某全国女性誌の編集長という華やいだ表の顔とは裏腹に
ディープで変態チックなクルマ趣味人、それがM氏である。
バブルがはじけた1994年ごろ、M氏と僕は、
名古屋にある某本社ビル4Fにある、窓のないコピー室の一角を陣取って、
「ENZO」という名の怪しい中古車情報誌を制作していた。

あのころ、二人が一体どんなページを作っていたのか、
もはや記憶も定かではないが、
まあ読むに耐えないページだったんだろう、たぶん。

M氏は、勝手気ままな企画を好き放題に立て、猛烈なスピードで原稿を書いた。
M氏のモチベーションは『オレは絶対正しい』という根拠のない自信に支えられていた。

僕は会社の役員連中をバカにし、会社に反抗してみせることで、
なんというか仕事の鬼というか、いっぱしの編集者になったつもりでいた。

締め切り間際の高揚感、疾走感は、今思えば
ものすごく刺激的で楽しかったわけだが、
アレをもう一回やれといわれたら、たぶんもう無理です。