2008年01月13日
タンブラー tumblr
おいおいまた更新滞ってるじゃねえか!せっかく応援してやろうとおもってるのによう…って思って下さってる皆さん、朗報です!w
タンブラー始めました。もう2週間もの間、(旅に出てた2日間を抜かし)毎日更新してます。しかも更新量も多いよ。
タンブラーはスクラップブックのように、他人の記事の引用が簡単にできるシステムです。firefoxにアドオン入れまくってブログやニュースから気になる記事をクリッピングしてます(もちろん自分のアイデアや意見も書いてますとも)。引用に作者の意思は宿りますかね?
施井泰平タンブラー
http://nanospectives.tumblr.com/
タンブラー始めました。もう2週間もの間、(旅に出てた2日間を抜かし)毎日更新してます。しかも更新量も多いよ。
タンブラーはスクラップブックのように、他人の記事の引用が簡単にできるシステムです。firefoxにアドオン入れまくってブログやニュースから気になる記事をクリッピングしてます(もちろん自分のアイデアや意見も書いてますとも)。引用に作者の意思は宿りますかね?
施井泰平タンブラー
http://nanospectives.tumblr.com/
2007年11月21日
TOKYO BAR
2007年11月17日
現代アートがくだらなすぎてワロタ
某ブログで、2ちゃんねるの編集記事が紹介されていました。
まんざら間違ってもないコメントがいくつかあります。
なかでもこのコメントなんか、言われがちな事だけど、なんかちょっと考えさせられます。
以前「みたいもん!」で紹介されていた「株式会社」という本に、今の社会システムが出来る前の世界について書いてあった。
かいつまむと、昔は、国や宗教やそれに準じる力が絶大で、一般庶民の力は弱かったけど、株式会社というシステムがそれらと対当する大きな力を生んで世界を変えたという内容。これを読んで、アート界って株式会社が出来る前の世界に似ているなと思ったのを覚えている。
(出典が曖昧なので話半分で読んでいただきたいのですが)今では現代美術界のトップスターのダミアン・ハーストも、その昔は賛否両論が激しく対立していたのに、エリザベス女王がダミアンの作品を買った事によって評価が確定したみたいな話を聞いた事がある。それが事実なら、それはまさしく株式会社が出来る前の世界と同じだし、先に引用した2ちゃんねるの書き込みもまんざら間違っていないということになる。
勿論、一流のアーティストと呼ばれるような人々はこういった問題に対して盲目的であるわけもなく、
実際、「社会のシステム」とか「美術のシステム」の問題や、システムそのものを喚起するといったコンセプトで作られた作品も多くある。
しかし、その「喚起」力が美術の理解者にしか通じないのはいいかげんわかった事だし、侃々諤々を繰り返したとこで、わかる人にはわかり、わからない人にはわからないのが、悲しきかな、現実です。
そもそも、エントロピーの法則じゃないけど、モダニズムのような影響力のある評価軸が消滅してしまった世界では、評価軸が日を追うごとに無秩序化するのは自然な事。評価軸が無くなれば、個人の趣味趣向だけでソートされる世界になるので、「単なる飾り」とは一線を画したアートの存在理由は薄れて行くだろう。
「何の為のアートなのか」という存在理由が薄れ、わかる人にはわかり、わからない人にはわからない状態のままのアートが未来永劫続くとは思えない。
こんな話はここ30年で語り尽くされてきたのかもしれないが、今僕らはIT革命という大きな波の中にいる。ちょっと前まで不可能だったさまざまな事が今では出来るようになっている。梅田望夫/茂木健一郎の「フューチャリスト宣言」じゃないけど、アートの世界でも、IT概念やIT技術を要した改革及びパラダイムシフトが行われるべきなのではないか。世界が柔らかくなっている今のうちに「国や宗教やそれに準じる力」と対当するような大きな評価軸というか、美術自体がイニシアチブをとれる評価構造を生む努力をすれば、「2ちゃんねる」に反映されるような大衆の深層心理を動す事も出来るようになるはずだ。
最近はそんな事ばかり考えている。まあ、現在はアートバブル真っ最中らしいけど、ちゃんと未来を見据えて、バブル崩壊後「施井泰平はアート界の静岡銀行だった」と呼ばれるようになるわ。
余談だけど、なぜ「ウェブ進化論」じゃなくて「フューチャリスト宣言」を引用したのかというと、20世紀初頭、産業革命が世界に浸透し始めた頃に、アート界にもフューチャリズム(未来派)というアート運動があったのです(フューチャリズムを遂行するのがフューチャリストね、一応)。それとかかっているんです。
フューチャリズム(未来派)の作品はキュビズム的概念に「動き」を加えるという意味で、初期のデュシャンの作品とコンセプトも発表時期もシンクロしています。
フランス出身のデュシャンはその後渡米し、世界におけるアメリカの力が増すと同時に評価を上げて行き、今では「現代美術の父」と呼ばれるまで上り詰めていますが、一方、イタリアで発足したフューチャリズム(未来派)は戦争関係で色んな問題を抱え衰退して行き、現在ではデュシャンに比べると大分地味な評価を受けています。
