持ちがあなたにどれほどわかるのか。

 そりゃわかりゃしませんよ。
 あなたは「子を持つ親の気持ち」と一括りにしているけれど、結局のところそれは「この"私"の気持ちがわかるのか」ということでしょう? そんなもの僕にわかるわけがない。あなたのことはまるで何も知らないんだから。
 それとも、あなたは「すべての子を持つ親の気持ち」が同じで、それがあなたにはわかるが僕にはわからない、ということがおっしゃりたいのでしょうか? あなたと、吉田くんのお母さんと、竹中さんのお母さんが同じ気持ちだというのですか? そんなはずないでしょう?

 そもそも個人ひとりひとりが抱えている悩みや葛藤の全てなんて、誰にも理解できないんです。そんなの当たり前じゃないですか。
 僕らの住む社会というのは、「他人の気持ちはわからない」ということを前提にしています。それが近代化が終焉した成熟社会というものです。我々は「他人の気持ちはわからない」というところからスタートして、「しかしわかりあえる部分もあるはずだ」と信じながら、ときには想像力も駆使して、謙虚にコミュニケーションを取り続けるしかないのです。

 僕が問題だと思うのは、あなたが「私の気持ちがあなたにわかるものか!」という誰にも反論のしようがない正論を錦の御旗のように振りかざして、「母親という立場」という自分の小さな城の中に立てこもっていることです。それは確かに正論ではありますが、空虚です。後ろ向きであり、非建設的です。

 僕はあなたが自分の子供を大切に思っていることを信じて疑いません。そしてあなたのような優しい親が増えていることを前提にして、今回の記事を書きました。
 あなたは優しくて責任感の強い人です。なるべく他人に迷惑をかけずに、自分の家族のことは自分の力で守ろうと努力している。子供のために自分が今何をするべきなのか。いつも積極的に情報を取り入れたり、人の話を聞いたりしてアンテナを張っている。新聞に幼児誘拐の一報が出ると、真っ先に読まないわけにはいかない。登下校の途中も心配だから、防犯用に携帯電話を持たせているかもしれない。
 しかし逆説って言ったらいいのかな、子供のことを心配するあまり、それが結果として子供の自由を奪ったり、過剰な束縛を強いることになっているのではないか。僕はそのことを危惧して今回の記事を書いたのです。

 オブセッション(強迫観念)というのは、それにとりつかれている当事者にはなかなかわからないものです。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉にあるように、不安を抱いている人はどんなに些細なことにも恐怖するのです。ススキが風に揺れるのが幽霊に見えるのです。
 大切なのは自分の抱えている恐怖が本当に正当なものなのか、バランスよく考えることです。そのためには広い視野からものを見ることが必要です。自分一人の経験や感情や日々浴びているマスメディアからの情報だけに囚われていては、ものごとの本質は見えません。

 もしあなたが「私の気持ちがあなたにわかるものか!」式に他人の意見を頭から排除し、自分が築いた小さな城の中に閉じこもってしまったら、オブセッションは今よりずっと悪い影響をあなたに及ぼすでしょう。
 なぜなら、オブセッションというのは常にあなたの心の内側からわき上がってくるものだからです。それは何か具体的な対策を講じたからといって解消されるものではありません。ひとつ対策を講じれば、必ずまた別のところから不安がわき出してきます。枯れることのない泉です。終わりがありません。

 最近、「ゲーテット・コミュニティー(富裕層向きの塀で囲まれた高級マンション)」というものが日本にも作られているそうですが、これは心の平安を得ようとして塀を高くするオブセッション式思考がとてもわかりやすいかたちで具現化されたものだと思います。
 でもゲーテットコミュニティーの中にいる人は、本当に安心感を得られているんでしょうか?
 僕にはとてもそうは思えません。今度は「塀をよじ登るやつがいるのでは?」とか「ゲートの外で襲われるのではないか?」といった不安が頭をよぎるのではないでしょうか。
 監視カメラを張り巡らせて、それで「安全が買える」という社会はやはりどこかおかしい。狂っているとまでは言わないけれど、そのおかしさがおかしさとして感じられないような麻痺状態に陥っているのが今の日本社会ではないかと思います。

 このような果てしなき「オブセッション社会」「不安駆動社会」が抱え込んでいる緊張を、どのようにしたら和らげることができるのか。そのことについて僕はずっと考えています。
 ひとつの方法が「無責任」のススメです。ここでいう「無責任」とは何も考えていない単なる責任放棄とは違って、責任ある「無責任」(これじゃ意味が通らないですね)です。
 つまり遠くから子供を見守ってはいるけれど、細かいことはおおらかでいいと考える。自分一人で全てを背負い込むのではなくて、もっと社会と他人を信頼する。「なんとかしなきゃ」ではなくて「なんくるないさー」。ゲーテットではなくて、オープンマインドです。

 そうなるためには、ある程度の「諦め」が必要になります。自分自身の人生においても、我が子の人生においても、常に自分の思い描いた通りにことが進むとは限らない。ときには理不尽で不幸な出来事が襲ってくるかもしれない。でも自然の成り行きに委ねるべきときには、潔く諦める。
 ここでいう「諦め」とは決して消極的なものではありません。心に余裕と強靱さがなければ生まれないものです。「諦め」とは自分の力の限界を知り、偶然に支配されたこの世界の前で謙虚であろうとする姿勢です。

