個別企業から全体相場、果ては政治経済・文化まで、相場観測をするブログです。
理論的には深く、それでいて実践的な観測・考察を、できるだけ分かりやすく執筆していきたいと思っております。

メールマガジン(まぐまぐ) http://www.mag2.com/m/0000282293.html
ツイッター https://twitter.com/tsuguru99
フェイスブック https://www.facebook.com/
メールマガジン(独自)http://blog.livedoor.jp/tachibanasuguru/archives/33040564.html 

メール限定の記事を配信しています。まぐまぐのメールマガジンではなく、直接私のメールアドレスからの送信という事で配信しています。
独自メールで一足先に配信したり、個別銘柄観測を中心に、全文は独自メール限定で流すなどしています。

是非、tachibanasuguru55@yahoo.co.jp まで、お名前(ニックネーム可)を明記の上、メールをお送りください。登録させていただきます。あるいは、ブログの送信フォームやツイッター、フェイスブックでのメッセージでお送りください。

また、それで直接繋がる事ができますので、希望分析銘柄や取り上げてほしい企画のようなものがある方は、メールをお送りいただければ、こちらで考えて随時取り上げさせていただきます。
ただし、投資顧問ではないので、個別の運用相談はできません。銘柄を淡々と「観測」して参ります。しかし、それは他のブログやメールマガジンは勿論、アナリストレポート等の追随を許さないものだと自負しています。

近く有料メールマガジンやオンラインサロンなどにも移行していきたいと考えています。
まずは無料ですので、どうぞご登録いただけますようお願いいたします。 

よろしくお願いいたします!


随分ブログを書くことが出来ていませんので、簡単な雑感ですが、書いておきます。

効率的市場仮説やランダムウォークの教義では、情報が価格に織り込まれているため、
1.価格の変動は正規分布に従う
2.昨日の価格は今日の価格に影響を与えない
とされます。

ところが、実際の市場では1は現実に当てはまらず、経済物理学からの指摘の通り、実際には(裾野がはるかに長い)ベキ分布に従うとしたほうが当てはまることが分かっています。
現実がベキ分布に近いから「正しい」というのも私からすればおかしな話であって、ここでは単に、従来のファイナンス論の考え方では、少なくとも現実的に当てはまりが悪いというのに留めておきます。

次に、2です。これも投資家からすればあまりにも奇怪な論理です。実際には、例えば不祥事を起こした企業の第一報で市場が全てを織り込むわけではなく、徐々に織り込んでいくのです。
これは、ゴキブリが一匹見つかったら、10匹はいるように、悪いことは重なるものですし、投資家は何か起きた場合には、次も何か起こる可能性を考えるのが通常です。
一方、価格はほとんど悪材料に反応せず、3回目の報道で暴落するようなケースが多々あります。閾値を超えるまでは無反応で、超えた瞬間に一気に価格が変動するようなことは日常茶飯事に起きる事です。
つまり、市場が完全な健忘症であり、即座に影響を価格に織り込んだらあとは忘れる…というわけではなく、実際には影響は「蓄積」されていくのです。
価格の観察の観点からすれば、市場の記憶は想像以上に長いのです。

ということで、旧来のファイナンス論的な考え方は、要するに非現実的な仮定というわけですが、これをさらに「価値」の観点から考えます。
価格=価値+期待と言えますが、期待は不安定なもので、健忘症でありつつ、時にいきなり記憶が蘇るような不規則なものです。これがベキ分布に繋がります。
一方、価値は通常緩慢な動きをしますが、時に(例えば大きな悪材料が出た場合に)連続的な変化を起こす場合があります。これもある場合にはベキ分布に繋がっているかもしれません。

余談ですが、ファンダメンタル的な見方をしていると自認している人でも、「期待」と「価値」を分けて考える人は非常に少ないように思います。旧来のファイナンス論の考え方が無意識的にでも入ってしまうと、そもそも価格=価値、価格の動き=価値の動きと考えてしまうため、価格の変動=価値の変動という風に短絡的に捉えてしまいます。実際、99.9%のエコノミスト、アナリスト、新聞、雑誌等にはこの症状が多かれ少なかれみられます。
つまり、ファンダメンタルを見ているようで、何も見えていないように見える人が大半という事です。

