2006年03月26日

ケネス・アーノルド事件

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  ケネス・アーノルド事件

 UFOは戦前にも多く目撃されていたが、一般の人たちが未確認飛行物体というものを認識するようになったのは、この事件がきっかけであると言われている。


 1947年6月24日、実業家でベテランパイロットのケネス・アーノルドは、アイダホ州捜索救助隊のボランティアとして、自家用機でワシントン州カスケード山脈のレイニア山を捜索中、前方に9機の飛行物体が日の光を反射させながら編隊を組んで飛んでいたのを目撃。それらの時速は約2000キロくらいであったという。


 飛行物体群のあまりに速い移動速度を目の当たりにしたアーノルドは、給油のためによったヤキマ航空の飛行管制局に報告。この時アーノルドは、この飛行物体を旧ソ連の秘密兵器なのではないか思っていたという。


 アーノルドがオレゴン州の空港に着陸すると、たちどころに広まったこのニュースを聞きつけた記者達が大勢待っていた。そこでUFOの様子を記者達に質問されたアーノルドの答えは、歴史的な誤解を生んでしまったのである。


 アーノルドによると、その飛行物体は「コーヒーカップの受け皿を水切り遊びをするように、水面へ投げたときのような飛び方」をしていたという。この答えをよく聞いていなかったのか、新聞記者たちは「コーヒーカップの受け皿」のような形状をした物体が飛んでいたと勘違いして、この物体を「Flying Saucer(空飛ぶ円盤)」と命名して大々的に報じてしまったのである。


 この事件はアメリカ全土に大反響を与え、その年には、その後122件もの「空飛ぶ円盤」の目撃報告が空軍に寄せられたという。それ以前にいわゆる「円盤」型の物体が目撃されたという記録はほとんどないことから、円盤型のUFOの目撃はこの年から始まったと言えなくもない。


 言い方を変えれば、アーノルドを取材した新聞記者たちの勘違いから、円盤型と言われるUFOが「生まれた」ということもできる。要するに、この事件後、目撃されたといわれる「円盤型」のUFOの信憑性があやしまれるということにもなるのである。


 もちろん、アーノルドが見た物体自体も、それが何であったのかはハッキリせず、一説には鳥の群れの見間違いではなかったのかと言われている。いずれにせよ、世界のUFO目撃事件の夜明けとも言われるこの事件に、新聞記者の大きな誤解が伴ってしまっているという時点で、UFOというジャンルのいかがわしさが象徴されてしまっているようにも思えてしまうのである。


 ちなみに、UFO(未確認飛行物体)という名称は、1952年からアメリカ空軍が使い始めたもので、それまでは、このFlying Saucer(空飛ぶ円盤)という名称が(1947年から)一般に使われていたのである。
 
     



Posted by tadashi2 at 18:29│Comments(0)TrackBack(0) UFO事件 

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