菅原正志の『世田谷漁報』

(有)大漁企画 菅原正志が、ココロに残ったヨシナシゴトを書いています。お暇なときにおつきあい下さい。 

★4年間を過ごした町と、ウマヤドノミコ 2016年11月8日5

ブルーインパルスを見送った直後、急いで西名阪自動車道に乗る。

航空祭が終わった後、基地周辺の道路が渋滞するのはお決まりなので、間髪入れず動いた。

藤井寺インターで降り、環状線で南河内へ。

環状線沿いにあった古市の 『イエロープレーン(ファミレス)』がローソンになってる!

さらに環状線を南下し、近鉄長野線の、 『喜志(きし)』という駅に向かって左折。。

ボクが四回生で中退した、大阪芸術大の最寄り駅だ。

しばらく走ると、右手に 『第一会館』というパチンコ屋が見えてくるはず・・・・あった!
あったけど、なんだかビカビカのゲーセンみたいになってるぞ。
ボクが大学時代は、郊外の駅前にある、ありふれたパチンコ屋で、まだ手動台が三分の一ほどあった。
夕方5時くらいになると、有線で西田佐知子の 『コーヒールンバ』(当時としても懐メロ)がよく流れていた。

踏切の横に 『ペニーレイン』という二階建ての喫茶店があり、その並びに 『北京』という安い中華料理屋が・・・・ない!
ないー!
そっくり建て替えられている。

なにせ30年以上も経っているので、変わってるだろうとは思っていたものの、あまりの変貌ぶりに言葉がない。

喜志から富田林って、いつ複線化されたんだろう?

しかも自動改札だし・・・・。
大阪の在来線は、東京に較べると自動改札化が早かったのだが、少なくともボクが4回生のとき、喜志は自動ではなかったし、喜志より南は単線だったと思う(→この4回生というのは、関西の大学独特の呼び方のようだ。1年生は1回生。2年生は2回生・・・・・)。
 
喜志の駅裏がロータリーになっている。
ここはパチンコの第一会館の駐車場で、その向こうはただの空き地だったような気がするのだが、自信がない。

学バスのルート(阪南ネオポリス行きの路線バスと同じ道)を走って、恐る恐る大学まで行ってみる。
中退したポンコツ野郎なので、学内に入る勇気はない。

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石川を渡って太子四つ辻

このあたりは、古い日本家屋が多少残ってる。

芸大の学バスの乗り場の近くで車を停めた。

そこから見上げる塚本記念館は変わらないなぁ。
当時は、畑と田んぼのなかに、バス停があったけど、大きなスーパー(?)が建ってる。

その後、再び四つ辻に戻り、1〜2回生のときにバイトしてた磯長山 叡福寺(しながさん えいふくじ)を訪ねた。
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聖徳太子の陵墓の守護寺だ。

ここが午後の目的地。

古刹中の古刹!
そりゃ古いわな、飛鳥時代だもん。

没年が622年とされてるので、1400年前(!)になる。

大学のまわりには、用明天皇陵、敏達天皇陵、小野妹子の墓など、当時国政の中心にいた人々の御陵が蝟集している。
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聖徳太子の墓は、下宿から目と鼻の先だったので、ここで、高野山大学の若い雲水たちに混ざってよくバイトをした。

ふつうの社寺と違い、宮内庁書陵部の管理地なので、陵墓の石室には、働いているボクたちも立ち入ることが許されなかった。
皇室に対する名誉毀損(かつての不敬罪に相当する)。

当時ご住職に聞いたら、過去に何度も盗掘され、副葬品はおろか、遺骨も壁画もない《 ただの石室 》だという。

したがって、ボクたちの仕事は、この陵墓を中心とする墳丘以外の掃除、草刈り、バスツアーで来る拝観者の案内、精進料理の配膳など。

とくに春と秋の彼岸会、涅槃会、大乗会式、盂蘭盆会などなど、法要ごとのときは来客も多く、忙しかった。

3食付きで1日6000円。
当時としては、かなりワリの良いバイトだったと思う。

土日の2日やると、1万2000円!

何よりケッサクなのは、聖徳太子の寺でお勤めをして、聖徳太子が印刷されている1万円札が貰えることだった。

もっとも、聖徳太子という 諡号(おくりな)は、現代で言えば 『戒名みたいなもの』であって、

歴史教科書には、用明天皇の第二皇子 厩皇子(聖徳太子)と、(    )カッコ付きで記され、その呼称を

『ウマヤドノミコ』もしくは『ウマヤドノオウジ』

と覚えた若い人たちには、あの聖徳太子の1万円札に漂う《言いようのない有り難み》は、わからないでしょう・・・・・。

たっぷり二時間ほどかけて、学生時代と何ひとつ変わらない伽藍を巡り歩いた。


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磯長山 叡福寺 南大門(大阪府南河内郡太子町太子)
天正2年(1574年)に兵火で消失し、慶長年間に再建、現在は昭和33年に改築されたもの。 学生時代は、宿から走って行き、この石段を駆け上がったのに・・・。

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左右の金剛力士立像の間、最奥に見えるのが、聖徳太子の御廟。

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叡福寺 宝塔(重文)
承応元年(1652年)に再建されたもの
ここの屋根瓦に雑草が生えたので抜いてきてくれと住職(当時)に言われてひっくり返った。確かに舞台芸術学科ではあるけれど、軽業師ではないのです。でも抜きに行きましたよ・・・・。

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左手前が金堂(大阪府文化財)その奥が聖霊殿(重文)
建築様式は桃山末期で、文治3年(1187年)後鳥羽天皇が宮中にあった太子の16歳等身像を納めた。
ボクたちは、 聖霊殿とは言わず『太子堂』と呼んでいた。

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叡福寺 御廟右手にある 『見真堂』の外観

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親鸞聖人88歳の参籠の折り、自ら刻んだという親鸞座像が本尊。
この看板も学生時代のままだ。
内部撮影不可。

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聖徳太子御廟。
内部には立ち入れない。
墳丘を囲むように 『結界石』と呼ばれる石垣が組まれている。
2002年に宮内庁書陵部によって、結界石の補修整備と調査が行われたという。



あれから32年か・・・・・。

青空に百舌がキリキリと鳴いている。

さらにドライブは続く。

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 ★『航空自衛隊 奈良基地開設60周年記念行事』2016年11月8日5

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 『航空自衛隊 奈良基地開設60周年記念行事』に、ブルーインパルスを見に行った。

フライトリーダーはsuit(春山維彦三等空佐)。
ボクが主宰する大漁企画のメンバーでもある。

ブルーの見学と言っても、奈良基地は幹部候補生学校の施設なので、航空機の滑走路はない。

ブルーインパルスは、拠点を置く宮城県松島基地から岐阜基地に展開し、そこから奈良基地上空へ飛来する。

秋景の古都を飛ぶ11飛行隊を一目見ようと、ビルの屋上といわず、マンションのベランダといわず、歩道橋や、幹線道路のオーバーパスなども人々が鈴なりになっている。

さて、どこで観ようか・・・・・。

奈良基地は一般開放されていないので、そこからほど近い平城宮跡(平坦な敷地で見晴らしが良い)に行こうと思ったが、待て待て、そう思う人は奈良はもちろん、関西圏にたくさんいるだろう・・・・・。

奈良の道は、幹線道路を除くと、かなり狭いので(奈良時代の道なんだから当たり前か・・・)、市の中心部を避けて、奈良大学のある丘陵地から眺めた。

正味15分程度のローパスを観に、わざわざ奈良まで走ったのは、今週木曜日、1番機のsuitがボクの番組のゲストでもあり、先週の入間基地での展示飛行が、 『アメリカンドリーム』と重なっていて、観られなかったことによる。

半分は取材のようなものだけど、suitの任期は来春までなので、彼が飛行班長として搭乗する公式行事も残り少ない。

岐阜へ帰る6機が雲間に消えるまで見送った。

時計を見るとまだ正午。

よし・・・・・。

行く場所は決めてある。

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★アツローを描いてみた 2016年11月5日5

次号(2016年11月16日発売)、海のルアーフィッシング専門誌、『SALTY!』(交通タイムス社)の連載エッセイは、先週末に行った、岩手三陸のロックフィッシュゲームのレポートを書いた。
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本文に添えるイラストのモデルは、大漁企画の阪本アツロー。

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このアイナメをキャッチした後、アツローは、愛用の『フィッシュグリップ』を、いつの間にか海に落として凹んでいた。

女神様が現れないかしら。

『お前が落としたフィッシュグリップは、スタジオオーシャンマークかい?』

『いえいえ、女神様、私のは、もっとお安い・・・・』


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★『アメリカンドリーム2016』2016年11月4日5


今年も、日米アングラーの相互交流に骨を折る、桐山孝太郎さん主催のオープントーナメント 『アメリカンドリーム』に出てきました。
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パートナーは、ご存じ、世界の関田こと、関田泰慶(やすよし)くん。

天気予報が良いほうに外れて、秋晴れの好天にも恵まれ、お昼近くになって風も落ちて、絶好のバスフィッシング日和でした。

結果は・・・・・。

えーと、バックシートで一生懸命釣りましたよ。

アメドリですからね。ストームのウイグルワート投げまくりで。

石積が削れるくらい巻き倒しました。
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釣れましたよ!
近年、バスのサイズを少々錯覚してまして。
いいんですっ!北浦なんだから、このサイズでも嬉しいんだ、ボクわっ!

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ちょっとドキドキさせてくれる、アメリカンキャットフィッシュもヒットしたりして・・・・・。
『米猫』だけに、ヨネコさんと呼んでます。

さて、成績は???

これ以上は聞かないであげて下さい。

そっとしといてあげて。

頑張ったんだから!

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★深夜スイーツ 2016年11月2日5

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いい歳をして、深夜にこんなことを言うのもいかがなものかと思うのですが、山形産のリンゴを焼きリンゴにしまして、そこにバニラアイスと、シナモンと、ブランデーを数滴・・・・。
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しんしんと冷える夜は、暖かい部屋で、冷たい甘菓子に限ります。


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★秋たけなわ! 岩手三陸 『喜多丸』ロックフィッシュ・レポ 2016年10月29日、30日5

若者と子供たちはハロウィンに沸き、カープ女子は日本シリーズに一喜一憂の週末・・・・。
ニッポン人ならハロウィンではなく『新嘗祭(ルビ にいなめさい)』だろっ!というヘソ曲がりの大漁企画は、ピカチュウだのルーク・スカイウォーカーだのプリキュアだのがウロウロする都心を抜け出して、岩手県三陸町 越喜来(ルビ おきらい) 『喜多丸』に、アイナメ狙いのロックフィッシュゲームに行ってきた。
『秋のロックさ、そろそろ良いんでねーべか。がはははは!』という中嶋正光船長の、割れるようなドラ声が、電話の向こうで響いている。
メンバーは、大漁企画のシム兄ぃ、阪本アツロー、湘南支部の藤原さん、POPO。
どう見てもハロウィンパーティーとは縁遠い、おっさん5人(ハロウィンの変装ではなく『防寒ウエア』にこだわるお年頃です)。
今季初のヒートテック(モモヒキですな)着用のトーホグ遠征。

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道中、愛車の後ろ姿を、アツローが撮ってくれた。初めて見た。新鮮。後続車はこう見えているのか・・・・。
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10年でちょうど43万キロ乗った。
この車で何回、三陸に来たろう・・・。
東日本大震災の直後も、コイツで来たっけ。
次に来るときは新車になるかも。アツロー、写真ありがと。

10月28日金曜の夜10時に都内を出発。軽食、給油の後、翌朝午前4時過ぎに東北道 水沢インターを降りる。
コンビニで朝食と昼食を買って外へ出ると吐く息が白い。
『寒っ!』
『やっぱ、空気が違うねぇ』
『先週、東京は20度越えてたのにね・・・・』
さらに2時間弱のドライブで大船渡を経由し、三陸道で崎浜港へ。
リアスの山々は紅葉が進み、秋色に変化している。
震災以降にカサ上げされた新しい岸壁で、喜多丸のばあちゃんが迎えてくれた。
『まずまず、はあ、よく来てくださいましたぁ。お元気そうで・・・・』
ふくよかな手が優しく、温かい。


『準備さできたら出してみるべぇ』
中嶋船長の声に促され、各々、防寒ウエアに着替え、タックルを船に運び込んで出船。

越喜来湾を出て、綾里(ルビ りょうり)方向へ舵を切る。
スポーニングに入りつつある良型のアイナメが、岩礁帯のシャローに差していれば、勝負は早いはず・・・・。
ミヨシ左に阪本アツロー、右に藤原、右舷の二番手にpopo、三番手にシム兄ぃ。左舷側は養殖漁具を引き上げる機器が設置されているので、ボクは胴の下側のポジションからスピニングタックルをメインに使ってキャスティングすることにした。

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水深3メートル以浅にビッグサイズが着いている。
底質が厳しい岩礁なので、根掛かり回避に注意を払わなければならない。
加えて、まだ水温が高いせいかフグ類も活発で、ソフトルアーをついばんでボロボロにされてしまう。
選ぶカラーが″フグ好み ″なのか、アクションに魅了されるのか、シム兄ぃが手を焼いている。
ウマヅラやカワハギ同様、手応えがないままかじられて、丸裸にされてしまう。

『チクショー!またフグにかじられたぁ!』

アイナメはホッグ系ルアーのシンメトリックな形状にそそられる傾向が強く、爪やヒゲの片方をフグにかじられて欠損すると、とたんにバイトが遠くなる。

フグの猛攻に手を焼きながら、この日は40センチ後半のアイナメを筆頭に、鍋の具材には最高のトゲカジカ、ムラソイ、オウゴンムラソイ、ヒラメ、マダコなど、三陸らしい多彩な魚種が顔を見せてくれた。

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ロックフィッシュに関しては、頻繁に通う西伊豆をはじめ、北海道遠征にも出掛けているメンバーなので、開始早々から、40センチ以上の良型がバタバタと上がる。
沖からのウネリが直接ぶつかるサラシよりも、そこから内側(岸側)に回り込んだ、岩盤の凹とその周辺が狙い目。
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↑藤原くんも釣る!室蘭のロックフィッシュ遠征で学んだことが生きているらしい。
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母国、アンティル諸島のトリニダードトバゴでは釣れないアイナメのファイトに大満足のPOPO。新婚です。お嫁さんは日本人の保母さんです。『亭主ガPOPOデ、女房ガ保母デス』日本語のシャレも上手になって来た

昼からは船長の長男の將太も同乗して一緒に釣った。將太は子供の頃から釣りが巧かった(当たり前か)けれど、近年、さらに実力に磨きがかかり、マルカノー釣具大船渡店、気仙沼店、釜石店の連合主催による『2016岩手三陸アイナメ王座決定戦』で2位。この10月には『第4回 釣り河北 陸っぱりロックin釜石』で優勝するなど、急成長を見せている。
今回も、ボクの倍くらいは釣っていた。

釣りから上がった後は、『夏虫のお湯っこ』で温泉に浸かり、三陸駅に近い『なかじまや釣り具店』で買い物。フグにかじられ破損しまくったソフトルアーを補充!
※東京に住んでるのに、三陸町の小さな釣り具屋さんのポイントカードが埋まって行くことに妙なヨロコビを感じる。
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喜多丸の中嶋船長宅で、日本シリーズを観戦しながら夕食。ゼータクな一夜
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『イクラ丼』、『つみれ汁』、『お煮しめ(おでんのこと)』などをご馳走になりました。

今秋は鮭の定置網が不漁とのことだったので、イクラ丼はとても贅沢な夕餉。
由香姉ぇ、ばあちゃん(ほんとは ひいばあちゃんなんだけど)ありがとう。
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近年、日本のお箸の使い方が上手になって来たPOPO(写真左)はイクラを一粒一粒つまめるまでに上達。
サケの定置網が不漁にもかかわらず、メンバー全員にイクラ丼を食わせてくれた喜多丸 中嶋正光船長。感謝感謝です