 僕らは常日頃から「諦めるな」「責任を持て」というプレッシャーを過剰に受けています。そして真面目な人ほどそれを真に受けて「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」という焦燥感に囚われている。だから「無責任」や「諦め」を持つというのは簡単なことではない。それは僕にもよくわかっています。

 僕もかつてはオブセッションに縛られていました。いろんなものごとに対して「こうでなければいけない」という思い込みが強くあった。いい大学に行かなければいけない。就職しなければいけない。残業しなければいけない・・・。
 人は本来もっと自由なものだ。そう気付いたのは、会社を辞めて旅に出てからです。自分を縛っているのは自分自身なのです。そしてその呪縛を解くのも自分にしかできないことなのです。

 僕には子供はいないけれど、僕だってかつては子供だったし、旅先でたくさんの子供たちを見てきました。これはそのような一旅人からの意見です。もしかしたら、今の日本人の考え方の主流とはずれているのかもしれない。たぶんずれているでしょう。でも少しはそういう意見があっていいと思う。

 僕にはあなたの気持ちはわかりません。でも僕なりに想像力を働かせて書きました。
 参考になれば幸いです。

(日経BPに連載中のコラム「今は本当に嫌な世の中でしょうか?」に、僕の視点に近いことが書かれていました。ぜひ併せて読んでみてください)


tabisora at 19:25コメント(5)トラックバック(1)リアルタイム旅行記 '08-'09  この記事をクリップ!

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トラックバック一覧

1. がんばって子供を見守る  [ 群馬県のホームページ制作会社LCデザイン社長のブログ ]   2009年01月27日 00:25
>子を持つ親の気持ちがあなたにどれほどわかるのか。  そりゃわかりゃしませんよ...

コメント一覧

1. Posted by Lovely Marie   2009年01月27日 09:44
前回の記事、今回の記事、興味深く読みました。三井さんのおっしゃること、まったくもって、同感、賛成(特に、オブセッションの部分)なのですが、ふじこさんの気持ちも、ちょっとはわかるような気がします。現実のさなかに立っていると余裕を持つって、難しいし、それに比較して、三井さんは”現実=本来の住むところに居る自分の生活・毎日”から、旅に出ることによって、逃避しているような印象を持ってしまう、というのも、ありえる気がします。家族がいないからできること=旅、ということでしょうか。

おそらく、ふじこさんも、現在の自分が置かれた状況にジレンマを感じているからこその 反感、なんじゃないかなと感じました。未解決の殺人事件もそこいらじゅうにある、っていうのも事実なわけで。(昔は違った、とは言いませんが。)

本来なら、毎日の生活がある上で、子供たちを自由にたくましく育てたいわけですが、難しく感じてしまう現実。
こうやって問題定義をしていただくことによって、「絶対に自由に遊ばせられない」から、「ちょっとは外に出よう、ドロドロになる子どもたちを遠くから見守ろう」っていう気持ちに変わっていく、ということもあると思います。柔軟なアタマを持ちたいな、と思います。

2. Posted by ふじこ   2009年01月27日 11:43
煽るような釣りコメントですみませんでした。

>それとも、あなたは「すべての子を持つ親の気持ち」が
>同じで、それがあなたにはわかるが僕にはわからない、
>ということがおっしゃりたいのでしょうか? 
いえいえ、子を持つ親の気持ちは、あなたにだって少しはわかるはずです。
子供がいなくても、親の気持ちを想像することは出来ると思うからです。
だからこそ、自分の意見をブログで書きつつも、
たとえば最後のくだりに一筆、「そうは言っても、現実に犯罪は起きているし、仮に自分の子供が被害者になった時のことを考えると、簡単には言えないな。」という旨の文書があれば、どんな読者とも謙虚にコミュニケーション可能な、双方向性に配慮のあるブログになると思いますよ。

三井さん自信も以下のようにおっしゃっているではないですか。
>信じながら、ときには想像力も駆使して、謙虚にコミュニ
>ケーションを取り続けるしかないのです。
すばらしいと思います。

では。
3. Posted by まさ   2009年01月28日 00:46
>>ふじこさん

最初から誤解を与えないコメントを書くべきですね。
負けず嫌いというか、ほんと小さな城にこもっているという印象を抱きますね。
4. Posted by 田村   2009年01月28日 09:16
いつも楽しみに拝見させていただいています。
一部引用させていただきました。
http://tamuchi.net/archives/2009/01/post-236.html
トラックバックが弾かれてしまうようですのでこちらから失礼します。
5. Posted by 極楽浄土   2009年01月31日 18:18

初めまして。

文章とは、ある意味その人の人生そのものだと思う。

人生とは、とても個人的なもので、それは他人が非難すべきものではなく、

あぁ、こういう人生もあるのだなと、感謝すべきものではと思います。


自由に生きている人間に対して、あこがれを通り越した嫉妬。


世の中には幸や不幸があるわけではなく、こころのあり方ですよね。

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三井昌志プロフィール
1974年生まれ。東京都在住。
旅写真家・フリーライター。
機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。
帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。旅した国は36ヶ国。
2003年12月には初の写真集「アジアの瞳」を出版。
2005年9月には写文集「素顔のアジア」を出版。
2006年8月には、写真集「アジアンスマイル」シリーズの第1弾と2弾「美少女の輝き」「子供たちの笑顔」が同時出版される。

2006-08年にはバイクを借りて気ままにアジアを旅する「バタフライ・ライフ」を堪能。この自由な旅の魅力を伝えるための新ブログを立ち上げる。

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