2012年06月

バイト。

上京したての頃、いくつかバイトをしたのだが、そのうちの一つで一緒だった人からフェイスブックの友達申請が来た。といっても、僕はその人の顔も思い出せないのだけれど、ものすごく懐かしい気持ちになってしまい、そのころのことを書こうと思った。


僕がバイトしていたのは、青山にある公務員宿舎っぽいホテルの洗い場。結婚式など宴会も多数ある大きなホテルだったので、洗い場も大きくバイトも大勢いた。そこで朝8:30から夕方5:00くらいまで、週三回くらいは入っていただろうか?およそ三ヶ月くらいは働いたような気がする...


なぜそんなバイトを選んだか...それはもちろん人と接しなくて済むから(笑)例えば接客などのサービス業だと、どうしても人との会話、コミュニケーションが必要になってくる。学生時代は散々そういうバイトをしたのだけれど、このときの僕の事情がその分野を選ぶことを良しとしなかった。すなわち、俺は音楽をやるために上京してきた、バイトをするのは本意ではないが生活のためには仕方がない、本意ではない仕事をやることはなるべく人には知られたくない、ましてや人にサービスをするなどということは俺のプライドが許さない、それなら割り切って黙々とお皿を洗っている方がいい、とまあおよそこのような考えでこの仕事を選んだのだった。


そういうバイトであるから、当然学生が主体。当時はまだフリーターという職種は認知されていなかったと思うので、30くらいでバイトをしているのは僕を含め数人。ある意味、学生たちに半ば蔑まれながら(いい歳こいてこのおっさんなんでバイトなんかしてるんだ的な)生活のためと割り切って淡々と仕事をこなしていた。たまに飲みに行くと、「多田さんはなんでバイトしてるんすか?」と聞かれるので「ミュージシャンを目指しているんだ」と答えると、明らかに軽蔑の眼差しで「へ〜大変ッすね!」とか言われたものだった(泣)タダセイ屈辱の過去(笑)


そのバイトに初めて入ったとき、そのバイトの統括的な立場の人に話しかけられたのだが、それが何と地元高松で僕がお世話になり、あこがれていたシンガーソングライターのMさんだった。彼は高松ではスター的な存在で、ライブハウスでも歌っていたし、高校生の時はその店に出入りさせてもらってたまに吹かせてもらったりもしていた。その後彼はプロを目指して上京したのだが、僕が岡山大学時代になぜか彼のバンドがオーディションを受けるのでフルートとサックスで参加してくれないかと頼まれたのだった。そのために僕はお金をはたいて新幹線で上京し、渋谷のエピキュラスでオーディションを受けたのだ。その時に聞いてくれたのが、何とあの「さだまさし」さん!!さださんが目の前で僕たちの音楽を聴いてくれるという何ともすごい状況。緊張しまくって吹いたのを覚えているが、さださんからは曲に関してかなり厳しい意見をいただいたと記憶している。歌詞がひどい、英語を入れればいいってもんじゃない的な...曲をMさんが作ったかどうかは定かではないが、かなりショックを受けていたのは覚えている。僕はただのサイドメンだったので、「君はクラシックやってるでしょ?うん、わかるよ!」くらいのご意見しかいただかなかったけど。


とにかく、その後Mさんと逢うこともなく、僕も就職してプロになるのをあきらめ、彼の消息を聞くこともなかったので、再会したときは本当にびっくり!!運命って面白いです(笑)彼は履歴書を見てすぐに僕だとわかったらしく、みんなに「こいつはいい学校に行って就職したのに、すごい決意で上京してきた奴なんだよ!」と紹介してくれたのがとてもうれしかった。当時もう三十代半ばになられていたと思うので、その後シンガーへの道はうまく行っていないんだろうことは想像できた。バイトで統括の立場にいるということは、長く続けてきてるんだろうしそのバイトが生活のメインになっていたのかもしれない。


そのバイトも、中間業者が突然のバックれで空中分解。僕も他のバイトを探さざるを得なくなり、Mさんともそれっきりになってしまったのだが、数年前、高松の友人からMさんが高松に戻ってきたのだが、酒が原因(と思われる)で亡くなっていたことを聞いた。想像することしかできないけど、少なからず失意の内に亡くなったのではないか、と思うとやるせないというか切ないというか...同じ志を持ったものとして万感の思いがある。あの当時、プロになるといって上京した友人は何人もいたけど、その中で成功している人はごくごくわずか。そのくらい厳しい世界なのは当たり前としても、失意の内に地元に帰らざるを得ない人の気持ちはいかばかりか...一歩間違えば僕もそうなっていたに違いないし。再出発出来た人はいいが、それがうまくいかないことを考えると胸が痛む...