勿論、初期作品がシンクロしているだけで、その後の展開は属している国家同様、違うルートを辿ったからというのも大きいだろうが、ここでも、少なからず、アート界が株式会社ができる前の世界同様「国や宗教やそれに準じる力が絶大」な影響を及ぼす世界であることを匂わせているのだ。
まんざら間違ってもないコメントがいくつかあります。
なかでもこのコメントなんか、言われがちな事だけど、なんかちょっと考えさせられます。
現代アートに限らず、美術なんていかに時の権力者に認められるかにかかってる。
力のある人間が「センスある」て認めれば、その他大勢もそれに流されてセンスあるような気になるわけだ。(【2ch】ニュー速クオリティ:現代アートがくだらなすぎてワロタより)
以前「みたいもん!」で紹介されていた「株式会社」という本に、今の社会システムが出来る前の世界について書いてあった。
かいつまむと、昔は、国や宗教やそれに準じる力が絶大で、一般庶民の力は弱かったけど、株式会社というシステムがそれらと対当する大きな力を生んで世界を変えたという内容。これを読んで、アート界って株式会社が出来る前の世界に似ているなと思ったのを覚えている。
(出典が曖昧なので話半分で読んでいただきたいのですが)今では現代美術界のトップスターのダミアン・ハーストも、その昔は賛否両論が激しく対立していたのに、エリザベス女王がダミアンの作品を買った事によって評価が確定したみたいな話を聞いた事がある。それが事実なら、それはまさしく株式会社が出来る前の世界と同じだし、先に引用した2ちゃんねるの書き込みもまんざら間違っていないということになる。
勿論、一流のアーティストと呼ばれるような人々はこういった問題に対して盲目的であるわけもなく、
実際、「社会のシステム」とか「美術のシステム」の問題や、システムそのものを喚起するといったコンセプトで作られた作品も多くある。
しかし、その「喚起」力が美術の理解者にしか通じないのはいいかげんわかった事だし、侃々諤々を繰り返したとこで、わかる人にはわかり、わからない人にはわからないのが、悲しきかな、現実です。
そもそも、エントロピーの法則じゃないけど、モダニズムのような影響力のある評価軸が消滅してしまった世界では、評価軸が日を追うごとに無秩序化するのは自然な事。評価軸が無くなれば、個人の趣味趣向だけでソートされる世界になるので、「単なる飾り」とは一線を画したアートの存在理由は薄れて行くだろう。
「何の為のアートなのか」という存在理由が薄れ、わかる人にはわかり、わからない人にはわからない状態のままのアートが未来永劫続くとは思えない。
こんな話はここ30年で語り尽くされてきたのかもしれないが、今僕らはIT革命という大きな波の中にいる。ちょっと前まで不可能だったさまざまな事が今では出来るようになっている。梅田望夫/茂木健一郎の「フューチャリスト宣言」じゃないけど、アートの世界でも、IT概念やIT技術を要した改革及びパラダイムシフトが行われるべきなのではないか。世界が柔らかくなっている今のうちに「国や宗教やそれに準じる力」と対当するような大きな評価軸というか、美術自体がイニシアチブをとれる評価構造を生む努力をすれば、「2ちゃんねる」に反映されるような大衆の深層心理を動す事も出来るようになるはずだ。
最近はそんな事ばかり考えている。まあ、現在はアートバブル真っ最中らしいけど、ちゃんと未来を見据えて、バブル崩壊後「施井泰平はアート界の静岡銀行だった」と呼ばれるようになるわ。
余談だけど、なぜ「ウェブ進化論」じゃなくて「フューチャリスト宣言」を引用したのかというと、20世紀初頭、産業革命が世界に浸透し始めた頃に、アート界にもフューチャリズム(未来派)というアート運動があったのです(フューチャリズムを遂行するのがフューチャリストね、一応)。それとかかっているんです。
フューチャリズム(未来派)の作品はキュビズム的概念に「動き」を加えるという意味で、初期のデュシャンの作品とコンセプトも発表時期もシンクロしています。
未来派は、表現主義芸術の影響を受けつつも、もっと純粋に肯定的に、近代文明の産物や、機械の登場によって生まれた新たな視点を、芸術に取り入れようとした。画家達は、今で言う高速撮影の連続写真のように、主題となる対象物の動きを一枚の絵に同時に描くことで、運動性そのものの美を描こうとした。(wikipedia: 未来派より)
初期には印象派やフォーヴィスム風の作品や、『階段を降りる裸体』(1911年、1912年、1916年制作の3バージョン)のようなキュビスムと未来派の影響を受けた絵画作品もある。
1911年には連続写真を思わせる『汽車の中の悲しげな青年』を制作。翌1912年には出世作『階段を降りる裸体No.2』、『花嫁』などを描く。デュシャンはこの1912年に油絵を複数制作後、油絵をほとんど放棄する。(wikipedia: マルセル・デュシャンより)
フランス出身のデュシャンはその後渡米し、世界におけるアメリカの力が増すと同時に評価を上げて行き、今では「現代美術の父」と呼ばれるまで上り詰めていますが、一方、イタリアで発足したフューチャリズム(未来派)は戦争関係で色んな問題を抱え衰退して行き、現在ではデュシャンに比べると大分地味な評価を受けています。
勿論、初期作品がシンクロしているだけで、その後の展開は属している国家同様、違うルートを辿ったからというのも大きいだろうが、ここでも、少なからず、アート界が株式会社ができる前の世界同様「国や宗教やそれに準じる力が絶大」な影響を及ぼす世界であることを匂わせているのだ。