市場の現実に向き合う在り方は、長期的には価格が価値の周りを回る衛星のようなものである事を踏まえた上で、価値と期待を観察する事です。
また、リスク管理の観点から言えば、期待がマイナスに振れた場合でも余裕をもって対処できるようなポジションを持つことでしょう。

            〇

チョット分かりにくい文章になってしまったように思いますが、とにかく当たり前のことを書いているつもりです。
ところが、この当たり前のことがどうしても分からない人たちが多く、その症状の根源には価格=価値という虚妄があると思われます。

必ずしも0-100ではなく、常識的な人には、なんとなく価格=価値とは言えないことは分かっていながら、「便宜上」それを使う…と認識しているような人もいます。ところが、そこが罠で、厳しく、常に価格と価値を切り分けて考えないと、いつのまにかミスターマーケットにいいように踊らされてしまうのが常のように思います。
思考回路がおかしくなってしまうからです。

言葉を換えれば、何か価格が変化した場合になんでも理由付けをしようとする人は、その時点でこの病気に犯されていると言えます。といって、人間は価格の変化に理由付けをしないと居心地が悪いのです(心理学的に言えます)。この誘惑を断ち切って「分からない」と言えるようになるのが、投資家の第一歩です。

               〇

最近、私は金融市場のみならず、政治経済、思想、文化、社会まで価格と価値の観点から考えているのですが、ほとんどあらゆる分野でこの虚妄が一貫して現実の社会を動かしている事が見えてきています。
この症状を抑えるための処方箋は、「ありのままの現実を観る」というスタンスと、「分からない」と言える在り方…と言えるように思います。




だいぶ更新ができておらず申し訳ありません。

現在相変わらず執筆で悪戦苦闘しております。良い物を書けてきているとは思っています。ただ、楽しい反面、非常に大変で、なるべく早く書き終わりたいものです(汗)。

さて、執筆の中で経営戦略論を書いていて思い出したことを書いてみます。
一言でいうと、「ユニークであれ」ということなのです。ユニークになる事の最短にして持続性のある方法は、「自分を活かす」ことです。自分らしくというものです。これは企業のみならず人にも当てはまると思うという話です。

さて、業界の利益率は業界構造によります。ポーターによれば、業界構造・利益率は買い手・売り手・代替品・新規参入・既存の企業の競争という5つの脅威にさらされていて、これらの要因によって競争が激しくなると「業界の平均は低利益率になる」ことになります。ほとんどの企業は低利益率になりますが、一部の企業は高利益率を継続します。

どういう企業が高利益率を継続できるのか?というと、一言で言えば、「ユニークな企業」です。他社とは違った活動をする企業です。違った活動をすれば、当然利益率も変わります。

また、他と違った活動が自分に合っていれば鬼に金棒です。活動が自社に「適合」していなければ持続は難しいでしょう。


それで思い出したことが、以前確かダウンタウンの松本さんの本を読んでいて「みんなと同じになりたいというのは理解できない。プロはどうすれば皆と違うようになれるかを必死で考えているのに」という趣旨の意見です。

松本さんの言うように、ほとんどの人、企業、あるいは投資家は人とある程度同じような活動を、よりうまくやろうとしているように思います。しかし、同じような活動で人より上手くやり続けるのは非常に非常に極めて!厳しいです。にもかかわらず、やはり大人から子供まで、同じような活動をより上手くやろうとしているように思います。また、日本の有名な大企業も、様々な事業に進出する傾向もあります。結果は、業界の平均的な利益率に落ち着きます。
投資で言えば、愚かな(そして多くの)アクティブファンドマネージャーが、なぜかインデックスファンドのようなポートフォリオを組むようなもので、その中で少しだけ配分比率を変えて他よりもうまくやろうとするようなイメージです。結果はインデックスにすら勝てないようなパフォーマンスを得られるかどうか?程度です。

人でも、他人と同じく多くの教科の勉強をして、人よりうまくやろうとして、最高の結果が得られたとしても、国内では東大や京大、早慶、旧帝大に入れるくらいなものです。それらの大学にしても先輩も数多く、後輩も続々と現れるので、彼ら同士で競争すれば、学歴自体に大した優位性はありません。「俺は◯◯大学だから」なんていうのは大した強みでは無いのです。学歴社会と言われてきた日本の社会ですら、現にある程度の保険になる程度のものです。
個人的に、私もこれまで学歴や職歴を褒められても全くうれしくなかったです。私ではなく、記号としての大学名や企業名を褒められているだけなのですから、ユニークさも人柄も何も評価されていないわけです。

