*千里山花壇(遊園)

April 24, 2008

*千里山花壇〜千里山で遊ぶ

飛行塔
◎千里山花壇〜千里山で遊ぶ

北大阪電気鉄道は、垂水の北の桃山に園路をつけ、花壇、展望台、食堂などを設置し、「千里山花壇」と名づけました。こうして、大正10年(1921)千里山花壇が開園します。この遊園地は、14000坪(46200平方メートル)もの広大な敷地を持つものでした。2年後に経営が新京阪電気鉄道に移ってからは、ボート池や飛行塔、動物舎が設けられ、中でも、飛行塔は大阪市内が一望できるもので人気を博したといいます。この飛行塔は「大型遊   
                   戯機の父」と呼ばれる土井万蔵が製造したといわれています。

春になると、園内には桜が咲き誇り、桃と桜の花を楽しむ人々で大いに賑わいました。
また、夏には花火が打ち上げられ、納涼の客も大勢訪れました。秋の菊花壇も見事だったようで、菊の全国品評会で優勝するほどでした。

昭和13年(1938)には「千里山遊園」と改称され、大規模な増設が行われます。
野外音楽堂・人工滝・児童遊園地・子供汽車・子供自動車道などが新しく作られました。
昭和19年(1943)には千里山厚生園とその名を改め、昭和20年(1945)には軍の接収により、大阪陸軍軍需品支廠となります。戦時中はその営業が一時中断されますが、昭和21年(1946)に再開され、「大阪名物年中行事ひらかた菊人形復活・千里山菊人形」が開催されました。

千里山花壇は、入場者の減少による昭和25(1950)年の閉園まで、多くの市民に親しまれました。花壇のあった場所は現在、関西大学幼稚園・第一中学校・第一高校の敷地となっており、野外音楽堂があった場所には、創立百周年記念会館が建っています。この関西大学に、かつて千里山花壇という遊園地が存在していたという事実を知る人は、今ではわずかしかいません。


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April 20, 2008

*鳥瞰図(複写)

鳥瞰図















千里山遊園の鳥瞰図を描いた絵はがき。吉田初三郎画。
豊津方面から見たところです。


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*千里山花壇の位置

平面図(花壇・キャンパス)









左の図が、かつての千里山遊園の敷地。
千里山遊園の入り口は、現在の関西大学第一中学校・高等学校の正門の位置にあり、
そこから大学の社会学部のあたりにかけて広がっていました。

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*千里山花壇案内図(複写)

園内マップ






















園内の地図が鮮やかな色彩で描かれており、千里山遊園の華やいだ雰囲気を伝えています。
展望台、ボート池、音楽堂、飛行塔、動物園などの施設が設けられ、家族連れで一日中楽しめる場所でした。

所蔵:森 隆男氏


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*住民が愛用したカメラ

カメラ3









1921年(大正10)ドイツ・アグファ製。
ケースの内部にドイツ語らしきメモが残されています。

所蔵:個人蔵

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*千里山花壇ポスター

花壇ポスター
















現在の関西大学第一中学校・高等学校の辺りにあった千里山遊園は、宝塚に次ぐレジャーランドのさきがけでした。千里山花壇では秋になると菊人形を開催し、一時期は年間40万人もの入場者を記録したそうです。

所蔵:関西大学年史編纂室

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*お子達の楽園(花壇内の様子)

花壇内






千里山花壇には多くの子どもたちが訪れ、その賑わいはまさに「お子達の楽園」の名にふさわしいものでした。日曜日には、園内の野外劇場に映画や漫才を見に行ったそうです。また、大阪市内からも、遠足で多くの子どもたちがこの地を訪れました。
当時の千里山は、緑が多く瑞々しいところだったといいます。夏には短い浴衣を着て蛍を捕えにいったなどという子どもの頃の楽しい思い出を、昭和初期の千里山を知るみなさんが、生き生きと語ってくださいました。

(左)  『なにわの新名所 都市絵はがき』橋爪紳也 1997年
     「新京阪電鉄沿線 千里山 花壇の運動場」 
(中央)『千里山70年のあゆみ』千里山自治会 1990年
(右) 『千里山70年のあゆみ』千里山自治会 1990年 飛行塔・乗り物部分のアップ


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*飛行塔

遊園・飛行塔












大阪市内を一望でき、子供たちの人気の的だったそうで、「大型遊戯機の父」と呼ばれた土井万蔵によって制作されました。柱の部分には、*『アイデアルカラー』という文字が見えます。

* アイデアルカラー…おそらく、当時画期的な新商品として発売された、洋服・ワイシャツなどの襟のこと。

(左)所蔵:関西大学年史編纂室
(右)『なにわの新名所 都市絵はがき』橋爪紳也 東方出版 1997年
    「新京阪電鉄沿線 千里山 花壇の飛行塔」


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April 20, 2000

*野外音楽堂

野外音楽堂



ここでは音楽の演奏のほか漫才や映画なども観ることができました。
現在の関西大学・百周年記念会館付近にあったようです。

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*profile

アルエンヌ*

『千里山大正ロマン』電脳博物館の(自称)学芸員です。
この博物館の管理・運営を担当しておりますが、
写真資料や文章の提供など、W嬢をはじめとした
様々な方にご協力をいただいております。

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