なんとなくは知っていた「時計台の鐘」という歌。
札幌市民の愛する歌だよね。。
昔の歌で、節回しがきれいで歌いやすくて。。

歌い手は札幌出身のアルト歌手村井満寿。作詞作曲はバイオリニストである夫の高階哲夫。
この二人が演奏会で札幌を訪れた際の札幌の印象を曲にまとめ、私家版としてレコードを作成。満寿嬢の独唱と高階氏のピアノ演奏というシンプルな構成だったと言います。

これが後にじわじわとヒットし、今もなお歌い継がれ、受け継がれ、合唱曲だったり、はたまた札幌のテーマ曲として使われてるとのだとか。

そんなわけで、いろんな演奏ををYoutubeで聞いてみたけど、わたしの心に一番しみたのはこれ!
歌とピアノだけの構成で、100年前のオリジナルの音盤はこんな雰囲気だったんじゃないかなって。。再生ボタンをクリックしてご相伴いただけるとうれしいです。


この村井満寿さんのプロフィールがwikipediaで紹介されていました。
村井 満寿は、日本のアルト歌手。北海道札幌市の札幌市時計台を題材とした楽曲「時計台の鐘」の歌い手として知られる。
同曲の作曲者である高階哲夫は1人目の夫。
2人目の夫はバリトン歌手にして日本初の腹話術師でもある澄川久(本名:村井武雄)であり、後夫との子にクラリネット奏者の村井祐児がいる。
納豆の研究で知られる農学者の半澤洵は母方の叔父にあたる。

知ってました?
北大の半澤博士が叔父だって。。

しかも、このwikipediaの記事中には、村井滿壽の名前として"相澤 滿壽、相澤 満寿子、相沢 ます子、高階 満寿、高階 ます子”の名も紹介されており、結婚前の姓が"相澤"であることが示されています。

そうなんですよ。。
さらに調べていくと、北大関連の資料に「半澤洵小伝」なる連載が掲載されており、半澤洵の姉”雍(やす)"は農学校の先輩である相澤元次郎と結婚したとの記述を見つけてしまいます。

相澤元次郎といえば、札幌区の議員をつとめながら相澤商会を立ち上げた方で、この相澤商会こそが納豆容器改良会の事務局が置かれた場所であり、さらにですよ、応用菌学教室で製造された納豆菌の一手販売元でもあったわけです。
相澤商会営業案内に掲載された納豆菌の広告

すごくないですか!
相澤元次郎氏が半澤博士の義理の兄にあたるとは!
半澤博士の納豆にかけるプロジェクトを一族みんなで支えていたなんて!

さて、時は流れ、この歌が生まれてから42年の歳月がたったある日のこと。半澤博士の米寿を祝うパーティーが札幌のホテルで開催されることになりました。
以下、祝賀会報告からの引用となります。
次いでステージに立ったのは先生の姪御様の村井満寿子様である。往年の名声楽家も頭に霜を頂き和服姿でひつそりと見受けられたが、思い出の「時計台の鐘」をしづかに唄いはじめられた声は、密かな憂いを帯びつつも堂を賑わし、予めマイクを除けられたのもむべなるかなと(中略)感銘の拍手が大きく長く轟いた。

マイクなしで、オケなしで、ひそかな憂いを帯びた歌が堂をにぎわす。
札幌の荒れ野にポツンと立っていた時計台の風景が、農学校が出来たばかりの頃の思い出が、祝賀会に集まれられた方々の脳裏に浮かび上がったのではないでしょうか。

すてきでしょ。。
この話。


関連記事・リンク)
・まずはwikipediaから
村井満寿
・この曲の背景を紹介されてるすてきなブログです
「時計台の鐘」という歌を知っていますか?
・納豆wikiもリファレンスいただけると嬉しいです
相澤商会
半澤博士
半澤洵先生米寿記念会で配布された御写真
※上記写真は"半澤洵先生米寿祝賀記念会報告"にて配布されたものです