その後、民宿あずま荘で荷を解き、翌、30日(日)は首崎から吉浜方面の岩礁を転戦。
後3時まで、延長して釣りまくり。
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↑ とくに、阪本アツローが人が変わったように釣りまくって、数、型とも竿頭に。
釣りに熱中するあまり、愛用のフィッシュグリップを紛失(船内くまなく探しても見つからないので、たぶん、海中へドボン?)したのはご愛敬で。

この日も良型のアイナメが多数ヒットし、一同大満足で帰港。
小型のアイナメは釣ったそばから海に返していたけれど、生け簀にキープした良型のうち、さらに42〜3センチ未満を選別してリリースした。
2日間、人が変わったように釣りまくった阪本アツロー。その秘訣は、もちろん、生きたまま腸に届ける乳酸菌。上からでなく、下から。

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通称『ナベコワシ』
トゲカジカのみをナベコワシと呼ぶ地方もあれば、カジカ類全般の総称としてそう呼ぶ地方もある。

抜群に良い出汁が取れる。

あまりに美味なので、鍋をつつき回して食べた挙句、鍋を壊してしまうから『ナベコワシ』と呼ぶようになった。とか。地方名の由来は楽しい

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大漁企画湘南支部 藤原。湘南支部ですからね、当然、岩手へ行ってもヒラメ釣ります
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往復運転の世間話につきあってくれたシム兄ぃ。ソフトルアーをフグにかじられまくり、弾切れ。三陸の『なかじまや釣り具店』と、遠野の『正一屋』で超大人買い。ボクもですが・・・・。


土曜日よりも良型のアイナメが多数ヒットして、大漁企画一同大満足。


帰り道は、釜石経由で仙人峠を越え、例によって遠野の『正一屋』で大散財。

『まるまん羊丸』で、喜多丸常連の小関ちえ子さんが焼いてくれるジンギスカンを、腹いっぱい食べて愛と悲しみの東京へ帰りました。
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岩手三陸の名物キャプテン 喜多丸 中嶋正光船長。釣らせる魚もデカいけど、声もデカいです。がははははは!!です


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帰りぎわ、由香姉ぇが、メンバー全員の記念写真を撮ってくれました。いやいや釣った釣った!!


※三陸リアスのアイナメたちは、寒さが増してスポーニングが盛期に入れば、さらに釣果が上向くと思います。

※お問い合わせ、ご予約は、『喜多丸』中嶋正光船長まで!!

次、いつ行こうかな・・・・・。


★色あせない記憶 2016年10月27日5

今夜の 『五畳半の狼』(BS釣りビジョン 毎週木曜21時から生放送)は、ゲストに
魚類剥製作家の
谷黴瑚朗( たに かびごろう )さんをお迎えして、その製作工程の裏話や、秘術を伺った。
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番組アシスタントの柳野玲子さん(写真左)と、大漁企画の佐久間くん(右)が手にしているのは、昨年3月に琵琶湖で釣ったランカーバス。

いずれも、谷さんの作品。
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柳野さんのバスは、全長60、5センチ(!)
ウエイトは、5200グラム(約11、46ポンド)バカラックか、エルサルト級!
佐久間くんのバスは56センチで、3800グラムあった。

ボクのバスは58センチで、ウエイト未計測。

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★トング(tongs)2016年10月26日5



この秋も静岡県西伊豆町の大浜海岸で、毎年恒例の『ゴミ拾い&メッキ釣り大会』を開催した。
初めて参加する協力者に、゛持参してほしいもの ″を知らせるさい、『ゴミ拾い用の金属製のハサミ』のことをどう伝えたものか、ハタと悩んだ。

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イラスト参照の通り、アリゲーターの口のような形状の道具で、本来は『火ばさみ』と呼ばれている。

しかし、日常生活から炭や練炭などを扱うことがなくなり、かわってアウトドアでバーベキューを楽しむ人が増えると、いつしかこれを『トング』(注1)と呼ぶようになった。
ホームセンターでもこの名称で表示されていることが多い。
それまで、サラダやパスタ、パンなどを摘む道具として呼んでいたものが、ゴミ拾いに使う道具と同じ呼び名で良いわけがないと思うのだが、これも時流かと諦めた。

事実、『トングを持って来ると便利ですよ』と伝えたら、ホームセンターの食器コーナーで、パンを掴むトングを買って来て、かえって不便な思いをさせてしまったこともあった。

何故、『トング』を特筆するか。
海岸で行うゴミ拾いには゛必携 ″のアイテムだからである。
波に打ち寄せられ、海岸に堆積する浮遊ゴミの多くは、軽量のプラスチック製品が多い。
空のペットボトル、アルミ缶、発泡スチロール、片方だけのクロックス、ポリ袋、投げ捨てられたコンビニ弁当のフタ・・・・・。潮や砂に汚れたこれらのゴミを拾い上げるさいに、トングは欠かせない。
地磯やゴロタには挟まった隙間から小さなゴミをせせり出すにも重宝する。

『そんなもの、手で拾ったほうが早いじゃないか』というアングラーは、海岸のゴミ拾いをやった経験がない人に違いない。

歩く、ゴミを見つける、しゃがむ、拾う、ポリ袋に入れる。

この一連の動作のなかで、屈伸運動を何度繰り返すことか。100個のゴミを拾うことは、100回のスクワットに等しい。

ゴミ拾いに行っただけなのに、翌日になって悲鳴を上げるのは、アナタの腰と太ももの筋肉である。
なかなか骨が折れることではあるけれど、自分たちがホームグラウンドとしているフィールドからゴミがなくなることは気持ち良いものだ。

とはいえ、1人でゴミ拾いをするのはいささか勇気がいる。
長い海岸線のあちこちに落ちているゴミを見ると、『1人では太刀打ち出来ないじゃないか・・・』と、うなだれるばかりだ。

筆者も最初はそうだった。

しかし、名古屋在住のヒラスズキアングラー、伊藤正博くん(注2)の地道な活動が、筆者の背中と仲間たちの背中を押したのである。
伊藤くんは、紀伊半島をメインにヒラスズキを追っているが、時折、伊豆半島にも足を延ばして来るので、以前から親しくさせてもらっていた。その伊藤くんが、名古屋の『藤前干潟』でゴミ拾いをやるという。そこで、筆者のクラブ大漁企画から有志を募って手伝いに行った。2007年の3月のことだった。

伊藤くんは1人でも始めたゾ

オレたちにも出来るんじゃないか?

その年の秋、伊藤くんと同様の活動を、われわれがホームグラウンドにしている西伊豆でも始めてみたのである。
以来、9年間、クラブ以外のアングラーの協力も頂きながら継続的に行っている。

西伊豆町 大浜海岸のある仁科川河口周辺は、ヒラスズキやコチ、ヒラメはもちろん、サーフのメッキ、シロギス狙いの投げ釣りなど、地元の釣り人たちにはお馴染みのポイントだ。
真夏には海水浴客も多く、朝夕には犬の散歩に訪れる人も後を絶たない。
目の前には町営温泉『なぎさの湯』(注3)があり、海岸道路に隣接して広大な無料駐車場が整備されている。
たくさんの人が来れば、それだけゴミも多くなる。

加えて、仁科川から流下するゴミと、潮が運んで来たゴミが波打ち際に堆積している。
ふだん地元の皆さんが清掃奉仕をしているけれど、夏休みが終わってみると、いろいろなゴミが眼に着く。
台風シーズンが終わり、海岸に漂着物がたくさんある晩秋が、ゴミ拾いには最適( ? )と考えたのが、この時期を選んだ理由でもあった。

どうせ、休日がつぶれるのだから、午後からは『 メッキでも釣って遊ぼう 』ということになり、ゴミ拾いとメッキ釣り大会をジョイントさせ、『ゴミ拾い&メッキ釣り大会』にした(注4)。

今年の決行日は10月23日。集合は午前9時半。
このくらいの時間帯にノンビリ始めると、前日に打ち上げられたゴミや、夜露に濡れているものも乾いて拾いやすくなる。

幹事の小野貴彦と、西伊豆町役場に勤める松浦城太郎が、一日の段取りと、ゴミの分別方法を説明(注3)。
流木や海藻などの自然ゴミはその場に残し、不燃、可燃、ビン缶類に分けて、町指定のゴミ袋に収集。それ以外の鉄屑、古タイヤ、捨てられた漁具、浮標などは粗大ごみとして分けておく。
参加者全員を偶数月生まれ、奇数月生まれの2手に分け、左右400メートルほどの海岸の右は仁科大浜の漁港側、左は海岸通りのカーブに立った街灯の下から、《 挟み撃ち 》のように中央に向かって拾い集める。
海岸の中央にはビーチから海岸通りに上がれるコンクリの階段があるので、集めたゴミはここから道路に上げて軽トラックに積み込む。

今年は、相次ぐ台風や前線の通過によって、海岸のゴミが目立つ。
ただ、そのほとんどが、流木や海藻なので、それに絡まったポリ袋、漁具、空き缶、ペットボトル(注5)をほじくり出すのに手間が掛かる。

ここで、先述の『 トング 』が活躍する。したがって みんな《 マイ・トング 》持参。
欲張って長すぎるトングを使うと、ゴミを拾い上げるのは楽チンだけど、効き腕で摘まんだゴミを、反対の手に持ったポリ袋に入れるときにメンドくさい。
仁科川の河口付近は石がゴロゴロして歩きにきくく、ペットボトルのキャップや100円ライターなどが、雑草や石の隙間に入り込んで、これまた拾いにくい。

天城を水源とする、さほど流程の長くない仁科川に、なぜこれほどたくさんの生活ゴミがあるのか・・・・・・。
川原で拾ったゴミは、堤防を乗り越えて海岸通りに運び上げ、再び軽トラへ。
スキ間なく積み込み、詰め込み、足で踏み固めて、さらに載せる載せる。

軽トラックへの積み込みと処分場への運転は、大漁企画 伊豆支部の関 亮一と、西伊豆町役場の松浦が担当
今年は、可燃物 130kg ビン・カン類 20kg 不燃物 25kgを処分場へ搬送することができた。可燃物(ペットボトルやプラスチック製品も含む)は、例年130kgから150kg程度で推移しているので、≪ほぼ平年並み≫だろうか。

ゴミ拾いの最大の効能は、その釣り場への愛着が増すことだと思う。
シーバスが釣れるフィールドを、個人で所有することは宝クジが当たってもかなわない。
しかし、ゴミを拾うと、その海岸線の一片が、自分の庭のような気持ちになれるから不思議だ。
マイポイントとは、なにも、大物を釣った場所とは限らない。
この秋、プラグ1個分の出費を我慢し、マイトングを買って、あなたの好きな、あの場所へ・・・・・。
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集解


注1・・・・トング(tongs)は色々なシーンで活用される。charcoal tongs (炭はさみ)。fire tongs (火ばさみ)。ice tongs (氷ばさみ)。metal tongs (金属製のはさみ)。日本語で使われている『火ばさみ』は、練炭などに用いる『火箸』と混同されてしまう懸念もある。ともあれ、長からず、短からず、握りやすく、摘まみやすい。そんなトングがゴミ拾いには重宝する。


注2・・・・ヒラスズキ・アングラー 伊藤正博くんが名古屋湾奥にある『 藤前干潟 』でゴミ拾いに着手したのは2007年 春のことだった。ここは、湿原と干潟の保全に関する世界的取り決めの『 ラムサール条約 』に指定された浅海部で、ボクたち釣り人よりも、むしろ中部地方の野鳥愛好家たちに馴染み深い。2008年の春からは、ただのゴミ拾いから『 WATERSIDE CONTROL 』というイベ
ント名に切り替え有志を募っている。海のルアー・アングラーはもちろん、バス・アングラー、トラウト・マニア、雷魚・マニア・・・・ジャンルは多岐に渡る。『 藤前干潟 』や『 大江川 』などは、シンボリックな≪ 場所 ≫の一点に過ぎず、伊藤くんの活動の根幹にあるのは、『 川 → 河口 → 浅海 → 海洋 』を、あらゆるジャンルの釣り人が関わる≪ 水の連なり ≫として捉えていること
だ。この発想は、木曽三川の名河を有する、岐阜、愛知のアングラーならではかも知れない。伊藤くんは、ヒラスズキがシーズンオフになる盛夏に、アユ釣りにも足しげく通っている。一本の渓流は、いくつもの支流を集めて清流になり、河口から海洋へ流れ、やがて外海に出て黒潮にぶつかる。したがって、海岸のゴミ拾いを雷魚マニアが行なったっていいし、大江川のような平野部のフィールドで、シーバス・アングラーがゴミを拾うことに、いささかも不整合はない。
ボクたちが、よく足を運ぶ西伊豆の海岸で、ささやかなゴミ拾いを始めたことも、大漁企画伊豆支部の奥村篤義が、地元 松崎港で有志を集めてゴミ拾いをしたことも、伊藤くんが藤前干潟で最初に始めたフィールド清掃に参加して、刺激を受けたからだった。だが、こうしたボランティアに横槍を入れるアングラーも一部にはいる。
伊藤くんの場合も例に漏れず、こうした活動を『 売名行為 』だとか、『 ゴミを拾う場所がネット上や雑誌などで公開されると、かえって釣り人が増える( 自分たちが釣る魚が減る )から、やめてくれ 』と言う狭量なアングラーがいるという。
『 ゴミ拾い 』に右手を挙げるということは、同時に、そんな外野のイヤミにもさらされることになる。一般の生活ゴミを、なにも釣り人が休日を削ってまで拾う必要はないじゃないか・・・・という声も聞く。その通りだ。何も、休日にゴミ拾いまでしたくない。けれど、伊藤くんは『 何もしないことは、もはや釣り人にとって“ 罪 ”なんじゃないか・・・』と言う。ただ釣るだけの時代は終わったんじゃないか。と。伊藤くんの目標は『 継続 』だという。自分の身の丈にあった活動を、出来るだけ長く継続させて行きたいと。そこに、アングラー伊藤正博の真摯な人柄を見る。

注3・・・・町営温泉『なぎさの湯』。仁科大浜に隣接する温泉。小さいながら露天風呂もある。
●営業時間 9時00分〜20時00分●木曜定休(祝日の場合は翌日休)●料金 入浴料 大人500円、小人150円●TEL 0558-52-1820●所在地 静岡県賀茂郡西伊豆町仁科814-4●駐車場 約50台(無料)

注4・・・・ボランティアで拾うゴミであっても自治体によっては引き取ってもらえないケースも少なくない。また、休日や祝日であれば、公立の処分場が稼働していない場合もある。地元市役所、役場などに問い合わせて、然るべき処分方法を講じておく必要がある。少人数(少量)なら、それぞれ自宅に持ち帰り、その自治体の分別規則に従って処分する。

注5・・・・毎年のことながら、空き缶、ペットボトルの多さに驚く。缶ジュースは1本200円にしたらどうか。飲み終わった缶やペットボトルを、自動販売機の横のボックスなり、コンビニのゴミ捨て箱なりに入れると《 100円が返ってくる、キャッシュバック制 》にしたら、誰も捨てないのでは?子供は小遣い稼ぎに率先して空き缶を拾うだろう。

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★ 『ビニールの城』2016年10月24日5


 『ビニールの城』

原稿書きを中断し、仕事に出掛けるためバタバタ二階へ上がって、大急ぎで着替えていたら
、どこから引っ張り出して来たのか、秀子さんがビニール袋のなかでうたた寝をしていた。

ビニールの城には、別の時間が流れている。
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★西伊豆町 大浜海岸『ゴミ拾い&メッキ釣り大会』2016年10月 23日5

毎年恒例の、西伊豆町 大浜海岸『ゴミ拾い&メッキ釣り大会』

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流木や海藻などの自然ゴミは残し、ビン、缶、ペットボトル、タバコの吸い殻、片方だけのゴムゾーリ、花火の残骸などを徹底して拾う。

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仁科川河口は、上流から流下したゴミと、波で打ち寄せられたゴミが大量に堆積している。台風シーズンが終わった今頃がちょうど拾いどき(?)