                      ◯

何を言いたいかというと、大多数の他社・他人と同じようなことをより上手くやり続けられる自信があり、それが自分に合うのならそれはそれで一つの選択ですが、なるべく他社・他人と違った活動や違った方法を行ってみること、かつ、自分に合った活動・方法を行ってみる事のススメです。「才能とは努力を継続できる情熱」という羽生善治さんの言う通り、自分に適合していること、自分が好きなこと、自分が得意なことの才能を伸ばすことこそが、継続的な優位性の秘訣ではないかと思います。いや、私はそれを大いにススメたい!ということです。

投資においても、分散投資などの教義が吹き荒れている中でも、バフェットは一貫して反主流である集中投資を行ない、自分の得意な業界、理解できる企業に絞って投資をしてきました。
多くのビジネススクール、大学教授、「専門家」などが一生懸命「効率的市場仮説」という、価格=価値が常に成立しているという驚くほどに机上の理論(信仰)で支離滅裂で、しかも現実に適合せず、成果も期待できない理論を学んでいる間に、バフェットは「価値」の測定法を極め、企業を観測し続け、「価値」のとらえ方を学び続けました。
結果は、何十年にもわたる、継続的かつ圧倒的なパフォーマンスでした。

自分とは何か?自分は何が好きなのか?何が合うのか?何をしたいのか?何がしたくないのか?分かることは何か?分からない事は何か?
こういった事を徹底的に考え、様々なものを参考にしつつも、鵜呑みはせずに、どのように行うかを自分の頭で考え抜き、自分を活かしたユニークな活動を日々改善しながら、自分なりのユニークな方法で「努力を継続」する時、きっと他社、他人とはいつか大きな大きな差になっていることと思います。その時に、単なる「記号」ではない、ユニークな個人として認められることと思います。

自分を活かして、ユニークであれ!

私事ですが、引越しをしました。
引っ越し後はひたすら本の執筆に励んでいますが、ようやくネットもつながり、執筆の一環ともなるので、久々に個別銘柄のコメントをしてみます。 
今は執筆に追われているため、基礎的な説明はあまりせず、端的に書かせてもらいます。

さて、なぜニコンか?というと、たまたま今朝以下のようなニュースを見たからで、特段の理由はありません。
ニコン 7年ぶりに最終赤字 人員削減などで特別損失 | NHKニュース
精密機器大手 5社が円高で営業減益 ニコンは7年ぶりの最終赤字 - SankeiBiz(サンケイビズ)
ニコンの17年3月期、最終赤字71億円 構造改革費用重く  :日本経済新聞
ニコン、7年ぶり赤字転落 デジカメ不振でリストラ進む:朝日新聞デジタル

ツイッターでもツイートしましたが、各社すべて「最終赤字」を見出しに持ってきていますが、営業利益ベースでは増益であり、キャッシュからみても特段今期がどうこうということはなく、構造改革(参照)費用で赤字になった(した)だけのことですので、最終赤字は本質的な意味はありません。それをどうこういうのはミスリードではないかと思います。
むしろ営業利益ベースで増益にもかかわらず、営業利益ベースでみても、低い利益率であることが本質的な問題です。

では、ニコンの現状について簡潔に観ていきます。
続きを読む

 
「マクロ的な見解をまとめたり、他人のマクロ経済やマーケットの予想に耳を傾けたりするのは時間の無駄です。実際、これは本当に重要な事実に対する見方を曇らせる可能性もある危険なことです。」
バフェットからの手紙 第四版 p168 
「マクロ的な見解」とは、政治・経済・社会・技術等々の社会の大きな動きに対する見解の事でしょう。
「マクロ経済予想」というのは、今年のGDP成長率だとか経済指標の先行きだとか、産業の収益予想だとか、政策の経済への影響だとか諸々を指すでしょう。
「マーケットの予想」というのは、日経平均はいつ2万円になるか?とか、年内にドル円は何円になる可能性がある!とか、明日の市場はどうなるか?とか、そういうものでしょう。

