猫の欠伸研究室(アーカイブ)

~淡々と飽きもせず……~ チベット・ラサの僧侶曰く、「人の生涯は猫の欠伸のようなものだ」

2011年01月

 寒いのは今日までで、明日からは少し暖かくなるという天気予報が出ています。この予報は、是非当たって欲しいとは思いますが、雪国では、豪雪でお困りのようですし、暖かくなればなったで雪解けによる災害もあろうかと思います。お気をつけいただきたいと願っております。

 今日は、寒い中、午後からは歯科受診でした。寒かったのですが、「負けてはならじ」とばかり、徒歩で散歩をかねて行ってきました。それにしても、相当あちこちが痛んでいたため、治療もずいぶん長期間にわたってしまっています。今日は、左前部の上にある虫歯の治療でした。麻酔を打ってもらって、削り、型を取ってもらってほぼ1時間でした。

 さて、今日のお題です。昨年(2010年)11月8日のエントリーで、桑名フィルムコミッションが設立されるというニュースについて触れましたが、“広報くわな(2011年2月1日号)”に、その関連記事が、2ページにわたって掲載されていましたフィルムコミッションの説明から、実績、活動への参加の仕方、実際にエキストラとして出演された方の感想などから記事が構成されています。

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 その中に、このような“桑名での主な撮影実績”という一覧表も載っています。「人間失格」の撮影についても、“白馬現る!?”という2009年7月3日のエントリーで書いています。泉谷しげるさんのエコ・クロックについても、2009年10月11日に取り上げさせてもらいました。“遠くへ行きたい”については、知らずにいましたが、“赤かぶ検事京都編”は、実際に番組を見ていて、「これはどうも六華苑としか思えないな」と考えていた記憶があります。しかし、こうして一覧を見ますと、思った以上に、ロケが行われており、驚きました。

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 表の下半分、“天才刑事「野呂盆六」”以下は、これから放送される予定Rokkaen となっています。是非ご覧になって頂きたいと思います。いずれも、このブログで取り上げたことのある場所がほとんどです。六華苑蟠龍櫓照源寺等は、何度も取り上げています。桑名市観光案内のサイトもご覧ください。照源寺さんには、オリジナルのWebサイトがあります。 赤須賀漁港赤須賀漁協も、それぞれサイトがあります。三岐鉄道は、ナローゲージの電車で有名な北勢線が取り上げられているはずです。黄色いかわいらしい電車が、ゴトゴトと走っていて、いかにもローカル線という風情が楽しめます。

 ところで、別エントリーでもお知らせしますが、明日からはいよいよ2月にはいります。「リハビリ出勤」を週1回、半日からスタートする予定です。

 冷たい1日でした。鈴鹿の山の方には、雪雲がかかっているのが見えますが、平野部では、降りませんでした。明日の朝にかけては、最大5cmの積雪という予報も出ています。

 さて、久しぶりに著書からのシリーズにしました。出典は、ちょっと古いのですが、小笠原昭彦(1998):高齢社会と福祉工学・医用工学.柴山茂夫・甲村和三・林文俊(編)「工科系のための心理学-情報化社会を生きる―」,培風館,pp.184-200.です。

近年,高齢化社会あるいは高齢社会という言葉によく接する。また,マスコミなどでも高齢者の増加とそれに対する対策の必要性がよく報じられている。
本章では,福祉機器や介護機器(福祉用具)を中心とした高齢社会に向けての技術的支援における人間的要因について考えるのがねらいである。

1.高齢社会と高齢者の生活・特徴
(1)高齢社会

一般に,65歳以上の人びとを高齢者と呼び(WHOによる),高齢者が総人口の7%を越えた社会が「高齢化社会」である。さらに,高齢者が総人口の14%を越えた社会が「高齢社会」といわれる。

わが国における高齢者の総人口に占める比率は,昭和半ばまでは5%前後で推移してきたが,1970年に7.1%となり高齢化社会に入ったのである。高齢者の比率はその後も徐々に増加し,1994年には14.1%に至り,わが国も高齢社会となったのである。

