危機勃発でかき立てられるクルド人の領土への野心

2014.06.18(水) Financial Times

(2014年6月17日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

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スンニ派の過激派武装組織「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」が勢力を拡大しているが、最大の勝者はクルド人か〔AFPBB News〕

イラクでのスンニ派の反乱における最大の勝者は「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」の兵士ではなく、イラク北部の安全な居住地から事態の推移を用心深くうかがっているクルド人かもしれない。

 イラクのクルド人は、イラク国内の7州は自分たちの領土だと主張している。第1次湾岸戦争を経て米国、英国、フランスがイラク北部に飛行禁止区域を設定した1991年以降、クルド人はこのうちの3州で準自治を行っており、現在は残る4州――原油を豊富に産出するキルクーク州、ニナワ州の一部、ディヤラ州、サラフディン州――を視野に入れている。

 「すべての人に自分たちを分割統治させればいい。イラクに必要なのはベルリンが昔やったことであり、クルド人、スンニ派、シーア派の間に壁を作ることだ」。イラク北部の都市エルビルのにぎやかな市場で婦人服を売るタレク・アブデルラザクさんはこう言い切る。「この騒ぎの解決策なんかない。この国はもう、気持ちの上ではバラバラなんだから」

宗派、民族間の分断で国家分裂の恐れ

 ヌル・アル・マリキ首相率いるシーア派主導のイラク中央政府は、イラク国内の広い範囲を素早く奪取したISISに応戦しようとしており、この国は宗派や民族が異なる複数の地域に分裂しそうな様相を呈している。

 クルド人の領土に対する野心を抑える手だてをマリキ氏はほとんど持ち合わせていない可能性がある。また、外国の列強がクルド人の野心に歯止めをかけようとするか否かも定かではない。

 「他国が受け入れるかどうかという状況ではない。彼らも政治的な現実は分かっている・・・これが既成事実になりつつあることは明らかだ」。与党クルド民主党(KDP)のエルビル支部のトップ、アリ・フセイン氏はこう語る。「もし我々が合意できないのであれば、それぞれが自分の利益に沿った決断を下さねばならない」

 クルド人が独立するという結果にはならないかもしれないが、自治権拡大やイラク中央政府からの資金援助の増額が約束される可能性はある。

 フセイン氏は多くのクルド人政治家と同様に、クルド自治政府(KRG)は分離に向けて活動しているわけではないと強調した。だが同氏らはその一方で、イラク政府が交渉に応じず、かつ不安定さが増すようであれば、準自治が行われている3州(クルド自治区)およびクルド人が領有を主張しているほかの地域での住民投票を要求することもできるとほのめかした。

 イラクは2003年の米国による侵攻以降、多数派であるシーア派と少数派であるスンニ派、そして約500万人いるクルド人という3つのグループの分裂を押しとどめようと努めてきた。

 クルド人が独自の原油輸出に踏み切ると、腹を立てたイラク中央政府はKRGの予算への送金や給与の支払いをストップした。このため、クルド人自治区の経済は今年、打撃を受けた。

  KRGとイラク中央政府は、いくつかの州の帰属を巡っても争っている。特にキルクークは先週、イラク軍が崩壊したためにクルド側が戦わずして手中に収めている。

 「テロリストの侵入を防ぐために、係争中の地域は今後クルド側の支配下に置くということでKRGとバグダッドは合意した」。クルド自治区の議員で、バグダッドの中央政府との交渉にかかわっているシェルコ・ジョウダ氏はそう述べた。「長期的な取り決めではない。だが、クルド側としてはそうなってほしいと思っている・・・クルドの軍も駐留し続けると主張するだろう」

クルド自治区の治安や経済に不安も

 自治の拡大について楽観的な見方があるにもかかわらず、この地域の住民は安全でいられるのかという不安を払拭できずにいる。ISISはシリア東部の油田を支配下に置こうとしており、クルドの油田施設にも同じことを仕掛けてくる恐れが強いからだ。

 ISISの占領地に近いキルクークの住民たちは、陸軍の基地から兵士が逃げ出してから武器の略奪や売買が行われたと話している。またクルド自治区では、KRGの予算の問題で既に打撃を受けた中小企業が、戦闘のために売り上げが50%も落ち込んでいると嘆いている。

 クルド自治区の議員のアリ・フセイン氏は、KRGは経済面での独立性を高めることにますます力を入れていると述べている。

 隣国のイラン――トルコと同じようにクルド民族を抱え、クルドの自治拡大に反対している国――に近い一部のクルド政党は、KRGは譲歩と引き換えにバグダッドがISISと戦うのを助けるべきだと話している。だが、前線にいる民兵組織ペシュメルガは、助ける気がないようだ。

 ペシュメルガとISISを分かつ最後の検問所にいるラムジ・オスマン少佐は言う。「そんな考えは受け入れられない。我々はテロリストには反対だが、バグダッドも好きではない」

 戦闘が続くなか、一部のクルド人政治家は、最善の選択は、自治拡大を求めるリスクを冒したりバグダッドに圧力をかけたりせず、むしろイラクが瓦解するかどうか見守ることかもしれないと話している。

 「この国で連邦主義がうまくいく保証はない。バグダッドが妥協し、地域や州に権限を与えるという保証もない」。KRG外交関係局のディンダル・ジバリ副局長はこう言う。「バグダッドは今後起きることの結果を受け入れなければならない」

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40981?page=2

中東地域は第一次世界大戦後の地図上でイギリスとフランスが引いた国境線です。
イラクではシーア派、スンニ派、クルド人と三勢力の争いが激化していますが
根源はこの地図の上で引いた国境線にあると思います。