証券会社やシンクタンクのレポートから新聞、テレビ、情報会社、ニュースサイト、個人ブログ、ツイッターに至るまで、こういった予想情報に満ち溢れていて、市場予想ビジネスには明らかな需要があるのでしょうが、バフェットに言わせれば、「時間の無駄」だというわけです。むしろ、「重要な事実に対する見方」を曇らせる可能性すらあると言います。

          ○

おそらく多くの個人投資家は、むしろ勉強熱心な人ほどに、上記のような様々な情報を集めているのではないでしょうか?

かくいう私も、かつて日経新聞を切り取って、マクロ的な見解を一生懸命にまとめ、考え、様々な人の経済予想やマーケット予想を読みふけっていたものです。
今ではほとんど予想の類は読んでいませんし、それで困ってもいません。読むにしても流し読みする程度です。
なぜか?言葉にするなら、バフェットと同様「時間の無駄」だからです。時間は究極のトレードオフ(あっちを立てればこっちが立たない)をもたらします。何かをするという事は、他にできた何かをしない事になります。マクロ経済やマーケットについての誰かの「タラレバ」な予想を読む時間があるのなら、他にやるべき事があるのです(例えば、猫と遊ぶとか、自作ラーメンを作るとか、読書や企業分析をする…などです)。

そもそも予想が本質的に意味を持たない事は、「ブラックスワン」や「まぐれ」といった優れた書籍でも論じられていますが、一言で言うならば、「誰も先の事は分からない」という話です。

実は当ブログが相場予測ではなく、「相場観測」というタイトルなのも、これです。無駄な予測・予想に溢れた様々な情報とは違い、当ブログでは「観測」して、その結果を共有します…という志をタイトルにしたものです。ブログを始めた当時は今ほど投資を理解してはいませんでしたが、この考えは当時よりも深まっています。

ところで、バフェットは、名著「投資で一番大切な20の教え」の帯で、「ハワード・マークスからの"顧客向けレター"が届くと、私は何をおいても必ず真っ先に読むことにしている」と述べています(ネットでもこちら(参照)でご覧いただけます)。
では、なぜマークスの顧客向けレターは「時間の無駄」では無いのでしょうか?
私の印象としては、マークスが深く投資について理解した上で、「予測」ではなく、「観測の人」だからだと私は思います。

          ○

最後に、ここで色々なものを「読むな」などと主張するつもりはありません。要不要は、自分自身が体験していく中で掴んでいくものだからです。
ただ、株式投資の勉強や実践を積む中で、必要なものは読み、不必要と思うものは読まず、より優先順位の高い事に時間を使いましょう、というスタンスは重要なことだと思います。



仕事、ファッション、食事、芸術…等々に至るまで、およそ人間社会で生きる以上付きまとう問題があります。
なにか?(他人からの)「評価」の問題です。

良い仕事を目指すのか?誰かに評価される仕事をするのか?
自分が満足できる服を着るのか?人に良いとされるものを着るのか?
芸術の完成を目指すのか?人に喜ばれる作品を作るのか?

厳密にこれらが常にトレードオフ(あちらを立てればこちらが立たぬ)の関係であるとは限りませんが、この評価の問題が我々に付きまとっていることは間違いないでしょう。

2千円で売っていても見向きもしないのに、同じ服を2万円なら買ってしまう人がいるのです。ここに人間の妙といいますか、愚かさとかわいさがあるように思います。同じ服でも2千円なら恥ずかしいが、2万円なら堂々と着ていける人がいるのです。

「プロが運用する」と称する株式ファンドでも、「何円以下の銘柄は買わない」というところもあります。実は服の値段と株価は根本的に異なります。株価が低いから市場の評価が低いとは必ずしも言えません。例えば、トヨタでも株式数を増やせば(時価総額は同じでも)100円になるのです。にもかかわらず、「安いもの(?)は買いたくない」という「プロ」もいるのです。
また、10年近く200円台の株価をうろついていた銘柄が2.3か月で急騰して1000円を超えてきたところで、過去最大の出来高で大商いとなるようなケースもザラにあります。2.3か月前に200円では見向きもしなかったものを、1000円なら買いが殺到するのです。

