猫の欠伸研究室(アーカイブ)

~淡々と飽きもせず……~ チベット・ラサの僧侶曰く、「人の生涯は猫の欠伸のようなものだ」

2014年04月

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 朝8時過ぎには、雨も止みましたが、そのあとも、終日、曇っています。気温も、20℃にも達せず(19.8℃、15時40分)、鼻がグズグズしていますので、例の寒暖差アレルギーのようなものがあるのかも知れません。4月も今日で終わりです。まさに、“歳月人を待たず”であります。先日、中日新聞のコラム(中日春秋、4月28日)に、次のような文章が載っていました。

早いもので四月尽も迫る。齢(よわい)を重ねるほど一日や一年が過ぎるのが早くなる。「人の感じる時間の長さはその年齢に反比例する」。「ジャネの法則」というそうだ

年齢による経験で時間の受け止め方が異なるためという。三歳の子にとって一年間は人生全体の三分の一。五十歳の人間には五十分の一。時が軽くなるということか。時の流れを押しとどめたい年齢層には嫌な法則でもある。(以下略)

 ちなみに、引用されているジャネは、心理学者として知られてはいるのですが、この“ジャネの法則”は、心理学の領域では、辞典(事典)の類には、載っていません。このジャネは、Pierre .Janetですが、法則は彼の叔父とされるPaul Janet(哲学者)が考案したとされています。

 さて、偶数月の最終水曜日ですので、恒例により、朝からS理容院さんへ行って、散髪をしてもらいました。いつの間にか、このように“偶数月の最終水曜日にS理容院で散髪”という行動パターンが習慣化しました(笑)。別にこの通りにいかなくとも、パニックを起こしたりはしませんので、日常生活に支障は来しませんが……。ただ、我ながらヘンなこだわりだなという気はしています。

 このあたりの床屋さんは、月・火と連休です。その連休明けで、平日ですし、偶数の月の最終週と決めておけば、「いつ行こうか?」と考える必要がないというだけの理由です。

 朝9時開店ですので、その頃に電話をかけて(予約専門のお店なのです)、すぐにやってもらえるのを確認して、出かけるという次第です。天気がよければ、そのあとは、散歩に行くというパターンです。

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 消費税が上がったため、料金は4,200円から4,320円になっていました。S理容院さんでは、これに気を遣われたのでしょう、記念品として、ヘア・ブラシをくださいました。“Stylish Cushion Brush”としか書かれておらず、どこのメーカのものかは分からないのですが、家内が使ってみたところ、髪の毛がサラサラになると大喜び。さらに、クッションになっていますので、頭の地肌のマッサージをするのにも、好適だと、重ねて大喜びしています。予想外といっては、せっかくくださったS理容院さんに大変失礼ですが、良いものをいただきました。

 夕方、帰宅した娘にも使わせてみたら、「これ、超良い!」と、これまた高評価でした。娘はさらに、「百均ブラシとは大違い」というので、「これはなぁ、¥4,320もしたんだぞ」といったら、かなりマジに信じたようです(爆)。この金額、何といっても、散髪代でありますから。

 散髪の方は、例によって、「いつもの通りで」で、滞りなくしていただきました。

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 ところで、散髪が終わってからは、雨もほとんど上がっていましたので、少しでも歩こうと思い、住吉浦休憩所の方を回って来ました。写真は、諸戸氏庭園前の桜並木のところの、雨上がりの光景です。雨に濡れて、緑がいっそう濃く感じられます。ゴールデンウィークというと、この新緑が思い浮かびます。

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  わが家のマンションの玄関あたりから南側には、メインの植栽として、ツツジが植えられています。ここのツツジもかなり咲いてきています。こちらの写真は、諸戸氏庭園の本邸をバックに撮ってみました。ただし、今日は、コンデジしか持って出ませんでしたので、Richoのcx-3による写真です。雨による水滴が、鼻にもたくさんついていましたので、今から思えば、マクロであれこれ遊んでみればよかったと思いますが、天候の影響もあって、フラフラしておりましたので、そこまで思いつきませんでした(残念)。