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セブンイレブンの田島さんが提供してくれた清涼飲料。気を利かせた亮一が冷やしておいてくれて、休憩時間にみんなで飲んだ!

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北海道の釣り仲間の森川さんがドーンと送ってくれたポテトチップス。感謝感謝!みんなで山分け。
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大漁企画のメンバー以外にも協力して下さるアングラーが多数駆けつけてくれて、可燃物 130kg ビン・カン類 20kg 不燃物 25kgを処分場へ搬送することができた。
可燃物(ペットボトルやプラスチック製品も含みます)は、例年130kgから150kg程度で推移しているので、≪ほぼ平年並み≫というところ。

午後からは参加者全員で、メッキ釣り大会。
優勝は大番狂わせの小野タヌ。
ボクは抜き上げポロリのバラシ×2回のテータラクで終わりました。
打ち上げは、お隣り松崎町の『井むら』。
西伊豆特産の『潮カツオうどん』絶品!

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18日が、大漁企画最古参の理恵の誕生日でもあったので、デザートのバースデーケーキで祝いました。
年齢は秘密にしときます。しかし、いつまでたっても若いなぁ、おまえ。

例によって、ヒロベーとアツローとボクサァが死ぬほど笑わせてくれて、よじれた腹を戻し戻し、愛と悲しみの東京へ帰りました。

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★いつもの公園。いつものボール遊び 2016年10月21日5

いつもの公園。いつものボール遊び↓

https://www.facebook.com/100007134483663/videos/1782181185363014/

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★ 男のための真夜中のプリン講座 2016年10月19日5


五十路男が、夜更けにこんなことを申し上げるのもいかがなものかと恥じつつ。

自家製プリンうまいです。
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結局、3個いってしまいました。

カラメルにブランデーをチビり、チビり。 

3個目は試しに赤ワインを落としてみました。

これがまた後味が豊かで・・・・・。

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最後の1個は、心を鬼にして冷蔵庫に戻します。

その奥深く、誰にも発掘されない、女王の陵墓の副葬品のように・・・・・。


というワケで!


オッサンでも作れる、深夜のプリン講座。
全国の甘党オヤジの皆さん、こんばんは!
『圧力鍋』を使った、菅原家の、ちょっとズルいレシピ大公開!

小さなプリン10個分相当

材料
卵・・・・3個
牛乳・・・500ml
砂糖・・・100g

バニラエッセンス・・・数滴(入れなくても可)

1、卵をボウルに入れ、卵白、卵黄、バニラエッセンスが混ざり合うようにかき混ぜます。
※泡立てずに混ぜ合わせるのがポイント。

2、小鍋に牛乳、砂糖を入れて火にかけ、人肌くらいの温度で砂糖が溶けたら火から下ろします。

3、上記1と2を混ぜ合わせ、漉し器で漉してから、カラメルソース(作り方は後述)を入れたプリンの型に流し込みます。

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※漉し器は、お菓子作りでパウダーなどを漉す、目の細かい 『ざる』、もしくは 『ふるい』のことです。
何度も漉して、材料をキメ細かくすると、舌触りの良い食感に!
※材料を漉すための、目の細かい 『ザル』、もしくは 『ふるい』は、高圧鍋の底に置いて蒸し台に。


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4、圧力鍋登場!
深夜にパパっとプリンを作るには、こんな 『高圧鍋』を使うのがオススメ!

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底に2〜3センチ水を張り、蒸し台を置いた上に、プリンの型を並べ蓋をします。
※プリンの型(ウチはガラス製)を並べてみました。
蒸し台(ざる)の高さは3センチほど。
※わが家には、専用の蒸し台なんぞというシャレたものはないので、上記3で使った漉し器(金属製の、平らなザルのようなモノ ↑写真参照)で代用。

5、圧力鍋を中火にかけ、蒸気を吐きながらキャップがクルクル回り始めたら即座に火を止め、5分ほどそのまま蒸らしておきます。
圧力が下がったことを確認して、蓋ををあけてプリンの型を取り出します。
※圧力鍋の内部は、まだ高温なので、やけどしないようにご注意を。

6、プリン型が常温まで下がったら冷蔵庫に入れ、充分に冷えたら出来上がり。

カラメルソースは、どうするの?

※プリン10個分として書きますので、引き算、割り算して下さい。

材料
砂糖・・・80g
水・・・・18ml
温度を下げるために使う水18ml

作り方
1、小鍋に水18mlと、砂糖80gを入れ、強火で煮立たせます。
一度煮立ててから、弱火にして、鍋を焦がさないようにジワジワ煮詰めて行きます。

2、キツネ色(タヌキではありません。あくまでキツネ色です)に変わってきたら、火加減を調整しながら、濃い焦げ茶色になるまで加熱します。

3、芳ばしい香りになったら、火を止め、そこに18mlの水を入れて一気に冷やします。  

4、プリンの型にそれぞれ均等に注ぎましょう。

※食べる直前に、ミントの葉を載せたり、ブランデーを1、2滴落とすと、香りが豊になりますよ!

※ホイップクリームやバナナ、スライスアーモンドを添えて、プリンアラモードなんてのも良いですが、深夜のオッサンは、あくまでも、むかし懐かしいシンプルなプリンで!
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★suit(春山維彦 三等空佐)搭乗! 『エアフェスタ浜松2016』2016年10月15日〜16日5


『大漁企画』のいつものメンバーと、航空自衛隊浜松基地で明日開催される、 『エアフェスタ浜松2016』ブルーインパルスの練習飛行を見学した。
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↑ 写真右 suit(春山維彦 三等空佐)が一番機に搭乗している。
展示課目、第3区分で、基地外からでも良く見えた。

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夜は、suitを囲んで、浜松の釣り仲間の木村さん、伊藤さん、鈴木慎太郎くん。 『ソルトワールド』元 編集長 高橋大河氏も加わり、盛大な宴会に。
ブルーインパルスのファン(というより、suitをリスペクトする釣り仲間)。浜松のエアフェスでは、毎回この店に集うのが慣例。
餃子とエビチリが安くて美味しい!
この後、最終の新幹線で、シム兄ぃが浜松入り。
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さらに、水野先輩のTー4超高精密プラモデル講座(基礎編1、老眼期における、床に落とした極小パーツの正しい探し方、拾い方)もあり、童心に帰ったオッサンたちの夜は更けて行くのだった。
1番機のsuitが手にしているのは、水野先輩が、めちゃ精密な塗装とデカールで仕上げたTー4(725)。ブルーの隊員からは、 『ナツコ』の愛称で親しまれている機体。
この機体。翌日のエアフェスでは六番機で飛んだ。

ちなみに、二次会は、322。

なんのこっちゃ・・・・・。


『エアフェスタ浜松2016』

ファンの皆さんの祈りが通じてか、浜松は昨日に引き続き、好天に恵まれた。

抜けるような青空の下で展開する、小松基地所属のF15J。築城基地のF2などの機動飛行。

さらに、U−125AとUHー60Jが連携で行う救難行動展示。

31、32教育飛行隊の教官たちによる意気の合った編隊航過飛行など、日本の防衛の中核を担う第一空団の航空祭に相応しい見応え。
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昼過ぎになって、切れ切れの雲が出たものの、ブルーインパルスの展示演目ではお馴染みの 『サクラ』。

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 『キューピッド』も美しく開花し、最高の航空祭を満喫。

浜松第一空団は、ブルーインパルス発足当初(初の展示飛行は、1961年 )の拠点基地でもあり、この空での展示飛行は、部隊の方々にとっても、地元ファンの皆さんにとっても特別な意味を持つ。

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まして、ここ数年のエアフェスタは天候に恵まれなかっただけに、見学者の数も相当なものだ。
※翌日の地元紙の報道では、13万5000人の観客動員とか。

サイン会に並んだファンの方々が全員終わるのを待って、一番機の重責から解放されたsuit(春山維彦 三等空佐)と、当日駆けつけることが出来た大漁企画のメンバーと記念撮影。
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suitが第11飛行隊の飛行班長を拝命したさいに、大漁企画と釣り仲間有志で送った大漁旗。

来春まで残るsuitのミッション成就と安全を祈念して、万歳三唱で締めくくった。

水野先輩の往復運転。
奥山の仕切り。
アツローのボケ。

大空にちぎれるほど手を振り、よく笑い、よく歩き、よく語り合った2日間。

さっき帰宅して布団に潜り込んだが、天空を疾駆するsuitの機影が頭から離れない。

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★オッサンだけの感覚か? 2016年10月13日5

秋を飛び越して、初冬を思わせる空模様の東京。

季節の動きを体感することの少ない都心にあって、今日ばかりは、風のなかに、わずかに《冬枯れの香り》が混ざっていると感じた。

あれ、どんな物質が、どう作用して香るのだろう?

単なる気温の低下でなく、キンモクセイとか、キキョウやコスモスの香りでもなく、もっと寂寥とした・・・・・。

野焼きや、焚き火の香りでもないのだ。

何かが生命感を失い、色褪せ、ひっそりと閉じて行く、名状し難い寂しさを覚える香り。

若いときはツユとも感じなかった。
 
おっさんだけなのかな、こういう感覚・・・・・。
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★『菅原さん、大丈夫ですよね?』2016年10月12日1



 『菅原さん、大丈夫ですよね?』

何だか急に秋めいて来たので、今夜は鍋が良かろうと、冷凍庫に入れておいた西伊豆のアカハタを出して、解凍しておいた。

リュウメと世間話をしながらテーブルに具材を用意していると、事務所から電話が入り、冒頭のセリフ。

『菅原さん、大丈夫ですよね?』

はあ?

なんでも、ボクが倒れたらしいと噂になっているという。

確かに頭はビョーキかも知れないが、残念ながら至って元気だ。

誰が、どこでそんな噂を撒いてくれているのか。

良い機会なので、本当に倒れてみようかしら。

鍋がうまい。

メガネが曇る。
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Sugawara masashi

★最強! アングラーズハウスのニーブーツLL 2016年10月11日 ・5

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釣りにつきものの長靴。
このアングラーズハウスのニーブーツ(LL)は、もう20年以上も履いた。

当時、長靴とは思えないほど値が張ったけれど、一見して丈夫一式に感じたので、諭吉2人と漱石(!)をはたいて買った。

どういう材質なのか、ゴムが劣化しにくく、ソールの凸凹も丈夫で、冬といわず夏といわず、各地でズコズコ履き倒した。

ニーブーツは蒸れるし、重いという向きには無用の長物かも知れない。
しかし、濡れた甲板で足がグジュグジュになるのは何よりも耐え難い。

かといって、暴力的に暴れる夏のシイラや、キハダ、カツオを狙うさいに、ビーサンや、類似したスリッパ状のツッカケ(当世流行りの、丸い穴がいっぱい空いている)を履く勇気はボクにはない。

足にフックがブッ刺さって悲惨な目に遭ってるアングラーを何人も見た。

ボートシーバス、真冬のタチウオや、タラもしかりで、いつでも使えるように、PAJEROの荷室に積みっぱなしにしておいた。

夏には吸湿性の中敷きを入れ、厳寒の北国では保温性のある厚手のソックスをインナーとして履いた。
足先に使い切りカイロを入れると 『八甲田山』の高倉健にも勝てそうな気がした。

今年の梅雨頃、どこからかジンワリと水が浸透して、靴下の先端が少し濡れたものの、かまわず履いていたら、先週末、初めて船上で滑ってコケた。
裏返して見るとソールが摩滅していた。 

フエルト底のウエーダーと違って、ソールだけ貼り替えるというワケにも行かないので、思い切って新しいのを買うことに。

いざ、ゴミに出そうと思ったら、急に別れ難くなってしまった。

くたびれた長靴は、どこか愛しい。

それはおそらく、これを履いての釣行が、雨だったり、雪だったり、過酷な場面が多かったので、そんな悪条件を一緒に歩いた記憶が、足元にまとわりついているからだと思う。

新しく買ったニーブーツの価格はこれの1/4。
英世が六人でおつりが来た。
なので、五年履ければ許そう。

頼むぜ、ダンロップ!

Sugawara masashi

★西伊豆→琵琶湖へ!! 2016年10月9日5


頑張って動画を撮影してくれたテル爺が、西伊豆泊だというので、アカムツは、伊豆支部の皆に提供。

天城越え、伊豆縦貫を経由して、新東名を西へ西へ。

夜食は、相も変わらず浜松サービスエリアで、ラーメンとギョーザ。

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こんなメニューを夜中に食べて、健康に良いワケないんだけど、そもそも完徹で伊豆へ行って、朝っぱらから釣りをして、その足で琵琶湖へ向かうこと自体が、あまりホメられた行為ではないので、気にしない気にしない。

 『エスタロンモカ』

 『激強打破』

 『アミノバイタル・プロ』

名付けて、 『中高年アングラーの三種混合ワクチン』を注入したものの、滋賀県に入ったところで気が緩み、湖東三山パーキングエリアでチョッピリ気絶。

焼きがまわったもんだぜ・・・・・。

舌打ちしつつ、八日市インターを降り、八風街道を近江八幡へ。
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コメダ珈琲の開店を待って、トースト、ゆで卵、のモーニング。
野菜不足(いまさらそれを言うか)を補うべく、200円奮発して気休めの(!)ミニサラダ。

朝食をとっているうちに、幸い雨も上がって薄日が差してきた。
朝から 『琵琶湖観光マリンレジャークラブ』の艇庫でトランスデューサーの付け替え作業。
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バウのカバーを外すと、船体内部のFRPや、内包されている発泡ウレタンは、ビックリするほど《アメリカ製》です。

まぁ、その程度のシロモノだから、ボクでも手が出せる構造なのですが。
古いほうをエレクトリックモーター本体下部から外し、取り寄せてもらった新品のトランスデューサーと交換。

作業の邪魔になるエレキのペダルを外し、フロントデッキのバウのカバーを開け、スイッチボックスを避けて、内部配線。

ディスプレイ本体の裏に並んだ凹受け側の、ちょうど良いところに端子が来るように、コード類の長さを調整して結束。
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再びカバーを取り付け、エレキ本体をマウントに収めて作業完了。

マリーナの社長の端山さんは 『そんな面倒な作業はメカニックにお願いしたらええのに』と笑うけれど、船いじりに没頭するのは脳味噌の違うところを使うようで悪くない。

ボクにとってはこれも釣りの一部だ。

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このPAJEROで482VSを引っ張るのもあと何回だろう?
20年のレンジャー。
43万キロのPAJERO。どちらも可愛い。

お昼前から爽快な秋晴れになったので、ストレージを全て開けて除湿乾燥。

各部の作動もチェックし、ついでに船体外部とトレーラーをキレイに洗い流した。

気持ちいい!

午後4時半に艇庫に船を入れて完了!

このまま帰るのも悔しいので、桟橋で作業していた端山社長ご夫妻と世間話をしながら、陸っぱり。

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5グラムの軽いシンカーに、ドライブシュリンプ4、8インチをセットしたテキサスリグで釣りはじめたら、まるで1日のご褒美のようなバスがヒット!

跳ねた!
引いた!
つかんだ!

