2010年10月08日

【夢の中だけでも会いたい】 第2章 見えない明日 8

「メッセージ?」恵一は驚く。

「はい。和人さんのからのメッセージです……」

「和人からのメッセージ?」恵一の目の色が変わった。

「はい。どういうわけか……。私は、夢の中で和人さんと話す事が可能です。そこで、今日ここに来る事を話したら、メッセージを伝えてくれと言われたので、それを持ってきました……」

「は、早く聞かせてくれ!」恵一はせかすように遥に迫る。

「では、読ませてもらいます。まずはお父さんへのメッセージです……」遥は和人から預かったメッセージを読み上げる。

「『親父。毎日遅くまで仕事ありがとう。たまの休みなのに、いつも病院に来てくれて、本当にありがとな。親父が来てくれるだけで、俺はいつも元気になれてたんだ。頑張って生きていこうと思えたし、だけどその感謝を、いつもは素直に言えなくてさ。感謝なんてしてないみたいに思わせちゃったかもしれないから、きちんと言うよ。来てくれて、本当に嬉しかったんだぜ。でも、親父の事だから言わなくても、わかってたかな。今まで本当にありがとう。親父の子供で本当に良かったよ。母さんと仲良くな』以上です」

「それが……和人からのメッセージなのか?」

「はい。お父さん宛のメッセージです……」

「そうか……。そうか……」恵一は遥からメッセージを書いた紙をもらい、それを何度も目で読んでいた。その目には涙が溢れている。

「次は弘子さんへのメッセージです……」

「はい……」

「『母さん。いつも見舞いに来てくれてありがとう。本当は一人で寂しい入院生活だっただろうけど、母さんが毎日来てくれてたから、ほとんど寂しくなく、過ごせる事ができた。本当にありがとう。病気が落ち着いたら、家族で旅行へ行こうって、約束守れなくてごめん。俺も本当に楽しみにしてたんで、本当に残念だった……。だけど、よかったら親父と2人だけで、是非、旅行に行ってきてくれよ。俺に遠慮なんかしなくて、いいからな。病気になってから、入退院を繰り返して、いつも心配かけてたけど、これからは俺の心配をせずに、親父と二人で楽しく暮らしてくれると俺も嬉しい。どうか、いつまでも元気に長生きをしてください。大好きな二人へ和人より』以上が和人さんからのメッセージです」遥は涙をこぼさないように目を閉じ、手紙を渡す。

「か、和人……。和人……」弘子は遥から手紙を受け取ると、すがりつくように泣き出した。

恵一と弘子の涙を見ていると、和人は本当に愛されて育ったということを知った。それを知れただけでもここに来た価値が合ったなと遥は感じた。

二人はひとしきり泣くと落ち着きを取り戻し、遥に話しかけてきた。

「今日はわざわざ来てくれてありがとう」

「いえ。こちらこそ、お二人に会える事ができて嬉しいです」遥は微笑んだ。

「本当は移植者の個人情報というのがあって、本当はこうして会うのはいけないんだが、どうしても……和人の体を使っている人に会ってみたくなってね。神崎先生に無理を言ってお願いしたんだ」

「そうだったんですか……」

「か、和人の体はもう慣れましたか? 慣れたというのも変な表現かな?」そう言って恵一は笑う

「そうですね。慣れるというか、動くようになって来ました……」

「それは良かった。……ところで、いきなり和人の体になってしまっていたというのは、どんな気分だったのかな? さらに女性が男性になるわけだし色々混乱しましたか?」

「え。ああ。そうですね……。驚き……。戸惑い……。いえ。それよりもやっぱり悲しみが大きかったので、あまり体については、混乱しませんでした」

「悲しみ?」

「ええ。先ほども言いましたが、私は夢の中で、和人さんと話をする事が出来るんですよ。だから、私が目を覚まさなかった2ヶ月間に、いろいろな事を和人さんと本当に色々な話をして、助けてもらいました。だから、体が和人さんになっていた時は、ある種の絶望的な悲しみを感じました……。」

「なるほど。それが今回の謝罪をしようと思った理由か……」

「そうですね。もしも、私は和人さんとまったく面識がなければ、このような感情も持っていなくて、ただ、男になったから、どうしようと考えたかもしれません」

「そうか。じゃ、和人のことは……ある程度知っているのか……」

「はい。とても素敵な人でした……」遥はニッコリと笑う。

「君が和人にどんな感情を持っているのかわからないけど、これだけは言っておくよ、私達に申し訳ないと思うことだけは、今後も絶対にやめて欲しい。君は君の人生を頑張って生きてくれれば、それで十分なのだから……」

「はい。わかりました……」

「おお。そうだ。じゃ、逆に聞きたい事はないかね? 和人の事でも、その他の事でも何でもわかる範囲で話してあげるよ」

「ええ! 本当ですか? 是非聞きたいです!」和人の昔話が聞けると思うと、ものすごく嬉しい気分になった。それを見ていた恵一と弘子は幸せそうな笑顔になる。

「和人さんの……小学校時代とか聞かせてもらえますか?」

「小学校か、あの頃はまだ心臓も悪化していなかったら、学校にもきちんと通えていたな。母さん。和人の写真を出してあげて……」

「あ。はい。今用意してきますね!」弘子はそう言って立ち上がり、隣の部屋に消えていった。

「……そういえば、和人さんは、いつ頃から病気が悪化したんですか?」

「あれは確か……中1のところだったと思う。部活をしていて、突然倒れたと担任の先生から連絡が入り、病院にいき検査をすると、心臓に大きな疾患があると言われた。それからはもうあまり学校に行く事ができず、検査と入退院を繰り返すようになっていた……」

「そうだったんですか……。ちなみに……。脳死になった原因は?」遥の質問に恵一の視線が厳しくなる。「あっ……。余計な事を聞いてしまいました。すいません……」

「あ。いやいや。あれは和人がトイレに行くと、病室からトイレに向かい、トイレの個室の中で発作が始まり倒れてしまったらしい……。それで発見が遅くなり、気がついた時には、脳は活動をストップしていて、もう2度と目覚めない体になった……」

「そ、そんな……。じゃ、もしも発見が早ければ、脳死はなかったかもしれないんですか?」

「うん。そういう事になるな……」

「……じゃ、本人は何も知らないままに、死んでしまったかもしれないって事ですね……。それなのに、夢の中で私をあんなに助けてくれるなんて……。和人さんは本当に優しい人だったんですね……」

「ああ。私達の自慢の子供だったよ……」恵一からその言葉を聞くと、遥は自然と感謝が溢れてきた。
そこに弘子がアルバムを持ってその場にやってきた。

「す、すいませんね。やっと見つかりました!」弘子の声に、自分の世界に入っていた遥はハッとする。

「あ、ありがとうございます!」

その後、アルバムを見ながら、和人の色々な昔話をしてもらった。遥が考えていた通り、優しく思いやりのある人だという事が良くわかって、本当に嬉しかった。

「ああ。これが和人の幼馴染の九条澪(くじょうみお)ちゃん」アルバムを見せながら恵一が嬉しそうに話す。

「かわいい子ですね……」

「そうなんだよ。和人の後ろをずっとついてきていて、本当にかわいい子だった。それに、二人はいつも一緒で、本当に仲がよかった。和人が入院してた後も、よく見舞いに来てくれていたよ……」