ところで,高齢化社会に入ってから高齢社会に達するまでの年数を見ると,フランスでは115年,スウェーデンでは85年,イギリスとドイツでは45年を要したのに対して,日本は24年しかかかっていない。いわば,日本は,急速に高齢社会に達したのであり,これがわが国で,最近になって高齢社会が問題とされるようになった理由である。さらに,わが国は,2020年には総人口の27%が高齢者となる「超高齢社会」となると見込まれ(金子勇,1995),高齢社会への対策は急務である。

(2)高齢者のからだと心
人間では,成人期以降,いわゆる老化現象(senescence)が心身のさまざまな側面において生じてくる。老化は徐々に出現するが,個々の器官での老化の度合いも異なるとともに,個人差もかなり大きい。ここでは,心身各側面における老化の現れ方や高齢者における病気について,その主な特徴を述べる。

まず,加齢に伴い心身機能の低下がみられるが,図12.1には,55~59歳の向老期の人々の機能水準が20~24歳のそれと比較されている(斎藤 一・遠藤幸男)。斎藤らは,これらの結果をもとに,55~59歳の向老者の心身機能の特性として,次のことを指摘している。

 ・視力・聴力・皮膚感覚・眼の薄明順応などの感覚機能,平衡機能,抗病お よび回復能力の低下が顕著であること。
 ・肩関節の柔軟性低下が目立つこと。
 ・筋力では脚力の低下が大きいこと。
 ・運動機能では,音字速度や動作調節機能の低下が大きいこと。
 ・精神機能では,記憶力や学習能力の低下が著しいこと。
 ・これらに対し,呼吸ガス代謝,手や腕の力,筋作業持久能,大脳中枢興奮
水準,分析・判断力,計算能力などは,75~85%の範囲にあって,それほど大きな低下は見られないこと。

これらの機能低下は,正常な生理的老化現象によるものであるが,いずれにしても高齢になると予備能力が減少するため,変化に対する適応が困難になるのである。

高齢者自身は,60歳代では自分を高齢者と思っている人は比較的少ないが,70歳代になると,体力や活動性の低下など身体的要因をきっかけとして約70%が自分を老人と見るようになるという(岡堂哲雄・長濱晴子,1987)。
さて,高齢者では,2.5~3人に1人は何らかの病気にかかっているとされ,しかも,一人で複数の病気をもっていることが多い。また,回復が遅く,合併症を併発しやすいため,治療期間が長引くことが多い。これにともない安静状態が長期化すると,関節拘縮,筋力低下,裾唐などを生じやすく寝たきりや認知症,転倒・骨折,骨粗繋症,失禁,感覚低下・障害などQOL(quality of life,生活・生命の質)の低下につながることもある。しかし,介護を受ける立場になったこと自体が自尊心を低下させる要因ともなりうるので,十分な配慮が必要である。

(3)高齢者の日常生活における困難とその介護
ひとりの人間が独立して生活するために行う基本的な,しかも各人ともに共通に毎日繰り返される一連の身体的動作群を日常生活活動(activities of daily living,ADL)という(日本リハビリテーション医学会)。この動作群は,図12.2のように,家庭における身のまわりの動作(self care)とその他の生活関連動作に分けられる。また,広義のADLと考えられる応用動作(交通機関の利用,家事動作など)は生活関連動作として区別されている(矢谷令子)。

高齢者が,日常生活の中で最近困難に感じるようになったことを,壮年群との比較で図12.3に示した(徳田哲雄)。ここに挙げられた項目のいずれにも困難を感じていないという高齢者は14%にすぎず,壮年群でも34%にとどまっている。また,高齢群での困難の度合いは,すべての項目で壮年群を上回っており,具体的には,からだのバランスをとる立位平衡機能,下肢の筋力を必要とする坑重力的な動作,多くの情報の中から目的とする情報を選別する瞬時判断力などにおいて困難を感じていることが多いことが明らかである。