           ○

さて、バフェットからの手紙に戻りましょう。

「二つの小さな投資について、私はそこからどれだけのインカムゲインが得られるかのみに注目し、日々の資産価格の変動については考えませんでした。
試合で勝利するのは、プレーに集中した人であり、スコアボードばかり見ている人ではありません。
週末を株価を見ずに楽しめる人は、平日も試してみてください。」
(バフェットからの手紙、第四版p168より) 

引き続き、バフェットがほとんど内容も知らない農場とニューヨークの不動産に投資した話です。それにより年間10%のリターンを上げ続けています。

「二つの小さな投資について、私はそこからどれだけのインカムゲインが得られるかのみに注目し、日々の資産価格の変動については考えませんでした。」とありますが、不動産や農場を所有することでどれだけ実際に収入を得られるかだけを気にしていたということです。
これを株式投資で考えれば、企業の上げる利益と配当のみに注目していた、ということになります。
日々の株価の変動は、市場の「評価」であって、年間10%のリターンが変わらなくてもこの「評価」は時々刻々と変わります。

そして、
「試合で勝利するのは、プレーに集中した人であり、スコアボードばかり見ている人ではありません。」と言います。

ここでの試合の勝利とは、年間10%のリターンという実利です。1億円の案件であれば、年間1000万円の収益が得られればそれで満足なわけです。年間1000万円の収益があげられるかを分析するのが「プレー」です。株式で言えば、企業分析、企業価値評価こそが「プレー」です。

一方、スコアボード(資産価格・株式なら株価)ばかり見ている人は何を見ているのでしょうか?年間10%を上げられる不動産・農場・企業に対する、人々の「評価」の動きを見ているのです。そして、「評価の動きにはクセがある!」ということに夢中になっているわけです。
極端に言えば、マークシート式の試験で、問題を解くのではなく、マークシートの変化のクセを見ているようなものです。
「評価」の根源ではなく、表面・結果としてのスコアボード(株価)やマークシートの解答の動きをいくら見ても、肝心の「価値」や「解き方」については何も分からないままです。
スコアボードばかり見ている人のモットモ重大な問題は、それで儲かるかとか、試験に合格するかという事ではなく、価値の出し方や問題の解き方に結び付かない点です。

そして、この結びが秀逸です。
「週末を株価を見ずに楽しめる人は、平日も試してみてください。」


結びで、株価を見ないことを推奨しています。
「なぜ株価を見ない方が良いのか?」については、その5以降に続くのですが、ここで一点非常に重要な事があります。
スコアボード(株価や時々刻々と流れてくるとりとめもないニュース)を見ているその時間に、「プレー」を続けたり、読書などで理論の研究をしている人たちとは、徐々に差が開きつつある、ということです。そして、その積み重ねは想像を絶するほどの差になっていく、ということは強調してもしすぎることはありません。

私自身かつてはまさに一日中スコアボードを見ている側だったから痛感していますが、朝からモーニングサテライトをみて、日経新聞を読んで、市場のスコアボードをみて、スコアボードの動きに対して考えたり、後付けの解釈をブルームバーグやらCNBCで聞いたり、色々探したりしていたら、もう夕方…と、それはそれで大変に忙しい生活です。ところが、はて、今日は何を得たか?というと、大概が目先の株価に影響を与える材料や目先のトレンドの話で終わっているのです。つまりは「評価」に振り回されているに過ぎません。
実際、ツイッターなどをみても、プロも含めてそういう人が大半だと思います。

その間に「プレー」を続けていたらどうでしょうか?おそらく圧倒的な優位性となります。バフェットの真骨頂はそこにあると思います。
また、球場から出て、様々な体験をして心身ともに豊かな生活を送ることも非常に重要なことだと思います。
球場の中にいると、そんなことすら忘れがちです。

           ○

ということで、表面に表れている「評価」の動きに気を取られて、本質を見失う事無かれ…という話でした。
どうもあれもこれも書きたくなってしまって記事が長くなるのですが、次回以降はより端的に、短い記事にしていこうと思います。
今日のものも2つか3つの記事に分けたほうがスッキリしてよいかもしれませんね。

では、また!
 


