猫の欠伸研究室(アーカイブ)

~淡々と飽きもせず……~ チベット・ラサの僧侶曰く、「人の生涯は猫の欠伸のようなものだ」

2009年12月

 いよいよ大晦日となりました。今日は、最高気温4度という予報で、北風も一段と厳しくなっています。大晦日といっても、子どもの頃とは違い、大掃除にばたばたという光景はありません。私自身は、仏壇の掃除と、仏具磨きを済ませ、机の周りの本や書類の整理整頓をして過ごしております。

 博士後期3年のSさんからは、博論の進行状況を報告するとともに、一部、“Help!”を求めるメールが来ています。提出締切が年明け、13日(水)ですので、執筆もいよいよ佳境に入っているというところです。おそらく、これまででもっとも苦しい段階であろうと思いますが、是非、乗り越えて欲しいと願っています。他にも、本来でしたら、私が指導すべきであった、博士前期2年のNさん、Kさん、Oさんたちも、それぞれ修論の執筆に勤しんでいてくれると思います。

 今年1年を振り返りますと、6月から準備をしてリハビリ出勤をスタートさせ、9月17日から復職しました。3月までは、軽減勤務中ですが、この間、健康診断で腫瘍マーカーが引っかかって、精密検査を受けたり、年末、師走に入る頃から、ふらつき、頭重感など、薬の副作用と思われる症状が出始めたりしました。結局、12月後半は、やむを得ず、小休止とならざるを得ず、何とも先行き不透明なまま、年を越さざるを得ない状況です。

 先行きが不透明というのは、自分自身もですが、周囲の皆様にとっても、何とも困った状態で大変申し訳なく思っています。しかし、ジタバタしても仕方がありませんので、服薬については、主治医の指示通りに続けて、経過をみたいと思います。自分としては、心身に余分な負担がかからないよう、年末年始は、おとなしく蟄居していることにしました。

 今年1年、このブログをお読みくださった皆様には、感謝を申し上げるとともに、来年が皆様にとってよい年となることをお祈り申し上げて、今年最後のエントリーにさせていただきます。では、来年もよろしくお願い致します。

 くれもいよいよ押し詰まってきました。ようやく、今日、30日の午後になって、年賀状ができあがりました。午前中、合計、280枚ほどの宛名を印刷し、午後からは、一言コメントを書き入れ、4時過ぎに、今日の最終の集配に間に合うよう、投函してきました。

 今年は、裏面のプリントミスは、原因不明でプリンタがエラーを起こして発生した1枚のみでした。宛名は、一部、職場宛にしてしまった方のものがありましたが、そういうのを除けば、ミスゼロで終了しました。近年にない好成績です。こういう小さな失敗は、どうぞご勘弁くださいm(_ _)m。

 さて、体調の方は、どうやら、小波に揺られており、アップ・ダウンを繰り返しつつ新年を迎える、ということになりそうです。

 今朝も、6時半に起きられました。それはよいのですが、今日は、どうもふらつきがかなりありました。夕方まで、解消しませんでした。室内でも、床のものにつまずきそうになりますし、屋外では蛇行しながら歩いているような状態です。何となく、“雲の上を歩いている”ように感じられます(もちろん、雲の上を歩いたことはありません。トランポリンの柔らかいものでも踏んでいるように揺れます)。手足にも軽い倦怠感がありますし、右手は、軽いしびれ感をともなっています。

 その他、頭の芯が重い感じが少しあるのと、肩こりはかなりひどいものがあります。

 「まったく、しょうがないなぁ」とも、「ちょっと、このままだと困ったなぁ」とも思っています。新しい薬は、今晩の夕食後のものを服用すると、ちょうど一週間、試したことになります。まぁ、今晩までのんでみて、明日の調子で、継続するかどうかを考えようと思っています。これは、主治医の指示通りです。

 ところで、実家では、今日、餅つきでしたが、こんな風ですので、すべて任せてしまい、午後からは家内に行ってもらいました。

 しかし、年内にどうしても済ませなければならない私用は、これであとは、仏壇の掃除くらいになりました。どう転んでも明日は大晦日ですし、明後日は元旦です。このままでも、正月はやってきますから、まぁ、とりあえずは良しということにしましょう。

 1つ前の、今日付のエントリーにも書きましたが、何だかよく分かりませんが、体調がやや持ち直しています。

 昨日までは、朝起きられず、グズグズとしていて、昨日、一昨日はとうとう、朝9時にならないと起きられない状態に陥っていました。起きてからも、頭重感、ボンヤリ感に悩まされ、まさに、「使い物にならない」状態を呈していました。

 ところが、今朝は、何と言うことか?、朝5時前にハッと目が覚め、ケータイの電源がオンになるのを、ずいぶん久しぶりに確認してしまったのです。ケータイは、意味がないじゃないかといわれるかも知れませんが、24時から5時はオフにしています。

 「5時か、珍しいな」とは思ったのですが、寒くて布団からは出られず、もう一度寝て、今度は、目覚ましが鳴る前の6時半少し前に起き出してこられたのです!!いったいどうなっているのでしょう?