「そうなんですか……」遥はちょっと胸が痛む。

「優しくて思いやりのある子だった。頭も良くて、中学の時にK中学にテストを合格して入学したほどだからな」

「K中学って、K大付属の中学校ですか?」

「そうそう。有名な学校だからな。宮下さんも知ってるのか……」

「はい……」遥もその学校に通っているとは、なんとなく言いづらかった。

遥が時計を見ると、ここに来て、すでに3時間ほど時間が経過していた。

「あ、もうこんな時間だ。私そろそろ病院に戻らないと……」

「おお……。そうか。今日は本当に来てくれてありがとう!」

「いえいえ。こちらこそ、会って頂きありがとうございました!」

「よかったら、また今度時間ができたら、遊びに来てくれる?」弘子は遥に質問をする。

「えっ?」突然の提案だったので、遥は戸惑った。

「ああ。ごめんなさい。そんな事は厳しいわよね……」

「あ、いえ。時間が出来たら、また遊びに来ます」遥の返事を聞くと弘子はニッコリと笑った。「また、和人さんの事、色々教えてくださいね!」

「ええ。本当にあなたが来てくれて、私達は救われました。誰かが和人の体を使って生きていてくれる。それだけで、私達はとても嬉しい気持ちになります。本当にありがとう……」

「うん。決して無理をせずに体には気をつける……」そこまでは笑顔で言っていたが、突然恵一は厳しい顔になり、言葉を止める。「君の体……。か、体は大丈夫なのか?」

「え? ええ。特に問題はありません……」遥は戸惑う。

「そうか、なら良かった……」恵一はほっとため息をつくと、また笑顔に戻る。

「ど、どうしたんですか? 急に……」

「あ、ああ。いや、今が問題なければいいんだ。変な事を聞いてすまん……」

「そうですか……。では、お父さん、お母さん。また遊びに来ますね」

「うん。これからつらい事が待っているかもしれないが、私達に出来る事があればいつでも力になる。だから、どんな困難があっても頑張って生きてくださいね!」

「はい……」遥はうなずいた。

遥は恵一と弘子に手を振り大森家を後にした。

大森家をあとにすると、近くで美和子が待っていた。

「おかえり」

「あ、待っててくれたんだ……。おそくなってごめんね」

「ううん。いいのよ。それでどうだったの?」

「どうって?」

「怒られたとか、優しくされたとか、泣かれたとか……」

「うーん。全部かな……」遥は肩をすくめて笑う。

「そうなの?」美和子は驚く。

「うん。ただね……少しだけ、私は誤解してた……。体をあげた事を、親達はすごく大きな後悔をしている。だから、もらった側にしてみれば、できる事は感謝する事だけだったんだけど、二人に会うまでそれがわからなかった……」

「後悔か……そうね。正義感で子供の体を使わせても、日が経つにつれて、だんだんとその選択が間違っているような気持ちになるわね……」

「うん。だから……。私が強く生きるしかないんだよ!」遥は空を眺め、大きくうなづき、「和人あなたの分まで私頑張って生きるよ!」と叫んだ。




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2010年10月06日

【夢の中だけでも会いたい】 第2章 見えない明日 7

3人で泣いた日から2週間がたち、遥はだんだん体を自由に動かせるようになってきた。

そんなある日、看護師の渡辺から相談を受けた。

「宮下さん。大森和人さんのご両親があなたに会いたいって、言っているんだけど、会う気はある?」

「えっ!!」突然の相談だったので遥は言葉を無くす。

「嫌かな?」

「……え、ええ。いや……。近々行こうとは思っていましたが……まさか相手から誘われるとは思っていなかったので……」遥はうつむく。

「じゃ、返事、どうしようか?」

「うん……。会いたいです! ただ、動けるようになってからにして欲しいです……」

「そう。わかった。じゃ、そう返事しておくわね!」そう言うとニッコリ微笑み、渡辺はその場を後にした。

遥と渡辺の話をそばで聞いていた美和子は、渡辺がいなくなったのを確認すると、遥に話しかけた。

「そんな返事して大丈夫?」心配そうな顔をする美和子

「え? なにが?」

「だって、向こうはあなたに、どんな感情を持っているのかわからないわよ?」

「そ、そうだね。でも、だからこそ、私が会う必要があると思う。実際に和人さんを殺してしまったのは、私の勝手な行動が原因なんだし……」美和子は何も言え無かった。「和人さんのご両親は、今どんな気分なんだろうね……」

「どうなんだろうね……」

「だって、お母さんも結構ショック受けてたし……。お母さんは……、大森さんの両親の気持ちわかる?」

「うーん……。わからないかな……遥はどう思うの?」

「私もわからない。でも、私が和人さんの体を使っているから、大森さんは子供のお葬式もしてないだろうし、遺骨だって無いんだよ。今どんな気持ちなんだろう……」

「そうね……。でも、あなたがそんな事を考え無くてもいいんじゃない?」

「ううん。わからないからこそ、私が気にしなければならないんだよ……」遥の目には何かの決心が映っていた。そんな遥の目を見ると美和子は何も言えなかった。「お母さんだって、私の見た目が変わったから、気持ちが変わったように、大森さんの両親だって、私がこの姿で街中を歩いていると思ったら、夜も眠れないじゃないかな? あの曲がり角を曲がったら、もしかしたら、私がいるんじゃないかと思って……。そう考えると、きちんとした挨拶もなしに、この体をこのまま使うことなんて出来ないよ!」

「遥……」

「お母さんも、逆の立場で私の体を別の人に使われているとしたら、体を使っている人に会いたくなるんじゃない? 死んでしまった娘の面影をその人に重ねようとして……」

「そうね。だけど、その時に……必ずしも良い感情を持つとは言い切れないわ。もしかしたら、最愛の子供を奪った憎い相手と、認識するかもしれない……」

美和子の話を聞いて、遥は一瞬ひるむ。

「だけど、それでもきちんと話をしておいた方がいいと思う……」

「そう。わかったわ。そこまでの覚悟があるなら、遥。あなたの好きにしなさい」

「うん。ありがとう。とりあえず、リハビリを頑張って、体を自由に動かせるように練習するよ。動けるようになったら、大森さんに会いに行こうと思う!」

「そうね……。そうしましょう。しっかり頑張って!」

美和子はどんな理由でも、遥がリハビリを受けてくれるというのが嬉しかった。

****

それからの遥は今まで以上に、リハビリを真剣に行い、1ヶ月後には体が完全とは言わないが、普通に動く程度なら出来るようになった。

自由に動けるようになると、自分でお風呂に入ったり、トイレに行ったりと、男の体で戸惑う事がたくさんあったけど、ようやく自分の体として見る事が出来るようになっていた。

しかし、いまだにトイレを立ってする事に抵抗があったので、まだ出来ないでいた。いつかはチャレンジしたいとは思っているが、恥ずかしくてできない。

「そういえば、前にあそこ触ろうとした事があったな」と思い出し、遥は恥ずかしくなった。

和人の体に慣れてくると今で気がつかなかった事も気がつくようになる。まず女の体に比べて力が基本的に強い為に、今まで重くて持てなかった物も、割りと楽に持ち上げる事が出来るし、動きもすばやくなった感じだ。

そんな事を考えていると、リハビリがどんどん楽しくなり、もっともっと自由に動かせるようになりたいと、人の何倍も遥は努力した。その結果、予定よりもずっと早く筋力も回復し、自由に動けるようになったのだ。