 午後からは、昨日も取り上げた“減速して自由に生きる-ダウンシフターズ”の続きを読み、夕方には読み終えました。文庫化にあたって、最終章として1章、追加されていますが、章立ては次のようになっています。

  1. 「豊かさ」のリデザイン
  2. ビジネスパーソンだったころのパラドックス
  3. 月が沈むとき-旅で得た知恵
  4. たった6坪の?み屋-「たまにはTSUKIでも眺めましょ」開店
  5. ヒマで繁盛しないのに黒字経営
  6. 「円(カネ)」を儲けるのでなく、「縁(ツナガリ)」を設ける
  7. 自給→自信→自立→自由
  8. システムから降りる
  9. ダウンシフターズ
  10. 小ささで世界を変える
  11. 文庫版のために(最終章)

 著者は、オーガニック・バーの店主であり、週休3日、食の自給活動も始めています。米や、味噌などの自給です。その他社会的活動もかなりやっているようです。

 う~ん、良いですねぇ。小生、田舎は、家内の実家があります。田んぼもあります。畑は、昔より縮小されたもののあります。温泉も引いてあります。う~ん……でありますねぇ。

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 朝からずっと雨です。「大雨に警戒」という予報も出ていますが、今のとこ4921b231.jpg
ろ、わが家のあたりでは、せいぜい1時間あたり3mmくらいの雨のようです(アメダスのデータによれば)。日曜日に出かけた疲れ(といっても、身体的な疲れというよりも、アタマを集中して使ったための“脳疲労”であります)と、昨晩の睡眠不足によって、朝からボンヤリと過ごしております(“ボンヤリ”って、いつものことじゃないの?といわれそうですが、まぁ、否定できません)。

 ボンヤリついでに、これまたいつもの通りではありますが、思いつき話を羅列させていただきますので、いつものように、テキトーに読み流してください。

 先週金曜日に放送された、“団塊スタイル(NHK Eテレ、20時から)”のビデオを見ていました。この回は、“D'sスタイル 今明かす55歳空白の時”と題して、谷村新司さんを取り上げていました。谷村さんといえば、知らない人はないくらい有名な、アリスのメンバーにして、シンガーソングライターであり、かつ、その55歳からは、中国・上海で音楽大学の教授になっておられます(番組は、5月2日(金)午前11時から、Eテレで再放送がありますので、ご興味がおありの方はご覧ください)。

 55歳の時、帯状疱疹を発症し、また、奥様の一言で、コンサートツアーをすべて休止し、人生をリセットするという生活を送られました。自分の心が喜ぶことだけをしようと、文字通り、寝食を忘れて、本を読み耽っていたそうです。

 この番組の中で印象に残ったことばがいくつかありました。その一つは、「(他人と)比べない」ということでした。これは、私自身が、ずいぶん以前、“生と死を考える会”に関わりを持ち、大切な人を亡くした方たちの集まりに出て、お話を伺う中で一つの結論として得ていた、「悲しみを人と比べない」ということと、たぶん共通することなのでしょう。これまで生きてくる中で、“人に勝つ”とか、“他社に負けない”とか、いろいろな形で十分すぎるくらい“比べる”生き方をしてきた訳ですから。

 私としては、自分が考えたことと同じようなことばを谷村さんからも聞くことができ、我が意を得たりという気持ちを感じたのと、改めて、「比べない」ということの意味、大切さを思い出した気がしました。

 もう一つは、「(団塊世代の人達にだって、今から)『夢は何?』って聞いても良いんじゃない?」ということでした。子どもたちに「大きくなったら、何になりたい?」とか、「何をしたい?」と聞くことはよくありますが、大人に対してこういう質問を発することはありません。一種の社会的タブーになっているのかも知れません。

 私自身は、このブログに、今後の目標とか、夢として、「不良老年になりたい」と書いています。これは、今も変わりありません。そのために、何とかもう少し健康を取り戻したいと思い、あれこれやっていますが、なかなか思うとおりには行っておりません。