2007年11月16日
yukari art contemporaryカタログ

photo by:川本史織
初回限定 ポストカード10枚つき 2,500円(税込)
:::仕様:::
_並製本 全80ページ
_表紙:マットPP、箔押
_サイズ:150mm × 150mm
:::掲載作家:::
_いしかわかずはる
_五十嵐公
_大畑伸太郎
_川本史織
_施井泰平
_田代裕基
_南条嘉毅
_吉田朗
_淀川テクニック
ご購入・お問い合わせは、YUKARI ART CONTEMPORARYまで
http://www.yukariart-contemporary.com/
全文川本先生のパクリです。ゴチ
2007年11月15日
康本雅子
康本雅子トップランナーに出るのね。康本雅子は良いよね。
何回見たかわからないけど、毎回ドキドキするものがある。
最初の頃に見た回転しながらちょろちょろ手を出す(途中でマルホランドドライブの挿入歌が流れて本人が歌う)奴が一番好き。
あと背中のPVも。JUNRAY DANCE CHANGって奇跡のイベントがあった、その時生背中見れたよ(自慢)。イデビアンも見れたし。あの日は幸せだったなー(遠い目)。
続きを読む
何回見たかわからないけど、毎回ドキドキするものがある。
最初の頃に見た回転しながらちょろちょろ手を出す(途中でマルホランドドライブの挿入歌が流れて本人が歌う)奴が一番好き。
あと背中のPVも。JUNRAY DANCE CHANGって奇跡のイベントがあった、その時生背中見れたよ(自慢)。イデビアンも見れたし。あの日は幸せだったなー(遠い目)。
続きを読む
セラヴィ
ゴダールさんが昔、何かを初めてする人が好きって言ってた気がする。
パイオニアという意味じゃなくて、人が初めて新しい何かを始める時の初々しさのこと。
キューブリックの、あれはなんだったっけかな、フルメタルジャケットかな。
他の戦争映画と違って、初めて戦場に出る兵士の恐怖心がうまく描かれてたなあ。あれ見て初めて戦争行くの嫌だと思った。
2007年11月13日
ゆかいなサザエさんの含み
買い物しようとまちまで 出かけたが 財布を忘れて ゆかいなサザエさん
みんなが笑ってる 子犬も笑ってる ルールルルルー 今日もいい天気
前から気になっていたのですが、
「財布を忘れて ゆかいなサザエさん」
「財布を忘れた ゆかいなサザエさん」ならわかるけど、「財布を忘れて ゆかいなサザエさん」。ここにある含みはなんなんでしょう。
財布を忘れて…、なんだよ!何したんだよ!
みんなが笑ってる 子犬も笑ってる ルールルルルー 今日もいい天気
前から気になっていたのですが、
「財布を忘れて ゆかいなサザエさん」
「財布を忘れた ゆかいなサザエさん」ならわかるけど、「財布を忘れて ゆかいなサザエさん」。ここにある含みはなんなんでしょう。
財布を忘れて…、なんだよ!何したんだよ!
2007年09月24日
2007年09月23日
ククイカフェ涙の閉店…
最終日の前日も最終日もいつもと変わらないククイ(終電がなくなってもずっとギュウギュウ詰めだったけど)。4時に帰ってしまったので最後は見届けてないのだけど、内沼君の日記に載ってた写真を見て、なんとも言えない気持ちになりました。



華やかだった日のククイの思い出と、このガランとしたククイの写真の対比には胸が詰まります…。
フィッシュマンズの音楽がとてもあうカフェでした。
ここがなかったら僕らはどうなっていたのだろうか、
これから長い人生の中で何度も思い出し、考えてしまうような場所なんだろうなあ…。ナイッ クルージン♩ ナイッ クルージン〜♩



華やかだった日のククイの思い出と、このガランとしたククイの写真の対比には胸が詰まります…。
フィッシュマンズの音楽がとてもあうカフェでした。
ここがなかったら僕らはどうなっていたのだろうか、
これから長い人生の中で何度も思い出し、考えてしまうような場所なんだろうなあ…。ナイッ クルージン♩ ナイッ クルージン〜♩
2007年09月20日
ククイカフェがなくなってしまう
ニューヨークの報告はさておき(早くしろよ説多し)
ククイカフェがなくなってしまうんです。
明日がラストなんです涙涙涙。
今日も行くし明日も行くけど、こりゃ寂しい。寂しすぎる。
「森」展とか、その前にもグループ展に参加させてもらったり、
仲良しがたくさんできたし、色んな情報とか、活力とか、チャンスとか、
色々もらったククイ。
今までありがとう。
真世ちんおつかれ。
ククイカフェがなくなってしまうんです。
明日がラストなんです涙涙涙。
今日も行くし明日も行くけど、こりゃ寂しい。寂しすぎる。
「森」展とか、その前にもグループ展に参加させてもらったり、
仲良しがたくさんできたし、色んな情報とか、活力とか、チャンスとか、
色々もらったククイ。
今までありがとう。
真世ちんおつかれ。
2007年09月07日
2007年08月24日
今年もNY行くで
9月頭からニューヨーク行きます。
去年は人のアートの為。
今年は自分のアートの為。
去年が初ニューヨークだったわけですが、良い思い出だらけです。

写真右は、この人。
最高の思い出です。ありがントニー。
あと、Bloombergのパーリーは異常だった。すごすぎた!その話はまた今度!
