2012年03月15日

マイブームは篠原一男。

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某コンペを考えている際に、知った篠原一男。背筋に衝撃が走りました。久々です、こんなに感動したのも。

篠原一男の建築は、完全に閉じている。“外に”対してというよりも、中身(コンテクスト)に対して。中身の用途とは無関係である。なりふり構わず柱がドーンと部屋の真ん中に立っている。それが篠原一男が設計する住宅。


普通、住宅というのは、リビングがあって、ダイニングがあって、寝室があって、と考えながら設計が概ね進んでいく。使いやすいように部屋が作られる。特に日本の住宅とかはそうだ。

だけど、篠原さんは違う。ここに柱がある、だからそこにダイニングテーブルを置く。という形式。

今の住宅というのは、使いやすい。だけど、壁とか柱とかが無意識化してしまい、背景と化してしまう。

篠原さんの建築は、住宅に空間を呼び戻しているように思えた。住宅に、空間が必要か。僕はいままでは否定的だったと思う。だけど、最近すっかり考えが変わった。むしろ、住宅こそ空間が必要なのでは。

今回コンペに出した提案は、まさに、住宅に空間を取り戻す、という意味を込めて作った。

さて、思いは審査員に届くのか。




taichi_sa_tour at 23:32|PermalinkComments(0)

2012年02月02日

小さいことを気にする、こと。

最近、思うこと。

小さいことを気にする、ということは成長の証なのではということ。

特に社会人1年生の頃とかは、先輩や上司からの注意に対して、たまに、「なんて小さなことを気にするんだ」と思うことがあった。

だけど、よくよく考えたら、微差に対して敏感に反応ができるということは、それだけキャリアを積んでいるからかもしれない。そう思うようにしている。

恥ずかしい話になるが、お客さんから直接修正をお願いされる機会があった。 僕が作った資料がまだまだ不備があるということ。自分でちゃんと過ちに気づくことができ、さらに建築専門外の方にもすっと理解できるような資料をつくるという配慮が欠如していたのかもしれない。

小さいことに囚われてしまうと、本質を見失うことがある。だけど、小さいことを疎かにすると、結局成長もそこまでになってしまう。

まだまだ節穴だけど、細部まできめ細やかに仕事ができるようになりたい。

taichi_sa_tour at 23:55|PermalinkComments(0)

2012年01月02日

2012年!!

新年あけましておめでとうございます。

さて、あっという間に新たな年になってしまいましたね。本当に早い。


さて、昨年はなんとなく冴えない年だったような気がします。でも、そうこうしているうちに今年は20代最後の一年。
悔いの残らないよう熱く生きよう。

ひとまず、いろいろ抱負は決めたけど、なんといってもやっぱり元気に暮らすこと。家族や友人、彼女との時間を大切にすること。今年はもうちょっと社交的に人と会おう!!!



旅行に行って、色々建築見たいけど、今年もあの試験のせいで、なかなか難しそう。。。
 
仕事も一月からいよいよ本格的に忙しくなりそうだし、沢山吸収して頑張っていきましょう。

taichi_sa_tour at 22:00|PermalinkComments(0)メモ 

2011年12月25日

年賀状。

久々の3連休。とはいえ、今日が最終日。

社会人になって、本当に休みが短く感じる。。。

学生の時の一ヶ月とか二ヶ月とかの夏休みが、本当遠い過去のように感じる。



今日一日年賀状を書いて過ごした。。。

この年になって、やっと年賀状の良さがわかるような気がしてきた。

毎日会っているみじかな人から、一年に一度くらいしか会わない人まで、一人ずつの時間にすれば、ほんの2,3分くらいかもしれけど、じっくりその人の顔を思い浮かべ書く。

最近になって、人と人のつながりの大切さを感じる。

いろんな人に贈りたいけど、実はなかなか住所を知らない人が多い。


最近はあまり書かない人が多いというけど、やっぱりこの慣習はいつまでも続いて欲しいな。。。

taichi_sa_tour at 17:42|PermalinkComments(2)メモ 

2011年12月24日

GA JAPAN 114  総括と展望

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『GA JAPAN 114』 総括と展望

年末になると、GA JAPANでは、毎年恒例の一年の振り返り座談会をやるわけなんだけど、2011年はとにかく批判的な傾向だった。今年は、内藤廣氏・隈研吾氏と二川さん。ひとまず、互いに互いを批判する放談で進み、最終的には、次世代を担う若手建築家の不在を嘆く形で締めくくられる。

