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稀勢の里の変身

今年に入り、稀勢の里は初優勝、横綱初優勝、
連続優勝と達成してきた。これまでは、優勝
に手が届きそうで届かず、逃してきた、ある
いはここ一番に勝てない、といった昨年(平
成28年)までの相撲を一掃し、様変わりして
きた。今後目指すとしたら先代師匠の横綱
隆の里が成し遂げている全勝優勝である。
170326千秋楽パレード 015
<三月場所逆転優勝した稀勢の里 旗手高安>
 
相撲の型の点に関してはどうか。北の湖が
横綱になったとき、玉錦のように出足を生か
した寄り相撲がいいか。双葉山のように安定
感のある相撲がいいか。若くして横綱になっ
ただけに、その未来はあらゆる可能性を秘め
ていた。結局北の湖は体をぶつけるような
立ち合いと出足をいかした相撲を取っていく
ことになった。

稀勢の里は左四つだが、上手を取るのが早い
わけではない。腕(かいな)を返して相手に
上手を与えない相撲が目立つわけでもない。
ひたすら相手に圧力をかける相撲である。
場合によっては、突き押しで圧倒してしまう
相撲である。かつて、四つから突き押し、
さらに四つ身で圧倒して白鵬の連勝を63で
ストップしたことがある。
161122十日目幕内 487
<H28年十一月 稀勢、白鵬を寄り切る>
 
稀勢の里の相撲にスキはないか。昨年(平成
28年)松鳳山が立ち合いの変化からの突き
落とし、栃ノ心が立ち合い変化からの攻めで
勝ったことがあった。しかし、両力士とも
曲者ではない。思いおこせば、横綱朝青龍が
稀勢の里にけたぐりで勝ったことがある。
奇襲はめったにないが、稀勢の里は油断しな
いことである。
160722十三日目幕内 727
<H28年七月 稀勢の里、日馬富士に敗れる>
 
稀勢の里はここ1年で白鵬に3勝1敗と勝ち
越している。その反面、日馬富士に2勝3敗、
鶴竜に1勝3敗と負け越している。稀勢の里
は、鶴竜は最も取り易い横綱である。しかし、
日馬富士のスピード、集中力にたびたび負け
ている。日馬富士対策が不可欠である。その
ため、稀勢の里のさらなる変身が求められる。


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小兵力士の戦法

相撲を面白くする要素に小兵の存在がある。
現代なら宇良、石浦、里山、照強などである。
今は特に重量級が勢ぞろいしているだけに、
小兵の生きる道はひときわ厳しいといえる。
135キロの横綱日馬富士さえ小さい部類に
はいってしまうほどである。北の富士、玉の
海の両横綱が130キロ台だった頃から考えれ
ば、隔世の感がある。
170312初日十両 638170312初日十両 531
<宇良>            <石浦>
 
その間の小兵といえば貴ノ花、旭国、鷲羽山、
北瀬海、寺尾、舞の海、智の花などが思い
浮かぶ。昭和51年の三月場所は、殊勲北瀬海、
敢闘鷲羽山、技能旭国とちびっ子トリオが
大活躍した場所であった。貴ノ花と旭国は
大関にまで昇進した。

小兵といえば、横綱にまでなった栃錦がいる。
栃錦が入幕したのは昭和22年夏場所である。
177センチ、77キロだった。大相撲は、体重
制がないが、全員ヘビー級である。ところが
栃錦はヘビー級どころではない。2階級下の
ライトヘビー級である。
栃錦!
<栃錦のブロマイド>
 
その栃錦は小兵の取るべき相撲をこう指摘
している。
1.動くこと。動きの中で勝機をみつける
こと。
2、組まれてもつかまれても離れること。

1については当時栃錦には無駄な動きがある、
と論評された。これは酷評であった。栃錦
としてはとにかく動かない限り、勝利につな
がらなかったのである。2については、今の
人は組まれたら離れられないと思いがちで
ある。そうではない。栃錦は上手出し投げ、
二枚蹴りを駆使して離れた。「今の力士は
研究が足りない」と栃錦はかつて言っていた。
栃錦!!!
<栃錦のブロマイド>
 
また横綱東富士には3度まともにぶつかって
3連敗した。東富士に栃錦はまともにくるな
と思わせて、4度目はけたぐりで勝った。
布石をうっておいての勝利だった。「1度
横綱に勝つと、お客さんは次の対戦から注目
してくれます」と語っている。
旭国
<旭国の記事>
 
「私はマムシ、若乃花(初代)は鬼と呼ばれ
ました。旭国はピラニアと呼ばれていますが、
小兵力士にこういうニックネームがつけば、
しめたものです」と元栃錦の春日野が挨拶
したことがあった。現代の小兵力士でニック
ネームがつく力士は誰になるのだろうか。


4月もあと1週間でおしまい(早い)。
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 横綱の休場あけ優勝

白鵬が優勝に苦しんでいる。三月場所は新横
綱稀勢の里に立ちふさがるかと思われたが、
予想に反して途中休場してしまった。白鵬は
元々横綱休場の少ない力士だった。横綱連続
皆勤48場所の最高記録をもつ。続くのが北の
湖の42場所である。白鵬は横綱になって3場
所しか休場がないから少ないといえるが、
すべて30歳をすぎてからである。ここへきて
5場所連続優勝がなく、そのうち2場所は
休場によるものである。五月場所は休場あけ
になる。白鵬ははたして優勝できるのか。
170315四日目幕内 1021
<三月場所 勢に敗れ休場した白鵬>
 
ほかの横綱は休場あけでどのくらい優勝して
いるのか調べてみた。それが以下である。
横綱休場あけの優勝1A
横綱休場あけの優勝2A
太刀山から栃木山までは時事新報社が幕内
最高成績者の優勝額を国技館に掲げるために
制定された優勝である。栃木山は休場の少な
い横綱だが、休場あけからの優勝が1度ある。
3連覇して取り盛りのうちに引退してしまっ
た。相撲に対してひたむきで一途な人であっ
たという。

