猫の欠伸研究室(アーカイブ)

~淡々と飽きもせず……~ チベット・ラサの僧侶曰く、「人の生涯は猫の欠伸のようなものだ」

猫の欠伸研究室(http://ogasawara.cocolog-nifty.com/ogasawara_blog/)の記事(2005年10月26日~2021年9月30日)を載せています。2005年10月26日~2015年12月31日の記事は、このブログのみにあります。

neko-akubi
@niftyのココログを用いたブログ「猫の欠伸研究室」の古い記事をこちらに移行しています。@niftyの「猫の欠伸研究室」は、2005年10月26日 (水)に始め(Blog事始め)、現在まで継続しています。しかしながら、niftyのココログで利用できる容量には制限がありますので、古いデータを順次こちらに移行しています。

2021年8月1日現在、2005年10月から2021年9月30日までの記事をこちらに移行しました。@niftyの「猫の欠伸研究室」の記事のうち、2005年10月から2015年12月までのものは削除しました。

2016年1月から2021年9月30日の記事は、当面、このブログと、@niftyの「猫の欠伸研究室」とで重複します。

記事をこちらのブログにの移行した後は、写真の配置や、リンク先、文字化けについては、作業量が膨大になるため修正していません。サブタイトルも途中で切れているものがあります。また、記事へのリンクは、@niftyのココログのままとなっているところがあり、リンク先に記事がないことがありますが、ご了解ください。このブログにすべての記事がありますので、このブログから検索していただけます。文字化けは、主に「単位」で生じています(㎞など)。
 
「猫の欠伸」の写真は、ブロ友であるひらいさんからいただいたものです。 

8bf0bd9d.jpg  散歩から帰りがけに青空が出ていた時間帯もあったのですが、今日は、基本的には曇り空。台風16号の影響があるのでしょう。いつも通りの散歩生活です。7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と6.0㎞。同じようなところを歩いていても、歩いた距離は異なります。これは、主に九華公園でどれだけ鳥を探して/追いかけて(引っ張り回されて、の方が正しいかも)ウロウロしたかによります。今日も、奥平屋敷跡では、鳥があまりおらず、何度もグルグル回っていました(笑)。

7386c9a6.jpg  揖斐長良川の中洲で、ずいぶん久しぶりにアオサギ。最初は、ゴミが引っかかっているように見えたのですが、念のため、単眼鏡で確認したら、アオサギだったという次第。若い個体と思います。その他、九華公園に行くまでに見たのは、ハシボソガラスのみ。もうちょっといてくれても良いのに。

4c253f5b.jpg  九華公園。ここにもいつものところにアオサギさん。九華橋の近くの樹上。昨日は、神戸櫓跡の松の木の上にいたという情報がありました。普段はアオサギはおらず、たまにカワウがいるところ。奥平屋敷跡では、小1時間過ごしたのですが、ハシボソガラス、ドバト、ヒヨドリばかり。カワラヒワも姿は見せたものの、よく見えず、写真も撮れません。

e19e5101.jpg  諦めて、他へ行こうと思って歩き始めたら、二の丸跡にかかる橋のたもとのモミジ、ソメイヨシノあたりにシジュウカラとメジロが入り交じってやって来ていました。シジュウカラは、枝かぶり、ピンぼけばかり。メジロも証拠写真も良いところ(苦笑)。このあと、二の丸跡では、エゾビタキかコサメビタキと思われる鳥がいて、追いかけたものの、確認できず。とても残念。

c7373f45.jpg 91b2f300.jpg  と思っていたら、朝日丸跡で、こちらと遭遇。これは、コサメビタキですね。正面からの写真がもう少しクリアに撮れていればいうことがなかったのですが。去年の今頃は、エゾビタキ、コサメビタキを九華公園で見られました。コサメビタキは、貝塚公園などにも出て来ていました。今年も、これからに期待しましょう。