Sugawara masashi

★きょうの西伊豆ミッションは 中深海からアカムツ!シャローのアカハタ! 2016年10月8日5

きょうの『大漁企画』は、諸事情あって、西伊豆沿海で色々な魚たちを釣るミッション。

 『ふじなみ丸』で、チョイと深い(と言ってもソコソコですが)からジギング開始。

朝イチ、首尾良く良型の 『アカムツ』がヒット。
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アツロー(写真右)もアカムツを連発!

これを皮切りに、徐々に浅いほうへ移動しながら転戦し

船中
オニカサゴ
アヤメカサゴ
カサゴ
チカメキントキ
アカハタ
オオモンハタ



等々
西伊豆らしい多彩な根魚たちが顔を見せてくれました。

ヒロシはカンパチのおまけ付きで。

テル爺が、土砂降りのなか、動画撮影に奔走。

お疲れさんでした。

いまごろ、アカムツで1杯やってるんだろうなぁ(と言っても、テル爺
の場合、ジョッキではなく、バケツ1杯です。テルは西伊豆泊なので、バケツに底はありません)

帰港してタックルを撤収。
しばし雑談の後、出発!

琵琶湖へ!!
くーーーーっ!!

前回、行ったときに、482VSのトランスデューサーが壊れ、部品が届いたので、交換に向かうべく、現在、新東名の清水PAでオシッコ休憩。

あ、PAJEROが43万キロ越えてら!

キリ良く43万ピッタリで、メーターの写真撮ろうと思ってたのに、コロッと忘れてた。

Sugawara masashi

★コニファー!!2016年10月7日5

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岩手県大船渡市三陸町にある、小さな小さな釣り具店
『なかじまや』さんに注文しておいた、 『コニファー』の、喜多丸オリジナルカラーが届いた!

ひひひ。

越喜来の首崎は、南伊豆の波勝崎にソックリ。

ひひひ。

大船渡の綾里沖は、島根県益田市の高島にソックリ。

ひひひ。

仕事がうわの空になりそうな金曜日。

初めて石器を手にしたクロマニヨン人のような気分。

Sugawara masashi

★86歳のメガホン!名匠クリントイーストウッド『ハドソン川の奇跡』2016年10月6日5

 『ハドソン川の奇跡』

サリーちゃんといえば日本では『魔法使い』だけれど、彼(か)の地では『奇跡の人』として英雄視されているらしい。

US AIRWAYS(エアバスA−320)をハドソン川に不時着させ、乗員乗客155人全員の生命を救った奇跡の機長。チェスリー・サリー・サレンバーガー。

名匠クリントイーストウッド最新作『SULLY』。
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邦題は『ハドソン川の奇跡』。

なぜいま『ハドソン川の奇跡』を描こうと思ったのか?
というインタビューに対して、クリントイーストウッドは「単純にいい物語だからだ。それ以外に説明しようがないね」とシンプルに答えている。

しかし、そんな簡単な動機ではあるまい。

彼は陸軍にいた21歳のときに、シアトルからアラメダ(カリフォルニア州)への移動のさい、軍用機で海上(太平洋 レイズ岬沖)への墜落事故を経験している。海上への墜落事故から生還した映画監督は世界中で彼だけなのではないか。

底流には86歳(!)のアメリカ人らしいナショナリズムと、≪アメリカ的な父性≫が色濃く読み取れる。

乗客の生命を預かり、航行を掌握するコックピットの尖頭にいて、万事に適切な判断と運用を求められる機長というポジションは、そもそも《父性的な職業》だと思う。

その良心的な父性を、トムハンクスが好演している。

例によって、クリントイーストウッド一流の《テイクワンでとっとと早撮りしていく演出スタイル》が、あたかもドキュメンタリーのような、凝らない場面作りにリアリティーを与え、『奇跡』を現実のこととして提示することに成功している。

《観終わった後の爽快感》は、この監督の《近年の作品にはない》質のものだ。


※まだ観てない人へ耳打ちするけれど、本編が終わってスタッフロールが流れても急いで席を立たないほうがいい。

※この事故があった翌年の5月、ボクはハドソン川で釣りをしている。摩天楼を望む、あの河口で15ポンドのストライプドバスや、ブルーフィッシュが入れ食いになったことは、ボクにとって奇跡のようだった。


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★至高の昆布締め 2016年10月5日5


9月25日に釣った西伊豆産アカハタ(まだ食べてるの??まだ食べてるんです)
今朝は昆布締めを・・・・。
これが、もう、形容しがたい美味さで。朝から半身完食。冷蔵庫に残った最後の半身を解くのが楽しみになりました。
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いつの時代に、いったい誰が『昆布締めなる料理方法』を編み出したやら・・・・。
たまたま昆布に挟まっていた魚を発見した漁師の奥さんが、捨てるのはもったいないなぁと食べてみたら美味かったとか?

調べてみると、一説には江戸時代、越中富山に発祥する郷土料理とか。
北前船で北海道から届く良質の昆布を使ったことが始まりらしい。

加賀藩ではなく、なぜお隣の富山??

この昆布締め。言うまでもなく昆布の質の良し悪しで、旨味に雲泥の差が生じる。

かと言って、羅臼だ根室だ、岩手三陸などから良質の昆布をお取り寄せするのは少々値が張る。
都内のデパ地下や、駅地下などで見かける『北海道物産展』とかで、安くて良い昆布を見つけたら買っておくに限る。

備えあれば何とやらで・・・・。

ともあれ、白身魚を昆布で巻く(挟む)と、≪日持ちして旨味も増す≫という知恵を思いついた先人は、『オートファジー』にも匹敵する大発見だと思う。

ノーベル賞 お台所部門 てのはないのか。

と・・・・、くだらないことを書いてたら富山在住の方から『昆布締め発祥地 富山説』に関する有力情報が・・・・・。

http://www.wave.or.jp/minatobunka/outline/toyama.html

★乱獲(?)2016年10月2日5

近海クロマグロ(極小)。
2尾キャッチ。
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乱獲です。

罪深い・・・・。

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★『 新日本紀行/西伊豆 安良里 』2016年10月1日5


『新日本紀行』

宮城の釣り仲間から新サンマが届いた。
今年は不漁で数、型とも芳しくないという。

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それでも、東京の我が家でこんな新鮮なサンマが食べられること自体が幸せだ。
早速、ジュージュー焼いて、ご近所に『菅原さんちはサンマだな・・・』ということをアピール(迷惑か・・・)しつつ、少し優越感を持って頂くことに。。

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もう1品は、一週間に渡って食べ続けている西伊豆(安良里港)の『アカハタの昆布締め』だ。
北海のサンマと、西伊豆の『 ふじなみ丸 』で釣って来たアカハタ。
一見すると何の関連性もない2種の魚に思える。
しかし、個人的には妙な面白味を感じている。

じつは、もう知る人も少ないのだが、西伊豆の安良里(あらり)港は、北海へ向かう大型サンマ漁船の基地で、昭和30年代の往時には20隻余りが操業していた。

ボクたちが利用している『 ふじなみ丸 』の大船長も、以前はこのサンマ船の乗り組み員だった。
現在は、「第135豊幸丸」(133トン)が、静岡県内で1隻だけ残るのみで、今年も夏のさかりの8月16日、安良里港から北方の漁場へ出港した。サンマ漁が解禁になった8月20日から北方四島海域、北海道東方沖でサンマを追っている。
安良里に帰港するのは11月下旬から師走に入ってのことらしい。

ボクが子供の頃、NHKの『新日本紀行』で、西伊豆のサンマ漁船が帰港するドキュメントを見た。
本来、北の海で捕れるサンマを、西伊豆の船団が追いかけている点がフシギだった。
母港に帰る日の、最後に漁獲されたサンマは、漁船の冷蔵庫で保管され、安良里に持ち帰って、地域の人々にも振舞われる。
港に盛られた山のようなサンマを、地域の人々が嬉しそうに持ち帰る様子が印象的だった。
それは、乗組員たちが長い航海を終えて帰ったことの喜びに満ちていて、いまでは考えられないほどの活気が安良里港にあふれていた。
家々の軒先には正月準備の『潮カツオ』がぶら下げられ、西伊豆に師走の到来を告げていた。

この放送がいつのことだったのか。あるいは、NHKのライブラリーで再見することは出来ないものか・・・・。
放送番組全記録一欄に当たってみると、放送日は1965年(昭和40年)12月6日のことで、現在閲覧できるライブラリーリストには入っていなかった。
この当時、ボクはまだ3歳なので、おそらく後年の『再放送』で観たのだと思う。

ともあれ、NHK『新日本紀行』はテーマ曲も素晴らしい。
導入部のほんの数秒で、われわれを日本の原風景ともいうべき里山の景観、寒村の生活、離島の祭りなどに連れて行ってくれる。

作曲者は、故 冨田勲。
生前、冨田氏自身が指揮を振り、千葉の子供たちが演奏する動画を見つけた。
なかなかどうして、この子供オーケストラ、『N響』に負けてない。

冒頭に桜井洋子アナウンサーがチラリと映る。
それも懐かしい。

『新日本紀行』を聴きながら食べるサンマの塩焼きと、アカハタの昆布締め。
最高の夕食。

↓新日本紀行のテーマ

https://www.youtube.com/watch?v=wm7M1wxdahc

★秀子嬢のお気に入り 2016年9月28日5



秀子さん、この秋お気に入りの寝床。
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フランス製
『Le chat dormant』
(ル シャ ドルマン)

メトロ4号線 レアル駅近くの専門ショップ 『COCOTTE』で見つけました。
洗練されたシンプルなデザインと、淡いbleu clairが気に入って即買い。

あのシルヴィ・ヴァルタンの愛猫も、このベッドがお気に入りとか・・・・・。

まさに 『アイドルを探せ』。

サイズも深さも我が家のアイドル、秀子にピッタリ。





そんな根も葉もない物語を、ダイソーで買った、100円の洗面器でヒネクリ出してみる、朝のひととき。



Sugawara masashi

★シイラ、ロックフィッシュ 西伊豆ルアーフィッシング三昧2016年9月25、26日 5


大漁企画 週末三連戦の二日目。

羽田、海老取川の船溜まりで、水野先輩、setterと別れ、自宅でタックルを積み替え、都内で釣りビジョン『 五畳半の狼 』アシスタント 柳野玲子嬢をピックアップした足で西伊豆へ移動。

大漁企画の仲野裕さん、シム兄ぃ、エリちゃん、阪本アツロー、湘南支部の藤原さん、ラブ作と 『ふじなみ丸』をチャーターし、今季最後(?)の駿河湾シイラへ。

針路南進するものの潮色が良くないので、大きく転進して北上。

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ここで西に伸びる潮目に当たり、これをたどって行くと、流木、流れ藻などにポツポツ着いていて、飽きずに釣れ続く状況。

良い釣りになったと安堵していたのはつかの間。
絵に描いたような古い流木に着く大群に遭遇。
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それから半日、阿鼻叫喚の船中。
行く夏を惜しむように皆で釣りまくる!

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柳野さんもメーターオーバーをキャッチして、ボルテージは最高潮に。

活性が下降すると、ラブ作が、フックを外した 『パラマール』を投げてシイラを水面に誘引し、終始複数のロッドが曲がっている状態をキープ。
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↑どこ行ってもデカいの釣りますわ。

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やがて、船の周りからシイラが離れなくなり、船長のシンちゃんも操舵室から出て7尾をキャッチ&リリース。


西伊豆大浜のコインランドリーでレインウエアを乾燥している間に、600円 の町営温泉『なぎさの湯』で汗を流し、夜は民宿 『ふじなみ』に伊豆支部のメンバーも集って、シンちゃんお手製の手巻き寿司をタンノウ。

金曜のボートシーバスといい、土曜日のシイラといい、ここまでは、カンペキに近い週末。

翌日は、アカハタ、オオモンハタ狙いのロックフィッシュゲーム。

はたして・・・・・。

松浦城太郎は、朝五時の集合時間に起きられるのか?!

明けて9月27日

『 大漁企画 』週末三連戦
いよいよ最終日。

金曜日、東京湾奥シーバス
土曜日、駿河湾シイラ

ここまでコワいくらいにツキがあって、釣果は上々。

三日目の日曜日は、西伊豆のロックフィッシュゲーム。

前日に続いて、安良里港 『ふじなみ丸』をチャーターして、アカハタ&オオモンハタを狙う。

この日のメンバーは、大漁企画伊豆支部のヒロベー、亮一、ジョータロー。音渕、仲野さん、そして柳野さん。

午前4時30分

民宿 『 ふじなみ 』を出る

未明まで降り続いた雨も上がり、水溜まりの残る夜明け前の路地を駐車場へ急ぐ。

西伊豆町 宇久須(うぐす)のセブンイレブンで、朝食と昼食を購入。

 『へへへ、おはようございます』

声に振り向くと、ジョータローがニコニコしながら立っている!

前日の深酒にやられ、てっきり《遅刻で土下座》と踏んでいた予想が外れた。

宗家松浦流の土下座を見られると思っていた一同は落胆を隠せない。

午前5時出船

ベタ凪、好天、釣り日和の駿河湾。

先ずはテキサス・リグで水深30メートルまでを攻める。
柳野さんアカハタ

バイトは頻繁にあり、柳野さんも早々にアカハタをキャッチ。
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小さなものは、エア抜きを施してリリース。
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良いペースで釣れ続いたので、20メートル以浅に移動し、スイミングテンヤ(30グラム)を使用したエコギア 『バルト』にチェンジ。

最初にオオモンハタをヒットさせたのは仲野さんだった。
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続いて、亮一、音渕くんと連発。昨日、雲見で折本ちゃんから秘策を教わってきた(?)らしい。さらにヒロベーも。
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浅場の岩礁からブレイクが落ち込んで、砂底に変わるあたりが狙い目なので、アカハタもヒットする。
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5メートル程度の浅場で稀にヒットするアカハタはサイズが良い。

ここまで柳野さんにオオモンハタのヒットはなく、こればかりは次回に持ち越しか??
と、船中の諦めムードが漂うなか、黙々とキャストを繰り返す柳野さん。

最後の最後の1流しで 『来ました!来ました!』という柳野さんの声。

ドラグがジージー鳴ってるし!

引いてるし!

上がって来たのは、本日最大のオオモンハタ(!)。
柳野さんオオモンハタ

うわうわ、またやってくれた。

ひれ伏す男子。
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かくして、カンペキなミッションコンプリート。

『ぱぴよん』で、ナマをグイっと飲み干した女神は、板橋へお帰りになりました。
翌日は、ゴルフだそーです。


と、
いうワケで、西伊豆産アカハタの身は、なか2日寝かせて、今宵、第1回目の刺身になりました。
かなり薄く切っても、なおブリブリの食感。
3日、4日と旨味が増して行く過程を楽しみます。
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切り分けた頭や鰭肉は、一度湯通しして味噌汁。裏庭のミョウガを
摘んで散らしました。

なか骨その他のアラは、出汁用に使い、最後は高圧鍋て炊き上げ、秀子様のお食事に。

小骨1本まで無駄なく完食です。

捨てる所と言えば、ウロコくらいでしょうか。

魚のウロコ、お酢に漬けて柔らかくすると、ソフト・コンタクトレンズに・・・・・。

ならねーか。

さらに、9月29日 ・
なにごとも徹底してやってみないと見えて来ないものがありますが・・・・・。
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飽きもせず、今日も西伊豆で釣ったアカハタの刺身を頂いてみました。

冷蔵庫の上層、上から三段目。

なか3日の熟成は、ハタ類でしか現出しえない、恍惚の食感といっても過言ではありません。

噛むほどに上品な甘味が広がって、箸が際限なく進みます。

毎日食べて飽きないのかと思われるかも知れませんが、飽きません。

それは恐らく、《何も手を加えず、素材の風味だけで》味わっているためだとも思います。

刺身そのものの味が、日を追ってどう変化するか厳密に検証することは、食事というより、自身の舌と食感で試みる実験めいた気分でもあって、(さて、きょうはどこまで旨味が増しているか・・・)と、冷蔵庫から出してキッチンペーパーを脱がす瞬間に、妙なエロスさえ感じます。

二口、三口と食べるうちに、ご飯が欲しくなるので、醤油やワサビも使いますが、そうした下地で汚してしまうことがためらわれるほど、アカハタの身は、上品な脂を乗せて、薄桃色に輝いているのでした。


sugawaramasashi

★湾奥 ボートシーバス 2016年9月23日5


23日、金曜日
大漁企画 三連戦の初日は、羽田のシーバスガイド、世良勇樹くんのナビゲートで、水野先輩と、setterと、3人で東京湾奥ナイトゲーム。
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世良くんのゲームの組み立てが的確にハマり、トップ、サブフサーフェス、シャローランニングミノーで約60本ほど釣った。
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最大は、setterの78センチ。

午前0時に帰宅し、ガレージで、シーバスタックルをオフショア用に装換し、西伊豆、安良里港へ・・・・・。

sugawara masashi

★ニャーくらい言えよ 2016年9月22日5



世の中 『秋分の日』でお休みですが、 『五畳半の狼』は、午後九時から通常開店!

