浸透する日々

適度な笑いと、感動と、口ずさめる歌を携えて、今日も元気に生きてます。

約1年ぶりの更新です。

この1年を振り返り、心情的には別段変わったことはないんですけど、お住まいが最近変わりまして、今回のお引越しを機に、家具も思い切って結構変えました。

あと、ビリヤードを始めました。全然興味なかったんですけど、激しく勧誘されて。。

最初のうちは、あんまりやる気なかったんですけど、近頃は、ほぼ毎日ビリヤードを練習してます。
私が通っている玉屋のマスターが物凄くいい人で。

最近は、仕事でもプライベートでも、主に対人関係で辛いことが多いんですけど、玉屋に行ってマスターとお話するのが唯一の息抜きです。既婚男性は、警戒しなくてよいですから、なんか楽ですよね。変な風に勘違いされることもないですし。

で、ビリヤードを始めたことで、私を取り巻く環境というか、私の周りにいる人の顔ぶれが大きく変わったようにも思うんだけど、この1年を振り返り、ひとつ変わってないことは、あの頃も今も、私はどうしようもない片思いをしているってことですかね。

日常的に顔を合わせる人ではないし、相手の方から全然相手にされてないんだろうなってこともよくわかってて、それは1年前も現在も少しも変わってないことです。

もしかしたら、今年はもう会えないんじゃないかとすら思うんですが、会ったところでどうしようもなさが募っていくだけなので、会えなくても、それはそれで、まぁいいや。。とも思ってて、思ったまま、また1年2年と時間が流れていくのかもしれません。

そう言えば、私は『顔が好き』って考え方って、物凄く表面的なことで他人を判断してるなぁ、と思ってて、あんまり好きではなかったのですが、ちょっと最近考え方が変わってきまして、その人の顔が好きっていうことも、それはそれで素敵なことなんじゃないかと思うようになりました。

でも、会わないと、その人の顔って忘れちゃうものですよね。
そして、顔を思い出せなくても、好きな気持ちに変わりは無いものなんだと思います。

少なくとも、私はそうです。

そんな感じで、1年ぶりの更新のわりにはとりとめのなさすぎる投稿ですみません。

おわりおわり。



 

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ドイツ製の35色入り色鉛筆を買って、気合い入れて描いてみた、最近のイラスト達。

イラストは、漫画を描くのと比べると楽でいいですね。

悩まなくていいもんね。


先月から、高円寺にある漫画家養成スクールに通い始めました。

本当に、軽い気持ちで。

子供の頃から絵を描くのは好きで、チラシの裏によく漫画を描いたりしていたけれど、特に憧れている作家さんがいるわけでもないし、そもそも漫画自体がそれほど好きなのかと言うと、そういうわけでもない気がします。

でも、なんかね、私はとっても嘘つきな人間なので、日常生活の中で本音なんて一粒も出さずに生きているので、なにかこう、自分の気持ちに正直になれる場所が欲しかったのかもしれませんし、誰にも迷惑かけず、誰のことも傷付けない方法で、自分の生な感情を表現できる手段が欲しかったのかもしれません。

それが、今はたまたま漫画だったのかな???

まぁでも、つまるところ、好奇心ですね。好奇心だけで、入会を決めた感じです。

絵を描くのは、大好きですし、多分得意です。
絵だけじゃないんだけど、例えば歌うこととか楽器を奏でることとか、緻密な計算や計画性を別段必要としない分野って言うのかな?
なんか、感覚だけでできること。そういうのが、自分にはすごく合ってるんです。

なんか、フィーリングだけで生きてるんですよね。
そんな自分は、同世代の中では明らかに浮いているし、わけもわからず友達からよく心配されたり説教されたりもするんですね。

そういう自分の浮世離れしたところを、なんか変人ぽいなって軽く悩んだりもしていたんだけど。。。

漫画の学校へ行くと、私なんかは没個性の代表選手というくらい、ハイレベルな変人達がたくさんいるんですよ。
もう、脳みその柔らかさが全然違うんでしょうね。

発想が、なんかおかしい。これ、褒めてるんですよ。羨ましいくらいのもので。

天才ってこういうもんなんだろうなって凄く思いましたもん。

なんかみんな、漫画が大好きだし、ある程度絵柄や作風、行きたい商業誌なんかも決まっている中で、なんとなく私だけが、場違いなくらいに漫画との距離が遠い気がして、自分はそもそも何故ここへ来たのだろう。。。と自信をなくしたりもしていたのですが、学校の課題をこなしていく中で、自分が描きたいものがなんなのかが少しずつ見えてきた気がします。



私は、ひたすら切ない話が描きたいんだ。


漫画の世界は虚構だけれど、私は、漫画の中では出来るだけ正直でありたいと思うんです。
それは、私自身が嘘つきな人間だから。

だから、特別なことはなにひとつない、ごくごく普通の人達の、ありふれた日常の中で起こる感情の機微を、出来るだけ丁寧に、かつ繊細に描いていきたい。

とにかく、これから関わるであろう全作品のテーマは、「切なさを描く」。。これで行こうと思います。

私は、切ないものが好きなんです。

打てば響くような大きなインパクトは狙いません。
誰が描いたのか、作品のタイトルすら思い出せないくらいの、でも、ほんのりと残るような。。

そうですね。B級日本映画が持つ魅力のような。。テレビ番組ではなく深夜ラジオの持つおもしろさとか。。。

そういう作品を作れる人になりたいです。

漫画なんて、所詮は暇つぶしのツールのひとつに過ぎません。
読んでくれる方に、素敵なブレイクタイムをプレゼントできるような、そういう物が作りたいのかもしれない。。。

って、朧げながら思い始めてきたところ。

あと、作品の中で、答えを断定したくない。
読み手の価値観や経験則で、印象がそれぞれに変わるような、余白部分は必ず残したいです。

それは、答えを見つけるとか、何かを乗り越える的な、ポジティブなものを良しとする風潮が、私はあまり好きではないからかもしれません。

答えが見つからない、、乗り越えられない悲しみ、、そういうものをなんとかしなきゃって果敢に挑んでいくのは、多分若さゆえの発想だと思うんです。きっと、私もそうだった。

けど、見つからない答えも、乗り越えられない悲しみも、そのままにしておく。受け容れる程の器もなくて、きっと辛いんだけど、そういうどうにもならない思いと折り合いをつけてやっていく。やっていかなきゃならない。そういうギリギリの切なさを、人は年齢を重ねる度ごとに覚えていくと言うか、そこ避けて通れないと思うんです。

たまに、そういうの全部すっ飛ばして幸せそうにしている大人もいますけど、それはそれで、多分いつか自分の浅さみたいなものと向き合わなければならない時が来ると思うんです。

だから、偉そうにこれが答えだ!!って断定したくないんです。
答えは、読む人が勝手に感じてくれたらいい。

人生のほろ苦い部分もちょっと知ってる、私と同世代の大人な人に共感してもらえる作家になりたいです。

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