協会が引き分け、預かり、不戦の制度を整備
しつつ優勝を設定したのが、大正15年からで
ある。休場あけで6度も優勝したのが大鵬で
ある。若くして横綱になり、長期在位のなか
とはいえ、驚異的である。特に左肘や多くの
故障から、5場所連続休場のあと3連覇、
45連勝している。大鵬が不死鳥とも呼ばれた
要因もここにある。
t大鵬W2
<不死鳥大鵬>
 
大鵬の32回優勝に迫った千代の富士も6回
休場あけに優勝している。なにしろ新横綱の
場所で途中休場してしまったほどである。
千代の富士は横綱の寿命が長かったため、
6回に及んだ。ただしその間連続休場はない。
昭和61年から晩年までの5年間休場あけ優勝
が続いた点は大鵬と類似している。
千代
<ウルフ千代の富士>

北勝海は腰痛に苦しんでいた。その結果3場
所連続全休する事態に陥った。平成にはいり、
再起をかけた一月場所で旭富士との優勝決定
戦を制し、平成初の優勝に輝いた。朝青龍も
休場あけ優勝が目立つ横綱だった。しかし、
悲痛を感じさせることがなかったのは、性格
によるものか。お騒がせ面が表に出すぎた
せいか。引退も突然だった。
090927千秋楽幕内 1730
<お騒がせ横綱朝青龍>
 
白鵬は未知の領域である休場あけ優勝ができ
るのか。再び稀勢の里の前に立ちふさがる
ことができるのか。先人に学んでいただき
たい。

GWが近いので郵便局の利用は早めにを
目指しています。
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照ノ富士の全盛期

三月場所優勝同点に終わったが、久々に積極
的で元気あふれる相撲を取った照ノ富士。
照ノ富士がいたからこそ、稀勢の里の逆転
優勝が感動を呼んだともいえる。三月場所は
照ノ富士にとって実はカド番であった。それ
も4度目のカド番であった。昨年(平成28年)
の一月場所から一場所おきにカド番という
要領のよさであった。以下がその詳細である。
平成28年
一月場所 3勝3敗9休
三月場所 8勝7敗
五月場所 2勝13敗
七月場所 8勝7敗
九月場所 4勝11敗
十一月場所8勝7敗
平成29年
一月場所 4勝11敗
これを見る限り、とても大関の実力とはいえ
ない、ということが明々白々である。
110512五日目幕下以下 255
<若三勝の名で一番出世 当時2代目
若乃花の間垣部屋所属>
 
照ノ富士はスピード出世の力士だった。平成
23年の技量審査場所で一番出世した。序ノ口
デビューから2年1場所かかって十両入りし
た。十両は3場所で通過している。優勝が
1回ある。そして入幕8場所を要して、9場
所目で大関に昇進しているのである。白鵬が
入幕12場所を要して13場所目に大関に昇進
しているのと比較すると、照ノ富士がいかに
早いかわかる。

それでは照ノ富士の全盛期はいつか。それは
大関にあがる直前2場所の関脇時代から大関
に昇進した直後の2場所である。成績は以下
である。
平成27年
三月場所 関脇13勝2敗
五月場所 関脇12勝3敗優勝
七月場所 大関11勝4敗
九月場所 大関12勝3敗優勝同点
150320十三日目幕内 1029
<H27年三月 横綱白鵬を寄り切る>
 
このころの照ノ富士は勢いがあり、伸び盛り
であり、何より23歳と若かった。ほかの横綱・
大関が30代及び30代へと突入せんとしている
のと比較すると、まさに期待される若手で
あった。横綱がねらえる大関であった。しか
し、その後ケガの影響があって照ノ富士に影
を落とし、精彩を欠く相撲が続いた。

三月場所の13勝2敗をもって復活といって
いいのか。照ノ富士にとって今回の13勝2敗
が新たな全盛期のスタートとなるのか。現
段階では、まだ微妙としかいえない。五月
場所の照ノ富士を見守るしかないと思う。
150527照ノ富士大関 082
<H27年五月場所後 大関昇進の日の
照ノ富士>

年2場所時代のファンは夏場所後から7カ月
どのように過ごしてたのでしょう。
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 問題点を探る 大相撲チケット販売のあり方

大相撲は好況が続いている。というより異常
とも思える過熱ぶりである。協会員にとって
は喜ばしい限りだが、ファンにとっては悪戦
苦闘することが多い。悪戦苦闘をこえてギブ
アップするしかないケースも出ている。

特にアナログでしか購入できない方は、八方
ふさがりである。唯一利用できるのはプレイ
ガイドだが、並ぶことが予想される。土日が
2分でなくなる場合、到底間に合わないこと
になる。それだけではない。今プレイガイド
は10時営業が減っていく傾向にある。営業
開始が10時半、11時では間に合わない。閉店
する店舗さえある。
チケットチケットA
また、パソコンができても、家にない場合は
コンビニ発券機で必要なPコード、Rコード
を調べられない。会社は今、誰が何をパソ
コンでみたか判明する仕組みになっている。
スマホがあれば別だが、筆者の相撲仲間には
携帯電話そのものをもたない方が2人もいる。
となるとパソコンが使用できる施設まで調べ
にいくしかなくなる。容易なことではない。
ワード検索では後手を踏むことになる。

Pコード、Rコードが判明してもコンビニの
発券機の操作がままならない方がいる。でき
る方が操作しても、つながらないケースが
出てくる。そのうちに、希望にそえません
という趣旨が表示されることは、珍しくは
ない。コンビニとてどう転ぶかわからないの
が現状である。
チケットチケットB
また、転売目的の購入者が多々いる。ある
チケットサイトは購入者からの手数料を廃止
し、すべて販売者側が手数料を払う仕組みに
変えた。販売者側は当然手数料倍増となる。
そうなるとイタチごっこで、販売者側は手数
料を上のせしてくるだけである。実際、土日
は定価の倍額以上がけっこう目立っている。

チケットの販売はどうあるのがいいのか。
協会は1度ファンの声を直接聞くなり、アン
ケートを取るなりして改善をはかる姿勢が
必要である。


ある力士、行司にA4サイズの写真を送り
ました。
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スーパー力士大鵬

