世界のひずみにあるしん太の棲み家

管理人の小説、詩、コラム、その他を掲載しています。

小説が書きたい

Date :
2010年08月17日
Category :
小説
小説が書きたい。それも面白いやつを。俺はそう思った。でも、どうやって? 俺はある自分の好きな作家がホームページ上で語っていた言葉を思い出した。小説を書く能力を磨くにはひたすら本を読んで書き続けることしかないのだそうだ。そうなのだろう。俺もひたすら読んで、書こうと思う。また、ある本では小説というものは、人間の総合的な力で書かれるものだと書いてあった。人間の総合的な力。人間力とか言うやつか。俺もその答えには納得した。小説というものは、確かに、想像力を働かせて作っていく架空の物語だ。だが、やはり、たくさんの経験を積んだ人間が書く文章というものはリアルだし、説得力があるものだ。人間としての経験値も大きな要素になるのだろう。ここまで考えて、導き出される答え、俺のすべきことは、読書と創作をひたすら繰り返すこと、そして、色んな体験をして、人間としての経験値を増やすこと、この二つか? そうか。小説を書くというのは一朝一夕にはいかないものなのか。俺は溜息をついた。もっと読書をして、小説をたくさん書いてみよう。人間としての経験値、これは簡単には増やせないな、そう思った。人生経験を地道に積んでいくしかないのか? 色んな体験をするために、もっと積極的になって。俺はまた溜息をついた。いくら人生経験を積むといったって、普通に生きてるだけじゃ駄目なんじゃないのか? 普通とは違う経験をして、それを書いたりするから面白いんじゃないのか? 俺みたいな平凡な奴がいくら生きて、人生経験を積んだって駄目なんじゃないのか? じゃあ、どうすればいいんだ? 三度目の溜息をつきかけた時に、俺はふと考えた。普通とは違う経験……。そうか! そういうことか! 普通じゃない経験をどんどん積んでいけばいいんじゃないのか? 俺は考えた。どうすればいい? 普通ではない経験とは一体なんだ? 俺に何が出来る? しばらく悩んだ末に、俺は財布をポケットから取り出し、一万円札を一枚抜き取った。しばらくその一万円札をじっと見つめてから、懐からジッポーライターを取り出した。そして、点火して一万円札に火をつけた。火はゆっくりと広がって、一万円札は灰へと変わっていった。お金を燃やすなんてこと、する奴はほとんどいないんじゃないのか? その一万円札が完全に灰になった時、俺は自分の中の内的世界が、以前より広がったのを実感した。俺は財布から、もう一枚、一万円札を取り出し、また、火をつけた。二枚目の一万円札が灰になった時、俺の内的世界はもっと広がった。そして、また一枚、また一枚、と俺は次々と金を燃やした。俺は財布に入っていた五万八千円をすべて燃やし、小銭をすべて道端に捨てた。俺は自分がさっきまでの自分とは、別人の様に生まれ変わったことを理解した。この調子だ。この調子で普通の人間が経験していないようなことを、どんどん経験していくんだ。今夜あたり、いい作品が書けそうだ。フフフ。


おわり

美咲ちゃんと智君

Date :
2010年08月12日
Category :
小説
「智君、今すぐ来て!」
 受話器の向こうで美咲が叫んだ。
「どうしたの? 何かあったの?!」
 智弘は動揺する心を必死で抑えて美咲に尋ねた。
「いいから、早く来て!」
「わかった。すぐに行く!」
 智弘は車に乗り込み、猛スピードで夜の闇の中、美咲の住むマンションへ向かった。
 