「遥ちゃん。こんなに動けるようになったんだね!」渡辺は頑張ってリハビリを続けている遥に声をかける。

「あ、渡辺さん。お蔭様で、ある程度は動けるようになりました!」

「食事も、もう普通に取ってるみたいだしね。本当に若さってうらやましいわ……」そう言うと渡辺は苦笑した。

「そんな。渡辺さんも十分若いじゃないですか!」

「遥ちゃんにそう言ってもらえると、嘘でも嬉しいわ!」

「嘘じゃありませんよ! 本当にスタイルも良いし、肌も綺麗だと思いますよ」

「あれあれ? 私に惚れちゃったかな?」意地悪そうに渡辺は遥に迫る。

「やめてくださいよ……。それよりも、そろそろ大森さんに会おうと思っているんですけど……」遥は真剣なまなざしに変わる。

「そう……。わかった。じゃ、いつにしようか?」

「明日でも良いですし、相手の都合に合わせます……」

「わかった……。じゃあ、神崎先生とも相談して、日取りを考えておくわ」

「はい。よろしくお願いします!」

それから数日後、
「え?本当ですか?」遥の目は輝く。

「ええ。よかったわね。明日10時くらいからなら会えるそうよ。で、場所なんだけど、先方はどこでも良いと、言ってるんだけど、なんか希望あれば、伝えておくわよ?」

「それじゃ、大森さんの家がいいかなと思いますので、お伺いしますと伝えてください」

「わかった。それで話をしてみるね」

「本当にありがとうございました!」遥は頭を下げる

「詳しい事が決まったら、また知らせにくるわね……」

「はい!」遥は期待と不安で胸が一杯になる。

「元気そうで良かったわ。てっきり不安で押しつぶされるんじゃないかと思っていたから……」

「あっ……そうですね……もちろん、不安はあります。だけど、これからの事を考えたら、ここは私が自分の力で乗り越えなきゃいけないところだと思うので……」

「そう。じゃ、明日頑張ってね。朝の回診が終わった時に、神崎先生から注意があると思うから、詳しい話はまたそこで……」

「はい。わかりました」

(明日いよいよ和人の両親に会えるんだよ……。私、頑張ってくるね……)

遥はそう決心したのだ。和人のことばかり考えていたからなのか、その日の夜、久しぶりに夢の中で遥は和人に会う事ができた。

****

翌日の朝。遥は美和子と和人の実家に向かっていた。

「ほ、本当にお母さんが、ついていかなくても大丈夫?」美和子は心配そうに遥に質問する

「うん。大丈夫……。それに向こうだって、自分達の子供の体を使っている人の親なんて出てきても、あまり良い気分しないだろうし……」

「それは……そうかもしれないけど……。本当に一人で大丈夫なの?」

「平気、平気。娘を信じなさい!」遥は笑顔を見せた。

「そ、そう? なら、頑張ってきなさいね!」

「うんじゃ、行って来るね!」遥は美和子に手を振った。

和人の家が見えてくる。その家は大きいとは言わないが、綺麗な一軒家で、ここが和人の育った家なのかと、遥は感慨深くなり、和人の事を少し知る事が出来て嬉しくなった。

遥はドキドキしながら、チャイムに手をかける。

『ピンポーン』遥にはその音がやけに大きく聞こえた。

「はーい!」女性の声が返ってくる。

「あの。私、宮下遥と申します……」

「あっ。ちょっと待ってくださいね……」女性はそう言うと、ドアの鍵を開けて、扉を開いた。遥を迎えてくれた人は、年齢は40代中盤の女性だろうが、とてもそうは見えず、せいぜい30代後半くらいに見えるほど、肌も綺麗で、とても素敵な女性だった。

「始めまして……」遥は頭を下げて、挨拶をした。すぐに女性から返事が返ってくるかと思ったが、なかなか返事返ってこない。遥は恐る恐る頭を上げると、女性は目を伏せて泣いていた。

「和人……」その女性はしばらく呆けるように遥を見ていたが、ハッとして「ああ。ごめんなさいね。えーと……。宮下さんでしたっけ?」涙を拭く。

「あ、はい。宮下遥です……」

「そう。私は、和人の母親の弘子と言います……。さ、上がってください」弘子はそう言うと遥は家の中に案内した。

「あ、すいません。お邪魔します」遥達は案内されるがまま客室へと移動した。

案内された客室には、一人の男性がソファの上に座っていた。その男性と目があい、遥は会釈をした。弘子はその男性の隣に行くと、口を開く

「この人が、和人の父親で恵一です」

恵一は40代後半で、和人と面影がなんとなく似ている。和人も歳を取るとこんな感じになるかなと思わず見入ってしまった。素敵なおじ様といった感じだ。

弘子に紹介された恵一は頭を下げた。遥もつられて頭を下げる。

「わ、私は宮下遥です……」

遥が挨拶をしても恵一は微動だにせずに、じっと遥を見つめる。どれくらいの沈黙があったのか明確ではないが、沈黙に耐え切れず、遥が謝罪を口にしようかと思っていると、恵一が口を開いた。

「こ、これは……予想以上にきついな……」恵一は遥の姿を見て涙をこぼす。

その涙を見て遥は戸惑う。弘子は恵一の隣に移動し、そっと肩を抱く。

「ええ。私も耐えられないほど、きついと思いました……」恵一に合わせて弘子も涙をこぼす。

「あ、あの……」遥はうまく言葉出てこない。

死んだと思っていた息子が、目の前にいるのだから、二人の気持ちはきっとものすごいものだろうと遥は思った。

遥の両親なんて、体が別の人に変わっただけであって、遥は生きているにも、かかわらず大きな悩みを抱えながら生きてきた。

しかし、和人の両親は失っていたと思っていたものが、目の前にいるのだから、その感動や混乱は遥の両親とは比べ物にはならないだろう。

「あの。なんて言えばいいのかわかりませんが、本当にすいませんでした……」遥は頭を下げて謝罪をする。それを聞いた恵一と弘子は体をこわばらせた。

「み、宮下さん……。ど、どうしてあやまるの?」信じられないと言った顔で、弘子は遥を見る。

「え。だって、私が自殺なんてしようとしたから、私を助ける為に和人さんが犠牲になってしまって……。だから和人さんは私が殺したようなものです……」遥は目を伏せる

「そ、それは違う。和人を殺したのは……脳死の原因である心臓疾患だ!」

「その通りよ! あなたは何も悪くないわ!」

「で、でも……わ、私が自殺なんてしなければ……。今も和人さんは脳死として、体は生きている事が出来たかもしれない。そして、脳死が治る薬というものが出来る可能性だってあった……」

「や、やめてくれ!」恵一は声を荒げる。恵一はものすごく怖い顔をして遥を見る。「宮下さん。本当に君が気にする必要は無いんだ……。私達は君を助ける事だけを考えて、君の将来の為に、和人の体を提供した。それでいいんだ……」

「で、でも、それじゃ……」

「いいんだ! それ以上は君がどう思うかはしらないが、私達に責任がある。君の考え方で行くなら、和人を殺してしまったのは……。私達だよ……。私達が移植を許可したのだから……。だから、そんな考えを持つのはやめてくれ……」恵一は顔を手で押さえ、頭を下げる。

「ご、ごめんなさい……」

「だ、だから、謝らないで下さい!」

「あ、違うんです。今のは……体を頂いた事を謝っているんじゃなくて……。私が何にもわからずに、謝ってしまった事に対する謝罪です……。私がお二人に謝ろうというのは、謝る事で、自分が楽になるという逃げからきていた謝罪……ですね……。そして、その罪悪感をお二人に押し付けるだけ……だったんだなと思いました……。自分勝手な謝罪でした……ごめんなさい……」遥は頭を下げる。

「そう、そうかもしれない……。だから、私達はあなたからの謝罪をうまく受け入れられないのかもしれない……」恵一の声が振るえている。

「お願い。宮下さん。お願いだから、謝るのだけは本当にやめて!」

恵一と弘子は肩を抱き合い泣いている。その姿を見ると遥もたまらなくなる。

「本当に二人の判断で、私は助かりました。本当にありがとうございました……」遥の言葉を聞いた二人は顔を上げた。そして、目から涙がボロボロとこぼれる。

「和人が死んだのは、心臓発作が原因で脳死したから。だから、そこにあったのは和人の体だけ、その体であなたの命が、助かったんなら……それで良いと私は思う……」弘子は優しく微笑む。

「うん。その通りだ。和人はあの脳死の瞬間に死んでしまったんだ。そのままではダメになったかもしれない体で、誰かを助ける事が出来たというのは、私達からしても嬉しい事なのだから……」