今回はどんな事が起きるでしょう。
今度こそブログレポートするぜーよ
去年は人のアートの為。
今年は自分のアートの為。
去年が初ニューヨークだったわけですが、良い思い出だらけです。

写真右は、この人。
最高の思い出です。ありがントニー。
あと、Bloombergのパーリーは異常だった。すごすぎた!その話はまた今度!
今回はどんな事が起きるでしょう。
今度こそブログレポートするぜーよ
2007年03月09日
天才少年を天才たらしめる天才性とは【後編】
この絵日記を見たら、この少年が英才教育を受けていたとは信じがたいことだろう笑。少年施井泰平は平日のアメリカンスクールの他に週3日間、アフタースクールの日本語学校(東西学園)と土曜の日本語学校(あさひ学園)に通っていた。東西学園はキリスト教系の学校だったので「イエスさまのこと」も聞いていた。小学1年の頃からこんな詰め込み教育をされていたのに、カタくなるどころか、このぶっ飛び様。これが英才教育のなせる技なのか笑。いや、実はそうではないのです。Magnetでは授業らしい授業なんてほとんどなかったのです。日がな一日、自分の畑を耕したり、馬や豚にえさをあげたり、ヘビをホルマリン漬けにしたり、繭からシルクをとったり…。あとは見つけて来た物事をクラスにプレゼンする授業とかそんなものばかりだった、ような気がする。英才教育というよりはどちらかというと「落ちこぼれクラス」とか特別学究的なモノに近かったと思う。
小4で帰国するまでずっとそんな感じだった。僕と同じ時期に入学した友人(黒人)は一年も経たない間に小学校を卒業して、それからすぐに中学校を卒業してたので、中にはそれっぽい優等生もいたんだけど、同級生の一人は小3のくせにマリファナで逮捕(補導?)されたので両極端な学校だったんだと思う。まあ、マリファナで逮捕されたからといってバカだとは限らない、どころか、小3でマリファナなんてむしろ優秀な気すらしてしまうのだけど。
とまあ、そんな学校生活の中で起こったのが【前編】の冒頭で書いた「三角形の内角の和」事件なのである。
それはある日の算数の時間、模型を作りながらお勉強をしていたときの事である(なぜか教室ではなく中庭で、地べたに座りながらの授業だった)。方眼紙のような、グリッドの入った紙を切って三角形を作ってクラスメートと交換して、それをまた切ったり組み合わせたりしていた時、先生から泰平少年をビビらせる衝撃的な言葉が発せられたのだ。
「どんな三角形でも端を切って並べたらきれいな扇形(180度)になるよー、うんぬんかんぬん(要約)」
このような法則に触れる事自体が人生で初めてだったのだろう。あの時の衝撃は今でも覚えている。試しにいろんな三角形でやってみても、毎回きれいな扇形(180度)になる。違う三角形同士の組み合わせだと上手くいかない。あまりの衝撃に空を仰ぐ泰平。感動とともに生まれる不思議な感情。謎を解き明かして、そこから脱出したいという感情。それは、「むかつき」に近いものだったかもしれない。自由を奪われた寂しさのような、攻略してやりたいと思う、ある種の反抗心のような。自由を信じる革命家のような…笑。
元の三角形をあらゆる形にしてみて何度も挑戦するがやっぱり法則は破れない。考えられるあらゆる対策を講じるが、何をしても同じ結果になってしまう。それからしばらく、この「憎き法則」の事で頭が一杯になり、その事しか考えられなくなった。それが1時間だったか1日だったか1ヶ月だったかわからないけど、とにかくしばらくの間はその事しか考えなかった。
そんな中、ある事を思い出した。それは、以前(授業でか雑誌の付録でかは忘れたけど)地球儀をボール紙で作った時のこと。どうしても球体がカクカクになってしまうのがすごく嫌で、どうにか丸みを持たせようと思って切り込みを入れたら切り込みの間に隙間が出来てしまった事。なめらかな球体を作るには伸びる素材で作らないといけないと思った事。
紙で出来た三角形もきっと同じなのではないかと思った。この三角形をなめらかな球状にしようとしたら、この紙を伸ばさないといけないだろう。3つの端が全部伸びないといけないなら全部を足した角度は増えるのではないか、と。というわけで泰平少年は「三角形を丸くしたら内角の和は180度にならない、うんぬんかんぬん」に気づいたのだ。で、それを母に言ったらしい。反応は覚えていない。おそらく反応と言った反応はなかったのだろう。というか「三角形を丸くしちゃったら三角形ではなくなるではないか」というある種の自己批判というか変な罪悪感みたいなものもあったので、誰にも言わなかったと思っていた。ので、母が知っていた事にびっくりしたくらいなんだけど。