ゲストは一昨年8月以来のご登場、釣り史研究家の金森直治さんだった。

釣りが描かれた浮世絵。古文書、釣り場地図などの収集家としても知られる
趣味としての釣りは、日本人にいかに愛され、どう発達してきたのでしょう?
今回も、膨大な 『金森コレクション』のなかで、選りすぐりの資料を拝見しながらの1時間。
アッという間だった。
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帰宅すると、秀子が《家を出たときと同じ位置》でゴロゴロしている。
なんでキミは丸一日ノンビリ寝ていられるんだ?

こーしてやるっ!

ニャーくらい言えよ! 

Sugawara masashi

★里帰り 2016年9月21日5

早朝、
二階で食事をしていると、ウッドデッキの餌皿に、今年巣立ったキジバトが来た。

土砂降りのなかで飯粒をついばんでいる。

こんな天気なので餌探しに難渋しているのかも知れない。

スズメたちが大挙して来る前にぜんぶ食べちゃえ。
また補充するし。

里帰りも良いもんだろ?
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Sugawara masashi

★西伊豆産アカハタ連日2016年9月20日5

西伊豆で釣って来たアカハタ。
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きょうは誰とも会う予定がないので、ニンニクとバジルをふんだんに炒め、オリーブオイルと白ワインで蒸し焼きにしてみた。

人様に振る舞うほどの味ではないので、孤独(な)グルメ。
 
ウッドデッキに今年巣立ったキジバトが来て、ホロホロと鳴く。

台風が逸れましたねと鳴いている。

Sugawara masashi

★江東区は、釣り人のモラルを、釣り人自身の想像にゆだねている  2016年9月19日5

わが、『大漁企画』の釣りバカ三兄弟の次男、小野ヒロシが、江東区でこんな看板を発見。
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まるで 『判じ物』だ。

この場所で釣りをする際は(  )の迷惑にならないよう十分ご配慮下さい。
また、(    )いただくようお願い致します。

 『笑点』のお題かよ。

これを掲示しているのは江東区の何課だろう?

意図がわからない。

しかし、その真意を問い合わせたり、『掲示の文字が消えてしまってますよ』などと、区に対して注進はしないのである。
まして、こちらは批判する立場でもない。

立ち止まって考える。

釣り人には、何が求められているのか。
何に配慮しなければならないのか。

もしかしたら、これは、消えている部分を《想像させる》新しいタイプの掲示物なのかも知れない。

見えない水面下に妄想を膨らませられる釣り人なら、( )をあらゆる言葉で埋められるだろう。


sugawaramasashi

★ついてない・・・・。2016年9月17日5

週末の琵琶湖。今回のパートナーは大漁企画の一味で群馬の歯科医 二階堂。

先ず、環八のエネオスでハイオク給油。
セルフのスタンドでも携行缶に入れられると良いんですけどねぇ・・・。
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午前2時。

新東名、浜松サービスエリア。
琵琶湖まで半分。

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ここで、浜北軒のラーメン餃子セットを食べ、 『コーヒールンバ』が流れるアドマイヤでコーヒーを買うのが、毎度代わり映えのしない往路のパターンで。

二階堂とは名神高速 養老サービスエリアで合流!


台風接近で気圧が下がれば大爆発・・・・なんていうオッサンたちの甘い期待とはウラハラに、台風が秋雨前線を刺激して、南風ビュービュー、雨ザーザーの琵琶湖。

群馬の歯科医師、二階堂(どんなヤツかは単行本参照)は、例によって、タックルボックスを3つも4つも持ち込み、武蔵坊弁慶の刀集めもかくやと言うほどのロッドの束を持参してきた。

竿竹屋か、お前はっ!

前回は強風で釣りを断念したので、まあ、気持ちはわかります。
その日の釣りに対するテンションの高さは、彼が持参する道具の多さに比例します。

朝イチ、ウンデッドスプークでデカバスのストライクを二回取り、2尾目は完全にセットフックしたものの、ボートのきわで痛恨のフックオフ(泣)。

こんな天気なので、アングラーも少ないかと思いきや、風裏のポイントは、剣崎沖のワラサ船団のような状態。

早々に退散して、琵琶湖観光マリーナで陸っぱり&昼寝。

いちばん魚影が濃かったのはマリーナの桟橋まわりでした(泣)

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ドライブシュリンプのテキサスリグで連発!(大泣)

60リットルもハイオク買う必要なかったじゃん!(ガン泣)

夕方になって、激しい雷雨に変わり、風も強まってきたので、ボートを揚陸して艇庫に入れました。

東京と群馬から、はるばるバス釣りに来たというより、マリーナの端山さん姉妹と世間話しをしにきたようなもんで・・・・・。。

二階堂、ついてないなぁ。

ホテルのフロントのお兄さんが、 『今夜、開催予定だったイナズマロックが、稲妻で中止とはシャレにもなりませんわぁ』と、苦笑い。



帰り道。
新東名 静岡サービスエリア
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うっかり 『新宿さぼてん』ヒレかつ定食を頼んでシマッタ!
ウカツなトンカツ

新宿で食べりゃーいいじゃんか!

Sugawara masashi

★ 『ブレない男と言ってください。お母さん』2016年9月16日5



海のルアー専門誌 『SALTY!』(交通タイムス社)
に、先日発売した単行本『大漁企画 FIELDからON AIR傑作選』の 『あとがき』を掲載した。

あとがきなんてものは、すべての推敲を終えた作家が、執筆の経緯などを書き、上梓に協力した人や、編集者に謝意を述べて結ぶもので、大抵、文末に、湯河原にて。とか、秋風の吹く軽井沢にて。とか、作家が筆を置くに相応しい場所が書かれてあったりする。

ボクの場合など、落ち着いてあとがきを書く間もなく、崩れ落ちるように原稿を入れて気絶したので、妙に尻切れトンボなエッセイ集になってしまった。

そこで、単行本のあとがきを、連載誌の 『SALTY!』に書いておこうと・・・・。

掲載した、このヘッタクソなクレヨン画は、1970年(昭和45年)、ボクが小学校2年生のときに、富山と岐阜の県境の小さなダムで、スピナーを使ってヤマメを釣っている 『絵日記』だ。
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よく見ると、トレブルフックが4本針だったりするけれど、これが、ボクが《ルアーで魚を釣っている、最も古い、イラストとレポート》。

実家の母が保存しておいてくれた(涙)。

魚を釣る、それを描き、文章で書く。

 『 アナタ、五十過ぎても、やってることは小学生のときと変わらないのね 』
と小バカにするので 
 
『46年間、ブレない男と呼んで下さい、お母さん』と言い返した。

Sugawara masashi

★ きょうの秀子 / 秋の夜長 2016年9月14日5

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秋の夜長。

秀子もながーくなる。
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年々歳々、長くなってる気がする。

第二次変体。

不思議な生命体だ。

『シン・ヒデコ』

こんなに長くなって、彼女は何を企んでいるのだろう?
どんなに長くなっても『うなぎイヌ』にはなれないんだよ。
だって、キミはネコだから。
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仕事を終えて帰宅したらリュウメも長くなっていた。

sugawara masashi

★災い転じて・・・・。 2016年9月12日5

とにもかくにも、今年の夏は天候に恵まれなかった。
予定していた沖のシイラ釣りが荒天で中止の憂き目に。
とくに8月後半から9月にかけて、繰り返し台風が日本列島を通過、または接近し、それが秋雨前線を刺激して各地で大きな被害をもたらした
8月21日に開催予定だった大漁企画主催のシイラ釣り大会も、悪天候で中止の憂き目に遭う。
大会は昨年も中止だったので、これで2年連続。(もし、来年も中止になったら、『毎年恒例の』とは言えなくなるかも知れない)。

翌月の9月12日は、西伊豆町 仁科(ルビ にしな)港の『 惣晴丸( ルビ そうせいまる) 』と、安良里(ルビあらり)港の『 ふじなみ丸 』の2艘をチャーターして、大漁企画の仲間たちとシイラを狙う・・・・つもりだった。
この日の幹事は小野貴彦。
先日発売の『フィールドからON AIR傑作選』にも再三にわたって書いてある通り、大漁企画きっての(というより、ボクたちは日本屈指のと思っている)『荒れ男』なだけに、
案の定というか、まあ、小野との付き合いが古いボクなどにとっては、お決まりのというか、前日の天気予報から判断して早々に出船中止が決まった。風はともかく、かなりの雨量になるらしい。

そんなわれわれを不憫に思ってか、『ふじなみ丸』船長の藤井伸一郎氏(通称 シンちゃん)から、沖のシイラは無理としても、沿海限定で船を出して根魚やりませんか?という有り難いお誘いが来る。

据え膳食わぬは何とやらで、豪雨上等という、ドMだけが早朝の安良里港に集った。
幹事、小野(当然、風雨は避けられまい)。伊豆支部の亮一、音渕、仲野さん、西伊豆町役場の松浦ジョー太郎、さらに、手下Gという布陣。
小野の雨以外に、《お約束》はもうひとつあって、午前5時30分の、出船時間ギリギリに、松浦ジョー太郎が港に滑り込む。

大漁企画は、出船に遅刻すると゛土下座 ″という厳しいオキテがあり、ジョー太郎は常習者だ。役場では観光商工課に籍を置き、何事につけて如才なく立ち回る彼が、どういうワケか朝だけは弱い。
メンバーのなかで、最も港に近い家に住んでいるという気の緩みがそうさせるのか、出船時間にメンバーが電話を掛けて起こすこともしばしばなのだ。
細君はなんと、元・ミス修善寺(!)なだけに、結婚当初は『新婚だからね、朝がツラいのも仕方ないよな』と、揶揄する声もあったけれど、土下座を繰り返しているうちに、その振る舞いが板について、宗家・松浦流土下座法の家元という架空の肩書きがついた(つけたのはボクですけど)。

この日の朝も、なかば覚悟を決めていたのか、半分土下座の低体勢を取りつつ、這うように車から降りて来て 『セーフですよね?セーフですよね?』と、みんなの顔色を窺っている。
帽子、レインジャケット、ライフジャケットを着ているのに、《下半身がパジャマ》というイデタチに焦りのほどが読み取れる。右手にはロッド、左手にはミネラルウオーターのボトルが1本。どうやらコンビニで朝食を買う余裕もなかったらしい。

そんなドタバタながら、『 ふじなみ丸 』は、いまにも泣き出しそうな曇天の駿河湾へ乗り出した。
先ずはアカハタを狙うべく、水深30メートル付近の岩礁をヘビー・テキサスで攻めてみる。

1、5ozのタングステン製バレット型シンカーに、グロウ(畜光)ビーズを通し、3/0のオフセット・フックを結節。フックとビーズの間には極小のソフトビーズ(浮き止めゴムでも可)を通して、フックの結節点が(シンカーに押されて)劣化するのを防いでやる。
このリグに4インチのホグ系ワームをセット。大型のアカハタ(もしくはホウキハタ)だけに狙いを絞るなら、5インチでもいい。
アンダーハンドの遠投で、潮の流れにクロス(または、ややアップストリーム気味)にキャストし、スプールに親指を載せてラインの無駄なフケを抑制しつつボトムを取る。
ボトムタッチの感覚は、タングステン・シンカーのほうが一枚上手だが、リグをダウン・ヒルで落とし込んで行くさいには、中通しの『丸玉錘』のほうが、転がり具合が良くワームも《立つ》ので、好みが分かれると思う。
活性の高いアカハタが≪根に乗っている≫ときには、沈下するルアーを見ているので、最初のフォールでバイトが出る。
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バイトそのものは、かなり明確なので、ほんの少し送り込み気味に(ロッド・ティップを水面方向に下げる)してリールを巻き、思い切りアワセる。バス・フィッシングのそれと違い、水深が30メートルと深いので、セット・フックは強いほどいい。ここでモタつくと、ハタ類は根に張り付くので、ベイト・リールのギア比は高いほうが有利だ。
この日は朝から間断なくバイトがあり、大小のアカハタが次々とキャッチされる。

30センチ以下の小型は、船長のシンちゃんが注射針で手際よくエア抜きを施してリリースしている。
アカハタはボトムから10メートルを切れば減圧症状気味になってあまり抵抗しなくなる。相手が小型とわかったら、むしろゆっくりとリーリングしてやり、過度の減圧をかけずに浮上させるとリリースもしやすくなる。

続いて、水深20〜25メートル付近に移動。

凸凹の起伏も著しい。ここで、40センチオーバーの良型が連発した。
根頭で20メートルを切ると、さすがに良くファイトする。

全員が良型を上げたところで、シンちゃんのアナウンスが入る。
『お土産のアカハタは揃いましたね。北へ戻りましようか。砂混じりのところでオオモンハタ狙ってみましよう』

ふじなみ丸が転進する。

大粒の雨が頬を叩いている。
レインウエアが蒸れて不快この上ないものの、船の速度が上がると体感気温も下がって心地良く感じられる。
移動時間を利用してテキサスリグを片付け、タックルをスイミングに換装する。
ロッドはROCK FISH BOTTOM RPO710XHS2。リールはSTELLA4000。1号のPEラインに、20LBのフロロカーボン・リーダー。先端のバイトリーダーに16LBを40センチほど結節している。根掛ったさいに、ほぼここの結節点から切れるので、PEとリーダを結びなおす手間が省ける。

『このへんから始めてみましょうか。砂地に根があるので、遠投する人は根掛かりに注意して下さい』

ジグヘッドはスイミングテンヤの30グラム(ヘッド部分をゴールドに塗装した)。ルアーはバルトの4インチに、ウイローリーフのブレードを装着してある。

伊豆支部の亮一が早々に本命のオオモンハタをヒットさせて船中が活気づく。
ロングキャストしてボトムを取り、早いスピードで中層まで巻き上げ、再びベイルを返してサミング(スプールに触れる程度)でボトムを取り直し、同じ動作を繰り返す。
釣り方としては単調ながら、いきなりひったくるような(向こうアワセ気味の)バイトが出るので終始気が抜けない。
前アタリが出て乗らないときには、リトリーブを止めてカーブフォールさせるか、瞬時にベイルを返してフリーフォールさせると追い食いする。

『来た!』
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岸方向のロックエリアに投げたバルトに待望のストライクがあり、ステラのドラグが気持ち良く作動した。
40センチオーバーのオオモンハタがシンちゃんのネットに収まる。
食味はアカハタのほうが勝るので、再会を願いつつリリース。