「美咲ちゃん、何かあったの?」
 智弘は美咲の部屋のドアをダンダンと叩いた。
 かちゃ。
 ドアを開けて美咲が出て来た。
「智君、いらっしゃい。あがってちょうだい」
 美咲は薄っすらとした笑みを浮かべてそう言った。
「一体、どうしたの?美咲ちゃん……」
「いいから、あがって」
「わかった」
 智弘は美咲の後について美咲のリビングルームへ向かった。
 リビングルームに着くと、美咲はソファーにドカッと横たわった。
「美咲ちゃん……」
「え?」
「……」
「ああ。ちょっとここ見てちょうだい」
 美咲は自分の足の先を指差した。
「爪。ずいぶん伸びているでしょう。切って欲しいの」
「ええ?」
「切ってちょうだい」
「……」
「切ってよ」
「……」
「切ってちょうだい!」
「うん……」
「爪切りはテレビの横の箱の中に入ってるから」
 智弘は爪切りを取りに行き、再び美咲のもとに戻って来た。
「ありがとう。智君……」
 美咲は目を閉じた。
 智弘はかがんで美咲の足の指の爪を切り出した。
「ごめんなさいね。まるで、私にひざまずく奴隷みたいね」
「はは……」


 二人が付き合い出したのは半年前だが、その当初から美咲の我がままは増長の一途を辿り、今では智弘の心を侵食し、支配しようとしている。
 智弘の心を挫き、その挫いた部分を自分が侵食する度に美咲は満足を覚えた。


「智君って、最初はもっとかっこよかったよね」
 美咲は言った。
「そうかな」
 智弘は美咲の爪を切りながら小さく呟いた。
「そうよ」
 智弘はそれには答えず黙って爪を切り続けた。
「ずいぶんと情けなくなっちゃたわね」
 そう言って美咲は大声で笑い出した。
 智弘は爪を切りながら、力なく笑った。

「ありがとう。智君……」
 美咲は爪を切り終わった智弘を見つめて言った。
 そして、頭を撫でた。
 美咲は起き上がり、ソファーにきちっと座り直した。
「智君……、ここに座ってちょうだい」
 美咲はソファーの自分の隣をポンポンと叩いた。
 智弘は立ち上がり、美咲の隣に座った。
「テレビでも見ましょうか」
 美咲はそう言ってテレビのリモコンを手に取り、スイッチを入れた。
 しばらくチャンネルをまわしていたが、バラエティー番組のところでリモコンをテーブルに置いた。
 美咲は右腕を智弘の首にまわした。
 美咲の目はテレビの画面を見つめていたが、意識は全く別の所にある様だった。
「面白いわね……」
 美咲は無表情に言った。
「そうだね」
 智弘も小さく呟いた。
 美咲は左手で智弘の体を触り出した。
「ちょっと痩せたんじゃない?」
 彼女は智弘の胸から腹の部分を何度もさする様に触りながらそう言った。
「変わってないよ」
「そうなの?」


 
 しばらくの沈黙の後、美咲は口を開いた。
「智君……、お願いがあるの」
「何?」
「私ね……」
「何?」
「私ね……」
「……」
「ちょっと待ってて」
 美咲はそう言って立ち上がり、何やら押し入れでごそごそとやり出した。

「私……、こんなの買って来たの……」
 そう言って美咲が手にしたのは、一体、どこで買って来たのか、人間につける首輪だった。
「これを智君につけさせて欲しいの……」
 彼女は顔を赤くしてそう言った。
「美咲ちゃん……」
 智弘は美咲を見つめた。
「お願い……」
「……」
「智君……」
「……」
「お願い……」
 美咲は智弘の顔をじっと見つめている。

 智弘には最初から選択肢などなかった。
 智弘の首に首輪をつけ、もう片方を柱につなぐと美咲は満足そうに彼を見つめた。
「ありがとう……。智君……」
 彼女は目を輝かせた。
 智弘は不甲斐なく笑うしかなかった。
「智君……、ワンって言ってみて……」
「ええ?」
「お願い……」
「……」
「智君……」



「ワン!」



 
 智弘は大きくそう叫んだ。

「ありがとう……。智君……」
 美咲の目はますます輝きを増していく。
 智弘は情けなく笑った。
「今度は『わたしはあなたの犬です』って言ってみて」
「ええ?」
 智弘は美咲から目をそらして、恥ずかしそうに右斜め下を見つめた。
「お願い……、智君」
「……」
「言うのよ。智君……」
「……」
「智君……」
 美咲は悲しそうに智弘を見つめた。
 智弘は観念して、美咲の瞳を見つめて、口を動かし始めた。
「わたしはあなたのいぬです」
「きゃあ、大好き。ありがとう、智君……」
 そう言って美咲は智弘を抱きしめた。
「何か食べたいものない?智君」
「え?別に」
「お願い。何でもいいから言ってみて」
「……」
「お願い……」
「じゃあ、パン……」
「わかったわ!」
 美咲は立ち上がり、赤いコートを羽織り、マンションを出て行った。
 智弘は黙って一点を見つめていた。