こうした日常生活における困難のうち,介護という点で見ると,立位平衡機能や下肢筋力による坑重力的動作についての介護の負担が大きい。特に,「三大介護動作」といわれる入浴,排泄および移動(移乗)に対する介護は,基本的な日常生活動作であるため,介護者の心身の負担も大きい。実際に介護を行っている家族は,女性や比較的高齢であることが多く(藤井直人・寺田安司,1996),介護の負担はなおいっそう大きい。

文 献
金子 勇  1995 『高齢社会・何がどう変わるか』講談社(講談社現代新書).
斎藤 一・遠藤幸男 1980 『高齢者の労働能力』労働科学研究所.
岡堂哲雄・長濱晴子 1987 『老人患者の心理と看護』(患者・家族の心理と看護ケア4)中央法規出版.
矢谷令子  1995 生活環境について(舟久保黙康・初山泰弘(編)『福祉工学』)産業図書181-197.
徳田哲男 1996 高齢社会に必要な捜術(熊谷公明・徳田哲男・藤井直人・秋山哲男(編)『高齢社会の適正技術』(講座高齢社会の技術1))日本評論社 65-99.
藤井直人・寺田安司 1996 高齢社会と福祉機器(藤井直人・熊谷公明(編)『福祉機器』(講座高齢社会の技術5))日本評論社 9-35.

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Yumehamachan  本日は、超ローカルネタで恐縮ですが、いよいよわが桑名市にも、桑名市公認のゆるキャラ「ゆめはまちゃん」が、誕生しました。アサヒ・コムの記事は、こちらにあります。このゆめはまちゃんですが、もともとは、桑名商工会議所が、「はまぐりのまち・桑名」をテーマに、2008年11月に公募し、550点の応募作品から選んだものだそうです(中日新聞、1/29朝刊、北勢版)。ハマグリから顔を出したデザインで、ピンバッジや、シールとして活用されていたそうです。それが、今回、着ぐるみが完成し、桑名市の活性化を応援する、いわゆる“ゆるキャラ”として認定されたという次第です。この着ぐるみも、商工会議所が、約60万円をかけて作成したとのことです。

 さて、このゆめはまちゃん。体の部分は、今回、着ぐるみを作成するに当たって、新たにデザインされたものです。中日新聞によれば、服は水をイメージした青色で、木曽三川をデザインした3本の線が入っています。胸にはバッジをつけることができ、商議所のマークや、市章など、イベントに合わせて付け替えるのだそうです。頭の部分(ハマグリの貝殻に見立ててください)には、「桑名」と漢字で書かれています。

 設定としては木曽三川河口で生まれた女の子で、女性だけあってか、年齢と体重は秘密ということです(笑)。昨日(1/28)、市役所で市長sんから認定証書を受け取り、早速、市内に挨拶回りに出かけたそうです。

 で、桑名市商工会議所のWebサイトによれば、四日市市で開催される、「子育て応援! Yumehamawakuwaku わくわくフェスタ」に登場するそうです。

「みえ次世代育成応援ネットワーク」で は、三重県との共催により、第5回「子育て応援!わくわくフェスタ」を開催します。このイベントは、子ども・子育て家庭をささえあう地域社会づくりに取り 組んでいるあらゆる主体が一堂に集い、子どもや子育て家庭にエールを送る目的で実施するものです。

 毎回、2日間で延べ2万人もの方々にご来場いただけるイベントで、今回も、子育てを応援する企業や団体など、より多くの会員が参加し、130ものブースを出展。子どもたちとの触れ合いを楽しみに、楽しく魅力的なイベントを企画しています。ご期待ください!

開催日  : 平成23年1月29日(土) 11:00~16:00
                      30日(日) 10:00~15:00
      場  所     : 四日市ドーム(四日市市羽津甲5169)
    ゆるキャラ
    パレード  : 三重県内の自治体や企業のマスコットなど約15体が大集合し、会場内をパレードします。
             ゆめ はまちゃんも、出演します。

     1月29日(土)
       ◆ 11:15~11:30 オープニングセレモニーに登場
          (1) 12:30~13:00 パレード1回目              
        (2) 13:30~14:00 パレード2回目
        (3) 15:00~15:30 パレード3回目
    1月30日(日)
       (1) 10:30~11:00 パレード1回目
        (2) 11:30~12:00 パレード2回目
       (3) 13:00~13:30 パレード3回目
       (4) 14:00~14:30 パレード4回目         
    パネル展示: 参加マスコットをパネル展示で紹介します。
             ゆめ はまちゃんのパネルも展示されます。

