猫の欠伸研究室(アーカイブ)

~淡々と飽きもせず……~ チベット・ラサの僧侶曰く、「人の生涯は猫の欠伸のようなものだ」

2008年05月

 昼頃、少し雨が降りましたが、おおむね曇りという一日でした。体調は、可もなく不可もなくというところでしょうか。愚息が、昨日から明日まで、2泊3日で、自転車のロードレースの県予選と、合宿で留守をしていますので、何となく静かで、スローな生活です。こういう状態で思うと、善くも悪くも、愚息は、わが家の中心のようです。

 さて、“月光仮面”といえば、昔のテレビ連続ドラマです。放映されたのは、1958年(昭和33年)からでした。私の実家は貧乏でしたが、父親は、新しい機械ものが好きで、テレビも比較的早く、記憶では昭和34年くらいに買ってきたと思います。当時、どこの家庭でも同じだったと思いますが、テレビには垂れ幕というか、布織物のカバーがかけてあり、観るときには、その幕を上げて、なおかつ、なぜか部屋の電灯を消して見ていた記憶があります。

 その月光仮面ですが、作者が川内康範さんであったことは、例の森進一の“おふくろさん”騒動でよく知られるようになりました。川内さんは、今年の4月6日に88歳で亡くなられ、森進一もそのため、“おふくろさん”を歌うことができなくなってしまったのは、記憶に新しいところです。文藝春秋6月号の“蓋棺録”(p.440~441)に、川内さんの追悼記事が載っており、その中に月光仮面の由来が書かれていました。

 それによれば、“月光仮面は月光菩薩から来ている。月光菩薩は薬師如来の脇仏。月光仮面も正義の味方であって、決して主役じゃないんだ”ということでした。昔から、月光仮面というのは、なぜ月光仮面というのかという疑問をずっと抱いていたのですが、月光菩薩に由来するとは思ってもみませんでした。ただ、先日から、平城遷都1300年記念「国宝 薬師寺展」が、東京・上野の国立博物館で開かれており、国宝の月光菩薩、日光菩薩が公開されているというニュースを見て、何か関係があるのかな、とボンヤリ考えていました。

 ブリタニカ国際大百科事典では、日光菩薩は、あたかも日光が世界を照らすように、あまねく世間を照らすといいますが、月光菩薩にはとくにそういう説明はありませんでした。ちなみに、薬師如来は、衆生の病気を治して災難をしずめ、苦しみから救う存在です。

 謎がすべて解けたわけではありませんが、いかにも、森進一の歌詞の改変に、「俺の志と違うものは歌わせない」といわれただけのことはあると思います。川内さんの父親は、菓子問屋を営んでいたそうですが、倒産すると出家して身延山で修行し、函館に寺を開いたといいます。川内さん自身も経文を読まされ、母親とともに貧しい人たちにお供え物を配ったのだそうです。

 ちょっとしたトリビアで、とくに意味はありませんが、妙に感心した次第です。

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 梅雨に入ったかのような天候です。今日は、晴れ間もあるという予報ですが、確かに晴れ間は見えるものの、曇りがちで、太陽は見えません。ただし、気分的には、昨日よりもよい感じです。

 さて、昨日書きましたように、視覚障害の方用の試験の代替問題を作成することになりました。これに関連して、この頃、アカデミックなことには一切手を付けていませんでした。専門に関わるような本も、論文も読んでいません(自宅に届いた学会誌の目次くらいは目を通していましたが……)。書き物もしていませんでした。

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 そういうこともあって、今週に入ったくらいから、“そろそろ頭を使うようにした方が良f9c226d5.jpg
いかな”と考えていました。何を考えていたのか、今になると自分でも笑えるのですが、ニンテンドーDSのソフトを検索して、やっぱり“川島教授監修の脳トレ”かなぁ、それとも“ナントカ検定”の勉強でもした方が良いのかなぁと、かなりマジに調べていました。DSライト自体も、自分用を買った方が良いよな、とも思ったりしていました。しかし、ネットでソフトを調べたり、ソフトのレビューを見たりしているうちに、どうもイマイチで、ピンと来ないなという判断に傾いていました(まったく主観的なものです)。

 そうこうしているうちに、この“代替問題作成”の期限が迫ってきたのです。脳トレをしている暇もなくなりましたが、昨日は今ひとつ気分が乗りませんでしたので、今日に延ばしていました。午前中、気分もよいので、やるか!ということで、注意点を確認した上で、自分の書いたテキストを読み返しつつ、合計2題の原案を、小一時間で仕上げることができました。もう少し、苦労して、時間もかかるかと予想していたのですが、まさに、“案ずるより産むが易し”でした。