 しばらくして、美咲は両手に買い物袋を持って騒々しく帰って来た。
「ただいまあ、買って来たわ。智君」
 二つの買い物袋には、ありとあらゆるパンが大量に入っていた。
 美咲はパンを一つ取り出すと、袋を開けた。
「はい、エサをあげるわ。手は使っちゃダメよ。あーんして。智君」
 智弘は恥ずかしがりながらも口を開けた。
「美味しい?」
「うん……」
「どんどん食べてね」
 彼女はパンを次から次へと智弘の口へと詰め込んでいった。
「もう食べられないよ」
「お腹いっぱいなの?」
「うん……」
「じゃあね、最後に……」
 美咲は買い物袋に手を入れた。
「これを食べて欲しいの……」
 美咲が取り出したのはドッグフードだった。
「ドッグフード……」
 智弘は呟いた。
「お願い……、智君……」
 彼女は智弘を見つめた。
「……」
「お願い……」
「……」
「智君……」
 美咲は目に涙を溜めて、哀願した。
 智弘は床にドッグフードをばら撒いて、顔を床につけて食べ始めた。
「ありがとう……。智君……」
 美咲は智弘のその様子を微笑みながら見つめていた。



「智君!」
 美咲は智弘を鋭い口調で呼んだ。


「ワン!」





おわり

太陽と僕は友達

Date :
2010年08月03日
Category :
小説
今日はやけに陽射しが強い。太陽がぎんぎんと僕を照らしている。僕は汗まみれになって歩いていた。しばらく歩いて僕はやっと気付いた。太陽が僕に話しかけているってことに。
 僕はゆっくり太陽の方に顔を上げた。眩しかった。



「何だい? さっきから僕に話しかけているだろう?」


 キミニキヅイテホシカッタンダ


「何をだい?」


 ボクガヒトリデコドクダッテコトニ


「ふーん、そうなんだ」


 トモダチニナッテホシインダ


「君、僕と友達になりたいの?」


 ウン キミナラボクヲワカッテクレル


「分かった。今から君と僕は友達だ。これでいいんでしょ?」


 ウン ボクハモウヒトリジャナイヨネ?


「一人じゃないよ。安心して」


 ウン アリガトウ


「よろしく」


 ヨロシク イツデモキミヲミテイルヨ



 こうして僕は“太陽”と友達になった。
 しばらく歩くと僕の携帯電話が鳴り出した。
 会社からだ。
 課長は「会社はどうしたんだ?」と言ったが、僕はさっき“太陽”と友達になったことで頭がいっぱいで「太陽が、太陽が」としか言えなかった。課長はあきれて電話を切ってしまった。
 僕は自分の携帯をへし折った後、“太陽”を見上げて、力なく笑ってみせた。
 彼も優しく微笑んでくれた。



 コンビニに入った。“太陽”は僕がコンビニで隠れてしまうのを寂しがったが、仕方なかった。コンビニがガラス張りになっていればよかったのにと思った。
 僕は「チョコレートを借りよう」と思って、3個のチョコレートをポケットに入れて、店を出た。
 “太陽”は勝手にいなくなった僕に怒り、さっきよりもっと強く、僕を照らした。
 僕は「そんなに強く照らしたらチョコレートが溶けちゃうよ」と言ったが、“太陽”はそんなこと、おかまいなしだった。
 


 僕等は海に行くことにした。海なら僕と“太陽”を邪魔する者はいない。
 僕等は電車を乗り継いでビーチへと辿り着いた。電車の中では“太陽”が寂しがるといけないので僕はずっと窓から“太陽”を見つめていた。



 ビーチには誰もいなかった。僕と“太陽”の二人だけだ。
 僕等は一緒に昼寝することにした。



 随分長いこと寝た気がする。起きた時、“太陽”が少し元気のないのに気付いた。
 僕を照らしていた陽射しがとても弱くなっていた。
 僕は慌てたが、“太陽”はどんどん弱弱しくなっていった。
 そして、真っ赤に燃えたかと思うと僕を一人残して、消えてしまった。