また隈氏が、指摘する内容として、

最近の日本人建築家は、インテリア・デザインをさぼり過ぎていたんです。「真っ白に塗って、抽象化すれば格好イイ」という安易な処理が、あまりにも横行してしまった。「建築の抽象化」っていうのは、「サボリ」に見られる危険性を孕んでいると思う。

大変共感すると同時に、圧倒的に自分に欠けている能力だと痛感しました。

かなり私見なのですが、隈氏が指摘する内容は、アトリエ建築家たちにより傾向的に当てはまるような気がします。そもそも今の建築家たちは、大雑把に言うと、インテリアを頑張ることを嫌う傾向にあるように感じます。というのも、空間を強調するには、やっぱりインテリアによる主張は邪魔なんです。

逆に、組織設計部並びにゼネコン設計部はやっぱり、空間的な魅力だけで勝負することが困難な反面、インテリアに頼る要素が多いと思います。

んまぁ、かなり僕の偏った意見なんですけどね。

とはいえ、今年の総括はちょっと批判的な意見が多過ぎて、少し物足りない感じがしたのは僕だけだろうか。それとも、そもそも2011年という年そのものが、そういう年だったんだろうか。




taichi_sa_tour at 01:15|PermalinkComments(0)

2011年12月23日

今年から来年へ。。。

この一年、本当同じような日々であっという間に終わってしまった。

特にブログに書くようなことはない、と日々過ごしていたら、もう今年も残り一週間。

今年は多分、28年間の中で、一番だらけた一年だったと思う。特に、後半の半年間。(だらけた、というよりも「何も考えなかった」という方が適切かもしれない)。

元旦からノロウィルスにかかって、一級建築士の製図試験も再度落ちて、仕事のモチベーションも下降気味。なんか思い出す度によかったことが思い浮かばない。

自分で仕事を見つけてこようとしてはいたものの、やっぱりなんか指示待ちをしている、甘ったれた自分がいる。



とにかく、気持ちを入れ替えよう。

来年こそは、と思いつつも。やっぱり今から気持ちを変えていかないといけない!!

来年は20代最後の年。悔いを残したくない。「若いときは、無茶苦茶がんばったなぁ」って年を取ってから振り返りたい。


毎日があるから日記書く、

ではなく、

日記を書くからこそ毎日がある。

ような気がする。だから、ひとまず、いまさらだけど、今年の目標。

今日からちゃんと日記を書く。日々を反芻し、考える毎日を過ごす!!

仕事もあと3日しかないけど、気持ちを切り替えた3日にする!!

taichi_sa_tour at 23:41|PermalinkComments(0)考え事 

2011年10月30日

メタボリズム展

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偶然か、必然か、今の日本に相応しい展覧会が森美術館で開かれていました。

『メタボリズムの未来都市展』



今となっては超大御所建築家たちの若き日の壮大なビジョンが描かれた、なんとも時代性を感じる展覧会でした。ひとまず、一言でいうならば、手塚治虫の世界。

今から50年前、きっと日本は新しい未来像が欲しかったんだと思う。東京計画1960をはじめ、様々な建築家たちの未来像は、きっとその時代の人々の期待に応えたビジョンを持っていたのだと思う。 まさに今の時代に通じる。311の後の明るい日本が描かれるのをきっと期待している。もちろん、建築家たちだけじゃないけど、建築家たちの将来像はとてもビジュアルでわかりやすい。

とはいえ、最近のJAや新建築等の建築雑誌に描かれている、将来像は、低空飛行だと思う。もちろん、高度経済成長の勢いが背景にあったのか、メタボリズムのビジョンは現実を超えたもの。震災後の日本は、むしろお金がない。だからかもしれない。

時代性の違いかとも思う。メタボリズムは大きな枠組みがあり、それがだんだんヒューマンスケールへとスケールダウンしていくように考えられているのに対して、今の時代は、どちらかというと、身の回りから始まって、それが同時多発的に拡がって大きくなっていく考えが多いような気がする。どちらが良いとかはないけど、こんな違いがあるから、メタボリズムに時代性を感じてしまうのかな。


