あたたかな想いと、少しのせつなさ

愛の反対は憎しみではなく無関心

15号と19号に襲われた山

千葉に行ってきた。

台風15号に続けての19号の襲来で
10年かけて切り開き、色々建ててきた山は、
あちこちで木がなぎ倒されていた。

多くは根っこから土や岩ごと倒されており
(ちょっとした地すべり状態)
途中から折れた木を処理するより
慎重で高い技術が要求される状況。

夏に山開き10周年のイベントをやった
東屋も倒れた木が直撃し梁を折られていた。  

IMG_8074
屋根に向かって数本の木が倒れていた

IMG_8077
その中の一本が屋根を直撃し梁がおられた



山道を塞ぐように倒れている木の
撤去作業を昨日はやった。

ユンボは入らない山の斜面なので当然人力。

3、4本ほどの木が根っこごと倒れた
巨大な塊が山の中腹に横たわっている。

単純に木をチェーンソーで切断していくと
根っこの部分についている岩や土の部分との
重さのバランスが崩れて、巨大な木と岩の塊が
山の斜面を落下していく恐れがあった。

そのため、まず根っこが抱え込むように
一体化した岩や土の塊をツルハシや
ハンマー、スコップなどを使って
除去しいていく。

IMG_8079
根っこが土や岩を複雑に抱え込んでいた

2時間ほどの強烈な肉体作業の後、
木のバランスを見ながら慎重に切り始めた。

結局最後の1本を切り離せずに時間切れ。

IMG_8087
木の幹と根っこのバランスを見ながら慎重に切断していく

こうした現場が7、8箇所ある。

事故を起こさない慎重さと
強烈な肉体労働を伴う作業が当分続く…

自然災害は仕方ないこととはいえ
二回にわたる台風は、直接的な被害のみならず
被災した人たちの心も折りかねない。

また行くことになるだろう。






千葉がひどいことに

台風で千葉がひどいことになっている。

千葉の友人に何か物資でも運ぼうと連絡すると
「もう冷たいビールも手に入る」との返信。

もともとサバイバルスキルの高い人なので
さほど心配はしていなかった。

しかし停電が続いているので「冷たいビール」が
恋しかろうと思っていたのだが…


自治体レベルでも水や食料品は
集まってきているが、それの仕分けや
配布の手が足りていないという状況のようだ。

後片付けなどのボラも必要だろうから
そのうち行くことになるだろう。


しかし、
台風の進路があと50kmほど西だったら
東京が大変だったかもしれない。

そうなっていたらどうだったろう?

ある程度の水や食料など備蓄しているし
カセットコンロもあるので自炊もできる。
スマホの予備バッテリーも
ソーラーチャージャーもあるので
数日自力で持ちこたえたら
情報を得てなんとかなるように思う。

しかし、
今回のような猛暑にクーラーが使えないと
年寄りが大丈夫かどうかは心もとない。

千葉のお年寄りたちも持ちこたえてほしい…


東京直撃台風や首都直下型地震は
両親が旅立ってからにしてほしいものだ。








防災ボランティア

マンションの防災ボランティアになった。

まもなくくるであろう直下型地震に向けて
どう備えているか興味があったのと、
認知症の母が何度か近隣の方にお世話になっているので
そのお返しになればという思いと、
山仕事やらなんやら色々やっているスキルが
少しは役にたつかもというような動機。


うちのマンションは7棟からなる大規模マンションで
町内会とかには属さず、独自の防災組織として
区から認知されているという。

食料や水の備蓄はしていないが
マンホールの上に組み立てるトイレや
発電機、AED、担架など色々備蓄されている。

今度防災訓練があるので、実際にそれらを
組み立てたりする。

現場型の人(このニュアンスわかるかな?)が
いないように思うのだが、まあ中にはいるかもしれない。

芝居や映画やアウトドアの諸々やってると
なんとなくそのへんの感じがわかるのだ。

防災訓練でそのあたりがもっとわかるかな?


これまで2回の会合に出て思ったのは
「へー、こんなこともやってるんだ」という思いと、
「ええ? これじゃあ実際の時に機能しないだろう」という思い。

まあ、後者はおいおい改善していけばいいかと思うのだが
厄介なのは、会合をかきまわす方がいること。

一言居士とでもいうべき方がいるのだ。

社会でそれなりの地位についていたであろう方で
その時の(役に立たない)スキルや経験を
話さずにいられないのだ。

やれやれ…

まあ、そういう方がいると
効率的ではないものの、ある意味話は活発になる。

そう思うことにする。

さて、どうなるかな?




