2007年03月09日

天才少年を天才たらしめる天才性とは【後編】
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sakubunmag_sこの絵日記を見たら、この少年が英才教育を受けていたとは信じがたいことだろう笑。少年泰平は平日のアメリカンスクールの他に週3日間、アフタースクールの日本語学校(東西学園)と土曜の日本語学校(あさひ学園)に通っていた。東西学園はキリスト教系の学校だったので「イエスさまのこと」も聞いていた。小学1年の頃からこんな詰め込み教育をされていたのに、カタくなるどころか、このぶっ飛び様。これが英才教育のなせる技なのか笑。

いや、実はそうではないのです。Magnetでは授業らしい授業なんてほとんどなかったのです。日がな一日、自分の畑を耕したり、馬や豚にえさをあげたり、ヘビをホルマリン漬けにしたり、繭からシルクをとったり…。あとは見つけて来た物事をクラスにプレゼンする授業とかそんなものばかりだった、ような気がする。英才教育というよりはどちらかというと「落ちこぼれクラス」とか特別学究的なモノに近かったと思う。
小4で帰国するまでずっとそんな感じだった。僕と同じ時期に入学した友人(黒人)は一年も経たない間に小学校を卒業して、それからすぐに中学校を卒業してたので、中にはそれっぽい優等生もいたんだけど、同級生の一人は小3のくせにマリファナで逮捕(補導?)されたので両極端な学校だったんだと思う。まあ、マリファナで逮捕されたからといってバカだとは限らない、どころか、小3でマリファナなんてむしろ優秀な気すらしてしまうのだけど。

とまあ、そんな学校生活の中で起こったのが【前編】の冒頭で書いた「三角形の内角の和」事件なのである。

それはある日の算数の時間、模型を作りながらお勉強をしていたときの事である(なぜか教室ではなく中庭で、地べたに座りながらの授業だった)。方眼紙のような、グリッドの入った紙を切って三角形を作ってクラスメートと交換して、それをまた切ったり組み合わせたりしていた時、先生から泰平少年をビビらせる衝撃的な言葉が発せられたのだ。

「どんな三角形でも端を切って並べたらきれいな扇形(180度)になるよー、うんぬんかんぬん(要約)」

このような法則に触れる事自体が人生で初めてだったのだろう。あの時の衝撃は今でも覚えている。試しにいろんな三角形でやってみても、毎回きれいな扇形(180度)になる。違う三角形同士の組み合わせだと上手くいかない。あまりの衝撃に空を仰ぐ泰平。感動とともに生まれる不思議な感情。謎を解き明かして、そこから脱出したいという感情。それは、「むかつき」に近いものだったかもしれない。自由を奪われた寂しさのような、攻略してやりたいと思う、ある種の反抗心のような。自由を信じる革命家のような…笑。

元の三角形をあらゆる形にしてみて何度も挑戦するがやっぱり法則は破れない。考えられるあらゆる対策を講じるが、何をしても同じ結果になってしまう。それからしばらく、この「憎き法則」の事で頭が一杯になり、その事しか考えられなくなった。それが1時間だったか1日だったか1ヶ月だったかわからないけど、とにかくしばらくの間はその事しか考えなかった。

そんな中、ある事を思い出した。それは、以前(授業でか雑誌の付録でかは忘れたけど)地球儀をボール紙で作った時のこと。どうしても球体がカクカクになってしまうのがすごく嫌で、どうにか丸みを持たせようと思って切り込みを入れたら切り込みの間に隙間が出来てしまった事。なめらかな球体を作るには伸びる素材で作らないといけないと思った事。

紙で出来た三角形もきっと同じなのではないかと思った。この三角形をなめらかな球状にしようとしたら、この紙を伸ばさないといけないだろう。3つの端が全部伸びないといけないなら全部を足した角度は増えるのではないか、と。というわけで泰平少年は「三角形を丸くしたら内角の和は180度にならない、うんぬんかんぬん」に気づいたのだ。で、それを母に言ったらしい。反応は覚えていない。おそらく反応と言った反応はなかったのだろう。というか「三角形を丸くしちゃったら三角形ではなくなるではないか」というある種の自己批判というか変な罪悪感みたいなものもあったので、誰にも言わなかったと思っていた。ので、母が知っていた事にびっくりしたくらいなんだけど。

ここでユグン少年の話に戻すのだが、ユグン少年も、どんなプロセスでかは不明だけど、泰平少年と同じ答えに行き着いた。それに対して彼の周りの大人達は、「8歳にして非ユークリッド幾何学を理解している天才少年!」と過剰に反応していたが、ここでまず一つ言いたい事がある。きっとユグン少年も気づいていて、罪悪感を感じているに違いないのだが、算数や幾何学なんかはあくまで概念の学問なので、それを現実の物理空間(地球のような球面など)に置き換えて考える事にはそもそも無理があるのだ。物理や数学の応用でそういった考えに至るならまだしも、「三角形の内角の和は180度になる」という話をしている時に、「ならないこともある」と言って非ユークリッド幾何学を持ち出すのはただの屁理屈でしかないだろう。というか、三角形の話をしている時に、非ユークリッドの三角形を想像している子供がいたら、それはむしろ色んな意味で「頭が悪い」のではないか笑。だからユグン少年の同発言に対して「8歳にして非ユークリッド幾何学を理解してる!」というのは間違った持ち上げ方だと思うのだ。

