猫の欠伸研究室(アーカイブ)

~淡々と飽きもせず……~ チベット・ラサの僧侶曰く、「人の生涯は猫の欠伸のようなものだ」

2011年05月

 梅雨入りしましたので、“梅雨の晴れ間”ということなのでしょうが、素人的には、梅雨入り宣言が早すぎたのではという気もします。まぁ、どちらでも構いませんが……。

 体調は、抗うつ剤を飲んでいるときよりはよいのですが、どうも今ひとつ安定はしていません。夜間覚醒がありますし(デパスそのものが、短時間作用型の薬物ですから、その影響かと理解していますが)、抗不安薬ですので、モチベーションなどには直接作用してくれません。頭重感はずいぶん楽になった気がしますが、ふらつき、眠気はかなり弱まったものの残っています。いずれにしても、抗不安薬は、自律神経系のバランス回復にも効果があるということに期待していますので、まだまだ結論を出すには早すぎます。

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 さて、そういう状態のところに、ちょっとした嬉しいことがありました。河合塾からの封筒でしたので、翌確認もせず、「また、息子のところへ来たのだろう」としばし放り出してしまっていました。が、気になって宛先をよくよく見てみますと、小生宛の郵便物ではありませんか。「河合塾って、何かあったっけ?」としばし、気が付きません。大学時代の同窓生が、エラい様になって在籍していますが、たぶん彼とは関係はなさそうですし……。

 明けてみましたら、上記の画像のような文章とともに、図書カード\1,000分が同封されていました。そういえば、昨年度、愚息が受験生でしたこともありましたので、河合塾のK-net保護者会員として、登録して、メールニュースを購読していました。そして、3月には、保護者対象のアンケートに回答したことを、徐々に思い出したのであります。図書カードは、その謝礼として、抽選で当たったものです。

 これも、療養中で時間の余裕があるおかげです。というのも、メールマガジンなどで、アンケートや、プレゼントがありますと、なるべく応募するようにしているのです(苦笑)。当選確率が高いのかどうかは、カウントもしていませんので、分かりませんが、たまにはご褒美があるものだと思っています。テレビなどでは、主婦の方で、あれこれと懸賞に応募して、高率で当選する方の話がときどき包装されますが、そういう方にはとても勝てませんが、ささやかな喜びであり、楽しみでもあります。いずれにしても、こまめに応募することは大切なようです。

 いただいた図書カード、本好きの私にはちょうどよく、また、ありがたいものです。早速何か、本を買わせていただきます(笑)。

 台風一過ならぬ、温帯低気圧一過、天気はよいのですが、強風が吹き荒れています。マンション9階の拙宅では、南側のベランダの窓を開けていますと、北側の玄関ドアが開けられないほどの風の強さです。

 薬をデパスに変えてもらって、4日目となりました。昨日までは、終日、とてつもなく眠くて、なおかつ、歩く姿はフーラフラという有様でした。しかし、今日になって、多少、身体が薬になれてきたのか、これらはいくらかは、収まってきているようです。昨晩から今朝にかけては、同じような夢を繰り返し見て、2度ほど目が覚めてしまったこともあって、眠れなくなり、3時半に起きてしまいました。がしかし、その割には、まあまあという調子です。もっとも、正直に白状しますと、昼食後には、1時間半ほど熟睡しておりました(爆)。デパスは、多くの人が、服用し始めに猛烈な眠さを体験するようで、どうも小生もその例外ではなかったようです。今日、多少とも落ち着いてきたのは、おそらく、薬の成分の血中濃度が、ようやく落ち着いてきたということの証でしょう。

 さて、このところ、日曜夜のNHK・BSプレミアムで放送しています、“山田洋次監督が選んだ日本の名作100本~家族偏~”を毎回ビデオに撮っています。昨晩は、有吉佐和子さん原作(1972年、昭和47年)の“恍惚の人”でした。小説は、新潮文庫に収められています。映画は、翌1973年(昭和48年)に、森繁久弥、高峰秀子、田村高廣などの出演、監督・豊田四郎で、東宝から配給されています。