「買おうとしている資産の将来の利益ではなく、価格変動に注目しているのならば、それは投機です。それも間違いではありません。ただ、わたしは自分が投機で成功できないことは分かっていますし、投機で成功し続けることができると主張する人は信用できません。
コイン投げでも、半分の人が一回目は当たります。しかし、そのなかに、その先も勝ち続けることが期待できる人は一人もいません。
また、検討している資産が最近値上がりしたという事実は、買う理由にはなり得ません。」
(バフェットからの手紙、第四版p167-168より) 


(橘優コメント)

バフェットの前回(前回)の 文章の続きです。
「投機」に対するバフェットのスタンスを述べています。

まずはバフェットの主張をまとめてみましょう。

a.「買おうとしている資産の将来の利益ではなく、価格変動に注目しているのならば、それは投機です」とありますが、「投機」を端的に定義しています。かんたんに言えば、「価値」を見るのではなく、「価格」を見るのが投機だというわけです。

b.その上で、「それも間違いではありません」と言います。
確かに「投機」であろうとなんであろうと、継続的に勝ち続けられるなら、株式市場というものを金儲けゲームと捉えるのならば、「間違い」ではありません。
むしろ企業の将来の業績予測など面倒くさいことをしなくても価格分析だけで儲けられるのなら、手っ取り早い方法とすら言えるでしょう。
しかし、バフェットは「投機で成功し続けることができると主張する人は信用できません」として、コイン投げを例に挙げます。
「価格変動の分析だけで成功し続けられるなら良いが、わたしは信じないよ」というわけです。

c.最後にダメ押しで、「検討している資産が最近値上がりしたという事実は、買う理由にはなり得ません」というわけです。これは、いわゆる「モメンタム系」の投機家を例として挙げているわけです。モメンタム系とは、「上昇した場合はさらなる上昇が期待できる」という、価格のモメンタム=勢いを重視したスタンスです。

             ○

では、少し掘り下げて解説します。

まず、aです。投資とは何か?投機とは何か?という話ですね。

投資とは、企業の将来価値の予測も含めて「価値」を算出し、それよりも割安に取得することです。「価値」を重視するわけです。
一方投機とは、「上がると思うから買う」「下がると思うから売る」という、「価格」を重視する在り方と言えるでしょう。

ところで、投資と投機は厳密な区別はできないんじゃないの?という方もいると思います。
私も、そう思います。
その上で、順序の問題とは言えそうです。あくまで「初めに価値ありき」なのが投資家で、「初めに価格(変動)ありき」なのが投機家というところでしょうか。
投資家にとってもも価格水準は重要ですし、価格変動とも完全に無関係ではありません。
投機家でも価値をしっかり把握するタイプもいるでしょう。「賢明な投機家」ならば、むしろ「価値」にはこだわるはずです。
要は、どちらを根本に置くかという順序の問題だと、ここでは簡単に分けておきましょう。


次に、bになります。
bは「投機で成功し続けることができると主張する人は信用できません」というバフェットのスタンスを表明しています。

では、本当に投機で成功し続けることはできないのでしょうか?
私なりの結論を書いておきます。先に書いたように、投資と投機も完全には分けられませんが、ここで、純粋な「投機」、つまり価格変動そのもののみの予測で成功し続けることは・・・と言われれば、一般論としていうのなら、それは無理です。
もちろん結果として成功し続ける人はいるかもしれません。それは運かもしれませんし、なんらかの優位性によるものかもしれませんが、一般論としてそれを継続的なものと捉えることはできないということです。

なぜ継続するとは言えないのか?といえば、それは「競争」だからです。
例えば、明らかに勝率の高い価格変動パターンを発見したとして、それを皆が真似したら勝率は必然的に変わるからです。
つまり、純粋に価格変動パターン等で勝負するということは、基本的に、「他の投機家と同じようなことをして、かつ、自分は人よりうまくやる」という、「競争」の舞台に上ったことになると言えます。

そこでも結果的にある程度の期間勝ち続ける人はいるのかもしれませんが、一般論としては「無理だ」というべきものです。
過去はうまくいったんだ!と成績を見せられても、「過去はその手法がうまくいったのね」という事でしかありません。
明日にはその手法はモットモまずい選択になるかもしれません。