ここでユグン少年の話に戻すのだが、ユグン少年も、どんなプロセスでかは不明だけど、泰平少年と同じ答えに行き着いた。それに対して彼の周りの大人達は、「8歳にして非ユークリッド幾何学を理解している天才少年!」と過剰に反応していたが、ここでまず一つ言いたい事がある。きっとユグン少年も気づいていて、罪悪感を感じているに違いないのだが、算数や幾何学なんかはあくまで概念の学問なので、それを現実の物理空間(地球のような球面など)に置き換えて考える事にはそもそも無理があるのだ。物理や数学の応用でそういった考えに至るならまだしも、「三角形の内角の和は180度になる」という話をしている時に、「ならないこともある」と言って非ユークリッド幾何学を持ち出すのはただの屁理屈でしかないだろう。というか、三角形の話をしている時に、非ユークリッドの三角形を想像している子供がいたら、それはむしろ色んな意味で「頭が悪い」のではないか笑。だからユグン少年の同発言に対して「8歳にして非ユークリッド幾何学を理解してる!」というのは間違った持ち上げ方だと思うのだ。
しかし僕はユグン少年の頭が悪いとは思わない。それどころか、僕が今まで見て来た天才少年(少女)の中では群を抜いて将来性があるように思えるのだ。株式を公開するなら僕は借金してでも買い占めたいくらいだ。それはなぜか。それはなぜかというと、彼には「屁理屈魂」があるからだ。
毎日くだらない屁理屈ばかりを考えて来た僕が行き着いた所に、「新しい答えを作るには新しい定義が必要だ」という法則がある。大抵の場合、答えは定義に潜んでいるので、定義を変えない限りは目新しい発見等ありえないと。それは「日本語を話し、日本語で考えている」限りは「日本語で感じ、表現できる」ことしか感じたり表現できないという、「バカの壁」のような、それこそトートロジカルな話なのだけど、数学や物理においても同じ事が言えると思うのだ。
「勉強ができる」というのは、与えられた定義の中で答えを出す能力が優れていることを言うのだが、「勉強のできる人」で、定義を超越できるほどの自己批評性を持ち合わせている人はすごく少ない。もし「新しい答えを作るには新しい定義が必要だ」という法則が正しいのであれば、「新しい何かを作る人間」にとっては「勉強ができる」ことよりも、「定義を超越出来るほどの自己批評性」を持ち合わせている事の方が重要だということになる。「天才少年(少女)」というのは大抵の場合、子供ながらにして大人並みの事ができる早熟性を評価したものであるが、だとしたら本質的には普通の「勉強のできる人」と変わらないのではないか。この意味では言葉もしゃべれなく、足し算すらまともに出来なかった僕は天才少年では到底なかっただろう。「定義を超越出来るほどの自己批評性(a.k.a屁理屈精神)」は持ち合わせていたけど笑、そもそもそれを持ち合わせている子供の事を天才少年(少女)とは言わないし、天才少年(少女)と呼ばれる子供は大抵そんな精神など持ち合わせていないのだ。だけど、ユグン少年は違う。彼は「新しい答え」を作り出す為に、無謀にも「三角形」の定義を変えて来たのだ。彼も僕と同じように「謎を解き明かして、そこから脱出したいという感情」、「自由を奪われた寂しさのような、攻略してやりたいと思う、ある種の反抗心のような。自由を信じる革命家のような」感情を持ち合わせていたに違いない。その無謀なほどの屁理屈精神こそが並の天才とは違うと思わせる大きな要因なのである。
話しは戻るが、アメリカの英才教育の選抜試験でも、もしかすると、この「定義を超越出来るほどの自己批評性(a.k.a屁理屈精神)」の有無を見ているのではないかと思う。勿論それだけではないのだろうけど。泰平少年には取り柄がそれくらいしかなかったから笑、なんとなくそう思うのだ。
【前編】に書いたように、その選考基準が「アメリカという国が欲する人材が持つ素質」を象徴しているとするなら、「政治」、「教育」、「投資」、「マーケティング」、「アート」など、アメリカが重要視している、奴らの得意な分野には「定義を超越出来るほどの自己批評性」が不可欠なのではないか…、という展開は個人的な感情がこもった飛躍があるかもしれないが「政治」、「教育」、「投資」、「マーケティング」、「アート」…こう並べると日本国が苦手としているものばかりだ。教育の現場では技術の修得率しか計らない/計れない国でこの状況なのだから、僕の予想はまんざら間違っていないかも知れない。
追記:記事を書く際に発見したリンク。てかオレの言ってる通りじゃん!