 あたりは真っ暗になってしまい、僕は怖くて震えていた。
 そして、消えた“太陽”を求めて、海へと駆け出した。



 FIN

はじめ

Date :
2010年07月31日
Category :
小説



はじめは目を閉じている。三角座りをしている。もう随分長い間そうしている。貝の様に固く心を閉ざして、「事」が済むのを待っている。彼の体の至るところには無数のあざが存在しており、額からはうっすらと血が流れている。彼はもう泣かない。涙はとうの昔に枯れ果てた。感情は日を追うごとに鈍くなっている。彼の顔から表情というものが消えてしまった。抵抗するすべを持たない彼は、今日もゆっくりと自らの内面の海の底へと潜って行く。そこだけが彼の唯一の安息地だった。


       ココデハナニモカモガシズカダ


 はじめの父はリビングルームで、はじめを殴打し続ける。リビングルームのちょうど中心点で座る息子に近づいては拳を頭に、腕に、脚に、わき腹に叩き付ける。そして、離れたかと思うと扇風機やトースターや電子レンジなどを投げ付ける。
 巨大な窓から差し込む熱い陽射しが、ジリジリと彼等二人を焦がす様に照らし続けている。

「はあはあ、いい加減、パパの期待に応えてくれる子になるよな? はじめ」
 そう言って父はまた彼の息子のわき腹を、思い切り蹴り付けた。
 はじめは大きな音を立てて、床に叩きつけられたが、すぐに、無表情で、もとの三角座りの姿勢に戻った。その素早い動きはゴムを思わせた。はじめは海の底で様々な「存在」達を目にする。大勢の小人達や動物達がはじめの目の前を行き交うのだ。
 小人の行列がはじめの前を横切っていく。はじめはうっすらと微笑む。


        ココデハナニモカモガシズカダ




 その日もはじめはリビングルームの中心で座り込んでいた。ポカポカと暖かい太陽の光が彼を包んでいた。彼はまるで光とたわむれているようだった。
 リビングに近づいて来る足音が聞こえる。その音の調子から、近づいてくるのが父だとはじめにはすぐに判った。彼の座り方は、また、きつく締められた三角座りへと変化した。
 バタン!と大きな音を立てて扉が開かれる。
「はじめ! お前がずっと小学校に行かないから、お父さん、近所の人に変な目で見られるんだよ! 明日は学校行くよな? は・じ・め」
 そう言って父はまた息子のわき腹を力いっぱい蹴り付けた。近頃、わき腹の同じ箇所を蹴るのが癖になっているのだ。
 うう……、とはじめは呻き、数十秒間、床に倒れ込んだ。しかし、彼はまたもとの姿勢に戻る。
「行・く・よ・な? は・じ・め」
 父ははじめの頭を、思い切り平手で叩く。
 パアン!という音がリビングに響く。
 テレビでは子供の虐待のニュースが流れていた。父はそれをチラッと見て、フンッと鼻で笑った。
「お・ま・え・が・わ・る・い・ん・だ・か・ら・な。は・じ・め」
 パアン!




           ココデハナニモカモガシズカダ


 今日もはじめは父から逃れるため、自分の内面の海の底に潜っていた。今日は動物達がパレードを行っていた。うさぎや像や熊が派手な衣装に身を包み、楽器を手にして行進している。はじめは手を振る。動物達ははじめを見てにっこり微笑む。
 はじめは随分長い間パレードを眺めていた。すると彼に一人の男が近づいて来た。グレーのスーツに身を包み、ピンクのネクタイをしていた。その男の髪は七対三にきっちりと分けられ、カチカチにヘアースプレーで固められていた。度のきつい黒縁の眼鏡をかけていて、そのレンズがキラッと光っていたので、はじめには彼の瞳がよく見えなかった。
「こんにちは、はじめ君」
 男は言った。
「こんにちは、あなたは誰ですか?」
 はじめは問うた。
「私? 私は先生です」
「先生?」
「そうです。私は子供達皆の味方です」
「味方? 子供の?」
「そうです。だから、君の味方でもあるわけですよ」
 そう言って男はにっこりと笑った。
「僕、パパにいじめられてるんだ」
 はじめは言った。
「知っています」
 先生は言った。
 はじめは先生を見つめた。
「助けが必要な時は、私を呼びなさい」
 先生は言った。
「はい!」
 はじめは大きく返事をした。