 何を以て「不良」というのか、難しいところがあります。もちろん、罪を犯すようなことを考えている訳ではありません。病気になって、他人様にはかなりの迷惑をおかけしたと思っていますし、これ以上他人様から、心底、「迷惑なヤツだ」とか、「困ったヤツだ」と、思われたい訳ではありませんが、「ちょいワル」とか、「ちょっとワガママじゃないか」と思われるくらいの生き方はしてみたいと思うのであります。

 「『いい人だ』とばかり思っていたけれど、案外そうでもないのね」と、「ちょっと変わり者かも知れない」などと思われるくらいが、ちょうど、私の考える「不良」かなという気が、今のところは、しています。

 こんなことをボンヤリと考えて(というか、妄想して)いたのですが、先日読んだ“里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (藻谷 浩介:著、角川oneテーマ21)”に書いてあったような生き方も良いかなという思いもしていました。

 そこへ、先日、中日新聞の朝刊に“働き方「減速」しませんか”という記事が載っていました。そこで取り上げられていたのは、高坂勝さんの“減速して自由に生きる-ダウンシフターズ-(ちくま文庫)”にまとめられた生き方でした。

 この本、昨日届いたところでまだ読み始めたばかりですが、なかなか面白いものです(飽くまでも、私にはということで、他人様に強制するものではありません)。

 何といっても、私自身は、ダウンシフターズを目指す云々以前に、病気で退職せざるを得ませんでしたので、ある意味、“半ば強制的に”このポジションに身を置かざるを得なくなった訳です。

 このポジションを、私自身は、“ドロップアウトした”と捉えていたのですが、このとらえ方も、リセットしてというか、再定義して、それも、消極的にではなく、自分の意思として、積極的に、“ダウンシフター”ととらえ直すのにも、意味があるかと考え始めたところです。

 著者の高坂さんは、いわゆる“モーレツ社員”として、大手デパートの販売部門で働いていたのですが、ストレスでうつ病寸前になり、30歳で退社。旅とフリーター生活を経て、3年後にバーを開店しました(「たまにはTSUKIでも眺めましょ」という店)。そこで目指したのは、「繁盛しない店」でした。暮らせるだけは稼ぐが、欲張ると忙しくなるので、年収350万円くらいを目指しているといいます。

 結婚してからは、店の休みを週1日から2日にしたそうです。さらに、幻冬舎から出版した“減速して自由に生きる-ダウンシフターズ-”が売れて、その存在が知られた店に客が殺到して、連日満席になるようになってしまったため(?)、店は週休3日にしたといいます。

 私自身は、上に書いたように、“半ば強制的に”このポジションに身を置かざるを得なくなった訳ですが、もう一度、積極的にとらえ直し、この立場にもっと意味を見出し、楽しめる余地がまだまだといいますか、かなりあるのではないかという気がし始めています。

 これまで、年齢その他のことも考えて、また、まだまだ年金が支給される年齢にも至っていないこともあって、実際は、退職者であるにもかかわらず、その意識は十分ではありませんでした(家内からは、「退職者なんだから」と何度もいわれていましたが……)。一応、自営業者として、臨床心理士の私設相談室を営んでいますが、何とも、身の置き所のない、中途半端な立場でしかなく、自由であることはある程度自覚はしていたものの、落ち着かない根本気分で過ごしてきました。

 高坂さんの本の初めの方には、仕事については、もちろん手を抜かず、誠実に安心で、安全なものを提供しているが、ヒマなときには、それを安心して自分の楽しい時間に充てているいると書かれています。たとえば、本を読んだり、パソコンをしたり、ギターを弾いたり、グゥグゥ居眠りしたり、だそうです。

 ヘンなところに引っかかったのですが、この“グゥグゥ居眠りしたり”というのを、安心して楽しんでいるというのが、妙に私の心に残ったのです(爆)。当然、この前提には、仕事はきちんとしているというものがありますが……。

 まだすべて読み終えていませんので、一つの結論を述べてしまうには、早いのですが、こういうことも安心して、自信を持ってやっても良いんだと思えたのは、今のところ、この本にであって得られた収穫です。“ダウンシフター”として、自分を積極的に、ポジティブに再定義してみると、新しい世界が広がるかも知れないというのが、前半で書いた、“この年での夢の話”とつながるかなと期待しています。