22a65a7e.jpg dd224662.jpg  鎮国守国神社から、再び相撲場を廻り、辰巳櫓跡の松の木で、カワラヒワ。さらに、野球場の南の遊歩道では、ハクセキレイ。若いように見えます。

ef48f88d.jpg  アーちゃんは、いつものところ。野球場の南の遊歩道脇の堀。今日は、眠そうに見えます。

448234b8.jpg 7290b523.jpg  貝塚公園では散歩友達と話をしていたら、頭上からモズの鳴き声。オスのモズが来ていました。先日、ここで見たのはメスのモズでした。まだ縄張りが確定していないのか、このオスが乗っ取ったのか? 貝塚公園では、さらにシジュウカラの証拠写真。このところ、証拠写真が多い(苦笑)。

8e279625.jpg  拙宅前の住吉入江の所まで戻って来たら、メジロの姿がチラチラ。よく動きますので、なかなかついて行けず。2羽がいっしょにいました。今日は、証拠写真も多かったものの、小型野鳥もまあまあ出て来て、それなりに満足(微笑)。明日からは10月になりますが、この調子で鳥たちが増えてほしいもの。また、10月も後半になると冬鳥も登場するでしょう。過剰な期待はよくありませんが、それなりに期待しましょう。

42248571.jpg  10月は、6日(水)から後期の非常勤の授業が始まります。その前に、3日(日)は、名古屋で支援員養成講座がありますし、21日(木)は市役所の会議もあります。「歩いて伊勢参りツアー」は、津市から松阪市に入っていく予定。今年中に伊勢神宮・内宮まで行けるでしょうか? それとも、今年4月から歩いて、来年の初詣ということになるでしょうか(爆)。まぁ、何ごとも「淡々と飽きもせず……」、「散歩生活/晴れときどき仕事」のモットーでやりましょう。

18dbc1fd.jpg  余談。アサガオはそろそろ限界かも知れません。新しいつぼみは、今日は見えていません。「おつまみ枝豆栽培キット」のその後は、右の写真の通り9e0486d1.jpg 。芽が伸びてきて、クルッと1回まわして、その後は勝手にさせています(≒放置)。水は足したり、換えたりしています。枝豆が収穫できるのはいったいつのことやら(爆)。これまた、「淡々と飽きもせず……」です。

 超余談。自民党総裁選も終わり、岸田文雄さんが新総裁に選出されました。総裁選が始まった頃はそれなりに関心があったものの、途中から、興味を失っていました。マスコミに踊らされているような気がしたのです。そういう中、プレジデントオンラインで、こんな記事を見つけました:本性が完全にバレた…候補者4人が機関紙「自由民主」で党員にこっそり見せた"必死の形相"ーTV討論では言わない「政治的隠語」ー(大沼 みずほ)。「候補者は機関紙『自由民主』で党員だけに向けた、テレビ討論とは別の顔を見せ、必死のアピールをしている」という話。まぁ、対外的にというか、フォーマルにというかいう話と、仲間内の話とが違うというのは、どこにでもあることでしょうが、岸田さんも、機関紙「自由民主」では、建設族や農林水産業に向けて強烈なアピールを書いているそうです。マスコミが取り上げている、あるいは、マスコミ向けに候補者がしゃべっていることだけ見ていてはいけないということでしょう。ちなみに、この記事には、「『自民党の党員』とは何者なのか?」という内容もあって、おもしろく読みました。

5b390e53.jpg  よく晴れた1日です。最高気温は、28.3℃。ちょっと暑いかなというくらい。朝一番には家事従事(微笑)。8時から散歩開始。いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町商店街と6.7㎞。けっこうあちこちウロウロしています(苦笑)。しかし、その割に、今日は(も?)鳥はおらず。