 おっと、今ごろ気づきましたが、今日・明日のイベントでした。

 朝から、このゆるキャラニュースを見たせいではありませんが、どうも脱力したまま、1日を過ごしてしまいました(他人のせいにしてはいけません)。散歩もサボり、午睡もむさぼり……という始末です(爆)。まぁ、たまにはいいか。

              

 ついこの間、新年を迎えたと思ったばかりなのですが、今日は、もう1月も28日(金)になってしまいました。本当に、「なってしまった」と思えます。年齢、オッと間違えました、馬齢を重ねるほど、歳月の経つのは、加速度的に早くなるようです。この先、いったいどうなるのかと心配になることもあります。

 さて、昨日の疲れもとくに出ず、また、眠剤も半錠で十分に効いているようで、よく眠ることができていますし、今朝も5時に自然に目が覚めております。今日も、予定通り、判で押したように、桑名駅を9時38分の準急電車に乗って、名古屋まで“外出リハビリ”に出かけて来ました。出かけますと、どうしてもお金を使ってしまう傾向がありますので、どうかという気もしますが、やむを得ません。

 本日の行き先は、三省堂名古屋タカシマヤ店です。文春新書の新刊が出ているはずですので、それを目当てにということです。ノーベル賞の益川先生と、iPS細胞の山中先生の対談本を見てみて、面白そうなら買おうということです。割と面白そうでしたし、オビの裏側に乗っていたお二人の並んだ写真が、何となく、漫才の“オール阪神巨人”というイメージ(大変失礼ながら)なのも気に入って、速攻お買い上げ決定、となりました。

 ところで、今日のお題の「春隣」ですが、「はるどなり」と読みます。ちなみに、賢いはずのATOK2010でも、さすがに一発変換はしてくれませんでした。俳句の季語です。それも、晩冬の季語です。先にネタ晴らしをしてしまいますが、今日の産経新聞に載っている、俳人で仏教大教授の坪内稔典先生のコラム“モーロクのススメ”のテーマです。

 春がすぐそばに来ているという感じや、春も間もない頃を示しています。今年は、立春が、2月4日ですので、そろそろこの言葉を使ってもよいころなのでしょう。実際には、まだまだ寒さに震えている状態ですし、週末には大寒波襲来という予報が出ていますが、陽差しや、木々の芽に何となく春を予感させるものを感じます。

一吹雪 春の隣と なりにけり
              前田普羅

銀鼠色の夜空も 春隣り
              飯田龍太
 (小学館、週刊日本の歳時記40号、2009年1月27日より)

 この週刊日本の歳時記の説明によれば、次のような説明がありました。

「春近し」「春待つ」と同類の季語だが、「春近し」は客観的であり、「春待つ」が心情的であるのに対して「春隣」は感覚的な言葉。

 ちなみに、晩冬の季語には他に、水仙、蝋梅、侘助、探梅などがあるようです。蝋梅はすでに咲いていて、独特の甘い香りを漂わせています。2月に入れば、梅が待たれます。

 もうひとつ、坪内先生の文章からお借りして、講釈を付け加えますと、「春隣」という言葉の典拠は、古今和歌集の歌、「冬ながら春の隣の近ければ中垣よりぞ花は散りける」だそうです。ただし、ここに詠まれた「散る花」は、実際には、風にあおられた雪で、それを風に舞う桜の花びらのように感じたということだといいます。

 以上、本日は、ちょっと柄にもない内容となりました(笑)。

 毎日、毎日同じことばかり書いていますが、今日も寒い日でした。最低気温-0.1℃、最高気温は5.8℃でした。が、それ以上に、北風が冷たいのには参ります。6m/sの北よりの風が吹いています。