 割とスッキリと起きてこられて、新聞を取りに1階玄関のポストまで往復しましたが、昨日までとは打って変わったように、ふらつきも少ないのです。いやぁ、改心したのでしょうか(いったい誰が??)。

 日中も、昨日までとは違って、眠気もあまり感じませんし、倦怠感もほとんどありません。頭の芯のあたりだけは、何となくまだボンヤリ感が残っていますが、それでも、昨日までとは段違いに軽くなっているのです。

 まるで、脳の中のスイッチが入れ替わったかのようです。そういえば、今朝、冷蔵庫など水回りの電源のブレーカが落ちて、何度か入れ直しましたが、まさか関係はありますまい。

 思い当たる節が、1つ、2つ、ないことはないのですが……。果たして関係があるのかどうか、自信はありません。それは、昨晩1時半頃まで、愚息がパソコンの物理シミュレーションソフトで遊んでいて、家内に「早く寝なさい」と叱られているので、いったん目が覚めたのです。

 その後、ウツラウツラしていたら、今度は、悪夢に襲われたのでした。余りにふらつきや頭重感など副作用がひどいので、夜中に病院に行ったのですが、「時間外で、主治医はいない」と断られ、夜道をトボトボと歩いて帰ってくる夢でした。後ろからは、家内もついてくるようでしたが、主治医ではないセンセイ(それも、ちょっと変わった精神科のセンセイ)に付き添われ、何だかよく分からないことをいわれているのです。途中、泥だらけの田んぼに突っ込んだり、きれいな水が流れる小川に顔をつけたりしながら、です。

 そのうちに、子どもの頃、実家の方で診てもらっていた開業医の先生(オヤジと同級生で、その息子さんは私と同級生でした)が登場して、助けてくれるという、夢でした。まだ続きがあったように思うのですが、残念ながら、思い出せません。

 家族に話をしたら、大笑いされたのですが、ひょっとしたら、この「熟睡できなかった」というのがよかったのか?と、いささかマジになって考えています。というのも、先だっても少し触れましたが、“脳を休める-脳科学と睡眠の新しい常識-(西多昌規・著、ファーストプレス発行)”に、「うつ病の断眠療法」という記述があったからです(pp.123~125)。

 詳細は、マイブックスに掲げた、もとの本をお読みいただきたいと思いますが、ドイツで1950年代後半に、シュルテという医師が、うつ病患者が断眠療法でよくなることを発見したとあります。これを承けて、同じくドイツのプフルークとトーレが、1971年に、1回だけの断眠で抑うつ状態が改善することを発表しているということです。即効性があり、一晩断眠しただけで、60%程度の患者さんに有効なのだそうです。ただし、そのメカニズムはまだ明らかになっていないそうですし、躁うつ病(双極性障害)ですと、約10%が、断眠によってハイな躁状態になったという報告もある躁ですから、素人療法として試行するのは、避けた方が良いと思います。

 日本では、秋田大学精神科で、断眠療法と光療法とをミックスした治療を試みているようです。本の著者・西多先生は、「ヨーロッパのように断眠療法が珍しくない、やがてはそういう時代が来るかも知れません」と書いています。もし効果があれば、副作用もほとんどなく、安全性、有効性、医療コストを考えると、検討に値する治療法です。

 明日以降も、私のこの状態が続いたのであれば、この断眠に近い状況が起こった影響があるのかも知れません。断定はできませんし、その証拠もありません。単に、新しい処方になれて、副作用が減じただけかも知れません。引き続き、自分で自分の調子を経過観察することにします(苦笑)。

 今年もあと3日となった今日、ようやく本格的に年賀状作成に着手しました。現在、16時半を過ぎたところですが、EPSON製プリンタ & VAIOが、懸命に働いて、印刷作業を行っています。

 午前中から図案や、文章を考えておりましたが、家族用のもの約100枚は、昨年のバージョンを流用して、図案を入れ替え、平成21年を22年に修正するだけという、きわめて手抜きを致しました。まぁ、何とか生き長らえているということは伝わるだろうという、やや甘えた考えですが、関係の皆様にはご容赦願おうと、勝手に思っている次第です。

 それでも、仕事関係用の方は、一応あれこれ工夫して、六華苑や、諸戸氏庭園のお屋敷の写真を入れてみたりしたのですが、娘からは不評でしたので、家族用の図案をさらに流用して、作成しております。もちろん、近況をお知らせする文章は、新バージョンを作文しております。体調は、昨晩一晩を越えて、何故かしらやや持ち直しましたので、いくらかは見通しがあるという中身になっています。

