ノーベル平和賞 「当事者」沈黙のなぜ

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 100回目の節目となったノーベル平和賞は、隣国との国境を巡る紛争終結に尽力したエチオピアのアビー・アハメド首相(43)に贈られることが決まった。過去の受賞を振り返ると、1994年に当時のパレスチナのアラファト議長が、イスラエルのラビン首相、ペレス外相とともに受賞したように、対立していた双方に授与されたケースが想起される。だが、今年の平和賞では、歴史的な合意に署名したもう一方の当事者であるエリトリアのイサイアス大統領が、共同受賞者に名を連ねることはなかった。【ヨハネスブルグ特派員・小泉大士】

 ◇和平合意でエリトリアは変わったのか

 アビー首相は就任からわずか3カ月後の昨年7月、エリトリアの首都アスマラを電撃訪問し、イサイアス大統領とともに戦争終結宣言に調印した。これによって和平が急速に進み、国境をはさんで離散していた多くの親族が約20年ぶりに再会を果たした。

 長い間、両国間では自由な行き来はおろか、国際電話すらつながらなかった。エチオピアの首都アディスアベバに住む知人によれば、人々は歓喜し、手当たり次第に番号を押してエリトリア国内に電話をかけた。「誰でもいいから、国境の向こう側にいる人と話をしてみたかった」という。

 アビー氏は「愛は戦車やミサイルのような近代兵器よりも偉大だ」と訴え、国境往来などのほか、航空便の就航、大使館の相互開設も実現した。

 両国の関係修復は「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ北東部地域の安定化にも寄与。イサイアス大統領はアビー首相とともに周辺国を訪れ、国連安全保障理事会はエリトリアに対する武器禁輸や個人資産の凍結などの制裁措置を解除した。

 だが、両国の国境をめぐる問題は完全には解決しておらず、エチオピアとの間で和平合意を締結後も、エリトリアの人々の厳しい日常生活に目に見える変化はないという。

 祖国の圧政を批判してきた英ロンドン在住のエリトリア人活動家、バネッサ・ツェハイエさんは取材に「和平合意から1年以上たったが、エリトリア人の現実は変わっていない。前向きな変化は何らもたらされていない」と主張した。

 ◇イサイアス政権の「人道に対する罪」

 かつてイタリアが植民地支配していたエリトリアは、1942年に英国保護領となった。52年の国連決議でエチオピアと連邦を形成して自治権を獲得したが、62年のエチオピアによる強制併合を受けて武装闘争が30年近く続いた。

 エチオピアからの分離独立を問う住民投票を経て93年に独立したが、国境付近にあるバドメ村の領有権をめぐって対立し、小規模な衝突がきっかけで98年に紛争に発展。2000年までに推定10万人が犠牲となった。その後、オランダ・ハーグに設置された国境線画定委員会が、バドメはエリトリアに帰属するとの裁定を下した。だが、エチオピアは受け入れを拒否し、両国軍のにらみ合いが続いた。

 和平合意によって敵対関係は解消されたが、陸路の横断や貿易が自由になったのは数カ月だけだった。エリトリア側が昨年末に国境検問所を再び封鎖し、現在も再開されていない。エリトリア政府は詳細を明らかにしていないが、同国情勢に詳しい専門家らは、急激な民主化の影響が国境を越えて自国に押し寄せれば「独裁政権の存続を脅かす恐れがある」ことを理由の一つに挙げている。

 人口約500万人の小国エリトリアはこれまで、国際人権団体から独裁体制や数々の人権侵害を批判されてきた。結社の自由や報道の自由がなく、欧米メディアからは「アフリカの北朝鮮」と呼ばれることもある。98年にエチオピアとの武力衝突が始まって以来、国内では非常事態宣言が発令されたままとなっている。

 国連調査委員会は2016年、イサイアス政権による拷問や国民の監視、無期限の徴兵制などは「人道に対する罪」であり、国際刑事裁判所(ICC)に付託すべきだと勧告した。ナショナルサービス(国家奉仕)という名の制度の下、国民は終わりのない兵役や低賃金での労働を強制され、これを逃れるため多くの人が地中海を渡って難民となった。

 イサイアス大統領は、長年にわたるエチオピアとの緊張状態を、強権支配を正当化するための大義名分として利用してきたとされる。和平合意によってエリトリア国内でも民主化が進むことが期待されたが、国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は今年4月、「何千人もの政治犯が依然として投獄されるなど、状況は以前と変わっていない」と指摘した。

 エリトリア人活動家のツェハイエさんは「平和は素晴らしく、もちろん反対しない。だが、エチオピアとの『戦争状態』が終結したからといって、エリトリア国民が平和に暮らせるようになったわけではない」と語る。

 ◇平和賞に沈黙を貫くエリトリア政府

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると昨年末の時点で、エリトリアの人口全体の1割にあたる約50万人が周辺国や欧州などに逃れたままだ。エチオピアとの和平合意後も帰還は進んでいない。

 ソーシャルメディアでの反応を見る限り、欧州に亡命中のエリトリア人の中には、アビー首相のノーベル平和賞受賞に疑問を感じている人が少なくないようだった。「平和が実現していないのに、平和賞をもらえるとは知らなかった」。そんな書き込みもあった。

 シンクタンク「国際危機グループ」(本部・ブリュッセル)のウィリアム・デービソン上級アナリストは、エリトリアの内政に対するアビー氏の影響力は限られており、「まずは和平を優先しようとする決断は理解できる」と話す。一方でエリトリアとの和平プロセスを進展させるためにも、「受賞を機に、イサイアス大統領に対し、民主的な改革と市民の自由拡大に向けて取り組むよう促していくべきだ」と指摘した。

 エチオピアの側に立てば、イサイアス政権の人権侵害や圧政はエリトリア国内の問題であり、これを解決するのはアビー氏の責任ではないとの見方もあるだろう。これに対し、ツェハイエさんは「アビー氏にエリトリアを何とかしてほしいと頼んでいるわけではない。独裁政権を正当化し、延命を手助けするのをやめてほしいだけだ」と話す。

 今回の受賞について、エリトリアのエスティファノス駐日大使はツイッターに「エリトリアとエチオピア国民の流した血と汗と涙が、再び悪に勝った」と投稿した。しかし、イサイアス大統領やエリトリア政府は10月13日現在、声明などは発表せず沈黙を貫いている。


【コメント】
アフリカのエリトリアのアフリカの北朝鮮と
言われており、フランスの国際人権団体の国境なき記者団が
例年最悪の報道の自由の国であるとレポートを出しています。
ひどい人権状況であるのは間違えないと思いますが
当事国が意識がないとなると改善は難しいです。