 今では、ある意味では、古典的な小説といえるかも知れませんが、原作は、認知症をいち早く扱った文学作品です。発表当時は、とてつもないベストセラーとなり、世間でもいろいろと話題になった記憶があります。高齢者の介護に悩み、奮闘する家族の姿は、現代にも十分通じるものだと思います。“恍惚の人”という言葉は、当時の流行語にもなりましたが、そのタイトルは、『日本外史』に三好長慶が「老いて病み恍惚として人を知らず」とあるのを見てひらめいたものだそうです。

 私自身、小説は読んだものの、そのストーリーはすでに忘却の彼方にあります。以下は、goo映画の解説からお借りしました。

立花家は、84歳の茂造、その息子夫婦の信利と昭子、子供の敏が同居していた。茂造は老妻が死んで以来、ますます老衰が激しくなり、他家へ嫁がせた自分の娘の京子の顔さえ見忘れていた。それどころか、息子の信利の顔も忘れ、暴漢と錯覚して騒ぎ出す始末。突然家をとび出したり、夜中に何度も昭子を起こしたりする日が何日か続いた。昭子は彼女が務めている法律事務所の藤枝弁護士に相談するが、茂造の場合は、老人性うつ病といって老人の精神病で、茂造を隔離するには精神病院しかないと教えられた。昭子に絶望感がひろがった。ある雨の日、道端で向い側の塀の中からのぞいている泰山木の花の白さに見入っている茂造を 見た昭子は胸を衝かれた。茂造には美醜の感覚は失われていない、と昭子は思った。その夜、昭子がちょっと眼を離している間に茂造が湯船の中で溺れかかり、 急性肺炎を起した。だが、奇跡的にも回復、昭子の心にわだかまっていた“過失”という文字が完全に拭いとられた。そして、今日からは生かせるだけ生かしてやろう……それは自分がやることだ、と堅い決意をするのだった。病み抜けた茂造の老化は著しくなった。そんな時、学生結婚の山岸とエミが離れに引っ越してきた。茂造は今では昭子の名さえ忘れ“モシモシ”と呼びかけるが、何故かエミにはひどくなつき、エミも色々と茂造の世話をしてくれるようになった。しか し、茂造の奇怪な行動は止まなかった。便所に閉じ篭ってしまったこと、畳一面に排泄物をこすりつけたこと……。ある日、昭子が買い物で留守中、雨合羽の集金人に驚いた茂造は恐怖のあまり、弾けるように外へ飛び出した。血相を変えて茂造を捜す昭子の胸に、迷子になり母の姿をみつけた少年のような茂造がとび込んできた。それから二日後、木の葉の散るように茂造は死んだ。昭子の脳裏に茂造の姿が浮かんでは消え、消えては浮かんだ……頬に一粒の涙がこぼれ落ちた。

 この映画に出演したときの森繁さんは、何と59歳だったそうです。「何だ、今のオレと変わらないじゃん」と少々驚くやら、何となくガッカリするやらという、妙な気分でした。相当役作りに入れ込まれたようで、「撮影中は役に入り込みすぎ、簡単な演技でもスタッフに『いいですね、あそこまで歩いていくんですよ』と指示してもらわなくてはならないほどであった」そうです。

 映画では、印象に残ったシーンがいくつかありました。“雨の日、道端で向い側の塀の中からのぞいている泰山木の花の白さに見入っている茂造を見た、嫁の昭子が胸を衝かれる”というところでは、雨に濡れるタイサンボクの花の白さと、茂造の心象風景には、何かしら共感さえ覚える気がしました。

 また、ラスト近くの、“昭子が買い物で留守中、雨合羽の集金人に驚いた茂造が恐怖のあまり、弾けるように外へ飛び出していなくなってしまい、血相を変えて茂造を捜しに来た昭子の胸に、迷子になり母の姿をみつけた少年のような茂造がとび込んできた”シーンや、ラストの、茂造が亡くなって葬儀も済んでから、縁側につるされた鳥かごに目をやりつつ、“昭子の脳裏に茂造の姿が浮かんでは消え、消えては浮かび、その頬に一粒の涙がこぼれ落ちる”というところでは、涙がこぼれそうになるくらいでした。

 Wikipediaで調べ、また、BSプレミアムの山本晋也監督の解説で、撮影が岡崎宏三カメラマンだということを知りました。私は、カメラマンの方まで知るほどの映画好きではありませんが、これほど美しく、かつ、心に迫り来る映像には心打たれるものがありました。