 父がはじめを殴打する。はじめはいつもの様に、潜る、潜る、潜る。
 海の底に辿りつく。
「せんせーーーーーーーーーーい!」
 はじめは大声で呼んだ。
 しばらくするとはじめの背後で声が聞こえた。
「呼びましたか? はじめ君」
 先生だ。
「先生、助けて!」
 はじめは叫んだ。
「わかりました」
 先生は言った。


「ここで待っていなさい」
 先生はそう言うと海上目指して、泳いで上昇していった。



 父ははじめを殴り続けている。
「はあはあ、はじめ。いい加減いい子になるか?」
 興奮した父ははじめに尋ねる。はじめは沈黙している。しばらくの静寂の後、はじめの体が突然、ビクビクッと痙攣した。
「はじめ君のお父さんですね?」
 はじめは言った。
「何だあ? はじめ」
 父はいぶかしげな顔ではじめを見つめる。
「はじめではありません。先生です」
 はじめはゆっくりと立ち上がった。父は驚いて、はじめの動きを目で追った。はじめはゆっくりとキッチンへ向かって歩き出した。そして、右手に包丁を、左手にナイフを持ってゆっくりと戻って来た。






「天誅ですよ……」






 はじめはニヤッと笑って、そう言ってから、父の首を、わき腹を、胸を、腕を、脚を、次々に刺していった。何度も刺した。鮮血が床一面に広がった。





 おわり
 
 
 

空想家

Date :
2009年10月08日
Category :
小説
このまま年をとっていけば、間違いなく後悔する。洋一はそう確信していた。何かを「変革」する必要がある。そう思うようになったのはいつの頃からだろうか。
 何かを変革。何かを変革。最近、彼はその「変革」ということで頭をいっぱいにしていた。何かをきっかけに彼の人生が劇的に変化する、ということを待ち望んでいたのだ。実際、テレビのドキュメント番組でよく見る、「その時、Aに転機が訪れた」、という様なことが自分にも起こらないものかと思うのだ。洋一は考える。自分の人生は、まだ始まりさえ見せていない。自分だってその気になればやってやるさ。まだその気になっていないだけさ。こんなことを考え続けて、何もせず、毎日を無為に過ごして一体何になるのかという思いもあるが、では、具体的に何をどうすればいいのかということになり、それもわからず、結局、何かを「変革」という考えに落ち着くのだった。
 洋一は駅の構内の清掃員をしており、プラットホーム、トイレ、喫煙室などを清掃する。以前は無心でしていたこの清掃作業も、最近はこの「変革」という考えが頭の中をグルグルと回り出し、まるでうわの空のような様子で、行われるようになっていた。だんだんと同僚達とも距離を取り、一人とりとめのない空想の中にいることが多くなった。洋一は空想する。自分がまるでハリウッドスターのような存在になり、何千、何万という人間達が自分の一挙一動に夢中になる。大勢のファンの波をかき分け、高級車の後部座席に乗り込む。追ってくるファンやカメラマンを尻目に運転手に車を発進させる。洋一は恍惚とする。自分にとってそうなるのはごく自然なことに思われたし、そうなるべきなのは自分であると思っていた。そのために、何としても、自分の人生を「変革」しないといけない。それさえ出来れば薔薇色の未来が訪れることは目に見えている。


 「変革」とか転機といったものが訪れる気配はいっこうにない。洋一はよく空想して、その度に幸福感に満たされるが、それが現実になることは不可能に見えた。彼はそれでもいいと思い始めていた。たとえ現実のものとならなくても、空想するとはなんと素晴らしいことだろう。空想が僕を幸せにしようとしている。夢のような空想に溢れた人生。なんと素敵だろう。僕は空想する力を手に入れた。洋一はそう思った。


 FIN

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