> ギフテッド -Wikipedia
> ギフテッド教育 -Wikipedia
> 天才少年を天才たらしめる天才性とは【前編】
2007年03月06日
天才少年を天才たらしめる天才性とは【前編】
母がテレビを指して、小さい頃の泰平みたいな子がいるよと言った。その子はボーッとしていて、シャイな感じで、確かに小さい頃の僕に似ていた。が、それだけではなく「同じ事」を言っているという。その少年の正体は8歳で大学に入学した天才少年、ソン・ユグン君。8歳当時ろくにしゃべれもしなかった僕とは違うスーパーエリートなんだけど、確かに同じような事を言っていた。その内容は「三角形の内角の和は180度にならないこともあるよ、うんぬんかんぬん(要約)」。ああ、覚えてるこの発言、と思った笑。それは小さい頃の僕の一番の記憶なんじゃないかというくらいよく覚えている発言だった。なぜか僕はその当時の、その発言に至った経緯や微妙な心境まで覚えている(と、言っても夢のような曖昧な記憶だけども)。まさか非ユークリッド幾何学を理解していたわけではない。ある特有の感情が僕にそう考えさせ、言わせたのである。その「ある特有の感情」がどういうものであったかは後で書くとして、それを思い出した時、僕は、ユグン少年が大人になっても落ちぶれる事無く、それどころか、きっといつか何かを仕出かしてくれるような大人になると確信したのだ。
実は小さい頃、僕も天才児の一人だった。というより、天才児達が通う学校に通っていた事があると言った方が正しいか。アメリカではGifted Magnet(以下Magnet)という、各分野の選ばれた子供しか入れない英才教育カリキュラムの州立学校がある。アート系とか語学系のMagnetがあったような気がするんだけど、僕はMath/Science Magnetという理数系のMagnetに通っていた。余談だが、去年HIROMIYOSHIIで展示をしていたNicolau Vergueiroというアーティストがロス出身という事で地元話をしてたら、彼がアート系Magnetの出身だったことが判明。実際に一線で活躍するプロを輩出しているのを目の当たりにして、Magnet自体が英才教育の現場としてきちんと機能している事に感心したのを覚えている。
当時僕は英語はおろか日本語もろくにしゃべれなかったのに、なぜか選抜試験に受かった。言語能力ではなく、何を見て判断されたのか。その試験内容がとても気になったので母に聞いてみた。
彼女は試験内容を、(それが「抽象的な質問ばかりだった」という事以外)はっきり覚えていなかったが、試験に至る経緯を覚えていた。試験を受けるには前の学校の先生の推薦状のようなものが必要だったのだが、前に通っていた幼稚園の先生は、僕がしゃべっている姿を見た事がなかったので、推薦しようがなかったらしい笑。
しかしMagnetの先生は、言葉が話せない子供用のテストがある、と言って、僕にそれを受けさせてくれた。そんなわけで言葉がしゃべれない僕が試験に受かったのだが、同時に行った言語能力判定でちゃんと言葉を理解しているという判断も下され、あまりにしゃべらないので不安になって病院に連れて行ったりしていたという両親もホッとしたという。というか、この時点で6歳近かった泰平少年。小さい頃に異言語環境に引っ越したからしゃべれなかったのではなく、3歳半まで日本にいたのにしゃべれなかったという悲しい現実。そのまま日本に住んでいたら天地がひっくり返っても英才教育なんて受けられなかっただろう。
入学試験は覚えていないが、Magnetの先生達の発言で関心した事がある、と母。少年泰平の足し算のテストを見ると、全ての数字の脇に鉛筆で打った「点」があったという。例えば、23+17+33=っていう式の脇に23.......................+17.................+(以下省略)のように。つまり、少年泰平は足し算をする度に、その数字分の「点」を打って、それを数えていたのだ(なんと原始的なソリューション)。それって足し算というより数えてるだけじゃん。少し心配になった母は算数の先生に相談した所、「それは算数の構造を良く理解している証拠です。気が済むまでやらせておきなさい」と言ったのだそうな。そもそも、こんな原始的手法でクラスで一番早く計算し全問正解なのだから、ある意味すごいと。
そんな話を聞いていると、当時の記憶がよみがえって来た。算数の時間、隣にやたらとかわいいデンマーク人の女の子が座っていた。確か10問くらいの算数の問題を解かされた後に、となりの席の人とテストを交換して採点し合いなさいみたいことがあった時の話。彼女の答案はみごとに全部間違っていたので全部に×を付けたのだが、それを見たその子が「私はあなたのに全部○をつけたのに、なんであなたは私のに全部×をつけるの?」と言って来た。算数がなんなのかどころかテストがなんなのかすらわかってない様子。すごくいろんな事が言いたかったが何も言えなかった。人生初の「複雑な感情」。しかし、そこまで電波な事を言ってしまうその子も入学できたのはなぜだろう。選抜試験の内容が余計気になってくる。
と、ここまで書くとアメリカにおける英才教育が変則的な様相を呈していることがわかると思う。入試における選考基準は決してその時点での学力や技術力ではなく、見えにくい「何か」なのだ。州立の教育機関なのだから、おそらく国が欲する人材が持つような、統計学的に導きだされた何かしらの素質を見ているのだろう。その素質はどのような素質なのか。それがわかれば、逆にアメリカが欲している人材がどのような人材なのかがわかるのではないか。
日本の何十倍ものノーベル賞受賞者を輩出しているアメリカ。戦後から現代までアート市場を盛り上げまくっているアメリカ。政治と教育と投資にめっぽう強いアメリカが欲する素質とはなんなのか。ユグン少年の発言をきっかけに、当時の僕の発言や僕がその発言をするに至った心境を分析してみたら、もしかしたらこれかもしれないというモノが見えて来た。
長くなったので続きは明日書きます。このあと、少年泰平がとんでもない事を!!