 自分自身が、この6年ほど病を得て、療養中心の生活を送っているせいもあるのか、うつ病という自分の病と、認知症という茂造の状態との間に、何かしらの親和性を感じてしまったせいなのでしょうか、ちょっと胸にぐっとくるものがある映画でした。モノクロ映画であるということも、よかったのでしょう。

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 台風2号は、先ほど(15時頃)、温帯低気圧に変わったようです。桑名では、b3166879.jpg
この24時間で61mmの雨量だったようです。現在は、雲は切れていまして、むしろ強風が吹き荒れています。三重県北部では、市町によっては”大雨警報”が出ているところもありますが、ここ桑名では、”大雨・強風・波浪”などの注意報に留まっています。明日は、雨のち晴れで、最高気温が25℃という予報です。この風雨の中、わが娘は、名古屋の日本ガイシホールで行われています、Hey Say Jump!”のコンサートに出かけています。まったく困ったものです。

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 外は、このような様子です。16時過ぎくらいの写真です。諸a1f123ed.jpg
戸氏庭園の木々が、相当風にあおられているのが見ていただけるかと思います。揖斐・長良川では、風で白波が立っています。

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 こちらは、南側のベランダからの眺めです。中央には、桑名市長島町のナガシマスパーランドが見えますが、相当霞んでいます。まぁ、今日は、さすがに遊園地に行っている方はないと思いますが……。

 さて、日曜日ですので、アカデミック・バージョンです。上野一彦先生のブログ“Kaz先生のEdu Blog”の5月25日のエントリーで、“入研教セミナーから”と題して、大学入試センター主催の“平成23年度全国大学入学者選抜研究連絡協議会(第6回)大会”に関連してのセミナーの報告が載っています。

5月24日は早稲田大隈記念講堂で、テ ー マ:「発達障害の入学者選抜と高等教育への受入れ」と題し、司会:宮埜壽夫(大学入試センター 試験・研究副統括官)パネリスト:田中久仁彦(日本学生支援機構 学生生活部特別支援課長)「2009 年、2010 年度における高等教育機関における発達障害者の現状と入試状況 」、上野一彦(大学入試センター 入学者選抜研究機構特任教授)「2011年度大学入試センターにおける発達障害者の区分導入と入試状況」、近藤武夫(東京大学 先端科学技術研究センター特任講師)「米国における発達障害者をめぐる入試と高等教育 」、そして、コメンテーターには高橋知音(信州大学 教育学部教授)、渥美義賢(国立特別支援教育総合研究所 前発達障害教育情報センター長)というメンバーで、最新の情報によるセミナーを行いました。

 その内容は、次のようなものだったということです。

近年,わが国における特別支援教育の浸透とともに発達障害への理解と支援は急速に進みつつあります。小中学校の「通級による指導」の児童生徒数は、 平成18年度にLD・ADHD・高機能自閉症が指導対象となってから、毎年急増し、わずか4年で3.1倍、2万人を超えるまでになっています。

そして初等中等教育から確実に高等教育にまで波及しはじめており、日本学生支援機構による大学などでの障害学生調査においても発達障害の学生数は毎年はっ きりと増加しています。そうした実態がデータによって示されました。センター試験でも「発達障害」区分の導入が図られ、今年は95名が特別措置を受けまし たが、数年で何倍にも膨れ上がっていく予想が出されました。

また、最近米国から帰国された近藤先生から先進的で刺激的な米国での様子をうかがうことができました。障害者の権利条約の批准や法的整備によってさらに理 解は促進されると思いますが、近藤先生の障害学生への支援が一般学生にも利用される可能性があるという話は、障害と健常との連続性を常に考えていく立場 からは印象に残る言葉でした。

 上野先生の記述にもありますように、特別支援教育は、確実に高等教育(大学教育)にも広がりを見せています。センター試験における“発達障害区分”での対応措置も始まりましたので、今後一層の進展が望めるでしょう。ということは、平均かそれ以上の知的水準をもちつつも、発達障害で苦しんでいる若者たちの将来展望が開けるということにつながります。これまでは、当事者たちの進路、職業選択にもかなり限りがあって、将来に夢や希望が持ちにくい状況にあったと思われますが、徐々にその状況が変わりつつあることを意味します。