将棋界は、中学生プロ棋士藤井聡太四段の
誕生・活躍が話題になっている。頭脳を駆使
し、幼少の頃から取り組めばありうることで
ある。といってもこれまで4例しかいないの
だから、偉業には違いない。相撲は体作り、
稽古の積み重ねが必要だから、こうはいか
ない。それでも、大相撲にスーパー力士と
思われる者が一人いる。大鵬である。

大鵬の四股名は十両昇進とともにつけられた。
若くて強い大鵬は十両時代から人気があった。
なお、当時の十両は20枚くらいあった。昭和
35年一月場所、新入幕の大鵬は初日から連戦
連勝。ついに連勝は11にまできた。人気は
さらに爆発し、がぜん注目が高まった。
大鵬柏戸
<英雄大鵬>
 
ここでストップ役として対戦が組まれた
のが、若手の実力者小結柏戸である。この
一番は両力士力の限りをつくしたが、柏戸
の力が上回り、下手出し投げで勝った。この
当時の大鵬は細かった。大活躍の大鵬は
12勝3敗で敢闘賞を受賞した。

大鵬の人気は凄まじく、様々な特集が雑誌に
組まれた。世の中は大鵬ブームであった。
相撲評論家の彦山光三氏は朝潮にサジを投げ、
次は大鵬だと期待を寄せた。大鵬はとてつも
なく期待される逸材だった。
大 鵬
<王者 大鵬>
 
そしてこの後超スピードで出世していく。
入幕した昭和35年の十一月場所、2敗で朝潮、
若羽黒、大鵬、栃ノ海が併走する展開だった。
そのなかから関脇大鵬が抜け出し、13勝2敗
で堂々の初優勝を達成し、大関昇進を決定的
にした。20歳6ヶ月という若さであった。

大鵬の素質から横綱は時間の問題であった。
なお、入幕した年から引退する年まですべて
優勝しているのは、大鵬一人である。阪神の
村山投手は、英雄の条件を次のように述べて
いる。「ファンが期待したとき、その通りの
結果をだせる者」まさに大鵬は英雄であり、
スーパー力士であった。


異口同音に聞くことは、稀勢の里は五月
場所出場できるのだろうか。出場しても
最後まで取れるのだろうか、ということ
です。
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玉鷲32歳からの急成長

玉鷲といえばこれまで目立つ存在ではなかっ
た。十両には5度転落している。つい最近
まで三賞とは無縁であった。横綱・大関
にはもしかしたらという恐さを与えられる
ような相撲ではなかった。このままではイン
パクトの薄い力士に終わっても不思議はなか
った。
080914初日幕内 003
<新入幕の玉鷲>
 
そういう印象だから、昨年(平成28年)の
十一月場所の初日に次のように書いている。

一番取りいい相手と思える玉鷲相手に、まさ
かの内容であっけなく敗れたのが日馬富士で
ある。玉鷲の突き落としにくずれ、そのまま
向こう正面に押しだされた。日馬富士に取り
こぼしはつきものだが、まさかの相手であっ
た。
161113初日幕内 818
<H28年十一月 横地な日馬富士を倒す玉鷲>
 
今までの延長で玉鷲を見ていたのでこうした
記述になってしまった。しかし、玉鷲の相撲
が変わったのは、この場所からであった。
威力のある突き押し相撲が開花したのである。
それが初日から横綱日馬富士を倒す結果に
つながったのである。この場所は突き押し
相撲がさえ、3大関を倒して10勝5敗の好成
績。初めて横綱・大関全員と対戦して勝ち
越した。そして初三賞となる技能賞を獲得
した。玉鷲このとき32歳。新入幕から49場所
目のことであった。
161127千秋楽表彰B 221
<平成28年十一月場所 玉鷲技能賞を受賞>
 
相撲が変わった例に琴桜がいる。琴桜は柔道
出身ということで投げ技が多かった。昭和39
年一月場所新小結で横綱柏戸と対戦して骨折、
全治3ヶ月という重症で十両まで落ちた。
災い転じて福と成す。琴桜はこれを境に立ち
合いぶちかます相撲。左のど輪右おっつけの
相撲に変わった。この相撲で大関・横綱に
昇進した。

千代の富士が投げ技中心から、前褌を取って
出る相撲に切り変えて、大横綱になったエピ
ソードは、あまりにも有名である。
170117十日目幕内 936
<H29年一月 鶴竜を圧倒する玉鷲>
 
琴桜にしても千代の富士にしても20代のころ
である。玉鷲は32歳である。ここに玉鷲特有
の驚異的変化がある。玉鷲の快進撃は続く。
横綱・大関に一歩間違えたらやられると思わ
せた。今年の一月場所、三月場所を関脇で
勝ち越した。3場所連続三役での勝ち越しで、
もはや完全に実力者として存在価値を示した。

五月場所、再び旋風をおこす可能性は大いに
ある。

五月場所は相撲仲間との観戦が多くなりそう。
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 高安の上位戦を分析する

先場所12勝をあげて大活躍した高安。五月
場所はいよいよ大関昇進をかける場所になる。
それだけ高安が焦点になる。実は、幕内は
2つある。横綱・大関全員と対戦(あるいは
1番少ない準対戦)するクラスとそうでない
クラスの2つである。高安はこれまで上位戦
でどのように戦ってきたのか。あらためて
ふり返ってみよう(なお、横綱・大関との
部分対戦は含まない)。
高安A
高安が入幕したのは平成23年七月場所である。
21歳と幕内で最も若かった。同じ場所に新入
幕をはたした力士に宝富士、大道、富士東が
いる。初の上位戦は入幕4場所目の平成24年
一月場所にめぐってきた。横綱白鵬、大関
琴奨菊・琴欧洲・日馬富士には勝てなかった
が、6勝9敗とまずまずの成績をおさめた。
110710名古屋初日下十両 1018
<新入幕の高安>
 