 と、雨の午後、妄想しておりました(笑)。

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 オマケ。わが家の南側のベランダから眺め下ろした光景であります。こ92e2e864.jpg
の中で、最近、気になるものがあります。勝手に写真など撮って、ここに載せたりするとお叱りを受けるかも知れませんが、この白いルーフで、黄色いボディのミニクーパが、何となく気になっています。周りの光景にある色の中では、目立つからかも知れませんが、最近の私の心象風景の一つであります。それ以上、特段の意味は、今のところよく分かりません。

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 もう一つ。雨が降りますと、余計にその新鮮さが見える気がします。諸戸氏庭園の緑の景色であります。このところ、何度も青々としているが、緑の色合いや、濃さに微妙な違いがあって、面白いと思い、よく眺めるようになっています。今日の雨で、また一段と緑濃さが増すでしょう。

 以上、妄想のオマケであります。お粗末 m(_ _)m

 16時前くらいからでしょうか、小雨が降り始めたようです。今のところ、まだ本格的には降っておらす、これを書いている間に止んでしまいましたが、明日から明後日にかけては、本格的な雨になるようです。低気圧の動きが遅いようで、長い時間降るという予報です。昨日の疲れは多少は残っているようですが、体調そのものは悪くはありません。

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 今日は、散歩の帰り、諸戸氏庭園前で、早くもトンボの姿を見かけました。シオカラトンボのように見えましたが、すぐに飛び去ってしまい、残念ながら、写真を撮ることはできませんでした。寒暖差がいつまでもあるなど、あれこれいっておりますが、季節は確実に進んでいるようです。写真は、諸戸氏庭園。春の一般公開が、4月26日から始まっています。

 さて、朝のうちは雲が多かったものの、薄日も差して、夕方までは雨は降らないという予報でしたので、散歩がてら用事を済ませてきました。国道1号線沿いにある愛知銀行から、八間通郵便局、そして九華公園と、4.8�qの距離です。こんなに歩くつもりはなかったのですが……。銀行と郵便局は、学会の会費(\12,000もします!)を払い込むため。九華公園は、ツツジの様子でも見てくるかということです。

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 その九華公園ですが、藤はもう盛りを過ぎてしまいました。変わって、ツツジ9eb67426.jpg
が次第に盛んになって来ています。右の写真は、公園へ西の方から、扇橋、九華橋を渡った突き当たりのところです。ここには、“三重県指定史跡桑名城跡”という碑が建てられています。これに注目する方はほとんどいらっしゃいませんが……。この奥に藤棚があります。

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 場所や、木にもよりますが、この左の写真ような感じで、ツツジが咲いてい12d006ee.jpg
ます。これは、右上の碑のところから、管理事務所の方角を撮ったものです。右側に少し見えているのが九華橋です。右の写真は、この日のところから右手(南側)に回り込んだあたりの様子です。今日は、老若を問わずカップルで来ている方がけっこうたくさんありましたねぇ。

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 九華公園内には、約550本のツツジがあるそうですが、中でも私が気に入っているのが、この奥に写っている、石垣の上のところのものです。赤いツツジを濃淡のある、何本かのピンク系のツツジが囲んでいる景色が気に入っています。

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 こちらは、九華公園の北門を入ってすぐの、鎮国守国神社の社務所裏の2d58bbe4.jpg
ところです。去年も試してみたと思いますが、堀の水面近くまで、ツツジの花が咲きますので、水面にそれらの花が写っているところを、何とかきれいに撮ってみたいと思っています。今日は、水面は静かでしたが、天気が今ひとつ。天候がよくて、風がなく水面が鏡のようになっているという条件の時を狙っていかないといけません(笑)。再挑戦ですねぇ。