魔を振り払う

時々TAICHI-KIKAKUについて
なぜそれだけ長く続いているのかと聞かれる。

30年を越える活動は、順風満帆であったわけではなく、
何度も奇跡的な綱渡りを切り抜けてきた。
何故それができたのか?

それは忍び寄る魔、邪悪なものを近づけず、振り払い、
封じ込めてきたからだと言えるかもしれない。

邪悪なものは時に人の心の中に忍び込む。
慢心や驕り、気の緩み、怠け心、集中力の欠如などとして。
それをモリムラを中心にメンバー相互が戒め、
時には大激論を戦わせて払ってきたのだ。

邪悪なものを持つ人が外から近づいて来たこともある。
大概は中に入れず追い払うのだが、
時に侵入を許してしまったことがある。
それはその人自身が内包する魔に気がつかず、
にこやかにTAICHI-KIKAKUの中に入った後、
何かの拍子に邪悪なものを現したからだ。
もちろんそういう時でもそれを封じ込め、
被害を最小限度に抑えてきた。
それが出来たからこそ長く続けられたのだろう。



ある外部での活動で魔が近づいてきたことがある。
それは対応の仕方を間違えると、
その団体に多大な傷を与えかねないことだった。

その時もにこやかにその人は近づいてきた。
その人自身が確信を持ってしたことか、
内包した魔を無意識に現したことなのかは分からない。

確信犯だとしたら悪質、
無意識だとしたら表現者として未熟。

多分後者なのだと思うのだが、
それを判断する時間がなかった。
たとえ後者だとしても、無意識下にあるものは
何かのきっかけに突如表層に現れる。
そこに参加する人たちを傷つける可能性もある。
それだけは避けたかった。

僕はその団体の構成員ではなく、
ただの助っ人でしかないけれど、
強硬にその人物を排除する意見を言い続けた。
強い言葉も使った。
その団体に「魔を内包すること」の怖さ、
危機感が感じられなかったからだ。
結果的にその人は排除された。



無意識下の魔は僕の中にも存在する。
だからこそ、どうにかしてそれを封じ込めようと
七転八倒している。
そうしたことに無自覚な表現者は時に危険な存在となる。

わざと魔を利用する表現者もいる。
その方がインパクトが強いし手っ取り早いからだ。
しかし魔を利用し続けると、その人自身が蝕まれていく。
破滅への道を自ら選んでいるのだ。

TAICHI-KIKAKUの表現はその対極に位置する。

忍び寄る魔を振り払い続けていくことー
それはTAICHI-KIKAKUのみならず、
まっすぐ生きていくための王道だと思うのだ。





いつもと変わらない日常

世の中は10連休だそうである。

僕は別にいつもと変わりなく、
仕事をし、父母の世話をし、
サッカーをし、ジョギングをし、
音楽を聴き、料理を作り、
酒を少し飲んでいる。

で、元号が明日変わるそうだが
これも特に自分の生活に関係はない。



平成になるときは昭和天皇が亡くなったので
歌舞音曲の自粛ムードが世の中に蔓延した。

でも僕は新宿の小さな小屋で芝居を手伝っていた。

いつもと変わらない日常。



最近はバラカンビートをタイムフリーで
聴いては、気に入った曲をyoutubeやspotifyや
たまに図書館でCDを借りて聴いている。

で、この頃はレゲエやスカを聴くことが多かったのだが
今週はMomo wandel soumahというギニア出身の
ジャズと伝統音楽を混ぜたようなサックス奏者に
はまっている。