 発達障害を持つ、ご本人たちはもちろん、親御さんや、教育関係者(担任の先生方、特別支援教育コーディネーターの先生方)にも、こういう情勢の変化をよく認識していただき、広く情報収集をしていただくことで、将来に是非希望を抱いて、それぞれの特徴、とくに長所を活かして、学習や生活を進めて行っていただきたいものだと思います。

 このブログでも、そうした情報があったときには、積極的にご紹介したいと思っております。

 ところで、今日、18時からのBS朝日で、“文化遺産の旅”という番組をしていました。四日市と桑名の旅です。桑名では、赤須賀漁港と蛤、六華苑などが取り上げられていました。いずれも、私の散歩コースです。お見逃しの方には、6月日(土)の16時から16時30分に再放送があります。次に引用させていただいた内容です。鉄ちゃんには、最初の末広橋梁は、見逃せませんよ。

三重県 四日市・桑名編

今回の訪問地は、三重県。四日市市と桑名市を訪ねて、北勢の文化を紹介する。

旅の始まりは、四日市市から。運河に架かる開閉橋・末広橋梁の雄姿に、声の旅人・寺田農は感嘆の声をあげた。昭和初期の完成から80年の時を経た今も、橋はなお開閉を繰り返して貨車と船を通している。文化財と呼ぶにふさわしい、港の風景だ。

古くから栄えた水運の要衝らしく、周辺には歴史的な建物も数多く残っている。その一つ、宮崎本店は、江戸時代創業の酒蔵だ。現在の建物は昭和初期の建築だが、それでも貫録十分。国の文化財に登録されても、いまだ現役。六代目の主人が大切に使っていた。

続いて向かったのは、旧四日市市立図書館。同じく昭和初期に建てられた、洋風建築物だ。外観は直線を強調した端正な佇まい。図書館の役割を譲って、今は地域の交流施設。声の旅人は、人々の賑わいを確かに聞いた。

旅の後半は、北上して桑名市へ。揖斐川沿いの、六華苑・旧諸戸家住宅を訪ねた。洋館、和館が軒を連ねる姿は、新鮮な眺め。西洋文化が流れ込んだ文明開化の時代を思わせる。合わせて文化財指定された庭園もまた、美しい。

時代は変わっても、変わらない価値がある。三重県四日市~桑名の文化財は、新たな役割を担って今も市民に愛され続けていた。

 アカデミック・バージョンといいつつも、ちょっと二兎を追ったようなエントリーになってしまいましたが、ご容赦ください。

 梅雨入り2日目ですが、いかにも梅雨という風な天気です。

 お陰様でといいますか、小生の体調もデパス2日目でしたが、どうも今ひとつ、二つという感じでした。確かに夜はしっかりと寝られるようになり、中途覚醒も減りつつあります。しかし、日中は、何とも身体的にだるく、眠気があります。また、ふらつきも、抗うつ剤とは異なった印象なのですが、出てきております。頭に石が入ったような頭重感は消失していますが、なかなか一筋縄ではいかないようであります。フ~ッ。

 さて、本日の話題。ソフトバンクの孫正義社長であります。その昔、まさに、パソコンソフト事業に邁進していらっしゃる頃は、ひょっとしたら立志伝中の人物(これまた、古くさい、歴史的用語でありますが)かと思ってみていました。しかし、このところ、ケータイ事業に進出された辺りから、どうもなぁという人物ではないかという気がして仕方ありませんでした。別に関係はありませんので、どうでもよいのですが……。自分のケータイも、auですし。

 しかし、それにしても、昨年の”光の道構想”や、2011の東日本大震災に関連して、100億円寄附だとか、ソーラーパネルによる自然エネルギー発電構想だとか、どうにもアブない、要注意人物ではないかという気がしてならなくなりました。

 別にどれだけ大風呂敷を広げてくれようが、ソフトバンクのケータイがつながらないのであろうが、いっこうに構いませんが、どうも、国を巻き込んで、自分の会社に資金を導入しようとしているだけではないかと思えるようになってしまいました。

 そうです、まったく、個人的には「好かない奴だ」という話です。ですから、今日のブログもそういうことだといえば、それまでです。ただ、”切り込み隊長ブログ”のエントリー”孫正義さん@ソフトバンクの新電力事業、「関西広域連合」との発表資料が馬鹿すぎると話題に #ganbarojp”を読むと、自分だけではなかったかと思った次第なのです。