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 堀に架かる橋の上から覗いてみたら、カメ、それも、ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)ばかりが、とんでもない数、浮いていました。「ミドリガメばかりだな」と思って見ていたら、公園管理の方に声をかけられました。この頃、顔なじみになって挨拶は交わすようになっていたのですが、話をしたのは初めてです。「毎日のように写真を撮りに来てるけど、どこかに発表したりしているのか?」ということでした。そりゃぁ、そうでしょうね。まぁ、怪しい人物と思われなかっただけマシです。ブログをしていて、そこに野鳥や、花、昆虫の写真を載せているという話をしたら、「昔は、写真は道楽で、金もかかったけど、今はパソコンで見て、いらないものや出来の悪いものは簡単に消せるし、良いよね」という話になりました。ワンパターンのデジカメ散歩でも、これだけ続いていると、挨拶だけでなく、話をする方もだんだんと増えて来ました。自分がこれまで知らなかったことも聞くことができ、結構面白いものがあります。

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 ところで、野鳥の方は、冬鳥はほとんどいなくなりつつあり、夏鳥はまだ、といういわば“端境期”です。キンクロハジロたち、今日は、15羽しかいませんでした。のんびりしつつも、羽繕いをしたりしていましたから、そろそろ旅立ちの時かも知れません。

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 カワラヒワは、最盛期よりも少ないものの、あちこちで鳴き声はしていましe7a395d0.jpg
た。また、今日は、珍しく、2~3箇所で、メジロの鳴き声が聞かれました。ようやく姿を見つけ、撮ることができたのは、右のような、アリバイ写真。朝日丸跡でした。久しぶりです。
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 ツグミも少なくなりました。公園シベリアへ戻っていっているのでしょう。


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 スズメたちは、あちこちで、元気そうにしています。左は、二の丸跡、コン1248f364.jpg
クリートの舞台近くで近寄ってきました(そう見えましたが、そうなのかどうか、本当のところは分かりませんが……。)右は、本丸跡のベンチで休んでいるときにたまたま、近くに降り立ったスズメです。嘴に、餌に捕まえたのでしょう、昆虫を咥えたままです(虫がお嫌いな方、苦手な方は、拡大しないようお気を付けください)。

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 セキレイたちは、あちこちでよく見かけます。これはセグロセキレイでしょう後ろ姿しか撮れませんでした。そのほか、ヒヨドリも、最盛期ほどではありませんが、公園内で見られました。

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 ツバメは、去年よりもまだ少ないような印象があります。ただし、飽くまでも印象で数を数えたり、巣を確認している訳ではありません。こちらは、寺町近くで撮ったものです。飛んでいるところをきれいに撮りたいのですが、こればかりはなかなかうまくは行きません。

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 チョウも、モンシロチョウ、アゲハ、シジミチョウなどたくさん見ますが、今日、写真に撮れたのは、こちらキチョウだけです。住吉浦の駐車場脇に咲いていたタンポポに止まって蜜を吸っているところです。

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 同じく、住吉浦の休憩所のところから東の空と揖斐川を見たところです。雲がきれいに揖斐川之川面に映っていましたので、撮ってみたということです。先ほどのツツジもこれくらい綺麗に撮れれば良いのですがねぇ。

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 散歩の後半からは、晴れ間が出て来て、汗ばむくらいになってきました。これは、帰宅したとき(12時過ぎ)に撮った多度山の方角の写真です。野鳥は、端境期ですが、昆虫は次第に見られる種類、数とも増えて来ているようです。花と共に、これからの散歩の楽しみは、昆虫撮影もとなってきます。

 今日からのアカデミックバージョンは、“WISC-�Wによる知能・認知能力のアセスメントにおけるポイント”と題して、何回かに分けてエントリを掲載します。

 この内容は、本日(2014.04.27)、東海アセスメント研究会の冒頭に30分ほどでお話しした内容です。本来は、昨年(2013年)9月に予定されていたこの研究会で話をする予定でしたが、体調不良でキャンセルしてしまったものです。また、昨日、この話をするという予告をせずに、若干の経過があって、話をするに至りましたので、同研究会の会員の方で、お聞きになりたい方が、あるいはいらっしゃるかも知れません。昨日も、事例検討の“前座”として、かなりはしょってお話ししましたので、よくお分かりにならなかったということもあったかも知れません。そこで、何回かに分けて、きちんとした説明を付けて、この内容をエントリにして掲載することにしました。