37c27d8c.jpg  桑名七里の渡し公園、揖斐長良川の中洲など鳥影はなし。柿安コミュニティパークのところまで来て、草むらからホオジロのオスが出てきて、サクラの木に止まったものの、写真は撮れず。ときどきこのあたりにいます。九華公園についても、ドバト、ムクドリ、スズメがいたのですが、今日はアオサギさんは休み。

ce40388a.jpg  奥平屋敷跡でも、ドバト、ヒヨドリ、ムクドリくらい。カワラヒワもなかなか来ず。と残念がっていたら、遠く、二の丸跡の東の端にあるクスノキのてっぺんにモズのオス。しかし、遠すぎて、証拠写真。これでも、一応、今シーズン、九華公園でモズ初見。

a890c2bc.jpg  二の丸跡では、メジロ、カワラヒワ、シジュウカラ、コゲラといたものの、写真が撮れたのは、コゲラのみ。野球場にハクセキレイがいたものの、これまた遠い。鎮国さんの中には何もおらず。再び北門から相撲場近くに行ったら、今日はこのあたりで草刈り、枯葉掃除の最中で、鳥はいません。

a507917c.jpg 3c2cef3c.jpg  神戸櫓の上から、カワラヒワの鳴き声が盛んに聞こえて来ます。しかし、高いところで姿はよくは見えず。やっとそれなりに撮れたのが、こちら。アーちゃんは、今日も、野球場の南の堀の石の上。ここがお気に入りというか、定位置というか。近づいても逃げません。

e3ba942a.jpg  こんな具合で、今日はあまり成果がないなと思って、外周遊歩道を歩いて二の丸橋のたもとへ。前方(西の方)にイソヒヨドリらしき姿。慌てて撮ったのが、この証拠写真。今日は、本当に証拠写真ばかり。

664be5f4.jpg  アサガオ、まだ咲いています。今朝は、1輪のみ。しかし、もうそろそろ限界かも。次のつぼみが見当たりません。

adb4c04d.jpg  自民党総裁選では、決選投票の結果、岸田文雄さんが選出されたそうです。決選投票の結果は、岸田前政調会長257票、河野行政改革担当相170票とか。さて、これからどんな風になるのでしょう? 大きく変わるのか、今までの路線が続くのか? 河野さんがもう少し票を取るかと思っていました。個人的には、それよりも、ゴルゴ13の作者であるさいとうたかおさんが亡くなられたことの方が衝撃的で、残念です。ゴルゴ13は、さいとうプロダクションで続けられるそうですが、こちらもこれからの展開が気になります。

4cabc7ae.jpg 7b2b6018.jpg 【余談】 我が家のお隣の諸戸氏庭園では、修復工事が進んでいます。比較的最近、石取祭の祭車が保管してある祭車庫の修復に着手されています。興味を持ったのは、壁。土壁なのです。もう、古いものは取り除かれてしまっています。

13851d86.jpg b3169951.jpg  竹の骨組みを縄で組み(竹小舞(たけこまい))、藁などを練り込んだ土で塗り込めた壁が使われていたのですが、修復もさすがに元と同じようにするようで、土壁になるようです。今は、新たに竹小舞が組まれています。しかし、今でもこういう工事をする左官職人さんがいらっしゃるものなんですね。

7d630c23.jpg  9月25日の「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第10回「津・栄町~津・高茶屋」の本編その4です。その3では、「4分間待つ信号」から成就寺まで来ました。その4では、成就寺の塔頭であった金剛寺、南昌寺と進みますが、雨がけっこう降ってきて、立ち寄りポイントは眺めただけとか、スルーとかしてしまって、先を急ぎました。マップで三角印を付したところは、立ち寄ろうと思ったものの、この日は断念したところです。