 先週の診察で、眠剤が替わったものの、日中のふらつきや、眠気があまり変化しませんでしたので、昨晩は、カッターで半分に刻んで服用してみました。ただし、勝手にやったのではありません。先週の診察のときに、「眠気やふらつきが変わらなければ、半分にしてもらって構いませんから」と、主治医からの許可が出ているのです。しかしながら、これまで服用した分が、まだ体内に蓄積されているためか、今日は、あまり状態は変わりませんでした。精神科の薬の調整は、やはり難しいというか、微妙なものがあります。来週木曜日の診察までは、フルニトラゼパム1mg錠を、半分にして服用して、経過をみようと考えています。

 さて、その寒い中、午前中には、散歩というほどではありませんでしたが、近所のサークルKまで、雑誌を買いに行って来ました。今日は、週刊文春です。ジャーナリストの上杉隆さんが、小沢一郎さんにインタビューした記事が載っていたからです。しばらく前にも、週刊現代だったか、週刊ポストだったかにも、小沢一郎インタビューが載っていました。

 週刊文春の記事を読む限りでは、テレビや新聞などの大マスコミが報じているのとは、イメージがかなり異なるように思われました。巷間語られている小沢さんというのは、剛腕、金権、情念、悪徳、悪役という、超マイナスイメージがついて回っていますが、何となく、もっと知性的で、論理的、合理的な政治家であると思えます。

 インタビューの中で、小沢さん自身が語っていた言葉で、印象に残ったものには次のようなものがありました。

新聞には、機会があるたびに、誰でも良いから社を代表する人に出て来てもらって、公開討論会で大いに議論しようじゃないか、と呼びかけているんですが、出て来たためしがない(笑)。

新聞、テレビといった大メディアはビジネスの仕組みそのものが様々な規制で守られていて、アンシャンレジーム(旧体制)の中でも一番既得権を持っています。だから旧体制を変えようとする者は、既得権を奪うけしからん敵だとなって、何をやっても叩かれてしまうんです(笑)。

僕は議員の人たちにいつも言うんですよ。「自分自身で考えなさい。国会議員が陰でグチャグチャ言っているようじゃダメだ」と。

(大連立騒動の時に民主党が)「政権担当能力がない」と言ったのではなくて、「世間ではそう言われている。その不安感を払拭しなければいけない」と言ったんです。

まあ、それはそれとして、人間がやることですし、民主党は政権を取った経験がないから、試行錯誤は当たり前です。しかし、初志貫徹、初心を忘れるな、ということを僕は言いたいんです。「国民の生活が第一。」の理念を掲げ、その方法として「政治主導」「国民主導」を唱えて政権交代を実現したのに、それを忘れるからダメなの。こころ根の問題ですよ。

 などなどです。ここに引用したのは、まったく部分的なものですから、全体を読んでいただかないと誤解を招く可能性があります。人によっては、小沢さんを毛嫌いしていたりしますから(たとえば、海部元総理が、新潮新書で出版された回顧録での記述など)、時と場合や、相手によっては、対応が異なったり、印象が異なったりするものでしょうが、世間一般で思われているほど、悪役一方の人でもないかも知れません。

 たとえば、記者会見を、フリージャーナリスト、外国人ジャーナリストなどを問わずにまったくオープンにしている数少ない政治家のお一人です。小沢氏周辺の議員が、小沢さんのいとを忖度してあれこれものを言うのも影響しているのかも知れません。

 今回の記事を読んでの率直な感想は、テレビや新聞などの大マスコミの報じるところだけを素直に信じていると、判断を間違える可能性がかなりあるのではないかということです。しかし、われわれ庶民の情報源のほとんどは、その大マスコミですから、困ったものです。

 ところで、今日は、午後から、とあるところでの、とある会議に出て来ました。詳細はご勘弁願いますが、「社会復帰リハビリの一環としての行動」としてご理解いただければと思います。2時間ほどでしたが、さほど疲れたということはありませんでした。少なくとも、「グッタリしてしまった」というような状態からは、ほど遠い者で、「やっぱり、会議は疲れるよね」ということが確認できたという次第でした。リハビリ出勤、復職に向けては、プラスに作用したと思います。

 明日は、また、寒いようですが、外出リハビリをと考えています。




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