上位で初めて勝ち越したのは、入幕13場所目
の平成25年七月場所である。この場所は横綱
日馬富士、大関鶴竜・琴欧洲を倒して9勝
6敗の成績をあげ、殊勲賞を受賞した。この
成績によって翌場所は小結に昇進した。だが、
再び上位で勝ち越すには、時間が必要だった。
130709三日目幕内 1036
<H25年七月 横綱春馬づ時を倒す>
 
2度目の上位勝ち越しは、最初の上位勝ち
越しから8場所目の平成26年十一月場所で
ある。この場所初めて白鵬に勝った。しかも
白鵬はこの場所の優勝者であった。ほかに
横綱日馬富士、大関豪栄道を倒して10勝5敗
と2ケタ勝利をあげ、殊勲賞を受賞した。
しかし、これも単発で終わってしまった。
この当時、高安に大関候補という見方は
なかった、 
141114六日目幕内 1809
<H26年十一月 高安、絶対王者白鵬から金星>
 
連続上位での勝ち越しが実現したのはつい
最近なのである。昨年の七月場所、九月場所
である。このとき11勝、10勝の2ケタ成績を
あげ、十一月場所は豪栄道の横綱とともに
大関昇進か、と話題を集めた。このあたり
(昨年の七月場所以降)から大関には強く、
12勝2敗の好成績をおさめている。横綱戦
も5勝8敗である。
170326千秋楽幕内・表彰 400
<先場所 玉鷲から貴重な12勝目をあげた高安>
 
21歳で入幕した高安は27歳になった。横綱を
視野にいれたら、いつまでも時間はない。
前回は7勝8敗でチャンスを逃しているだけ
に、五月場所こそ大関を決めたいところで
ある。

連絡が途絶えていた相撲仲間と連絡が
取れました。
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差がついた御嶽海と正代

三月場所、御嶽海は横綱・大関全員と対戦
する小結で9勝6敗と勝ち越した。横綱戦は
1勝3敗(1勝は白鵬からの不戦勝)、大関
戦は1敗、関脇以下に8勝2敗であった。
一方正代は横綱・大関全員と対戦する小結で
4勝11敗と大敗した。横綱戦は1勝3敗、
大関戦は1勝1敗、関脇以下に2勝7敗で
あった。
150922十日目十両 252
<十両時代 正代が御嶽海に勝利>
 
御嶽海は横綱・大関全員と対戦する地位で
連続勝ち越しである。未知の領域に入った
といえる。御嶽海は幕下10枚目格でデビュー
した。幕下2場所、十両2場所(1場所優勝)
で入幕し、順調な出世であった。御嶽海の
躓きは入幕2場所目のインフルエンザによる
休場である。途中から再出場したが、いかに
も勢いがそがれた印象である。

御嶽海が横綱・大関全員と対戦したのは入幕
5場所目であった。これを遅いとみるか。
朝汐(前名長岡)は入幕3場所目であった。
武双山も入幕3場所目である。ただし、朝汐
(前名長岡)が横綱・大関全員と対戦する
地位で勝ち越したのは、入幕9場所目であっ
た。その点御嶽海は入幕8場所目である。
ただ、武双山は入幕3場所目の横綱・大関
全員と初対戦したときに勝ち越している。
それも5場所連続勝ち越しという驚異的な
強さを発揮している。
170317六日目幕内 599
<2場所連続上位で勝ち越した御嶽海>
 
御嶽海は横綱・大関全員との初対戦は負け
越している。2場所後の再チャレンジでも
負け越し、そこから11勝、9勝と連続勝ち
越したわけである。

正代は御嶽海の入幕2場所目に新入幕をはた
した。正代は前相撲から取るというスタート
であった。この点は宇良も同じである。横綱・
大関全員と対戦したのは、入幕3場所目で
ある。この点は御嶽海より早い。再チャレン
ジは2場所後であるが、ここでも負け越した。
その翌場所は横綱・大関との部分対戦だった。
3度目の挑戦となった今年の一月場所は、
惜しくも7勝8敗だった。そして三月場所は
大敗したわけである。
170314三日目幕内 676
<上位で勝ち越しが課題の正代>
 
つまり正代は横綱・大関全員と対戦して、
まだ勝ち越しがないのである。ここが御嶽海
との差になって表われている。正代は五月
場所、横綱・大関との対戦がない地位まで
番付を下げることが予想される。再び横綱・
大関全員と対戦する地位に戻ってきたときは、
5度目の挑戦になる。そこで勝ち越せるか
どうかで今後の正代のゆくすえがみえてくる。
170320九日目幕内 477
<三月場所 御嶽海が正代をくだす>

中国勢を撃破して優勝した卓球平野選手は
すごすぎるとしか言いようがありません。
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大相撲ポスター余話

五月場所でちょっとした変化があった。それ
は場所のポスターが稀勢の里の土俵入りで
あることだ。これまでは奇をてらったような
ポスターがメインでずっと続いていた。それ
だけに目に付いた。思い起こせば1年前も
稀勢の里のポスターだった。もっとも七月
場所のポスターは中日新聞社と共催のため、
中日新聞社の意向が働いているから別モノで
ある。この変化は一時的なものか、そうで
ないかは今後をみていかないとなんともいえ
ない。
五月kise
<五月場所の横綱稀勢の里デザインのポスター>
 
稀勢の里のポスターはもちろん新横綱として
東京初お目見えということである。では初登
場の大阪場所はどうだったかというと、稀勢
の里の稀の字もない。これはポスターの決定
と印刷の日程の関係のためであると考えら
れる。

大相撲は、PRが長い間なく、ポスターなど
ない時代が続いた。東富士氏はタクシーで
行き先を大相撲の体育館へとつげたら別の
体育館に連れて行かれたという。ポスターが
できたのは昭和42年ごろである。電車や駅
に貼られていた。
五月場所
<H28年五月場所の稀勢の里ポスター>
 
北の富士、玉の海が新横綱のとき、ポスター
は2人だけだった。休場していた大鵬はポス
ターからはずされていた。大鵬はポスターの
扱いに奮起して北の富士、玉の海をおさえて
31回目の優勝を達成した。