「本当にありがとうございます……」

「これでも、この件に関して、謝罪も感謝ももう終わりだ……。宮下さん……。私達の方こそ、ありがとう。君のおかげで私達の後悔が別のものに変わったよ」

「そ、それは一体?」

「……希望だよ」恵一はニッコリと笑う。そう言われた遥は自分の体に衝撃が走った。

「はい。頑張ります。お二人を悲しませない為に、しっかりと生きていきます!」遥はニッコリと笑う。それを見て、恵一と弘子も笑う。すると、弘子はハッとして立ち上がる。

「あらやだ。お茶を用意してなかったわ!」

「ああ。そんな事よりも先にお伝えしたいメッセージがありますので、よろしければ聞いてもらえますか?」遥は弘子を手で止める。



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2010年10月01日

【夢の中だけでも会いたい】 第2章 見えない明日 6

翌日の朝の面会の時に、美和子と一緒に、義春も面会に訪れた。

「お、お父さん!?」遥は驚く。

「や、やあ。お、おはよう。遥……」
「お父さん……ど、どうして?」

「たまには顔を見せないとな……」義春は照れ笑いをする。

「そんな……。大丈夫なの? 仕事が忙しいって聞いていたけど……」

「は、遥はそんな事気にしなくてもいいのよ」美和子が口を挟む。

「……ありがとう」二人の顔を見た遥は、思わず涙が出でそうになった。涙を悟られないように、両手で鼻と口を押さえ涙を堪える。

「あ、あら……。遥。どうしたの?」美和子は心配そうに遥の顔を覗きこむ。

「だ、だって……二人のそんな顔を見たら……」二人とも目を真っ赤に晴らし、目の下にクマを作り、少し疲れた様子ではあったが、必死に作り笑いを見せて、そんな疲れを感じさせないようにしているのが、見ていて痛々しかった。「ご、ごめんなさい……。私のわがままで……」

「ううん。遥が悪いんじゃないわよ。昨日、私達でこれからについて、しっかりと話し合っただけ……。私達に圧倒的に足りなかった時間なの……」

「じゃ……。朝まで話し合ってたの?」

「ははは……。そうだな。気がつくとこんな時間になってた……おかげですごい顔になってしまったよ……」目をこすりながら、義春は笑う。

「ご、ごめんね……ごめんね……」遥の目から涙がうっすらとこぼれる。

「いいや。俺の方こそ、ごめんな。仕事が忙しいという言い訳をして、ずっと遥に会いに来なかったんだから……本当に申し訳ない……」

「ううん。いいの……こうして会いにきてくれたんだから、忙しいのに無理させてごめんね……」

「かわいい子供のために、時間を割くのは当たり前の事だから……。遥が気にする必要は無いんだぞ!」

「ありがとう……お父さん……」

「うん。だから、気にしなくて良いぞ!」

「お母さんも……。ありがとう……」遥は美和子を見てそう言った。

「ううん。良いのよ」美和子はニッコリと笑う。

「わ、私がわがままを言うから……。何とかお父さんを説得して連れてきてくれたんだよね? そうすれば、きっと私が生きる希望を持ってくれるに違いないと思ったから……。そうしてくれたんだよね……」

「えっ……。まあ。そうかな……」美和子は苦笑する。

「私って、二人を困らせてばかりだよね……」

「困らせる事なんて何もないよ」義春は穏やかにそう言う。

「そ、そんなわけないでしょ? わ、私が自殺なんてしてしまったから、二人の関係が、おかしくなってしまったんだよね……。私だけは……。じ、自分だけが被害者だと勘違いして、お母さんにひどい事を言ってしまった……それだって、私が勝手な事を言って困らせたんだと思う……」

「ううん。いいのよ。遥。あなたは私達の子供なんだから、どんなにわがままを言っても……。私達の願いは、遥が幸せになってくれることなんだから……」

「お父さんが面会に来ないのだって、私の事を愛してくれていないからだと思っていたけど、実は逆だったんだね……愛しているから辛かったんでしょ? 私の姿が変わってしまった事が……」

「そ、そんな事はない! どんな姿になっても遥への愛情は変わらない!」

「う、ううん。違うの……。別にお父さんを、責めてる訳じゃないんだ……」遥は微笑む。「ただ、それをお父さんのせいにするだけで、私が何も努力をしていなかった事に、気がついただけ……そんな事にも気がつかないで、私はお母さんを責めちゃってたんだなと思っただけ……」

「遥……」

「本当に勝手だよね……私って……リハビリもせずに、ただ死にたいとばかり考えて、二人を困らせてばかりいた……。だから、二人は私の事をきちんと話し合う時間を、作る事ができなかったんでしょ? ほ、本当にごめんなさい」遥の目から涙がこぼれる。

「い、いいや。遥だけが悪いわけじゃない。俺もなにもせずに遥のリハビリをさせることだけを、お母さんに頼んでいたし、俺自身が何かしていたわけじゃない。だから、俺だって、勝手なことばかり言っていた……」

「ううん……そうなのかもしれないけど、お父さんがというよりも、私は自分が出来る努力を何もしていないのに、人に努力をしてもらおうと思っていただけなんだよね……。結局、私は自分の事しか考える事ができていなかった……」

「そんな事ないわよ……。遥は遥なりに、頑張っているとお母さんは思うわよ?」

「い、いつもありがとう。本当はね……自殺をする前にお母さん達に相談しておけばよかったと思ってるんだ……。だけど、あんなに入学する事を喜んでいた二人に、高校が嫌になったなんて……どうしても言う事が出来なかった……」

「遥……」

「高校を辞めたいなんて言って、二人が落ち込む顔なんて見たくなかったから、勝手に私一人で悩んで落ち込んでいき、どうしようもなくて自殺を選んでしまったんだよ……」

「そ、そんなに高校が辛いんだったら、私達が無理して高校に行って欲しいなんて願うわけないでしょう!?」

「うん。そうだと思うよ。今ならそうだと思える……」

「そうよ。むしろ、学校なんて喜んで辞めろって、私達は言ったでしょうね」美和子は微笑む

「ごめんね……。だけど、そんな優しい両親さえも信じる事が、あの頃の私はできていなかったんだよ……」

「そっか……。じゃあ。これからは私達を信じてくれる?」

「うん……こんなふうに私のせいで家族の仲が悪くなるのは、私も辛い……。私が一番辛いのは、二人が仲良くしていない事なんだよ。私のせいで家庭をおかしくしてしまった……」遥の言葉で二人が苦笑を見せる。

その両親のつらそうな顔を見ると、もう遥は涙を堪える事が出来なくなった。

「ほ、本当にごめんなさい! わ、私が……私が悪いの!」遥は泣き叫んだ。

「は、遥……。お前だけが悪いわけじゃない。俺達がしっかりと現実を受け入れるだけの強さがあれば良かったんだ……」

「ううん。お父さん達は必死になって、頑張ってくれてたんだよ。ただ逃げるところが少し欲しかっただけ。そんな状況を作ったのは私なんだよ……」

「遥……」

「……お父さん。お母さん。私ね、とりあえずリハビリを始めてみるよ」

「ほんとか? 遥!」

「うん。だから、もう二人は喧嘩をしないでね……お、お願いだから……私は二人が仲良くしている姿を見るのが好きなんだから……」遥は涙で頬を濡らしたまま微笑む。

「わ、わかった。お父さんとお母さんはこれから仲良くする! だから、遥は安心して家に戻ってきて欲しい……」
「うん。わかった。動けるようになって、家に帰れるように頑張るよ」