しかし僕はユグン少年の頭が悪いとは思わない。それどころか、僕が今まで見て来た天才少年(少女)の中では群を抜いて将来性があるように思えるのだ。株式を公開するなら僕は借金してでも買い占めたいくらいだ。それはなぜか。それはなぜかというと、彼には「屁理屈魂」があるからだ。

毎日くだらない屁理屈ばかりを考えて来た僕が行き着いた所に、「新しい答えを作るには新しい定義が必要だ」という法則がある。大抵の場合、答えは定義に潜んでいるので、定義を変えない限りは目新しい発見等ありえないと。それは「日本語を話し、日本語で考えている」限りは「日本語で感じ、表現できる」ことしか感じたり表現できないという、「バカの壁」のような、それこそトートロジカルな話なのだけど、数学や物理においても同じ事が言えると思うのだ。

「勉強ができる」というのは、与えられた定義の中で答えを出す能力が優れていることを言うのだが、「勉強のできる人」で、定義を超越できるほどの自己批評性を持ち合わせている人はすごく少ない。もし「新しい答えを作るには新しい定義が必要だ」という法則が正しいのであれば、「新しい何かを作る人間」にとっては「勉強ができる」ことよりも、「定義を超越出来るほどの自己批評性」を持ち合わせている事の方が重要だということになる。「天才少年(少女)」というのは大抵の場合、子供ながらにして大人並みの事ができる早熟性を評価したものであるが、だとしたら本質的には普通の「勉強のできる人」と変わらないのではないか。この意味では言葉もしゃべれなく、足し算すらまともに出来なかった僕は天才少年では到底なかっただろう。「定義を超越出来るほどの自己批評性(a.k.a屁理屈精神)」は持ち合わせていたけど笑、そもそもそれを持ち合わせている子供の事を天才少年(少女)とは言わないし、天才少年(少女)と呼ばれる子供は大抵そんな精神など持ち合わせていないのだ。だけど、ユグン少年は違う。彼は「新しい答え」を作り出す為に、無謀にも「三角形」の定義を変えて来たのだ。彼も僕と同じように「謎を解き明かして、そこから脱出したいという感情」、「自由を奪われた寂しさのような、攻略してやりたいと思う、ある種の反抗心のような。自由を信じる革命家のような」感情を持ち合わせていたに違いない。その無謀なほどの屁理屈精神こそが並の天才とは違うと思わせる大きな要因なのである。

話しは戻るが、アメリカの英才教育の選抜試験でも、もしかすると、この「定義を超越出来るほどの自己批評性(a.k.a屁理屈精神)」の有無を見ているのではないかと思う。勿論それだけではないのだろうけど。泰平少年には取り柄がそれくらいしかなかったから笑、なんとなくそう思うのだ。
前編】に書いたように、その選考基準が「アメリカという国が欲する人材が持つ素質」を象徴しているとするなら、「政治」、「教育」、「投資」、「マーケティング」、「アート」など、アメリカが重要視している、奴らの得意な分野には「定義を超越出来るほどの自己批評性」が不可欠なのではないか…、という展開は個人的な感情がこもった飛躍があるかもしれないが「政治」、「教育」、「投資」、「マーケティング」、「アート」…こう並べると日本国が苦手としているものばかりだ。教育の現場では技術の修得率しか計らない/計れない国でこの状況なのだから、僕の予想はまんざら間違っていないかも知れない。


追記:記事を書く際に発見したリンク。てかオレの言ってる通りじゃん!
ギフテッド -Wikipedia
ギフテッド教育 -Wikipedia


天才少年を天才たらしめる天才性とは【前編】






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この記事へのコメント
同感です!

本当に同感です!

俺、超馬鹿だったから、本切れたんだわ。
よかった。馬鹿万歳!

おれもマグネットいきたかっなぁ。
Posted by maruo at 2007年03月09日 17:59
ここにきて、タイヘイ君についていろいろ知れるとはおもわなんだ。

何より、幼少時代の記憶、鮮明だね。
それがすごい。

私、最近かーなーりー忘れっぽくなっててやばいんだよね。
思い出す努力ってのも必要なのか?
Posted by itchy at 2007年03月09日 21:05
>maruo
笑。同感ありがっつ。
さすが、気が合いますなあ。

子供が産まれたらマグネットへ、是非。
馬鹿な子だったら笑えるねー。


>itchy
>幼少時代の記憶
実は全然鮮明じゃないのよ。
変なものは覚えてるけど、日常生活はぽっかり忘れてるのよね。なんでだろう。

しかし、思い出す努力を怠ると忘れっぽくなるらしいですよ、母さん。適度に忘れるくらいが良い気もするけど…。
Posted by 泰平 at 2007年03月12日 01:02