ポスターは看板の横綱が多いが、両国新国技
館で初興行のときには国技館がポスターだっ
た。朝青龍が巡業を休場してモンゴルでサッ
カーをして出場停止に追い込まれたことが
あった。このとき九月場所のポスターは
朝青龍だったが、急遽白鵬に変えたことが
あった。
2014年5月
<H26年五月場所のポスター>
 
今のような相撲人気では、稀勢の里のポスタ
ーを見かけるのは両国駅だけかもしれない。
以前はチケット前売りの前日、整理券配布の
ときポスターが配られていたが、今は整理券
自体が事実上なくなっている。それだけに
稀勢の里のポスターは貴重になるかもしれ
ない。
初場所
 <H29年一月場所のポスター>

連絡が途絶えた相撲仲間が気になります。
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栃錦・若乃花(初代)の出世街道

相撲史に類をみないほど拮抗した栃錦と若乃
花。それも、ともに小兵で(後年栃錦は体重
が増加した)ありながら、大型力士を相手に
して、時代を築いた。千代の富士が2人いる
ようなものだから相撲は面白かった。2人の
活躍はよく知られているところだが、出世
街道はどうであったか。まず、以下に目を
移していただきたい。
栃若表A
表を見るにあたり現代とは異なる点がある。
時代背景がまず違う。栃錦が前相撲を取った
のは昭和14年春場所であった。当時は年2場
所の時代であった。昭和14年春場所といえば、
双葉山の連勝が69でストップした場所である。

栃錦(大塚の四股名のときがあるが、ここで
は栃錦で統一)の表に新序がある。前相撲を
取った翌場所である。当時は前相撲で連勝
すると本中に進み、ここで2勝すると新序
出世という仕組みであった。今年の三月場所、
前相撲で2勝していない力士でも来場所は、
序ノ口である。栃錦の時代は今よりはるかに
厳しい制度であった。番付に名前が載るのに
時間がかかったり、載らないで終わったり
した者がいたほどである。
栃  錦
<栃錦のブロマイド>
 
栃錦は、幕下以下で負け越したのは序二段の
1度しかない。幕下で4勝4敗の五分の星が
2度あるだけである。師匠である元栃木山の
春日野は言う。「あれのえらいところは、
番付が上がれば上がっただけの相撲を取った
ということ。三段目へ上がったときは、無理
かなと思ったが、ちゃんと星を残す。幕下へ
上がれば上がったでなんとかやる。これが
あれの特徴です」

幕下以下を○15で十両入りした。現代ならば
○30以上が必要である。19歳3ヶ月であった。
ところが十両1場所を務めた後、なんと海軍
に身を寄せなければならなかった。兵役で
ある。2場所ほどのブランクで終戦を迎え、
十両に復帰した。復帰して2場所で入幕した。
昭和22年夏場所のことであった。

若乃花(時期によって「ノ」のときがあるが
ここでは乃で統一)の入門は、戦後の昭和
21年である。青森のりんご園が台風で壊滅的
打撃を受け、花田一家は北海道に身を寄せた。
長男の若乃花は一家を支える立場であった。
若乃花が相撲界にいくと一家の収入は減る。
それだけに若乃花は3年で関取という目標を
たてた。
若の花
<若乃花のブロマイド>
 
若乃花は序ノ口こそ2勝3敗と負け越したが、
翌場所序二段で5勝1敗の優勝。さらに三段
目でも6勝で優勝して幕下入りした。幕下
2場所目はどういうものか12日間相撲を取っ
た。千秋楽の相手は拓大相撲部出身の11勝の
吉井山であった。若乃花は吉井山の突っ張り
を受け止め、上手投げでぶん投げてしまった。
10勝2敗で、3年かからずに十両入りした。

十両は2場所で突破している。入幕は昭和
25年の春場所である。栃錦はそのとき小結で
あった。入幕までの出世街道は、若乃花の
ほうが早い。入門は栃錦の7年後だったが、
若乃花は栃錦との差を縮めてきていた。

幕下以下の若手の成長が楽しみです。
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大相撲冬の時代を支えた白鵬

このところ白鵬が弱くなった、衰えたという
話ばかり書いてきた。人間照る日があれば
曇る日もある。また「白鵬のかちあげ、ダメ
押し、懸賞金の取り方が嫌いという方」が
いるかもしれないが、人間には功罪がある。
ということで白鵬が、実は大変な功労者で
あることをここに記したい。
100725千秋楽表彰 049
<H22年七月場所 白鵬、優勝旗だけの表彰>
 
白鵬の功労、それは大相撲冬の時代を支えた
ことである。今日、数時間でチケットが完売
する大相撲人気からは考えられないが、大相
撲には人気が低迷していた時期があった。
日本人横綱がいない、日本人の優勝者がいな
いということもあるが、根本は、不祥事の
連続であった。
平成19年6月 新弟子暴行死事件
平成20年8、9月大麻事件
平成22年5月 野球賭博事件 
平成23年2月 八百長発覚事件

まあ、よくぞここまでというぐらい大相撲界
は、揺れに揺れた。事件に関った力士・関係
者の多くが相撲界を去っていった。平成23年
の八百長発覚事件では本場所が中止に追い
込まれたほどである。平成19年6月の新弟子
暴行死事件のあとの七月場所が白鵬の新横綱
としての場所であった。2年4場所、つまり
平成22年一月場所までは朝青龍と白鵬の2横
綱の時代であった。この間白鵬は16場所中
9回優勝している。
110522千秋楽幕内・表彰 1085
<平成23年技量審査場所
またも優勝旗だけの表彰>
 
平成22年三月場所から24年九月場所までの
15場所は白鵬の一人横綱時代である。この間
大相撲界を震撼させる野球賭博事件と八百長
発覚事件がおきた。そのため直後の場所は
優勝の表彰が優勝旗だけという寂しさであっ
た。白鵬は実にこれを2度味わっている。

つまり横綱白鵬は不祥事とともにあった時代
である。冬の時代は初日でも当日いい席が
けっこう買えたりした。平日は販売窓口で、
もっといい席があります、といわれたくらい
である。成人の日7000人で、空席が目立った
ことは痛烈に覚えている。今なら考えられ
ない時代である。
111127九州千秋楽表彰 463加工
<H23年十一月 白鵬の優勝パレード 旗手旭日松>
 