 ポイントだけを取り上げておりますので、必ずしも体系的な内容にはなっていませんが、基本的な事項であるという点は、ご理解ください。また、検査を用いたアセスメントという視点でお話しした内容ですので、それもご了承ください。

 また、これまでにこのブログで書いたエントリの内容とも重複するものがあるかと思います。

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 初めに、“心理アセスメントの過程”について、きちんと理解していただきたいと思い、この内容を取り上げました。これは、WISC-�Wだけに当てはまるものではなく、知能検査、認知能力検査を用いた心理アセスメントを行う場合に一般的に当てはまるものです。

 説明を補足しましたので、煩雑な図になりましたが、黒い枠で囲んだ範囲が、心理アセスメントの基本的な過程です。すなわち、“主訴・問題点・課題”を明確化するところから始まり、“援助・指導(最近は、支援という用語がよく用いられるかも知れません)計画立案”のところまでです。

 心理アセスメントを始めるときに、もっとも重要な点は、主訴、問題点、課題、子どもの困っていること(ここでは、以下、主訴とまとめて書かせていただきます)について、なるべく具体的な内容について、明確にすることです。すなわち、これらが曖昧ですと、アセスメントを進める上での基本的な視点が定まらないことになってしまいます。視点が定まらないで、たとえば、「知能検査をやってみれば、何か分かるかも知れない」ということで、アセスメントをすることがあるかも知れませんし、それでもメリットが得られるかも知れませんが、標準化された個別式の知能検査(以下、認知能力検査も含みます)は、それを受ける子どもたちにも、また、検査者にも大きな負担を強いるものですから、主訴は、なるべく具体的な形で、明確化してください。

 主訴が明確化されましたら、次には、その主訴を巡って、主訴に関わる情報を収集します。この情報収集には、どのような内容の情報を取り扱うかによって、“量的情報”と、“質的情報”とを区別します。

 知能検査など標準化された心理検査では、FSIQ、指標得点、下位検査評価点のように、数値化された得点が得られます。その意味で、検査を実施した結果得られる情報を“量的情報“と呼びます。こうした量的情報は、なるべく客観的なものが得られるよう、科学的、統計学的根拠を持ってつくられています。しかし、知能などの“心理特性”は、たとえば、机、椅子のように物理的に存在するものではありません。知能、性格、不安などは、すべて人間の心理や、行動の特徴を説明するためにつくられた“構成概念”です。机の特徴を調べるには、たとえば、物差しを当てれば長さが分かるように、直接測定することが可能であるのに対して、構成概念である心理特性は、間接的にしか測定できません。間接的に測定しますし、

 また、測定の対象が人間ですから、体調の善し悪し、注意の集中、不安など、種々の、知的能力以外の要因、条件によって、“測定誤差“が生じ得ます。

 さらに、知能検査であっても、子どもの知能を全体に、詳しく測定するものではなく、各検査に置いて、あらかじめ用意された課題、定められた手続、方法に沿って、いわば子どもの心理、行動辛さヌルを撮って調べるものです。

 以上のような理由から、得られた知能検査の結果は、まったく間違いのない、客観的な、その子どもの特徴であると、ただちに断言できるものではありません。たとえば、WISC-�Wを通して見た、その子どもの知的な能力についての1つのデータであり、仮説であるといえます。仮説であるからには、何らかの手段でそれを検証する(確かめる)ことが必要になります。

 この仮説検証のために、もう一方の質的情報との照合が必要になります。質的情報とは、子ども自身を日常生活や、学校生活、あるいは、検査の場面で直接観察して得られた所見や、子ども自身、親御さん、あるいは以前の担任などとの面接から得られる情報、また、引き継ぎ書類、通知表、母子手帳などに記録された情報などがそれにあたります。

 このような形で、量的情報と質的情報とを照らし合わせた結果、両者が一致すれば、それはその子どもの特徴である可能性が高くなります。この作業が、“量的情報”と質的情報”の間にある両方向の矢印の意味するところです。

 このとき、留意していただきたい点があります。両者から得られた情報が一致すれば、それは、その子どもの特徴であると考えて間違いがないのですが、一致しないこともよくあります。その場合、われわれが陥りがちな思考は、「どちらが正しいのか?」という、二者択一的なものです。