ただ、個人的には、「価値」の分析に加え、価格変動パターンや人間心理を組み合わせたような、「賢明な投資家」と「賢明な投機家」のハイブリッドとでもいうべき存在はあり得るとは思います。



c.「検討している資産が最近値上がりしたという事実は、買う理由にはなり得ません」

cは、いわゆるモメンタム系投機家へのバフェットの冷めた一言です。

バフェットや純粋な投資家の視点からすれば、資産の「価値」が変わらないのに「価格」が値上がりしたのであれば、単に「割高になった」というだけのことであって、なぜ「割高になった」ことを理由に買うのか、ほとんど狂人の言葉としか思えず、理解に苦しむでしょう。

一方モメンタム系投機家からすれば、「確かに、多少割高にはなったかもしれない。しかし、モメンタム投機は確率的に勝つ確率が高い。これは統計的に実証されている」と反論するでしょう。
しかし、それは、一を知って二を知らずの議論で、例えば、「なぜ上昇したことが次の上昇に影響を与えると断定できるのか?他の諸要因は調整した上での統計か?」という話です。

いずれにしても、bで議論したように、モメンタム投機も、論理的に「競争」の話で、彼が他の投機家よりもうまくやり続けられる…とは一般論としては言えない点は同じです。





「投資を検討するときは、資産の将来の生産性に注目します。将来の概算利益の予想に自信が持てなければ、その件は忘れて別の案件に目を向けてください。すべての投資先を評価できる人はいません。ただ、すべてを知る必要はなく、自分がかかわことだける理解しておけばよいのです。」(バフェットからの手紙 第四版 p167)

(橘優コメント)

バフェットの前回(参照)の 文章の続きです。
この文章はおそらく多くの人にとって意味が取りにくい文章だと思います。

まず、「将来の概算利益の予想に自身が持てないならば」投資をすべきでないということですが…

「そもそも将来の概算利益を出すことなどできるだろうか?20年後の未来なんてわかりますか?」「予想というが、それは主観的なもので、客観的な事実ではないアヤフヤなものなのではないか?」「バフェットは予想はしないと言っているのに、矛盾していないか?」などという疑問が出る人も多いと思います。

将来の概算利益の予想に自信が持てる場合というのは、モットモ分かりやすい例で言えば、企業の業績が長期的に安定しているとか、明らかに強い競争優位性を持っているとか、シェアの変動が起こりそうもない…といった場合です。

将来の正確な予測などは神様にしかできません。バフェットも人間ですから不可能です。ただ、(自分から見て)簡単なケースに的を絞れば、将来の概算利益の予想に自信は持てるわけです。結果的に正しいかどうかではなく、自信が持てるかどうかの話です。
その「的」そのものをどれだけ深く、広くできるかは、個々人の努力次第でしょうが、ここで大事なことは、あくまでも自分の能力の範囲内、自分が自信を持てる案件にしか投資をしない、という姿勢でしょう。

また、当ブログでおなじみ残余利益モデルによれば、
価値=現在の資産価値+将来の残余利益の現在価値
ですが、この視点から言えば、「将来の残余利益の現在価値」が重要な価値算出の要素になる以上、「将来の概算利益に自信が持てない」場合には、つまり「価値」に自信が持てないわけですから、当然投資は困難になります。

ただ、実際には適正な割引率であれば、20年後の残余利益の現在価値というのはそれ程価値算出において大きな影響は無く、例えば目先5年~10年の予想でも概ね正しい価値の算出が可能です。つまり実際に未来永劫までの利益の予想が必要なわけでもありません。

さらに当ブログではこれに一工夫二工夫するわけですが(市場価格からの「期待」の逆算や、保守的な姿勢)、ここでの議論からは外れるので、おいておきます。


次に、「すべての投資先を評価できる人はいません。ただ、すべてを知る必要はなく、自分がかかわことだける理解しておけばよいのです。」いう後段です。

これは文字通りの意味でしょう。すべての投資先を評価できる人は実際いません。もっと言えば、多くの企業の価値は算出は事実上困難です。つまり、将来の概算利益に自信を持てる企業は一握りです。その一握りの企業についてしっかり価値算出をできるようすれば良い、という話です。