9d01720e.jpg 70d3ca50.jpg  交差点すぐのところに金剛寺。真宗高田派のお寺。もとは、成就寺の金剛坊でした。ここは、ちょっと奥まっていましたので、この日は、この写真を撮っただけ。境内には、念仏塚があります(右の写真。2019年9月22日に撮影)。「寛政六年甲寅季秋中旬勢州一志郡垂水邨法林山金剛教寺」と彫られています。成就寺は真言宗醍醐寺派であるのに、ここと次の南昌寺は、成就寺の塔頭であったにもかかわらず真宗高田派になっているのには疑問がありますが、理由は不明。

d58cac7f.jpg 9d98080d.jpg  こちらが金剛寺の南にある南昌寺。真宗高田派。こちらはとくに由緒あるものはないようでした。

e88dfad9.jpg  南昌寺から南へ150mほどのところに須賀神社があります。事前の調べでは、「垂水の産土神」ということでした。前回の近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング」の時もパスしてしまったのですが、この日も雨でしたので、この写真だけ撮って、通過してしまいました。主祭神は、建速須佐之男命。他に12柱の神様が合祀されています。由緒は不明ですが、明治時代に加良比乃神社に合祀されていたものを昭和26(1951)年に分祀。これを書くのに再び調べたら、境内に「首切られ地蔵」があるということでした(こちら)。織田信長が北畠家を攻略する際、身代わりになって切られたお地蔵様だそうです。

e54d74dc.jpg  スタートから7.8㎞の手前に石柱と、青銅製の常夜燈があります。ここは加良比乃神社(からびのじんじゃ)への参道の入り口。石柱には、「式内加良比乃神社」とあります。常夜燈は、明和元(1764)年の建立。加良比乃神社は、ここから西へ150mほど入ったところにあります。加良比乃神社は、垂仁天皇の御代、皇女倭姫命が天照大神を奉戴し、神殿を建築して鎮座したところとされます(すなわち、いわゆる「元伊勢」の1つ)。そのとき、この地は水が不便な地であり、この神社のある場所の片側が急な斜面になっているため、樋を用いて泉の水を引いたことから「片桶宮」と称しました。4年を経て、御神記によって他所に遷座されたのですが、この宮跡に御倉板擧神、伊豆能売神を祀り「加良比乃神社」となり、土地の人々が産土神として崇敬してきました。ちなみに、「加良比」は「片樋」のなまったものといわれています。2019年9月22日に訪ねていますので、詳しくはその時の記事をご覧ください(2019年9月25日:20190922近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅8日目~伊勢街道、旅人気分で垂水から雲出へ」(その1)……南が丘駅をスタート、成就寺、金剛寺、南昌寺から元伊勢の一つである加良比乃神社、称念寺、高茶屋神社へ)。加良比乃神社の参道の途中、南側に円光寺がありますが、ここもパスしています。

594371e0.jpg  城山特別支援学校の東を歩いているはずですが、学校は森の向こうで見えません。伊勢街道の東側に紀念碑がありました。「髙郷井用排水路改修竣工紀念 三重縣知事 田中 覚書」と読めます。「髙郷井」は、江戸時代初期、雲出川に堰を設け、戸木村(現・津市戸木町)から雲出地域まで水路を通し、高茶屋で三分(髙郷井、八寸、揚溝)して水田を潤した水路の一つ。この工事は、津藩2代藩主・藤堂高次公が、西島八兵衛(慶長元(1596)~延宝8(1680)年:藤堂高虎の近習として禄高150石で仕えて以来、高虎の信頼を得て津藩を水利・灌漑の面から支えた人物)に命じて行わせたもの(こちらを参照)。その高郷水を排水する水路を改修したということなのでしょうが、碑陰を見られず、また、ネットでも情報は出てこず、この改修工事そのものについては分かりませんでした。ちなみに、田中 覚(たなか さとる、明治42(1909)~平成14(2002)年)が三重県知事であったのは、昭和30(1955)~昭和47(1972)年)でした。

4234d079.jpg  詳細なルートマップは、いよいよ最後、その6に入ります。残る立ち寄り先は、称念寺と高茶屋神社の2ヶ所。雨は相変わらず降り続いています。この先で伊勢街道から離れ、JR紀勢本線・高茶屋駅へゴール。