 むしろ、両者が一致しないのは、何故かを考えていただいた方が、その子どもの特徴をより深くできるきっかけとなります。それが難しければ、さらに情報を収集してみることも必要になるかも知れません。

 話を進める都合上、両者からの情報が一致し、確かにその子どもの知的能力、認知能力の特徴が明らかになったとします。次には、これらの特徴と、最初に明確にした主訴とがどのように関連するかを考えます。これが、次の段階である“解釈”となります。

 ここまでを別の表現で説明しますと、図の上側に付記した内容になります。すなわち、主訴の明確化は、「対象児の何について解決したいか、『問い』を立てる」こととなります。次の情報収集のところは、「『問い』に対する『回答』を、客観的に、科学的に探索する」作業を行う部分といえます。そして、解釈は、「『問い』に対する『一定の』回答を得る」ことです。

 このように、心理アセスメントの過程の図に示した一つひとつの構成要素は、矢印にしたがった順番に展開されるといういみで、“順序性”のあるものですし、また、ある構成要素は、前のそれをもとにして展開されるという点で、“連続性”があるものなのです。

 逆から言えば、それぞれの構成要素は、決して、それぞれが独立した、関連のないバラバラなものであってはいけないということなのです。これらの点は、実践の場面ではあまり意識されないまま行われていることもまま目にしますので、十分にご留意いただきたいところです。

 もちろん、心理アセスメントの取り敢えずの最終段階である“援助・指導計画の立案”は、解釈の結果に基づいたものでなければなりません。解釈を根拠にして、“援助・指導(支援)”の計画、方針が立てられる必要がありますし、そうしなければ、わざわざ大変な思いをして、知能検査を実施した意味がないことになります。

 そのほか、援助者ご自身が、知能検査を実施する場合には、検査を正しく実施するということが、的確な心理アセスメントを進める上での大前提となります。検査のマニュアルに示された実施方法を十分に理解した上で、正しく検査を実施してください。

 臨床心理士に依頼したり、病院などの医療機関、その他の専門機関に検査を依頼する場合にも、その子どもの主訴、課題、問題点、何に困っているかについて、なるべく具体的な形で伝えていただいて、それに対する支援を検討したいので、検査を実施して欲しいというように依頼をしていただくと、援助者として知りたいことがらについての所見が得られやすいと思います。

 以上が、心理アセスメントの過程となります。個々の構成要素が何を意味しているかということと、それぞれの構成要素、アセスメントを展開していく上では、順序性と連続性が重要であり、また同時に、必須であるということを忘れないでください。

 なお、WISC-�Wの利用、解釈、アセスメントにあたっては、以下の文献・資料が参考になるでしょう。

  1. 日本版WISC-�W刊行委員会(訳編)(2010):日本版wisc-�W理論・解釈マニュアル.日本文化科学社.
  2. 日本版WISC-�W刊行委員会(訳編)(2010):日本版wisc-�W実施・採点マニュアル.日本文化科学社.
  3. 日本版WISC-�W刊行委員会:日本版WISC-�Wテクニカルレポート(2014年4月現在,#9まで) http://www.nichibun.co.jp/kobetsu/technicalreport/index.html
  4. 一般財団法人特別支援教育士資格認定協会(編)(2012):S.E.N.S養成セミナー  特別支援教育の理論と実践  �T  概論・アセスメント(第2版).金剛出版.
  5. プリフィテラ,サクロフスキー,ワイス(編)上野一彦(監訳)(2012):WISC-�Wの臨床的利用と解釈,日本文化科学社.
  6. フラナンガン、カウフマン(編)上野一彦(監訳)(2014):エッセンシャルズWISC-�Wによる心理アセスメント.日本文化科学社.
  7. 三好一英・服部環(2010):海外における知能研究とCHC理論.筑波大学心理学研究,40,1-7.
  8. 日本版WISC-�W刊行委員会(編)(2014):日本版WISC-�W補助マニュアル.日本文化科学社.(刊行予定)
  9. 上野・松田・木下・小林(2014):日本版WISC-�Wによる発達障害のアセスメント-代表的な指標パターンの解釈とケースレポート-.日本文化科学社.(刊行予定)