こうした状況で横綱不在、場所は乱戦混戦の
連続だったらどうなっていただろうか。白鵬
は一人横綱時代15場所中10回優勝している。
双葉山に続く、63連勝を成し遂げた。2度も
優勝旗だけという寂しい優勝表彰は後にも
先にも白鵬だけである。白鵬こそ、大相撲冬
の時代を支えてきたのは紛れもない事実であり、
その功績はとてつもなく大きい。

相撲好きが入院していたことがわかった。
健康であればこそ大相撲観戦ができること
を認識し直しました。
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高安大関近しで改めて考えたこと

三月場所は12勝と自己最高タイの成績を
あげ、大いに場所を盛り上げ、ファンを
わかせた高安。一月場所の11勝に続いての
好成績だけに五月場所は、大関昇進をかけた
場所になる。最近、「大関昇進は、3場所
通算33勝が目安」が一人歩きしている。数字
だけで決まるなら、審議の余地はなくなる。
また3場所だけだと一時的な勢いだけで大関
になることは十分考えられる。改めて考え
れば、年6場所の時代なら5場所は検討した
いところである。
170317六日目幕内 719
<三月場所 照ノ富士を撃破した高安>
 
15日制では、実際に3場所30勝未満で昇進
した例がある。初代若乃花、朝汐、北葉山、
北の富士である。3場所前負け越しているの
が、若羽黒、魁傑である。また栃光は、3場
所前横綱・大関との対戦はない。最近では、
さすがにこうしたケースは見られなくなった。
北葉 
<北葉山のブロマイド>
 
大相撲は消化試合がない優れたシステムで
ある。プロ野球では優勝できなければ2位も
最下位も一緒であるという。来シーズンは
同じスタートでペナントレースが始まるから
である。しかし、大相撲は成績によって番付
の地位が変わる。それだけに1勝でも多く
勝っておきたいところである。特に幕下以下
は7番しかないので、4勝と5勝、3勝と
2勝は大違いである。

ところが、これにあてはまらない地位がある。
大関である。大関においては、0勝から7勝、
8勝から11勝は同じ意味しかない。実は2場
所連続負け越さない限り、大関の地位を落ち
ないという制度が、大関を弱くしている。
「大関の法則」によって大関になったとたん
1ケタ勝利が目立つようになる。年6場所制
となって、大関で1場所平均10勝以上の勝率
の成績をあげた力士はいない。日馬富士、
鶴竜も大関に昇進したころは同様であった。
170116九日目幕内 996
<一月場所白鵬から勝利した高安>
 
高安が大関に昇進したら「大関の法則」に
あてはまってほしくない。兄弟子の稀勢の里
は、大関止まりなら唯一の1場所平均10勝
以上の勝率をあげた力士である。高安は大関
時代の稀勢の里を、いや横綱を目指して邁進
していただきたい。

五月場所のチケットは〇日目が消えています。
日付のみです。
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ライバル差がつくとき 輪島・貴ノ花

貴ノ花が22歳年の離れた兄二子山(元初代若
乃花)に入門したのは、昭和40年であった。
兄二子山(元初代若乃花)は最初入門に反対
した。実の弟若緑で失敗していたし、何より
水泳で中学記録を出していたから、将来オリ
ンピックを目指せる逸材であった。なお貴ノ
花が「水泳では飯がくえない」と言ったと
いうのは伝説であるようだ。結局母の説得で
入門は許されたが、兄弟ではなくあくまで
師匠と弟子の関係として接することになった。
輪島
<ザンバラ時代の輪島>

2年連続学生横綱を引き下げて、輪島が初
土俵を踏んだのは、昭和45年一月場所であっ
た。学生相撲は普通初土俵を踏むのは卒業の
三月場所であるのだが、このあたりが普通を
普通と思わない輪島らしいところである。
このとき貴ノ花は幕内の前頭9枚目であった。

貴ノ花と輪島の差は大きくまだライバル関係
ではなかった。むしろ押しの一手の大受が
貴ノ花とともに期待される若手であった。
輪島が入幕したのは、初土俵から1年後の
昭和46年一月場所であった。その間角界の
プリンス貴ノ花は小結・関脇に昇進し、横綱
大鵬を倒していた。

蔵前の星輪島が新小結に昇進したのは、入幕
した昭和46年の十一月場所であった。このと
き貴ノ花は関脇であった。この年の10月安定
した腰で取る相撲の玉の海が亡くなられた。
このことに関しては以下をクリックして参照
していただきたい。

昭和47年は誰が優勝するかわからない乱戦

場所となった。一月場所から七月場所まで
関脇以下の初優勝であった。そんななかで
十一月場所貴ノ花と輪島が同日大関に昇進
した。貴ノ花と輪島がライバル関係にあった
のはこの頃であった。元栃錦の春日野は輪島・
貴ノ花に対して「今は完全に互角」と言って
いた。
大関初代貴ノ花
<角界のプリンス貴ノ花>

新大関の場所、両力士は明暗を分けた。輪島
11勝、貴ノ花9勝であった。そしてこの成績
が今後の2人を暗示していた。この後輪島は
安定した相撲を取り、大関4場所で横綱に
昇進した。貴ノ花は1ケタ勝利が続き、大関
として満足いく成績があげられなくなった。
輪島は横綱で14回優勝した。貴ノ花は大関50
場所を務め、優勝は2回であった。大関昇進
後両力士の差は開いていったが、ただ人気の
点では輪島は貴ノ花に及ばなかった。

旧銀行名の通帳を復活する予定です。
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幕内外国人力士の年寄事情

現代の幕内力士で、外国人はすぐに全部あげ
られない程、進出は多くなっている。白鵬、
鶴竜、日馬富士、照ノ富士、玉鷲、蒼国来、
貴ノ岩、荒鷲、碧山、逸ノ城、千代翔馬、
魁聖、栃ノ心、旭秀鵬である。元幕内では
臥牙丸、大砂嵐、阿夢露、朝赤龍、翔天狼、
鏡桜と数え切れないほどの人数である。
170322十一日目十両 411
<魁聖>
 