9faff4ef.jpg  天神橋を渡ると、すぐ右手に(西側に)、寳福山雙樹院称念寺。浄土宗。みえの歴史街道(伊勢街道)の資料には、「円光大師二五霊場」とあります。円光大師二十五霊場のリストにはありません。こちらのWeb版浄土宗大辞典によれば、これ以外に、正式なものを模倣して作った「うつし霊場」がいくつかあるそうです。円光大師は、法然上人の勅諡号。寺の前に常夜燈1基と、六阿弥陀堂があると、伊勢街道の資料にあるのですが、常夜燈はどこを見てもありません。

b1c1c59e.jpg  こちらは、六阿弥陀堂。六阿弥陀堂の前にある石碑などのうち、向かって左のものには「薬師堂記念碑 六阿弥陀堂 昭和五十年五月建?」とあります。ちなみに、六阿弥陀(ろくあみだ)は、もともと阿弥陀仏を安置する六つの寺を巡拝すること。元禄年間(1688~1704年)のころから行基作と伝える阿弥陀像を祀る六か寺を春秋の彼岸に参詣して歩くことが盛んに行われたことに始まります(詳細はリンク先をご覧ください)。その後、各地に「○○六阿弥陀」ができたそうです。

6b0a97b4.jpg  称念寺の先に「耕地整理記念碑」がありました。高茶屋村の東部地区の耕地整理は村を一変する大事業として、大正9(1920)年、時の村長服部米次郎の陣頭指揮の下に実現しました。この記念碑は、昭和16(1941)年に建立されていますが、長年の夢が叶って今までの湿田が美田になり、村の明るい将来が約束された喜びが歌われています(碑文は、こちらの7~8ページにあります)。

6a7a9650.jpg  高茶屋神社(たかぢゃやじんじゃ)。高茶屋(たかぢゃや)は、高台にあり周辺に茶屋が多かったことが名前の由来です。高茶屋神社は、通称、粟嶋さんと呼ばれています。主祭神は、玉柱屋姫命です。志摩郡伊雑村の神である、伊佐波登美命の奥方です。倭姫命を出迎えた神様で、豊受社の神様だそうです。玉は星とすると、屋は夜という意味なので、「星の柱の夜の姫」という意味になります。つまり、天の川のお姫様。

2cff78db.jpg  第53代淳和天皇の時代の824年、一志狭山枚男という人が伊雑村の祭神をこの地に祀り、栗嶋神社と称したとされます。粟嶋神というのは、1,500年前、粟で作られた船で航海の折、紀州灘佐之郡という所に漂着し、この神、粟嶋大明神を祀ったところ、人々の病を治したというので、病を治してくれる神様、または薬の神様として伝わっています。昔、高茶屋神社は、玉柱屋姫命の祭神のほかに九ヶ所に祠が奉られその祭神をあわせて、十社宮と呼ばれていました。後に、十社杜、粟嶋神社などを明治41(1908)年に合祀し、高茶屋神社となりました。ちなみに、鎌倉時代、津市には神宮領である御厨・御園が20近くありました。高茶屋神社は、4ヵ月に一度神に塩を献上する神社として指定をうけていたといいます。また、十社の森と呼ばれ、街道の勅使休泊所として使われたそうです。雨でしたので、拝殿まで上がる余裕がありませんでしたので、詳しくは近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング」の記事をご覧ください(2019年9月25日:20190922近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅8日目~伊勢街道、旅人気分で垂水から雲出へ」(その1)……南が丘駅をスタート、成就寺、金剛寺、南昌寺から元伊勢の一つである加良比乃神社、称念寺、高茶屋神社へ

ad178919.jpg  余談。伊勢街道から最初の鳥居のところにこんなものが。御幣のところに、これは恵比寿様のお顔でしょうか。ウ~ン、いったい何のため??