 1と2は、WISC-�Wに付属したマニュアルですが、これらのみを購入することも可能です。解釈にあたっては、1の方に基本的な考え方やプロセスが書かれていますから、検査をご自分で実施されない方も、なるべく一度は、お読みになることをお勧めします。

 3は、日本版WISC-�W刊行委員会の先生方が、WISC-�Wの解釈や、因子構造、解析ソフトなどについて、説明をお書きになったものがpdf資料で公表されたものです。一通り目を通しておかれるとよろしいでしょう。

 現時点で、WISC-�Wを利用したアセスメント、解釈をする方に撮っての必読文献といってよいのは、4です。筑波大学の大六一志先生が、WISC-�Wについて丁寧に、順を追って説明していらっしゃいます。この本は、SENS(特別支援教育士)向けのテキストではありますが、知能検査などを利用した心理アセスメントの記述が充実しており、KABC-�Uや、DN-CASについても触れられています。

 CHC理論については、21世紀に入って、知能理論の事実上のスタンダードになっています。多くの知能検査がこれに沿った形で改訂されるに至っています。しかし、一般的な心理学のテキストにはまだ十分な説明が載っていないことが多いでしょう。研究論文ではありますが、7をご覧いただければ、その概要がお分かりになると思います。

 6は、アメリカでは、WISC-�Wの第2のマニュアルのような位置づけをされているようです。ただし、翻訳本で、総ページ数が600ページを越えるという大部のものになっています。初心者の方が読み通すのは大変かも知れません(小生もまだすべてに目を通せてはいまさせん)。最初のあたりは、一読なさり、その他は必応に応じて、参照するという利用の仕方でも良いかという気がしています。

 5は、内容的には難しいものがあります。研究者の方には必読かも知れません。

 8と9は、これから刊行予定のもので、日本版テクニカルレポートの#9で紹介されています。8には、アメリカなどではすでに利用されているGAIや、CPIなどの総合指標の標準得点が算出できる換算表が載った、まさに“補助マニュアル”のはずです。9は、タイトルからして、「事例集」のような内容になると想像しています。

 何とも思わせぶりなタイトルにいたしましたが、大したことはありません。本日は、某アセスメント研究会にて、名古屋市郊外のS女学園大学に行っておりました。それだけです……と思ったのですが、よくよく考えてみましたら、本日のこの研究会への参加者の中で、小生、“黒一点”(こんな日本語はないでしょう。紅一点というのは、あります)でした。(笑)。

 11時15分出発、18時55分帰宅でした。例によって少々お疲れですので、本日分のアカデミックバージョンは、明日にでも、今日の日付で書きます。心理検査を使った心理アセスメントの基本についてを予定しております。

 実は、今日は、事例検討会だったのですが、冒頭といいますか、前座として、WISC-�Wによるアセスメントのポイントのお話をしましたので、その最初のところを書こうと考えております。「心理アセスメントの過程」のつもりです。以前にも書いたかも知れませんが、補足説明をバージョンアップして書きます。

 ところで、「お疲れです」などと書きますと、ご心配くださる方もいらっしゃいますので、若干、説明をさせていただきますと、身体的に疲れ切ったのではなく、たまに都会に出て行くということもあってか、情報や、刺激が豊富すぎて、情報処理が追いつかず、オーバーフローしてしまい、アタマが飽和している感じが、「お疲れ」の本質であり、大部分であります。その副次的な作用として、フラツキ(動揺性めまいといいます)があるという感じです。またまた、屁理屈を捏ねておりますが、いつものこととして、ご容赦ください(爆)。この背景要因としては、自己診断ではあるものの、例の自律神経系の不調があると思います。

 取り敢えず、今日はこれにて。今日いただきました、ブログコメント、メールへのお返事も明日でということで、ご了承ください。

【付記(4/28)】 アカデミック・バージョンは、4/28に、4/27付けで掲載しましたので、ご覧ください。少々インチキをしましたが、ご容赦ください m(_ _)m

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