細糸でロングキャストを続けていた小野が、パワーシャッドの4インチで50センチオーバーのオオモンハタを上げる。
当然のように雨足が激しくなる。
見れば、対岸の清水、焼津方面は晴れている。一方、われわれのいる伊豆半島西海岸には帯状の雨雲が低く垂れこめ、止む気配がない。
雨が降るほどに元気になる小野は、隣りにいた手下Gに講釈をタレながら釣りを再開。さらにバイトがあって、思い切りアワセたら『パーン』という派手な音と共にラインが切れた。
細糸に硬い竿で飛距離を稼いでいたセコさに天罰が下る。

『あーあ』

小野がガックリ座り込んで、ラインを結び直し始めると、とたんに雨も止んだ。 

『ちょっと上げてください、移動しまーす』

シンちゃんが、岩礁のブレイクが落ち込んで砂地に変わるエリアを細かく転戦する。
ここで手下Gにも待望のバイトがあり、カウンターのようなアワセが決まる。

『メチャ引きますね・・・・、なんだこれ』

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やはり上がって来たのは良型のオオモンハタだ。これも数枚の写真を撮ってリリースしてやる。

50アップのオオモンハタを上げたタヌキは意気揚々。 
カッパが脱げないので蒸し暑いことこの上ない。
本人は、 涼しい顔で『虹が出ました』とか言ってる。
たしかに駿河湾に虹も出て、対岸の静岡、御前崎のほうは晴天。

しかし、西伊豆は・・・・・。


この日、船中で7尾のオオモンハタをキャッチして帰港した。

帰港後、仁科港へ移動、龍弘丸から『 龍海丸 』に改名した山田雅志船長を訪ね、改名記念に、佐久間くんと田島よっちゃんが発注したオリジナルの清酒(ラベルに龍海丸とプリントされている)を贈呈。
その足で 『惣晴丸』に行き、末娘の ほのかちゃんに、船長のカズ兄ぃ夫妻がグラビアに載っている単行本を渡した

その後、入浴料600円の『せせらぎの湯』へ行って汗を流す。
汚れたスニーカーをゴムゾーリに履き替えていると、手下Gが 『濡れたナイキを再び履くのは耐え難いです』とのたまう。

 『 だから言ったろ、土肥のセブンイレブンでゴムゾーリ見かけたとき、買ったほうがいいぞって』

 『まさかスニーカーの中までズクズクになるような雨が降るとは思わなかったんです』

 『おまえ、甘い。小野さんの実力をわかってない』

とは言え、歩くたびにズコズコ鳴るナイキを履かせておくのもかわいそうなので、安いゴムゾーリを探してファミリーマート、スーパーAOKI、コメリ、NIWAスポーツをまわるも、どこにもゴムゾーリはなく、
最終的に、マックスバリューの店内にある 『ダイソー』で、250円の 『クロックスもどき』を購入。
海辺の町のゴムゾーリが売り切れていることで、《夏が終わった》ことを実感した。

この前線が抜ければ、さらに秋めいて来るだろう。


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西伊豆のロックフィッシュゲームは楽しい!


腹も減ったので、伊豆支部長の篤義、亮一、ジョー太郎、メッキ釣りに行っていたヒロべーも加わって会食。

クーラー満タンだけど、洗濯物も満タンで愛と悲しみの東京へ帰りましたとさ。

どんとはれ!

後日!

西伊豆の 『アカハタ』を、刺身と酒蒸しに。
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酒蒸しは、
1、ウロコをキレイにこそぎ落とし、キッキン挟みで開腹して内臓を抜き、外身と内側に粗塩をスリ込みます

2、コップ1杯の菊正宗(あ、べつに月桂冠だっていいです)と、同量の水を大鍋の底に注ぐ

3、皿に乗せたアカハタに、テキトーに刻んだショウガをパラパラ載せて、皿ごと鍋の中へ。

中火でコトコト蒸すこと20分

たったこれだけです。
皮を引くことも、三枚に下ろす手間もいりません。
てか、包丁さえ必要なし!

食べるときに、お醤油を少しタラすと、旨味が引き立ちます。

ヒレの付け根、頬肉など、身の細部までせせり出して、残さずチューチュー食べられる。

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なか4日おいたアカハタの刺身は極甘。

ハタ類のなかで1番好きかも。

さらに!
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西伊豆産 アカハタ

オリーブオイル、ニンニクソテートマトソース、バジル添え

キッチン桜上水

菅原シェフの逸品です。

うるさいよ!

sugawara masashi


★感謝感謝のお買い上げ 『大漁企画フィールドからON AIR 傑作選』2016年9月9日5

本当は『献本』しなくてはいけないのですが・・・・。

先月出版した『大漁企画フィールドからON AIR 傑作選』を、親しい釣り仲間が買ってくれている(大汗)。
もう、これは恐縮以外のなにものでもなく・・・・。

某スタジオへ行ったら、その仕事の担当ミキサーが、わが大漁企画の水野先輩で。↓
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いまさらサインする間柄でもないんですけど。
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さらに昨日は、ボクの番組でアシスタントをしてくれている柳野玲子嬢も・・・・・

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ふつうの作家さんのように、出版記念パーティーがあるわけでなく、書店主催のサイン会があるわけでなく、ただもう、ボクと同様に釣りの好きな、ごくごく一部のマニアに向けて書いた、エッセイと言うのも気恥ずかしい(しかも、20年も前に、30そこらの若気の至りで書いた連載を1冊にまとめた)本なので、サインと言われても・・・・。

ここで、サラサラとね、開高某が好んで引用した『朝露の一滴にも天と地が映っている』とか、『たとえ明日、世界が滅びるとしても、キミは今日、リンゴの木を植える』とか、気の利いた名言の1つも書ければカッコいいんでしょうが、そんな教養もないので、柳野さんにはヘタクソな金釘流で
『琵琶湖のロクマルの釣り方教えて下さい。菅原正志』と書きました。

サインするのは決してやぶさかではないのですが、ボクなんぞのサインで汚してしまうと、処分するときに、古本屋が買ってくれなくなるのでご注意下さい。

この週末は、残暑が戻ってメチャ暑くなるそうです。

134ページ『みっちゃんの怪談』あたりが、多少涼しくなるかも知れません。

お求めは、皆さんお馴染みの釣具店の書籍コーナー。
または全国の書店。
見当たらない場合は、Amazonでポチっとな。

★『宅配のめがねやさん』展示受注会と、オーバーホール2016年9月8日5

先月、キャスティング稲田堤で開催された、 『宅配のめがねやさん』展示受注会。

前々から気に入って使っていた、タレックストゥルービュースポーツブルーミラー偏光度付き(長っ!)のレイバンフレームが、あちこちガタが来て、汚れや錆びもあった(ボクの使い方が荒い)ので、オーバーホール。
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まるで新品のようになって戻ってきました。超うれしい!
↑写真右側下。

そのとき、衝動買いしてしまったフレームもう1本が↑右側上。
これもレンズはタレックス。

宅配のめがねやさんは、相模原市緑区淵野辺(JR横浜線淵野辺駅、国道16号からも至近)にお店があって、アングラーそれぞれの釣り方や、対象魚に見合った 『偏光レンズ』を選んで、顔の骨格に合わせて微調整してくれる。

オーナーの重宗さんが全国津々浦々の釣具店さんで展示受注会を行っているので、ボクのような乱視の人や、最近ドライフライが見えなくなって来たとか、鳥山が探せないとか、ナブラの主がメジなのか、カツオなのかイマイチ釈然としないアナタは、ぜひ、展示会で重宗さんに相談してみてください。

※とは言え、ボクはサングラスをすると、まるで《 5人目の横浜銀蠅 》のような人相になってしまうので、釣りと運転のときだけ掛けてます。

写真を撮るときはグラサン外します夜露死苦。


sugawara masashi

★表層と、ボトムと、世界の関田くんと 2016年9月6日7日5

父よ!祖父よ!曾祖父よ!
菅原家 末裔のドヤ顔をお許し下さい。
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ピーカン、無風の琵琶湖 東岸です。

朝イチはトップに出るものの、サイズがイマイチ。

雨が降るという予報がみごとに外れ、日中は油照りで、水温28度のお手上げ状態。
水通しの良いディープを攻める作戦に変え、サクマジグ(1OZ フットボール)+ドライブシュリンプ。

最大は2100グラム。 
コンディション抜群なので、よく引いた。

いやはや、山形県鶴岡から帰ってオフクロを厚木の実家に送り、完徹で2誌の原稿、イラストを仕上げ、無理して走って来て良かった良かった。

琵琶湖は、一所懸命に釣ると、必ずご褒美をくれる。

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世界の関田くんは、Dスプーンでヒットパターンを掴み、50センチクラスも掛けたものの、運悪くフックアウト。

翌日キープのスタジオ仕事がなくなり、これはもう代々釣りバカの菅原家のご先祖様が味方してくれてるとしか言いようがないので、いつも泊まっている近江八幡の安宿を取ることに。

しかし、翌日も天気予報が大はずれで、快晴、ベタ凪、激暑。

朝イチこそトップで5〜6尾釣れたが、いずれも小型ばかり。

深いほうにシフトしてジグってみるとニゴイ連発。
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関田くんもこのサイズに苦笑い。

しかし、暑い!

ボートの上は、ポカリだの、レッドブルだの、カルピスウォーターだの、カラのペットボトル二日分が山のようになって、さながらゴミ運搬船のよう。

湖に浮いてるのに、日干しになるという間抜けなことになりかねないので、11時に帰港。

近江八幡の釜茹でパスタのお店『凛じろう』へ。

小洒落た店なので、まわりは、女性か、カップルばかり。

汗臭いオッサン二人連れは、かなり浮いている。

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ここで、 『海の幸のトマトソース』と、アイスコーヒーを頂き、再びマリーナに戻って、冷房の効いた涼しい二階の大広間で、ゼータクな昼寝を貪る。

畳の香り最高!

お仕事中の方、ごめんなさい。

気持ちイイ!


ちょうど2時間ほど熟睡し、午後3時に昼寝終了。

再び湖上に出て6時半まで粘りましたが、トップもディープもカタは伸びず、スゴスゴ撤収しました。

ま、こんな日もあるかと。
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午前1時20分

愛と悲しみの東京 用賀インター通過です。


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★墓参ドライブ 2016年9月3日4日5

亡父の墓参のため、85歳の母と、手下Gを連れて、山形県鶴岡市へ。
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老いた母とのトーホグ道は、ほぼ《各駅停車》だ。

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福島 安達太良サービスエリアで蕎麦をたぐる。

山形道に分岐して以降も、サービスエリアごとに、《ぶらり途中下車の旅》で、午後7時過ぎにようやく鶴岡城址に近い、駅前の定宿に着く。

館内で食事を済ませ、母と手下Gは温泉へ。

ボクはそそくさと部屋に引き上げ
 『THE SEABASS 』(つり人社)の原稿書きにかかる。

トホホ。

今年も早朝に起きて、鶴ヶ丘城の外堀、内堀を散歩して来た。
毎年、この季節の墓参は晴天に恵まれる。
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少なくとも5代前まではわかっているのだけれど、代々釣り好きだった菅原家のご先祖に、新刊の報告。
こんなバカなエッセイ本です。叱らないでね。

その後、従妹の家へ挨拶に行き、帰路に就く。
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小学生のときに、スプーンでアイナメを釣った、なつかしい鶴岡市 鼠ヶ関の磯。

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大漁企画のボクサァ(木南悟)おすすめ。
鼠ヶ関 『朝日屋』

無風、快晴の沖に浮かぶ粟島をながめながら、ボクと母は、ノドグロ、アラ、ユメカサゴ、ウニなどの握り。
ノドグロとアラの握りは、塩とレモン汁の下味のみ。
これは夏の涼味として絶品なり。
手下Gは、 豪勢な『義経弁慶ちらし』を堪能。

その後、岩船菓子処『村恭本店』に寄り、名物のクレープを購入。

さらに、聖籠町の 『鈴木釣具店』に寄って、看板犬のベルと遊び、長岡ジャンクションから関越へ。

途中、本庄児玉で渋滞に引っかかりながら、鶴ヶ島で圏央道に乗り、厚木の実家に到着。

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長い長いドライブの締めは、厚木『手打ち蕎麦 星月』野菜天せいろを頂いています。

祈り、走り、食うだけの2日間。

さあ、世田谷に帰って『THE SEABASS 』の続きを書くぞ!


sugawaramasashi

★自著『大漁企画 フィールドからON AIR 傑作選』(交通タイムス社)発売 2016年8月30日5

海のルアーフィッシング専門誌 月刊『SALTY!』(交通タイムス社)と、その前身だった『ルアーフィッシング情報』(主婦と生活社)に書かせて頂いたヨタ話しを、『単行本化』致しました。

菅原正志 エッセイ集

タイトル
『大漁企画 フィールドからON AIR 傑作選』

ブログのプロフィールにもあるとおり、『竿と一緒に人生を棒に振りつつある私』が、1996年から2002年までに書いた『釣りロマンを(ま)とめて!』。

10年前(つまり2006年のことですが)『連載10周年を区切りに単行本化しましょう』という有り難いお話しを頂きながら、世の中は不景気のドン底で、紙媒体凋落の時期でもあったので、ボクのような者のエッセイが売れるとはとても思えず、『ええ、まあ、前向きに・・・』などとお茶を濁しては、のらりくらりと逃げていたのでした。

しかし、連載20周年記念となると、もはや曖昧な言い訳も見つからず、まして30周年のときに自分が生きている保障はない(悲)ので、重い腰を上げたわけです。

20年前、30そこそこのワカゾウが、まさに《わかげのいたり》で書いたような原稿ですから、改めて読み返してみると、全身の毛穴から汗が噴き出すような(ような ではなく、事実か)こっぱずかしいものがあり、さらに、現代では通用しない言い回し、ニュアンス、もう忘れられたような流行語。倒産したメーカー、亡くなってしまった人の扱いをどうするか・・・・・。逆に残したほうがグッと来る懐かしい死語もあって、削除、訂正の推敲作業は遅々として進みません。

正直言うと、書き下ろしのほうが楽だったのでは(?)とも思います。

ましてボクの連載はイラストも自分で描いているので、編集部からドサッと戻って来た古いケント紙の山(当時の原画です)に おののきつつ、修正可能なものにはペンを入れ、ダメなものは没にして描き直しました。
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たとえば↑このイラストは、当時、奄美大島で営業していた『ワールドマリン奄美』の5号艇ですが、これなどは当時の原画のまま掲載。
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↑この『アライ君リール』も当時のまま。
懐かしいと思うアングラーは少なくないと思います。

担当編集の杉田智氏には大メーワクをお掛けしつつ、発売日は2016年8月30日に決定。

デッドエンドの最終校了(8月19日)に向けて、アディショナルタイムを激走中、なんと、ボクの焦りに拍車を掛けるような発売広告が、8月16日発売の『SALTY!』(140ー141ページ)掲載されました。
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そのキャッチコピーの下のほうに、↑『もうあと戻りできません』という、杉田氏の本音を発見。

くーーーっ!間に合うのか???