モバイル事業の借金も満足に返さないうちから、より大きい風呂敷を掲げてさらにチャリンコを漕ごうという意欲が垣間見える孫正義さん率いるソフトバ ンクですが、何故か電力事業への進出を定款に追加、本腰で採算が取れるかどうかもまだ見当もつかないソーラーパネルによる事業案を発表しようとしていま す。

ただでさえ繋がらないソフトバンクモバイルの体たらくを無視して電力事業にうっかり進出したら、「世界で使えて自宅が圏外」どころか「原発ないけど自宅で瞬電」が頻発しそうな気がするわけですが。

 そうです、これが、切り込み隊長の本日のブログの始めの部分ですが、小生と似たようなことを考えておられるようです。さらに、

で、関西広域連合という一時代まえの暴走族のような不思議団体がでっち上げられて、そことの共同事業をソフトバンクがやるという建て付けであるようで、なんか資料が発表されたということで回ってきたんですけれども… 何でしょうか、これは。

自然エネルギー協議会
http://minnade-ganbaro.jp/res/presentation/2011/0526.pdf
関西広域連合がSB謹製資料を発表した
http://togetter.com/li/140971

ええと、電力事業に参入するなとか、原発批判けしからんとか、そういうつもりは毛頭ありません。でも、なんですこの資料。裏づけがないとかってレベルじゃなく、詳しくない人たちに期待を持たせて美辞麗句でどうにかしようという典型の話ですわね。

 ”関西広域連合”が、暴走族のようなネーミングであるというのには、笑ってしまいますし、面子の親分らしき人を見ていると、さもありなんと思えます。まぁそれは些末な部分として、地方自治体も、何を思ったのか、あるいは、勢いにやられrたの化、この事業に賛意を示す首長さんもおられるようです。

要するに、通信事業が好調なうちに、より大きな風呂敷を広げられる事業へ進出していきたいという話であり、福島原発へのムーブメントがあったことによる反 原発ポピュリズムを「光の道」で失敗したように展開したんだと思いますが、奇しくも東京電力とソフトバンクで手がけたスピードネットと同様に「大義名分は 立派だけど画餅」というのは公共事業においては厳に慎んで欲しいと感じます。

 私自身も似たような心配が頭をよぎりました。要するに、損して得取れという、商売人の基本ルールに乗っかって、こうした一連の行動を展開しているだけなのかも知れません。首長の皆様方には、よくよくお考えいただければ、国民も幸せを取り戻していけると思います。

 我らが、“殺風景な”総理大臣、菅直人ドノ。ちょっと音沙汰がなくて、静かだなと思っていましたら、G8でおフランス辺りまでお出かけなのですね。これで、多分、ご自身の欲望の1つは達成され、さぞご満悦なのでしょうね。何やら、日本国総理大臣としては珍しく、サミットの冒頭に発言する機会まで与えてもらったとか。これは、きっと、原発事故の処理でもっともっと、フランス企業にお金を使ってもらおうという、今年の議長国にして、原発大国のサルコジ・フランス大統領の企みに乗ってしまったのでしょう。

 その菅総理、今度は、次のようなことを宣ったそうであります。それにしても、懲りない人です。ひょっとしたら、ある意味では尊敬すべき人物かも知れません……。

 

西岡武夫参院議長は26日の記者会見で、菅直人首相がパリの経済協力開発機構(OECD) で「日本には昔から『足るを知る』という言葉がある。この言葉が教えているのは、適切な欲望の水準を知ることの大切さだ」と演説したことに、「自分に言っ て聞かせたらどうか。日本の将来を考えると、もういいのではないか。足るを知ってもらいたい」と改めて首相に辞任を求めた。 (2011.5.27 00:00

 まったく、どの面下げてというところです。西岡議長が立腹されるのもよく分かります。

 菅さんの資質だけでなく、取り巻き四人衆が、殿様のご機嫌取りをしているから、いつまでも居座り続ける要因の1つになっているという話もあります(週刊新潮、産経ニュースなど)。四人衆とは、“風見鶏”細野豪志(別名、“米つきバッタ”だそうです)、“茶坊主”福山哲郎、“茶坊主2号”寺田学、それに、“我が身可愛がり”枝野幸男といいます。いずれも、“トップの器量にふさわしい取り巻き連中”と、酷評されています(週刊新潮6/2号)。いやはや。