> 天才少年を天才たらしめる天才性とは【後編】

(クリックで拡大)これを上回る衝撃の作文。笑

2007年02月20日
2007年02月16日
スタローン再考
ラジオでスタローンの生涯について話してて、不覚にも感動してしまった。
俺は今まで誤ったスタローンの見方をしてきたよ。まじ誤スタローンだった。
小さい頃のスタローンは底辺級に貧乏で、冬場はエンジンのかかってる車を見つけてはボンネットに抱きついて暖をとっていたという笑。素行不良もいいとこで、小・中・高あわせて14回も退学になったそうな笑。その後、役者を目指すも、54回連続でオーディションに落ち、29歳まで極貧の生活が続く。
29歳の時に、ナケナシのお金を叩いて見に行ったモハメド・アリと無名白人ボクサーの試合に感動して、3日間徹夜で脚本を書き上げる。それを製作会社に持って行ったら、敏腕プロデューサー:「これ面白いね。36万ドル(約4000万円)で買うよ」、「これ絶対ヒットするよ、主役はアル・パチーノにするか、誰にするか」。そこでスタローン:「俺を主役にするという条件なら脚本を売る」。敏腕プロデューサーキレる。脚本料は大幅に減り、役者としての報酬はほぼ無料で撮った映画、が、かの有名な「ロッキー」。「ロッキー」はその年のアカデミー賞をとった。
ロッキーで有名なフィラデルフィア美術館での訓練シーンなんかは、自身の体験そのままなんだと。「ランボー」の脚本も書いてるっぽい。
僕も今29歳。なんだか最近やたらとモンモンしてて仕事が手につかないよ。もう少しシャウエッセン・クオリティーでがんばらなければなあ(と書きながらバイエルンだったことに気づく)。
でもこの話ちょっと誇張なのかな。こことちょっと温度差があるけど。ま、いいか。MAICCA。
シルヴェスター・スタローン - Wikipedia
俺は今まで誤ったスタローンの見方をしてきたよ。まじ誤スタローンだった。
小さい頃のスタローンは底辺級に貧乏で、冬場はエンジンのかかってる車を見つけてはボンネットに抱きついて暖をとっていたという笑。素行不良もいいとこで、小・中・高あわせて14回も退学になったそうな笑。その後、役者を目指すも、54回連続でオーディションに落ち、29歳まで極貧の生活が続く。
29歳の時に、ナケナシのお金を叩いて見に行ったモハメド・アリと無名白人ボクサーの試合に感動して、3日間徹夜で脚本を書き上げる。それを製作会社に持って行ったら、敏腕プロデューサー:「これ面白いね。36万ドル(約4000万円)で買うよ」、「これ絶対ヒットするよ、主役はアル・パチーノにするか、誰にするか」。そこでスタローン:「俺を主役にするという条件なら脚本を売る」。敏腕プロデューサーキレる。脚本料は大幅に減り、役者としての報酬はほぼ無料で撮った映画、が、かの有名な「ロッキー」。「ロッキー」はその年のアカデミー賞をとった。
ロッキーで有名なフィラデルフィア美術館での訓練シーンなんかは、自身の体験そのままなんだと。「ランボー」の脚本も書いてるっぽい。
僕も今29歳。なんだか最近やたらとモンモンしてて仕事が手につかないよ。もう少しシャウエッセン・クオリティーでがんばらなければなあ(と書きながらバイエルンだったことに気づく)。
でもこの話ちょっと誇張なのかな。こことちょっと温度差があるけど。ま、いいか。MAICCA。
シルヴェスター・スタローン - Wikipedia
2007年02月13日
Wikipediaがなくなる?