この時点で《ボクの修正原稿と、イラストの修正が上がってない》のですから、レイアウトは1ページも出来ていません。
さらに各章には、連載当時を振り返るコメントも添えるので、ラスト4日間は、まさしく千日回峰行に挑む行者様のような、不眠、不休、不臥の生活でした。

折しも、ブラジルのリオではオリンピックが開催され、甲子園では球児たちが熱闘を繰り広げていましたが、ひたすら地下の薄暗い書斎にこもり、柔道だの、卓球だの、体操だの、陸上だの、史上最多のメダル獲得に沸いた日本選手団の活躍を、NHKラジオの中継で聴いていました。

NHK リオ五輪公式テーマソング 安室奈美恵の『ヒーロー』、高校野球のテーマ曲『栄冠は君に輝く』。この2曲が頭んなかグルングルンの8月でした。

ボクがこの有り様ですから、担当編集の杉田氏とデザイナーさんは大変な苦労を強いられていたはずです。
奇跡的に8月30日の発売日に間に合うことが出来たのは、杉田氏とデザイナーさんの神業としか言いようがありません。

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そんなこんなで、ボクの手元にも、発売当日の30日に、刷りたてほやほやの完成本が送られて来ました。
本体2222円+税

ご興味のある方は、お馴染みの釣り具店の書籍コーナー。または書店。いずれも見つからない場合は、下記のAmazonでポチって頂けると幸いです。
https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E6%BC%81%E4%BC%81%E7%94%BB-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%81%8B%E3%82%89-AIR-%E5%82%91%E4%BD%9C%E9%81%B8-CARTOPMOOK/dp/4865422005/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1472672037&sr=1-1&keywords=%E8%8F%85%E5%8E%9F%E6%AD%A3%E5%BF%97

よろしくお願い致します。

★終ってしまった美術展 2題  2016年8月29日5

いずれ書こうと思いつつ、8月の忙しさにかまけて、ブログに上げなかった拾い物。
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2016、7月5〜8月28日
●『大妖怪展 / 土偶から妖怪ウオッチまで』江戸東京博物館

平安〜鎌倉期 『辟邪絵 神虫』
鎌倉期 『土蜘蛛草紙絵巻』
など、相当おかしい。

生活のなかに闇があり、『科学』などという言葉さえ持たなかった時代、われわれは心の隅に『妖怪』を宿しておく《余地》を残していたのだなぁと思い知らされる。
飛躍の伸びやかさ。
不可視のものへの畏怖。
想像の産物を愛でる余裕。

骨董的価値とか、日本美術としての位置づけは門外漢なのでまったくわからないけれど、現代人にとって、これらの作品は、描かれた当時のコンセプトとは異なる《精神的効能》を持つのではないか・・・。
それこそが普遍ではないのか・・・。
少なくともボクは、たいそう浮かれた気分で展示室を出た。


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2016年07月16日 〜 2016年07月30日
●『醜美ノ記憶』−足立篤史個展 
会場:LOWER AKIHABARA

醜美ノ記憶というタイトルに惹かれて覗いてみた。
足立篤史さんという若い美術作家の個展。

太平洋戦争で実戦配備され、破壊、もしくは敗戦後に廃棄された軍艦、戦闘機などのぺーパークラフト。

艦橋、搭載火器、戦闘機の各部パーツに至るまで、気が遠くなるような精密さ、巧緻さで再現されている。

とはいえ、プラモデルのそれのような縮尺の造形物ではない。
外装素材は、敗戦直後から復興期に発刊された『新聞』の複写だ。

『兵器』という『圧倒的機能美』に、男の子らしい憧憬を抱き、その製作に携わった当時の人々をリスペクトしつつも、それが殺人機械である以上、『醜美』としか形容しようのない若い作家の拘泥が読みとれる。

太平洋戦争に対する、現代作家としての総括を、『夢とメロドラマ』に粉飾して逃げたアニメ『風立ちぬ』なんぞより、よほど痛切にボクの心に響いた。

制作の手綱を緩めず、徹底して個人の意匠を貫いた作品の前からは離れ難い。



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★松島基地 復興感謝イベントと、ボクサァの誕生日と 2016年8月28日5

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大漁企画の仲間たちと、宮城県 松島基地 復興感謝イベントに来た。
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第11飛行隊(ブルーインパルス)。
一番機はSUIT(春山維彦 三等空佐!)
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この日は大漁企画のボクサァ(木南悟)の誕生日でもあり、みんなでお祝いすることに。
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↑嬉しそうなボクサァ。
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↑いつもはすっとぼけている阪本アツローもマジメな面持ち。
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↑11飛行隊の拠点基地である松島は、地元の人たちのブルー愛が随所に垣間見れる。
基地の近所には、こんな名前のアパートも。

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★2016年 巣立ち 2016年8月25日5

台風一過で少しは秋めくかと思いきや、残暑の厳しい東京。

そんな猛暑のなか、拙宅のジャスミンに営巣していたキジバトは、元気に巣立ちを迎えた。

『巣立ち』といっても、ドキュメンタリーで見る猛禽類のヒナのように、ある日、上昇気流をつかまえて、雄々しく大空へ・・・。などというカッコいいものではなく、ある日、親鳥に促されて、渋々、お隣の屋根へ、飛ぶというか、落ちるというか・・・・。
その後もあっちへバタバタ、こっちへバタバタ。
再びウッドデッキに戻って、バラの鉢植えの陰で休んだり、じつにグズグズと自立できない。

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今朝は、午前5時頃、お向かいの門の前でウロウロしているのを見掛けた。

まあ、いいや、マイペースで行けばいい。

ツラくなったらいつでも戻っておいで。

餌台にはいつも 米つぶ、パン屑あるからな。

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★『シン・ゴジラ』善戦 2016年8月24日5


近いうちに劇場で再見するだろう。

東宝シネマズ新宿でパンフレットを買ったら、ご丁寧にこんなコシマキが↓
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本、演出、キャスティング、編集や選曲(!)にも、じつに配慮が行き届いた作品。

おっと、ホトボリが冷めるまで黙ってよっと。

ゴジラ好きにとって忘れられない夏になりそうだ。

え?いつからゴジラ好きなんだって?

↓御幼少のみぎりからです。
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★ピンクの電話 2016年8月24日5

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スマホ画面が割れたので交換したいという手下Gにつきあって、新宿東口にある『ビックロ』に行く。

ビックロ?

ビックカメラとユニクロのビルらしい。いつの間に出来たやら・・・・。

アップル・スマホの代替器は、タッチパネルで本人住所だの、壊れている状態だの(窓口で店員に口頭で言えば済むようなこと)のアンケートに答えた上に、さらに、所定の用紙に同じことを手書きで記入させられる2度手間(意味不明)で、しかも新しい端末を出してくれるのは、その2時間後になるという。

『待ちなんですって』


『めんどくせー』


ぐったりした気分で裏口から外へ出ると、ハス向かいに懐かしい喫茶店があった。



『ローレル』


ああ、30年くらい前に入ったことがあったっけ・・・・。


『冷たいものでも飲もうか・・・』


1階のレジ横の席に座って、ふと見ると、これまた懐かしい『ピンクの公衆電話』。


『ほぉ、懐かしいなぁ』というと、手下Gが『あれ、数字のところに指入れて回すんですよね?』と笑う。


ボクが1回生(関西の大学では1年生、2年生とは言わず、1回生、2回生と言った。いまはどうなってるんだろ)のときに住んだ下宿には、このピンク電話が1台だけあった。


地方出身の下宿生12人が住んでいたので、夜になると使用率は高かった。


10円玉限定なので、内蔵されている料金箱がスグに一杯になる。


『1回の通話で10円ですか??』


『3分だぞ』


『高っ』


『しかも、オレなんか関東に掛けるから、10円玉がどんどん落ちて行く』


『10円玉を事前に用意しておくわけですね』


『使う前に、電話機を持ち上げて振るんだよ。ガチャガチャ振って、内部の10円玉を平らにしないと、詰まって落ちて行かないんだ』


『いっぱいになったらどうするんですか?』


『下宿の大家さんがカギ持ってるから、あけてもらうんだけど、深夜にいちいち起こすわけいかないだろ』


『けっきょく、待ちなんですね。電話って』


『・・・・・』


そういえば、大学の同じ学科の1期先輩に、女性お笑いコンビの『ぴんくの電話』のミヤちゃん(竹内都子さん)がいて、後年、俳優の菅原大吉さんと結婚されたと聞いた。


なにもかも懐かしい。

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★父の命日2016年8月23日5

ボクはルアーとフライの手ほどきを父から受けた。
父は曽祖父から釣りを習ったという。
実家に残る古い釣り道具を見れば、釣りバカの血筋は一目瞭然だ。
ただし、父の釣りは今日のようなファミリーフィッシング的なものではなく、多獲を軽蔑し、自慢話の吹聴に耳を貸さなかった。
徒党を好まず、独りで渓流に分け入り、磯に出掛けた。
その意味では終生孤高な釣り人と言えた。

マナーや作法にもうるさかった。

したがって、子供の頃に父と一緒に出掛ける釣りは苦痛だった。

きょう、8月23日はその父の命日で、菅原家の菩提寺は、山形県鶴岡市の寺町にある。
鶴岡はかつて庄内藩の藩庁が置かれた城下町だ。

夜明けと共に鶴岡駅前のホテルを出て、ぐるりと城址を1人で散策するのが、墓参の朝の決まり事のようになっている。
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鶴ヶ丘城跡(現在は『鶴岡公園』)
城と言っても、立派な天守閣があったわけではなく、質素な木造瓦葺きの平城であったという。
麗澤な城郭を建造し、その威風を借りて権力を誇示した他藩とは一線を画す。
それは領民に支持された藩政の手厚さや、それを家訓として長く当地を領した酒井氏の政治姿勢の表れでもあろう。

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内堀には丸々と肥えた鯉や鮒が悠然と泳ぎ、人なつこいカモたちが喧( かまびす )しく何かを言いつのっている。

『 暑くなりそうですのぅ 』

『 そうですのう 』

『 墓参り?東京から。それはご苦労ですのぅ 』

城址の外周に植えられた長い桜並木を歩くと、行き交うお年寄りが立ち止まって深々と頭を下げ 『 おはようございます 』と挨拶してくれる。

昨今流行のウォーキングではない。早朝の涼を頼んで逍遥( しょうよう )する鷹揚とした体である。
筆者も立ち止まって腰を折る。
『 おはようございます 』

去年もそうだった。

一昨年、父の納骨に訪れた朝もそうだった。

子供の頃、夏休みのたびに訪れていた当時もそうだったので、城下では400年前からそうだったのではあるまいか・・・・・。

転封( てんぽう )の絶えなかった譜代大名のなかで、庄内藩は幕末まで一貫して酒井氏が治める安寧を保った。
その理由は、酒井氏の行財政改革に辣腕を発揮した本間家(注1)の尽力に加え、実収20万石を生んだ豊かな環境基盤が藩の安泰を支えたと考えられている。

今もなお城下の人々に色濃い清廉かつ朗らかな物腰は、江戸期から続く藩士と領民に共通した人柄の名残ではないかとボクは思う。

いつ訪れても空き缶ひとつ落ちていない旧本丸跡を囲む内堀には 『 釣り禁止 』などという不粋な看板は見かけない。
これは、いまの日本では稀有なことではないか。
都心はもちろん、地方都市の公園にある、お濠や、池といわず水路といわず、『 釣り禁止 』の看板だらけではないか。
なかには、『 子供は池で遊ばないようにしましょう ○×市教育委員会 』、『 ルアー釣り禁止 □▽公園管理事務所 』など、複数の看板を目にすることも少なくない。
それが鶴岡城址の外堀には1枚もないのだ。
城主が藩士に釣りを奨励した経緯を見ればそれも合点が行く。

和竿に詳しい人なら承知の通り、鶴岡は剛竿として名高い『 庄内竿 』が発達した地であり、城主の酒井氏は武道鍛錬の一環として《 藩士に釣りを奨励した稀有な大名 》であった。
庄内竿は、江戸和竿に見られる飾り巻きや漆塗りなどの華美な装飾を排し、竹1本を5年余りもかけて燻蒸して磨き上げ、胴調子に仕上げた《 業物 》である。

贅沢な城郭を造立しなかった酒井氏の人柄が竿1本からも偲ばれる。
専業の竿師がいたわけではなく、この竿も藩士のなかで腕に覚えのある者が作った。
名の残った竿は、現在、『 公益社団法人 本間美術館 』( 注2 )などに展示されている。

現存する海用の庄内竿は、長さ4間( 7.2メートル! )もあり、地磯に立ってこれを振り回してスズキやクロダイを釣る作法は、抜き身の真剣を振り回す以上の腕力と技量を要したに違いない。

まして、江戸時代の男子の平均身長( 一説には155〜157cmと言われ、現代人よりはるかに小さい )を考え合わせると、体力的に相当厳しかったのではあるまいか。

藩の軍学師範を務め、藩校の『 致道館(  ちどうかん )』の講師でもあった秋保親友( 1800〜1871 )( 注3 )は、自身の『 野合日記 』の序文に以下のように記して、庄内竿と愛刀を同等に扱うよう説いている。

『 名竿は名刀より得難し。子孫はこれを粗末に取り扱うべからず 』

城址に隣接する致道博物館( 隠居殿 )には、秋保が愛用した庄内竿も収蔵されている。

では、なぜ庄内藩に釣りが発達したのか・・・・・。

庄内を治めた酒井氏は、徳川家康の側近として江戸開府に尽力した徳川四天王( 注4 )の1人 酒井忠次( ただつぐ )の嫡流として知られる譜代名門の家柄であった。

先に述べた通り、転封の相次いだ江戸期の譜代大名にあって、幕末まで1度も転封を受けなかった( 注5 )稀有な一族である。

家臣と連携し、領民を厚遇する家訓が酒井家にはあった。
民衆もこの政治姿勢を永年支持し、領民から幕府への直訴によって『 三方領地替え 』の回避や、戊辰戦争後には藩主召喚の献金運動などを展開している。

藩士たちが釣りにうつつを抜かすことが出来たのも、盤石な自治体制と、豊かな自然があったからこそではないかとボクは思う。
こうした歴史的背景が、お堀での釣りを禁じていない所以なのではないかと、父の生前に聞かされたことがあった。

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藩政の仔細と、それにまつわる武士たちの人間模様は、鶴岡出身の直木賞作家 故 藤沢周平の諸作に詳しい( 注6 )。

彼が描いた下級武士の生き様と矜持は、山田洋次監督『 武士の一分( いちぶん )』、『 たそがれ清兵衛 』。黒土三男監督『 蝉しぐれ 』などで映画化もされた


作品のなかでは海坂( うなさか )藩という架空名が使われている。ほかに、『 三屋清左衛門残日録 (  みつやせいざえもんざんじつろく )』、『 又蔵の火  』など、いずれも庄内藩がモデルである。
藩名は明示されていないまでも、『 用心棒日月抄(  ようじんぼうじつげつしょう ) 』や、『 風の果て 』など、当地を所縁とした作品は多い。
城址の敷地内には、『 鶴岡市立 藤沢周平記念館 』が2010年に新設されている。

史実としての釣りに目を転じてみよう。

宝永4年( 1707年 )に庄内藩分与の松山領地を治めた酒井忠予( ただやす )が、温海(  あつみ )( 現 鶴岡市温海町 )の磯で釣りに興じた記録が、酒井家に縁の深い本間家の覚え書きに現存している。

その後、享保年間に藩士たちの間に広まり、文政10年( 1827年 )に時代が下ると、勝負としての釣りが藩内に奨励されるようになる( 注8 )。
釣技に腐心するあまり事故が多発したのだろうか『 磯から転落せぬよう充分に注意せよ 』という触れ書きが、第8代藩主の忠器( ただかた )によって出されている。
藩士間の釣果の競い合いはもちろん、藩内では釣りそのものを『 勝負 』と呼んで心身鍛錬に取り入れていた。

『 いずこへ参られる 』

『 温海で勝負にござる 』
と言えば、温海の地磯へ釣りに出かけることを意味した。

釣り史研究家の金森直治氏に伺ったところ、城下では、釣りの帰り( 海のほうから城下へ向かう )とおぼしき人に出会うと、釣れましたか?ではなく、『 本日の勝負はいかがであったか 』と訊ねるのが流儀であり、その日のファーストヒットに恵まれた者は、磯の上で『1番槍!』と声高らかに叫んだという。