とはいえ、とても刺激的でした。



taichi_sa_tour at 00:38|PermalinkComments(2)展覧会・企画展 

2011年09月17日

久々に更新

気がついたら、9月も半ばに突入。早いもので一級建築士の二次試験があと一ヶ月を切る。

本当、大丈夫なのかしら。。。



最近、自分について思うことは、

『あれこれやりたい(やろう)と思って、どれから始めるかを考えているだけ』

ということ。なんとも情けない。 


多くを求めすぎているのか、ただ、そこに踏み止まれる力が弱く、他に逃げ出したいのか。


ひとまず、今は一級建築士の試験に全力を注げばいいんじゃない?
最近、めっきり一つの事に熱くなることを忘れている。


まだまだやるべきことは山積みだ。。。



taichi_sa_tour at 00:17|PermalinkComments(2)

2011年08月16日

『コクリコ坂から』

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先日、久々に映画を見に行った。彼女のリクエストということもあり、最近上映し始めた『コクリコ坂から』を見ることに。

期待していた以上に良かったと思う。作品テーマが、いわゆる平凡な恋愛だけど、逆に良かったな。今回の作品は、息子さんが監督ということもあり、世間からは厳しい目で見られている。駿さんの描く、圧倒的な世界観とかテーマの射程はそれぼどなかったけど、誰もが通過してきたような甘酸っぱい日常性が、うまく描写されていたと思う。そういう意味では、僕はこの作品にすごく親しみを感じたし、分かり易くて好きだなぁ。

それと映画が描かれている時代背景もなんか良いなぁって思った。よく建築家の安藤忠雄さんが、「学生紛争のときは、皆が必死で考え生きていた。でも、今の若い連中ときたら、・・・」といっているのを耳にするけど、この映画でもその雰囲気がよく伝わってくる。なんかちょっと羨ましく思えた。僕たちは物質的には便利なものが多いけど、本当に幸せに暮らしているのだろうか。


以前、内田樹さんが著書の冒頭で、その著書を書いた意義について、面白いことを書いていた。たしか、「決して新味なものではないが、繰り返し確認することが大事だから 書いている。昨日、歯磨きをしたらから、今日はしなくても良いというものではない。」といった内容だった(と思う。)

そのようなテーマの本があるとするならば、そういった類の映画があっても良いと思う。なんとなく、僕は『コクリコ坂から』という映画は、そんな映画に当てはまるのではないかと感じてしまった。もう一度観たい。でも、すぐに観たいという感情ではない。

賛否両論あると思うけど、僕はまた観るぞ。笑

taichi_sa_tour at 18:00|PermalinkComments(0)

2011年07月20日

何も背負っていない。

久々に、内田樹さんの本でも。

最近、建築系か、ビジネス系ばかりを読んでいたので、内田さんの本を読むと、はっと我に返るような思いをする。それくらい、内田さんの文章は、僕の心を揺さぶり、原点へと引き戻す。僕にとって内田さんの本は、何か定期的に飲まないといけない薬のようなもの。


さて、書評なんてさらさら書く気がなんかなくて、

ただ一つ、僕が内田さんの文章でとても共感したことは、「何かを背負う」ということ。

内田さんは、最近の若者の論文に対して、「何も背負っていない」ということに懸念を抱いている。希望がない、と。一体、自分の文章は誰のために書いているのか、それが分からない、という。



論文はさておき、僕はこの危機的状況は、まさしく組織・ゼネコン設計部の作品に当てはまると思う。

とても綺麗な納まりの建築は増えてきた。ただ、やっぱり「何も背負っていない」感覚は少なからずあると思う。

はっきりと自分の会社が何を背負って、どこへ向かおうとしているのか、正直さっぱり分からない。そして、他社についても。(その点、アトリエは明快な気がする)

とかいいつつも、自分も何も背負っていないな。心理的にも、経済的にも、物理的にも。

きっと結婚とか、子供とかできたら、何かを背負っている感じがするのかもしれない。ただ、それだけではなんか違うような気がする。一個人として社会とつながって、次の世代に何を繋いでいくかを考えて行くべきなんじゃないかなぁって思う。僕は、今の社会に何ができて、後世に何を残せるだろうか、と。


さぁって、そういう意識で、明日から自分の設計を見直そう。ちょっと大袈裟だけどね。



最後に、なかなか面白いです(まだ読んでいる途中)。


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『最終講義 生き延びるための六講』
内田 樹著

taichi_sa_tour at 23:31|PermalinkComments(0)