Wikipediaが資金不足で3ヶ月後にはなくなるとかいう噂が流れてちょっといろいろ考えさせられた。噂の元になった男のブログによるとそこまで深刻ではなかったみたいだけど、資金が足りてるわけでもなさそうなので募金してみたよ。二回。どうでも良いけど、こういうデバイスがもっと普及したら、この手の募金の集金率はあがりそうね。今のままだといろいろ面倒だし、しかもPaypalって登録したとたんに迷惑メールの嵐になったとかいう話とか聞くし。ていうかPaypalの日本語対応はまだなのか。
募金したいひとはこのページの左上の方のMake a Donationってとこから出来るよ。
ついでに豆知識だけど、本当の百科事典とWikipediaの信憑性(正解と不正解の割合)ってあまり変わらないらしい(参考)。意外ー。
2007年02月07日
千代に八千代に
念のために、運転中前後左右の運転手の顔を確認して、しばらく覚えておくクセがある僕ですが、そのせいでたまに面白いことが起きる。
この前はバックミラーにアラーキーが映っていたよ、とか
中でもおとといのはすごかった。
信号待ちで右に止まった車の後ろの車、つまり右斜め後ろのワンボックスカーに千代大海が乗っていたんです。
僕の隣に座っていた小娘は千代大海の大ファンで、二日前には千代大海を見に一緒に成田山の豆まき会に行ったほどで。ていうかすごく余談だけど、この時千代大海が投げた豆が僕に当たったんですよー。
右斜め後ろに千代大海がいるよと告げると小娘は大興奮。その興奮っぷりはペットショップの店員がペットに餌を持って行くときのペットのそれのようだった。僕らに気づいた千代大海はスモッグのかかった窓を開けてくれた。後ろに座っていたもう一人の小娘は窓の開け方がわからず戸惑う。助手席の小娘ぎゃーぎゃー。ついに窓が開くと、小娘が大声で千代に話しかけ、短いながらも会話をした。信号が変わるまでの少しの時間だったけど、一生忘れないような良い経験をした。
ただ普通に会うとか見るとかを超越した体験。この話を興奮しながら話しても「千代大海ならうちの親父がしょっちゅう会ってるよ」とかさめたレスをするカレー屋もいるわけだけど、これはただ普通に会うとか見るとかを超越した体験なのです。似てるけど違うから要注意!
似たような話しなんだけど、
今朝は怖い事が起きたのです。
今朝というか今早朝。4時くらい。3車線の国道で。
信号待ちの時、ふと変な気配がして隣のワンボックスカーを見ると運転手が見えない。車高が高いせいもあるけど、不自然に見えない感じ。でもエンジンはかかっているし、ヘッドランプもついてる。3車線のうちの真ん中の車線でです。
信号が変わったので進もうとした瞬間、運転手の一部が見えた。はっきりとは見えなかったが、へんな体勢だった気がした。
周りには車は僕だけ。信号が変わったのにその車は動かない。
迷いながら軽くアクセルを踏んだけど10mくらい進んだ所でちょっと心配になった。でもなんだかかなり怖い感じ。なんで怖いかっていうと、もちろん運転手が死んでる可能性があるからなんだけど、単なる病死とかならまだしも死因がまったくわからないような状態だし。なんだろう、別に車が壊れているわけでもなく、周りに誰かがいたわけでもないけれど、「奇妙な身体の一部」を見ただけに妄想は膨らむ。
でももし急病だったりした場合、僕の対応如何で死んだり助かったりが変わる事もあるわけだし、だいたい道のド真ん中にある車をこのまま放置するわけにもいかないじゃないですか。110番通報しようか携帯を見るけど、でもやっぱり車から降りて状況を確認しないと話しにならないんじゃないかな。だいたい、急病だったらこの人の人生が僕にかかっているわけだし。
というわけでかなりドキドキしながらも意を決して日の出直後の朝靄の中に出て行きました。かなりメジャーな国道ですが、この間なぜか一台も車は通らない。
運転手の状況が見えた。変な体勢で、寝てるのか死んでるのか。首がクネーって曲がってて白目をむいている。
ビビりながら窓をノックする。反応がない。ノックする。反応がない。ノックする。ノックする、と、ななんと、起きた。
迷惑そうにこちらを見たあと、信号を確認してヨタヨタと走りさって行った…。
…しばらくすると救急車が来た。
あ、誰か通報してたんだ。ちゃんと確認してから通報しろよ。
2006年10月03日
森オープニング/森トークショー
ククイカフェ入り口。金色の額のは泰平作。
真ん中にあたりに薄く帯状に見えるのは内沼君作。
10/1、飯田竜太・内沼晋太郎・施井泰平展「森」の初日ということで、出品者三人でトークショーを行いました。先日のビッグサイトに続き2週間で2回もトークショーをやってしまいましたが、なんだか不思議な気持ちね。こんなあたいのトークをまじめに聞いてくれている人達。そんなまじめに聞かないで良いのよ。
超満員っす!皆どうもありがとー。
本の中身を使う飯田君は一見イイカゲンそうだけど(笑)実はまじめで、本の全体をプロデュースする内沼君はやっぱり常に全体を俯瞰していて、本のカバーだけを使う僕はまじめそうに見られるけど本当はイイカゲン。ってことが判明したトークショー。なんだか心理テストのようです。あなたが本を題材に作品を作るとしたらどこを使います?
トークショーには満員で入れなかった人も何人かいたそうです。ごめんなさい&光栄です。アーティストトーク冥利につきます。
展示は10/20までやっております。是非見に来て下さいな。
(今回の重要な実験については次のエントリーで!)
展示の情報はこちら