しかしこのなかで協会に残って親方として
後進の指導をするとなるとごくごく限定され
てくる。日系3世の魁聖が平成26年の11月
日本国籍を取得した。これで魁聖は年寄と
して協会に残れる資格を得たことになる。

白鵬の内弟子の入門がよくニュースになる
ことがある。しかし、白鵬は今のままでは
協会に残れない、年寄になれない。日本国籍
ではないからである。内弟子は事実上内弟子
になっていない。
130823-24レセプ_初日前段階 036
<白鵬>
 
そもそも日本国籍でなければ年寄になれない、
というのは差別ではないかという見方がある。
外資系企業で働くには国籍の変更が必要で
ある、なんて言われたら確かに仰天する話で
ある。

白鵬の場合、外国籍のまま年寄になれれば、
という思いはあるのだろうが、その気配は
いまのところ協会にない。仮に白鵬が日本
国籍を取得したら、一代年寄は確実であろう。
白鵬はすでに32歳である。なんとも悩ましい
状態が続くことになる。
110928琴奨菊大関 268
<琴欧洲>
 
力士は自分が育つだけでは半人前。弟子を
りっぱに育ててこそ一人前と言う。これまで
日本国籍を取得して年寄になったのは、高見
山の東関、武蔵丸の武蔵川、琴欧洲の鳴戸、
旭天鵬の大島(今度友綱を継承)である。
一時的に協会に残ったのは小錦、曙、37歳の
若さで亡くなられた時天空である。
20120520千秋楽表彰 633
<旭天鵬>
 
日本国籍取得という壁によって、多くの外国
人力士は半人前のままで相撲人生を終えよう
としている。

朝からうっとおしい雨です。
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千秋楽 本割・優勝決定戦連勝しての優勝5

第7号は千代大海である。千代大海は当時
(平成11年一月場所)まだ関脇であった。
横綱3代目若乃花は横綱4場所目であった。
横綱としての優勝はまだなかった。千代大海
は7日目土佐ノ海、11日目安芸乃島に負けて
2敗で千秋楽の若乃花戦を迎えた。若乃花は
初日から快調に白星を重ねてきたが、13日目
に武双山に負けただけの1敗で千秋楽を迎え
た。

1差はあるが、千代大海のほうに勢いを感じ
ていたのを覚えている。本割では千代大海の
突き押しが若乃花に炸裂、しのぐ若乃花を
最後は力でねじ伏せてしまった。2敗となっ
て優勝決定戦へもつれ込んだ。攻める千代大
海をかわす若乃花。若乃花が左へ回り込み
ながら頭をおさえ、千代大海は1回転して
土俵下に落ちた。体勢がくずれ土俵を割る
若乃花。物言いがついてなんと取り直しと
なった。
06初 二日目 124
<千代大海>
 
取り直しの優勝決定戦は、左四つになった。
千代大海は出ながら左すくい投げで若乃花の
体勢を崩し、勢いが止まらないまま向正面に
もたれこむように寄り倒した。千代大海が
逆転で初優勝を飾った。この優勝で場所後
大関に昇進した。つっぱり少年が相撲界に
入門し、大関にまで上りつめた話は、エピ
ソードとしてメディアに紹介された。

第8号は大関栃東(子)である。平成14年
一月場所、栃東は新大関であった。千代大海
は大関18場所目であった。大関としてはまだ
優勝がなかった。初優勝から3年近くたって
いた。この場所、栃東、千代大海ともに初日
から9連勝と併走する。10日目千代大海が
海鵬に敗れたものの1敗で千秋楽を迎えた。
2回目の優勝のチャンスである。栃東は結局
11連勝したが、12日目13日目、琴光喜・魁皇に
連敗して2敗で千秋楽の千代大海戦を迎えた。
06初 二日目 123
<栃東>
 
本割は、千代大海がのど輪から突っ張って
攻め立てる。栃東はよくしのいで足が止まっ
た。それでも千代大海は突っ張りにでるが、
回転が鈍くなった。栃東ははず押しとおっつ
けで前に出て、まわり込む千代大海を押し
出した。2敗で並んだ優勝決定戦では、栃東
が変化に出て、突き落としで初優勝を達成し
た。あざやかな逆転優勝であった。千代大海
は無念ですと、涙ながらに語った。なお、
栃東は3回優勝しているが、最後の優勝以降
10年間日本出身の日本人優勝が出なかった。

(この項目終わり ご愛読誠にありがとう
ございました)

歯の検診日が近い。
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 宇良8番勝負

三月場所は稀勢の里の負傷をおしてのまさか
の逆転優勝のインパクトが強すぎた。もう一
つの話題新入幕の宇良がかすんだカタチだが、
どんな相撲を取るか本来ならもっと注目が
集まっても不思議ではない。奮闘宇良の勝利
の8番をふり返ってみよう。
ウラ1A
初日 佐田の海     
ウラ2A
4日目 大栄翔
ウラ3A
     6日目 石浦
ウラ4A
8日目 琴勇輝
ウラ5A
10日目 千代皇
ウラ6A
11日目 旭秀鵬
ウラ7A
     13日目 千代翔馬
ウラ8A
千秋楽 逸ノ城

宇良は一進一退を繰り返したが、最終的には
勝ち越した。新入幕では正攻法の相撲が目立
った。入幕2場所目は、相手も研究してくる。
2場所目の壁となるか、突破するか、五月
場所の宇良の戦いが気になる。

国技館の自由席は400枚(千秋楽は減)です。
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平成29年五月場所チケット事情

4月8日土曜10時、五月場所の前売りが始ま
った。大阪場所、負傷稀勢の里の本割・優勝
決定戦を連勝した感動シーンで、いっそう
人気は高まることが予想された。大阪場所は、
2時間十数分で15日間分のチケットが完売
した。大阪府立体育会館が7800人のキャパシ
ティに対し、両国国技館は1万以上の入場数
である。大阪のようにはいくまい。という
見方があった。だが、そんな見方を吹き飛ば
す現実が待っていた。