コルトレーンの演奏で有名な「Afro Blue」とか
かなり面白い。

「たまに図書館」というのは、はまるのが
この手のあまりメジャーではない音楽が多いので
図書館にはなかなか置いていないからだ。



世界には僕の知らないいい音楽が
山のようにあって、それを自分なりに
発掘していくのが楽しい。

ネット時代の小さな楽しみ。



楽しいといえば、BSに「駅ピアノ・空港ピアノ」
という番組があって、たまに観るのだが
これも楽しい。

駅(空港)に置いてあるピアノを
通りすがりの人が弾くだけの番組だが
音楽は技術だけではないことを
再認識させてくれる。

上手い下手ではなく、
どれだけ音を楽しんでいるか、
それが伝わってくる。

時には僕もiPadで鍵盤を弾いてみたりして…



いつもと変わりなく、
仕事をし、父母の世話をし、
サッカーをし、ジョギングをし、
音楽を聴き、料理を作り、
酒を少し飲む日常。

近い将来この生活も少し変わるだろうけれど
今はそんな日常を楽しんでいる。





「過去の自分からのヒント」

驚いたことに前回書いてから半年以上
経ってしまっていた。

そして、前回書いた芝居を作った女性は
その間にこの世界から旅立ってしまった。

彼女の病状を知っていたから
半年前の芝居はせつなく、強い記憶の
1ページを僕の心に残した…

時の流れは速く、こうしている瞬間も
自分自身が旅立つ時に向かって刻々と
近づいている…

しかし、幸いなことに今のところ大病を
するわけでもなく、事故や災害に巻き込まれる
こともなく、日々を過ごさせてもらっている。

感謝。



書く頻度は減ってしまってはいても
読み返してみると、今を生きている自分へ
過去の自分からヒントが送られてきたりする。

両親の介護生活は相変わらず継続中なわけだが
この半年の間に母の介護度が一段上がり、
ヘルパーさんに来ていただくようになった。

まあ特別それで楽になったわけではないが
状況が変わるとそれに対応しようとして
時の流れは加速していく。



気がつけば、このブログに「2年」という
ゴール設定を書き込んでから1年以上経っていた。

ということは、僕が設定した介護生活からの卒業
(といっても自宅から施設に入ってもらうだけだが)
まで1年を切ったということだ。

前にも書いたが、そのゴールは早まることもあるし
もう少し先になることもありうる。

そしてそのためには様々な手続きやら
やるべきことが待っている。



そうではあるのだけれど、この仮のゴールを
設定したおかげで、気持ちは本当に楽になった。

このことをしばらく忘れていたのだけれど
このブログを読み返すことで再確認する
ことができた。

もうゴールまで1年を切ったのだ!!

介護は先が見えないけれど
果てしなく続くものでもない。

自分で仮のゴールを設定してしまえば
とりあえずそこまで頑張ろうという
気になるものなのだ。

少なくとも僕はね。



とはいえ、
自分がやったこととか、考えていたこととか、
結構忘れてしまうものなので
「過去の自分からのヒント」を残すべく
もう少しこれからここに書くようにしよう。




PS
ショーケンが亡くなった。
時々「前略おふくろ様」を思い出す。
ボケてしまったおふくろ様(田中絹代)、
母のことを思うサブちゃん(ショーケン)、
その話を聞いて泣いた半妻さん(室田日出男)。
僕は母にやさしくしているだろうか…


リアルに感じてしまうこの頃

人はいつしか年を重ね、
老い、病み、やがて誰しも死んでゆく。

僕もかなり年を重ねてきているわけで、
いつ何かが起きても不思議ではない。

しかし、
それは悪いことばかりではなく、
年を重ねたことでわかることや、
同じ年月を生きてきたことによって
初めて共感できることもある。

佐野元春の歌じゃないけれど
「若すぎてなんだかわからなかった
ことが、リアルに感じてしまうこの頃」
なのだ…

IMG_E7133

新宿歌舞伎町で知人の芝居を観た。

作・演出の女性とは知りあってから
もう25年ほどになる。

友人というほど近くにいたわけでは
ないけれど、何本か現場を一緒にやり、
何本か彼女の作品を観てきた。
朝まで2人で飲んだこともあったっけ。
知人というよりは近い関係なのだろう。

作品は、
気がつけば20年という時を経て、
人生の夕暮れ時に近づいてきた
友人達のお話。
その時の流れを分かち合い、
お互いを感じあい、思いやってきた
者たちの物語。

それは、笑顔の後ろに隠した
人生の哀しみを、誰しもが抱えて
生きていかざるを得ないことへの、
作者自身の共感の表明であり、
傷ついた者たちへの
ささやかなエール。

色々なことを抱え、
笑顔の後ろに隠し、
時にその重みに耐えかねて爆発し、
人を傷つけ、傷つけられ、
それでも寄り添い、支え合い
ジグザグに愚かに生きてゆく
人生の愛おしさ。

一昔前なら、余韻に浸りながら、
ふらっと新宿二丁目かゴールデン街
あたりで1人グラスを傾けていたかも
しれない…そんな作品。



しかし、
一昔前より僕も抱えるものが増えて
現実はそうもいかず…

それにしても、
少し哀しく、少し切なく
そして優しい気持ちにさせてくれる
彼女の作品の余韻を感じながら
やはり今宵も一杯やってしまうのだろう。

佐野元春でも聴きながら…
いや、歌ってしまうかもしれない…

「信じる心いつまでも Someday ♪」





ps あの小屋であの音を出せるのはさすが「Ao」!
  「Iw」もだんだん「顔」ができてきた。

ps2 彼女の芝居について書いたもの
心に秘めたる「あれやこれや」
歌舞伎町裏と「日の名残り」


映像作家田渕英生のブログ。

サッカー、マラソンなどで
走り回り、里山開拓などで
土にまみれています。

福島にも出没します。
記事検索
  • ライブドアブログ