1尾の魚との対峙は文字通り、1対1の真剣勝負であって、ランディングに人の手を借りることを恥とした。
こうした釣り好きの気風は明治になっても薄れず、1909年( 明治42年 )、庄内の海岸を詳細に記した釣り場図が、地元釣具店から発行されている。蛇腹式に折りたたまれた判型で、磯の形状、生息魚、使用する竿の長さなど細密に描かれた( グーグルマップもビックリなクオリティ )絵図面が印刷出版されている( 注9 )。

釣り人を育む風土と気風。
それは鶴岡の豊かな環境と、安泰な政策を敷いた庄内藩を抜きにしては語れまい。
庄内平野の背後には修験道の霊場として知られる出羽三山(  月山、湯殿山、羽黒山 )を控え、その奥には『 タキタロウ 』で知られる大鳥池が朝日連峰の山懐に抱かれている。

城下には鮭も溯上する大河 最上川が庄内米の水耕地帯を潤して流れ、昭和初期に最上川から分流させた赤川( あかがわ )の河口域は、サクラマスのポイントとしてアングラーの人気を集めている。

強烈な潮風から庄内米を護る長大な松林を抜ければ、彼方に飛島( とびしま )を望み、マグロ、ブリの来遊に沸く。

越後村上と藩境を分かつ鼠ヶ関(  ねずがせき )の磯は、ボクが小学生( 1970年! )のときに、初めてスプーンでアイナメを釣った弁天島がある。

藤沢周平が描いた『 たそがれ清平衛 』は、禄高わずか50石( 注10 ) という下級武士であった。
これは、現代の貨幣価値に換算すると、年収80万円の貧しさである。先述の秋保親友は400石であるが、それでも640万円という計算になる。

藩士にとっての釣りは、生活の糧を得るためのつつましい営為に他ならない。
それを《 武道の一環 》と定義して『 勝負 』と呼べば大義名分は保てる。
北前船の交易によって富める商家と、豪農が多かった鶴岡城下で、釣りは武家の体裁を保つ一助として機能していたのではあるまいか(注11)。

父の死から三年。
墓所を東京に移さないのは、ひとえにこの清廉な城下町から縁を切りたくないからである。

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注1・・・・本間家は、農地解放による解体まで日本最大級の大地主であった。『 本間 』の名は、鎌倉時代に一族の始祖が相模国 愛甲郡 依知郷 本間( 現 神奈川県厚木市上依知 )を領していたことに由来する。元来は海運商人であったが、江戸初期に金融業に乗り出し、収益を土地の購入にあてて所有農地を拡大。庄内藩や米沢藩の財政改革を支えた。その際には、300石の士分格となり、北前船交易の隆盛も手伝って三井家・住友家と並ぶ大商家に発展する。



注2・・・・・『 公益社団法人 本間美術館 』
○山形県酒田市御成町7−7 TEL 0234( 24 )4311
○アドレス http://www.homma-museum.or.jp/



注3・・・・秋保親友なる人物は、かなりの釣り好きだったと思われる。残っている記録だけでも、文政3年( 1820 )に24回。文政4年( 1822 )16回。天保6年( 1835 )19回。年平均20回前後は釣行している。彼の生まれは1800年であるから、その青年期は釣りと共にあったことが推し量れよう。

さらに調べてみると、嘉永7年( 1854年 )、藩命を受けた秋保は、庄内海浜に海防軍制を編成し、その本陣を高館山( 標高 273、2m 現在、鶴岡中継局高館山放送所が整備され、NHK、民放各局、FMラジオ局が使用している )に置いた。
この年、ペリーが軍艦7隻を率いて江戸湾に来航し、日米和親条約が締結された。日本海に開けた庄内でも防衛整備と実戦的な練兵が急務だったに違いない。晩年の秋保はその要職にあった。

先述の『 野合日記 』には『 磯釣りは別して心得あることなり。用心に怪我無しと云う事を忘れるべからず。・・・・小魚のために大切の身命を落とす、あに不覚悟ならずや。慎むべき第一なり 』という記述もあり、彼の慎重な性格の一端が伺える。海防軍制の構想を練りながら、庄内の磯に竿を出していたことは想像に難くない。
著書に『 操兵練志録 』15巻、『 海防練志録 』6巻などが残る。


注4・・・・徳川四天王とは、酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政の4人の武将で、江戸開幕の功績を顕彰した呼称である。



注5・・・・酒井氏が、天保年間に領民たちの熱い支持を得て 『 三方領地替え 』を免れる経緯は、藤沢周平の 『 義民が駆ける 』に描かれている。
世に『 天保義民事件 』として知られる顛末は、当時、財政破綻しかけていた武蔵国川越藩主 松平斉典(  なりつね )が、実収20万石を上回る庄内に触手を伸ばそうとしたことに端を発する。
川越藩は、度重なる転封によって借財を負った上に水害改修等で領内が荒み、財政は困窮を極めていた。
そこで、潤沢な石高を持つ庄内藩への転封を画策した斉典は、第11代将軍 家斉(  いえなり )の21子 斉省(  なりさだ )を養子に迎え、その見返りとして庄内転封を所望した。
これを受けた江戸幕府は、松平を川越から庄内へ、庄内の酒井を越後の長岡へ、長岡藩の牧野忠雅(  まきのただまさ )を川越藩へ移転させる『 三方領地替え 』を計画した。しかし、これに異を唱えた庄内藩の領民が天保12年に江戸へ走り、領地替えを取り下げるよう幕府に直訴する。
藩政を糾弾する直訴は死罪に値する越権行為であったものの、領民による藩主擁護の声は前例がなく、これが領民たちの酒井氏に対する忠義として認められ、幕命は撤回された。



注6・・・・藤沢周平が描く小藩の下級武士の人間模様は、リーマンショックのあおりを食らった日本経済が底を打った当時、再評価を高めた。
歴史の表舞台で活躍する大河ドラマ的ヒーローではなく、中小企業の課長、係長クラスが自らのプリンシプルを貫く等身大の歴史小説である。
彼が設定として用いた《 地方の小藩 》は、庄内藩がモデルであり、史実との齟齬を避けるために『 海坂藩 』という架空の藩名が用いられている。
朝日・飯豊連峰を背後に日本海へと緩やかに傾斜する小国を『 海坂( うなさか )』と命名した藤沢周平のセンスはすばらしい。これは彼が結核で静養していた頃、同人に属した句誌『 海坂 』の二字から得たという。



注7・・・・『 鶴岡市立 藤沢周平記念館 』
○住所: 鶴岡市馬場町4−6 ○電話: 0235( 29 )1880  ○アクセス: JR鶴岡駅よりバス10分、「市役所前」バス停より徒歩3分。山形自動車道鶴岡ICより車10分。日本海東北自動車道鶴岡西ICより車で15分
○駐車場: 鶴岡公園駐車場もしくは市役所第2駐車場を利用  ○開館時間: 午前9時〜午後4時30分
○閉館日:毎週水曜、年末年始(12月29日〜1月3日 )
○料金: 大人320円 高校生・大学生200円 ※中学生以下は無料。○年間入館券 1000円

館内には過去の書籍、肉筆原稿、創作メモや資料の展示をはじめ、自宅の書斎が移築、再現されている。サロンでは、生前のインタビュー映像などを視聴することもできる。



注8・・・・天保13年( 1842年 )に庄内藩主となった酒井忠発( ただあり )が27歳の若殿時代に、江戸( 錦糸堀 )で釣り上げた魚拓( 当時は摺形と呼んだ )が現存する。
これは、直接法で刷られた《 日本最古の魚拓 》と言われている。
若殿付きの家臣、林治右衛門正中が国本である鶴岡の自宅に送ったもので、後年になって林家の古文書類の中から発見されたという。
拓寸39センチのマブナの魚拓で『 天保十年亥二月晦日(1839年3月) 於錦糸堀 御獲鮒之図 』と記されていることから、本間美術館の学芸員、佐藤七郎氏は、『 御獲 』の主を酒井忠発と特定している。忠発の釣ったマブナを魚拓に記録して国本に送った事実は、若殿が江戸で息災に生活していることの知らせであり、当時の藩士たちの間で摺形(魚拓)がすでに行われていたことを証明している。

注9・・・・・先述の金森直治氏のお話では、このポイントマップは現存する《 同類の出版物最古 》とのこと。
証言下記↓
http://www.fishing-v.jp/movie/?mv=wolf_1408_6907160_01

注10・・・・50石の禄高は、五公五民として手取り約20石余り。幕末の米穀相場から現代の価値に換算すると、約80万円とのこと。

注11・・・・では、この藩士たちが釣りをしながら安穏と幕末を迎えたかと言えばそうではない。
慶応4年(1868年)年に勃発した『 戊辰戦争 』では、旧幕府軍が敗れた後にも新政府軍を相手に果敢に抗戦する。
文字通り『 朝敵 』の汚名を着せられた庄内藩は、国内31藩が連帯した奥羽越列藩同盟を会津藩と共に支援。

秋田藩、新庄藩に連勝し、清川口から侵攻してきた大山綱良率いる官軍本体を撃退する。
新政府軍の侵攻を早晩に想定していた庄内藩は、豪商、本間家からの献金を得て最新鋭の小銃を購入し装備の西洋化を進めていた。

戦術指揮に秀で、錬成度の高い藩士を多数擁したため、戊辰戦争の一連の戦闘の中で、旧幕府軍が新政府軍を圧倒した数少ない例と言われている。

しかし、旧幕派が次々と降伏する事態を受け、ほぼ無敗のまま9月25日に降伏。
藩主酒井忠篤は、鶴岡城を9月27日に開城した後、謹慎を命じられる。当初忠篤は、先の薩摩藩邸焼き討ち事件や、東北戦争における抗戦を追及され、厳しい処分が下ることを覚悟していたが、政府の裁定は12万石に削減した上で藩の存続を許される寛大なものであった。

この厚遇が、西郷隆盛の裁量であったことが鶴岡に伝わると、明治3年( 1870年 )忠篤は庄内藩士78余名と共に薩摩へ移り、西郷隆盛に軍事兵法を学ぶことになる。
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酒井氏と藩士たちの御霊は、城址に隣接する『荘内神社』に祀られている。

今年の墓参は9月初旬を予定している。

★手下Gと琵琶湖へ 2016年8月21日、22日5


予定していたイベントが、台風通過で中止になってしまったので、手下Gと土曜日の深夜に東京を発って、琵琶湖へ。

深いレンジのマジメな釣りは早々に諦め、バカっ話しに興じながら、スイッシャーやポッパーで遊ぶことに。
小さいサイズならいくらでもトップに出て来る。
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笑った笑った

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釣った釣った

翌日は夜明けから東岸を釣り、風がない午前中のうちにマリーナに帰港。

パテ埋めと塗装が得意な手下Gが、船の小キズを器用にリペアしてくれた。

午後から 烏丸半島にある『滋賀県立琵琶湖博物館』を見学。
7月に改装したばかりのCゾーンの水族館が目当て。

《 引っ込み思案 》なビワコオオナマズと、ダイビングした後に浮かび上がるカイツブリのひょうきんな姿にも爆笑。

新東名、浜松サービスエリアで夕食。
さあ、あと半分、頑張って走ろう。

★今夏の営巣 2016年8月20日5


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毎年、同時期に同じネタもどうかなぁ・・・と思って書かなかったけれど、拙宅のウッドデッキにやって来るキジバトは、例年より若干遅い7月14日に巣作りを確認していた。

毎年のことなので、秀子やリュウメもリビングから見ている。

親鳥が小枝を咥えて来て、ネコのヒタイほどのジャスミンの茂みのなかへ入る様子を、リビングから観察するのだ。

周囲には天敵のカラスがいるので、ジャスミンへの出入りにはとても気を遣っている。

親鳥たちは、朝のしらじら明けの頃に、抱卵を交代し、夜間はメス、昼間はオスがジャスミンの茂みに入る。

夫婦がバトンタッチするときに、ごく短く、低い声で鳴きあって、1日の互いの行動計画を確認しあっているようだ。

ふつう、14、5日程度で孵化し、さらに半月程度で巣立つので、今年はどうなるだろうと気を揉んでいた。

ヒナが生まれると、親鳥はかなりの長時間巣を離れ、充分なビジョンミルクを与えられる摂餌をして帰巣する。

けなげとしか言いようがないのだが、親が何時間 留守にしようが、ヒナはジャスミンのなかで、じっと息を殺して待っている。

それが、狡猾なカラスやネコから身を守るために、親から教えられたことなのか、ヒナ自身が持つ本能なのか、われわれには知りようもないけれど、むやみに羽ばたいたり、鳴き声を立てたりせず、ただただ親の帰りを大人しく待っているのだ。

もちろん、親の留守中に、ジャスミンの茂みの中は覗いたりしない。
たまたま、外側から葉の間越しにヒナを見られた年もあって、うまく写真が撮れたこともあったけれど、今回は、ジャスミンの奥深くに巣があるらしく、外側から見守るほかない。

その信頼が担保されているからこそ、毎年、この手が届きそうな場所に、安心して営巣するのだろうと思う。

今朝の都心は、大雨洪水警報が出るほどの豪雨に見舞われ、何かが炸裂したような雷鳴が轟いたけれど、雨が上がるや、親鳥はエサ求めてどこかへ飛び去り、さっきまでの雨がウソのように晴れた日晒しの下で、しとどに濡れたジャスミンが、ヒナの姿を隠すように、旺盛に茂っているのだった。

子育ては続く。


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★きょうの秀子 2016年8月20日5

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うわうわ、外すげえ雨だぞ秀子!

東京23区、大雨洪水《警報》だって。

週末出船中止の悔し涙だなぁ。

世田谷、落雷、やばぁ。

ウッドデッキのジャスミンのなかで営巣している、キジバトのヒナは大丈夫だろうか。



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★吉田沙保里選手 敗戦の弁 2016年8月19日5

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単行本のすべての推敲を終え(発売日の8月30日が迫っているので、終わらせざるをえなかったのですが・・・)、返す刀でシイラの水彩画を描いた。

西伊豆で開催するシイラ釣り大会の大物賞用です。

絵の具をドライヤーで乾かしながら、吉田沙保里選手の決勝戦をラジオ中継で聴いていた。
 
敗戦のインタビューに胸を締め付けられた。

『取り返しのつかないことになってしまって・・・・』

なんという責任感。

なんという孤独。

マスコミがこぞって書き立て、われわれが彼女に背負わせた《無敗幻想》。

涙が止まらない。

ラジオ聴いてこんなに泣いたのは初めてかも。

絵の具がにじむ。


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★悪あがき 2016年8月17日5


世間様はお盆休みとリオ五輪で湧いていますが、単行本の最終校了に向けて、地下の暗ーい書斎にこもって原稿とイラストを直しています。

この二週間、釣りはおろか太陽を浴びてません。
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そんな中、北海道の釣り仲間から、トウキビ(トウモロコシ)が届きました。

ボクの歳の数。

つまり、54本(!)。

陣中見舞い??
いやいや、嫌がらせだろ!!

馬にでもなれと?

朝、昼、晩 
朝、昼、晩
朝、昼、晩

トウモロコシです。

ちなみに昨年は、53個の 『北海道プリン』でした(飽)。

そんなボクを哀れんでか、茨城に帰省していたシム兄ぃが、名産のスイカと和菓子を持って陣中見舞いに来てくれた。

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和菓子はシム兄ぃの同級生の手作り 『かの子や』さん謹製。

餡がバツグンに美味しい。

トウモロコシ
酒饅頭
トウモロコシ
豆大福
トウモロコシ
酒饅頭

です。

泣いても笑っても、単行本の発売日は8月30日。

デッドエンドまで、《悪あがき》は続く。

Sugawara masashi
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