 現時点では、こちらの仕事用、約180枚を印刷中です。あとは、宛名面を印刷して、コメントを入れて、遅くなったお詫びに、宛先別(市内、県内など)に仕分けして、明日中には、めでたく投函完了の運びとなる予定です。

 Wikiペディアならぬ、“アンサイクロペディア”では、一時、年賀状も、今年度は、「事業仕分け」の対象になるため、いったん東京に集められ、チェックされた上で配達されるため、早くとも2月上旬しか届かないなどという、“バ科ニュース”が載っていました(先ほどチェックしましたら、行方不明になっていましたが……)。まぁ、2月にはならなくとも、松の内くらいには届くかと思います。

 ところで、このアンサイクロペディアによれば、来年から寅年を猫年にしようという企みがあったようですが、どうやらその悲願は叶わなかったというニュースがありました。今さら帰られても、寅年で年賀状を作ってしまっていますので、一安心というところです(本気にしないでください)。

 12月28日、御用納めです。とはいえ、相変わらず、小休止状態が続いておりますので、明確に区切りがつかないまま年越しとなりそうです。率直に言って、このまま見通しが立たない状況では、困るなという気がしてきました。

 それもあって、先週木曜から服用しているリフレックスについての状態と感想を記録しておくことにします。もっとも、まだ、4日しか服用していません。「1週間くらい服用しないと効果が出てこないかも知れないので、医師の指示通りに続けてください」と、注意書きにありますので、まさに、途中での、個人的な感想です。

 まず、副作用の筆頭にあがっていましたが、眠気はかなりあります。薬の成分が体内に蓄積されてきたためかも知れませんが、睡眠時間は長くなり、同時に、朝、起きられなくなってきています。だいたい、夜10時~11時の間に就寝しますが、起床時刻が、7時、8時、9時と、徐々に遅くなってきました。昨日や、今日は、朝どうしても起き上がることができず、9時になってようやく起きられるという状態です。

 眠気は、日中も続いています。しかし、知らないうちに午睡をしているということはなく、眠いのに、何となく頭の芯だけは冴えていて、眠れないというのが、昼間の状態です。

 そして、ふらつきや、頭重感、ぼんやり感、肩こりも、収まるよりも、むしろ増加しているようです。倦怠感や、手のしびれ感も少し出てきていますし、口の渇きも強いように思います。また、ちょっと何かをしただけで、疲れやすくなってしまったように感じられます。今日も、午後から、ファン・ヒーターの“クリーニング・サイン”が出ましたので、カバーを外して、掃除しただけで、ヘトヘトになっていました。

 一方、基本的に、気分の方は、それ自体が、一次的に低下している感じはしません。「見通しが暗いな」とか、「またダメか」という気持ちにはなるのですが、これは、上記の副作用によって二次的にもたらされたもののように、今のところは思われます。

 最初に書きましたが、「このままでは困るな」というのは、焦燥感と言い換えてもよいのですが、これも副作用によってもたらされている気がしています。

 概略、このような感じです。他にもSSRI(ジェイゾロフト、パキシル)や、セディール(セロトニン作動性抗不安薬)も服用していますので、それらの作用との関連性も考える必要があるでしょうが、区別は困難です。

 私の主治医も、1週間は服用してみて、様子を見て、あまりにあわないようなら、中止してもよいと言っていました。少なくともあと2日は、服用してみようと思っています。しかし、これほど、朝起きられないとか、ふらつく(今日は、かなりふらつきました。自宅内でもつまずきそうになったり、バランスを崩しそうになったりしました)、頭重感やぼんやり感(今日は、頭が働いていないということをかなり自覚できます)があると、御用始めからの出勤がどうなるか、自分でも心配になってしまいます。

 一昨日の中日新聞・朝刊の特報で、“うつ病 薬頼み 再考論”で、「『病気と暮らす』考え方」や、「ストレス対処法、身につけ」、「生活環境改善」なども重要であることが指摘されていました。ジャーナリストの上野令さんや、精神科医の蟻塚亮二さんの提案が取り上げられている記事です。このブログでもこれらについては取り上げていますが、体調や身体的な症状が多少とも、安定していてはじめて、心理・社会的な対応に取り組める状態になると思います。

 それにしても、やっかいな病気です。「心の風邪」どころではありません。一種の慢性疾患というか、生活習慣病というか、そういう視点を取り入れてとらえ、対処することが必要です。薬と休養はもちろん必要ですが、認知療法、心理教育を併用したアプローチがもっと重視されてしかるべきだと考えます。

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