これに対して、チョット価値算出方法を学ぶとあらゆる企業の価値を評価しようとする人がいますし、一定の数式であらゆる企業の価値を算出して割安だとか割高だとか一覧にしたものが本として売られていたりしますが、ほとんど無意味…というより、有害ですらあります。

投資でモットモ重要なことは、正しい価値算出法の習得は前提として、「価値を算出できるか」自体を見極める事、そして割安に投資をすることです。簡易的な価値算出法であらゆる企業を評価しようとするのはその逆の在り方と言えます。

           ○

まとめると、ここでバフェットの言わんとしていることは、投資候補の「価値を算出できるか自体を見極める」という姿勢についての事でしょう。具体的には、投資を検討するときには、その企業の将来の業績を概ね「自信を持って」予想できるか?を問え…ということです。


 


随分長いことブログ・メールマガジンを更新できずにいました。というのも、かねてからお伝えしていたように本の執筆やその他に忙殺されていたためです。
とはいえ、ブログ・メールマガジンは私の原点であり、心待ちにしてくださっている読者もいらっしゃるので心苦しく思っておりました。
とはいえ今個別銘柄分析などを本格的に行う時間もなく、簡単な分析をしてもあまり意味が無いので、どうしたものかと考えていました。

そこで、本の執筆の為にもなり(思考の整理という意味で)、読者にも参考になるものとして、バリュー投資の名著中の名著である「バフェットからの手紙(第四版)」の中で投資に特に役立つと思われる部分について、時間を見つけて少しずつコメントを書いていこうと思うに至りました。

では、みていきましょう。
              ○

「その分野の専門家でなくても、満足のいく投資リターンを上げることはできます。ただ、その場合は自分の限界を認識し、必ずある程度はうまくいく道を選びます。単純なことに徹し、ホームランは狙いません。そして、簡単な儲け話は、即座に却下します」(p167)

(橘優コメント)

「その分野の専門家」というのは、ここでは、その分野・業界・企業に非常に詳しい人の事をいうのでしょう。そうした人でなくても、「満足のいく投資リターンを上げることができる」という事をバフェットは主張しています。
話の流れとしては、バフェット自身がほとんど見たこともない農場や一度も行ったことのない商業用不動産に投資をして満足のいくリターンを上げているというエピソードからの話です。

さて、多くの人は、ファンダメンタルに基づく投資をするのならば、その分野・業界・企業に非常に詳しくならなければならない、それが必須事項だ…という認識を持っているかもしれません。確かに自分のよく知る対象に投資をした方が良いというのは直感的に分かります。

ところで、「よく知っている」とはどういうことなのでしょうか?自分がその業界で働いていることでしょうか?その会社の従業員であることでしょうか?それともその会社や商品のマニアであれば良く知っていることになるのでしょうか?
私は証券会社の社員でしたから、業界については知っている方でしょうし、趣味の音楽やラーメン等についても詳しいほうだと思います。読者にもそれぞれに詳しい分野があるでしょう。
しかし、企業や商品についての知識が豊富なことは、必ずしも投資家として「知っている」ことでは無いと私は考えます。

ここで、「よく知っている」の意味を二つに分けて考えてみましょう。
1.その企業・商品・業界・実務等の具体的な知識
2.投資対象の「価値」を算出する為の知識

2の、投資対象の「価値」とは、a.資産価値、b.将来にわたる利益に因るものです。特に将来にわたる利益を押さえるためには、その企業がなぜ、どういう仕組みで利益を上げてきた、いる、いくのか?どういった点に戦略的な特徴があるのか?その特徴は損益計算書にどのように結び付いているのか?持続的だと考えられる根拠は何なのか?等を押さえる必要があります(この辺の観方は本で書くつもりです)。

1と2の両方に詳しい場合は、本当の意味での「専門家」と言えるでしょうが、必ずしも「専門家」にならなくても満足のいくリターンは上げられると思います。
もっといえば、2のノウハウがあれば、実際、投資家としてはあまり困ることは無いでしょう。
2をしっかりと磨いた土台の上で1が加わった時には、「鬼に金棒」ということになり、時にホームラン級の投資ができるのかもしれません。
一方、2のない1は、投資活動においては、あまり意味を為さないでしょう。

↑このページのトップヘ