それでも。
夢を追いかけることは間違っていないし素晴らしいことだと思う。
僕の生徒にも、夢を追ってバイトをしながら音楽を続けている奴が何人もいる。彼ら彼女らの努力が報われることを心から祈っているし、万が一うまくいかなくても、人生のリスタートがうまく切れることも祈っている。どうなるにせよ、後悔しないように生きたいよね!


友達申請で思ったこと、思い出したことを徒然に書きました...




the MOST 6th Recording

the MOST六枚目のアルバムのレコーディング、無事終了しました!


真由子になってから二枚目となるわけですが、最近バンドサウンドが変わってきた気がしてました。なので、レコーディングが非常に楽しみだったのですが、きのうラフミックスを聞いてますますそれが確信に変わりました。


何が変わったかというのは、実際に皆さんに聴いていただいて判断して欲しいので、余計な情報や先入観は入れないようにしますね(笑)ただ、僕の中では明らかに変わったことが実感できました。なので、とても有意義なレコーディングだったと思います。今の時点の僕たちを記録できたと言う意味で。


結成12年にもなれば、そりゃあ変わって当たり前ですよね(笑)今、最初のアルバムを聴くと、何て若かったんだろ...と思います。色んな意味で。それからみんなが色んな経験を経て、今のこの状態になったことがとても感慨深いです。経験は重ねてみるもんですね(笑)


発売は9/26。発売当日に目黒BLUESALLEYで発売記念ライブも決まってます。ぜひ来てくださいね!!!!!!これから諸々詰めていかねばなりませんが、とりあえず音が録れたので一安心...とてもいいものが出来そうです。ご期待ください!!!!


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大我ツアー〜レコーディング

一週間にわたる大我のツアー無事終了!!
初日の名古屋が何だか遠い昔のことに思えます(笑)
宮川純、金澤英明、大我に僕というQUARTET(きのうのKAMOMEのみクリヤマコト)での演奏は初めてで、とても新鮮でした。



大我は、八歳の頃から、いやもっと前か?(笑)知っているけど、すでに中学二年生。声変わりまでして立派な大人に(笑)プレイもますます力強くなり、そしてこの百戦錬磨のメンバーに一歩も引かず、毎日どんどん良くなっていくのが素晴らしかったです。初日、二日目あたりで金澤さんと色々アドバイスをしてあげると、すぐにそれを自分なりに消化し、更にその上を目指してくるところなど天才っぷりを遺憾なく発揮してました。



三日間、埼玉のステーキハウスでの仕事があり、そのときの大我は一日で1圓離好董璽をたいらげるという快挙(笑)なにせ本番前に300,休憩時間に200.終わってから200くらいの勢いで食べるのだから脅威です(笑)若いってすごいのね...あたしはせいぜい500がいいところでした(泣)でもそこのお店のステーキは全くもたれなくていくらでも食べられるので、胃腸もすこぶる快調でした。



このメンバーで、来月の宮崎でのジャズフェスティバルに出演します。渡辺貞夫バンド、日野皓正バンドなども出るというすごい顔ぶれのフェスで、僕らなりの個性を出してがんばってきます!!!



そしてそして、いよいよ明日・明後日の二日間、the MOSTの通算六枚目のアルバムのレコーディングを行います!!!ひゅーひゅーぱちぱち!!!!!前作から二年、満を持してのレコーディング、気合い入ってます!新曲も数多く出そろい、僕自身今からわくわくしてます。発売は9/26の予定。発売当日に、目黒BLUESALLEYで発売記念ライブ行いますのでそちらもぜひよろしくお願いします!!!!!



さあ、気合い入れていくぜいっっっっっ!!!!!!!!!!
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