「大変な事もあると思うけど、遥なら必ず頑張れる」

「自分でしてしまった事だしね……。反省するためにきちんとやりきるよ」

「遥……」義春は顔を伏せる。それを見た美和子は遥の手を取る。

「今から家族3人で、もう一度やり直していきましょう。みんな誰だって弱いところはあるわ。だから、家族でその弱いところを、みんなで手を取り合って補っていこう」

遥は美和子の顔を見つめ、美和子の手を強く握り返し、反対の手で義春の手をつかもうとするが、体がうまく動かないために、義春の所まで手が届かなかった。

「ほら、あなた。遥が手をつなごうとしてるわよ」肩で義春をつつくと、義春は驚いて顔を上げる。その姿に遥と美和子は笑みをこぼす。

「おお。すまん……」

義春はそう言うと、遥が伸ばそうとしていた手をつかんだ。そして、反対の手で美和子の手を取る。

「そうだな。3人で手をつないで頑張っていこう!」

「うん。お父さん、お母さん。私、頑張るから。まずは必ず動けるようになるから。そしたら3人で……私達の家に帰ろう……」遥の目から涙が落ちる。

「ああ。帰ろうな……」義春も涙声になる。

「うんうん。早く帰ろうね……」美和子も泣き出した。

遥が目を覚ましてから、ようやくまた家族に戻れたような気がした。それが嬉しくて、家族3人でずっと泣き続けた。


神崎は検診に遥の病室を訪れたが、家族で手を取り合って泣いているところをみて、部屋に入りづらくなっていた。

「渡辺君。ここは少し時間をずらそうか……」神崎の顔には笑みがこぼれていた。

そんな神崎の顔を見ていると渡辺も嬉しくなる。
「そうですね。これは邪魔しちゃ悪いですね」

「ああ。そうだ……。宮下さんのリハビリの用意もしておいてくれ」

「そうですね……。神崎先生、良かったですね。ようやく前に進みますね」

「うん? そうだな。ようやくだ」神崎はニヤリと笑った。




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2010年09月28日

【夢の中だけでも会いたい】 第2章 見えない明日 5

病室で目を覚ましてから、今日で1週間が経過していた。

「私は何を目標に生きていけばいいんだろう……」遥は和人と夢の中で話をしてからは、死にたいとは思わなくなっていたが、生きたいと思うようになったわけではなかった。

「リハビリでも始めてみたら?」美和子は軽い口調でそう言った。

「ごめん。リハビリするような元気は、まだないんだ……」遥はつらそうな顔をする。

「そっか……」
「お母さん。毎日、ごめんね……」
「え? ああ。いいのよ。そんな事気にしなくても……」
「でも、私がきちんとリハビリをしていれば、もう一人で食べられるくらいになっていたかもしれないのに……」

「そうね……。そう思うならリハビリを開始してくれるとうれしいかな……」美和子は苦笑する。

「そ、それは……」遥は口ごもってしまう。

「まあ。すぐに始めてほしいけど……。お母さんは遥の気持ちが変わるまで、気長に待ってみるわ」
「う、うん……ありがとう」

「でも、こんな流動食しか食べれないんじゃ、あんまり元気もでないかな?」

「そ、そうだね……。あんまりおいしくないしね」遥は苦笑する。

「食べるというよりも、飲んでるだけだもんね。でも、前より多く飲めるようになったみたいだから、お母さんは安心してるんだよ」

「そう言われてみると、そうかな……。前よりは入るようになってきたかも……」

「じゃ、胃の方のリハビリは順調みたいね」美和子は微笑んだ。

食事が終わる頃、神崎と渡辺が病室に訪れ、毎回おなじみの検査と質問が終わると、神崎は興味に満ちた目をしながら、夢の中で遥と和人が話をしている事についてあれこれと質問をしてきた。

「それで、宮下さんは大森さんと夢の中で、どんな話をしてるのか、もう少し詳しく教えてもらえますか?」
「は、はい……」遥は、神崎に和人と夢の中で、話したことや起こった出来事についておおまかに説明した。

「なるほど……実に興味深い話ですね……」
「そうですよね……。神崎先生は、どのように考えているんですか?」

「えーと、ですね……。心臓移植をすると、心臓提供者の記憶を、引き継ぐ可能性があるという話は知っていますか?」
「うーんと……。テレビか何かで見た事があるかも……」

「ああ。その程度の知識で十分です。記憶を引き継ぐ原因については、医学的に証明されているわけではありませんので……。心臓を移植すると、まれにそのような事が起こる可能性があるということです」

「記憶?」

「物事を考えるのは脳の働きです。しかし、気持ちを表現する時の言葉は必ず、心という文字を使います。例えば、心臓がドキドキするとか、心臓に悪い、心が痛む等。このことから、感情を作り出しているのは心臓ではないのかと言われています。今回は、大森さんから心臓を含め、体全体をもらったわけですので、当然そのような事が、起こってもおかしくないということです」

「そんな事が……じゃ、これからも和人……大森さんの夢を、見れるということですか?」

「それは……。はっきりとは言えませんが、別の体に再移植するまでは、大森さんの夢を見る可能性はあると思います」

「そっか。よかった」遥はホッとする。「あ、ところで、ちょっと関係ないかもしれないですけど……。別の体に再移植なんて事も出来るんですか?」

「あ、ああ。それはですね……。まだ実験段階ではありますが。次から次に別の体に移動していく事は、理論上は不可能ではありません。ですが、2度目の移植は行われた例は今のところありませんので、うまくいくかどうかはわかりません……」

「じゃ、うまくいった場合には、脳が死ぬまでは、体を転々としながら生き続けることが出来るって事ですか?」

「おそらく可能です。ただ、そこまで脳死の体が、あまっていればの話ですが……」神崎は肩をすくめる

「そうなんですか……」
「えーと……話を戻してもいいですか?」
「あ、すいません。どうぞ」

「今回の宮下さんの例で言えば、大森さんの体を使っている限り、その夢を見る事になると思われます。もちろん科学的な根拠は無い話ですが……」

「他に脳移植された人はどうなんですか? 同じような話はありましたか?」
「宮下さんと同じように、元の体の人の夢を見るということですか?」
「はい……」

「正直な話。宮下さんほどの明確な結果が出た人はいません。あったとしても、見たこと無いものを知っている人もいた程度の、ごくごく軽い記憶の共有程度で、会話が出来たとか、相談にのってもらったなどは一切ありません。ですので、全ては私の推測をお話しているレベルです」

遥はなんだか話を聞いてがっかりしてしまった。

「結局のところ、神崎先生の推測だけか……。ずいぶんとあいまいですね」
「あいまいとは?」

「だって、何一つ医学的に証明された事ではないわけですよね? あくまでも神崎先生が考える仮説ですから……」

「なるほど。ははは。確かに宮下さん、あなたの言うとおりです」神崎は笑いながら話を続ける。「しかし、実際に考えてみてください。あなたが本当に大森和人さんの夢を見ているという証拠はどこにも無いわけです」

「た、確かにその通りですね……。私しかみる事が出来ない夢だから、私が作り話をしている可能性もあるというわけですね……」

「そうです。さらに言うのであれば、大森さんの体が原因で、その夢が見ているという事も証明されていません」

「そ、それは大森さんの体と入れ替わった事を知る前に、学校でお話した事を覚えているから、事実だと思いますけど……」

「たしかに、そう考える事もできますが、仮に別の体に移った時に、大森さんの夢を見なくなるという確証はありますか? ありませんよね……。夢を見たのも、潜在意識のどこかで、大森さんの体に移った事を認識して、それが夢に出てきただけかもしれないということです」

「そ、そうですね。潜在意識で……そのような事が、起こっていないとは言えないです……」

「それにですね。そもそも、どのような夢を、どのよう状況で見るのかというは、完璧に解明はされていません。解明されているのであれば、私も毎日好きな夢を見れるので、とても嬉しい話ですが……」そう言うと神崎は笑った。