6c9fda94.jpg  このあとは、ゴールの高茶屋駅に向かいます。写真は、高茶屋駅に向かって左折するとき、振り返って見た伊勢街道。路面はしっかり雨に濡れています。

595c13df.jpg 342aee23.jpg  雨の中、JR紀勢本線・高茶屋駅には、13時15分に到着。ところが、津方面に向かう亀山行き普通は、13時13分に出たばかり。ここには普通しか止まりません。紀勢本線と呼ぶにもかかわらず、基本的に1時間に1本しか走っていない(爆)。「次は?」と時刻表を見たら、何と14時8分。やむを得ません。待合室で、おやつを食べながら、話をして待つことに。

4b1cd1ec.jpg c2280950.jpg  駅は、明治26(1893)年に参宮鉄道が、津~相可(現・多気)~宮川間で開業した際に設置されたという歴史のある駅。ご覧のように、昭和30~40年代にでもワープしたかのようなレトロ感たっぷりの駅です。同じ紀勢線の駅では、一身田駅に似ています。ちなみに、JRの駅の名前としては、「たかちゃや」。町名は「たかぢゃや」。

de584abb.jpg bee8aa71.jpg  高茶屋駅には、切符の販売機もありませんし、トイカなどカードで乗車できる機械もありません。同行のK氏は、「おい、どうやって乗るんだ?!」 駅に掲示があります。1両目の後ろのドアから乗車し、そこにある整理券を取り、降りるときは1両目の前のドアから。整理券と運賃を入れるという、ワンマンバスと同じスタイル。ちなみに、ドアは、ランプのついているボタンを押して開けなければなりません。などなど、心配し、予習した上で、14時8分の亀山行き普通に乗車。ところが、本来は、ワンマン運転なのですが、乗った電車には係員の方が乗車しており、整理券は取る必要がなく、車内で精算してもらえました(微笑)。津駅までは200円。14時18分着。ということは、今日、雨も降る中、3時間45分もかけて歩いてきたのに、10分で戻ってしまうことになります(苦笑)。

15723e02.jpg d0b1d48f.jpg  今日もまた、津駅ビル2階のチャムで昼食。今日は、信州そば処「そじ坊」。雨にも濡れてしまいましたので、温かいそばをということで、にしんそば。税込み¥950。時分時をはずれ、客は我々二人のみ。

370924fa.jpg  食事を済ませ、近鉄で帰ります(左の写真は、JR津駅の駅名表示板)。14時56分発名古屋行き急行に乗車。桑名駅には15時40分に到着。¥700。帰宅は、16時頃。後半、雨に降られてしまい、パスしたところも何ヶ所かあり、ちょっと残念な気もしますが、天気ばかりはやむを得ません。

a23129fa.jpg  この日の歩数は、ご覧のように、22,540歩。現地で9.9㎞+α、自宅から桑名駅往復が2.5㎞ですから、合計12.4㎞+αを歩いてきました。これだけ歩くと、さすがにしっかり歩いたなという気がします。

77274f7d.jpg 2ad5cc47.jpg  ところで、今回で「東海道・伊勢街道歩いて伊勢参りツアー」も第10回でした。今年4月9日に桑名の七里の渡し跡をスタートし、東海道を歩いて、四日市の日永の追分から伊勢街道に入りました。七里の渡し跡から、目的地の伊勢神宮・内宮まで、どこにも立ち寄らず、ひたすら東海道と伊勢街道とを歩くと、約94㎞あります。どのあたりまで来たかというと、これらの2枚のマップのようになります。左のマップは、コースの全体像。半分は優に超え、2/3に迫るところまで来ています。右は、拡大図。JR高茶屋駅の西で、約56.5㎞です。1回のウォーキングで、コースマップ上(立ち寄り先は含まないで)、6~7㎞を歩いていますが、毎回の積み重ねは大きいといえます。

7fa0eee3.jpg  午後からやや雲が多めの空になっていますが、それでも晴れ。最高気温も、27.2℃と暑くてたまらないというほどではありません。台風16号の進路予想も、上陸はしない見込みだそうです。いつものごとく、7時半から散歩開始。今日も、好天のもと、「散歩生活」であります。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、南寺町、常磐町、老松公園、八間通、参宮町と回って、6.2㎞。