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 上述のように、しばらくアカデミックなものから遠ざかっていたものですから、午前中は、脳のリハビリテーションでもするか、という気分だったのですが、ソッコー本番のようになってしまいました。昼食後、一休みしてから、再確認し、タイプミスを直して、先ほどメールで送っておきました。主任講師の先生のチェックが入ると思いますが、自分としては、一応、“これにて一件落着”です。

 落ち着いて考えてみれば、自分が書き、何度も推敲し、放送用の録音まで済ませた内容ですから、あれこれ迷っているよりも、手を付けた方が早いということでした。調子が余りよくないと、そういうこと自体、どこかに飛んでいってしまっています。認知的な枠組みは、まだまだ固いようです。

 ところで、今日の写真は、ベランダの盆栽たちです。1枚目のものは、近くで採取してきた苔を貼り付けたものです。苔の種類は、まだ同定していません。2枚目は、研究室から連れ帰ってきたポトスです。ナントカ生き延びています。3枚目は、楓ですが、枯れてしまい、ダメになったかと思っていたのですが、葉が出てきてくれて、一安心しています。4枚目は、一時は、瀕死状態に陥っていたニジノタマです。よく見ると、手前側に別物が生えてきているのに気づきました。

 今朝方は、かなり強い雨が降っていましたが、この時間には、かなり小降りになって来ています。

 さて、身辺雑記ばかりではなく、たまにはアカデミックなことも取り上げてみます。放送大学の本年度からのラジオ講座の1つである、“心理学研究法”に関わらせていただいていることは何度か、ブログにも書いてきました。テキストも出版されましたし、試験用の問題も提出と、そのチェックを5月の連休で終えて、これであとは、もう何もないと思っていました。

 ところが、先日、「視覚障害者の方が受験されることになり、音声問題を作成する必要が生じました」という連絡が、主任講師の先生を経て届きました。全くお恥ずかしい、かつ、失礼な話で、自らの考えの至らなさを痛感した次第ですが、正直に告白しますと、“想定外”のことでした。考えてみれば、ラジオの講座ですから、そういうことも十分あり得る訳です。テキストの原稿作成から、放送の録音の段階では、主任講師のKh先生から、「くれぐれも分かりやすく」と念を押されたこともあり、それなりに配慮したつもりでした。とくに、放送では、テキストなしでも分かるようにと、テクニカル・タームの使用や、その他の用語、ことばの使い方にも誤解が生じないように努力した積もりです。

 しかし、試験問題を作成するときは、本務先などで通常、留意しているように、その内容や、回答に誤りがないこと、テキストの範囲内から出題すること、等に重点を置いていました。その結果、音声化して試験を実施しようと思うと、確かに、不都合が生じうるものになっていました。

 ことが試験問題やその実施に関わりますので、余り具体的、詳細に書くわけにはいきませんが、これから、同一の難易度になるように、また、音声化しても、余分な説明などが必要でないようにという点を配慮して、別問題を作成します。

 生涯教育、バリア・フリー、超高齢社会など、いろいろなことを考えますと、高等教育を受けようとする方の年齢や、心身の状態などもこれまで以上にバラエティに富んでくることでしょう。これからの大学や、大学教員にとって、教材や教育方法のバリア・フリー化を進めるということも、大切な使命の1つになるのではないかと、考えさせられました。

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 今日も朝からよい天気でした。昨日、今日と好天が続くためか、朝から比較的気分よくbe0599f2.jpg
過ごすことができました。今日は、私の母親が、娘の誕生日の祝いを持参がてら、私の様子を見に来てくれました。父親が亡くなったあと、一人暮らしをしています。もう80歳ですが、親にとっては、いつまでも子どものことは気になるようです。余り心配をかけてはいけませんが、親はありがたいものだとつくづく思いました。

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 さて、午前中、天気もよく、気分もよかったものですから、雑誌の購読料金を払うためコ52367014.jpg
ンビニに行くついでに、散歩をしてきました。ずいぶん久しぶりのような気がします。もっとも、距離的には大したことはなく、2�qほどでした。疲れもほとんど感じないで済み、自分としてもちょっと安心したというか、自信が持てた気がします。この調子で過ごすことができれば、ありがたいところです。

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 花の写真は、今日の散歩途中に、あちこちで目に付いたものを写してきたものです。名前は、まだ、確認してありません。他にも、草花の写真もいくつか撮りましたし、前回の散歩の時に写した花も名前を確認していませんので、明日の宿題にでもしようと思います。鳥については、ムクドリも見かけましたが、きちんと写真に撮ることができたのは、このヒヨドリだけでした。