 かの斑目さんは、「やってられねぇ」とか、「私は何だったのか?」とおっしゃったそうですが、実は、案外まともな人だったのかもという気がしてきてしまいました。「可能性はゼロとはいえない」というニュアンスの表現をしたとすれば、それは、科学者としてはきわめて妥当な表現だからです。ただし、それが相手方(この場合は、官邸中枢部に棲息される皆様方)に、どう伝わったかは、別問題であり、検証が必要かも知れません。

 そのもともとの海水注入問題、どうも責任を、東電福島第一原発の吉田所長の“現場の判断”でそうしたのだという話が流れています。結局、政府と東電が手打ちをするために、吉田さんという、マスコミで見聞きしている範囲では、男気のある方に、責任を押しつけにかかったようです。

 何も誤りは犯さないという無謬主義で、何でも中央に情報をあげ、中央が判断するというのは、かつての日本共産党のやり方を思い出します。今の政権も、政治主導という空念仏のもと、中央で管理したいという気持ちの強さは相当なものがあるようですが、どうやら情報収集、整理、管理能力は、大きく劣っているようです。かの時代の日本共産党は、それでもナントカやってのけ、“民主集中性”だおと強弁していましたが、それに比べますと、民主党の皆様方は、どうもお粗末のようです。

 そういえば、“偽メール事件”で大騒ぎになったこともありますから、“情報云々”は、この政党には鬼門なのかも知れません。そういう“組織風土”をもつ寄り合い所帯なのでしょう(実は、ホンネでは、烏合の衆 a disorderly crowd と書きたいところなのですがねぇ)。

 それと、民主党、何やら震災騒ぎに紛れて、コンピューター監視法案や、人権侵害救済法案、外国人地方参政権付与法案などを通そうという陰謀もあるやに聞きます。気をつけなくてはなりません。旧社会の左派グループが中枢部に素喰っているようですからね。

 書けばまた、キリがなくなりそうですから、この辺にしておきますが、さすがに、国難に臨んで、自己保身に走ったりするのでは、男が廃ると思います。上から下まで、どういう人物がそろった政党なのでしょう。

 ところで、蓮舫大臣サマ、節電担当大臣としてお忙しいのかと思いきや、豈図らんや。なにやら、先だっては、この非常時にも関わらず、超党派にて“国会議員女子会”なる会合を開催して、相当の酩酊状態に至られた上で、「衆議院に鞍替えする。鞍替えしたら、代表戦をめざす」と宣言されたそうであります。女子会に出ているときも、襟を立てているのかなぁ? などとまた細かいところが気になってしまいますた。

 まったく上から下まで、どういう人物が集まっているのでしょうねぇ?やはり、上でも触れたような組織風土をもつのでしょうねぇ、きっと。

補足説明

組織風土(ソシキフウド、organizational climate
一般的には,社風職場雰囲気などに代表されるように,成文化されているわけではないが多くの成員によって実感される,その組織 に特徴的と考えられる思考様式や行動規範をいう。フレデリクセン(Frederiksen, N.),リトヴィンとストリンガー(Litwin, G. H. & Stringer, R. A.),タジュウリ(Tagiuri, R.)らによって1960年代後半から研究が行われるようになったが,その概念はいまだに不明瞭な部分が多く,理論的定義も研究者間でさまざまに異なっている。<後略>  (有斐閣、マルチラテラルから引用)

関連する用語

集団雰囲気(シュウダンフンイキ、group atmosphere
一定期間存続している集団 にみられるその集団特有の雰囲気社会的風土(social climate)ともいう集団の雰囲気はリーダーをはじめとした成員の相互作用によって醸成されるが,いったん形成された雰囲気は成員の行動を規定するようになる。校風,家風はその例である。集団雰囲気の規定要因としては,リーダーシップ ,集団目標などがある。<後略>  (同上)

 しかし、こうやって、心理学、とくに社会心理学の概念、専門用語から政党、とくに民主党の動きに関わるものをピックアップして検討してみますと、なかなかよく説明できそうといいますか、用語の具体例としてピッタリのような気がしてきますねぇ(爆)。
  

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