7de0f738.jpg  今日のトピックス。といっても大したことでも、珍しいことでもありません。小型野鳥の出が悪い中では、目立つのです。九華公園にコサギさんがやってきた、それだけですが(苦笑)。コサギは珍しくはありませんが、九華公園にはさほど来る鳥ではありません。年に2~3回も見られれば、回数が多いのです。鎮国守国神社の社務所の裏にいました。

09be6cf1.jpg  さて、話を戻して。柿安コミュニティパークに行くまで、鳥影なし(苦笑)。スズメも、ムクドリも、ドバトもいません。コミュニティパークで、ハシボソガラスがいて、メジロの鳴き声が遠くから聞こえたくらい。九華公園では、ドバトが出迎え。アオサギさんは、九華橋の近くの樹上に。クチバシに羽毛をくわえているのか、取れなくなったのか? 遊んでいるような気もしました。

84bc4046.jpg 5944009f.jpg  いつものように、奥平屋敷跡で小1時間、鳥待ち。しかし、なかなかやってきません。ハシボソガラス、ドバト、ムクドリ入るのですが、それ以外が来ません。ハクセキレイ、カワラヒワ、シジュウカラ、スズメが何れもチラッと姿を見せたくらい。鳥小屋では、またセキセイインコの新顔幼鳥が巣箱から顔を覗かせています。これを含め、2羽の幼鳥がこの巣箱にいるといいます。二の丸跡でも、カワラヒワ、シジュウカラがいたものの、写真は撮れず。

58a542c3.jpg  アーちゃんは、今日も、野球場南の堀でお休み。この石の上がどうやらお気に入り。今日は、カメさんといっしょ。あまり鳥がいないので、去年の今日の記事を見たら(2020年9月28日:エゾビタキ、メジロの食事、カワセミの証拠写真……バードウォッチングが楽しめる季節になってきました)、タイトルにもあるように、エゾビタキ、メジロ、カワセミのほか、イソヒヨドリ、コサギ(コサギはいつも今頃来るのかもしれません)、アオサギ、アーちゃんではないカルガモ2羽を九華公園で見ました。これに比べると、少ないですねぇ。まぁ、自分の努力で何とかなるものでもありませんから、コツコツと出かけ、観察を続けるしかありません。

81661dd7.jpg  ところで、三重県にも緊急事態宣言が出されていますが、9月30日で全国一斉に解除の方針だそうです。一部では、管首相が、ご自身の任期中の解除にこだわっているという話もありますが、そんな考え方で本当に大丈夫か? という気がします。私自身の行動は、解除されても変わりません。あちこち旅行や外食に行く訳ではありません。もともと旅行や、外食はほとんどしません。「『GO TO』を利用しないのは損だ」とたびたびいわれたこともありますが、損得で行動しようという気はあまりありません。10月以降で、行動パターンが変わるのは、後期の非常勤の授業が始まることくらい。もちろんワクチン接種は済ませていますが、マスク、手洗い・うがい、3密を避けるのはしっかり身に付いていますので、淡々と続けます。

7d99226e.jpg  自民党の総裁選挙は、明日投開票だそうです。候補者は、いろいろと政策を訴えていますが、政権与党にずっといた(いる)ワケですから、ことさら今になって大声で主張する必要はなく、重要だと思うなら、今までそれが実現できるようにすればよいのに、とちょっと皮肉な、斜めに構えた見方をしてしまいます。「選挙の顔だ」とか、あれこれいわれますが、ズレているような気がしてなりません。などなど、久しぶりにぼやいてみましたが、もともとが「不要不急な存在」である高齢者の戯言(苦笑)。せめて他人様に必要以上の迷惑をかけないように振る舞うことにしたいと思っているのです。

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