「な、なるほど……。科学的に考えていると、非常におかしな話ですよね……。体の本当の持ち主が私に話しかけてくれるなんて……もしかして、嘘だと思っていますか?」

「そんな事はありませんよ。そのような可能性があるということは、私も認めています。というよりも、信じたいという気持ちですね」

「わかりました。その気持ちだけで、十分です……。あいまいなんてひどい事言って、ごめんなさい……」

「いえいえ。私も医者でありながら、医学的に説明が出来なかったので、仕方がありません。今はその可能性を、信じているだけですので……」

「し、信じてくれてありがとうございます……」

「大森さんは、あなたに何を訴えているのですか?」

「なにも……。ただ、私を励まして助けてくれるだけです……。大森さんは何も望んでいないんです……。私に元気が無い時は元気を出してくれて、落ち込んでいたら、励ましてくれる。辛い事があれば一緒にやってくれる。いつも私を助けてくれるんです」

「そうですか……。他にはありませんか? どんな些細な訴えでもかまいません」

「た、多分無いと思いますけど……。あ、あるとすれば一つだけ。私が元気に生きていくことだと思います」

「なるほど。それでは夢の中では、大森さんは何も望まずに、ただひたすらに、あなたを助けてくれる、正義のヒーローのような存在だったのですね……」

「そ、そうですね。実際の大森さんが、どうだったのかはわかりませんが、少なくとも夢の中にいる大森さんは、間違いなく私にとって正義のヒーローです……」
遥の話を聞いて、神崎は少し考えてから口を開いた。

「……大森さんはあなたの考えている通り、最後まで明るく元気な人でしたよ。絶望的な病にかかった人というのは、基本的に悲観的になり、何もしようとしなかったり、ひたすら落ち込んでいくものですが、大森さんはそのような大きな病気を持っていても、学校へ行こうとしたり、必死に勉強をしたりしていました。そして、どんな時でも前向きにいきていました」

「そうなんですか!」遥は和人が自分の想像通りに人だったので嬉しくなった。「生きているうちに一度話をしたかったな……。そんな前向き人だったから、大森さんは、この病院でも有名人だったんですね……」

「え? 有名? なぜですか?」

「だって、神崎先生が、大森さんの事を詳しく知っていたので……」

「ああ。私は彼の担当医でしたので、関わりあう事が多かったんですよ」

「ええ! そ、そうだったんですか……。もっと大森さんの話を聞かせてください!」
何かものすごく気になる点があったが、それがなんだか遥はわからなかった。そんな事よりも、もっと和人の事を聞きたい気持ちが強かった為に、深く考える事が出来なかった。

「ええ。かまいませんが、またの機会にしてください。次の患者さんところへ行かなければならないので……」神崎は苦笑いをする。

「ああ。そう……ですね」遥は残念な顔をした

「それと、本当に大森さんのが、あなたに何かを伝えようと、夢を見せているのであれば、これからも夢に出てきて励ましてくれるはずです。だから、頑張って生きることを考えてくださいね。大森さんの為にも……」
遥は小さくうなずく。

神崎が病室を去ると、話を黙って聞いていた、美和子は遥に話しかけた。

「神崎先生の言うとおりよ。頑張って生きなくちゃ!」
「お母さん……」

「うん? なあに?」遥に『お母さん』と言われた時に一瞬だけ、暗い顔をし、いつもの明るい笑顔を見せる。

「やっぱり、自分の子供の体が、別の人間に変わってしまうのは辛いよね……」遥は美和子に聞こえない大きさでボソリとつぶやく。

「え? なになに?」

「ううん。なんでもない……。なんでも……」遥は笑顔を見せて「どんなによそよそしい態度を取られたとしても、私が我慢すれば良いんだから……」と小声でつぶやく。

「は、遥?」
「自分がしたことだもん。しょうがないか……」遥はため息をつく

「ん? だから、どうしたの?」美和子は不思議そうな顔で遥を見る。

「ああ。ううん。なんでもない」
「そう?」

「ねぇ。私がこのままの姿でいたとしても、昔と同じように愛してくれる?」
「な、何馬鹿なことを言ってるの? 当たり前じゃない!」

「そうだよね。そう言うと思った」遥は微笑んだ。

「どんな姿になっても、遥は遥よ。だから心配しないで……」美和子は遥を抱きしめる。

「『どんな姿にもなっても』という事は、やっぱり私の姿を気にしているんだよね……。もう昔みたいな関係に戻る事はできないのかな?」

「そ、そんな事はないわよ。遥は遥だって言いたいのよ!」美和子は焦った顔を見せる

「そっか……。ごめんね。変な事に突っかかって……。あ、ところでお父さんは?」

「え? ああ、今とても仕事が忙しいみたいね……」美和子は気まずい顔をする。

「そっか。私の目が覚めた日以来、お父さん来てくれないね……。今日も『仕事が忙しい』の?」

「そ、そうね……。ご、ごめんね。お母さんの方から、お父さんにお願いしてみるね」美和子はつらそうな顔をする。

「お父さんも……わ、私が別の姿になったのを、見るのがつらいのかな?」

「え? どうでしょうね……」

「そっか……」遥はため息をつく

「ほ、本当よ!」

「ねぇ。私が生きてて本当に良かったのかな? なんか、みんなに迷惑をかけている気がするんだ……」

「な、何言ってる! 生きてて良いなんてもんじゃないわよ。これからもずっと私達のそばで生きてて欲しいわよ!」

「そう……なんだ……。な、なんかね……。もしかしたら、私のせいで、お母さん達がうまくいっていないのかもしれないって、思ったから……」

「そ、そんなわけ無いじゃない。変な心配を遥はしなくてもいいのよ。安心して1日でも早く良くなってね!」
「うん……」

「あ、そうだ! 元気になるって言えば、遥は本当にリハビリをしないの?」美和子は遥の顔色を伺いながらそう尋ねた。

「そ、その話はやめよう……。さっき私がやる気が出るまで待ってくれるって言ったでしょ?」遥はため息をつく。

「そうだったわね……。どうしてもやらないの?」

「やらない……」

「なにがそんなに嫌なの?」

「動けるようになりたくないから……」

「そ、そんな事言わないでよ。お母さんは遥と一緒に家で暮らしたいよ。動けるようになって早く家に帰ろうよ。きっとお父さんも同じ気持ちだって……」

「そんなわけ無いでしょ!」美和子の白々しい話が、遥の癇に障った。「私は、家に帰るのが今一番怖いんだよ!」

「そ、そうなの? どうして?」

「だって、今、家に帰っても……きっと私は、他人を見るような目で見られてしまうから……」

「わ、私達が、そんな事するわけ無いでしょう!?」美和子は大きな声を出した。

「……うん。たぶんそうだと思うよ……。だけどね……。もしも、そうなったらって思うとね。怖いの……」

「大丈夫……絶対そんな事にならないよ。だから、少しだけ、毎日10分でもいいから練習しよ?」

「もう。お願いだから、ほっといてよ……」

「ほ、ほっとけるわけ無いでしょ……」美和子は心配そうに遥を見る。その美和子の目が、他人の顔色を伺うような目だったので、遥はたまらなく、いやな気分になる。

「私なんて、死んでれば良かったんだよ! そうすればお父さんとお母さんが、気まずくなることも無かったし、お母さんだって、嫌々お見舞いに来る事なくなったんだよ!」

「嫌々だなんて……。ど、どうして、そんな事をいうの?」

「お、お母さんの態度を見てればわかるよ……。目が覚めてからずっと距離を感じるんだ。拒絶されているのが良くわかる。お前なんか私達の子供じゃないって……」

「そんな事はないわよ! それは遥の誤解よ!」美和子は叫んだ。

「お母さん……」遥は美和子を見つめる。そう呼ばれた美和子は、咄嗟に遥から視線を逸らしてしまった。

「や、やっぱりそうじゃん……。お母さんは気がついてないだけだよ……」遥は悲しい顔をする。

「え?」美和子は驚いて遥に視線を合わせる。

「ううん。別に責めたいわけじゃないんだ……」

「は、遥……」

「へ、変な事言ってごめんね。それに事の発端を作ったのは私。全部私が悪いんだけどね……。そ、それはわかっているから……」遥は唇をかみ締めた。「でもね……。でもね……。両親からそっけなくされると、寂しくなるんだ……」遥は涙こぼした。