まず、土日のチケットが数分で完売した。
おそらく、土日を一人で複数枚購入するのは
かなり難しかったと思われる。知人2人は
14日目のみを購入しようとしたが、2人とも
全滅だった。また7日目、8日目の単独購入
もギブアップした方がいた。土日は想像以上
に購入が困難であった。
五月
<チケット案内>
 
平日は土日ほどではないが、大阪以上のスピ
ードであった。11時半ごろ両国国技館にでむ
いた。チケット情報を見ると15日間完売で
あった。12時からは国技館窓口での発売だが、
その前になくなっていたのである。今回、
整理券は前日の7時ではなく、当日200枚ほど
配布したとのことだが、ただの紙切れになった。

人気は確かにあるのだろうが、それだけでは
ない。大阪場所もそうだったが、ネットダフ
屋、にわかネットダフ屋が陰で暗躍している
のである。つまり大相撲ファンではなく、大
相撲をひと儲けの手段にしようという不心得
者がいるのである。
新聞
<読売新聞の記事>
 
これまで協会は、協会窓口を12時発売にした
り、2人マスを減らしたり、自由席通し券の
廃止と大相撲冬の時代を支えてきたファンを
片隅に追いやった。だが、本来やるべきは、
主催者権限によってネットの高値チケットの
掲載の削除であろう。読売新聞によると音楽
業界などではこうした高値チケットのネット
販売対策にのり出すという。

協会は、チケットが売れさえすればいい、では
あまりにも無策である。チケットの高価転売
商売禁止に取り組まない限り、大相撲は今後
もクイモノにされていく。


国技館でチケットを買えないお客さんを
見るのはつらかった。
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 千秋楽 本割・優勝決定戦連勝しての優勝4

第6号は曙である。曙と貴乃花は同期の桜だ。
2人は激しい出世争いをしてきた。初優勝は
貴乃花(当時貴花田)が先行し、2場所後
曙が追いかけるカタチで初優勝した。しかし、
大関、横綱への昇進は曙が先行し、貴乃花が
追いかけるカタチとなった。
曙
<曙>
 
このへんは2メートルを超え、体力的に恵ま
れていた点が大きい。曙が型にはいった突き
押しの破壊力は、相手を根こそぎもっていっ
た。しかし、将来は相撲のスケールから、
貴乃花がいずれ曙をリードすると見られて
いた。貴乃花が優勝回数で曙を抜いたのは、
平成7年の一月場所であった。

横綱曙が千秋楽に本割、優勝決定戦で連勝し
て優勝を飾ったのは平成9年五月場所だった。
ここまで貴乃花が16回優勝していた。これに
対し曙は8回であった。それも12場所優勝
から遠ざかっていた。
貴乃花
<貴乃花>
 
この場所横綱貴乃花は2日目玉春日に敗れた
ものの、その後連勝して13勝1敗で千秋楽を
迎えた。一方の曙は初日旭鷲山、6日目武双
山と序盤、中盤と躓いたが、以後白星を積み
重ねて12勝2敗で貴乃花戦を迎えた。

本割は強引に寄って出る貴乃花を曙が土俵際
で下投げを決めた 両者2敗で並ぶ。優勝
決定戦では曙が左四つから一気に出る。貴乃
花曙を振ろうとしたが、あびせ倒し。曙が
9回目の優勝を逆転で決めた。

テレサテンの曲は癒されます。
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 巡業での稽古のあり方

春巡業が始まって、巡業の様子が伝えられて
いる。負傷した稀勢の里は休場している。
負傷に関して新たな情報がはいると、短期間
に直ると考えるのは、楽観的すぎると思えて
くる。また、無理に出場しても、百戦錬磨
及び若手力士は今度間違いなく稀勢の里の
弱点をついてくる。稀勢の里は十分に直して、
戦える体をつくってから土俵復帰を果たして
いただきたいものだが、いかがだろうか。
170326千秋楽幕内・表彰 746
<負傷が痛々しい稀勢の里>
 
今巡業というと大合併で行われるのが当たり
前になっている。これで十分な稽古ができる
のかというと大いに疑問である。今の巡業は
稽古後、出し物や取組まである。巡業で取組
を見たい方はどれほどいるのだろうか。こん
な話を元力士に聞いたことがある。「巡業の
取組でケガして本場所を休むようなことが
あると、本末転倒になります」。つまり、
巡業の取組はケガをしない程度にやるもの
なのである。

古くは、巡業は一門中心で行われていた。
一門の中には当然ながら、看板力士がいない
こともあった。とにかく稽古をやらなければ、
間がもたない状態だった。昭和27年大ノ海は
自らスカウトした若ノ花らを連れて二所ノ関
(元佐賀ノ花)部屋から芝田山(後花籠)
部屋を独立させた。この当時若ノ花はすでに
小結を経験していた。
若乃花
<若乃花>
 
巡業も当時はいまのような大合併でなく、
花籠部屋などは単独で、いわゆる小相撲と
呼ばれる一部屋だけの巡業をやるしかなかっ
たのである。(中略)
この部屋の巡業を見にくるお客さんのお目当
ては、若乃花一人である。だから、若乃花は
土俵からおりるわけにいかない。入れ替わり
立ち替わり向かってくる若い連中を相手に、
若乃花はけいこをつけてやる。(中略)若乃
花のけいこは百番をくだることはない。最近
の横綱、大関が二十番もけいこすると記事に
なるなどというのとはケタが違う。(栃若
時代 小坂秀二著 光人社刊より)
栃若
<栃若時代 小坂秀二著 光人社刊>
 
昭和34年の専門誌でも数百人の力士が数週間
歩いたって稽古はできっこない。稽古ができ
ない巡業形態をとっている。巡業で稽古が
できないのだから、相撲が面白いわけがない。
稽古もしないで満足な相撲が取れるはずが
ない。という趣旨のことが書かれている。
巡業
<巡業のパンフレット> 
 
大合併でやるのならけいこが十二分にやれる
方法を打ち出す必要がある。北玉が横綱の
ころ、夏巡業を2班に分けたことがあった。
こうした工夫も必要である。

6時台に起きています。
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