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 拙宅玄関(マンション9階)からの眺望写真も、久しぶりに撮ってみました。最初のものは、拙宅から、直線距離で9�qほど北にあります、国営木曽三川公園(岐阜県海津市)の三川タワーです。鉄橋が、合計4つ見えていますが、手前から、国道1号線・伊勢大橋、近鉄名古屋線、JR関西線、東名阪自動車道です。伊勢大橋の向こう側の川は、揖斐川です。

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 こちらは、多度山です(桑名市多度町)。山が重なっていますが、中央部の低く、鉄塔が何本か建っているところが、その頂上です。標高は403メートルで、小学校高学年の子ども達が、遠足に出掛けるところの1つです。子どもたちも麓の養老鉄道多度駅から、徒歩で登ることができるくらいの山です。今日は、かなりクリアに見えていました。

 最後の写真は、“なばなの里”です(桑名市長島町)。手前の森は、旧・諸戸氏邸の庭です。川は、手5f8175a6.jpg
前が揖斐川、奥が長良川です。この左手(北方向)には、長良川河口堰があります。中央の左は、なばなの里の温室、右の白いドームは、アイランド富士(地上40メートルまで上昇する展望台)です。遠くには、名古屋の高層ビルが霞んで見えます。今日の眺望写真は、いずれも拙宅から北または東の方角です。天候のよいときには、玄関前の通路から、これらの景色をボンヤリと眺めていることがあります。時には、カメラではなく、お茶を手にボンヤリするのも良いかも知れないなと思います。幸い、拙宅マンションのフロアは、スキップ・フロア形式で、うちの前の通路を共用するのは、3軒のみですので、アヤシイオッさんと思われる可能性は低いでしょうから。

 暑い1日でしたが、マンション9階の拙宅では、北側の窓と、南側のベランダの窓を開けておきますと、心地よい風が通り抜けます。北から風が吹いているときには、ドアを開けるのに苦労するほどの風が吹き抜けます。

 昨日は、午後から部活に出掛けた愚息が、6時に“今から帰る”というメールを送ったまま、8時半になっても帰宅せず、気をもんでいたのですが、自転車専門店にクラスメイトと寄り道をしていたようでした。親は、心配して待っているのですが、本人はまったく“我、関せず”のようです。せめて、どこにいるかくらいは、連絡をしてくれても良さそうですが、困ったものです。

 ということもあり、いささか疲れましたので、今日は、心静かに過ごそうと、テレビもなるべく見ず、PCもやらないように、と1日過ごしていました。盆栽達に水をやって、雑草を抜いたり、先日、採取してきて苔を貼り付けた盆栽の世話をしたりしていました。盆栽といえば、先日、ダイソーで、苔玉に使う、苔だけが丸く作られ、乾燥したものを100円で売っていました。バンブーとか、そういう小さいものも100円でしたから、税込みで210円で、苔玉ができることが分かりました。近いうちにトライしてみましょう。

 さて、今日の話題というわけではありませんが、桑名に引っ越してきてしばらくの頃から、近所を自転車で走り回っているオジさんというか、おじいさんの存在に気づきました。この頃、わが家では、“謎のプープーオジさん”と、勝手に呼んでいます。

 今の季節、天気がよければ、プープーオジさんは、拙宅マンション脇の道を朝、5時過ぎに南から北方向へ、走っていきます。注意していますと、昼前にも、また、午後からも、もう1度、合計3回くらい、同様に走っています。まるで、パトロールをしているようです。古い、ママチャリ風の自転車に乗り、白いヘルメットに白手袋、歩いている人を追い越すときには、ブザーを「プープー」と必ず、2回鳴らしていきます。これが、“プープーオジさん”という命名の由来です。さらに、交差点を通過したり、曲がるときには、昔々、われわれが小学校の交通安全教室で習ったような手信号をしていくのです。

 この“プープーオジさん”は、市内の他の場所にも出没しています。実際、桑名駅から東の旧市街地はもちろん、播磨の近くでも見た、という情報もあります。私も、何度も見かけていますし、知人に聞いても、「うん、知ってるよ」とか、「あぁ~、見たことある」という人が結構いました。

 それでいて、これまで聞いた誰も、この“プープーオジさん”が、どこの誰かを知っている人はいませんでした。もう一つ不思議なことに、私が引っ越してきて、このオジさんの存在に気づいてから、おそらく10年以上は経っているのですが、その風貌は、全く変わらないと思えるのです。 まるで、月光仮面のようです。♪ど~この誰かは知らないけれど、誰もがみ~んな知っている♪なのです。

 という平和な1日でした。朝から夕方にかけては、気分はイマイチでしたが、夕方以降、多少持ち直しました。日内変動があるようです。

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