「遥、私はそんなつもりは無かったんだけど、もしもそんな気持ちにさせていたんならあやまるから、許してくれない?」

「ううん。いいの……。だけど、まだ動けるようになる事が怖いの……。だから、これ以上はリハビリの話はしないで……」遥は涙を拭きながらうつむいた。

「……お母さんが、遥を傷つけてしまっているのであれば、本当にごめんなさい……。お母さんも努力するから、許してくれない?」

「うん……。だけど、今はリハビリをするのが無理だと思う。で、でも、いつか私の中で答えが出たら頑張ってリハビリするよ」

「遥……」

「だから、お母さんも私に言えるようになったら、本当の気持ち教えてね。どんな気持ちであったとしても、私はそれを受け入れるから……」寂しそうに遥は笑顔を見せる。

美和子は遥の笑顔を見ていると、涙がこぼれそうになる。泣いているところを遥に見られたくなかったので、背を向けて、顔を手で覆った。肩がふるわせ声を出さないように泣いた。

「お母さん達が隠し事をしているようだと、私も本当の事話せないよ……」

美和子は涙を堪えて、遥の方を見て話を始めた。

「ご、ごめんなさい。あなたが遥だって言う事は、わかっているのよ。だ、だけど。だけどね、遥の言うとおり……。怖いの。見た目も声もなにもかもが全部、私達の知っていた遥じゃない。まったくの別人だから……」

「や、やっぱりそうだよね……。実際にそう言われると、ショックは大きいね」遥は笑う。

「ご、ごめんなさい……」

「ううん。その気持ちはよくわかるよ。私も逆の立場だったら、きっとそう思うだろうし……」

「遥。本当にごめんね。変な心配をかけちゃって。本当はお母さんもお父さんも、怖かったのよ。正直なところ、あなたが目を覚ますまで、ベッドで寝ているあなたが、遥だという保証も無ければ、自信なんてまったく無かった。ただ先生たちの話を信じるしか出来なかった……」

そこまで話すと美和子は感情の歯止めが出来なくなっていた。涙をぼろぼろとこぼしなき始めた。泣いている美和子に、遥は声をかける事ができない。

「だから、遥が眠っている2ヶ月の間にお父さんと何度も喧嘩をした。あの人もずっと不安だったんだと思う。今はもちろんあなたが、遥だというのはわかるわよ。でもね、あの時の不安な気持ちを、どうしても消す事が出来ないのよ!」美和子は顔を手で覆うと、頭を振った。

「も、もういいよ。お母さん……。二人の気持ちは良くわかったから……」

「だけど、それじゃいけないって言うのはわかってるの。だから、なんとか、遥への態度を変えようと、昔みたいに楽しくやっていく為に、努力をしているのよ。でも、どうしても、ふとした瞬間に『あなたは誰?』という感情がでちゃうの……。ごめんね。遥……」

「ご、ごめんね。私だけが苦労している気になってた……。お母さんも必死だったんだね……。でも、まあ、当然だよね……。今まで17年間も一緒にいた姿ではなく、突然まったく別の姿に、私はなってしまったんだから……」

「ダメなお母さんを許してね……遥」美和子の頬を涙のしずくが落ちる。

「お、お母さん。もういいよ。わ、わかったから、もういいよ……」遥も美和子につられて涙をこぼす。

「少しずつ。少しずつでも遥の事を認めていけるようになるから、もう少し待ってください……」

遥は泣きながら何度も頷いた。



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taikaisyosetu at 09:28|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!【夢の中だけでも会いたい】 

2010年09月25日

【夢の中だけでも会いたい】 第2章 見えない明日 4

遥はどれくらい泣いていただろうか、もう本当に死にたいとしか思えなくなったときに、遥は自分に異変が起こっていた事に気がついた。

今までと辺りの様子が違う。何が起こったんだろうか? 遥が混乱していると、誰かが遥に話しかけてきた。

「遥ちゃん。ごめんね……」遥はその声の主を見て驚いた。そこには和人が立っている。

遥は咄嗟に自分の姿を確認すると、宮下遥の体になっている事に気がついた。

そして、体も自由に動く。辺りを見渡すと病室ではなく、和人とキスを交わした海岸に和人と二人で立っていた。

「い、一体何が……?」遥は混乱する気持ちを抑えて、和人の方を見る。
遥の目の前には、心から会いたいと願った人が目の前にいる。遥は胸が熱くなった。

「夢であったとしても、幻であったとしてもいいから、和人さんに近寄りたい……」遥はよろよろと安定しない足取りで和人に近寄ろうとする。

「和人! 和人さんなの?」遥の質問に答えるように、和人も遥の方に近寄る。

「ああ。悲しい思いをさせて、本当にごめんな……」笑顔で和人は返事をする。

和人の笑顔を見た遥はもう何も考える事ができなかった。遥の目から大粒の涙が零れ落ちる。

「和人さん!」目の前にいる和人の体に飛び込む。
「うわっ!」和人は遥に押し倒されるような形で、後ろに倒れ込んだ。

「和人! 和人! 和人……」遥は何度も何度も和人の名前を叫ぶ。そして、小さな声で「会いたかった……」と言うと、和人を強く抱きめ、涙を流し続けた。

大好きという気持ちと、会えて良かったという安心感で、遥の心が満ち溢れてきて、幸せという気持ちに包まれていく。

「俺も遥ちゃんに会いたかった……」自分の胸の中で泣いている遥を和人は優しく抱きしめる。

波の音が遥には心地よいBGMに変わる。遥は和人の胸の中で、心から安心する時間を過ごした。

そんな幸せな時間がどれくらい過ぎただろうか、和人は何も言わないし、聞いてもこない。遥はだんだんと落ち着かないような不安な気持ちになっていく。

「私ね。怖い夢を見てたんだ……とっても怖い夢を……」

「どんな夢だったの?」和人は遥を抱きしめながら、頭をなでなでする。
「わ、私……。頭をなでなでされると安心しちゃうんだ……」遥はテヘと笑う。
「そう? じゃ、もっとしてあげる……」

「うん……。ありがとう……。ああ、それでね……。私は目が覚めると病室で寝てるの。そして、私の体が和人の体になってるの。ちょっとびっくりするし、意味がわかんないよね……」遥は笑顔を見せるが、和人は目をあわせようとしない。

「でね……。和人となんて一度も会った事がないなんて、お医者さんに言われちゃうんだ……。こんなにそばにいるのにおかしいね……」遥は涙を浮かべながら笑う。和人は何も返事をしない。ただ唇をかみ締めているだけだった。

「ね、ねぇ……。和人さんと……これからも一緒にだよね?」遥の中で不安な気持ちはだんだんと大きくなる。

「遥ちゃん。実はさ……」和人が何か言おうとしたが、遥はそれを遮る。

「や、やめて……。わ、私が悲しむ事だと思うなら……それ以上言わないで……」

「だって、この世界は……」

「い、嫌だ……。もうやめてよ。こ、この感触が夢だなんて思いたくない。これからも、こうして一緒にいたいよぉ……」遥は和人をギュッと抱きしめて、そして、声を上げて泣き出した。

「ごめん。本当にごめん……」和人も力を入れて遥を抱きしめる。

「……これは全て私の夢の中の世界ってことだよね?」
「うん……」和人はつらそうに返事をする。

「やっぱりそうだよね……。私の事が心配だったから、また来てくれたの?」遥の質問に和人はコクリと頷いた。

「いつもありがとう……。本当はなんとなくわかっていた……。だ、だけど、そうは思いたくはなかったの。私はこっちの……和人さんがいる世界の方が好きだから……」

「か、叶えてあげたいけど……ごめん……」

「ううん。和人さんが悪いわけじゃないよ……。無理だという事はわかってるんだ。だけどね。出来る事なら、ずっとずっと和人さんと一緒にいたい……。こ、この夢が終わって欲しくないんだよ!」遥は感情を抑える事が出来ずに声を上げて泣き叫ぶ。

和人はそれ以上遥に何も言う事が出来なかった。

遥はこの夢がずっと終わらないように、いつまでも、ただ泣き続ける事しか出来なかった。

遥が泣いている間、和人はずっと遥を抱きしめていた。そして、時間がたつにつれて、遥の鳴き声がだんだんと小さくなっていく。そして、ついに遥は口を開いた。

「ねえ、ひとつ聞かせてくれる?」遥の声は不思議と落ち着いていた。
「ん? なに?」突然の遥からの質問に和人は驚いた表情を見せた。

「ど、どうして、こんなにまわりくどい事をしたの?」
「まわりくどい事?」

「うん。だってそうでしょ……。和人さんが夢に出てこなければ、私はあなたを好きになる事もなかったし、こんなに寂しい思いをする事も無かったのに……」

「余計な事か……。そ、そうだね。そうかもしれない……」
「き、きつい言い方でごめん……」

「ううん。俺の考えが足りなかっただけだから……」和人はうつむく。ひどい事を言ってしまった為に、遥は次の言葉が見つからなかった。

「確かに君の言うとおりに、余計な事だったかもしれない……。でも、遥ちゃん! 君は脳移植を受けてからも、君の心は生きる事を拒否していた……。自分で生きることを拒否していたんだ…… それくらいに君の心はぼろぼろになっていた。だから、その傷を癒すために俺は別の可能性と希望を君に見せる事にしたんだ。それがまわりくどい事になったかもしれないけど、その時はそれが一番良い方法だと思ったんだ!」

「それはありがとう……。とっても感謝している。でもね、どんなにいい夢を見せてくれても、それは現実じゃない……。偽者なんだよ? 実際に起こったことは何も変えられない」

「うん。わかっている……。だけど、心が生きることを拒否すると、どんな特効薬も効かない。あんなに大きな心の傷を抱えたままじゃ、君は目を覚ますことなく、死んでいたかもしれない!」

「だったらその方が良かった……。こんなに苦しい思いをするくらいなら……」遥はそう言うとまた涙がこぼれてきた。

「確かに、俺の考えが甘かった……。勝手な思い出を作ってごめん……」

「ちがうの! 過去の出来事とか、本当はどうでもいいの! そんな事よりも、和人さんにもう会えないと思うと、胸が張り裂けそうになる……。それが一番辛いんだよ……」

「遥ちゃん……」

「突然、大好きな人がいなくなるのは本当につらい事なんだよ……。和人さんに会えない思うだけで、景色はモノクロになって、何も手につかなくなる……。そこから生きる希望なんて見出せないよ……」

「……勝手な事をしたかもしれない……。そして、それが遥ちゃんを余計に苦しめる結果になったかもしれない……。だけど、俺は君が目覚めてくれて本当に嬉しかった!」

「私は、目覚めてから絶望するような事しかなかった……。私を必要としてくれる人なんて、誰もいない……」

「そんな事はないさ。君のお父さんやお母さんだって、遥ちゃんが目覚めたら喜んでくれただろう?」

「どうかな……正直、喜んでくれたかどうかなんてわからない……」そう言いながら、遥に『お母さん』と呼ばれ、美和子がつらそうな顔をして病室を出て行ったときの事を思いだす。

「今はまだ色々と戸惑っているだけだって!」

「そうかもしれない……だけど、これからそんな事がたくさん出てくると思うと、生きていく自信はないよ。正直なところ……もう私は死にたい……」

「そんな事を言うな! 生きたかった人もいる。だけど、どうしようもなくて死ぬしか出来なかった人だっているんだ……」和人は珍しく感情を荒立たせた。

遥の驚いた表情を見た和人は、自分が怒鳴ってしまった事に気がつき、遥に「ごめん」と謝罪をする。

「私の方こそごめんなさい……。そ、そうだよね。和人さんも本当はもっと生きていたかったよね……。本当に勝手な事を言って、ごめんなさい……」遥は唇をかみ締める。

「正直なところは、俺だって本当は脳死になんてならならずに、もっと長生きがしたかったよ。でも、起きてしまった出来事は、変える事が出来ない。変える事が出来るのは、未来の出来事だけなんだよ」

「未来の出来事……」

「それにさ。俺が脳死したおかげで、嬉しいこともあったんだよ」
「嬉しいこと?」

「うん。遥ちゃんが死ななくて済んだことだよ」和人はニッコリと微笑む。

「和人さん……」

「それは俺にとっては、ものすごく嬉しいことだったんだ! だから迷惑だったかもしれないけど、君を何とか助けたかった。それで君を困らせてしまったのは謝るよ。前向きに頑張って生きろと言われても難しいかもしれない……。だけど、自分から命を捨てるみたいな発言はしないで欲しい……」

「ご、ごめんね……。私は自分の事しか、考えてなかった……。つらくてつらくて、どうして私だけこんなに目にあうんだろうって……そればかり考えていた」生きたくても生きる事が出来なかった和人の事を考えると、遥は胸が苦しくなった。「それに私の事を和人さんがここまで考えてくれているなんて、思いもしなかった……」

変わってあげる事が出来るなら、喜んでこの命をささげる事が出来ると遥は思った。

だけど、現実には生きたかった人が死に、死にたかった人が生きている。過酷な現実になってしまったのだ。そう考えると遥の目から涙が零れ落ちる。

「本当に何も考えずに、勝手な事を言ってごめんなさい……」

遥は和人に対する謝罪の言葉と、頬を流れ落ちる涙しか出てこなかった。和人に何もしてあげられない。そんな自分が本当に情けなくなった。

「俺に謝らないで! 謝るなら強く生きて……」

「うん……」遥は小さくうなづく。

「俺は遥ちゃんの事をはげます事しか出来ない……。だから遥ちゃんは、自分で立ち直るしかないんだよ……」
「そ、そうだよね……出来るかな……」
「出来るよ。大丈夫。絶対に遥ちゃんなら出来るから。自信を持って」
「和人……」
「もしも、くじけちゃったらそのたびに、俺が励ましに来るよ!」
「だったら、ずっと落ち込んでたいな。そうすれば和人さんと、ずっと一緒に入れるでしょ?」遥は微笑む。
「それは……」和人は困った顔をする。

そんな和人の顔を見ていると、遥の胸がキュンと鳴る。遥は和人が本当に自分の事を考えてくれている事が嬉しかった。

「ありがとう。大好きだよ和人。あなたに会えてよかった……」
「ああ。俺もだよ!」

「出来るかどうかわからないけど、頑張ってみる!」遥はニッコリと笑う
遥の返事を聞いて和人もニッコリと笑う。すると辺りが真っ白に変わる。

気がつくと、今まで目の前にいた和人は消えて、真っ暗な病室が遥の目の前に広がる。「やっぱり夢か……」思わずため息をこぼす。

わかってはいても、やっぱり現実だとわかると、遥には寂しい気持ちでいっぱいになった。

どんなに遥が和人の事を大好きでも、もう和人との間に未来は無い。その事が妙にリアルに感じられて、遥は抑えていた涙がどんどんこぼれていく。

もうどうしようもないほどの大きな悲壮感が遥を襲う。自分の感情に流されるまま、夜が明けるまで遥は泣き続けた。

「神様。どうか夢と現実を逆にしてください……」と何度も繰り返しながら。



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